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2010年 06月 23日 ( 1 )

ヤァヤァヤァ! ウラジオストクの子どもたちがやって来た!

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(6月24日夜・記)
僕が「ウラジオストク」なる地名を知ったのは中学か高校のころかなぁ。帝国書院『復刻版地図帳 中学校社会科地図帳 昭和25年版』(平成18年11月20日発行)にウラジオストクは「ウラヂオストック」で載っています。余談になりますが、僕の最も古い記憶は昭和24(1949)年11月で、自宅の前で「弟が生まれた~」って叫んでいる光景。その弟も昨年めでたく還暦を迎えた。「ウラヂオストック」が載っている昭和25(1950)年は同時に、まだ「チョンホワ(中華)民国」「ハヌ(韓)民国」の時代です。60年前になります、昭和25年は。
おそらく「ウラヂオストック」表記で知った地名、「ウラヂオ+ストック」だとずっと思っていました。それが「ウラジ+オストク」だということを知ったのはつい数年前です(恥)。ウラジオストク(キリル表記Владивосток、英語表記Vladivostok、漢字表記符拉迪沃斯托克/浦塩斯徳、ハングル表記블라디보스토크/울라지보스또크)は、「ウラジ=所有する(possess)+オストク=東方(the East)」つまり「東方を所有する」という意味のようです。ロシア帝国にとってウラジオストクは、東方経営の要衝の地、対日本・中国・朝鮮にとって地政学的に重要な位置、閉ざされた西方に対してロシアの貴重な不凍港だったのでしょうね。

話は一気に現在に飛びます^^。ウラジオストクに「ビクトリアクラブ」というのがあります。ウラジオストクの子どもたちの放課後の市中のクラブになるのでしょうね。そこでは英語やPCや日本語などが教えられている。かれこれ10年ほど前からになるでしょうか、ビクトリアクラブの子どもたちが夏休みを利用して富山国際学院で集中日本語研修。昨年は都合でなかったのですが、今年も子どもたちがやって来ました。これまでは富山県伏木港に入港する「ルーシー号」での来日だったのですが、例のロシア政府の関税の影響で中古車のロシア輸出が激減し、定期航路の「ルーシー号」は廃止。今回は新潟入りでした。
このプロジェクト、ロシア関係には強いスタッフの増山満美子さんがチーフで僕はサブ的な立場(今回は授業は担当しない)。子どもたちに事故事件トラブルがないよう気をつけ、いったん事件事故トラブルが発生したら直ちに出動^^ってぇな役回りです。子どもたちには僕の名刺を渡してケータイ番号も教えてある。約3週間、24時間ケータイチェックってぇ体制です。スーツが苦手なんですが、イザという時のために期間中は富山国際学院のロッカーにスーツを常備しておきます^^。スーパーマンならぬ「スーパージジイ」になれりゃぁいいのですが、無理でしょうね(激爆)。
日本人の子どもが駐車場でハンバーガーを食べてても、あるいは公園を手をつないで歩いていても、あるいは自転車でちょっと飛ばしていても、あるいは9時近くに夕涼みをしていても、あるいは10時頃塾から帰るところでも、それらは「ほほえましい」光景なんでしょうが、ロシア人の子どもたちの場合はそうはならない。学院や僕のケータイに通報がきたり、警察沙汰になったり、日本人の怒声が響いたりする。そのことを批判する立場には僕はありませんが、子どもたちの「危機」にはきちんと対応したいと思う。

子どもたちは7年生~10年生。日本風に言えば中1から高1に相当するでしょうか。
もし皆様が彼ら・彼女らを見かけられたら、「おはよう~」とか「富山はどう?」とか「日本語の勉強、むずかしい?」とか声をかけていただけると嬉しいです。もちろん悪いことをしてたら叱ってやってください。
彼ら・彼女らには狭い意味の日本語学習だけではなく、いろんな体験(謡・おわら・茶の湯・学校訪問・書道・七夕・プラネタリウム・街中探検などなど)もさせてやりたい。
滅びの道を歩みつつある日本にとって、彼ら・彼女らは貴重な存在ではないでしょうか。僕は富山国際学院の利害からそう言っているのではなく、日本の将来にとって彼ら・彼女らは貴重な財産になると確信する。
by tiaokumura | 2010-06-23 12:36 | 日本語教育 | Comments(0)