人気ブログランキング |

<   2010年 08月 ( 23 )   > この月の画像一覧

いい湯だな~

f0030155_18281653.jpg
(8月22日夜・記)
有馬温泉は名湯ランキング上位に位置するでしょうね、今回初めて訪れました。神戸人・大阪人・京都人にとっては、東京人に配する箱根・伊豆みたいな地勢なんでしょうね。有馬温泉の歴史には、舒明天皇、行基、仁西、豊臣秀吉・千利休(有馬大茶会)、与謝野晶子、谷崎潤一郎らが登場します。
JR三ノ宮バスターミナル4番からバスで約40分、長いトンネルを2つ抜け山間の温泉に到着。太閤橋でしょうか、橋のたもとで下車。宿泊予定の旅館にTELしたら4駆でしょうか、お迎えの車参上^^。長野県北城のワイスホルンもランクルみたいな車で上るのですが、ここもそれに似てた。
ねぎや陵楓閣
がこの日の宿。「ねぎや」は「禰宜」から来ているそうです。楓が売りの温泉宿。後に配膳さんにお聞きしたところ、ここは標高330mだそうです。東京タワー並!。時間があったので「atam有馬玩具博物館」に。6F建て、からくり人形・ジオラマ・くるみわり人形など。
こないだT大の仲間と行った大牧温泉以来の温泉。「やっぱ風呂っしょ」ってわけで夕食前にお風呂。お風呂のあと、地元の「ありまサイダーてつぽう水」の無料サービス、ラッキー♪。サイダー飲むなんて何十年ぶりじゃろう。
夕食、「涼風恋しい月のお献立」。食前酒・始まり(鱧素麺など)・肴(蛍烏賊の沖漬けなど。味からみて富山のホタルイカじゃなかったと思う)・菜(南京豆腐など)・凌ぎ(冬瓜饅頭など)・椀(玉葱真丈など)・鮮(縞鯵など)・小鍋(神戸牛など)・油(加茂茄子など)・酢(尾羽毛など)・食(とろろご飯など)・止め(赤出汁)・香・果物。

「やっぱ風呂っしょ」ってことで、入湯2回目。獅子脅しを聞きながらくねくね階段を上り到達。先客があったので声をかけるも応答なし。こういうのが関西流なんかも。
自宅では『アイリス』以外ほとんどTV見んのに、木曜ってことで『日本人の知らない日本語』を見る。今回はエレーン(スウェーデン人)が忍者を探す話。T大時代の留学生リリヤさん(ロシア)とよう似とる、エレーンって。日本語学校、どこ使ってるか、クレディット見てみたんですが、ようわからんだ。嘉納ハルコ(仲里依紗。最初、仲里(なかざと)+依紗(いさ)じゃと思うとった^^)みたいな日本語教師おったらどうなんでしょうね。嘉納的には日本語教師より高校教師のほうが「上」なんじゃろうけんど、ドラマ最終局面では、嘉納が「日本語教師宣言」なんてするんじゃろうか。ハルコの教室は7か国9人で、僕が今担当しとるF組4か国6人って、ちょっといい勝負かも、わしんとこの「生徒」もけっこー濃いとこあるし^^。夏休みの宿題、ちゃんとやっとるじゃろうか、彼女ら・彼ら@F組。
翌朝、前夜は「女湯」だったお風呂に、今回三回目の入湯。ここ、泊まった部屋から見えた風呂じゃった(激爆)。覗きの罪でつかまらんでよかった~。

アップした写真、これで腕が太かったら「セクシー♪」じゃったかも(嘘爆)。
by tiaokumura | 2010-08-19 18:28 | このブログのこと | Comments(0)

パリでもミラノでもありません^^

f0030155_13453610.jpg
(8月22日夜・記)
After half a day flight from Narita I arrived at Roma Airport. Yes! I got eighth-six-night-stay in Roma and Paris. As you know “Roma was not built in a day,” but …
な~んてこと書けたら最高でしょうね(激爆)。
富山国際学院の夏休み期間中、8月9日教員会議、10~12日出勤、13~16日お盆休み、17日出勤で、18日から「休み~5連休♪」です。17日に出勤せなんだら「8泊10日、ローマ・パリ」も可能じゃったんかも(嘘爆)。
8月19日(金)、9:14富山発サンダーバード16号→12:37大阪着→JR三ノ宮。三宮ってJRは三ノ宮なんですね。大阪と梅田もボクはよう理解できんのですが、「三宮」「三ノ宮」もよう理解できません。関西人ってヘンなとこにこだわりあるんでしょうか。関西が田舎者に優しい土地になるのんはいつのことでしょうね。

JR三ノ宮前の歩道橋を渡りアーケード商店街を突っ切り、着いたところは大丸神戸。店内を通り横に出たところに、ありました、
CAFFERA di ITALIA
Eにはアクセント記号あり。「caffe(コーヒー)+era(時代)」でCAFFERAだそうです。
高いアーチの廻廊の下にテラス席があります。向かいには某有名ブランドショップ2店が入ったビル。今は日本のあちこちにあるバッグやファッションやアクセサリーやコスメや時計や・・・諸々のブランドショップ、間もなく神戸から撤収して広州に、同じく横浜から大連に、東京から上海に、名古屋から南京に・・・と2015年頃までには完全に中国シフトしてしまうんでしょうね。中国人大金持ち観光客が、わざわざ日本に来んでも自国で充分ショッピングができる時代がやがてきっと来る。

カプチーノ(ココナッツ)とサンドウィッチ2種。カプチーノ、確かにおいしいのですが、砂糖が既に入っているのには往生した。カップにクリームで葉っぱの形が描かれていた。絵柄は客を見て決めるのでしょうか。僕の場合、「葉っぱのフレディ」ってわけでもないのでしょうけど(汗)。サンドウィッチは「プロシュット(prosciutto生ハム)・カマンベールなど」と「ポッロ(pollo照り焼きチキン)・レタス・パルサミコ酢など」。
こういうお店で涼んでいると、なんだかパリかミラノにでも行ったような気分になります(ミラノには行ったことないけんど^^)。日本にもこういう所、いくつもまだあるんでしょうね。台北で見た広告に倣って書けば
加油日本
かも。
by tiaokumura | 2010-08-19 13:45 | 美味録10年 | Comments(0)

「捨てる」の後に残った本(2/10)

f0030155_1405225.jpg
昨日富山国際学院に出勤し、今日から再び連休。何事もなければ、次の出勤は8月23日(月)=夏休み明けになります。
今日も「捨てる」作業。これで全体の8分の1くらい終わったでしょうか。日本関係では、日本文学古典・本居宣長・北村透谷・森鷗外・夏目漱石・永井荷風・芥川龍之介・宮沢賢治・梶井基次郎やら森有正・*・高橋和巳・辻邦生・*やら江戸川乱歩・横溝正史・星新一・半村良・山本周五郎・藤沢周平やら南方熊楠・植草甚一・百目鬼恭三郎やら*・*・*・*やらを整理しました。*は現在もご活躍中の方々なのでお名前は差し控えさせていただきます(照)。蔵書中に50年代以下に刊行の本はほとんどなく、60年代半ば~00年代までの約45年分の整理。外国関係・外国語関係もほとんど「捨てる」へ。
予想通りというか、僕の蔵書に女性は少ないんですね。樋口一葉・大村はま・向田邦子・須賀敦子・*・*・*・*あたりでしょうか、3冊以上あったのは。
なかなか捨てきれないのが辞事典類や画集。このあたりは、とりあえず捨てるハードルを上げて一時多目に残しておきます。秋にでも整理しよう。
富山国際学院の学生が読めそうな本は学院に持参し、日本語教育関係はほしい人がいたら役立ててもらおうと思います。
こうやって本を整理してると、自分の人生ってなんじゃったんだ、ってな虚無感もちょっぴり^^。あと、「本を通じての臨死体験」もしてるような気分。愚か者なんでしょうね、自分(恥)。

前記事に続き、残った本のご紹介。
『吉本隆明全著作集1』
昭和43(1968)年12月10日 第1刷
勁草書房 600円
色川大吉『明治の文化』
1970年4月13日 第1刷
岩波書店(日本歴史叢書) 500円
『谷川俊太郎詩集』
1966年3月1日 第3刷
思潮社 1200円
『追悼 長井勝一』
1996年3月1日発行
青林堂 680円(本体660円)
石森章太郎『ジュン』
昭和43(1968)年6月25日 初版
虫プロ商事 720円(奥村注:これは大学の後輩のナベちゃんにもらった本かもしれない)
アリシア・ベイ=ローレル(深町真理子 訳)『地球の上に生きる』
1972年7月20日 第1刷
草思社 750円
ブリア・サヴァラン(関根秀雄 訳)『美味礼賛』
1970年12月1日 AJBC版第1刷
白水社 1200円
ユリイカ臨時増刊号『川上弘美読本』
2006年8月10日 第3刷
青土社 1300円(本体1238円)
『PARIS Atlas』
Printed in the EU 07-99
MICHELIN
『カラー版 西洋絵画史WHO’S WHO』
1996年7月20日 第2刷
美術出版社 2800円(本体2718円)
J.C.ヘボン(松村明 解説)『和英語林集成』
昭和55(1980)年4月10日 第1刷
講談社(講談社学術文庫) 1900円
大槻文彦『大言海』
昭和55(1980)年5月5日 新訂版65版
冨山房 15000円
by tiaokumura | 2010-08-18 14:00 | 思い出の本たち | Comments(0)

「捨てる」の後に残った本(1)

f0030155_14412749.jpg
中学3年頃からでしょうか、お小遣いから岩波文庫が買えるようになった。『友情』『こころ』『阿部一族』や宮沢賢治や西洋文学や思想関係などを高校を終える頃までに買った。岩波文庫以外では岩波新書や角川文庫、新潮文庫も買ったんだろうなあ。当時は、岩波・角川・新潮が3大文庫でした。新書もまだ岩波だけだったか。「新書」が岩波の固有名詞みたいな時代でしょうね。今は文庫も新書もたくさんの出版社が出してるんでしょうね。中高校生にはありがたいことでしょうが、一種のデフレスパイラルが出版業界にも起きている。
さて、1965年4月に大学生になって、僕は文庫・新書以外にもよほど高価でなければ本が自由に買えるようになった。嬉しかったでしょうね。爾来本購入歴(「読書歴」でないところが恥ずかしい)45年余。僕の場合、人生で使ったお金ランキングでいうと、①本、②酒、③タバコ、④食費になるでしょうか。残りのランキング、定かじゃありませんが、順位だけでいうと、住居費>音楽>女>スポーツ>ファッション>学費>PC関係、の順でランキングのところどころに入るでしょうか。人生で使ったお金の分類って、どんな項目があるんでしょうね。その人の価値観がもろに出るんでしょうね、そういう分類って。

お盆休みを利用しての本や資料類の整理。本棚7つ分くらい終わりました。整理っても要は「捨てる」作業。捨てる基準どんどん下げて、心の中で蔵書さんたちにわびつつバッサバッサと捨てる、捨てる、捨てる。
アップした写真捨てきれずに残った本の一部です。「どんな読み方をしたか」「なぜ残したか」は省略して、以下基本情報を開示。
森有正『バビロンの流れのほとりにて』
昭和43(1968)年6月10日 初版第1刷
筑摩書房 820円
ルドルフ・シュタイナー(高橋巖・完訳)『一般人間学』
1985年8月21日第1版第1刷
創林社 2600円
緑魔子●ボオドレエル(撮影・鈴木彰 翻訳・堀口大学)『悪の華●わが性からの復権』
昭和43(1968)年12月10日 発行
ノーベル書房 3800円
デイヴィド・ドルトン編(三井徹・訳)『ローリング・ストーンズ・ブック』
1973年4月10日第1刷
草思社 1800円
奥山儀八郎『珈琲遍歴』
昭和49(1974)年1月30日 第2版
旭屋出版 4000円
『学研 新世紀大辞典』
1968年4月1日第1版第2刷
学研(学習研究社) 3800円
『高橋和巳作品集4 邪宗門』
1970年1月30日初版
河出書房新社 750円
ビリー・ホリデイ(油井正一・大橋巨泉 訳)『ビリー・ホリデイ自伝 奇妙な果実』
1972年6月30日7刷
晶文社 780円

今日・明後日とまだまだ整理は続きます。「もう本は買うまい」って気持ち、ちょっと、ほんのちょっぴりですが、しています。これだけ本を捨てるときっとどこかでタタリがあるでしょうね。
by tiaokumura | 2010-08-16 14:41 | 思い出の本たち | Comments(2)

7月1日から当ブログに入り始めた「Yahoo!インタレストマッチ」とやらの広告は奥村の意思ではありません。

昨日(7月1日)帰宅してこのブログをチェックして異変に気がついた。記事の末尾に勝手に広告が入っているではないか。削除しようと思ってもできない。
今日、「インタレストマッチ」0120-056-559にTEL。「僕のブログに自分が許可していないのにインタレストマッチとやらが入っているが、どういうことなのか。非常に困るので至急削除してほしい」と言った。担当者、「それはできない」との返事。僕のブログは「エキサイトブログ」なのですが、そこがYahoo!とブログ上の広告について提携したらしいのですね。

帰宅後、エキサイトにアクセスして状況が飲み込めた。
「記事内のテキスト広告表示が始まりました」
とあり、
【広告表示開始日時】 2010年7月1日(木)お昼12時半~
【表示対象ブログ】 無料ブログ ※アドバンス(課金)コースのブログには出ません
【表示広告】 テキスト広告 2本
【掲載位置】 各ページの最新の日付の記事末尾
とのこと。

エキサイトは言わば当ブログの「大家さん」。大家と言えば親も同然(激爆)。でも、タダでブログをやらせていただいている身としては、甚だ申し上げにくいことなのですが^^、大家さんのご都合でこれまでなかった広告が入るようになったのは残念。同じエキサイトブログ仲間で富山大学後輩のmemerinaのところを覗いたら、彼女のところにもインタレストマッチの広告が入っていました。

このブログでは人・モノ・ことなど「宣伝」はしています。でもそれは僕が「これはいい!」と思って勝手に「宣伝」させていただいているだけ。自分の価値観・美意識(←ってえもたいしたもんじゃありませんが^^)に反する外部広告など入れたくない。自分で選べる広告ならまだしも、今回の広告、ブロガーの意思は全く無視ですもんね。それに、ブッチャケ^^、1日ご訪問者が100人あるかないかのこんなマイナーなブログに広告入れて、広告主にはたしてメリットなんてあるんじゃろうか。かえってマイナスイメージになっちゃうんじゃないじゃろか(激爆)。

僕の選択肢は3つでしょうね。
1.毎月250円のエキサイトブログの課金を受け入れて、テキスト広告を中止する。
2.このまま「各ページの最新の日付の記事末尾」の「テキスト広告 2本」を許可する。
3.他のブログに引っ越す。
どう対応するか未定です。決定するまでこの記事をトップに置いておきます。

なお、インタレストマッチの広告には皆様ご自身の責任でアクセスなさってください。ブログ主宰者の責任を問われても、上述のような事情ですので責任は負いかねますこと、ご了解ください。

(8月15日・追記
結局、
2.このまま「各ページの最新の日付の記事末尾」の「テキスト広告 2本」を許可する。
を選びました。ガッカリされた方、ごめんなさい。
7月2日のこの記事、日付操作(今回利用しましたが、そういうのブログってできるんですね。ちょっとショックですよね)でずっとトップにありましたが、8月15日の日付に仕立て直しましたので、この後ずるずると下のほうに下がっていきます。
上記記事の最後尾、
なお、インタレストマッチの広告には皆様ご自身の責任でアクセスなさってください。ブログ主宰者の責任を問われても、上述のような事情ですので責任は負いかねますこと、ご了解ください。
について、くれぐれもよろしくお願いします。
それにしても・・・このブログ、当然追悼記事や深刻な記事も載せるんだけど、そんな記事に
負け組のあなたに朗報、グアム・サイパン格安旅行
とか
就活に疲れたあなた、あなたのためのサプリ、ご用意しました
とか
年金が足りないシニアのための金融商品講座
とか
出会い系にだまされ続けたあなた、直メ・直電・直写でしかも無料のここなら入れ喰い
なんてぇ広告入ったら、いやだなあ
by tiaokumura | 2010-08-15 18:52 | このブログのこと | Comments(8)

ルドンを観に行きたい

年に何回かある名古屋出張の折に訪れたいと思いつつ未だに実現していないのが、岐阜県美術館。先年大原美術館を訪れているので、日本国内で僕が訪れてみたい美術館で残っているのは岐阜県美術館だけになりました。もちろん自分がよう知らんだけで、まだまだたくさん日本国内には優れた美術館、あるでしょうけど。
岐阜県美術館は日本最高のルドンコレクションです。オディロン・ルドン(Odilon Redon1840-1916)は既にこのブログで書いてると思いますが、20代で初めて知りました。何で知ったかは今では不明。西洋美術にも造詣が深い宮崎健二君に教えてもらったのかもしれない。フランス語か英語のハードカヴァーのかなり高価なルドン画集も一時持っていた。東京時代に古本屋に売ってしまって今は手元にない。残念。オルセー美術館に行った時ももちろんルドンを観て来た。照明を落とした部屋での鑑賞。
今、富山県立近代美術館にルドンが多数来ている。美術館の連携による展覧会なのでしょうね、岐阜県美術館からルドン他のコレクションを借り出し、富山県のほうもきっと岐阜にコレクションを貸し出しているのでしょうね。このお盆休みを利用して富山県立近代美術館に行きたい。いつもは月曜休館日なんですが、お盆ってことで帰省客も見込んでなんでしょうね、16日(月)も開館してます。

片付け2日目。片付けっても95%以上が「捨てる」作業なんですけどね(泣)。昨日も今日も自分にとって貴重な本や資料類が続々見つかっています。でもそれらもほとんどは未練が残らん内に捨てています。
見つかった中に、20代前半のノートでしょうね、読書備忘録(読んだ本からの抜き書きなど)がありました。以前ウロ覚えでここに書いたカンディンスキーピカソのこと、正確なところが書いてあったので、以下引用します。カンディンスキー(Василий Васильевич Кандинский1866-1944)のエピソードの出典は何だろう、覚えていません。ピカソのほうは、これはジャコメッティ(Alberto Giacometti1901-66)の発言で間違いないと思います。以前に書いたブログ記事、どちらも覚え間違いしてました。お詫びして訂正。

カンディンスキー
外から帰ったカンディンスキーが、薄暮のアトリエに美しい一枚の絵を見いだした。何が描かれてあるかわからないがその絵は「内面的な白熱に満ち」ていた。しかし実はそれは自分の絵が横にして壁に立てかけてあったのである。翌日、明るい光線のもとでその絵を見なおしてみると、横にしても逆さにしてももう昨夜の美しさはなかった。描かれてある対象がわかるからであると気づいた彼は「自分の絵を駄目にしているのは対象である」として、それ以後、対象を描くことをやめた。

ピカソ
素人と玄人の距離は、そんなに大きくはない。シネマの看板にだってピカソ以上にレアリテのある絵がある。現実とピカソの距離の大きさにくらべれば、ピカソとシネマの広告絵との距離は実に僅かだ。

富山県立近代美術館の展覧会は
名画パレード展 新たなる感動-美の饗宴(岐阜県美術館コレクション)
で、9月5日(日)まで。
by tiaokumura | 2010-08-14 20:48 | 美術 | Comments(2)

岸井みつよさん・粕谷さんと@鼎(新宿)

f0030155_1975147.jpg
(8月13日夜・記)
今日から4日間のお盆休み。都会住みの方にはちょっと理解しがたいかもしれませんが、旧暦お盆って、大切なんです、富山住みには。いや本来の日本人の心性・伝統に「お盆」って極めて重要なファクターorアイテムじゃないんでしょうか。←お盆とファクターorアイテムって、ミスマッチな用語じゃけんど(汗)。
富山国際学院、学院生は8月7日から2週間の夏休みに入りました。今週月曜日、夏の教員会議。ボク、早朝夜行バスで帰ってきとるんで、議事進行(学院長が務める)に不安があったのですが、幸いスタッフ12人全員出席した上で皆様活発に意見交換。五万石のお弁当を大奮発(1人××××円っす^^)しての昼食後、ラウンドテーブル2本。今回、佐野久美子さん粕谷謙治さんにお願いして発題者になっていただいた。
今週の火水は高木さん、木は増山さんと2人ずつ出勤。学院の夏休み中も、土日お盆休み以外は専任が交代で学院に詰めてます。今のところ、ありがたいことに学院生の事故事件トラブルなどなし。このまま無事に夏休みが終わってくれりゃぁ、こんな楽な商売ないんですが、油断禁物でしょうね。「ありがたい」って古語じゃ「めったにない」って意味もありますもんね(激爆)。お盆休みのあと、僕は17日(火)出勤し、ひとまず勤務はお役御免。23日(月)から授業再開です。
お盆休み中の僕の予定は、墓参2箇所と片付け。片付け、約20年分の溜まりに溜まった本や資料の整理。何百万円分になるでしょうね、それらを要は「捨てる!」ってことです。これまでの自分の怠慢がもたらした「捨てる」作業、なかなかに切ないものがあります。そうかといって、どなたかに引き取っていただくわけにもいかんし。残り人生を考えると、この辺でそれをやっとかんと大変なことになっちゃうんですね。本や資料を捨て去ったあとに自分の脳内に残っているあれこれ-それこそ自分のコアな部分・残りの日本語教師人生の道しるべ、なんでしょうね、きっと。表面の垢をこそぎ落として、目指せ、再生!、オクムラ君。

アップした写真鼎@新宿岸井みつよさん(僕の前の学院長)・粕谷謙治さん(富山大学で編入同期生、学院では同僚)と。
8月8日午後3時過ぎ、AOTSを後にする。副島先生(富山大学)のお知り合いでもある増倉先生(東海大学)と一緒に会場を出、北千住から新宿へ。増倉先生お薦めの「自家焙煎珈琲 凡」に入る。新宿駅東口を出て左に行くと大ガードの手前にあります。僕は本来アイスコーヒーは飲まないのですが、マスター(お父さんの代を継いだ方でしょうか)によると水出しコーヒーだそうなので、それを注文。ダッチコーヒー、どこの店だったか、天井からパイプやフラスコのようなものを取り付けた光景を思い出します。凡のアイスコーヒーは1050円!、消費税15%時代には1150円になるんでしょうね。
増倉先生と1時間くらい歓談。先生は実にユニークかつ元気な方。僕より数歳年下になられるでしょうか。波乱万丈な先生の人生、粕谷さんと2人、謹聴また謹聴(激爆)。

増倉先生と別れ、粕谷さんと2人、紀伊國屋へ。岸井さんと会うのも今回の上京の目的の一つで、彼女と6時に紀伊國屋の『みんなの日本語』が置いてあるフロアで待ち合わせ、ってセッティング、粕谷さん、やってくれてた。今年の卒業式以来、4か月半ぶりになるでしょうか、岸井さんと会うのは。
1994年3月、トヤマ・ヤポニカってとこを辞めて浪人中の僕が富山国際学院への就職を目指したとき、当時教務主任の岸井さんに面接試験。その結果通知がなかなか来んで、学院に催促手紙を出したのも、今は懐かしい思い出^^。

末広通り、日曜日夜だったからでしょうか、思ったほど人通りがない。末広亭近くの吉田ビルB1F「」に入る。鼎は東京時代に仲間とよく飲みに行った店です。今回岸井さんとの飲み会、ここがいいかと僕が選びました。確か昔の女郎屋を改造したお店。
岸井さん・粕谷さんと3人、お互いの近況報告やら日本語教育のことなど、あれやこれや楽しく歓談。岸井さんは浪人中の僕を救ってくださった恩人だし、長い間上司でもあったので、割と率直に打ち明け話などしました。アップした写真、3人の表情、和やかですよね。
鼎は好きなお店です。ですから、本記事はカテゴリー「美味録10年」に入れておきます。レジの時、鼎の手ぬぐいをもらいました。ラッキー♪

新宿駅で京王線に乗る岸井さんを見送り、粕谷さんと2人、池袋へ。僕の青春の思い出の地「ロサ会館」に粕谷さんを案内したりサンマルク・カフェで休んだり(僕はブレンドM+十勝あんぱん)。11時池袋東口発富山行き夜行バスに乗車。帰りもアイマスクをかけ、かなりグッスリ眠れました。
by tiaokumura | 2010-08-08 19:07 | 美味録10年 | Comments(2)

ハリソン先生・WSの仲間たちと@AOTS(北千住)

f0030155_12302222.jpg
(8月13日午後・記)
ブログって便利ですね。特にボクのような記憶アホは自分の近過去もようおぼえれんので、「ブログ開設しとってよかったぁ」ってことがしばしば。もちろん公開してるブログなんで、意識してここに書かないこと・書けないこと・書いていないことも、日々の生活の中でたくさんある。テキトーに書きちらしているブログに思われるかもしれませんが(ま、確かにそういう面もあります^^)、ブログに載せること・載せないこと、けっこう配慮してます。

今回、日本語教育学会日本語教師夏季集中研修についての記事を書こうと思って、ブログ過去記事チェックしてみました。ブログってやっぱ便利で、いくつもヒットしました。
同研修、僕は今年で4回目の参加になります。嶋田和子先生(日本語教育学会・研修委員長)が今回の研修の終わりの挨拶でおっしゃってましたが、全6回参加は首都圏のSさんだけだそうです。そうなると4回参加の僕、かなり熱心な(照)参加者になるんかも。僕の初参加は、
2006年9月16・17日「日本語教師に何ができるか」~教材作成・質的会話分析・授業分析~
の「教材作成」。講師は島田先生・柴原先生・リチャード先生。ワークショップ(以下「WS」)では市川さん・萩本さん・早川さん・日比野さん(50音順、以下同じ)と島を組みました。
2回目は
2007年8月11・12日「作る。わかる、考える-より良い授業のための3つの手法」
の「形成的評価とテスト」。講師は保坂先生。WSは三枝さん・鈴木さん・星野さんと。このときの星野さんとの出会いがきっかけで、後に副島先生(富山大学留学生センター)とお近づきになれました。
3回目は
2009年8月8・9日「考える、伝える、学び合うⅡ」-”豊かな”学びの支援に向けて-
で、「ピア・ラーニング-協働による読解から作文へ-」を受講。講師は舘岡先生・池田先生。WSは1日目は奥村さん・木村さん・幸田さん・渋谷さん・副島先生と、2日目は小山さん・柴田さんと。
2006・2007年は富山大学言語学コース3・4年生だったのですから、忙しかった中での受講だったでしょうね。我ながらよう参加したもんです。
2008年は学院で非常勤講師から専任になり、当時の学院長の岸井みつよさんからあれこれご指導いただいてた年なんで、この研修に参加する余裕がなかったんでしょうね、たぶん。

さて、2010年度。
「学ぶこと」「教えること」を振り返る-多様化する社会の中で-
で、WS2つの内、
インターネットを取り入れた学習環境のデザイン
に参加。講師はリチャード・ハリソン先生(神戸大学)
これまでは幕張のOVTAが会場だったんですが、そこ例の「仕分け」にひっかかったせいか、今回は北千住のAOTSが会場。8月7日(土)・8日(日)。
ブログなんで今回の研修、どこまで情報開示していいか迷いますが、レジュメによると「目的」は
1)「WebQuest」という手法を使って、インターネットを利用した効果的な学習のための教材作成方法を知ること
2)「WebQuest」を設計・作成・評価することによって、学習環境のデザインを考えること
の2つ。
8月7日(土)午前は構成主義・CALLモデル・WebQuestについてのレクチャーが中心。午後からは7グループに分かれてのWS。7グループは「国内年少者」「国内高等教育」「国外高等教育(初中級)」「社会人」などで、僕は「国内日本語学校」に参加。大山さん・渋谷さん・早川さんと4人。ボクはPCリテラシーが低く(恥)、しかも今回のWSはMac使用なんで、WS、ほとんど大山さん・渋谷さん・早川さんにお任せ。ときどきジャブを繰り出すのが精一杯でした(大恥)。
今回学んだWebQuest、富山国際学院のHPかこのブログかあるいは他のサイトかで、実際に作成してアップしようと思っています。

アップした写真、前列左がハリソン先生、後列左より大山さん・渋谷さん・早川さん
by tiaokumura | 2010-08-08 12:30 | 日本語教育 | Comments(2)

築地本願寺

f0030155_722911.jpg
(8月12日夜・記)
8月6日(金)、富山→池袋夜行バス。今回の目的は
2010年度日本語教師研修 夏季集中研修
「学ぶこと」「教えること」を振り返る-多様化する社会の中で-

の受講。

8月6日は富山国際学院黒部峡谷旅行。前記事に書いたように解散後僕はドコモショップへ。ケータイの買い替えに時間がかかって、午後7時過ぎ帰宅。風呂・夕食・旅装チェックなど。10時半に一緒に受講する富山国際学院同僚の粕谷謙治さんと富山駅前で落ち合う。
今回の夜行バス往復、粕谷さんに手配していただきました。行きはバス最後尾。学院の黒部峡谷バスツアーでも最後尾でした^^。数独を少ししてアイマスクをかけて眠る。疲れもあったんでしょうね、かなりグッスリ眠る。2回ほどあったトイレ休憩も下車せず。ジジイ化進行しておしっこが近い(照)自分としては珍しい。

下落合あたりで夜が明け、バスは池袋東口到着。丸の内線に乗り銀座、それから日比谷線に乗り築地へ。築地、土曜日だからでしょうか、外国人も含めけっこう賑わっていました。
井上でラーメン、650円也。お店、前回3人働いてたのが今回は2人で、忙しいオヤジさんに叱られるかもしれないと思いつつ、オヤジさんに「一人少ないですね」と問いかける。そんなもん「余計なお世話」だったでしょうけどね(激爆)。オヤジさん、右手で首をちょんぎる真似をして曰く「首にしたんだよ」。僕「えっ、どうしてですか?」、もっと余計なお世話、じゃったけんど^^。オヤジさん「酒飲んで仕事休んだんでクビにしたんだよ」。ボク「でもそういうのって僕なんかもするけど(←実際にはそういうのこれまでの人生で白馬時代に1回だけですが。念のため^^に注)。オヤジさん「そういうの嫌いなんだよ。酒飲んで仕事休むなんて」。ボク「オヤジさんは酒飲まないんですか」。オヤジさん「飲むさ。でも、仕事が休みの日にしか飲まない」。そんな会話を交わす。こんなにオヤジさんと話すのは、約30年ぶりです。ラーメンをゆがいたり丼をセットしながらのオヤジさんのご返答ですから、なんか申し訳なかった。
ラーーメンが来て、粕谷さんとお店の前のテーブルで立ったままいただく。粕谷さんは井上のラーメンは初めて。ここ、チャーシューたっぷりですが、味は比較的あっさり系なのでお若い粕谷さん(30代後半?)にはいかがかと思ったのですが、気に入っていただけたみたい。
場外を少しブラブラして(「今度お金ができたらぜひお寿司食べようね」などと粕谷さんと話す^^)、築地ならではのストラップなど購入。交差点のコンビニで讀賣・日経購入。米本珈琲店でコーヒー。粕谷さんはコーヒーを飲まないので別メニュー。
研修の受付までまだまだ時間があるので築地本願寺へ。アップした写真、そこで粕谷さんに撮っていただきました。
築地本願寺、美空ひばりや尾崎豊やHIDEを思い出します。2017年が創建400年。粕谷さんが「本堂に入ってみたい」ってことで、中に入る。築地本願寺は何度も訪れていますが中に入るのは初めてです。読経が流れる中、椅子席の最後尾に粕谷さんと2人腰掛ける。読経が終わり、次に某大学の教官の説教?が始まるというアナウンスを後に退出。
写真の伽藍、伊東忠太(1867-1954)の作品。伊東は山形県米沢の出身で、他に平安神宮・明治神宮・大倉集古館・湯島聖堂なども(Wikipediaより)。法隆寺の支柱をギリシャのエンタシスと結びつけたのは(中学時代に習いましたよね)彼だそうです(同じくWikipediaより)。
築地本願寺、正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」、お西さんです。

築地で再び日比谷線に乗り、水天宮で下車。学院スタッフでお一人まもなくご出産なので、無事ご出産を粕谷さんと祈願。
水天宮から乗り継いで、研修会場のある「北千住」へ。
by tiaokumura | 2010-08-07 07:22 | 日本語教育 | Comments(2)

黒部峡谷

f0030155_1443985.jpg
(8月12日夜・記)
奥村学習塾を主宰していた頃は富山国際学院とのWワーカーだったわけで、学院の行事には参加できたりできなかったりだった。それが、2008年4月から専任、2009年4月から学院長の職に就き、学院の全行事に参加できるようになった。Wワーカー時代とはまぁ収入面では大幅減ですが(汗)、そういう道を僕が選ぶのは必然だったんでしょうね、後悔はしていません。いや、どうかな・・・棺を覆うまでそう言い切る自信はないんかも。ダメな学院長ですね(大恥)。

勤務先の富山国際学院の学校行事、8月6日(金)、夏休み入りを前に夏の遠足。今回は黒部峡谷がいいか利賀村がいいか、スタッフ何人かで話し合った結果、黒部峡谷になりました。夏の行事、奇数年は立山にしているのですが、偶数年はその年度によりあちこち。黒部峡谷は学院としては前に行ったことがあるみたいですが(学院のパンフにその時の写真が入れてある)、僕はその時は塾の夏期講習があって不参加。今回初体験な黒部峡谷です。子どもの頃に宇奈月温泉には行った記憶がありますが(河内屋とかいう旅館を覚えている)。

予算・プランなどは、スタッフ中で抜群の企画力がある柳川知美さん(専任)がセッティング。「修学旅行」ってことで学院生に告知。
8月6日午前8:50学院集合。昔と違ってほとんどの学生が集合時間には集まってます。9時過ぎ大型バス出発。今回の修学旅行で学院長としてやらんならんことを事前に柳川さんに聞いたら、「なんもせんでもいい」ってことで、バスも最後列に陣取ってお気楽に^^過ごす。途中「あるぺん村」でトイレ休憩。タバコ一服(恥)。
10:30頃、宇奈月温泉到着。学院から1時間半ですから、ずいぶん近いんですね、宇奈月って。当ブログご訪問者、宇奈月ってご存知ない方も多いでしょうね。「うなづき」と読みます。漫才ブームの頃「うなづきトリオ」とかっていましたよね。あの頃、それに引っ掛けて「宇奈月」、ちょっと全国区になったかも。もちろんそんなことがなくっても宇奈月温泉は富山が誇る名湯です。
トロッコ電車の駅の前で集合写真。車掌さんの帽子をかぶった何人かの学院生は敬礼ポーズでした^^。
今回の旅行の一番の目玉トロッコ電車に乗車、11:06発。学院生たち大はしゃぎでした。こういう電車、たぶん母国にはないでしょうね。僕も大いに堪能しました。僕と同じ車両に乗った学生たち、歌えや踊れやの大盛り上がり。同じ車両に大阪のオバサンを薄くしたような方々が乗ってらっしゃって、ご迷惑かもと学生に注意しようとした寸前、おばさまたちから手拍子&歌が起こって、ビックリ。皆様に不愉快じゃなかったので一安心。

鐘釣(かねつり)下車。1時間弱のトロッコ電車乗車だったでしょうか。
駅から20分くらいでしょうか、川岸に下りる。昼食など。お気楽参加のボク、川幅10mくらいを渡って対岸へ。水遊びしちゃいました。でもそれがやがて「悲劇」(喜劇?)につながるとは、その時点では知る由もなかった。

1時半ころ、川上まで行ってしまった学生も呼び寄せて、鐘釣駅に戻る。でも来るときは下りだったけど、今度は上り、しかも急峻。ゼイゼイ言いながら同僚の粕谷さんの助けを何度もお借りして、心臓バクバクで鐘釣駅まで辿りつけました。悲惨な自分、自業自得で、まぁ「悲劇」ってより「喜劇」だったかも^^。
アップした写真、帰りのトロッコ電車から撮りました。行きでもシャッターチャンス狙ったのですがうまく撮れなかった。この写真、自分にしてはうまく撮れたな、と思っています。

帰りのバス、行きとは正反対に静か。居眠り者、多かったんでしょうね(爆)。5時頃学院到着。解散。
ケータイの具合がよくない。川遊びをした時に水をかぶったんでしょうね。学院近くのドコモショップへ。6日(金)は夜行バスで東京に行くので、ケータイも必需品。店員の話では回復不能で、買い換える破目になった。羽目を外して遊び呆けた自分が悪いんですね。(破目・羽目、オヤジギャグ?)

アップした写真は買い替え前の写真です。この後の当ブログの写真は新しいケータイでの写真になります。ブログ開設以来でいうと3台目のケータイになります。身から出た錆ですが、わずか4年半で3台ケータイって愚かすぎますよね。
by tiaokumura | 2010-08-06 14:43 | 日本語教育 | Comments(0)