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2009年 07月 24日 ( 1 )

明日7月25日は古賀政男31回忌

昭和歌謡曲界の巨星古賀政男さんが亡くなられて明日で31年になる。
古賀政男は1904年11月18日、福岡県田口村に生を享ける。7歳で父を亡くした正夫(本名)は、朝鮮半島(韓半島)に渡り、その多感な少年時代を過ごす。仁川で京城(現ソウル)で、正夫はきっと朝鮮半島の風景や時に激しく時に哀しい朝鮮音楽の影響を受けているのでしょうね。古賀が大正琴マンドリンに出会ったのは朝鮮時代です。京城で学校を終えた正夫は、帰国し大阪で働いたあと上京し明治大学に入学。明治大学マンドリン倶楽部で活動し、卒業後は日本コロムビア入社。作曲家デビュー後、1931年『丘を越えて』『酒は涙か溜息か』、1932年『影を慕いて』などが次々とヒット。戦争責任を問われた音楽家が何人もいた中で古賀は、戦前戦後と多くのヒット曲を飛ばす。いわゆる「古賀メロディー」は5000曲にも上るそうです。50年弱の作曲家活動ですから、年平均100曲近い。
ちゃんとした「古賀政男伝記」ってあるんでしょうか。古賀の作曲家としての才能はどのようにして磨かれたんでしょうね。
「古賀メロディー・僕のベスト10」を選ぼうと思ったのですが、数多い曲から選抜するのは無理。そこでまず、戦前戦後各7曲選んでみる。リリース順で歌手も併記。本当なら作詞家も書くべきですが調べ切れないのでカットします。ご容赦を。
<戦前>①丘を越えて(昭和6年1931藤山一郎) ②影を慕いて(1932藤山) ③サーカスの唄(1933松平晃) ④東京ラプソディ(1936藤山) ⑤人生の並木道(1937ディックミネ) ⑥人生劇場(1938楠木繁夫) ⑦誰か故郷を想はざる(1940霧島昇)
<戦後>①湯の町エレジー(1948近江俊郎) ②三百六十五夜(1948霧島・松原操) ③ゲイシャ・ワルツ(1952神楽坂はん子) ④無法松の一生(1958村田英雄) ⑤柔(1964美空ひばり) ⑥悲しい酒(1966美空) ⑦浜昼顔(昭和49年1974五木ひろし)
以上14曲を基に僕が選んだ「古賀メロディーベスト3」を、YouTubeの映像で以下にお送りします。55歳以上じゃないと琴線に触れてこないでしょうが、どうぞ古賀政男の世界をご堪能ください。
古賀政男、昭和53(1978)年7月25日永眠。享年73歳。

人生劇場:作詞佐藤惣之助、歌楠木繁夫(昭和13年1938)・村田英雄(昭和34年1959)

高校生の頃、尾崎士郎『人生劇場』とこの曲で早稲田大学政経学部に入りたいと思った。私学に進学できるような家庭じゃなかったので断念。映像中の古賀(71歳)の涙、感動します。伴奏を無視した村田御大の歌いっぷりはちょっと笑っちゃいますが^^、『人生劇場』の戦後リヴァイヴァルは村田の功績大でしょうね。映画『人生劇場 飛車角』(1963年。監督・沢島忠、飛車角・鶴田浩二、宮川・高倉健)も名画です。

ゲイシャ・ワルツ:作詞西条八十、歌神楽坂はん子(昭和27年1952)

僕が小学生の頃の歌謡曲。「体は売っても心は売らぬ」芸者魂、なんとなく隆信少年にもわかったんでしょうね。もう一つ、男女の性愛もこの曲に感じ取ったのかもしれない。意外に思われるかもしれませんが大好きな曲です。この映像のはん子お姐さんは、今で言う「アラフォー」です。お色気にぞくぞくっと来ますね^^。

浜昼顔:作詞寺山修司、歌五木ひろし(昭和49年1974)

古賀晩年のヒット曲。佐藤惣之助にしても西条八十にしても寺山修司にしても、古賀はずいぶんすごい作詞家と組んでいる。寺山との場合、コンビを組むまでにどんな経緯があったんでしょうね。興味深いところです。なお古賀とは関連しませんが、『時には母のない子のように』(カルメン・マキ)は1969年、寺山の没年は1983年です。
by tiaokumura | 2009-07-24 19:01 | 音楽 | Comments(4)