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2013年 01月 19日 ( 1 )

こんな授業・あんな授業(20)ヴィジター・セッション

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日本留学試験(年2回。6月と11月)が11月に、日本語能力試験(年2回。7月と12月)が12月に終ると、例年のことだが2年生クラス(翌年3月で卒業し、ほとんどが大学・大学院・専門学校に進学する)の出席率が低下する。日本語学校ってテストのためだけに存在するんじゃないのにねえ。もちろんそんな実情に手をこまねいているわけではなく、何とかそれを避けようと毎年各担当教師があれこれやってみてきたが、これという打開の決定打がない。昨年、当時の担当者の一人の粕谷謙治さん(非常勤講師)と相談してみた。打開策のポイントとしては①魅力ある授業作り、②クラスの垣根を取り払っての授業、③学生が主体的に関われる授業、の3点。粕谷さんを中心に昨年12月にスタートしたのが「シャッフル授業」。これはクラス構成員をシャッフルしての選択式の授業の謂いで「シャッフル授業」と命名。例えば、「方言」「ビジネス日本語」の2つのメニューを用意し学生が選ぶ、とか、氷見(ひみ。寒ぶりブランドで有名)遠足を学生が企画し準備し実行する、とか、「朝食」を切り口にアンケートをとったりネットで世界の朝食を調べたり食材を買出しして実際に朝食を作って教員・後輩に提供する、とか。昨年夏、代々木オリンピックセンターで行われた「日本語学校教育研究大会」で粕谷さんが発表しているので、当ブログご訪問者の中には彼のプレゼンを聞かれた方もおありかも。

ヴィジター・セッション」もシャッフル授業の一つ。日本語教育なんに^^カタカナ語が多くて恐縮だが、要は外部から招いての授業ということ。セッションとあるのは、ニュートラルというかフラットというか相互に対等な関係(学ぶと教えるの両作用)で創りあげるということを意味する。ジャムセッションの「セッション」ですね。日本語教師ってえのは、職業病というか、ついつい変な日本語になりがち。「生の日本人の生の日本語」^^のシャワーを浴びるのって効果絶大。ましてそれが同世代となると、その5分は僕の1時間の授業に匹敵するかも。
企画段階から学生が関わるといいのですが、今回(1月18日10時~12時半)はスタッフの中の徳橋陽子さん・粕谷謙治さんの2ルートで、富山大学人文学部2年生の8名(+社会人1名)のご参加を得た。アイスブレーク→軟らかいテーマ(「異性にモテるにはどうしたらいいか」など)→硬いテーマ(「イジメを失くすには」など)といった具合に進行したみたい。僕は他の執務中だった。挨拶を頼まれたので終了間際の12:25に教室に入り(アップした写真はその時のもの)、簡単に挨拶。①今そしてこれからが難しい日本にあって、君たちのような若者の行動力・価値観が大切、②「多文化共生」というが、欧米信仰・アジア蔑視のこれまでの世代と違って、皆さんにはフラットな関係を外国人と結んで欲しい、③日本語教育が他の教育と決定的に異なるのは、教師も学習者から多くを学ぶ点―それが日本語教育の魅力の一つであり、それがわからない・できない人は日本語教師には向かない、といったようなことを思いつきで^^エラソーに言った。「日本語教師になりたい人」って聞いたら3人が挙手してました。

ヴィジターのアンケートを見ると(まぁこういうのはだいたい上手なこと、お世辞を書きがちなものですが)、おおむね好評だったようである。

富山大学人文学部の皆さん、1月18日はありがとうございました。皆さんの人生の有意義な1シーンとして何かが皆さんに残ってたら嬉しいです。
皆さんは20歳なんでしょうね。ポール・ニザン(Paul Nizan1905-40)の言葉に、
僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知ることは辛いことだ。(ポール・ニザン『アデン・アラビア』篠田浩一郎・訳)
ってえのがあります。何となく、ですが、皆さんにお贈りします。
by tiaokumura | 2013-01-19 08:47 | 日本語教育 | Comments(6)