カテゴリ:東北地方太平洋沖地震( 68 )

コンサートの集い@宮城県水産高校

f0030155_12385057.jpg(12月17日夜・記)
コンサートの集い
主催:草の根NGO「アジア子どもの夢」(代表 川渕映子)
日時:平成30年11月17日(土)午前10時~午後4時
会場:宮城県水産高校体育館
プログラム
午前 海岸組 ウェイノ・ジャパン ラ・パス 渡波獅子風流塾
午後 金子恭平 あんべ光俊 ヤマグチヒロコ 桜田マコト 谷中仁美 さよなら・フィナーレ

海岸組(富山ダルク)は渡波獅子風流塾に和太鼓を贈ったそうです。谷中仁美さん(ご主人はウェイノ・ジャパン)は「おりん」演奏。フィナーレではみんなで「ふるさと」。志果たさんだ^^(志を果たしていつの日にか~)自分らでも、この歌、日本で一番好きな曲になるでしょうね。金子、あんべ、ヤマグチ、桜田は東京から。ラ・パスはお隣福島県のフォルクローレ。
僕はこのコンサート、ぷちボラは、パネル展示コーナーのセッティング。海岸組の若者たちと一緒に。林さん(富山ダルク)、こないだTVに出てた。
この夜は牡鹿半島にある民宿「後山荘(うしろやまそう)」で宿泊。海の幸など満載な夕食でしたが、自分、食べきれなんだ。カラオケ、海岸組の連中、めっちゃうま。今回参加者の中の女性、戦前の歌?めっちゃうまかった。自分、対抗して^^霧島昇「誰か故郷を想はざる」か「白虎隊」歌おうと思うとったんですが、時間切れで歌えなかった(泣)。カラオケ最後はやはり女性で長山洋子「じょんから女節」。雪は下から舞い上がり~、です。夜は男性2人と同部屋。いびきに悩まされた^^。
翌日朝食後、石巻、東北道・磐越・北陸道。午後9時前、岩瀬スポーツ公園着。荷物下ろしなど。解散、帰宅。
by tiaokumura | 2018-11-17 12:38 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東北AID@宮城県石巻

f0030155_7284164.jpg(12月24日午後・記)
ボランティアなど縁遠い自分だが、ここ数年、東北AIDで被災地を訪れている。東北地方太平洋沖地震。後に東日本大震災と改称。「南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。
11月16日(金)午後9時前、岩瀬スポーツ公園を中部観光のバスで出発。翌朝石巻。宮城県水産高校で写真展・コンサート。同夜、牡鹿半島民宿・後山荘で宿泊。翌日、石巻、三春の近く蓮笑庵(故・渡辺俊明。奥様と初対面)、原発近く(線量計、かなり高かった)など。
アップした写真川渕映子さんと。日和山の鹿島神社にて。ここから、津波が襲ったところ、見渡せました。なんか言葉にならない。ここには芭蕉、啄木、賢治などの石碑も。
「高さ6mを超える大津波が目の前の街並みを押し流し、同時に発生した火災によって燃え上がる・・・」
「The refugees were forcede to sphehd night here, fighting despair and praying for the safety of family and friends.」
啄木「砕けてはまたかへしくる大波の ゆくらゆくらに胸おどる洋」。啄木、盛岡中学5年生修学旅行時の作。
賢治「われらひとしく丘に立ち 青ぐろくしてぶちうてる あやしきもののひろがりを 東はてなくのぞみけり そは巨いなる塩の水 海とはおのもさとれども ・・・」。詩碑。明治45年、中学校4年修学旅行でここに。生まれて初めて海を見た。
釈超空「海のおもいよいよ青しこのゆふべ田しろあぢしまかさなりて見ゆ」。
茂吉「わたつみに北上川の入るさまのゆたけきを見てわが飽かなくに」。
新田次郎「北上川の盡きるところのかすみにはなおとまどいの青き波かな」。新田次郎って歌も詠んだんですね。
駐車場には山頭火の句碑も。

by tiaokumura | 2018-11-17 07:28 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東北AID−7年目の祈り−

f0030155_8573520.jpg東日本大震災追悼チャリティーフェスティバル
東北AID
ー7年目の祈りー

2018年3月11日(日)10:00~16:30
アピアショッピングセンター1F
入場無料
ステージプログラム
太鼓演奏(海岸組) 漫談(越中家漫欽丹) アンサンブル演奏(谷中ファミリー) ハイチュウ(ベトナム民謡) 追悼セレモニー 黙祷 フィナーレ など

あれから間もなく7年になるんですね。東北地方太平洋沖地震(のちに東日本大震災に改称)。あの年は僕は胃癌ステージ4の年で、最近の新聞報道では、僕のようなガンサバイバーの10年生存率は6.0%とのことで、2021年、僕って生きてるんでしょうかね^^。最近、あちこちで老いを感じてます(恥)。
Anyway^^、先週金曜日、川渕映子さんが、アップした写真のちらし、富山国際学院にご持参。川渕さんはお忙しい方でゆっくりお話もできなかったんおですが、彼女、今年またネパールへも。
今回ご紹介したイベントは次の日曜日。大勢の方がご参加されるといいですね。会場では東北の物産販売やカンパもあると思います。ご協力を。
海岸組はダルクのメンバー。薬物・ギャンブル・アルコールなどの依存症。この間、TVで林さんたち出てました。ハイチュウさんはベトナム人歌手、日本在住。川渕さんの話によると、彼、今回富山に来て歌いたいとのこと。僕は彼とは2度?くらい会ってます。ブログ記事もあるはず。越中家さんは落語家。今回は「漫談」ですって。だいぶ前、TVにもご出演。戦争体験、話されてた。
僕はこの日は金沢で『密偵』(韓日合作映画、たぶん)を観る予定で、このイベント、参加無理かも。「南三陸サポーターズ」には入ろうと思っています。被災地へのバスツアーにも参加したい。現地で、高橋さんご夫妻や畠山さんたちとも、また会いたい。夏ごろになるかなあ、ツアーは。

by tiaokumura | 2018-03-04 08:57 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で④

f0030155_9305824.jpg(7月23日午後・記)
7月16日(日)南三陸町。前日、高橋さんご夫妻や畠山さんと再会。夕食、まずまず食べられた。入浴の後、宿泊部屋に。同室2人。持参した本を読みながら寝に入ろうとするも、いびきが^^。でも、いつの間にか眠りに。夜間頻尿の身(激爆)、夜中に3回ほどトイレへ。廊下・トイレ、明かり煌々。朝、6時起床。お二人は既に起きてたみたく布団、片付けられている。宿舎を出て、坂道を下り、国道?沿いのコンビニへ。全国紙を求めるも置いてなく、地元紙2部購入。「人工海水浴場サンオーレそではま」が7年ぶりにオープンの記事あり。宿舎前の設けられた席にビールを飲む男性発見。同じようなこと考える人っておるもんですね、僕もビール・新聞を持参し、関東の×れショ×ならぬ東北の連れ飲みを。彼の奥さんでしょうか、「朝からお酒飲んで」とかおっしゃったもんで、「朝寝朝酒朝湯が理想なんで」などとつぶやく^^。朝食。お味噌汁がおいしくお代わり。お米は食べず、おかずも何品か同席者に食べていただく。バスに乗り、被災地あとを回る。昨年とずいぶん様変わり。でも、どうなんでしょうね、何が・どうなるのが、土地の人には幸せな「復興」「再建」なんだろうか。最大多数の最大幸福、なんでしょうか。
アップした写真、富山が誇るエンタメおじいさん・越中家漫欽丹独演会。僕は越中家さんとは東北エイドの活動で知り合った。これで5回くらいお会いしてるでしょうか。本席、ハモニカ演奏・手品・歌などありのお楽しみ会。もちろん地元の方々、大いにお楽しみ。無芸大食陰性のわが身、こういう方にはただただ尊敬の念のみ。独演会の後は、いささかエロティックな「矢切の渡し」の輪踊り。これまた大いに盛り上がってた。
名残惜しい中、現地を出発。「さんさん商店街」、混んでて入れず。昼食は別の場所で。

この日、「SCOT SUMMER SEASON 2017」の受付開始日。開始直後の午前9時から数回TELして、10時半ころようやくつながる。9月9日(土)の『北国の春』『サド侯爵夫人』『世界の果てからこんにちは』、ゲット。昨年は行けなかったので、2年ぶりになります、利賀は。

by tiaokumura | 2017-07-16 09:30 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で③


(7月17日午後・記)
7月15日(土)南三陸町、平成の森宿泊所で夕食。メンバーの中に僕の高校の後輩が2人いて、中に僕の出身中学のこともわかる人がおって、高校・中学の話で盛り上がる。世の中、広いようで狭いと実感。高橋司さんのやまと物産作業所でBBG魚介類いただいてたんで、夕食はあまり入らなかった。生ビールは2杯飲みましたが^^。
地元の漁師のみうらさんも同席。漢字、「三浦」でしょうか、不明。カジキマグロの話など聞く。今、サンマが中国・台湾などがやって来て獲ってるっての聞きますが、震災もそうでしたが、こういうのも地元の漁師さんにとっては大変でしょうね。後、後継者問題。みうらさんはまだお若そうですが、高齢化・後継者難って、とりわけ第1次産業、難しい問題なんでしょうね。
アップした写真、僕の左がみうらさん。当たり前ですがぼくのようなヒョロヒョロと違って生活感ドッシリの逞しい体型です。その左は川渕映子さん。この人なくて東北エイドはなかったでしょうね。アジア子どもの夢も彼女。川渕さん、このブログでも何度も登場していただいています。今回の行きのバス車中で、今僕がやろうとしていることについて、川渕さんにアドバイスしていただきました。

by tiaokumura | 2017-07-15 20:05 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で②

f0030155_18564710.jpg(7月17日午後・記)
7月15日・16日、「東北エイド・南三陸町サポーターズ バスツアー」。旅のお供本は、
山下洋輔 相倉久人『ジャズの証言』(新潮選書)
高橋呉郎『週刊誌風雲録』(ちくま文庫)
の2冊、旅は荷物、少なければ少ないほどいいので、新書・文庫って便利でしょうね。
7月15日(土)午後、平成の森団地に。ここ、仮設住宅。かつては300人とか入居してたのが今は26人だけとか。談話室で畠山さんのお話を伺う。昨年と様変わりしてて、集会所もなんか違う感じ。畠山さんのような方がおられたのは、震災という不幸中の幸いだったんでしょうね。畠山扶美夫さんは3.11の後、平成の森団地の2代目自治会長として住民の安全安心な生活に尽力されてきた。僕も富山国際学院のトップとして、あの時に動揺する学院生を1カ所に集めて話しましたが、あれはかなりハッタリだった。一方、畠山さんは実行力を伴う説得力のある方。畠山さんは僕よりちょっと年下。最初お会いした時(2013年?)、「ラモス」って言われてビックリ。僕、畠山さんによると「ラモス瑠偉」に似とるそうです(照れ)・
あれから6年。仮設から出られる方も多いが、新たな問題も。仮設だったら「隣近所」だったんでしょうが、今は高台などに引っ越して隣近所感が希薄に。そうです、コミュニケーションが問題に。あと、お金も当たり前でしょうが、大変。商店街「ハマーレ歌津」は家賃月20万円、あるいは家を建てるのに2000万円とか聞くと、自分なんかには気が遠くなる。
畠山さんとは今年から年賀状のお付き合いも。アップした写真、僕の右が畠山さんです。僕の左は桶屋欽一郎さん。桶屋さんからはバス車中で「八月二日 天まで焼けた」富山大空襲のお話も聞きました。
畠山さんにはお話の後質問もできた。何人か質問。僕も「震災孤児」について聞きました。

by tiaokumura | 2017-07-15 18:56 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

南三陸町で①

f0030155_1646234.jpg(7月17日午後・記)
僕は南三陸町サポーターズってのに入ってて、毎年2回、南三陸の高橋さんのところから、おいしい海産物を送ってもらってる。今年は6月下旬だったかに、第1回お届け便が自宅に届いた。ホタテ、こんぶ、など。ビー玉の手あみって、アクセサリーも入ってました。
記憶力がどんどん退化しとるワシ^^、ブログってネット上の日記なんでしょうね。ずいぶん助かってます、「あの時、僕は」って記憶をたどるのに。2011年4月東北エイドの第4便バスに乗って石巻に行った。ブログにもその時の記事、アップしてます。で、その後、また行こうと思っているうちに、小林麻央状態に。彼女は乳房(にゅうぼう)、僕は胃(他に大腸・肝臓)と部位は違いますが。で、次に被災地に行ったのは2012年東北エイドの「南三陸町サポーターズ バスツアー」で。高橋さんご夫妻とはその時が初対面。高橋さんはあの時魚竜館館長。豪快な人生を過ごされてたでしょうね。それが、2011年3月11日。
2017年7月15日・16日、南三陸町サポーターズ・バスツアー。アップした写真7月15日(土)。僕の右から高橋司さん、奥さん、親戚の方。親戚の方は僕のことを大学教授と思っとられたらしく、聞いてビックリ。ワシ、賢そうに見えるんかしらん^^。写真の下半分、白っぽいのは写した方のせいです^^。
高橋さんのやまと物産作業所でホタテ、ウニ、タコなどをいただきました。お酒はないと思って、自分、一番搾り仙台バージョンを持ち込んでたんですが、高橋さん、アサヒビールをご用意しとられました^^。高橋さんの弟さんもおられた。
今回のツアーは2名キャンセルで23名の参加。僕は午前6時前に家から5分くらいの岩瀬スポーツ公園に。車をそこに停め、そこからバス乗車。途中何か所かSAやICに寄り、「ハマーレ歌津」(旧・伊里前福幸商店街)。その後、ここ「やまと物産作業所」に。

by tiaokumura | 2017-07-15 16:46 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

東北AID 8

f0030155_10503778.jpg(3月19日午前・記)
僕が川渕映子さん(NGOアジア子どもの夢 東北AID)と初めて会ったのは、20年ほど前になるだろうか。妻がこども劇場の活動に熱心で、当時、こども劇場の会長はTさんだった。Tさんはベトナム支援にも関わっていた方で、Tさん・川渕さんと、あれはどういうことでだったのだろうか、富山大学構内のカフェでしばし語らった。Tさんは娘さんがベトナム人(富山国際学院の卒業生のお兄さん)と結婚、ベトナム人のために家を提供したりベトナムで支援活動を行ったりされたが、その後、どうされているのだろうか。噂では、ベトナムのことで失望されたとかだが、真相はどうなんだろう。川渕さんとはそういうきっかけで出会い、スリランカ学生のことで相談したりはあったが、あまり会うことはなかった。アジア子どもの夢のコンサートでぷちボラしたくらいか。
東日本大震災。あの後数日して高さん(富山国際学院のパンフレットを作ってもらった。現在、新しいパンフを、スタッフの柳川さん・粕谷さんが作成準備中。僕はお任せしてる)から、川渕さんたちが被災地にバスで行ってボランティア活動をしている、という案内をもらった。あれは何便になるのだろうか、割と初期の支援バスに僕も乗せていだいて石巻などで炊き出しなどをした。あの時見た光景、人々の表情、忘れがたいもの。その後も行こうと思ったが、同じ年の6月に胃癌Ⅳ期が見つかり、再び乗ることはなかった。3年ほど前に別の形でバスがスタートし、こちらのほうは毎年参加している。
川渕さんは「東北AID」を立ち上げた。アップした写真は、東北AIDのチャリティーイベント@アピアショッピングセンター。越中家漫欽丹(えっちゅうや・まんきんたん。本名・桶屋欽一郎)さんがトーク中。桶屋さん、御年80歳。富山弁の絶妙の語り口です。今回は、落語ではなく「被災地では、まだ先も見えないような人もいる。これからも現地に足を運び、支援を続けていきたい」(読売新聞)といったお話。僕はこの日、谷中仁美さんに命じられて^^ご主人のお手伝い、ちょっと。「ばみり」、経験者です、自分(激爆)。
僕は午前中の2時間ほどの参加でしたが、この日、500人を超える人々がイベント参加だったそうです。
昨年も支援バスで南三陸町に行きました。あと高橋司さんのところの海産物など買っています。今年もちょっとは「何か」ができればと思っています。
東北AIDの活動は、同会HPやブログで。皆様もぜひ同会の活動にご参加を。
いつだったか、川渕映子さんは地元の1時間ほどのTV番組で紹介されていました。確か「ボランティア・ウーマン」とかだったか。

by tiaokumura | 2017-03-11 10:50 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

クマリさんと@越中八尾YOROZUYA

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(8月7日午後・記)
僕は全く知らなかったのですが、富山で4年置きに「とやま世界こども舞台芸術祭」ってのが開催。「こども」と銘打ってますが、世界各地から大人の演劇関係も来富。今年はネパールからもやって来る。そこでボランティアウーマンの川渕映子さん(アジア子どもの夢)が企画したのが、ネパールのその「国立舞踊劇団ナーツガル」との交流会。最初、富山国際学院の近くのサンシップが会場予定でしたが、八尾にあるYOROZUYAに会場変更。
8月4日(木)、学生3人を連れて高山線乗車。越中八尾(えっちゅうやつお)下車。駅前にあった、ソーシャルラウンジYOROZUYA。入店すると川渕さんがカレー調理中。
6時半、開始。ダルマ・ラマさんからネパール大地震後の状況説明などのあと、お目当ての舞踊劇団のパフォーマンス。アップした写真、「クマリダンス」の踊り手と。「クマリ」ってご存知でしょうか。カトマンズにいる生き神様。ダライ・ラマみたいな選ばれ方、するんでしょうか。ただし、ダライ・ラマと違って初潮を迎えると交代するとか。だいぶ前にNHKでクマリのドキュメンタリー、やってました。写真はもちろん本物のクマリじゃありません。
カレー(鶏肉・海鮮の2種)、肉じゃがを食べました。飲み物はフリードリンク。ビールは我慢しました^^。
この夜、YOROZUYAでは富山国際学院の卒業生のアスビル・タマンさんが在校生のソーガットさんと一緒にライヴ。
ちょっと疲れたので途中で退席。高山線で富山。富山駅からタクシーに乗ってしまいました(恥)。学院まで590円でした。痛い出費^^。
by tiaokumura | 2016-08-04 19:40 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

歌津の方々と交流会

f0030155_10453738.jpg(7月9日午後・記)
南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。
7月2日、高橋司さんのやまと物産で魚介類のBBQを堪能。そのあと、宿泊先の平成の森に入る。畠山芙美夫さん・平成の森団地自治会長からお話を聞く。畠山さんとはこれで3回目になるか。僕のことを「ラモス」と名付け親^^。僕が「ラモス瑠偉」に似てるそうです(照)。去年は畠山さんに「うだづもっこ」をごちそうになりました。今回初めて畠山さんと名刺交換しました。息子さんが家を建てられ、畠山さんご自身も間もなく平成の森を出られるそうです。平成の森団地、被災者の方々、僕なんかには想像を超える大変さだった(まだ過去形ではないが)でしょうね。そういう中、元・有能な企業戦士であった畠山さんのご尽力、すばらしい。畠山さんがいなかったら、被災者の方々、今の何十倍もの悲惨な生活だったでしょうね。畠山さんとはせめて年賀状交換でもこの後やっていきたい。
7月3日、起床。男性3人の部屋。今回のバスツアー、女性14人・男性7人でした。TV、バングラデシュ、テロのニュース。人数はそんなに多くないですが、勤務先の富山国際学院、バングラ出身の語学留学生もいました(今年度はゼロ)。
当初は不参加のつもりだったのですが、「志津川クルーズ」に参加。袖浜漁港。湾内を巡る。ウミネコが船に寄ってきた。船長の解説アナウンス付き。あの日、この湾もすさまじい状況だったんでしょうね。
クルーズを終えて平成の森に戻る。地元の方々を対象にした越中屋さんの落語会開催中。そのあと、交流会。アップした写真、パワポ使った映像投影に、川渕映子さん(東北AID)が説明プラス。実は川渕さんは某参議院議員候補の後援会長。ほんとは富山にいるべき週末だったんでしょうが、今回のバスツアーに参加。こっちが優先なんでしょうね。
交流会のあと、高橋さんご夫妻(お孫さんもご一緒)・畠山さんたちに別れを告げ、平成の森を後にする。バス途中、防災センター近くを通る。ここ、最期まで避難をアナウンスし続けた女性の終焉の地。あの女性、高橋司さんのいとこだそうです。防災センターの近く、盛り土。今回はあちこちで盛り土・防潮堤を見た。これが「復興」といえるのだろうか。
南三陸町さんさん商店街でおみやげ購入。モアイ最中、モアイ伝説@雄新堂。南三陸町は志津川町(しづがわちょう)と歌津町(うたつちょう)が合併してできた。
春日で昼食。天丼にしたのですが、なかなかできあがらず、やきもきした。完食できず。国見でさくらんぼ購入。米山でえび天そばの夕食。帰りのバスの中で各自感想など披瀝。僕は最後部席で番号は「1」でした。
9時半過ぎ帰宅。TV欄見てたらモーツァルトで「チック」名を発見。ひょっとしてと思ってチャンネル入れたら、やはりチック・コリアでした。小曽根真と二人でモーツァルト演奏withN響。へぇ~、ですよね。

東北AIDのブログはこちら

by tiaokumura | 2016-07-03 10:45 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)