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ふっこうのおと

f0030155_13480795.jpg(3月23日午前・記)
3月10日(日)、グランドプラザでぷちボラ。「ふっこうのおと 2019」。10時ころ、グランドプラザへ。小林仁さん越中家漫欽丹さんとご挨拶など。谷中さんご夫妻もおられた。
僕は物品販売を手伝うことに。自分、お金に自信がないので^^、物品の注文・受け渡しを担当。わかめなどけっこう売れました。中には売り切れも。11時半ころ、越中家さんと富山駅に。畠山扶美夫さん、出迎え。TV局のクルーも来てた。
ふっこうのおと 2019。活動報告・展示・物品販売・飲食販売・フリーマーケット。夜は「秋吉」で食事会。20人くらい参加か。川渕映子さんも見えてた。
ふっこうのおと」、3月11日には富山市民プラザ2Fアトリウムでも。同日は、活動報告・展示・物品販売・震災アニメ映画上映・追悼セレモニー。川渕さんの方は(「東北AID」ではなく「アジア子どもの夢」主催で?)、アピアショッピングセンターで「~8年目の祈り~ 東日本大震災追悼チャリテイフェスティバル すべての被災地へ」。僕は3月11日は仕事ありで、どちらもボランティア参加できませんでした。

今回、新聞記事、TVでも多数取り上げられてた。朝日新聞2月7日付、読売新聞3月8日付、北日本3月10日付、3月11日付読売・朝日・北日本、3月12日付読売・北日本・朝日。他にもあったでしょうね。TVはチューリップTV、NHKなど。
新聞記事、畠山さんに送っておきました。畠山さんからは、今回、南三陸なんでしょうね、タコをいただきました。

# by tiaokumura | 2019-03-10 13:48 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(4)

富山国際学院第25回卒業式・学院長式辞

北陸の長い冬も終わり、本日はいささか肌寒いですが春らしいお日和です。本日この日、富山国際学院の卒業式を行えますことは、まことに喜ばしいことであります。富山国際学院は北陸地区初めての日本語学校として1993年4月に開校しました。本日の卒業式は富山国際学院の25回目の記念すべき卒業式でもあります。卒業式にあたり、富山国際学院教員15名を代表して一言式辞を述べさせていただきます。

ただ今卒業証書をお渡ししました26名の皆さま、ご卒業、おめでとうございます。修了証書の1名の方、ご修了、おめでとうございます。
2年前あるいは1年半前、皆さんは富山での留学生活をスタートされました。
皆さんは語学留学生ですから、何よりもまず日本語の勉強が大切でした。
漢字の勉強が始まりました。「山」(ジェスチャー)「川」(ジェスチャー)。「先生、漢字、おもしろ~い」。「上」(ジェスチャー)「下」(ジェスチャー)。「先生、漢字、ちょーすっご~い」。「一」(ジェスチャー)「二」(ジェスチャー)「三」(ジェスチャー)。「先生、わかりました。よん、ご、ろく・・・ですね。」(横線、四本、五本、六本・・・)。
難しかった助詞。レストランに食べます?レストランで食べます、レストランであります?レストランにあります、レストランで住んでいます??レストランに住んでいます???
初級後半の授業。奥村「おはようございます。きょーはー、どーしのー、じどーしとたどーしを、べんきょーしま~~す。」。S1「奥村先生、もっと早く話してください。」「はい、自動詞と他動詞があります。ドアがあく、は自動詞です。ドアをあける、は他動詞です。他動詞の「あける」。あけています、あけてみます、あけておきます、あけてあります。いいですね。でも、自動詞の「あく」。あいています、は、ありますが、あいてみます、あいておきます、あいてあります、は、ありません。わかりましたね」S2「先生、どうしてありませんか。わかりませ~ん」「私もわかりませーん。柳川先生に聞いてください」。ひどい先生ですね。
バイトも大変でした。
「初めまして。ブノカタ・ラムクオです。ユートピアから参りました。19歳です。どうぞよろしくお願いします」「初めまして。店長の安倍です。ラムクオ君、これ、メニュー。読んでみて」「だいトロ、なかトロ、びんちょうほぐら、のどぐら、えんがれ、ひろめ、はほち・・・」「う~ん、ちょっと違うな~。大トロ、中トロ、びんちょうまぐろ、のどぐろ、えんがわ、ひらめ、はまち・・・。早く覚えてね。メニュー、持って帰っていいから、明日までに覚えて来てね。時給1,000円ね。昇給もあるから」。スシネタ80以上、一晩で覚えるなんて。
工場でのバイト。日本人のおじさんから仕事中に話しかけられた。「あんにゃちゃ、外人なんけ」「どっから来たがあ」「ちゃっちゃと仕事しられま」。教科書日本語とはずいぶん違ってた。
アパート生活も大変だった。
国にいた時には経験しなかったことだらけ。買い物で塩と砂糖を間違えたり、料理作ってガス台の周りを油まみれにしたり、8月の午後7時ころみんなでパーテーィーをしていたら近所から「うるさい」と苦情が来たり。冬の夜寒くて寝られずエアコンつけっぱなしにしてたら12月の電気代が21,634円だったり。

私は皆さまのような留学生活は経験していません。外国生活も1番長くてフランスのパリでやっと8日間だけでした。ですから皆さまの富山でのご苦労は想像するだけです。でも、こうして1年半ないしは2年の富山での留学生活を終えられ、有終の美を迎えられている。皆さまのご努力を素晴らしいと思います。またそういう皆さまが富山国際学院を留学先に選んでいただいたことに「ありがとうございます」と感謝を申し上げたい。
皆さま、本当におめでとうございます。

さて、昨年大ヒットした映画に『ボヘミアン・ラプソディー』があります。皆さんの中で見た方もあるでしょうね。『ボヘミアン・ラプソディー』は、QUEENのボーカリスト、フレディ・マーキュリーのいわば伝記映画です。彼はタンザニアで生まれインドからイギリスへ。いろんな差別や失敗の中でイギリスで育ちました。やがて3人のロックバンドと出会い、そこに参加。QUEENの誕生です。当たり前ですが、それで成功の道が開いたわけではありません。自分たちのやりたい音楽をスポンサーが「それはダメだ」と否定。スポンサーのいるビルの窓ガラスに石を投げたこともありました。オペラやったりバレエやったり、そのつどひどいブーイングも。でもフレディの作り出す音楽、QUEENの奏でる楽曲は多くの人々に愛されました。フレディはやがてAIDSを告白し、24時間後に亡くなりました。1991年11月24日。45歳。実は僕はフレディと同じ年に生まれたんです。彼は1946年9月5日、僕は1946年10月6日です。ま、それはどうでもいいことですが。
フレディは自分の生きる道は音楽だと思い、自分の力を信じ、いろんな失敗・挫折・非難を乗り越えて、多くの人に勇気と感動を与える世界を作りました。彼の人生と我々の人生は比べものになりませんが、私は皆さんも、フレディ・マーキュリーのように、自分の力を信じ、自分の一番良いところが生かせる世界を作っていただきたいと思います。そのことの実現に、私たちが皆さんに教えた日本語が役立ってくれれば更にうれしいです。

こうして富山国際学院の学生・教師が一堂に会するのももうあとわずかです。このあと富山を離れる人・富山に残る人・国へ帰る人、大学に進学する人・専門学校に進学する人など、それぞれの道を歩んでいかれます。どの人も、これからの毎日、楽しいこと・おもしろいこと・いいことばかりがあるわけではありません。辛いこと・苦しいこと・嫌なこともたくさんあるでしょう。もし自分ではどうしようもないことが出てきたら、私どもに連絡してください。でも皆さんは、この学校も私たちのこともすっかり忘れて生活を送っていただけたら一番いいのですが。
本日、ネパール連邦民主共和国・ベトナム社会主義共和国・中華人民共和国・グレートブリテン及び北アイルランド連合王国出身の27名の若者が富山国際学院というステージから旅立ちます。皆さまが次のステージでも大いに活躍され、豊かで明るい未来を切り開かれることを願って、学院長式辞とさせていただきます。

2019年3月8日
富山国際学院学院長 奥村隆信
# by tiaokumura | 2019-03-08 13:58 | 僕は学院長10年生 | Comments(0)

こんな授業・あんな授業(52)学習発表会

f0030155_12241990.jpg(3月10日午前・記)
富山国際学院の重要な年中行事の一つが学習発表会。学生たちが日本語を使っていろいろなパフォーマンスをします。現在A~Fの6クラス。アップした写真はAクラスです。今回は一般の方も見物にいらっしゃっていただいてた。
今回、教師も何かやろうと思った。これまで、学生だけの発表会だったんですね。で、学院長の僕が考えて、歌舞伎仕立てのパフォーマンス^^。でも、何人かの先生に出演依頼の声をかけたのですが「私はいやです」って拒否されちゃった方も何人か。パワハラになるんで^^強制しませんでした。

歌舞伎外題「春笑学院舞偉六(はるにさくがくいんヴイシックス)」(「白浪五人男」のパロディ)
三味線:宮田妙子
台本:奥村隆信
知らざぁ言って聞かせやしょう 子育て、仕事、大変だけど 学生さんは皆わが子 親切丁寧に教えます 人気抜群、私こそ 高崎美穂、その人よ!
問われて名乗るもおこがましいが 日本語教師やりたくて 学院試験、受けたは昔 今じゃ、ベテラン日本語教師 学生怒ってもう10年 徳橋陽子って、私のことよ!
続いて次に控えしは 若さ全開、学院教師 姉さん兄さん多い中 1人若さをチョー発揮 今日も行く行く、明日も行く 山方美乃、ここにあり!
さてその次は誰でしょう 天然ボケもあるけれど 今じゃ学院マストワン 毎日準備忙しけれど 昨日も今日も、明日も元気 横堀慶子、私です!
またその次に連なるは 神奈川出身、あちこちで 女を泣かせて、今、富山 モンゴルいたことあったけど 今は学生に愛されキャラ 何でもやってる、粕谷謙治!
さてどん尻に控えしは 40過ぎてのこの世界 これまで涙もあったけど 70過ぎても日本語教師 国際学院、最年長 奥村隆信ちゃ、ワシながぜ!
-飛び六方で退場-
先生の中にはアドリブもあって大好評。来年は先生14人でミュージカルもいいかも。

教師の歌舞伎、中入りで演じた。各クラスの発表後に、これまた先生で『恋するフォーチュンクッキー』。私も踊りました('◇')ゞ。でも、いやだって出ない先生もおって。そういう人は、給料、下げなきゃ(笑)。
僕は帰ったのですが、最後の最後に『海の声』を学生・教師、全員で。ゲストも歌ったかな。
翌日3月8日(金)、卒業式

# by tiaokumura | 2019-03-07 12:24 | 日本語教育 | Comments(3)

穂高・一休庵で昼食

f0030155_13085238.jpg(3月21日午前・記)
今回、有給休暇を利用しての、3泊4日の白馬。最後の日は穂高に行って、碌山美術館、お蕎麦、とプラン。ワイスホルンでチェックアウト、鯉屋さんに寄って、鯉屋さんからタクシーで白馬駅。白馬から穂高。途中、電車内で外人さんカップルが困ってて、英語で話した。ちゃんと通じて良かった。ぷちボラ^^
アップした写真一休庵で。事前にネット検索したら、穂高ではここと常念が良さそうで。お蕎麦ハシゴとも思ったが、でも常念、この日は休み。碌山美術館で一休庵の行き方、教えてもらう。自分、めっちゃ方向音痴なんで^^、途中迷いましたが、お店に入れた。
平日の早い時間だったからか、予想外に空いてた。メニューから、やはり食べるのは「もりそば」、でしょうね。あと、地酒?も。うまかった。アップした写真、2品。ここ、富山からは遠いので再訪は無理でしょうが、また行ってみたいお蕎麦屋さんでした。
昼食後、大糸線、信濃大町。おみやげ購入、あとコンビニ訪ねて新聞も。新聞、好きなんじゃろうね、自分。ここまで来てわざわざ買いに行った。信濃大町→南小谷→糸魚川。
糸魚川、先年、大火。糸魚川で夕食。「和の旬 かんのや」。駅前の和食店。「まぐろ山掛け」「湯豆腐」「謙信」。ちょっと残したが、どれもおいしかった。糸魚川→富山。帰宅。
# by tiaokumura | 2019-03-05 13:08 | 美味録2019 | Comments(0)

碌山美術館

f0030155_12431264.jpg(3月23日午前・記)
碌山美術館は、30年程前か、家族4人で訪れたことがある。荻原守衛(おぎはら・もりえ1879-1910)。僕は碌山は臼井吉見(うすい・よしみ1905-87。彼も安曇野出身)の『安曇野』で読んだか。長篇小説。
穂高駅から徒歩10分くらい。方向音痴な自分^^、途中、たぶん地元の女子高校生でしょうね、道を尋ねた。踏切渡って、左に駐車場、右に碌山美術館。平日午前なんで鑑賞客、僕くらいな感じ。以前来た時はようわからなかったんですが、この美術館、碌山館、杜江館、第1展示棟、第2展示棟で構成。他に詩碑など。『文覚』『女』『デスペア』『抗夫』『労働者』など。外遊時など、いろんな資料も豊富に展示。
Love is art, Struggle is beauty.-愛は芸術なり、悶えは美なり-
守衛、相馬黒光ですよね^^。今回、帰りに、相馬黒光『碌山のことなど』を購入。他に『愛と美に生きる 彫刻家 荻原守衛』も。ポストカードは『文覚』『女』を購入。
碌山美術館の後、一休庵へ。お蕎麦。

# by tiaokumura | 2019-03-05 12:43 | 美術 | Comments(0)

八方白馬、3日目の昼食も鯉屋さんで

f0030155_15444245.jpg(3月21日午後・記)
英ちゃん(小林英一)とは半世紀前くらいに^^出会ってるんかなあ。当時、白馬はまだ細野だったんかも。コクテール堂の林玄社長が白馬で「ハイランド・ロッヂ」開設。それに当たって、地元の英ちゃんの「鯉屋」のおやじさん・おかみさんにもお世話になったんかもしれん。そのあたりの事情、今の僕には不明。
ハイランド・ロッヂは今は廃墟。僕は「ハイランド・ロッヂ」では、マネージャー時代も含めて10年くらい過ごしたんかなあ。スキーシーズンは白馬、残りは東京三越前・古河ビル内「パルム」で働いた。白馬時代、「白い小屋」や「タンクロー」「神社」「ディスコ?」「ベルプレ」などにも行ったが。鯉屋さんにはずいぶん通った。ハイランドのスタッフやバイト連中もお世話になったでしょうね。当時、娘さんの久子さんもお店に出ておられた。ここの「冷たいとろろそば」は絶品。これ、僕の人生で「うまいものベスト10」に入るでしょうね。今回の白馬ステイ、昼食はここで。もちろん「冷たいとろろそば」。ただたくさん食べられないので、少なめにしてもらった。「鯉こく」も味わいたかったのですが、残念ながら売り切れ。英ちゃんは「うなぎ」も修業してて、ここの「うなぎ」、ずいぶん評判いいみたい。
鯉屋さんも、外国人多数ご来店。欧米系、台湾、東南アジアあたりなんかなあ。
アップした写真、白馬を離れる日に、鯉屋さんで英ちゃんと。お互い、ずいぶん老けた(笑)。白馬、またいつか来られるんかなあ。
# by tiaokumura | 2019-03-04 15:44 | 美味録2019 | Comments(0)

名木山ゲレンデでスキー

f0030155_10141122.jpg(3月21日午後・記)
スキーなんて、何年ぶりになるか。白馬は家族で30年ほど前に来た。あの当時、自分、けっこう滑れた。兎平から名木山まで滑ったかも。ボーゲンだけじゃなく、ときどき斜滑降や直滑降も^^。その後、あれは富山の青船会が企画してくれたんでしょうね、妙高のスキー。富山国際学院から僕も含め留学生が何人か参加。これ、毎年あるかと思ったのですが、経費負担きつかったんでしょうね、1回で沙汰止みになった。その後、家族では、富山のスキー場でも何度か滑ったかもしれない。
今回の白馬、2日目、ゲレンデに。アップした写真、ワイスホルンの奥様に撮っていただいた。服もスキーもワイスホルンで借りた。この後、ワイスホルンから、下に降りるだけで大往生^^。なんとか降りられて、リフト。リフト券2日間で7500円だったか購入したが、結局、名木山第2、2本で終わった。1回当たりコスパ、とほほ^^。途中、中腹のお店で休憩。そこ、欧米系のお店、みたい。バゲット、おいしかった。グラスワイン白も。バイト、オージーだった。若者。大阪から来たバイト女子も。コクテール堂の林玄社長はご高齢になってもスキーやってらしたが、今にして思うと、あれは60代だったんかもしれない。今の自分、72才ですもんね。社長の年、越してる、たぶん。自分、骨折とかして、富山国際学院での仕事、できんようになったら、スターフからちょーブーイングだろうと思い、今回のスキーは、2日目の名木山2本で終わりました。スキー教室、スノボーもできず。
自分、またいつかスキーやることって、あるんかなあ。
# by tiaokumura | 2019-03-03 10:14 | このブログのこと | Comments(2)