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2008年 08月 08日 ( 1 )

増田ユリヤ『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)

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増田ユリヤ(1964-。國学院大卒、高校の世界史・日本史教師でありかつ教育ジャーナリスト)
教育立国フィンランド流 教師の育て方
岩波書店
2008年7月30日 第1刷
1600円+税

フィンランドが「学力世界一」で、対して日本はどんどん「学力」が世界ランクを下げ続けているってことで、ずいぶん話題になりましたよネ。「学力」っていったい何なんだ、共時的な学力比較にどの程度の意味があるのか(教育は人間教育なんで、「(被教育者の)棺を覆うて初めてその成果がわかる」ってところも、絶対、ある)、個々の児童生徒は捨象して平均(あるいは総合)して比較するのは乱暴なんじゃないか、といった疑問がたちまち僕なんかにはもたげるのですが、まぁ、とりあえず「フィンランドは日本より学力が上だ」ってことは、世界(とりわけわが日本国国民の^^)共通理解なんでしょうね。
教育(効果)は、指導要領(それに基づいた教科書)・コースデザイン・シラバス・教授法・施設設備・教育投資額などが絡まって成り立つのだけど、なんといっても「教師力」でしょうね。戦前の日本が「軍国少年少女」を生み出したのも、あれやこれやの要因があったにしても、結局は当時現場にあった教師たちの「力」に拠る。
結果としての「学力世界一」には僕はほとんど興味はないので、本書は「教師の育て方」というタイトルに引かれて注文した。「学力世界一」と「軍国少年少女」、時代は違いますが、彼我の「教師」の差は奈辺にあるのだろうかという関心。
終章」から読んで(こういう読書法は邪道であり、著者にとって嫌味かもしれませんが、僕はときどきしてます)
この(フィンランドのー奥村注)「平等の教育」を目指す姿勢は、実はかつての日本の姿でもある。戦後、全ての国民が義務教育を受ける権利を得た日本では、誰もが学校に通えるようになった。さまざまな子どもたちが同じ教室に学び、勉強のできる子ができない子に教えてあげたり、放課後に先生が補習をしてくれる光景も当たり前のようにあった。そうして身につけた力が今日の日本をつくりあげたのは紛れもない事実である。(同書p197)
を読んで「全くその通りだ」と思った。僕もしばらく前まで私塾をやってたのだけれど、僕が小学生・中学生の頃は(都会はいざ知らず富山のような地方には)学習塾は皆無。それでも「落ちこぼれ」「不登校」はほとんどいなかったかゼロ。

以下、受け取られようによっては八つ当たり気味の発言になるのですが、日本の教育の全ての悪の根源は、「東京大学」を最上級と位置づける受験ヒエラルキーにあると思う。もっと言うと、東大の、とりわけ文系教官の「バカさ」が、今の日本の教育をダメにしていると思う。彼ら・彼女らのどこがバカか。
①彼ら・彼女らは、難しいことを難しく言っているだけである。東大教官がわが家に来て80代の両親に彼らの「思想」や「学説」をわかるように説明できるだろうか。「教師力」がないのである。
既得権に安住している。教授クラスで1千万円くらいは給料をもらっているだろう(違ってたらごめんなさい)。そして、著書・講演・公的諮問機関の委員等で、それに匹敵する副収入もあるだろう(違ってたらごめんなさい)。で、そのような安定した地位を擲って、例えばプリンストン大学の教員職を目指した教官はいるのだろうか。あるいは、己の学問の良心を守るために、地方国立大や私大あるいは在野に異動した教官は何人くらいいるのだろうか。
③語学の才能や先を読むずるがしこさに長けた彼ら・彼女らは、人よりもいち早く欧米の先進的成果をキャッチし、そこにちょっとだけ「オリジナリティ」をまぶして、「どうだ、わかるか!」ってな調子で世に(決して海外にではなく、日本国に向けて^^)発表する。理系はアカデミック文法・術語が世界標準なのでそんな「離れ業」はほとんど不可能なのだけど、文系の場合はそんな器用なことができるのである。東大文系教官で、3分の1以上が独創=オリジナリティって方、何人いるんだろう。
④他の国立大や私立大の教官とハンディなしの勝負をして、果たして何人くらい生き残れる力量があるのだろうか。
⑤「東大教官」の肩書を見せないで、地方にどの程度お呼ばれできる「発信力」があるのだろうか。
血税の無駄遣い。今の地位・水準を保てているのが、国民の税金のおかげであるという「感謝」の気持ち・「自覚」がほとんど(または、あまり)ない。研究費、自分で稼げるのだろうか。
まあ、こういったところでしょうか、「東大文系教官のほとんど=バカ」説の根拠。
一方、東大進学者は進学するまでは真に「エリート」だと思う。ラサール・麻布・開成・筑駒・桜蔭・東大寺学園などや復権を果たしつつある日比谷、地方の公立高校出身など、超高校級のエリートであることは間違いない。だがそんな彼ら・彼女らも、上述教官たちにスポイルされ洗脳され、官僚になって日本の進路をあやまたせる者、研究職に進んで上述教官の負の拡大生産する者など。東大に踏みとどまって内部改革を試みてほしい人材(人財)は、東大を見限って海外に頭脳流出・・・。
途中を省略して性急な結論になるが、東京大学を壊さない限り日本の教育の展望は開けない、と言うのが僕の持論です。

フィンランドは、フィンランド語の通称で「スオミ」ということを、五木寛之(1932-)の本で70年代頃か知った。東の隣国ロシアに蹂躙され、西のスウェーデンとは「不凍港」(フィンランドにはないのだろう)を求めてしたくもない妥協を重ね、北のノルウェーも大国。必死で周辺国からの自主自立独立を模索する、つまり地政学上の圧倒的不利が否めない国、そんなイメージの国です、僕にとってのフィンランドは。他にはヘルシンキオリンピック、ジャン・シベリウス、スプートニクス(エレキバンド)の『霧のカレリア』(サビ部分にロシア民謡「トロイカ」が入る。YouTubeではこちら。五木に同名の小説があり、僕はそこで「スオミ」を知ったんだと思う)、徴兵制、ムーミン(は違う?)など。

増田ユリヤ『教育立国フィンランド流 教師の育て方』、今日博文堂さんから届いたので、まだ読んでいないのですが、紹介に値する本だという予感がして今日のブログで取り上げました。っても周辺雑感ばっかだったけんど(大汗)。ご興味がある方はお読みになってください。

(大急ぎ^^での追記)
東大文系教官の皆様。「名誉毀損」で訴えないでね^^。あなたはきっと少数派=例外。
by tiaokumura | 2008-08-08 19:44 | | Comments(0)