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注文していた本が7冊も一挙に届いてしまった(汗)

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毎月本をまとめて注文している博文堂のご店主が検査入院中とかで、昨日帰宅したら、店員の方からドカンと^^本が配達されていました。明日名古屋出張。『幼年期の終わり』など読みかけの本も多いので悩ましいのですが、写真の7冊から2冊選んでJR車中などで読もうと思っています。どれがいいのかなぁ。

平林純(1968-。エンジニア。hirax.net運営)『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く!』。平林が松原隆一郎・奥村宏・森永卓郎・中島隆信ら錚々たる経済学者に話を聞いた結果が本書。全くの専門外の「ド素人」が専門のエキスパートに話を聞くって趣向、興味深い。本書は理系サラリーマン(京都大地球物理学科卒、修士修了)が「経済学」についてその「知識と知恵」を学ぼうってぇのですから、「ガンバレ、平林氏!」と応援したくなる。ところで日本では経済学は「文系」に位置付けられていますが、外国の大学によっては「理系」になるってぇのを何かで読みました。どうなんでしょうね、経済学は「文系」か「理系」か。文理融合か、あるいは文系・理系の接点上にあるとか言えるのでしょうか。「マルクスがロシア人だと思っていた」平林が、(たぶん)当代の碩学たちからどのように「経済学」を学習していくのか、興味津々です。
山中伸弥・畑中正一ひろがる人類の夢 iPS細胞ができた!』。最近はそうでもないようですが、一時期の新聞、「万能細胞」という活字を眼にしない日はないってくらいでしたね。「オ-ルジャパン」っても、USAの膨大な予算と頭脳の結集に果たして勝てるんか、と心配ですが、とりあえずは本書を読んで「iPS細胞」の基礎知識を得ておこうと思っています。畑中は山中が「かねてから尊敬申し上げていたウイルス研究の権威」だそうです(同書p.9)。お二人の写真もしょっちゅう挿入されていますが、科学アホのボクとしては、そんなんよりもっと図表が多いほうがありがたかった。
日経ウーマンウーマン・オブ・ザ・イヤー しびれるほど仕事を楽しむ女たち』。付録として2000-05年の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞者一覧がついています。本書に登場する松永真理、松岡佑子、セーラ・マリ・カミングスら18人の中に、我が^^惣万佳代子も登場します(2003年総合ベスト10第2位。pp171-176)。勝間和代は登場しません。
莫邦富(1953-)『日中「アジア・トップ」への条件』。莫邦富の日本・中国いずれに対しても歯に衣きせぬ言説は信頼度抜群だと僕は思う。彼の場合、データの拠り所もしっかりしているし、分析も確か、更に「ではこれからどうすればいいのか」という展望も提示している。本書は今も連載中の朝日新聞の「mo@china」の過去分を10章立てに編集し、巻頭に「他国に謙虚に学べる国がアジアのトップになる」を冠した。切り抜き取ってたのですが、これで捨ててもいいかも^^。
十二代目市川團十郎(1946-)『團十郎の歌舞伎案内』。本書関連記事を朝日新聞だったかで読んだことがある。本書は、青山学院大学文学部の客員教授になった彼の講義が基になったもの。歌舞伎の歴史・歌舞伎名作について、学部生レベルで書かれているんでしょうね、きっと。白血病のことも「はじめに」で触れています。
金益見(1979-)『ラブホテル進化論』。金は神戸学院大学大学院博士後期課程在籍中。ラブホテルの「現役女子大学院生による本格研究」と銘打っていますが、いささか扇情的すぎるキャッチコピーに感じられるのは、ボクの年のせいか。カヴァー表紙に彼女の写真も載っていますが、「大丈夫なんかいな」とボクなんかのオッサンには気になる。この国で彼女及び彼女のご研究が好奇の目にさらされませんように。ラブホのイノベーションだったと僕は今にして思うのですが、例の「目黒エンペラー」ももちろん本書に登場します。
山室信一・中野目徹校注『明六雑誌(上)』。全3冊中の1冊目。西周、加藤弘之、森有礼、福沢諭吉、箕作麟祥、中村正直らが執筆。解説は中野目徹。中巻には「執筆者略伝」「執筆者別論文索引」、下巻には「語句索引」がつくそうです。研究者のみならず、明治初期に興味がある一般人にも貴重な本でしょうね。色川大吉『明治の文化』(現在は「岩波現代文庫」で入手可)は僕の好きな本ですが、その「Ⅵ明治の文化の担い手」に色川が「明治の青年の第一世代」と呼ぶ人々の名前が出てくる。1850年前後生れ。そして「明治の青年の第二世代」(1850年代の後半から60年代、70年代に生れた人々)の「出生地図」があり、宗教・文学演劇・美術・思想・学問その他のジャンル別に人名・生年・出身地をまとめた表が掲出されている。それらを見ると、単純な言い方で恐縮ですが、明治初期は人材輩出のすごい時代だったんだと実感します。時代の制約や限界は当然あったにせよ、「明六雑誌」のような雑誌があったこと・そのような雑誌の読者層が一定以上の広がりをもって存在したこと、はすごいことです。それを胚胎し実現したのは、きっと(過去に大きく遡れるにしても直接には)幕末の政治思想文化状況だったんでしょうね。
by tiaokumura | 2008-06-24 20:43 | | Comments(2)
Commented by Cicy at 2008-06-25 20:52 x
初めまして。
以前書かれていた記事に恩師である箕面高校の蔭山先生の名前を見付けて飛んできました。
私は今、国際系の大学に通う大学3回生です。
他国の友人から日本語を教えて、とよく言われるので参考にさせていただきます。
まだ多くの記事を読んだわけではないので、これから拝読させて頂きたいと思います。
Commented by tiaokumura at 2008-06-28 13:28
Cityさま、初コメントありがとうございました。「箕面高校の蔭山先生」のことは、確か実弟(兵庫県在住。ここでは「のぶ」)に教えてもらい、高校に電話してビデオだったかも入手しました。そうですか、蔭山先生の教え子になられるんですか。不思議なご縁です。
右にも日本語教育関係いくつかリンクしてあります。折りを見てご訪問ください。
拙いブログですが、これからもよろしくお願いします。


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