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東北AIDの仲間たちと

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(7月17日夜・記)
7月14日(日)南三陸町2日目。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(僕もハマってます^^)は「北三陸」ですが、あれは架空の地名で岩手県久慈市。「南三陸」は宮城県です。

アップした写真は「南三陸町さんさん商店街」で。バックにチリから贈られたというモアイ像。そんなに大きくない。今回のバスツアーは、女性16名・男性6名、バス運転手2名(男性)。写真にはその半分くらいのメンバーしか写ってません。自由行動になってたからでしょうね。
今回いろんな方と出会えた。前列右の川渕映子さん(東北AID代表)の隣は高校生男子。彼、中学2年で被災地にボランティアで入ったそうです。自分の彼の年齢の頃を考えると、実に頼もしい男子です。
写真には写っていませんが、長い間会いたいと思ってた方に、今回出会えました。越中家漫欽丹(えっちゅうや・まんきんたん)さん。富山弁の落語家で、富山でも被災地でも人気のある方です。ローカル・スター、でしょうか。本名は桶屋欽一郎さん。今回、バスの中でも落語(オチが「こたつ」のやつ)や小咄をご披露。ほかにもいろんな芸で皆を楽しませてくださいました。車中、桶屋さんのボランティアの原点についても語られた。1945年、桶屋さんが小学3年生の時、8月1日・2日の富山大空襲に遭遇。母、妹2人と、布団をかぶり神通川河畔に避難したそうです。夜が明け、周りは死体の山。その体験が桶屋さんのボランティア精神につながっている。今回少しお話もできましたが、御年77歳(長嶋茂雄と同年)、そのパワーとサービス精神たるや、ただただ感嘆するばかりです。ぜひまたお会いしたい方です。

「さんさん商店街」を出発し、「防災対策庁舎」跡に。
遠藤未希さんのことは、皆さんもきっとご存知でしょうね。当時24歳の彼女は防災放送の担当職員。2010年7月に婚姻届を出し、2011年9月には披露宴を予定していた。あの日、彼女はこの防災対策庁舎から必死に叫んだ、「6メートルの津波が来ます.避難してください」。その声は両親も聞き、多くの人々の命を救った。だが、庁舎に残った職員のうち助かったのは10人だけ。前途ある未希さんも無情にも津波に飲まれ帰らぬ人となった。
母親の美恵子さん「放送するのに精いっぱいで、逃げられなかったんだろうね。実際は怖かったと思う。母親の私が守ってあげられなくて。申し訳なくて」
父親の清喜さん「『ご苦労さま。ありがとう』という言葉をかけてあげたい」

今回のツアーの途中、某所でセシウムを測った。基準値をはるかに超えた高い数値。除染もそうだが、被災地はいまだ復興ならずという印象である。高橋司さん(やまと物産)の「8メートルの防潮堤なんていらない。津波が来たら逃げられるよう、道路を整備してほしい」とはまさに「現場の声」である。そのような言葉に耳を貸さない行政や政治家の怠慢。私にできることなんてごく限られているだろうが、これからも被災者を想い、被災地の日常回復のために少しでも力を尽くしたい。
ボランティアとは、他人のためだけではない、何よりも自分のためでもある。

7月14日(日)23時ころ、岩瀬スポーツ公園着。公園に停めてあった車に乗り帰宅。
by tiaokumura | 2013-07-14 12:53 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

平成の森で交流会

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(7月17日朝・記)
7月14日(日)南三陸町2日目。10時半、平成の森仮設住宅の住民の方々と懇談。富山から持って行った西瓜・アイスコーヒーなど。40人くらいお集まりだったでしょうか。あちらは三陸弁?、こちらは富山弁でコミュニケート不能^^の場面もあったが、きわめて有意後な交流会であった。
アップした写真、僕の向かいの小柄な女性ははぎのさん。85歳と云うことですが、実にパワフルな方。犬のメリー(この犬も大震災に遭っている)のこと、若い時のこと、仮設住宅でともに過ごす仲間のこと、など。僕の左は御年90歳の方。お若いときは漁船に乗り、マストに攀じ登り魚群を追ったそうです。どの方も明るく元気で、大震災の被害なんかどこにあるのか、などと錯覚しそう。だが、90歳の方に、僕はアホなんでしょうね、ご家族のことをこちらからつい伺ってしまった。彼、47歳の息子さんを亡くされたそうです。「子が親より先に死ぬなんて」「自分が代わってやればよかった」と聞くと、言葉を失う。
西瓜、おいしかったようでホッ。僕も4切れくらい食べた。
平成の森でバスに乗り込む。お別れの時が来た。昨日の自治会長さんに「ラモス瑠偉に似ている」と言われ、なんかこそばゆかった^^。バスの中と外、「また来るね」「ありがとう」の言葉がバス内から発せられる。中には涙ぐむ方も・・・。

この後、南三陸町さんさん商店街。中元3か所、「生鮮ロイヤルフィッシュ」から送る。買い物もボランティアになる。ささやかではあるが、経済支援。うに丼などおいしい店がいくつもあるがどこも行列。待つのもしんどいし、量も多そうなので、お店に入って食べるのはあきらめる。おかずが買える店があって、ひらめ塩焼き・かまぼこ天婦羅などを買って広場で食べる。「阿部茶舗」でソフトクリーム(北海道バニラ)、「菓房山清」でお土産のほたてサブレ。
買ったり食べたりすることも支援につながる。そして何よりも「被災者・被災地を忘れない」ってことが一番簡単だけど大事なことなんでしょうね。
by tiaokumura | 2013-07-14 11:25 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

あの日あの時、この海が・・・

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(7月17日朝・記)
7月13日(土)
夕方、大川小学校を後にして南三陸町平成の森に入る。平成の森仮設住宅自治会長の畠山さんのお話を聞く。畠山さんは「団塊の世代」。わがままで頭でっかちで打たれ弱いと揶揄されがちな団塊の世代ではあるが、畠山さんは団塊の世代の長所である行動力・組織力・構想力に長けた方なんでしょうね。お話を聞いてるとさまざまな困難・絶望があったでしょうが、柔らかな口調でたんたんと語られた。街並みが地震ではなく津波ですべて破壊されたこと、陸の孤島と化した中で3日目にサッカー場に石灰でSOSを書きそれを見て米軍のヘリがやってきたこと、避難所では水も電気もなくトイレに苦労したこと、2週間目にマイクロバスで鳴子に行き初めて風呂に入れたこと、ANAが平成の森内に「こころの湯」を作ってくれたこと、日赤が集会所の備品として7点セットを用意してくれたこと、などなど。「命さえあれば何とかなる」というご発言は、体験者でなくては軽々に口に出せない重い言葉である。「なんら復興の兆しが見えていない」という現状分析も僕たちに重くどっしりとのしかかった。今一番の課題は「防災集団移転」。状況によってはこの仮設にまだ2、3年いなければならない。
質問ができるということで僕も「義捐金がちゃんと被災者に届いているか」と聞いてみた。畠山さんによると出所は日赤とか特定されてではないが、義捐金は個人の口座に振り込まれたそうです。
夕食。食べきれなかったので隣の庄司さんに助けてもらう。食後9時ころまで今回の参加者の何人かと食堂で懇談。「こころの湯」で入浴。男性6人「スミレ」で相部屋同宿。

7月14日(日)
4時半頃目覚める。早すぎるので2段ベッドの下でうつらうつら。6時半起床。窓を開けると朝の爽やかな空気が室内に入る。昨日は雨も降ったが、今日は暑い1日になりそう。
朝食。夕食時もそうだったがお味噌汁がおいしく何杯もお代わりをした。
9時、高橋さんご夫妻がお見えになる。高橋さんはやまと物産代表・魚竜館館長。南三陸サポーターズが南三陸の海産物を送ってもらってるのが高橋さんのところです。むごいこと・残酷なことを強いたことになるかもしれませんが、高橋さんご夫妻は我々のために被災地の案内をしてくださった。バスに同乗していただいて車中・車外とご案内していただく。南三陸町は歌津と小津川から構成され、高橋さんは歌津地区になる。「魚竜館」は1970年9月に歌津町の海岸で世界最古の魚竜化石が発見されたことに由来する。
尾崎神社。源義経ゆかりの神社。高橋さんによると、「なんでも願い事を叶えてくださる」とのこと。僕は神仏に願うってことができない人間なので(恥)叶えてもらえないかもしれないが、「被災地が早く日常を取り戻せますように」と願った。尾崎神社に行くときは大きな松の左を通り、帰りは右を通れば願いが叶うってことで、それに従った。
アップした写真、尾崎神社から少し行ったところで撮った。日本海の荒波を知っている者にとっては、リアス式海岸の当地は海穏やかな絶景だが、あの日あの時、この海が牙を剥いた。
by tiaokumura | 2013-07-14 10:05 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

御霊安らかなれ

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(7月16日朝・記)
7月13日(土)午前6時半、「南三陸サポーターズ・バスツアー」、岩瀬スポーツ公園を出発。今回持参した本は
岩波書店編集部・編『これからどうする 未来のつくり方』(岩波書店)
C・L・ブラウネル 高成玲子・原訳 富山八雲会・編集『日本の心-アメリカ青年が見た明治の日本-』(桂書房)
の2冊。岩波本、この40年間で類書がこれで3冊目でしょうね。ラフカディオ・ハーンやイザベラ・バードのように有名ではありませんが、クラレンス・ルドロウ・ブラウネルは明治期富山に来て英語を教えているいわゆる「お雇い外国人」で日本について書いた本がある。両書、いつか改めてブログ記事にしたい。
今回は、タブレットノートパソコンも持参。タブレットは少し役立ったかなあ。ノートPCは重いだけだった(激爆)。
バスは北陸→磐越→東北の各自動車道を走る。昼食は国見峠SAで。喜多方ラーメンを食べました。全部は食べられなかった。同SAでさくらんぼ「天使の宝石」1パック購入。500円。さくらんぼは「佐藤錦」が有名ですが、こちらは小粒で甘味控えめな桜桃でした。

4時ころ、石巻市に入る。
あの日あの時、各地で悲劇が頻出した。中でも大川小学校のそれは皆さんも記憶に残っているでしょうね。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う津波が地震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)河口から約5kmの距離にある当校を襲い、校庭に避難していた児童108名中70名が死亡、4名が行方不明(2012年1月23日現在)、教職員13名中、校内にいた11名のうち9名が死亡、1名が行方不明となった。スクールバスの運転手も死亡している。(Wikipediaより引用)
アップした写真は大川小学校。写真奥に北上川が流れる。手前右に裏山。あの時、一瞬の判断が生死を分けた事例はあまたあった。私が大川小学校教員だったら、おそらく同じ判断をしたでしょうね。「なんでこんなに近い裏山に逃げなんだんだ」ってのは、後付けの非難でしょうね。もちろん娘や息子を亡くされた親の想いは、自分なんかの想いとは違うでしょうが。
大川小学校の悲劇を知った時、戦前の「真白き富士の嶺」を連想しました。

川渕映子さん(東北AID代表)らが、高岡の銅器メーカー「能作」の風鈴を手向けていました。
亡くなられた児童・教職員の方々の御霊安らかなれ
by tiaokumura | 2013-07-13 16:53 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

いざ、南三陸町へ

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(7月15日夜・記)
7月13日(土)午前6時、家から車で5分くらいのスポーツ公園に着く。この日、東北AID
「南三陸サポーターズ」バスツアー
に参加。

2011年は僕にとって2つのことで忘れがたい年。一つは、皆さんもそうでしょうが、東北地方太平洋沖地震(後に「東日本大震災」と称する。僕は「東北地方太平洋沖地震」のほうが名称としては適当だと思う)、もう一つは末期癌発覚。
震災後、「アジア子どもの夢」(川渕映子代表)がいち早く支援バスを仕立て被災地入りをしているというのを知り、2011年4月9日~11日(バス車中2泊)の第4便に同乗させてもらった。訪れたのは石巻市緑町、同黄金浜で、豚汁・焼きそばの炊き出しと救援物資配布。その時の様子は当ブログ「いざ石巻ヘ」「ぷちボラ@石巻」という記事にしてあります。
その後も被災地でボランティア活動をしようと思っていたが、体調不良・体重減少・食欲不振が続き、診察の結果、胃癌末期その他の癌が発覚し、入院生活を余儀なくされた。
川渕さんの活動はやがて「東北AID」と成長し、その時々に応じた(現地の状況を踏まえた)支援が継続されている。その一つが「南三陸サポーターズ」制度。経済復興支援になるでしょうか、年会費1万円で、宮城県南三陸の海産物が年2回配布される。物産の販売元は「魚竜館」などを運営していた高橋さん。先月6月22日に同地のほたてなど美味の数々が宅急便で送られてきました。
その「南三陸サポーターズ」(200人以上いるようだ)のために企画されたのが、上掲の「南三陸町バスツアー」。現地の状況をこの目で見、現地で交流会。さっそく申し込んだ。

今回のバスツアーは女性16名、男性6名。バスは中部観光で運転手お二人もたびたび現地入りし炊き出しなどに活躍されていた方。
車中での自己紹介。
富山国際学院という日本語学校で日本語教師をしている奥村と申します。2日間、よろしくお願いします。2011年4月に支援バス4便で石巻に入りました。そのあとも現地でのボランティア活動をしたいと思っていたのですが、6月に末期癌がめっかっちゃって・・・。抗癌剤を2年くらい続けていましたが、先日終了しました。2年生存率をクリアし、「いつ行くんですか?今でしょ」(←不謹慎^^かもしれないが「笑い」を取ろうと思った。例のTVCMです)って気持ちで今回参加しました。体力が十分じゃないので足手まといにならないようにしますが、何かあったらよろしくお願いします。

アップした写真、右が川渕映子さん(東北AID代表)。
実は自分、この後荷物をバスに積んでいるうちにギックリ腰に(泣)。もともと腰痛持ちな自分ですがここ数年腰痛はなかった。それが肝心な時に・・・。ツアー期間中、ずーっと腰をかばってました(恥)。

東北AIDのホームページはこちら
東北AIDの公式ブログはこちら
by tiaokumura | 2013-07-13 08:18 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東京出張

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(7月10日朝・記)
7月9日(火)、日帰りの東京出張。2011年を除き毎年複数回東京に行っているような気がするが、「東京出張」となると記憶がない。意外。日本語教育関係での自腹上京では夜行バス使うことが多いでしょうね。あとは個人旅行で特急。今回は出張費が出るってことで^^JR特急利用。7時前、富山国際学院に駐車、富山駅北口まで歩く。北口で切符購入。富山―東京、往復で21500円でした。今回持参した本は、
丸谷才一『無地のネクタイ』(岩波書店)
『日本国憲法』(小学館)
丸谷本は2月に買ってまだ読み終わっていない。「馬上・厠上・枕上」でしたっけ、馬上(ここでは旅行)で読むにはピッタリの本でしょうね。丸谷の文体、好きです。このブログ、丸谷もどきの文体で書いていることもあります。『日本国憲法』の親本は1982年にハードカヴァーで出されベストセラーになった。その時の編集者?が「改憲」が叫ばれる今こそ、憲法をちゃんと読んでほしいと、500円(ワンコイン!ただし消費税が+25円)でコンビニで発売。この本、憲法条文と写真が2ページずつ交互で、僕は家族4人の温泉での写真(pp40-41)が特に印象に残ってた。父・昭和22年生、母・昭和23年生、娘・昭和48年生、息子・昭和53年生。あれから30年余、どんな家族になってるんでしょうね。写真の富山関連が「富山県東礪波郡の民家」(pp48-49)、「日本アルプス、剱岳」(pp92-93)の2つもある。
今回の旅行、タブレットも持参。トンネル内はダメでしたが、あとはどこでもアクセスできました。
富山→越後湯沢、はくたか。越後湯沢→東京、とき。
車中、讀賣・日経。讀賣、「大学の実力調査 西日本編」。新聞社独自の視点からの大学評価。富山国際学院での進路指導の参考になる。東日本編は終わったのだろうか。
車中、8時になったらケータイのワンセグで「あまちゃん」を見ようと思ってたのだが、新聞を読んでいるうちに時間が過ぎてしまって見られなかった(泣)。どうなったんだろう。一つ、余計なことだが気になっていること。「国民投票、40位以下だと解雇」とか言ってますが、あれは「41位以下」じゃないでしょうか。「以下」(以上もそうだが)、使い方間違ってる例、ときどきある。

11時半過ぎ、東京駅。駅構内に全国駅弁の店があって、岩手県一関市の「斉藤松月堂」の「平泉うにごはん」1000円也を購入。「うにごはん」って云うと、これまた「あまちゃん」が連想されます。「平泉うにごはん」の中身は、ご飯(岩手県産)、うに、いくら、錦糸卵、紫蘇わかめ、山ごぼう、紫蘇の実、調味料など。一関市は我が敬愛するかねごん先生の塾がある。地元でも人気店なんでしょうね、斉藤松月堂。ヴォリュームがそれほどでもなさそうなのも購入した理由。今の僕には駅弁の多くが2人前に見える。駅弁、富山・源のます寿しもありました。

東京駅でこないだ名古屋で失敗してるSuica、直してもらう。
東京→新宿、中央線。新宿→参宮橋、小田急線普通。参宮の「宮」は明治神宮でしょうね。
参宮橋から歩くこと約15分。猛暑日の東京。この日の会場の国立オリンピック記念青少年総合センター(略称「オリセン」)に着く。中庭で「うにごはん」を食べてたら、鈴木健司さん(大原日本語学院)に声をかけられる。鈴木さんとは数年前の日本語学校教育研究大会で初対面。方向音痴な僕のために、新宿で宿をとった僕の道案内をしてくださった。明治通りだったでしょうか、二人で30分以上歩き、途中花園神社近くの不思議な喫茶店(某有名組のたまり場?)にも入りました。
駅弁、6割くらいしか食べられなかった。やっぱ今の自分にはこれだけでも量が多い。

今回の出張は
平成25年度東日本地区維持会員協議会
に参加するため。本来は富山国際学院は「西日本」なんですが、開催が金曜日で授業と重なったので、「東日本」に出ることにした。主催の日本語教育振興協会(略称「日振協」)によると、日本語学校139校・142名の参加だった。
開会挨拶→配布資料の確認及び日程説明→報告・説明
と続く。報告・説明は日振協、文部科学省、法務省、外務省。「報告・説明に対する質疑及び質問・要望事項に対する回答」があって、5時半頃終了。

懇親会。戸田安信さん・市毛大輔さん・中西郁太郎さんなど既に見知った方々と懇談、今回初めてお会いする方々と名刺交換・懇談。
懇親会は7時半までだが、僕は帰りの電車の都合で7時前に会場を出る。
参宮橋→新宿。新宿→東京は中央線がよかったのだろうが、山手線に乗ることにした。新宿→東京って内回り・外回り、どっちなんでしょうね。わからないまま渋谷・大崎方面に乗った。方向音痴、だからでしょうね、自分のイメージでは左に向かって走っていくはずなんですが、右回りだった。
東京駅から「とき347」20:12発、越後湯沢21:20着、越後湯沢「はくたか26」21:30発。23:26富山着、疲れてたので富山駅北口→富山国際学院、タクシー利用。痛い出費。

アップした写真はオリセンで。右が鈴木健司さん(大原日本語学院)です。僕が下げてるのはおみやげの「東京ばな菜」です。帰りに買えないかと思い、すでに購入(照)。
by tiaokumura | 2013-07-09 12:53 | 僕は学院長5年生 | Comments(2)

サイエンスカフェとやま:神谷和秀さん「天才科学者 レオナルド・ダ・ヴィンチ」

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(7月8日夜・記)
7月7日(日)サイエンスカフェに参加。サイエンスカフェはこれで4回目かな。すっかりハマってます^^。今回は
サイエンスカフェとやま第5回「天才科学者 レオナルド・ダ・ヴィンチ」
ゲスト:神谷和秀さん(富山県立大学工学部知能デザイン工学科・准教授)
会場:富山県立近代美術館Caféプリズム


神谷さん(サイエンスカフェでは「~先生」は使わない)の今回のお話の構成は、
1部 天才科学者?
   芸術家レオナルド
   手稿(資料など)
2部 復元模型(紹介&体験)
   復元方法(VTR)
   レオナルドになる方法
だった。目玉は、手稿に基づいての復元模型。会場に5点ありました。
理系アホな僕ですが、今回も質問がいくつかできた。
①ミケランジェロ、ラファエロなど美術の面では同時代に巨人がいたが、科学・技術の面でレオナルドと並ぶ人物はいたのか。
②蔵書がすばらしいのだが何か国語ができたのか。蔵書中に『東方見聞録』も入っているが、レオナルドの「ジパング」への関心は?
③手稿の中にはキリスト教批判につながるような個所もあるのではないかと思うが、レオナルドの対教会のスタンスは? 教会との摩擦はなかった?
④天文学や冶金学や数学などが同時代に成立していたのだろうが、それらを統括する概念としての「科学」って、あったのか?
など。神谷さんやファシリテーター役の方が丁寧に答えてくださいました。
僕のようなシニアには今更言われてももう遅すぎますが^^、神谷さんによる「レオナルド・ダ・ヴィンチになる方法」、4か条。
広い分野に興味を持とう! 何故?と考えてみよう! 実験で確認してみよう! 記録しておこう!

アップした写真は、真ん中が神谷和秀さんで左がヨシダヒロコさん。ヨシダさんとはブログつながりで今回が初対面。人見知りが激しい自分ですが(恥)、ヨシダさんとは何年来の付き合いみたいな会話ができました。ブログの効用でしょうね。オフ会みたい^^。人の縁とは不思議なもので、ヨシダさんの高校時代の国語の先生が、僕の大学時代の級友の山下富雄君(近代美術館館長も務めた)だった!
ヨシダさんはフリーの翻訳家。右にもリンクしてありますが、彼女のブログはこちらです。
写真、こうして理系女子(ヨシダさんは化学がご専門)・理系男子と並ぶと僕も理系男子っぽく見えるかも^^。

今回は思いがけない副産物?も。会場に来ていたNHKに取材されました。地元のニュース「ダ・ヴィンチを語る」で自分の映像とインタビューが放映された(照)。ネットではこちらで観られます。

サイエンスカフェの後、「いこいの村」へ。この日、父方のいとこ会、1泊2日@いこいの村。
by tiaokumura | 2013-07-07 17:13 | 富山 | Comments(10)

2013年6月・ブログ内ランキング

ブログ内ランキング6月の結果が出ました。6月は22件の投稿でした。PCアクセスは6870、PC訪問者は2844人(1日平均94.8人)でした。

6月の「記事ランキング」は、
第1位<2013年6月7日>癌日記:6月7日(木)、抗癌剤TS-1、19クール目開始(123アクセス。以下同じ)
第2位<2013年6月8日>若松孝二監督『千年の愉楽』+井浦新・大西信満トーク&サイン会(89)
第3位<2013年6月4日>気持ちがわるい日本語(朝日新聞2013年6月1日付)(68)
第4位<2011年8月26日>ある癌患者(男性・64歳 胃癌ステージⅣ)、4つの不安(57)
第5位<2013年6月15日>ミッキー、理恵さん、ご結婚おめでとうございます!(48)
第6位<2013年5月27日>サイエンスカフェとやま(北日本新聞2013年5月25日付)(47)
第7位<2011年5月12日>こんな授業、あんな授業(17)久々の、日本留学試験「記述」対策(45)
第8位<2013年6月1日>雑誌3種(39)
第9位<2013年6月24日>神島達郎先生「宮崎健三先生を探る-詩人としての井上靖とのかかわり-」他(38)
第10位<2009年3月18日>公立高校受験に失敗した君に(37)
でした。
1位は、2か月連続で癌記事でした。5月の1位は<2013年5月24日>癌日記:5月23日(木)、予約診療(72アクセス)だった。4位も約2年前の癌記事。このブログ、癌ブログとしても認知されてきてるんでしょうね。少しは癌患者さんのお役に立ててればいいのですが、癌患者と云っても個人差が大きいでしょうね。
第5位は富山大学生時代(2006-2008年)のクラスメートの結婚です。結婚ネタなんて当ブログ、初めてかも。第7位、日本留学試験ネタ。今年の1回目の日本留学試験は6月16日(日)に終わりました。富山国際学院生は金沢星稜大学で受験。2回目は11月10日(日)、福井大学で。今度の日曜日7月7日には富山大学で日本語能力試験2013年第1回があります。こちらも年2回実施で、2回目は12月1日(日)。

検索キーワードランキング」のほうは
第1位・奥村隆信(156アクセス。以下同じ) 第2位・富山(72) 第3位・日本語(49) 第4位・日本留学試験(38) 第5位・we(36) 第6位・metaphors(36) 第7位・記述(34) 第8位・by(32) 第9位・live(32) 第10位・日本語教師(32)
でした。
英単語組み合わせると、metaphors we live byです。2006年10月9日付の記事に出てきます。
by tiaokumura | 2013-07-06 06:55 | このブログのこと | Comments(0)

癌日記:抗癌剤TS-1、19クールで終了

ここんところ6週間に1回の通院ペースで、今日7月4日(木)予約診療日だった。
9時に富山国際学院に出勤。11時前まで勤務。そのあと病院へ。学院から車で20分くらい。総合受付のあと外科受付。採血の指示があり中央処置室へ。採血5本、この日はスムーズに終わった。血管が細いんでしょうか、いつもは看護師泣かせな採血なんですね。検尿。そのあと外科で待つ。
今回持参した本は丸善のSCIENCE PALETTEシリーズの『相対性理論 常識への挑戦』。ようやく27ページまで読み進めましたが、正直チンプンカンプン(汗)。「・・・がわかった」という記述が何回か出てくるのですが、アホ読者な自分、「ち~っとも、わかんない」モード^^。この本、睡眠薬代わりかも。今回はタブレットも持参。待ってる間に青空文庫で中原中也「金沢の思ひ出」を読んだり、数独(ネット上に無料のがあるのがわかって、今日初めてアクセス)をやったり。
待ち時間の間に昼食。金時豆おこわと煮豆。340円なり。
12時過ぎ、名前を呼ばれる。血圧測定。87-60。前回より最高はだいぶ低い。自分、低血圧気味。脈拍83bpm。体重測定。57.1kg。前回より3kgほど増かも。
主治医のTドク診療。抗癌剤TS-1、19クールでやめることに。肺癌・胃癌・肝臓癌・大腸癌・乳癌が日本人の5大癌だそうで、乳癌は男はめったにないだろうから、4大癌のうち、自分は3つも。喫煙歴40年以上、1日40本の喫煙だったから、肺癌は覚悟してたが、肺癌にはならず胃癌末期(+大腸癌+肝臓癌)とは、なんか皮肉。2011年6月27日に大手術(胃癌・肝臓癌など)をして、以来これで2年生存をクリア。抗癌剤のおかげでしょうね。2012年2月29日には大腸癌・腸閉塞のこれまた大手術。そんな自分、これで抗癌剤終了かと思うと、いささかの感慨も。

12時の予約診療だったのが結局1時間近く遅れた。
会計2910円。
薬、7050円。抗癌剤が高価だったんでしょうね、いつもは3~5万円だった。こんなに安いのは初めて。抗癌剤以外の7種の薬は継続。
次回の診療予約は8週間後で8月29日(木)。脳の動脈瘤のその後が心配で、脳外科も予約したのですが、それが8月28日(水)。2日連続の病院通いになる。

2時過ぎ、富山国際学院に戻る。4時まで仕事。
真夏日だったんでしょうね、ずいぶん蒸し暑い1日だった。
by tiaokumura | 2013-07-04 19:10 | 癌日記 | Comments(4)

都路里で一休み

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(7月4日朝・記)
7月1日(月)午後、「びーどろ」の後、定番(激爆)の清水寺八坂神社。疲れたのでどこぞで一休みと考えて、選んだお店が「茶寮 都路里」。僕は疎いのですが、宇治茶の老舗に「祇園辻利」がある。そこがやっているお店(「都路里」は「つじり」)で、1階がお茶販売、2・3階が茶寮。
八坂神社から歩いて5分くらいでしょうか。行ってみて驚いた。超人気店なんでしょうね、行列30人ほど。2階への階段にずらーっと並んでいる。老若男女。待ち時間30分とのこと。いつもならそんな長い時間に耐えられないのだが、この日はもうすっかりくたびれてたので、待つことに。
入店。「都路里ところ天(黒みつ バニラアイス)」と「ほうじ茶プリン」をいただく。隣席の男性はそばを食してた。抹茶が織り込んであるのでしょうか、緑色のそばだった。
今回の「都路里」は祇園本店で、東京では「大丸東京店「東京スカイツリータウン・ソラマチ店」がある。

京都駅。今回の旅行の買い物は、天竜寺近くの「布遊舎」で買ったかばん2つ。風神雷神の刺繍トートバッグが1050円だったからちょーお買い得だった。あと、パッチワークのトートバッグが2520円。かばん2つが、自分へのごほうび、かな(照)。
京都発18:09サンダーバード35号。富山着21時ころ。富山国際学院まで歩いて、停めておいた車に乗って帰宅。
2泊3日、のんびりできた関西旅行であった。月並な表現だが「命の洗濯」になったでしょうね。
それにしてもタブレット、もっと使えるようにならなきゃ。
by tiaokumura | 2013-07-01 15:23 | 美味録13 | Comments(0)