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モディリアーニ展、GRACIANIなど(前編)

9月6日(土)・7日(日)と1泊2日の大阪・神戸旅行。
6日、サンダーバード18号大阪着12:37。大阪でおいしいうどんを食べようとうろうろ探してたら「吉兆」発見。

吉兆(大丸梅田店)
あんなことがあって「吉兆」はずいぶんイメージダウンしてしまいましたが、僕なんかには吉兆は吉兆、憧れ。湯木貞一(1901-97)は、北大路魯山人(1883-1959)、辻静雄(1933-93)、村上信夫(1921-2005)と並んで「四天王」と勝手に思ってます。どの方も今は故人ですが、生前1回でもこの方たちの関係するお料理を味わってみたかったものです。松花堂弁当なら食べたことあるけど^^。
湯木貞一は、僕の20代の頃になるでしょうか、花森安治の『暮しの手帖』での連載「吉兆つれづればなし」(花森による聞き書きスタイル)で知りました。あれから40年近い歳月が流れ、自分があの頃の湯木翁に近い年齢になってやっと「吉兆」で食事ができる(ってもランチですが^^)というのは、いささか感慨深いものがあります。
テーブル席と個室、合わせて50席くらいのお店でしょうか。「季節点心」と生ビール。
食事してても、ボクって根がいやしいんでしょうね、意地悪く味を吟味したりサービスをチェックしたりしてしまいますが、そういう下司な振る舞いを凛として拒絶するおいしさ・器・おもてなしでした。さすが吉兆ですね。レジで支払いをしてたら、「船場吉兆とは無関係だ」というような意味の掲示がありました。そうなんですよね、ここも「被害者」と言えるんですよね。「吉兆・大丸梅田店」は本吉兆(長男)の系列のようです。
「吉兆で食事してきた」って言っても誰も信じないかもしれないんで、「KITCHO」の紙袋入りのつまようじを2本もらってきました(激爆)。

モディリアーニ展
「吉兆」を出て西梅田から地下鉄四つ葉線に乗り一つ目の「肥後橋」で下車。炎天下(暑かった)、歩くこと約10分。やがて前方に「大阪市立科学館」が見え、その右に「国立国際美術館」。「モディリアーニ展」の会場。
今回の旅の目的の一つがこれ。岩波書店のPR誌『図書』9月号の裏表紙(丸善やバーバリーの宣伝がよく載ってるページ)にもこの展覧会の広告、載ってました。
20代で初めて観て、モディリアーニ展はこれで3回目かなぁ。人気のある画家なんで5年に1回くらいは日本国内で展覧会やっていそうな感じ。
4章構成の展示。Ⅰ章「プリミティヴィスムの発見」、Ⅱ章「実験的段階への移行」、Ⅲ章「過渡期の時代」、Ⅳ章「仮面からトーテム風の肖像画へ」。
今回の展覧会は、モディリアーニとプリミティブ美術との出会い及びその影響下の作品群(「カリアティッド」)が目玉なんでしょうね。確かに僕たちが知っている「モディリアーニ」になるまでに、彼は「カリアティッド」時代(1910-14年頃。今回の展示ではⅡ章)を経ているというのが、今回の展覧会を観てよくわかる。ピカソだって「ピカソ」になるまでに膨大な量のデッサンをこなしている。モディリアーニやピカソなどの画家におけるそういうプロセスは、我々が母胎にあって「生命史」をたどるのと似ているのかもしれない。それにしても、あのまま「カリアティッド」からフォーヴィスムやキュビスムに走ってもよかっただろうに、モディリアーニがそうならずに「モディリアーニ」になったのは何故なんでしょうね。そのあたり(既に解明されてるのでしょうが)考えてみる価値があるかもしれません。
カタログ、ポストカード数葉(「ピエール=エドゥアール・バラノフスキ」がいい)、トートバッグ(黒地にモディリアーニの文・サイン入り)を買う。ジェラール・フィリップ(1922-59)の『モンパルナスの灯』(ジャック・ベッケル監督。1958年)も期間中上演されてたようです。昔観たのでウロ覚えですが、モディリアーニの死を知った画商が「これで彼の絵が高く売れる」とほくそえむシーンが印象に残っている。ゴッホもそうだけど、没後になってようやく評価が高まった多くの画家たちのことを思うと、村上隆や奈良美智、悪いとは言わないけど^^、時代もずいぶん変わったもんだなぁと思う。「運も実力のうち」なんだろうけど。
by tiaokumura | 2008-09-08 21:55 | 美術 | Comments(4)
Commented by 哲ちゃん at 2008-09-09 18:49 x
湯木貞一の『暮しの手帖』連載は,その後,『吉兆味ばなし』というタイトルで単行本となり(全4冊;暮しの手帖社),僕もときどき開いては,湯木さんの料理話を楽しんでいます。もう1冊,湯木貞一+辻静雄の『吉兆料理花伝』という対談の本が新潮社から出ていた。これも面白い読み物でした。
吉兆創業者の湯木さんは偉い人だったと思うけれど,後に続く人々が,大ブランドとなった「吉兆」を超えていくレベルではなかった,ということだろうか。吉兆といえども,食材をAとかBとかの「一流ブランド」に頼らなければならなかった。――すなわち,精神において,すでにして吉兆も三流以下,ということかなぁ。そんな感想を,この間の騒動で感じました。
ところで,僕はまだ吉兆に行ったことがないし,今後も行く機会はないだろうと思う。仮にあっても,敢えて行かない。――わざわざ言うこともないか。
Commented by 平名 at 2008-09-12 11:35 x
 中之島は大変化ですね、、 山沢君に最後に遇ったのは私の学生時代で「ダイビル」へ数人のグループで入っていく所で 「やあ、」と云って話掛けたら「クラブ活動で来た」と答えてくれて其れっきり会っていない 如何している事か どこの吉兆も話だけで行かなかったが、、
Commented by tiaokumura at 2008-09-13 20:26
哲ちゃん、単行本では僕は読んでいないかと思います。
食材は料理の6割以上を決めているのでしょうね。料理は伝統と革新のバランスが難しく、最後は料理人の選択眼次第(何を選ばないか、も含めて)か。ただ思うのは、今これだけ食材が「豊富」になっていても、「本当においしいもの」の値段はインフレ状態。ある意味で、昔は(苦闘はしてても)料理人にとって幸せな時代だったんかもしれん。
Commented by tiaokumura at 2008-09-13 20:40
平名さま、すっかりご無沙汰で、もうここは見捨てられたかと思ってました(爆)。お元気でしたか。これからもときどきコメントよろしく!
大阪は不案内でよく知らないところばかりです。大阪弁も苦手だし。いつか大阪でおいしいうどんが食べたい。
山沢君はどうしてるんでしょうね。ぜひ会ってみたいけど。


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