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2011年 03月 31日 ( 1 )

仙台からの避難留学生、無事一時帰国の途に

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富山国際学院は3月14日が学習発表会、15日が卒業式だった。あれは確か16日午後、スタッフの一人のケータイに学生A君から「仙台の日本語学校の友だちが富山に避難してきた」との連絡。翌17日午前11時に、その学生を富山国際学院に連れてくるようにと指示。
17日、定刻通りに学院生A君とその友人の留学生B君が来る。B君によると、仙台から山形、さらに鶴岡・村上と出て新潟に入り、新潟から富山へとJRで避難してきたとのこと。日本人の僕でもその避難行、大変でしょうね。そこはイマドキなんでしょうね、A君がネットであれこれ調べ、B君にケータイでルートを教えていたみたい。若者の行動力に感服。B君の日本語学校にTELやFAXで、無事富山に来ていること・学院としてこういうことをしてあげようと思っているなどを伝える。富山国際学院は例年通りなら18日で終了し春休み入りなんですが、今冬は大雪休校が4日もあったので、3月24日まで授業(最終日は進級テスト)。B君には17日午後から授業に参加してもらうことにする。他に学院としてできることなどいくつか対処。
こういう経験、学院長2年生のボク^^、初めてですもんね、とりあえず自分の対処がこれでよかったのか不安もあったので、一段落したところで、丸山茂樹校長(I.C.NAGOYA)と上戸総務部長(日本語教育振興協会)に「かくかくしかじか」とTELで報告。日本全国には日本語学校が約450校あるんですが、あとで「火事場泥棒」とか非難されるのいやですもんね。お二方とも僕の対処、それでよかったとおっしゃっていただけ、一安心。
A君からもう一人避難学生がいて学院に連れて来たいという相談があったのは22日だったか。C君にもB君と同じように対処した。
仙台の日本語学校は、僕なんかの想像もできないような大変なご苦労なさった(今も続いている)ことでしょうね。向こうのトップと電話で話したら、4月18日再開とのことでした。それまで間があるので、B君・C君は一時帰国したいと言う。飛行機は今回の原発でチケット入手困難・飛行機代高騰のようですが、いつも海外出張で利用しているワールドトラベルサービス(富山市)の浅田さんが手際よく手配してくださって、3月30日の富山-大連が取れた。

アップした写真、富山空港で大連便搭乗前の左からA君・B君・C君と僕。肩を組み合いました(照)。僕の左手はガッツポーズのつもりで(激爆)、B君・C君に「東北は負けない!日本はあきらめない!困難にあって日本人は支え合う助け合う!」ってことを宣言しました。2人とも僕の気持ちがわかってくれたみたい。2人は仙台の日本語学校再開に間に合うように再入国します。仙台は魯迅が藤野先生と出逢った地でもある。前途有為な中国人留学生2人の、仙台での留学生活が実りあるものであることを切に希望したい。

15日の学院長式辞@卒業式では今回の大震災に式辞の半分近くを使い、次のようなことも話した。

私どもが今生活している現在の形の日本列島ができたのは、今から約1万3,000年から1万2,000年前と言われております。日本列島の歴史において今回のような巨大地震がかつて起こっているのかどうか私は存じませんが、今回のような大規模な地震・津波及びそれに伴う火災・原子力発電所の故障といった被災を経験するのは、私ども日本人の歴史において初めてです。「未曾有」という言葉があります。「これまでに一度もなかった」という意味の言葉です。日本国は今その未曾有の国難-国の困難-に直面しているのです。被害状況さえ明らかになっていない今、この後日本が復興するまでに何年かかるか全くわかりません。でも私たち日本人は決してあきらめません! 私たち日本人は決して負けません!
卒業生・修了生の皆さま。皆さまが留学生活を送られた日本には、昔から「困った時はお互い様」「助け合い」の精神があります。日本人は今、互いに持てるものを分かち合い助け合っております。皆さまはそのような情景の目撃者であります。どうか皆さまのご家族・ご友人・知人に、そのような日本国の懸命な姿をお伝え下さい。皆さまが留学生活を送られた日本は、皆さまにとって辛いこと・いやなこともおありだったでしょうが、皆さまが誇りに思っていい・素晴らしい国なのです。
このあとも日本国で留学生活を続けられる方々には、いろいろご不便をおかけすることもあるかと思いますが、皆さまがそれぞれに生活される場で、日本の復興にお力をお貸し下さい。

原発人災さえなければ・・・」と今誰もが思っているでしょうね。後方の安全地帯にどっぷり漬かっている僕がエラソーなことを言うようですが、首都圏がパニック状態になるようでは、外国から見て日本沈没が近いと思われてもしょうがないでしょうね。
「1~4号機を廃炉に」というニュースですが、ド素人なんで違ってるかもしれませんが、ここまでの事故対処って再稼動のためのそれだったんでしょうか。最初っから廃炉前提の処理しとく手ってなかったんだろうか。
富山は安心安全なのですが、それでも大連便、空港職員に聞くとちょっとした帰国ラッシュのようです。原発不安で帰国する中国人(や諸外国人)を僕(たち)は責めることはできない。うちの学生1名もどうしても親の不安が解消できないということで1か月の休学届を書いた上で帰国中です。
仙台からの避難留学生には、日本で見たこと・聞いたことを遠慮しないで中国で話してほしいと言っておきました。中国に限らず世界には今とんでもない噂・デマが乱れ飛んでいる(例えば中国では塩が放射能に効くとかで買いだめ行動が生じたとか。あるいは富士山が爆発するとか、首都圏が壊滅状態だとか)。彼らのおかげでそのような風評が少しでも減り、日本人がへこたれていないということが伝わってもらえると嬉しい。
2人は富山で不便な生活を送ったはずですが(仙台と違って「いなか」ですもんね^^)、それでも富山にいい印象を持ってくれたみたい。「いつか先生に会いにまた富山に来ます」と、まあたとえお世辞でもそう言ってくれたんで、日本人の一人として少しは責任が果たせたかと、日本人ジジイ、嬉しく&少しウルウル(照)。
by tiaokumura | 2011-03-31 20:20 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)