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2014年 07月 20日 ( 1 )

フリーマーケット@南三陸町・平成の森仮設住宅

f0030155_9302449.jpg(7月24日夜・記)
7月19日(土)・20日(日)東北AIDの「南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。
7月19日午後、南三陸町平成の森仮設住宅集会場で自治会長の畠山さんのお話を伺う。質問もできて、仮設住宅の耐久性・東京オリンピックの齎す弊害・義捐金の行方など。「衣食住」って言いますが、被災地の方々にとって「衣食」はともかく「住」は依然として深刻な問題。高齢者の中には認知症の方もおられる。
高橋司さん(やまと物産)ご夫妻がお見えになり(僕のことを覚えていてくださって、ビックリ&嬉しかった)、中部観光バスに同乗、海岸へ。明日が海開きということで、バス車中(雨だった)で、海水浴場開設に取り組んでいるボランティア団体の勝又三成さん(一般社団法人つながり)のお話を伺う。津波体験から海を恐れる子どもたちがいる。そりゃあそうですよね、中には津波が親を奪った子どもたちも。勝又さんはそんな子どもたちも巻き込んで、海開き準備のボランティア活動。彼の職業はダイバー。宮城県には未だ1272名の行方不明者。勝又さんは「宮城県行方不明者捜索チーム」を組織。他にダイビングで漁場の整備、海水浴場作りも。冬にはフィンランドからサンタクロースを呼んで、震災孤児たちにクリスマスプレゼントも。
7月19日の泊りは民宿・清観荘。夕食時には高橋さんご夫妻、自治会副会長の方々もご一緒。お刺身は富山と同じくらいおいしかった。途中で漁師ご夫妻も加わる。遅くまで話が弾む。僕は最近は9時には寝てるのですが、この夜は10時過ぎてもバッチリ^^。僕がラモス瑠偉に似てる、いやモアイだ、なんてことも話題に^^。漁師の方はあの日、船で沖に脱出、3日後戻られた。港に近づくにつれ緊張と恐怖はいかばかりだったでしょうね。幸いご家族は無事だったが、多くの方々が犠牲になり故郷には悲惨な津波の爪痕・・・。

7月20日(日)、7時朝食。僕はフリーマーケットを希望したので(別組はトマト農家・菊農家見学)、朝食後バスで平成の森仮設住宅へ。集会場にフリーマーケット用荷物を降ろして準備。8時前、フリマ開始。アップした写真、フリマの様子。今回は、食器・衣類・グッズの3部門。川渕映子さん(東北AID代表)がレジ係、永野さん・小林少年・僕が会場整理など。1時間半ほどで来客は40人くらいだったか。後で川渕さんの報告では1万6千円余の売り上げ。「被災地なんだからタダであげればいいじゃないか」って声も聞こえそうですが、そうじゃないんですね。これ、川渕さんの受け売りですが、フリマなので「買い物ごっこ」ができる(こういうのが楽しみなんですね、皆さんには)。自分のお金を使うことが大切なんですね。「久しぶりに買い物できた」って声もあった。
ボランティア団体がやっている「azumaare」でコーヒータイム。「集まれ」の東北訛りによる命名でしょうか。

バスに乗り、「南三陸町さんさん商店街」で昼食。「うに丼」が人気みたいですが(NHK『あまちゃん』もそうだった)、僕はウニはあまり好きじゃないし高いのでパス。デリカテッセンみたいな店で「ほたて焼き」「かつお焼き」「かきフライ」「かまぼこコロッケ」を買って計448円の昼食(安上がり~♪)。商店街のモアイ像の前で記念撮影。
防災センター跡に寄る。僕は昨年に続き2回目。遠藤未希さんのことはいつまでも語り継がれていくことでしょうね。ここ、どうやら残す方向で検討中みたいです。

帰りのバス車中、一人ずつ感想。「迷ってたけど、行ってよかった」というのが僕の素直な感想。川渕さんから、大和田新さん(「ラジオ福島」の名物アナウンサー)の「忘れないことが最大の支援」という言葉の紹介もあった。
夕食は国見ICで天ぷらそば。
予定より1時間以上早く、9時に岩瀬スポーツ公園。

僕は5年生存率が確か8%だったかなあ。これで3年生存をクリアしたが、来年、4年をクリアしていれば、「南三陸町サポーターズ バスツアー」にまた参加したい。
2011年という年は、3.11があり、僕は同年6月27日に手術した。メメント・モリ。大川小学校や遠藤さんのことを思うと神も仏もないものだと改めて思うが、それでもこうして自分が生きている(生かされている)ことをありがたいと思わなければならないでしょうね。
被災地は盛土が各所で見られた点が1年前と異なる風景だったが、まだまだ復興とは言えない。川渕さんがおっしゃってたが「シェアハウス」も選択肢として考えるべきでしょうね。東京オリンピックが復興の妨げになっていると思うと暗然とする。
by tiaokumura | 2014-07-20 09:30 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)