2008年 05月 23日 ( 1 )

惣万佳代子「わが半生の記 越中人の系譜」(北日本新聞)

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もうかれこれ8年ほど前になるか。その頃僕は「サンフォルテ フェスティバル」の実行委員をボランティアでやっていた。このフェスティバルは男女共同参画社会実現がテーマのイベントで、実行委員は10人くらい。月1くらいのペースで集まり約1年間の活動。実行委員は「シンポジウム」も企画し、その人選・交渉などもした。シンポジウム当日、パネリストの惣万佳代子さん竹嶋身和子さん(韓国雑貨「チング」店主。先日、北日本新聞にご結婚報道記事が出てた)・相本芳彦さん(KNBの人気アナ)、コーディネーターの浅生幸子さん(当時は大学非常勤講師だったか。現在は富山市議)が集まって事前準備をなさってるのを見て、僕はずいぶん感動してじーんと来たのを今でもよく覚えている。シンポジウムメンバーの人選・交渉、僕はずいぶん力を入れてたんですね。僕にとっては、このメンバー、松坂・イチロー・松井秀喜・福留が集まったようなもんだったんです(←ようわからん比喩かもしれん^^)。
惣万佳代子さんのシンポジウムのご発言で今でもよく覚えていることが一つある。惣万さんの名や彼女の始められた「富山型デイサービス」が世間に知られ始めた頃、彼女はある社長から「惣万ちゃ、女にしとくがもったいない」と言われた。その社長にしてみれば、惣万さんの力量を高く買って「女にしておくのはもったいない人材だ。男だったらもっとすごいことができるだろう」くらいの意味で言ったのでしょうが、当のご本人にはカチンと来た。「わたし、別に男になりたいとちゃ思わんが。女であることで、とても幸せだちゃ」(これは正確な引用ではないが)と思ったそうな。そりゃそうですよネ。なお富山弁わからない方もおられるでしょうが、僕にとって「惣万さん=富山弁」なので引用も富山弁にしました。
北日本新聞(富山県内の有力紙)の「わが半生の記 越中人の系譜」シリーズ、5月23日からは惣万佳代子さん。かつて高野悦子さんも執筆された(このブログこちらでご紹介)シリーズです。全15回くらいの連載か。惣万さんの前は山下節子さんで、山下さんは僕がサンフォルテでボランティアをやってたときの館長。年度をまたいでいて山下さんは館長交代で途中で辞められましたが、何度かお会いして激励・感謝されました。このシリーズで山下さんの次が惣万さんっての、僕には不思議な感じがします。また、このブログの5月14日阪井由佳子さんを取り上げたとき惣万佳代子さんについても書いてるので、これもまた不思議な縁を感じる。なお、惣万さんの「このゆびとーまれ」、阪井さんの「にぎやか」、共に右の「リンク集」にリンクを貼ってあります。ご関心のある方はアクセスを。

さて、今回の「わが半生の記」、今日5月23日で連載5回目終了。
惣万佳代子さんは今や「全国区」でしょうが、ご存じない方のために連載第1回の執筆者紹介から以下引用。
そうまん・かよこ 昭和26年生地町(現黒部市)生まれ。富山赤十字高等看護学院卒。48年から富山赤十字病院に看護師として勤務。退職し、平成5年、看護師仲間と富山市富岡町で民営デイケアハウス「このゆびとーまれ」を開所、子ども、お年寄り、障害者が一つ屋根の下で過ごす「富山型デイサービス」を始める。11年県内初のNPO法人となる。富山ケアネットワーク会長、託老所・グループホーム全国ネットワーク代表世話人を務めている。
「このゆびとーまれ」で僕がずっと疑問に思ってることが一つ。当初はその表記が「このゆびと~まれ」だったように記憶してるんですが、いつの間にか「このゆびとーまれ」になっている。僕の記憶間違いかなぁ。どうでもいいことですが^^。
この連載、毎回惣万佳代子さんらしいエピソードが出てきます。全部終了したら、そのあたりも含めてもう一度このブログで取り上げます。
今日は滑川高校生時代の話だった。この後、日赤看護婦時代、「このゆびとーまれ」の立ち上げ、秋篠宮夫妻(皇太子夫妻だったか)の「このゆびとーまれ」訪問、全国各地での講演活動、「にぎやか」を初めとする「富山型デイサービス」の広がり・・・などと続くのではないでしょうか。続きを読むのがとても楽しみです。
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by tiaokumura | 2008-05-23 18:28 | NPO | Comments(0)