丘灯至夫さん、ご逝去


出勤前、朝日新聞丘灯至夫(おか・としお)さんの訃報記事を読んだ。

僕が「丘灯至夫」を知ったのは、皆さんの多くがそうであるように、『高校三年生』の作詞家としてである。僕はそのペンネームを目にして、東京に「灯」という歌声喫茶が当時はあったのと、ロシア民謡『灯』(夜霧のかなたへ別れを告げ 雄々しきますらお出でてて行く)のことも思い浮かべ、「ソ連・ロシアが好きな人なのかなぁ」と思った記憶がある。
『高校三年生』(1963年)は作曲遠藤実・歌舟木一夫でミリオンセラーになった曲。アップしたYouTubeの映像は舟木がこの曲でデビューした1963年末の紅白歌合戦でしょうか(もしそうだとしたら、舟木はこの年の3月に高校を卒業している。制服姿は売り出しアイテムとして必須だったんでしょうね)。司会の宮田輝(NHKの名アナウンサー。後に国会議員にも)の右下にいるのはジェリー藤尾、舟木の直後にちらっと映る赤組司会者は江利チエミでしょうね、懐かしい映像です。この映像では歌詞の1番・3番しか出て来ませんが、僕は2番の
ぼくら フォークダンスの手をとれば/甘く匂うよ 黒髪が
が好きです。今の高校生は性交経験者が多いでしょうが、僕たちの高校生の頃は、少なくともボクは童貞でした。女の子とのちゃんとしたデイトもやっと高校3年生で実現したでしょうか。「恋愛と受験勉強は両立するか」「男女間に友情は成立するか」などを友達と話し合ったこともある。その後の自分の人生を思うと、女性を踏み台にしたり女を利用したりしたことが何度もあるが(恥)、それでも『高校三年生』が時代のバックに流れていた頃は、(『青い山脈』が民主主義を謳っていたように)「男女平等」が高らかに謳われていたのだと思う。
マイムマイムやケンタッキー(オクラホマ?)なんとかってフォークダンス、確かに高校生の時に照れながらイヤなフリをしながら^^校庭でした記憶がある。大学でもやったかも。今「ノスタルジック・フューチャー(懐かしい未来)」って言葉が今の時代の雰囲気を表す言葉として使われているそうですが(讀賣新聞富山版2009年11月7日付永瀧達治「『懐かしい未来』考える」で知った)、『高校三年生』も「フオークダンス」も「黒髪」も「ノスタルジック・フューチャー」なんでしょうね、僕たちにとっては。
では『高校三年生』が無条件に好きかと問われれば、僕はちょっと屈折しているかもしれない。中学高校時代を振り返ると、僕より数倍も頭がいいのに家庭の事情で高校進学ができなかったクラスメートがおり、僕の何倍も努力したのに親の希望で大学進学を断念したクラスメートもいたのだから、『高校三年生』は今でも素直にカラオケで歌おうとは思わない曲です。でもやはり僕たちの世代には忘れられない愛唱歌でしょうね。イントロを聞いただけでジーンと来る方々も多いことでしょうね。

丘灯至夫(1917-2009)・遠藤実(1932-2008)・舟木一夫(1944-)のトリオには、、『高校三年生』(赤い夕陽が校舎をそめて ニレの木陰に弾む声)以外にも、『修学旅行』(二度と帰らぬ思い出乗せて クラス友達肩よせあえば)・『君たちがいて 僕がいた』(心の悩みをうちあけ合って 眺めたはるかな山や海)といったヒット曲があります。遠藤が不参加では、『涙の敗戦投手』(みんなの期待背に受けて 力のかぎり投げた球)・『北国の街』(名残りが燃える心が残る ふたりでかえるアカシアの道)・『夏子の季節』(夏夏夏夏夏子 夏夏夏夏夏子)など。そして・・・僕は歌おうと思えばこれらの曲全部カラオケで歌えます(照)。
今回の朝日の訃報の見出しは「『高校三年生』作詞 丘灯至夫さん死去」ですが、僕たちが子どもの頃に聞いた『高原列車は行く』(汽車の窓からハンケチ振れば 牧場の乙女が花束投げる)や『東京のバスガール』(若い希望も恋もある ビルの街から山の手へ)も丘作詞の名曲です。アニメ主題歌『ガッチャマン』・『ハクション大魔王』・『みなしごハッチ』も丘作詞だそうですから、ずいぶん作詞ジャンルの広い方です。何歳になっても作詞の源泉の想像力が枯渇しなかった方なんでしょうね。

今頃は丘さんは、天国で西條八十に再び弟子入りされていることでしょうね。そして、憧れや夢や思いやりを詞に託し、古関裕而・上原げんと・遠藤実らといった錚々たる作曲家に提供。あるいは、霧島昇・藤山一郎らといった歌手と作詞談義をなさっているかもしれません。

丘灯至夫(おか・としお。本名西山安吉)。1917(大正6)年2月8日、福島県田村郡で生まれる。2009年11月24日、ご逝去。享年92歳。「天寿を全うされた」と言っていいでしょうね。
丘灯至夫さん、数々の名曲をありがとうございました
合掌
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# by tiaokumura | 2009-11-25 18:45 | 追悼 | Comments(2)

「勤労感謝の日」だっちゅうのに、ったく

富山は少し風がありましたが朝からいいお天気の「勤労感謝の日」でした。自分、「ああ、それなのに!」ですね、休日出勤でした。ま、土日としっかり休んだので、これ、しかたないでしょうね。
9時半頃富山国際学院に着。郵便受けの配達物、あふれてました。それを抱えて4階までの階段をえっちらほっちら。うちのビル、エレベーターなんてしゃれたもん、ない。年を重ねるごとに階段の上り、きつい。でも「タダでエクササイズやらせてもろうとる」と思えばありがたいこってす、階段の上り下り。
4Fの教員室に入って、郵便物整理、メールチェック、コーヒーメーカーにコーヒーセットなど。僕は自宅ではコーヒー豆を挽いて布フィルターのドリップでやってますが、勤務先でそんなんやっとったらクビになるでしょうから^^、コーヒーメーカーでたててます。富山は水道水がおいしいからでしょうね、コーヒーメーカーでも喫茶店で飲むコーヒー並の味です。もちろん第一にコクテール堂のコーヒー豆だからってのが来ます。
午前中は10月から担当している入門・初級クラスの授業準備。こんなん、ふだんの平日勤務中にやっとくべきなんですが、なかなか時間が取れない。余裕がないんですね、自分。残業・休日出勤やる人って、①能力がない・②仕事量が多すぎるの両方またはどちらかでしょうね。「平日9時―5時男」を目指しているボク(照)としては、できれば残業も休日出勤もしないでおきたい。でも・・・。ワガママは言えない立場です、自分。
2クラスの先週の状況をチェックし今週のおおまかな教案を立て、教科書準拠の漢字テスト2回分を作成。僕はかつて塾をやってたので、教材作りは嫌いじゃありません。視聴覚教材はまだ作ったことがありませんが、それ以外は読む・書く・話す・語彙・漢字・テストなどを作った経験があります。自作教材のいい点は、①身近なネタが織り込める、②試行しながらヴァージョンアップが簡単、③教材作成過程で教材研究もできる、④既製教材購入に比べ経費がかからない、⑤従って費用対効果が大きい、⑥既製教材が服に例えれば「ゆるすぎたり、きつすぎたり」なのに対して、自作だと学生にほぼぴったりフィットする教材が提供できる、⑦担当教師が何を重視しているか学生に可視化して示せる、といったところでしょうか。欠点は、①作る作業そのものが自己目的化されエネルギーを使いすぎる、②作ってしまうと安心して自己満足に陥る、③せっかく作って学生が食いついて来ないと、教材のせいではなく学生が悪いと思い込みやすい、④汎用化しにくい、などといったあたりかなあ。
10月から担当の2クラス、久しぶりの入門・初級レベルです。前も書きましたが、このレベルの指導は大変だけど楽しい。「日々新たな発見がある」のもこのレベルの指導ならではです。

昼食、学院すぐ近くの「麒麟飯店」でワンタンメン+チャーハン(小)+α。ゼータクしました(照)。このお店、讀賣新聞が置いてあるのですが、先客がもう読んでて読めなかった。「笑っていいとも」にキムタクが出ていた。彼、久しぶりに見たんですが、ずいぶん老けましたねぇ。木村拓哉って、確かジダンと同じ年ですよね。37歳?くらいでしょうか。
「富山のおいしいラーメン屋さん」を僕が選ぶとしたら、「麒麟飯店」「天安」「大喜」「まるたかや」が上位に来るでしょうね。

学院に戻ってから、メール返信・国際電話など。僕、英語の電話をかける時のパターン、だいたい決まってきました。
This is OKUMURA from Toyama Japan speaking. May I speak to ~?
で始める。必死で「英語頭」にしながらも限界がすぐ来て相手の英語が難しくなると、回線のせいで聞き取れないフリをしたり(オイオイ^^)言い換えてくれるまでしつこく迫ったりしてます。わからなくてどうしようもない時は
My guest is coming soon. So sorry but, I must say goodbye now.
とかかんとか取り繕って^^電話終了の談話標識にする。
自分、なんちゅう英会話ストラテジーなんじゃ(汗)。

一段落したところで、スタッフへの「新型インフルエンザ対策」連絡文作成。「新型インフルエンザ」、うちももう他人事じゃありません。いつなんどき発生しても不思議じゃない。消毒液・使い捨てマスクの備蓄は充分あります。この冬、パンデミットとかになるんでしょうか。流行がどうであれ、いつでも必要な対応ができるようにしておかなければなりません。

4時過ぎ、セキュリティーをセットしカギをかけて帰る。
でも、「勤労感謝の日」に出勤なんて、こりゃぁ「ブラックユーモア」かも(激爆)。

仕事に追われる日が12月中旬まで続きそうですが、今週土曜日は金沢、30日は中学ミニミニ同期会(6人集合)です。どちらも楽しみです。
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# by tiaokumura | 2009-11-23 20:30 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)

「リーマン予想」メモ(1)

日本語学校の学生にとって最も大切な試験の一つが「日本留学試験」。年2回実施され、今月11月8日(日)に今年の2回目が実施されました(クリスマス前に結果が出ます)。この試験で何点得点できるかが進学先選びに直結するのですから、彼ら・彼女らの人生にとって大きな意味があるテストです。受験データとして「偏差値」はまだ導入されていませんが、日本留学試験結果と受験大学合否の関係は、「そうがく社」(神保町にある。一度だけ訪問したことがある)のご尽力によって膨大なデータがファイルになっています。
その日本留学試験、哲ちゃんの奥様の英子さんのご指導を受けてですが、僕は富山国際学院で「数学コース1」(日本の高校数学のシラバスで数学ⅠAあたり)の解説解答作りを担当しています。数年前、数学補習を担当していただける方を探したのですが見つからず(ありていに申せば、そういう方にお支払いできるお金が工面できないビンボー日本語学校っす^^)、そんな時は自分でやるっきゃないので(中学時代、数学は得意科目でした!)、少し勉強してみた。僕は高校は文系で微分までは守田平先生に習っています。積分は50代^^になっての独学。微分と積分はコインの裏表みたいな関係にあると昔聞いた記憶があって、じゃぁ何とかなるかもしれんと思ったんですね(ずいぶんランボーな話です^^)。ま、それでも積分の基本計算は飲み込めて、ある年の春休みの補習で積分も教えた。今は違っているかもしれませんが、理系の中国人学生は母国で積分は習ってなかったんですね。現行では中国のほうが日本より数学教育のレベルは上だと思う(日本の中学・高校、レベル下げすぎですよね)。それでも、積分・数列・確率あたりは中国ではあまりやってないみたいです。
日本語教師は3万人余いるそうですが、積分を教えられる日本語教師はその1%くらいじゃないでしょうか。僕に履歴書を書く機会があったら、「積分教えられます」を売りにしようかしらん(嘘爆)。

さて、こないだのNHK-Gの『魔性の難問~リーマン予想・天才たちの闘い』。僕はその後も「リーマン予想」が気になってて、web上であれこれ探してみました。同番組、ブログでは
脾臓ガンサバイバー(生還者)への挑戦
に同番組のTV画面や数式がいいバランスで織り込まれ、ブロガーのわかりやすい名文で番組の流れが跡付けられています。また、
50代オヤジの独言
も番組を丁寧に跡付けていて、臨場感が味わえます。
哲ちゃんがメールで教えてくれた本は、「日本評論社」のHPに出ていました。
黒川信重・小山信也『リーマン予想のこれまでとこれから』(予価2210円+税)
で同HPの「内容紹介」は以下の通り。
150周年を迎えた数学最強・最大の難問(リーマン予想)の歴史と現在、そして今後の展望を、最前線で奮闘中の第一人者が詳説する。
Googleでキーワード「黒川信重」で検索して
ゼータの世界へようこそ 黒川研究室~数学専攻
がヒットしました。ボクは数式を辿るだけで頭が痛くなってきますが(恥)、「リーマン予想」が証明されるまでに、PDFをプリントアウトするとA4で4枚になるこの「研究室訪問1」のせめて1割が理解できたらと思っております。

フェルマー予想(フェルマーの最終定理)」は実にわかりやすくエレガントですが、「リーマン予想」は今のボクにはほとんどチンプンカンプン。でも、TV番組『魔性の難問』の最後で語られていたように、原子核素数が実に密接な関係にあり、「リーマン予想」の証明が宇宙の創造主の謎の解明につながると言うのですから、興味津々な「リーマン予想」ですよね。

素数-約数が2個の自然数。中1数学教科書の「エラトステネスのふるい」でワクワクしながら素数を「発見」した経験のある方も多いのでは。現行の教科書には載っているのでしょうか。
『家庭の算数・数学百科』日本評論社。僕が持っているのは2005年8月10日第1刷)は哲ちゃんから寄贈していただいた本で、調べ物などで重宝している本です。巻末の「数学者小伝」「付録」も読んでいるだけでワクワクします。「付録」の中に「1万までの素数」という、見ているだけでクラクラする素数一覧があります。B5?サイズなのでボクはA3に拡大して使っています(照)。再来年は「2011」年ですが2011は素数です。*001の4桁で、2001・5001・8001が3の倍数で素数ではないことはすぐわかりますが、他はどうだろう。表によると、3001・4001・7001・9001は素数です。では、1001と6001は? 1001は7で割り切れました。1001=7×11×13です。6001は、あれこれやってて約数17が見つかりました。6001=17×353です。「だからどうした?」って突っ込まれても困りますが(激爆)。

日本語では「リーマン予想」と言いますが、英語ではRiemann hypothesisなんですね。「誤訳」ではもちろんないでしょうが、「リーマン仮説」のほうが訳語としてはいいような気がします。どうなんでしょうね。

リーマン予想」、日本語教師の自分にはな~んも役に立たないことですが(汗)、暫くはちょっとハマってみようと思っています。そんなわけで、まずは「リーマン予想」メモ(1)をアップしました。
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# by tiaokumura | 2009-11-22 21:08 | このブログのこと | Comments(0)

加藤重広『その言い方が人を怒らせる-ことばの危機管理術』(ちくま新書)

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加藤重広(北海道大学大学院文学研究科准教授)
『その言い方が人を怒らせる
 -ことばの危機管理術』

筑摩書房(ちくま新書)
2009年11月10日 第1刷
740円+税

当ブログ記事にはときどき大学教官にご登場いただいていますが、一番多くご登場いただいているのは寺本益英先生(関西学院大学教授)でしょうね。次いで、野田尚史先生(大阪府立大学教授)と加藤重広先生になるでしょうね。寺本先生とは3年ほど前になるでしょうか実弟の紹介でお近付きになり、これまで3回飲食を共にさせていただいております。野田先生は、僕が40代で初めて知った「日本語教育」を勉強中に先生のご著書に出会い衝撃を受け、その後50代後半でようやく憧れの(照)野田先生にお目にかかれました。これまで東京で2回・大阪で2回・金沢で1回、先生の講演・研修などに参加しています。来年1月9日(土)に先生が金沢にいらっしゃるので、今からその日が待ち遠しい。

加藤重広先生は、僕が2006年4月に編入学した富山大学人文学部で集中講義を受けました(加藤先生はその前年度?まで富山大学助教授)。2006年が「日本語語用論研究」、2007年が「日本語文法概説」。そして、富山大卒業後、先生の集中講義があるのを知り、先生に「卒業してしまっているが、ぜひ受講させていただきたい」という内容のメールをお送りしたところ、受講許諾の返信をいただいた。2008年は「日本語文法の諸問題と近代文法理論史」(仕事の関係で全部は受講できなかった)。今年2009年も先生の集中講義@富山大学を楽しみにしていたのですが、予算の関係からでしょうか、加藤先生の集中講義は開講されなかった。真に残念なことです。
このブログには上記の集中講義についての記事も載せてあります。膨大な量のレジュメ(優に新書版1冊くらいはあった)、その内容をボクなんかの100倍以上も頭の回転が速い加藤先生が次々と展開されていくのですから、僕なんかはついていくのがやっと。2006年は僕の理解度は3割程度だったのが、2007年は少し僕が進化したのかあるいはテーマが2006年と異なったからか7割近くは理解できるようになっていました。2回の集中講義はどちらも「」でした。特に2007年の筆記試験は87点! 間もなく61歳になるオッサンが「あの」加藤先生のテストで87点も取ったんですから、これは「自慢」できるでしょうね(自画自賛^^)。2006年の言語学研究室での先生の歓迎会で舞い上がったこと、2007年の先生の歓迎会(市内の居酒屋だったか)で「加藤先生クイズ」を自作したことは、僕の「富山大学生時代」の貴重な思い出です。
おそらく僕は加藤先生の講義はもう経験することができませんが、学びの緊張と知的興奮に満ちた、終生忘れることのできない3回の集中講義でした。講義中しきりにタオルで手を拭われる様子(先生は手に汗をかかれることが多いのでしょうね)、機関銃のように話される途中ふと考え込んで視線を宙に浮かせられる様子、軽いジョークを織り込まれる時のちょっと照れた感じの表情、誤った理論や非論理的な学説を糾弾されるときの厳しい表情などなど、今でもよく覚えています。

アップした写真加藤重広先生の最近著。数日前、朝日新聞の広告で知り、仕事の帰りに毎晩本屋さんに立寄って探したのですが未入荷。今日の午後、ようやく入手しました。今日・明日と久しぶりに仕事オフにしたので、連休読書に励みます(照)。
加藤先生の本は、僕にとって5冊目になります。これまでの4冊は(以下書名のみ。共著も含む。入手順ではなく刊行順で並べる)『日本語学のしくみ』『日本語語用論のしくみ』『日本語文法 入門ハンドブック』『ことばの科学-学びのエクササイズ』
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# by tiaokumura | 2009-11-21 20:58 | | Comments(2)

夜明珠、ピーナッツ、ミシュラン、リーマン予想

4題噺^^じゃありませんが、パッと見、タイトル奇妙でしょうね(汗)。
タイトルとは直接関係ないことから。年度始めに3回を予定していた「海外出張」、2回で打ち止めにしました^^。更年期なのかどうか、年3回ってあれやこれや肉体的にも精神的にもどうもシンドイんですね(恥)。加齢には勝てません(恥)。無理して行って行けないこともないのですが、無理して行って大失敗をするよりは日本国内でやれるだけのことをやればいい、という結論に達しました(開き直った?^^)。従って、楽しみにしていたプライベート上海1泊も取りやめです。来年は上海万博なので行かないほうがいいでしょうね。2011年のお楽しみに取っておきます。でも僕が観たい・行きたい・味わいたい「古き良き上海」って、どんどん壊されているんでしょうね。上海異邦人希望者としては残念です。上海のOld Jazzmenの皆様、私が行くまでぜひぜひお元気で音楽活動をお続けください。

この間の瀋陽出張で、ある中国人(ここでは「Aさん」とする)から不思議な宝玉のことを教えていただきました。「夜明珠」と言い、皆さんはご存知でしょうか、僕は初めて知った石でした。その石(ボウリングのボールより2周りほど小)、真っ暗闇でも石の中心部から神秘的な光を発するんですね。マガイモノ・ニセモノもたくさんあるそうで、僕が知った石は、中国のアカデミックの科学者の鑑定済みです(もちろんその鉱石専門家はこの石を本物と請合っている)。Aさんは僕が日本に帰ったらこの宝玉のことを調べてほしい・博物館やコレクターなどで購入希望者がいたら紹介してほしいとのことでした。帰国して何日か経ってネットで検索してみたら、いくつかヒットしました。中村博明『夜明珠-謎の宝玉』(文芸社。2006年刊、2730円)という本もAmazonに出ていました。宝玉なんて分野にはとんと縁がない僕ですが、Aさんのご希望もあるので、これからもいろいろ探ってみます。当ブログご訪問者の中で「夜明珠」について情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらにコメントを寄せていただけるとありがたいです。

先週、親友「哲ちゃん」から千葉産ピーナッツが送られてきました。毎年この季節にいただいています。送られてきた3種(ピ-ナッツ・落花生・柿の種、になるでしょうか)、産地直送ならではの歯ごたえ・香り・大きさなどを毎日賞味しております。哲ちゃん、ありがとう!
公私とも「サンキューメールは早目に」を心がけているボクなんですが、バタバタしててお礼のメールを出すのがずいぶん遅れてしまった(恥)。


ミシュラン、京都・大阪版も出したんですね。僕は東京版も京都・大阪版も買っていませんし買う予定もありません。
朝日新聞11月15日付「耕論」は「ミシュラン、おいでやす」でした。村田吉弘(菊乃井3代目主人。同記事見出しは「平(ひら)とう見たら世界への扉」-以下同じ)・千宗守(武者小路千家14代家元。「黒船思たら、違てました」)・熊倉功夫(林原美術館館長・国立民族学博物館名誉教授。「うわさ好きは『京童』の伝統」)のお三方が朝日新聞の記者のインタビューに応えたのをまとめた記事。豊富な知識がわかりやすく提示され・京都弁が品よくまぜられ・上品なユーモアに彩られ・興味深々な記事です。ネットの朝日新聞にアップされているかどうか未確認ですが、ぜひお読みいただきたい記事です。お三方に共通する、伝統文化に裏打ちされた自信そして新しいものへの向き合い方そしてはんなり?とした余裕、無縁な僕も心強く思いました。でも問題は日本人でしょうね。このお三方の姿勢を僕も含めた日本人はどこまで・いつまで継承できるんでしょうか。日本人の中で「『ミシュランガイド』にあったからこのお店は絶対うまい」なんてことになって、それこそ「本末転倒」状況にならなきゃいいのですが。

リーマン予想」ってご存知ですよね。『大辞林第三版』(三省堂。僕の持っているのは2006年第1刷)から引用すると-「リーマン」の追込項目(子項目)です-
リーマンが提出したゼータ関数ζ(s)の零点に関する予想。今日もなお未解決の難問。
です(p.2656・3段目)。
哲ちゃんも第三版の執筆者のお一人なんで、この項目、ひょっとしたら哲ちゃんの手になるのかもしれない。
さてその「リーマン予想」、11月15日にNHKTV「NHKスペシャル」でやってましたよね(「魔性の難問」)。ご覧になりましたか。午後9時放送開始ってことで、頭から見るつもりでいたのですが、他のことをやってて9時20分頃から見ました(残念!)。天才数学者たちの苦闘(一時期は「リーマン予想」の証明はタブーとなって棚上げされていた)、プリンストン大学での物理学者と数学者の邂逅、フランス人老数学者の証明への飽くなき挑戦など、実に見応えのある番組でした。今年2009年は「リーマン予想150年」だそうで、ある種のブームなのでしょうね。あるいはまた、どうやら証明が実現しそうなムードに数学界があるのでしょうか(「リーマン予想」と関係はありませんが、「フェルマー予想」は15年ほど前に証明済みだし、「ポアンカレ予想」の解決は記憶に新しい)。いずれにしてもNHK-Gでこのような番組が放映されるのを見ると、日本の文化程度もまだまだ地に落ちていないと嬉しい限りです。この番組の後で、BSでの数学番組2本の予告もやってました。
哲ちゃんにお礼のメールを送った返信で、哲ちゃんが「リーマン予想」にも触れ、
じつは小生もいま、そのテーマで本をつくっています。12月1日発売予定です。
と書いていた。もちろん僕は買います。皆様の中でご興味がある方はぜひご購入ください。書名など分かり次第、こちらのブログでミニ宣伝^^させていただきます。乞う、ご期待。
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# by tiaokumura | 2009-11-17 20:30 | このブログのこと | Comments(9)

武満徹『November Steps』(YouTubeより)

今日は11月16日-今年も残り45日になったんですねぇ。毎日がどんどん過ぎていき、今から45日前は遥か遠くに感じられます。年を取るってそんなことなのかもしれませんね。

今年9月上旬だったか、朝日新聞「天声人語」に那珂太郎の12か月を歌った詩の一部が引用されていました。その後全体を読みたいと思いつつも月日をムダに過ごしてしまいましたが、さっきweb上で全詩(『音の歳時記』)が見つかりました。この詩は各月を例えば1月「しいん」、4月「ひらひら」、9月「りりりり」と擬音語で表象し、各月を数行で歌ったものです。著作権が気になりますが、以下、11月を引用させていただきます。

十一月 さくさく

しもつきの朝の霜だたみ
乾反葉敷く山道を行けばさりさり
波うちみだれる白髪野を行けばさくさく
無数の氷の針は音立ててくづれる
澄んだ空気に清んだサ行音
あをい林檎を噛む歯音にも似て


詩人の感性が捉えた「11月」、みごとなものです。Web上の「肥さんの夢ブログ(中社)」に全詩が載っています。肥さん、勝手しましたが、悪しからずご了承ください。
那珂太郎(1922-)は、田村隆一(1923-98)の1学年上。ただし、那珂は『歴程』、田村は『荒地』です。谷川俊太郎(1931-)や白石かずこ(1931-)よりは9歳ほど年上。僕は、那珂・田村・谷川・白石とは思潮社などの詩集で出会っています。

11月の音楽」、いくつか思い浮かびますが、何と言っても、武満徹『November Steps』でしょうね。本記事ではYouTubeにあった中からアップしました。サイトウキネンです。サイトウキネン、いつか松本(富山から2時間くらいか?)で聞きたいとずっと思っているのですが、2009年現在未実行です。来夏あたり行けたらいいのですが。
武満徹(1930-96)は映画『切腹』で知りました。サムライ映画にふさわしいBGMだなぁと思った記憶があります。そして『November Steps』(ニューヨークフィル125周年記念委嘱作品)。絵画は空間芸術で音楽は時間芸術という言い方をしますが、いい絵画は「時間」も感じさせ、いい音楽は「空間」も感じさせますよね。『November Steps』の場合、僕は竹林を吹き抜ける風を感じます。ド素人なので間違っているでしょうが、尺八はその音色から垂直的な空間=竹林(朔太郎の詩)であり、日本と西洋の融合が風となって舞っている-そんな印象の曲です。
武満は交際範囲が広く、友人・知人には瀧口修造・大江健三郎・小澤征爾・谷川俊太郎・ジョン・ケージらがいます。武満は管弦楽曲・室内楽曲・ソロ楽器曲など多彩な作曲活動をしていますが、『死んだ男の残したものは』は谷川の詩に武満が曲をつけたものです。小室等や石川セリらがカヴァーしています。武満は文筆家でもあり、僕は『音、沈黙と測りあえるほどに』(新潮社)などを読みました(武満は1冊がボクにはけっこうな値段なので^^あまり読めない)。作曲・著作を通じて武満は終生にわたって音/沈黙・音楽を追究した求道者だと思います。座談の名手でもあり『対談集』がいくつか出ています。
武満の世代には多いことですが、彼は幼少期を満州(当時)で送っています。1996年2月20日逝去。享年65歳。もっと長生きしていただきたかった。
どうでもいいことですが、僕は武満徹さんと誕生日が2日違いです^^。

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# by tiaokumura | 2009-11-16 20:33 | 音楽 | Comments(4)

シリーズ「異国からの挑戦 介護福祉士・看護師候補」(北日本新聞)

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言語間距離」という言い方をご存知でしょうか。例えば、ポルトガル語とスペイン語は兄弟くらい近い距離にあり、インドネシア語とマレー語もかなり近く、ドイツ語と英語はまた従兄弟くらいの距離にあり、日本語とアラビア語は全くの赤の他人になるでしょうか。ある母語話者が外国語を学ぶ時、対象言語の言語間距離が近ければ近いほど(習熟度はまた別にして)学びやすいと言えるでしょうね。だからと言って、言語間距離のことを、ボクが英語もフランス語も中国語も全然あかん根拠にしようとは思いませんが^^。たとえどんなに外国語学習方法が進化しようとも、脳の構造を変えない限り、言語間距離が大きいことは学びにくさの原因になるでしょうね。

さて、地元紙の北日本新聞で好企画シリーズ「異国からの挑戦 介護福祉士・看護師候補」が11月7日から始まった。今日11月15日で第7回目です。ここまでの各回は
①あこがれ 給与や経歴も魅力 ②言葉の壁 小型辞書 持ち歩く ③日本語研修 施設一任 対応に苦慮 ④経験 日本で技術生かせず ⑤信仰 毎日欠かさず礼拝 ⑥期待 帰国しても先駆者に ⑦ネットワーク パソコン・携帯 必需品

アップした写真は第3回のもので富山国際学院のスタッフの熊西美絵さんによる日本語研修が取り上げられています。日本語教育畑では熊西さんは僕の先輩にあたります。
日本・インドネシア2国間のEPA(Economic Partnership Agreement。FTAより広い範囲をカヴァーしている協定)が発効し、今日本でインドネシア人介護士・看護師候補者の方々が働いていらっしゃることは、マスメディアでも報じられているのでご存知でしょうね。当ブログご訪問者の中で親の介護をなさっている方の中には、ひょっとしたら当該施設・病院で会われた方もおありかもしれませんね。
富山県魚津(うおづ)市では3人のインドネシア人介護士・看護師候補者の方が研修中です。日本語を担当しているのが熊西さんです。僕は勤務先で学院長職にあるので、彼女からときどき報告・相談を受けています。言語間距離の大きいインドネシアの方々にとって、日本語学習にはさまざまな困難がある。日本語は発音も文法もさほど難しくありませんが、何といっても「漢字」の壁は大きい。そして、日本人でさえ合格率50%とかの介護士試験に4年以内で合格しなければ帰国するしかないハードル。例えばあなたがアラビアの某国に介護士候補として赴いて、そんなハードルを設けられたら越えることはできるでしょうか。
せめて試験問題に読み仮名をつけるくらいの「サービス」があってもいいのではないでしょうか。あるいは、問題のヒントにならぬ程度に英語で注をつけるとか。命に関わる現場なのですから、安易にハードルを下げてはいけませんが、候補者の現状はあまりにも厳しすぎる。

まもなく、国内で6か月の事前研修を終えたインドネシア人第2陣が国内各地で研修に入ります。フィリピンとのEPAに基づく候補者第1陣は既に国内各地での研修に入っていらっしゃるかもしれません。

EPAによるこのプロジェクトにはまだまだ申し上げたいこと・申し上げなければならないことがありますが、それはまた別の機会にします。
先日聞いたところによると、中国人看護師が来日し病院(や介護施設も?)で就労するとか。そのこと自体を論評する余裕はありませんが、2国間で正式に協定を結んだのだからインドネシア・フィリピンの方々が「使い捨て」「調節弁」などにならないよう切にお願いしたい(国際信義に悖る)。そうでなくっても、日本って国は国際社会においてイメージダウン進行中なのですから。

当ブログご訪問者の中には、「そんなに大変なら日本に来なきゃよかったのに」って方もおられることでしょうね。そんな方は、ちょっと近未来の日本を想像してみていただけたらありがたいです。

(11月18日・追記
本連載、11月16日付で完結しました。最終回は
⑧原点 相手理解し信頼築く
です。本シリ-ズご担当は、浜松聖樹記者(新川-にいかわ-支社編集部)です。
第8回目最後の、林照夫さん(3人の勤務先運営会の会長。私が今春、魚津の同施設を表敬訪問した際、お目にかかりました)のお言葉を以下に引用させていただきます。
「利用者や患者の気持ちを理解し、信頼関係を築くことが介護や医療の原点。言葉の壁に苦しみながらも、人を理解しようと努めている彼らは今、その原点を歩んでいる」
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# by tiaokumura | 2009-11-15 10:25 | 日本語教育 | Comments(4)

新入生歓迎スポーツ大会

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僕の勤務先の富山国際学院では毎年4月と10月に新入生がある。それぞれの時期、予定新入生がほぼ入学した時点で「新入生歓迎会」を実施しています。ビザの関係もあってさみだれ式に学院に入学してくるので、「入学式」ってものはありません。でもきちんとけじめをつける意味では「入学式」ってやったほうがいいでしょうね。昔はあったのかもしれませんが、僕(勤務歴16年7か月余)は経験していません。

新入生歓迎会はこれまでいろんな企画でやってきましたが、2009年10月新入生の歓迎会、スポーツ大会はどうだろうかということになった。富山国際学院の歴史の中で学校活動としてスポーツ大会を企画実行したのはたぶん初めて。あれやこれや借りられそうな会場をあたってみたのですが、費用がかかったり(うちんとこ、ビンボー日本語学校^^)学院から遠かったりで見つからない。富山市民国際交流協会にお知恵拝借とTELしたら、所長の川原さんから貴重なご示唆をいただいた。学院から比較的近い距離に「愛宕小学校」というのがある。そこは、市内中心部の少子化加速でいくつかの小学校の合併が進み、廃校になっている。旧愛宕小学校に体育館があるから、そこを借りられないか交渉してみたら、というのが川原所長のアドバイスでした。難点は①NPO法人になっているとは言え、うちのような学校に貸していただけるか、②うちは奥田校下で愛宕校下ではない、言わば「よそ者」なので借りることが可能か、の2点。「校下」って言い方、広辞苑にも載ってませんが、富山県では普通に使います。「城下」からの発想でしょうね。「校下」って「学校がエラソーにしている」などの非難からかどうか分かりませんが(あるいは「全国と同じ横並びの用語が便利」ってことか)、県下では次第に使わなくなっているみたいです。僕は、「教育県・富山」を自称するなら、誇りを持って「校下」を使えばいい(学校が地域の中心になっているという考え方ですもんね)と思いますが、僕みたいな者は少数派になりつつあるのかもしれない。

さて9月中旬、旧愛宕小学校の体育館を借りたくて、地元でご担当されている方のお宅を訪問。学院のこと・スポーツ大会のことなどを説明。「まぁ、よかろう」という嬉しいお返事。そして、担当委員会の正式認定を得るために、委員会開催日の午後7時に旧愛宕小学校体育館に来るようにとのご指示でした。10月中旬、8人くらいの委員会メンバーの方たちの前で、体育館借用のためのプレゼン。皆様から快諾を得ました!

今日11月13日13日の金曜日だぁ^^)、新入生歓迎スポーツ大会。新入生には晴れ男・晴れ女が多かったんでしょうね、いいお天気に恵まれました。
僕は学院に車を置いて、9時前に集合場所のCiCへ。9時20分頃、女子学生Tさんの自転車の後ろに乗っけてもらい(セクハラ・パワハラじゃありませんよ、歩きがかわいそうだと思し召した^^彼女からの誘いです、念のため)、途中ちょっと道に迷いましたが、9時半過ぎ旧愛宕小学校体育館に着く。
今回もそうですが、いつもこういう時にあれこれご担当いただくスタッフの柳川さん・増山さんの指示でスポーツ大会(ビーチバレーボール)展開。
僕はくじ引きで「Cコート」担当。自分じゃビーチバレーボールの選手になるつもりで、エアロビやってたときの服に着替えておったんですが(舞い上がりすぎ^^)、本日はCコート審判職を務めた。ホイッスル吹くのってある種の快感でした(照)。
試合は6チームの総当たりリーグ戦。結果は3勝2敗と2勝3敗が3チームずつという、これはまた珍しい結果。
表彰式・集合写真撮影・片付け・そうじなどをして、12時少し前に終了解散。学院生も先生方も、まぁ満足気味だったんで一安心。怪我や喧嘩もなかったし。
新入生歓迎スポーツ大会、webの「富山国際学院の写真館」(右にもリンクしてあります)で写真を見ることができます。

全て終わってから、スタッフの粕谷さんと「まるたかや」でラーメン定食など。「まるたかや」は県内TOP5に入るラーメン屋さんです。
昼食後、学院に戻り5時過ぎまで仕事。
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# by tiaokumura | 2009-11-13 09:47 | 日本語教育 | Comments(2)