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緑川アコ『カスバの女』(YouTube)

今朝の朝日新聞「うたの旅人」は「時代に早すぎた流行歌」の見出しで『カスバの女』
僕はこの歌は緑川アコで好きになった。エト邦枝のカヴァー(あの当時は「リバイバル」って言い方してたか)。
記事では、作曲家・作詞家・歌手3人の物語が綴られる。1954年末、久我山明(孫牧人ソン・モギン1913-99)が「こんな曲を作ったんだ」と大高ひさを(1916-90)のもとを訪れる。大高はその曲からかつて見た映画『望郷』(原題Pépé le Moko 1937)のシーンを思い浮かべ、題名を「カスバの女」に決め歌詞を一晩で一気に書き上げた。テイチクがエト邦枝(1916-87)を歌手に起用し、芸術プロ『深夜の女』の映画主題歌として1955年に発売。しかし、直後に映画が中止になり「1766枚のSP盤がプレスされただけで・・・失意のエトは3カ月後に芸能界を去り、小田急線の下北沢近くに歌謡教室を開いた。」。記事に下北沢南商店街の今の写真。下北沢の「カフェ カナン」に行くときに、僕、通ってるかもしれない。
歌は、しかし、12年後の67年に突然、ブレークする。」。僕が聞いたのは1967年ということになる。いろんな歌手がカヴァーした中で僕は緑川アコ版が好きだった。YouTubeにあったのでアップしました(映像はレコードジャケットだけです)。緑川アコ(1947-)は当時のTVで五木寛之と対談しているのを見た記憶がある。五木は緑川を高く買っていた。「怨歌」などと言っていたか。緑川の「不幸」は同時代に藤圭子(1951-)がいたことでしょうね。ハーフの緑川は歌のうまさや声量では藤に勝っていただろうけど、暗さ・怨みで負けていたんでしょうね。
『カスバの女』の「12年後のブレーク」には「不遇だった歌手の歌への思いと、励まし支え続けた作詞家の『12年』があった」ことを今回の記事で初めて知りました。歌謡曲は「3分間のドラマ」とか言いますが、作詞家・作曲家・歌手(そして「歌」ができるまでのスタッフ・流通に関わる人々)にも数多くの人生ドラマがあるのでしょうね。そして僕にとっても『カスバの女』は思い出深い歌謡曲である。記事より引用-
歌が広く歌われ始めた60年代末から70年代はベトナム戦争の中、学生運動が先鋭化し学園紛争は全国に広がった。公害病、赤軍派、テロ、ヒッピー、アングラ・・・。世の中はざわついていた。この歌に合った「時代」だったのかもしれない。
記事の「時代に早すぎた流行歌」はここから来ているのでしょうね。

YouTubeにはちあきなおみ金蓮子藤圭子などもありました。ちあき版は緑川版と違ってメロディに言葉をそっと乗せていくような歌い方です。ちあきなおみって何を歌わせても「うまい!」ですよねぇ。アップした緑川版の終わりにちあき版のサムネイル?が出ます。クリックしてぜひお聴きになってみてください。

by tiaokumura | 2010-04-10 21:00 | 音楽 | Comments(2)

フランス語、参議院議員選挙、お花見

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(4月10日夜・記)
昨日午前10時頃、カメルーン男性が日本人奥様とご来校。3月上旬だったか、奥様がカメルーンで富山国際学院のホームページをご覧になって、問い合わせのメールをいただいた。メールやり取りの後、ご夫婦が来日後学院に来ていただくことにしていて、昨日それが実現。カメルーンは公用語がフランス語(と英語)なので、ボク、2000年夏のパリ旅行以来ネイティブとフランス語が話せると待ち構えていた^^。でもやっぱまるっきしフランス語はあかんかった(恥)。それでも、ご夫婦のフランス語会話を聞きながらうっとり。音の響きが世界一はフランス語、文字の美しさ世界一はアラビア文字と、僕は勝手に思っています。これまでに僕がアフリカ出身者に日本語を教えた経験は、90年代前半に富山商船高専(現在は富山工専と統合)でケニア出身男性を教えたのが唯一。僕にとっては2人目になるアフリカ出身者、授業が楽しみです。

ご夫婦と入れ替わりに7月11日?の参議院議員選挙立候補者がご来校。せっかくの機会だから「3つのお願い」^^をしました。①日本語学校学生には学割がない。幸いこの春にライトレールは学割可能になったがJRはない。かつて日本語学校で署名活動もしたが実現に至らなかった。本校の場合これまでに東は新潟県糸魚川市、南は岐阜県高山市、西は金沢市からの通学があり、今現在も富山市以外の居住地から通学する学生が何人かいる。学割があれば学院生の生活事情が改善できる。②富山県内の外国人子どもの高校進学は困難を極めている。心ある多くの人々が高校進学実現のために努力され、本校も少しずつ取り組んでいる。外国人子どもたちが高校に行けず将来の展望が開けず日本に失望せぬように、可能な限りの政治力の支援が賜りたい。③日本語教育学会も日本語教育振興協会も、助成金・補助金がカットされ苦しい台所事情にある。日本語教育を最優先課題にしてほしいとは申さぬが、日本語教育を蔑ろにしていては日本の将来は危ういのではないだろうか。
富山は一人区で4人立候補のようです。
僕は国政選挙では、消費税15%にアップ・国債償還の見通しが立てられる・率直に国民に負担を訴える、この3つの条件を満たす候補・政党に投票します。でもそんな勇気ある政治家なんておらんでしょうね(激爆)。

午後の3クラスがお花見に行くということで僕も同行。3時限終了後学院を出発し近くの環水公園(大岡信が命名)へ。4月5日から通学している日本語初級クラスなので、道中はカタコト日本語・中国語・英語・ネパール語・ロシア語が飛び交う。母語が異なる同士がなんとか日本語でコミュニケートしようとしているのを傍らで聞いていると、日本語教師冥利。学院生全員の共通語は日本語しかない。早く日本語上手になろうね。
環水公園の大ぶりの桜(ソメイヨシノでしょうね)の木の下で集合写真。新入生中10人は現地で僕が試験をしてきた学生で、今年度は学生の名前と顔、去年よりは早く一致できそうです。
夜桜見物をしようってぇんでしょうか、サラリーマンやOLがビニールシートを並べて場所取りしてました。
by tiaokumura | 2010-04-09 16:04 | 日本語教育 | Comments(2)

春や春~、春の楽しみあれこれ

なんとか2010年度上半期担当F組デビューできました\(~o~)/
私たちの日本語教育は「直接法」(Direct Method)と言って「日本語で日本語を教える」教授法です。皆さんの多くには「そんな器用なことできるん?」でしょうが、「餅は餅屋」、できるんです。ってぇか、日本語しかわからんボク、それができなきゃ、おまんま食べていけません(激爆)。ヒト(ってぇかホモサピエンス)が出アフリカを果たし地球上に拡散し「言語」を獲得した時点から、たぶん私たちヒトの脳内には共通の言語構造がインプットされたんでしょうね。そして、そういったいわば普遍言語構造は、現在の地球人にも備わっているんでしょうね。そうじゃなきゃ「外国語教育」なんてできっこない。
日本語文字(ひらがな・カタカナ・漢字の3種)を思うと、皆さんからは「日本語なんて教えるの難しいでしょ?」って言われるでしょうが、「言語」は「初めに音声ありき」です。文字はずっとずっと後付けです、言語発生史からいけば(無文字言語、いくらでもある)。日本語教師が「音」に感情を乗せジェスチャーも交えれば、直接教授法でなんとかやっていけるものです。そしてそれをどんどん積み重ねていけば日本語でコミュニケーションができ、やがては初級→中級→上級へと進んでいけるという次第。「直接教授法で『民主主義』が教えられるか」って批判がありましたが、それって設問の立て方、間違ってるんですね。
僕は中学で初めて英語を勉強しましたが、中学1年の英語は日本語学校では1~2か月くらいで終わるでしょうね。中学英語と日本語学校日本語とではシラバスも授業密度も違いますから単純には言えませんが、まぁ僕の実感ではそんなとこです。語学教師って、学生にアプリオリに存在する普遍言語能力を顕在化させる仕事なんかもしれませんね。日本語教師はだれもがアルキメデス(ピタゴラス?)の「我に梃子を与えよ。されば地球をも動かさん」ってな心境で日本語授業に臨んでいるでしょうね。そして入門初級クラスで大事なのは、学生に「この人(教師)と早く日本語でコミュニケーションができるようになりたい」と思わせられることです。それが日本語学習の何よりのモチベーションです。そして学生にそうなっていただくためには、「魅力ある日本語教師」にならなければならない。ワシ、整形しようかしらん(嘘爆)。

さて、仕事は好きだけど働くのがどうも苦手な自分(謎爆)、F組デビューを済ませると、早速「春の楽しみ」プランニングに走っちゃってます(恥)。

富山
フォルツァ総曲輪
上映2作品が楽しみです。
ロベール・ブレッソン『抵抗 死刑囚の手記より』
ロベール・ブレッソン(Robert Bresson1901-99)は、ゴダールの父の世代にあたると言えましょうか。ブレッソンは生涯監督作品は十数本と寡作ですが、ヴェニス・カンヌ・ベルリンで受賞多数。フォルツァ総曲輪で4月17日から上映される『抵抗 死刑囚の手記より』(原題Un condamné à mort s'est échappé)は1956年監督・脚本作品。ブレッソン作品は僕は60年代後半に東京京橋のフィルムセンターで、『スリ』 (Pickpocket 1959)・『ジャンヌ・ダルク裁判』 (Procès de Jeanne d'Arc 1962)・『バルタザールどこへ行く』 (Au hasard Balthazar 1966)を観ていると思う。
フォルツァ総曲輪では5月でしょうかアラン・レネ監督『去年マリエンバードで』(L'Année dernière à Marienbad 1961)も上映されます。
フォルツァ総曲輪、すっごいですよね。
京都細見美術館 琳派・若冲と雅の世界
富山県水墨美術館で4月9日(金)~5月16日(日)。細見美術館のサイトはこちら。そのサイトによると細見美術館は「大阪の実業家、・・・細見家三代の蒐集」をもとに「平成10年3月・・・開館・・・」、「・・・平安・鎌倉時代の仏教・神道美術、室町の水墨、根来や茶の湯釜、そして琳派や若冲など江戸時代の絵画に優品が多」いとのことです。地元紙の北日本新聞に「奇才 伊藤若冲」が連載中です。

金沢
ラ・フォル・ジュルネ金沢
「ラ・フォル・ジュルネ」、すっかり定着した音楽祭でしょうね。そして「東京だけじゃないよ。おっとどっこい^^、金沢でもやってるよ」なんですね。僕はまだ行ったことがないのですが、今年はぜひ金沢に行ってみたい。今年はショパン。プログラムを眺め日時を検討し、1つぜひ行きたい/行けるのがありました。5月2日「ジュール・ド・ショパン~ショパンの日~」@北國新聞赤羽ホール。この日は午前10時に始まりエチュード&プレリュード、ポロネーズ&マズルカ、ワルツ&ノクターン&歌曲、スケルツォ、バラードと続く。休みなく続くんでしょうか。お弁当持っていったほうがいいかしらん^^。クラシック、全然わからんのですが、ピアノは宮谷理香他20名くらい、ソプラノは浪川佳代。

京都
没後400年 特別展覧会 長谷川等伯
期間中2回行きたく、目下調整中(お財布を^^)。
この展覧会については何度か取り上げているので詳細は割愛。
今から約200年前に伊藤若冲やフランシスコ・デ・ゴヤが没し、その更に約200年前に長谷川等伯やエル・グレコが没し、その更に約100年前に雪舟やレオナルド・ダ・ヴィンチが没している。

理事長・学院長・F組副担任その他、仕事がある程度軌道に乗って映画・美術・音楽が楽しめたらいいですね。
by tiaokumura | 2010-04-08 21:15 | このブログのこと | Comments(0)

2010年度初授業、前夜^^

僕は今年度上半期はF組水・木2コマを担当します。
明日が初授業。初授業って、何回経験してもいくつになっても緊張します(照)。
初授業。1994年4月から勤め始めている富山国際学院では、1回だけのも入れればクラス初授業は20回くらいになるだろうか。プライベートはあまり担当していないので5回くらい。外部授業は大学・研修生などで8回くらいかなぁ。記録を残すのが苦手なのでよくわかりませんが、これまで初授業は30回超くらいでしょうね。そして明日4月7日(水)、栄えある^^F組初授業。今年度の富山国際学院の授業は4月5日(月)スタートで、F組学生とは5日に顔合わせと少しだけ会話を交わしています。

初授業。第一声をどうするか、アイスブレークに何を使うか、学生の名前と顔が初授業終了までにほぼ一致できるか、それぞれの学生は日本語学習についてどう考えているのだろうか、学生は4技能についてどのくらいできているのだろうか(あるいはゼロか)、学生一人ひとりはどんなところに食いついてくれどんなところに拒否反応を示すのだろうか、自分のことを日本語教師として認めてくれるのだろうか、学生が見せる表情や態度は何のシグナルなのか、こちらの意図の確認にはどんな手段を使えばいいのか、伸びしろはどこくらいまでが期待できそうかなどなど、初日にやるべきこと・把握すべきことは多い。そして、「奥村先生に日本語を教わるのが楽しみ~」という人間関係を初日に構築しておかないと、あとが大変なのである。わが身を学生に置き換えてみれば容易に想像できるでしょうが、学生ってけっこう「教師」に対してシビアであり見るべきところはしっかり見ているものなのです。もちろん初回で失敗したからといっても長丁場の中で挽回は可能ですが、でもそのために費やさなければならないエネルギーを考えると、初日の滑走→離陸に成功しておくほうがあとあとラク。
まぁあれやこれや思い悩んでもしょうがないので、とりあえずは前日までにオーソドックスな準備だけは済ませておいて、早寝早起きします。前夜、たとえ緊張して眠れんでも(小心者なんっすネ、自分^^)いいから、とにかく早目にお布団に入っちゃいます。夜明け間もなくに目覚められるように、部屋の二重カーテンの内側は開け外側の白いカーテン面だけにして寝ます。朝食はいつもよりちょっとリッチなメニュー。お赤飯を食べるとこまではしませんが^^。

F組の教科書は、僕にとっては初めてになる『日本語初級 大地』(スリーエーネットワーク)を使います。富山の企業のダイチ-田畑選手・穂積選手の所属企業-にあやかろうってぇんじゃありませんよ(激爆)。
国内外を問わず一番よく採用されている『みんなの日本語』は、そりゃまあラクな教科書です。周辺教材充実度はピカ1で、だれが教えてもそこそこ日本語力はつけられる。でも・・・なんですね。
今年度上半期は、富山国際学院では僕の先輩にあたる佐野久美子さんと組むことになり、彼女となら「冒険」もできると思い、メインテキストは初級定番教科書『みんなの日本語』ではなく『大地』にしました。
どの職種職業にも「当たり前」ってぇのがある。コンビニの店員さんが明るくお客さんに応対する、コックさんがおいしい料理を提供する、幼稚園の先生が園児に上手に接する、お巡りさんが困っている人を助ける、日本語教師が上手に日本語を教える-どれも「当たり前」ですよね。世の8割以上の人は「日本人なら日本語が教えられる」とお思いでしょうが、私たちプロの日本語教師は「当たり前」ができるように努力しています。まぁそれは特別なことではなく他の職業職種同様に「当たり前」なことですが。

さて4月7日(水)午後1時、ボクの胸の高鳴りは最高潮に達していることでしょうね。
去年も一昨年もその前もその前の前も・・・同じだった。ボクって進歩しとらんのでしょうね(恥)。
by tiaokumura | 2010-04-06 20:46 | 職業としての日本語教師 | Comments(2)

「夢の等伯 傑作10選」(NHK-E・再放送)

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(4月5日夜・記)
長谷川等伯伝(奥村隆信)
-2010年3月10日記事より再掲-
長谷川等伯(はせがわ・とうはく天文8年1539-慶長15年1610)。能登国七尾畠山氏家臣奥村家の子に生まる。幼名又四郎、後に帯刀。画業に措きては長谷川信春と名乗り、日蓮宗仏画や肖像画をよくす。元亀2年1571頃上京、当代第一人者の道を志す。京にて当時隆盛の狩野派に学びつつも、独自の画風を追求す。とりわけ、「雪舟五代」と称せしごとく、雪舟を範とす。40代頃には、長谷川派と一目置かるる画業工房を主宰す。仙洞御所障壁画の画家に任ぜらるるまでの画力を備えつも、狩野派の妨害により任に至らず、当代一人者の名を得る機会を逸す。慶長15年1610、家康の招きに与り、長谷川派顕彰並びに流布の機と捉へ江戸下向を目指せしも、72歳の高齢に長旅ぞ酷なりき、江戸到着2日後に没す。
現存する等伯作品、真偽確定のもので約80点。日蓮聖人像(富山・大法寺)・花鳥図屏風(岡山・妙覚寺)・松林図屏風(東京国立博物館)・枯木猿猴図(京都・妙心寺龍泉庵)など。

昨日、3月7日・NHK教育TV「日曜美術館」で放送の「夢の等伯 傑作10選!」の再放送を見ました。オンタイムでは見逃していた番組です。「日曜美術館」はいつもは翌週夜に再放送だったと思うのですが、よほど人気があったのかあるいは京都展が近いからか、約1か月後の再放送ということになります。
番組は、「無名の絵仏師」「狩野派の壁」「遅咲きの大器」「プロデューサー等伯」をキーワードに、現存する等伯作品約80点から10作品を紹介。10選の選定方法・ランキングについては説明がなかったようで、番組中の紹介順ではなく制作年代順に並べ替えると次のようになるのかなぁと思います。
日蓮聖人像(1564)
山水図襖(1589)
大徳寺山門天井画(1589)
松に鴉 柳に白鷺図屏風(1592頃)
楓図(1593)
松林図屏風
枯木猿猴図
柳橋水車図屏風
大涅槃図(1599)
萩芒図屏風

京都展、期間中に展示入れ替えがあるそうで、前期・後期各1回は観に行きたいのですが、どうなるでしょうか。富山-京都の夜行高速バスを調べたら、時間とお金^^、なんとかなりそうですが・・・。
没後400年 特別展覧会 長谷川等伯@京都国立博物館」のサイトはこちら石川県七尾美術館のサイトはこちらです。
by tiaokumura | 2010-04-04 20:42 | 美術 | Comments(2)

2010年度、始まる

この間、専任の高木けい子さん・増山満美子さんと3人だけの時、「今年度一番成長したのは僕じゃないかなぁ」とどちらに言うともなくつぶやいた。お二人の反応はようわからんだけど、「何寝言言ってんの、あんた」じゃったかもしれない(激爆)。でも「地位が人を作る」という言葉もあるように、一番かどうかはともかく、自分、この1年でずいぶん成長したように思う。
2009年度、「学院長1年生」やって、日々これ困難続出。走りながら考える、だったでしょうね。「1年生なんでわかりません」ってなわけにいきませんもんね。「それ初めてです、どうすりゃいいんですか」なんて誰にも聞けない。一瞬の判断ミスが怖い場面も何度もありましたが、スタッフのおかげもあって幸い大事に到ることはなかった(と思う)。2年目も緊張の連続でしょうが、大過なく過ごせたらありがたい。

勤務先の富山国際学院での僕の2010年度は、理事長・学院長・日本語教師の3つの役割がある。
A.NPO法人理事長
①志を見失わない。
②単年度赤字を出さない。
③雇用を守る。
この3つでしょうね、理事長としての僕の役目は。NPOを標榜する以上は①はミッション。志の実現には幾多の困難と挫折が伴うでしょうが、志をなくしたらNPOの意味がない。②、ボクは財務諸表もよう読めん経済オンチだし内部留保がどのくらいあるかもよう把握しとらんのですが(恥)、「総収入-総支出」が1円でも黒字であればまぁよしとしなければならない。赤字が出そうになったら、まずは自分の賃金カットでしょうね。③、これも「経営者」としての最低の義務でしょうね。ご自分の都合や教師としての能力不足でやめるのはしょうがないですが、そうでない限り雇用は守り続けたい。
B.学院長
①学生の顧客満足度を高める。
②教師が働きやすい環境を作る。
①について。「教育」はサービス業なのだから、「お客さま=学生」の安全・安心留学生活を保証し学生の幸福実現のお役に立たなければならない。正規生と聴講生とでは目指す目標が異なるが、どの学生にも「富山国際学院で日本語を学んでよかった」と思われるように努めたい。②、今年度の富山国際学院日本語教師12人中、日本語教育能力検定試験合格者が11人。日本語学校全体で検定合格は50%くらいだから、うちはずいぶんスタッフが揃っている。むろん検定合格はスタートでゴールじゃないからそれだけではダメだが、地方のミニ日本語学校にしてはよく人材を揃えられている。今のところ待遇について不満の声は聞かないが、より一層皆さんに実力を発揮し研鑽に努めていただけるよう、学院長としては精一杯の環境整備に努めたい。「人あっての組織」ですもんね。
C.日本語教師
富山国際学院2010年度上半期は、学院内6組・学院外5クラスでスタート。僕はまずは学院内F組・週2コマ担当。ネパール・ロシア・バングラデシュ・フィリピン・アメリカ合衆国・カメルーンの多国籍クラス。メイン教科書は初めて使う『大地』(スリーエーネットワーク)。前途に待ち受ける困難を思うと気が遠くなりますが^^、まぁまた新鮮な気持ちになって1回1回の授業を大切に取り組んで行きたい。僕の授業のモットーは単純明快、「わかる・楽しい・役に立つ」。ボクはまだまだ未熟で経験の浅い日本語教師だが、少しずつでも進歩していきたい。

僕はどちらかと言うと人付き合いは苦手なのだが、ここ数年で外部の人とのつながりもずいぶんできてきている。いろんなことが相談できる人も増えてきている。今年度も意識して生身の人間とのネットワーク作りに励みたい。21世紀の組織・運動体のありかたについても考えていきたい。若い頃に聞いた「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉を時々思い出す。

昨年度はどのくらい出張したかなぁ。今年度も海外・県外と年間20日くらい「出張」がありそう。まぁ学院のお金で旅行させてもろうとると思って^^、しんどい出張も楽しむようにしよう。
by tiaokumura | 2010-04-01 22:09 | 僕は学院長2年生 | Comments(2)