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2008年 08月 07日 ( 1 )

「一生懸命のすばらしさ」考

富山国際学院夏休み中。今のところ学院生諸君、事故事件トラブル等とてなく平穏無事な日々。油断禁物っすけどね(爆)。
5人のスタッフで休み中、土・日・お盆休みを除き2人ずつ学院に詰めるってぇことで、僕は4日間担当。今日がその2日目で、昨日に続き学院長の岸井さんとのコンビ。彼女に仕事の指示を受けたり、やりかけの仕事を片付けたり、机周りの整理整頓。岸井さんは今日は午前・午後とグループレッスンご担当されてて、実に精力的な仕事振り。それに引き換えワタクシはのんびり時々仕事(恥)。
今日一番一生懸命にやったのは、机周りの整理整頓。学院は教員室がある。これ、当たり前かと思ってたのですが、日本語教育関係者が来校されて「教員室」があることにけっこう驚かれる。およそ教育機関にとって「教師(人的資源)は命」だと思うけど、教員室ってのがない教育機関、意外とあるのかもしれませんね。僕もこれで「非常勤講師」として3つの大学・2つの高専・いくつかの企業や自治体などに出張授業経験ありますが、「教員室」はともかく確かに「講師控室」って学校によって「温度差」があります。某校では「すみませんが、こちらでご準備ください」って「理科準備室」に案内されたことがある。ま、プロってぇものは「常在戦場&ここがロドス島だ」精神で腕を振るえるようにしとかんならんので(有言不実行だけんど^^)、そのときも「恐れ入ります」と事務の方に感謝して入室させていただいた。でも・・・人体骸骨(もちろん模型^^)と一緒でビビりやした。あと化学薬品の臭いも(爆)。僕、中学5教科の中では「理科」、苦手科目なんっす。
「教員室」の話でした(汗)。学院の教員室はスタッフ用デスクが「6+1」。「6」は接していて「1」は離れた位置にあり、僕のデスクはその「1」。手狭な上に散らかし放題だった僕のデスク、今日、かなり整理しました。辰巳渚(1965-。『「捨てる!」技術』など)じゃないけど^^、紙媒体資料類、バッサバッサと捨てまくる。「未決」「NPO・国際交流関係など」「教務・B組関係など」の3つの箱に収納。

午後、整理整頓のメドがほぼ立ったのでコーヒータイム。学院でもコクテール堂のコーヒー愛飲しています。こちらは布ドリップじゃなくコーヒーメーカーですが。コーヒー飲んでたらTELが入った。岸井さんは授業中なので、残った僕の大切な仕事が電話当番。ボク、常勤生活がまだ4ヶ月なので、正直言うと電話は苦手。「ガキ」じゃないのだから何とか自分で対応と思ってますが、電話業務マスターできるまでまだあと半年はかかるでしょうね。
僕「はい、富山国際学院です」
若い男性「あのー、そちらで日本語を教えてるんですよね」
僕「はい。私も日本語教師の一人です。奥村と申します」
明らかに日本語母語話者なので、彼の日本語非母語話者の友人知人関係でうちで日本語を習いたい方がいるのかとはじめ思ったが、どうもそうではない。
彼「日本語を教えてもらいたいのですが」
僕「はい(でも、質問の意図がイマイチ汲み取れない)」
彼「『一生懸命の素晴らしさ』なんですが・・・」
僕「はい・・・」
「一所懸命」についての質問でもないみたい。
電話帳で調べて学院に電話されてきた彼の疑問を整理すると
一生懸命のすばらしさ」の①意味がよくわからない。②「『一生懸命』+『の』」の結びつきがおかしい。③「すばらしい=立派」なのではないか。
あたりに集約できた。日本語授業でもそうですが、相手が自分の質問自体がよくわかってない(無自覚)あるいはうまく表現できないってことは多いので、こうやって質問内容を整理するのは、教える点で有効です。
確かに「一生懸命のすばらしさ」は座りが悪いかもしれないが(「一生懸命さのすばらしさ」と比較)、糸井重里(1948-)あたりからだろうか、動詞や形容詞・副詞などを「名詞」として使うのが現代日本語の言語現象の一つになっている。「一生懸命」を話者は「すばらしい」と評価してこの表現になったのではないだろうか。
意味論、形態論、文法、語用論、正用・誤用・非用、通時・共時など、モチロンそういう専門用語をストレートに使ってじゃないのですが、「一生懸命のすばらしさ」について説明してあげた。彼がこの表現をラジオで聞いたとか言うので、ちょうど今、夏の甲子園真っ盛りなので、高校野球を例にしての説明もした。高校球児が一生懸命に白球を追う。その「一生懸命プレーすること」が「すばらしい」という評価に結びついて、それでその人は「一生懸命のすばらしさ」と表現した。
電話、10分・15分と続く。僕の説明が悪かったのか、あるいは彼がよっぽどヒマなのか(嘘爆)、あるいはまた彼がもっと僕と話したかったのか(違うでしょうね)ーいずれにしても電話は続く。20分くらい経ったように感じたので、
僕「すみません。うちの学校、電話は1台しかなく、他の方からも電話あるかもしれません。それに私はやり残した業務もたくさんありますので・・・」
と申し上げて電話を終えた。

う~ん、どうなんでしょうねぇ。「一生懸命のすばらしさ」って日本語として変なんでしょうか。彼が悩んだように「意味不明」の表現なんでしょうか。

僕は明日・来週月曜日と残り2日出勤。今日電話いただいた○△×さん(苗字は3音の方・27歳)、もしこのブログお読みになってたら、折りを見てまたお電話下さい。

今年7月14日に惜しくも亡くなられた大野晋先生(1919-2008)の国語教師時代のエピソードにこういうのがある。大野先生が「『恋ふ』の命令形は『恋ひよ』です」と説明されたのに対して、1人の女子学生が「先生、『恋ひよ』という命令は成り立つのでしょうか」と質問したそうである。つまり彼女は「恋をすることを誰も命令はできないはずだ」と考えたのですね。このエピソードは2008年7月15日付・読売新聞『編集手帳』にも出てきます。あるいはまた、山田孝雄(1875-1958。富山市出身。今年が没後50年、祥月命日は11月20日)が旧制中学で国語を教えていた時、1人の中学生に「『ハ』と『ガ』はどう違うのですか」と質問され教壇で立ち往生した。そしてその経験が「山田文法」へとつながる、というエピソード。
僕も、今日の○△×さんの貴重な質問でやがて「偉大な日本語教師」に・・・なりませんよね、ボクなんかじゃ(激爆)。
by tiaokumura | 2008-08-07 21:11 | 言の葉つれづれ | Comments(8)