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2009年 09月 19日 ( 1 )

小西弘通先生「富山”観世塾”」9月例会

バッハにしてもフェルメールにしても、安藤昌益・伊藤若冲・金子みすゞらにしても、生前から今に到るまでずーっと「有名人」だったとうっかり勘違いしてしまいますが、実はそんなことはないのですね。ダ・ヴィンチやモーツアルトらと違って、ある時期は「知る人ぞ知る」「忘れられた存在」「歴史に埋もれた人」だった。世阿弥元清(1363?-1443?)もそういうところがある。岩波書店『図書』の今月号、竹本幹夫「世阿弥発見百年に思う-吉田東伍と坪内逍遥」(同誌pp.18-21)にあるように
吉田東伍(1864-1918)が『能楽古典 世阿弥十六部集』を上梓し、能の大成者世阿弥の存在が世間周知の歴史的事実となったのは、今からちょうど百年前の明治42年(1909)2月であった。(同p.18。原文縦書き。漢数字の一部は算用数字に改めて引用)
なのです。吉田東伍は私たちが『大日本地名辞書』でお世話になっていますが、世阿弥でも業績がある方なんですね。余談ですが、吉田が現在流通の地名を知ったらさぞかし嘆くことでしょうね。東京はかなり前から由緒ある地名がなくなっている。平成の大合併・限界集落化で多くの歴史ある地名が抹殺の憂き目にあっていることでしょうね。
竹本(中世文学)の同記事には小西甚一も登場する。中国文学・外国語に通暁し、上代から三島由紀夫までカヴァーした、国文学界最後の碩学とも言うべき小西甚一。2007年5月26日91歳でご逝去。僕は大学時代、小西先生のご講義を受けており(もちろん怠慢な学生であった)、竹本の文章にも出てくる野上豊一郎・能勢朝次(小西は東京高等師範・文理科大学で能勢の教え子)・表章・横道萬里雄といった名前は、先生のご講義を通じて知った。
今回の竹本の文章では、「専門化・細分化することにより、研究が非常に難解で、その存在意義を明らかにしにくい状況に陥っている」(p.21)という人文科学の危機に対する卓見が見られる。「多くの点で常に発見のあった、かつての文学研究の発祥期とは異なり、今や新しい作品は出尽くしたかの観のある現代ならではの、文学研究の課題なのではなかろうか。」(p.21)。

本日、9月の小西弘通先生「富山”観世塾”」を受講。12:45頃富山能楽堂入り。和室で先生にご挨拶。横に女性の方がおられ、先生からご紹介いただいた。豊島(とよしま)まゆみさんという方。小西師の「弘諷社」の会員の方のようで、明日高岡市で『班女』仕舞をなさるそうです。豊島さんはこのブログのこともご存知で照れくさかった^^。
前回は空いていなかった冨崎茂樹さん(いつもいろいろ教わっている方)の横が今回はあいていてラッキー♪^^。
今日は始めに豊島さんによる能ガイダンス。ど素人のボクには「目から鱗」がいっぱいのレクチャーでした。
今月は『花月』『花筺』『鵜飼』の3曲。『花月』『花筺』は世阿弥作、『鵜飼』は世阿弥改作。今日の小西先生は、「花月」「照日の前」「尉・閻魔大王(小西先生によると「閻魔大王」じゃなくって「地獄の使者」だそうです)。毎回書いていることですが、こうやって役を演じ分けられる(謡い分けられる)のは至芸です。「ハムレット」と「ジュリエット」と「マクベス」を一人でやるようなもんです(激爆)。

『花月』は『弱法師』と同じく父子再会ストーリー。←こんなふうにさらっと書けるようになったボク、能の世界が少しわかってきたんかも(嘘爆)。大成版3丁ウ「来し方より~寝られね」は聴いてるだけでクラクラする、超絶技巧な^^メロディーです。曲が終わって小西先生がその箇所(小歌)をもう一度取り上げられたのですが、それを伺っていてリズム感ってずいぶん必要なんだなぁと思った。謡は音感の乏しい僕には難しすぎかもしれない。いつになったらこういう曲にチャレンジできるんでしょうね(『花月』は3級の曲)。
『花筺(はながたみ)』。越前にいた男大迹皇子(オヲアトベのヲオジ)が皇位を継ぐことになった(継体天皇)。アホなことを言いますが^^天皇さんって不便な身分なんですね、皇子は愛する「照日の前」を越前に置いて都へ行かなければならなかった。休憩時間に小西先生に「天皇の不便」について話したら笑われました(爆)。皇子への思慕の念やまぬ照日の前はやがて上京。彼女は天皇の側近くまで行くも、二人の愛の証の「花筺」は無残にも地面に落とされる。「お懐かしや恋しや」とかきくどき泣き叫ぶ彼女(「狂女」)。その想いが少し通じ、天皇の許に更に近付ける(ワキ「・・・御車ちかう参りていかにも面白う狂うて舞ひ遊びそうらへ」)。反魂香の例を引いて愛の深さを訴える照日の前。ついに天皇も気が付くんですね、「花筺・照日の前」に。
『鵜飼』。ワキは「安房の清澄より出でたる僧」。「安房の清澄の僧」とくれば日蓮です。こうして日蓮を取り上げた世阿弥(日蓮とは約150年の隔たりがある)ですが、真宗門徒の僕としては、「世阿弥と親鸞」の関係が気になるところです。どうなんでしょうね。いつか小西先生に伺ってみよう。もしかしたら、「観世」と「浄土真宗」とはあまり重ならないのかもしれない。『鵜飼』は『善知鳥(うとう)』みたいなモチーフです。

来月は『菊慈童』『松風』『紅葉狩』の3曲ですが、残念!、海外出張とカブって僕は欠席(泣)。次回の受講は11月になります。
by tiaokumura | 2009-09-19 20:59 | 謡を習う | Comments(2)