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2012年 10月 13日 ( 1 )

なんとかE組デビューができました(照)

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日本語学校の授業には2つのタイプがありそうだ。一つは
月=1限 語彙(山田) 2限・3限 主教材(鈴木) 4限 聴解(佐藤)
火=1限・2限 作文(中村) 3限・4限 主教材(鈴木)
水=1限 語彙(山田) 2限 会話(中村) 3限・4限 主教材(鈴木)
といった具合の「科目ごとに担当教師を割り振るやり方」で、こちらのタイプが日本語学校には圧倒的に多そうな気がする。僕が勤務する富山国際学院はこのタイプではなく、
月=1~4限(山田)
火=1~4限(鈴木)
水=1~4限(鈴木)
といった具合の「曜日別に一人の教師が担当する」タイプ。これら二つのタイプ、一長一短があって、どちらが絶対的にいいってもんでもないでしょうが、僕は日本語学校は富山国際学院しか経験がないので、学院型に慣れきっている。他の日本語学校に勤務するとなると最初はとまどうかもしれませんね。

何歳(いくつ)になっても何回やってもいくら経験年数が増えても、初授業は緊張する。不遜な比較だが、私が尊敬する寺本益英教授(関西学院大学)でさえ、「日本文化に親しみ、心を豊かにするお茶の話」という講演前のご心境を、
とても「お茶、どうぞ」という心境にはなれず、「お茶、もう結構」と思うほど、苦しんで、苦しんで、苦しみぬいて、当日を迎えました。
と述べておられる(ブログ「寺本益英の日記」2012年10月05日付)。

さて、今週、E組の授業デビューをした。
E組は2012年度10月新設のクラスで、中国・ネパール・ベトナム・カナダの多国籍クラスであり、漢字圏・非漢字圏混在クラスであり、留学生(留学ビザ)と聴講生(ビザは永住者・家族など)が混ざったクラス。学院はクラス授業は2人ないし3人体制をとっていて、E組は、月・火は須藤さん、水・木は僕、金は高木さんの3人体制で、僕が担任。10月9日(火)がスタート。初日は須藤さん担当日だが、3人揃い踏み。3人手分けしての初日は、自己紹介・授業ガイダンス・教室用語・学院生活注意事項・学院案内、チェックテスト(かなカナ+入門レベル+インタビュー)、数字・曜日・月日・時刻など。初日は、学生が安心して日本語学習を続けられる環境にあることが理解できればOKかな。

僕の日本語初授業は1989年頃になろうか。40代前半の遅いデビューである。当時富山YMCAに日本語教師養成講座があってそこでの教育実習だった。カナダ人カップルとインド人計3人の学生。「にほんごのきそ」が教科書だった。今とは違って教材は少なかった。「しんにほんごのきそ」も「みんなの日本語」も「JBP」もまだの時代。初授業では第5課だったか他動詞文(NをVます)を担当。妻に弁当を作ってもらって「~を食べます」をやった。「ジェニファーさんは毎朝何を食べますか」って聞いて「シリアルを食べます」との答え。その時恥ずかしながら「シリアル」が何か知らなかった。あれから4半世紀近くが経ちそれなりに経験を積み重ねて「授業力」は進歩しただろうが、「教師力」はどうだろう。ごまかす術(すべ)を身につけただけかもしれない。

アップした写真、僕のE組の教案授業記録。上述の人生初・日本語授業の教案は、当時ワープロを使っていて(悪筆の自分、塾をやってたので、ワープロの導入は早かった)、B4で台本みたいにして作り(ジョークを言う箇所も書きこんでいた^^)A3に拡大コピーして教室に持ち込んだ。授業時にちらちら見ながらだったので、学生には「この先生、大丈夫なんだろうか?」と疑問を抱かせたかもしれない。今はずるくなって、教案作成もずいぶん手抜きになっている。僕の場合(写真ご参照)カード式にして綴っておいて流れにそってめくっていく。今回の担当1日目であればカードには、「あいさつ・宿題回収・宿題返却(ひも)」「自己紹介 Aです。BのCから来ました。趣味はDです。どうぞよろしくお願いします」「五十音図ひらがな(リズム・拍感覚)・数字(300・600・800)・曜日・月日(4月・9月)・誕生日・時刻(4時・9時)」「聴解1(楽しく・第1課1)「大地・はじめましょう、単語・CD」「大地第1課、単語」「P=N PはNです」といったように、学習項目・使用教材・注意事項などが書いてある。
「授業記録」のほうは学院フォームがあるが、それ以外に自分用にA4の教案兼用のものを使っている。
担当にあたってはいつも「教師目標」も設定しているが、今回のE組では①教えすぎない、②自然な日本語、③メリハリのある授業、を目標にしている。

2011年6月17日(金)、当時担当していたC組の「最後の授業」。が発覚し翌週から入院だと学生に告げる。手術は6月27日(月)だった。45分×4の授業担当は1年4か月ぶりになる。僕は立って授業をするタイプで、やはり久しぶりということで4限目はきつかった。体力、末期癌前の4割減でしょうね。
新年度になって幸い入院は今のところはない。来週木曜日診察日でCT検査も。再発・転移があるかどうかわからないが、なんとかE組の授業担当、来年3月まで続けられるといいのだが。
教師であればどなたも経験則として「学生は1週間もあれば教師を見切るが、教師は学生を理解するのに半年はかかる」というような思いがあるのではないだろうか。僕が日本語教師を自称できるようになったのは富山国際学院に奉職して5年ほど経ってからだろうか。授業、とりわけ初授業で今でも緊張しまくっている自分が「教師としていかがなものか」と思う反面、そんな自分を「それでいいのだ」と肯定する自分もいる。楽しきかな、日本語教師人生、である。
by tiaokumura | 2012-10-13 14:59 | 職業としての日本語教師 | Comments(0)