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カテゴリ:思い出の本たち( 15 )

思い出の本たち

思い出の本たち_f0030155_13353008.jpg野田尚史『はじめての人の日本語文法』
1992年2月3日第2刷
くろしお出版
2233円+税
*本書、僕が日本語教師やり始めの頃(トヤマ・ヤポニカ所属)に購入。本書の院生のお一人はのちに野田先生とご結婚。日本語教師なりたての頃、本書以外に、牧野成一『読解 拡大文節の認知』、丸山敬介『経験の浅い日本語教師の問題点の研究』も読んだ。その頃に寺村秀夫『日本語のシンタクスと意味 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』も買ったが完読できずじまい。野田先生には、先生の教材作りプロジェクトに参加したり、金沢での研修会に講師としてお呼びしたり、も。自分、メールの書き方やプレゼン文章の書き方、野田先生に倣ったところあり。

Arimasa Mori”LECONS DE JAPONAIS日本語教科書”
1972年
研究社
1800円
*この本、畏友・哲ちゃんから寄贈。フランス語での日本語教科書。森の父・有礼は「英語の国語化」、唱えた。森の本の装丁に携わった栃折久美子、彼女の本(筑摩書房?など)も何冊か持ってた。富山国際学院でフランス語が母語の学生は、これまでに2人。この本、使ってたらよかったんかも。第1課は「あか、おと、いぬ、まり・・・」。第12課「ここへきてください.そしてこのことばをこくばんにかいてください.よくできました.」。口絵、本居宣長肖像画。

小笠原豊樹訳『プレヴェール詩集』
昭和42年12月15日初版発行
河出書房
260円
*ずいぶん安い。昭和42年(1967年)の260円。今だったら、1000円くらいかも。小笠原豊樹は岩田宏。僕、本書に「庭Le jardin」の大岡信訳も書き込んでいる。「何千年かかったって/とうていだめ/言いつくせるものじゃない/あの永遠のほんの一瞬」(大岡訳)。「何千年何万年の年月も/あの永遠の一瞬を/語るには/短すぎる」(小笠原訳)」。本書は、河出書房(後に河出書房新社)の「ポケット版・世界の詩人」シリーズの1冊。

『谷川俊太郎詩集』
1966年3月1日第3刷
思潮社
1200円
*谷川は「二十憶光年の孤独」(二十億光年の孤独に/僕は思わずくしやみした)・「ネロ」(お前はたつた二回程夏を知つただけだつた/僕はもう十八回の夏を知つている)あたりが初めて知った詩かなあ。谷川の処女詩集には三好達治が「序にかへて」を書いている。この本、今では手垢で汚れているが、白いカヴァー付き。朝日新聞・夕刊の切り抜きがはさんである。谷川が「詩とは何か」の文中に、森有正の「経験の軽視ということは、・・・言葉によって経験を左右できる、と考えることである」を引用。

『植草甚一主義』
昭和53年7月1日発行
美術出版社
2000円
*先般、マッコイ・ターナーご逝去。コルトレーンとの「至上の愛」は名盤。自分、ジャズ、J・J氏から知ったこと多いでしょうね。「コラージュ」って手法も植草から教えてもらったかも。いや、ゴダールからだったかも。本書、大判な画集(って言っていいのか、文章も数多く収録)。Wikipediaの「植草甚一」の「著作」の項目に本書は挙がっていない。本書には高平哲郎他作成の「年譜」も。年譜によれば、『植草甚一スクラップ・ブック』は1976年4月より刊行開始。

by tiaokumura | 2020-04-19 13:35 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち:1970年代

思い出の本たち:1970年代_f0030155_13052079.jpg奥山儀八郎『珈琲遍歴』
昭和49年1月30日第2版
旭屋出版
4000円
*東京時代、国分寺のコクテール堂焙煎工場で勤務。林玄社長には「富山に帰ってコーヒー専門店、やります」って言ってUターンしたけど。

ブリア・サヴァラン 関口秀雄訳『美味礼賛』
1970年2月1日AJBC版第1刷
白水社
1200円
*今は岩波文庫に入ってるかも。関口の翻訳は花森安治に勧められてなんですね、知らなかった(p422)。

アリシア・ベイ=ロール 深町真理子訳『地球の上に生きる』
1972年7月20日 第1刷発行
草思社
750円
*これは結婚前から持ってたか。妻がこの本好きで、いくつか実践してた。ヒッピー文化になるんかなあ。

『別冊 経済評論』WINTER’72 伝記特集 日本のアウトサイダー
昭和47年11月15日発行
日本評論社
750円
*この雑誌、なぜか今も持ってる。伊藤晴雨・田中正造・菊池貫平・出口王仁三郎・天龍・谷川康太郎ら。金子文子は「朴烈と金子文子」で。

色川大吉『明治の文化』
1970年4月13日第1刷発行
日本歴史叢書(岩波書店)
500円
*東京教育大学生時代、卒論で北村透谷を考えた時も。岩波から勝本清一郎の3巻本、出てたころ。先の皇后、五日市憲法に言及あり。
by tiaokumura | 2020-04-05 13:05 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち:昭和40年代前半=1960年代後半

思い出の本たち:昭和40年代前半=1960年代後半_f0030155_09135426.jpg『高橋和巳作品集4 邪宗門』
1970年1月30日初版発行
河出書房新社
750円
*『邪宗門』は朝日ジャーナル連載時から読んでた。単行本、上下2冊だったか、買ってる。「作品集」、一通り買ったかなあ。本書<巻末論文>は吉本隆明。

森有正『バビロンの流れのほとりにて』
昭和43年6月20日初版第1刷発行
筑摩書房
820円
森有正はどういう経緯で知ったのか。大学の級友からか。「愛読書」と言いたいが、今読み返してみて完読してないとわかる。裏表紙に汚い字で^^えんぴつメモ。

『吉本隆明全著作集 1』
昭和43年12月20日第1刷
勁草書房
600円
*高橋和巳、吉本隆明、当時の人気文学者・思想家だったでしょうね。吉本は近年「全集」?も。勁草書房からではないが。本巻、「定本詩集」。「解題」は川上春雄。

矢内原伊作『ジャコメッティとともに』
昭和44年9月10日2刷発行
筑摩書房
1300円
*富山県の近代美術館(今は移転)にジャコメッティ「裸婦立像」。富山にジャコメッティがあるなんて最初ビックリも。大岡信らの目利きか。

中山公男『西洋の誘惑』
昭和43年6月30日発行
新潮社
1250円
*これは畏友・宮崎健二君からもらった。今だったら5000円以上する本でしょうね。あの頃から続くんでしょうね、自分、あちこちに付箋付けてる。
by tiaokumura | 2020-03-29 09:13 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち:事辞典類(中)

思い出の本たち:事辞典類(中)_f0030155_14551902.jpg岩波書店編集部編『これからどうなる 日本・世界・21世紀
1983年5月20日 第1刷
岩波書店
1000円
*1983年でこのタイトル。後に続本も出たような。大村はま「これからの国語教育」は今読んでも新しい。執筆者、今は故人も多いかも。どこまで「予言」、当たってたんでしょうね。テーマ別目次あり。「平和・核・環境」「生活・自治・労働・社会」「科学・技術」「教育・子ども・家族」「スポーツ・健康」「芸術・芸能・マスメディア」など。インターネットもグローバリズムも、まだ見えてなっかた時代だったかも。

世相風俗観察会編『現代風俗史年表 昭和20年(1945)→昭和60年(1985)』
1986年9月30日初版発行
河出書房新社
2900円
*帯に曰く「あれだけはやったことなのに・・・。どこにも公的記録が残らない「風俗」を初めて時系列の中に位置づけた年表式辞典。」。「風俗」は今「フーゾク」とかで性産業に使われてるみたいですが、こっちは「流行歌」「漫画」「映画」「テレビ」「ブーム」「流行語」「話題の人物」など、まさに「風俗」そのもの。最後は昭和60年。おニャン子クラブ、角栄倒れる、三浦和義フィーバーなど。

監修=高階秀爾『カラー版 西洋美術史
1991年5月30日第9刷
美術出版社
1845円+税
監修=諸川春樹『西洋絵画史WHO’S WHO
1996年7月20日第2刷
美術出版社
2718円+税
*僕は美術、割と好きで、この二書、とても便利。書名にあるように前者は「美術史」、後者は人名事典。前者は1970年代まで、後者は「281 アンディ・ウォーホル」までカヴァー。今年、美術展、東京など何か所か行きます。こっちもコロバ・ウィルスの影響、ありそうですが。「正しく恐れる」って言いますが、展覧会も、コロナ・ウイルス感染、やっぱ心配なんでしょうかねえ。

J.C.ヘボン 松村明解説『和英語林集成
昭和54年4月10日第1刷
講談社
1900円
*講談社学術文庫には各種の辞典が入ってて、これもその一冊。ヘボン、ヘプバーン、どちらもHEPBURNで同じなんですよね。ヘボン式ローマ字。明治19年刊行の和英・英和辞典。SEXUAL INTERCOURSEは「kogo」「boji」(長音記号付き。このブログ、表記、できなかった)。「交合」「房事」でしょうか。「MAGUWAI」は「Coiton」。この辞典、北村透谷も使ったんでしょうかねえ。

TAISHUKAN’S『GENIUS ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY
1988年4月1日初版
大修館書店
2400円
*奥村学習塾をやってる頃に買った。高校生向けの英和辞典になるだろうか。「あとがき」に拠れば、「高校二年生を中心としての前後、中学上級生から大学生・一般社会人をも射程に収め・・・」。それまでにありそうでなかった辞典。編集主幹は小西友七。用語狩りみたいな風潮がある今ですが、本辞典、そのあたり、どうしたか。
by tiaokumura | 2020-03-22 14:55 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち:事辞典類(上)

思い出の本たち:事辞典類(上)_f0030155_08473912.jpg(3月8日午前・記)
自分、事辞典類、好きなほう。大して使わんのにねぇ^^。定価も高いのに。2回に分けて「事辞典類」の「思い出の本たち」をご紹介。

新村出編『広辞苑 第六版』
2008年1月11日 第六版第一刷 発行
岩波書店
(定価不詳=函に書いてあったのだろうけど、函は捨てた。このころから定価表記、変わったような。消費税の関係かも)
*『広辞苑』、高校生時代には持たなかったでしょうね。で、東京教育大学進学後、初めて買った。最初の版ではなかったかも。「第2版補訂版」だったかも。アップした写真、僕が最後に買った『広辞苑』。その後改訂もあり、そのつど話題になったが、僕は買ってない。今は、紙媒体の大型辞典って、難しいんでしょうね。

故・大槻文彦『新訂大言海』
昭和五十五年五月五日 新訂版六十五版 発行
冨山房
定価 金一万五千円
*大槻文彦、終生「~的」を使わなかったとか。僕、富山国際学院がNPOになるにあたっての趣旨書(とか言った)、「~的」を使わずに書いた、かなりの長文を。芥川だったか『大言海』の「ねこ」、引用。今、調べたら「ねこま」の下略、韓国渡来か、と。値段、すごい。よく買えたものだ。結婚してた。

EDITED BY JOYCE M. HAWKINS ILLUSTRATED EDITED BY SUSAN LE ROUX
『THE OXFORD REFERENCE DICTIONARY  NEW ILLUSTRATED BOTH A DICTIONARY AND AN ENCYCLOPAEDIA』

1986
CLARENDON PRESS OXFORD
*この辞書、たぶん、当時金沢にあった「丸善」で買ったと思う。しょっちゅう使うってわけではないですが、これ、どうなんだろう、って時に、引いてます。ワシにもある程度わかる^^英語で書かれてます。イラストもいい。HIROHITO HIROSHIMA、続いてエントリー。p389右。この時点ではHIROHITOはご存命。

『学研 新世紀大辞典』
1968年4月1日 第1版第2刷 発行
学研(学習研究社)
3800円
*これは大学4年生で買ったかなあ。1960年代で「新世紀」と銘打ってる^^。カラー写真やイラストもある。「富山」、市の人口256,000人。「富山湾」の説明には「裏日本」記述も。今は差別用語かなんかで使わんかも。人物、物故者のみの場合もありますが、この辞典、生存者も。

岩波書店編集部『近代日本総合年表』
1968年11月25日 第1版第1刷 発行
岩波書店
3800円
*これ、上記と同じ頃に購入。上と同じ値段。偶然、なんでしょうね。「政治」「経済・産業・技術」「社会」「学術・教育・思想」「芸術」「国外」のカテゴリー。「索引」があるのは当たり前ですが「典拠文献」索引も。どうでもいいことですが、僕の生まれた日には「貴族院、特別委員会の修正通り憲法改正案可決、衆議院へ回付」「森本薫没」ですって。

PARIS Atlas
MANUFACTURE FRANCAISE DES PNEUMATIQUES MICHELIN
Printed in the EU 07-99
*2000年8月、妻とパリ旅行。約1週間滞在。ミレニアムでしょうね、エッフェル塔に「2000」。パリ滞在中にロシアの原子力潜水艦、沈没。TVにプーチン大統領。彼、かれこれ20年も権力の座にいるんですね。この本、ドゴール空港かパリ市内の書店で買ったのかも。フランス語・英語・ドイツ語・スペイン語。英語があるんで助かりました。
by tiaokumura | 2020-03-07 08:47 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち

思い出の本たち_f0030155_16085490.jpg編者 デイヴィド・ドルトン/訳者 三井徹
『ローリング・ストーンズ・ブック』
1973年3月10日第1刷発行
草思社
1800円
*東京日本橋のスナックでコックをやってた時、ウエイトレスの加賀まり子似の女性に「ミック・ジャガーに似てる」って言われた^^。彼女からは「力石徹に似てる」とも^^。僕、73年の人生で、他には「大内山」「ジャン=ポール ベルモンド」に似てるって言われたことも。本書、ストーンズの写真・文章・楽譜集。僕、「黒く塗れ」「19回目の神経衰弱」あたりが好きだったかなあ。

『悪の華●わが性からの復権-緑魔子●ボオドレエル』
昭和43年12月10日発行
ノーベル書房
3800円
*こないだ車を運転中に何気なくFMラジオを聞いてたら、緑魔子「やさしいにっぽん人」。疲れたら眠りなさい、あたしが歌を歌ってあげる。本書、値段もすごい。今だったら2万円くらいかも。緑魔子、24歳、本名・小島良子、女優。写真家は誰だったんでしょうね。緑魔子、今どこで何してるんでしょうね。夫の石橋蓮司、僕はBSの「京都人~」でときどき見てる。別の番組のナレーターもやってるかも。

油井正一・大橋巨泉訳
『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』
1972年6月30日7刷
晶文社
780円
*ビリー・ホリデイはコクテール堂の大畑隆司さんに教えてもらったかも。奇妙な果実Strange Fruits。リンチで吊るされた黒人のこと。本書、油井正一・大橋巨泉の訳なんですね。ジャズ、二人からもあれこれ。晶文社って今もあるんでしょうね。この当時、そっから出てた本、けっこう買ってた。植草甚一もこっからかなり出てたような。

石森章太郎著
『章太郎のファンタジーワールド ジュン』
昭和43年6月25日発行
虫プロ商事株式会社
720円
*東京教育大学時代の後輩に理学部植物科の渡辺紳一君。長野出身、お父さんが国鉄だったか。桐花寮。彼が石森章太郎、好きだった。2011年、ボランティアバスで石巻に。石ノ森(←石森)の記念館も対岸から見た。こちらには打ち上げられた船が。本書、帯に、手塚治虫。「ぼくは石森氏のストーリーよりも絵に魅力を感じる。「ジュン」が成功したら、もっぱら映像だけを追求したことによると思う。」。

デイヴィッド・ドルトン 田川律・板倉まり訳
『ジャニス ブルースに死す』
1973年3月30日発行
晶文社
1200円
*本書、今回初めて気づいたんですが、上述『ストーンズ~』と同じドルトンなんですね。ジャニスは何年か前、映画も見た。ジミヘンもそうですが、音楽やるべくして生まれ、そして早くして死ぬべくして死ぬ運命だったんでしょうね。本書、途中に写真集、巻末に楽譜集。8曲「ソング・ブック ジャニス」。和製ジャニスっているんでしょうかねえ。

自分、読書が趣味とまではいかないだろうが、本。図書館・図書室で借りたり、友人・恋人・恩師からもらったり。でも圧倒的に買った(古本屋も含む)本が多いでしょうね。「思い出の本たち」というカテゴリーで、当ブログでご紹介していきます。
これらの本、断捨離な自分^^は、もう捨てるしかないかも。ほしい方おられたらお譲りします。

2月16日・追記
例えば、平成15年が西暦何年か、自分、ようわからん(恥)。換算法、あるんでしょうけどね。僕は、基本、元号は使いません。別に天皇、否定してるわけじゃないけんど^^。で、上述の本の出版日、西暦と昭和、まじってる。西暦を昭和に換算するには下2桁から25を引きます。1973年は73-25=昭和48年です。逆に昭和→西暦は+25。昭和43年は43+25=1968年です。平成・令和にも、西暦換算(逆も)、あるんでしょうね、きっと。

by tiaokumura | 2020-02-15 16:08 | 思い出の本たち | Comments(0)

思い出の本たち:ゴダール全集(竹内書店)

思い出の本たち:ゴダール全集(竹内書店)_f0030155_1445167.jpg
ゴダール全集
監訳=蓮実重彦 柴田駿
すみやかにそしてゆるやかに/世界と/自分自身を/忘れそして知ること/思考しそして語ること/おかしなゲーム/これが人生だ ゴダール

『ゴダール全集』2 ゴダール全シナリオ集Ⅱ
(帯より引用)無機的なきらめきにまで抽象化された<日常>が、透明な陽光のなかに自在に変幻するゴダールの世界は、さながら音楽的空間をなし、明晰さへの渇仰に貫かれながら、まごうかたない<永劫の現在>を現前させる
(本巻所収)『女と男のいる舗道』『軽蔑』『恋人のいる時間』『気狂いピエロ』などのシナリオ
蓮実重彦「解題―『気狂いピエロ』を中心に」 監訳者「あとがき」
1971年11月11日 第1刷
1200円

『ゴダール全集』3 ゴダール全シナリオ集Ⅲ
(帯より引用)『アルファヴィル』から『ウイークエンド』まで、急激な変貌をとげたゴダールが、二つの戦線に拠って、政治的現実と文化的修正主義に対して戦いを挑み、「映像」という特権的な存在の解体を企てるマニフェスト。
(本巻所収)『アルファヴィル』『男性・女性』『メイド・イン・USA』『彼女について私が知っている二,三の事柄』『ヴェトナムから遠く離れて』『ウイークエンド』などのシナリオ
ジャン=リュック・ゴダール ジャン・コントネー「赤い映画=対談」 蓮実重彦「あとがき」
1970年10月30日 第1刷
1200円

『ゴダール全集』4 ゴダール全エッセイ集
(帯より引用)ゴダールは饒舌な語り口を詩的イメージに結晶させながら、激しく情況に闘いを挑む。その闘いの姿勢は、「時代の巨きな思想」として鋭くつきささる!
(本巻所収)「初期評論」「ふたたび批評の筆を執る、そして最初の短編映画」「二つの戦線―『アール』紙と『カイエ・デュ・シネマ』によって闘う」「『勝手にしやがれ』の年」「フィルムとその周辺」で構成 「原註及び訳註」 「ジャン=リュック・ゴダール その人と作品の歴史」 保苅瑞穂「訳者あとがき」
1970年1月15日 第1刷
1200円

ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard1930-)は2014年現在ご存命で、1970年時点で「全集」なんて変なんですが、全集刊行当時の雰囲気としては僕のような熱狂的なゴダールファンがいたので、その時点でしかも日本語で「ゴダール全集」刊行も変じゃなかったんでしょうね。もしその後(ゴダールは当時40歳前後)ゴダールにスキャンダルとかあって^^映画界から追放なんてリスク、出版社は考えなかったんでしょうかねぇ。勇気ある刊行でした。「全集」と称していますが、もちろん、当該時点でのシナリオ・発言など全4巻。定価は当時としては高額だった(今の6000円くらい?)でしょうが、けっこう売れたかも。竹内書店は「ギネスブック」もそうだったかも。
Wikipédiaの”Jean-Luc Godard”より冒頭部引用。
Jean-Luc Godard est un cinéaste franco-suisse, né le 3 décembre 1930 à Paris. Auteur complet de ses films, il en est fréquemment à la fois réalisateur, scénariste, dialoguiste, et il en maîtrise le montage. Il y apparait occasionnellement, parfois dans un petit rôle, parfois non comme acteur mais comme sujet intervenant. Producteur et écrivain, il est aussi critique et théoricien du cinéma.
by tiaokumura | 2014-03-15 14:04 | 思い出の本たち | Comments(2)

思い出の本たち:岩波日本思想大系の2書

思い出の本たち:岩波日本思想大系の2書_f0030155_14283684.jpg名曲『神田川』(作詞:喜多条忠)では「三畳一間の小さな下宿」が舞台であるが、僕の東京生活第1幕も下宿だった。もっとも僕の場合は「同棲」ではなく、高校の同級生H君との8畳くらい?のけっこうゼータクな下宿住まいだった。今でも「下宿」ってあるんでしょうか。僕の場合は1965年春に大学進学のために上京し、JR高田馬場駅近くのI家が下宿先だった。普通の(と僕には思えた)家の2階に間借りし、朝食・夕食の賄い付きであった。I家にはお嬢さんもおられてちょっとドキドキだった(照)。下宿してすぐだと思うが、1日の決まった時間になると、階下から「あしきをす~くいた~すけた~まえ てんりおーの・・・」を唱える声が聞こえる。I家は敬虔な天理教徒のご家庭だったんですね。それを知らずに下宿先に決めていたんですねぇ。僕は真宗王国の富山生まれ・富山育ちなので、念仏には慣れていたが、「新興宗教」である天理教との出会いはカルチャーショックだった。
もう一つ。美智子皇后が「五日市憲法」に言及されているというニュースを聞いて、すばらしい方だと思った。皇族の中に千葉卓三郎(ちば・たくさぶろう1852-83)を知っている人がいるとは、不明ながら全く想像していなかった。僕が五日市憲法を知ったのは北村透谷と自由民権運動との関わりを調べていく過程で色川大吉を通じてだったかなあと思う。皇后はベアテ・シロタももちろんご存知のようである。
写真にアップした2書、岩波書店のシリーズ「日本思想大系」中の2巻。『古事記』『聖徳太子集』で始まり『西洋見聞集』『民衆宗教の思想』で終わる全67巻の同シリーズ、その後類書が出ているのかどうか。「あの当時」(1970-82に刊行)ならではの叢書だったんでしょうね。上述2つは、この2書に関わる「マイエピソード」。

日本思想大系(岩波書店)編集委員:家永三郎 石母田正 井上光貞 相良亨 中村幸彦 尾藤正英 丸山真男 吉川幸次郎
庄司吉之助 林基 安丸良夫『民衆運動の思想
1970年7月25日 第1刷
定価1300円
村上重良 安丸良夫『民衆宗教の思想
1971年9月25日 第1刷
定価1300円

購入したのは池袋西口にあった芳林堂。富山にUターンしてから、夜行バスでときどき上京し東口で下車する。新栄堂は今はないようだが、芳林堂も今はもうないのかなあ、芳林堂書店・池袋西口店は。
『運動』には三浦命助、菅野八郎、美国四民乱放記、奥州信夫郡伊達郡之御百姓衆一揆之次第、浮世の有さまなどが所収。解説は安丸。月報には小松茂夫・宮田登・信夫清三郎らが寄稿している。
『宗教』には、一尊如来きの、黒住教、天理教(みかぐらうた・おふでさき・おさしづ抄)、金光教、富士講、丸山教。「大本教」はまだってことになるのでしょうね。解説は村上・安丸・伊藤堅吉が分担執筆。月報には芹澤光治良「民衆宗教のいぶきのなかに生きて」(芹澤の父は天理教に帰依)・貝塚茂樹「朱子と仁斎」など。

安丸良夫(やすまる・よしお1934-)は昨年、岩波書店から「安丸良夫集」(全6巻)を刊行。『民衆思想史の立場』『民衆運動の思想』『宗教とコスモロジー』など。また、「岩波現代文庫」で『出口なお-女性教祖と救済思想』も。

僕には「宝の持ち腐れ」のような^^2書。ほしい方がおられましたらご連絡を。
by tiaokumura | 2014-02-16 14:28 | 思い出の本たち | Comments(6)

中山公男『西洋の誘惑』(新潮社)

中山公男『西洋の誘惑』(新潮社)_f0030155_14263434.jpg
中山公男
西洋の誘惑
カバー写真:奈良原一高
昭和43年6月30日発行
新潮社
1250円

大学時代以来のわが畏友・宮崎健二君の署名Miyazakiが残る本。彼からいただいた本である。いや、ひょっとしたら何かテキトーな口実をつけて宮崎君から奪い取った本かもしれぬ(大汗)。今回この記事をモノするにあたってWikipediaで検索したところ、公益財団法人吉野石膏美術振興財団が運営する「中山美術文庫」があることを知った。吉野石膏って虎のTVCMでおなじみの会社ですよね。中山美術文庫の公式サイトはこちら
「中山美術文庫」サイトから、中山公男(なかやま・きみお1927-2008)の略歴を引用させていただく。
美術評論家。1950年東京大学文学部哲学科美学美術史学卒業。1953年同大学大学院特別研究生修了。女子美術大学講師、多摩美術大学講師、日本大学助教授を経て1959年国立西洋美術館主任研究員。1968年万国博覧会参事、西洋美術館学芸課長。1971年退官。1986年より群馬県立近代美術館館長、1987年~90年筑波大学教授、1991年~97年明治学院大学教授。さらに全国美術館会議会長、美術館連絡協議会理事長なども務めた。
<おもな著書> 「西洋の誘惑」(1968年、新潮社)、「モナ・リザ-永遠の女性の謎-」(1974年、美術出版社)、「モローの竪琴」(1980年、小沢書店)、「画家たちのプロムナード-近代絵画への誘い-」(1991年、悠思社)

アップした写真の本書、我が人生においての思い出の本の1冊である。今年の夏、私(たち)は藤圭子(ふじ・けいこ1951-2013)の傷ましい訃報に接したが、この本の発行の翌年、藤圭子の歌の数々は巷を癒していた(と思う)。本書と藤圭子の接点は全く何もないのだが、僕自身の人生の中では両者は同居する。
本書は「序・価値の孤独」の後に「1・フェルメール」が置かれている。本書の元は「芸術新潮」連載だったので、中山を通じて初めてフェルメールを知った人も多かったことでしょうね。本書最終の「結・少年の橋」(中山は大阪船場の生まれ。そこは橋の多い町だった)に登場する人物は順に、伊東静雄・保田与重郎・デュフィ・ユトリロ・ルソー・シャガール・ドローネ・ボナール・萩原朔太郎・マン・ボードレール・ゴーガン・杜甫・北村透谷・乃木希典・岡倉天心・永井荷風・和辻哲郎・三木清風である(pp365-377。明記されていない人名は奥村が推定)。「結・少年の橋」は
私は、一人の被誘惑者に過ぎない。
で結ばれる。

なお、中山は丸谷才一(まるや・さいいち1925-2012)と旧制新潟高等学校での友人。
by tiaokumura | 2013-12-22 14:26 | 思い出の本たち | Comments(0)

高橋和巳、生誕80年

ブログに寄せられるコメントはブロガーの楽しみの一つ。8月28日、「あや」さんという方から初めてのコメントをいただいた。対象記事は「邪宗門忌(高橋和巳三十八回忌)」(2009年5月3日付)」。以下あやさんのコメントを全文引用。
ふと思い付いて,検索してたどり着きました。
二度と,辿り着けないかも。。。
邪宗門,好きです。
高橋和巳さんの著作も,ほぼ全制覇してます。
おそらく,コメントを寄せる中では最年少でしょうか,38歳です。
私の卒業した中学では,先輩から後輩へという形で「その人が好みそうな和巳さんの小説を与え,ファンとして引きずり込む」「引きずり込まれた人間は,卒業までに次世代を見つけて,ファンとして育成すること」というのが不文律のように存在していて,知っている限り,数世代辿れます。
その伝統も私のところで,絶えてしまいました。

僕が高橋を知ったのは高校時代で本格的に読み始めたのは大学時代だから、時代が違うとはいえ、あやさんたちの中学校は実に早熟。「その伝統も私のところで,絶えてしまいました。」とのことですが、高橋和巳の作品が若い世代にも読み継がれていることを知り、とても嬉しかった。Amazonで調べると『邪宗門』は現在新本では入手困難みたい。残念。

今日8月31日は日本では稀有な思想小説の書き手・高橋和巳(たかはし・かずみ1931-71)の誕生日である。彼が生きていれば80歳ということになる。先日亡くなった小松左京の若い頃の話に高橋も出ていたが、二人は同年生れで京都大学で同窓(小松が1学年上?)。他には大岡信・谷川俊太郎が高橋と同年生れ。高橋は39歳で夭折しているので、今年は没後40年でもある。前記事の松村謙三と同じ年に亡くなっている。

2年4か月ほど前(僕は62歳)の記事になるが、高橋和巳の誕生日に以下の記事を再録しておく。こういう記事を書いたことを思い出させてくださった「あや」さんに感謝。

再録:「邪宗門忌(高橋和巳三十八回忌)」(2009年5月3日付)
高橋和巳が、60とは言わないがせめて50歳まで生きていたらなどと考える誘惑は封印すべきだろう。人は死ぬべくして死ぬのである。昭和6(1931)年8月31日、大阪市浪速区貝殻町に生まれた高橋は、昭和46(1971)年5月3日午後10時55分永眠。葬儀は5月9日、青山葬儀所にて営まれた。葬儀委員長は埴谷雄高。
和子(たかこ)の「臨床日記」(『文芸』高橋和巳追悼特集号に所収)から引用する。原文縦書き、用字用語はママ。
(前略)八時ごろ。湯で顔と手をふいてやる。右の眼尻に一滴の涙がこぼれていた。泣いてるの?と言って、私はそれを指先で拭きとった。坂本氏こられる。(略)埴谷氏が高橋君と耳許で大きく呼ばれた時だけ、主人は両眼をひらいた。(略)母が和巳、和巳と泣きさけぶと、右眼だけが少し反応した。私は一度も呼ばなかった。(略)深夜ちかくになって、ふいに呼吸が間伸びしてきて、息が薄くなったかと思うと、息絶えた。十時五十五分。病名を知らず、不可能な時間を夢みたまま、主人は命を終えたのであろう。やすらかな顔であった。
念のため付言すると、「坂本氏」は坂本一亀(坂本龍一の父)、「埴谷氏」は埴谷雄高。和子は京都大学で和巳と同窓(和巳は中文、和子は仏文)で、和巳没後に形而上学的小説を何篇か発表し今はフランスで修道尼になっているとか。

僕が「高橋和巳」なる名前を知ったのは高校生時代だと思う。図書館にあった岩波の吉川幸次郎・小川環樹監修「中国詩人選集」の『李商隠』。当時の僕は李賀がランボーで、李商隠はヴェルレエヌと勝手に決め付けていたので^^「ふ~ん、高橋和巳って少壮の学者がおるんだなぁ」くらいにしか思わなかった。今確かめてみると『李商隠』は1958年刊行、刊行当時高橋和巳は27歳(京都大学大学院博士課程在学中。翌年修了)である。いくら吉川の推挙があったとはいえ、院生が岩波から本を出すのですから、今にして思えばすごいことです。
やがて僕は大学進学のため1965年3月に上京。「朝日ジャーナル」に連載中の『邪宗門』(1965年1月~66年5月)の熱心な読者になった。そして、読んだ順は忘れたが『捨子物語』『悲の器』『憂欝なる党派』『日本の悪霊』『我が心は石にあらず』『堕落』『散華』『白く塗りたる墓』『黄昏の橋』といった小説群は刊行とほぼ同時に読み(ずいぶん多作家だが、10年足らずの作家活動である)、『文学の責任』『孤立無援の思想』『新しき長城』『孤立の憂愁の中で』『変革の思想を問う』『わが解体』『人間にとって』『自立の思想』などのエッセイ集もほぼ全部読んだ。
僕は生前の高橋に一度だけ会っている。あれは22歳の秋だったろうか。鬱屈した気持ちで帰省していた時のこと。今はない「富山市公会堂」での講演。苦悩教教祖とも揶揄された彼だが、それでも何度か笑いを呼ぶ発言もあったように思う。熱気の退潮した時代だったのだろう、聴衆は極めて少なかった。
高橋を矮小化するようで恐縮だが、僕が高橋に学んだことの一つは「権威・権力・強者・金持ちに対峙しうる思想を構築すること」である。今の自分の立場上、権威の威を借りてエバってみせることも、権力にすり寄らなければならないことも、強者におべんちゃらをこかなければならないことも、金持ちのヨイショをしなけらばならないことも、組織の一員として生きている以上何度もあるが、それでも一個人としての矜持は持ち続けたいと思う。
「健康で文化的な最低限度の生活」さえ営めない人が数多いるこの国でこんなことを書くと、「甘っちょろい!」「青臭い!」と言われるかもしれぬが、あちこち迷走した末の62歳の今の自分は、けっきょく、若き日の理想=「自由・平等・博愛」の実現を目指しているのかもしれない。

吉川や桑原武夫や白川静に愛され期待された学の水準(高橋が辻邦生に言ったそうだ、「京都ではな、学者は泣きながら勉強するんや」と)、小田実や小松左京らと競い合うように発表した創作群(小田実は弔辞「とむらいのことば」で「すべての気持をこめて、高橋和巳よ、ホナ、サイナラ。」と述べる)、孤立無援を恐れず対自化された思想の高み・思索の深み(「スターリンを疑い、レーニンを疑うことからやがてはマルクスをも疑うに到るだろう。仏法のためには釈迦をも斬る精神のほかに、しかし期待しうる何があるだろうか。」)、友人知人はもとより埴谷や寺田透や武田泰淳らに愛された人柄。内村剛介の言い方を借りれば、39歳で亡くなった高橋和巳はまさに「生き急いだ」人生ということになるのでしょうね。
今はもう高橋和巳は「過去の人」になってしまっているのだろうが、その運動体組織論も含めて、まだまだ読み継がれ語り継がれていく価値があるのではないだろうか。

若き日の夢往還す 邪宗門忌
語り合う友とてもなく 邪宗門忌
邪宗門忌 志の之くところ 未だ見ず
(「邪宗門忌」は一般通用の語ではなく、私の勝手な造語です。陳謝)
by tiaokumura | 2011-08-31 10:11 | 思い出の本たち | Comments(2)