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2008年3月10日、奥村学習塾、終了。。。

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この間読売新聞の「セカンドライフ」で柳沢亨之記者の取材を受けてて、どうも自分、自身がどんな人生を送ってきたのか、よう思い出せなんだ(恥&汗)。1965年春に東京教育大学入学のためにふるさと富山を出た。そこから逆算していって、そこまでの人生はだいたい時系列で他人にお話できる。でも、大学入学後「何をしたか」は思い出せるのだけれど、それが「いつ」ということになると記憶が(核爆)。そして更にアホなことに、では何年に富山にUターンしたか、正確な年がパッと出て来ず、長男誕生が1980年11月だから、そうなると結婚はその前の年(僕は「おめでた婚」じゃありませんので^^)で、遡っていくと1977年夏になるのかなぁ、Uターンは。夏だったってことは、暑い中マドカとミンミン(二人とも僕の年下の友人)に国分寺で引越し手伝ってもらった記憶が根拠。
富山にUターンしてまもなく、一つ就職試験を受けた。たぶん「事務職」で求人若干名に対して百人くらい受験に来てた。試験のとき、隣の僕より若い女性は鉛筆の音も軽やかにどんどん解答していた。彼女、きっと頭の中にそろばんが入っててそれでどんどん計算してたんでしょうね。ボクはと言えば、帳簿のことなんか全然わからん。必死で筆算、筆算、また筆算^^。結果はもちろん不合格。ボクの人生で数少ない不合格(嘘爆)。就職第2幕では、イタイイタイ病の患者さんのために尽力された萩野医院がある地域を、おじと一緒に車に乗っていた。その地区の県議に菓子折りを持って就職依頼。それも実らなかった。第3幕は、これまたおじと一緒に職安2階にいる。塾講師の職があって、でも僕は大卒学歴がないので難しいと職員の人に言われて、「まぁ、そこを何とか」とおじが言う。で、「じゃぁ、紹介だけでもしますから」と職員氏。それが「(株)進研」。進研ゼミとは無関係な会社で、静岡に本社がある通信添削の会社。今はもうなくなってると思う。富山市五番町にあった同社のビルを訪ねる。そこで、今でも年賀状のやりとりは続いている島支社長に会う。「○日に試験します。科目は中学の英数国です」と島支社長。う~ん、試験! 今だったらどうってことないんですが、あの当時は、ブランクが大きい。大学時代ずいぶん家庭教師もしたし、サークルで「学校」もやった。でも、それからかなりの月日が経っている。帰途、書店に立ち寄り、中学の問題集何冊か買う。今にして思えばずいぶんラッキーな「入社試験」だった。けっこう覚えてるもんなんですね、水泳やスキーや自転車みたいに、時間がかなり経っていても長期記憶になってたんでしょう、中学英数国の試験、パスしました。Iさんっていう東京教育大卒の人がいたのも良かったのかもしれない。
(株)進研では、数学・国語・社会あたりを教えたかなぁ。入社2年目に節子と出会い結婚。そしてその翌年になるかなぁ、独立して奥村学習塾を開設。長男の誕生は会社の昼礼の時にTELが入った記憶があるから、独立は1982年になるか。今にして思えばずいぶん思い切った「冒険」をしたものだと思う。独立後のはっきりとした見通しも立ってなく、妻子を路頭に迷わせる可能性があったのだから。でも僕の人生はときどき「ラッキー」としか言いようがない運にめぐり合うことがある。「塾ブーム」もあったんでしょうね、ずっと続けることができた。もちろん辛いこと・いやなこと・落ち込むこと・苦しいことなども数多たびあったけど、それはどんな職業も同じ。
入塾生は圧倒的に「口コミ」で、きょうだいやいとこなども多く、小規模な塾なので、募集にはあまり苦労しないで済んだ。これまでに双子が3組、3人きょうだいも数組あった。驚いたことに最近は、かつての塾生が父となり母となりわが子を入塾させたいと言ってくる。道理で自分、ジジイになったはずです(激爆)。
富山や富山中部に進学した塾生もいたが、自分としてはあくまで「補習塾」のつもりで、「来るものは拒まず、去るものは追わず」。学校で居場所がなかったり、先生にマークされてたりする塾生にいい結果が出ると、ひとまずの安堵感と口には出さないけれど「ざまぁみろ、学校」などと尊大な気持ちになった(爆)。学校の先生もご苦労多いのは確かなのだけれど、塾で教えてる人はよく言われると思うけど、塾生が「塾のほうが楽しい・わかりやすい」「先生、うちの学校の先生になればいいのに」「あ、わたし、やっとわかった!」などと言ってくれると、月謝の分がある程度還元できたかなとちょっぴり安心する。いつだったか、中学一年生で掛け算の7の段を覚え間違っていた塾生がいた。彼のその「学習ミス」は、何年間にわたって学校の先生も親も気づかないままだった。そういう子どもは今日本全国で何万人と再生産されてるのかもしれない。学校の先生方はボクなんかより「頭が良すぎる」ため、学力がない子の状況や気持ちが汲み取れない/理解できないのだろう。お忙しいとは思うが、学校の先生方には「教える」ことにもっと熱心になっていただきたい。

塾は、お金をいただく以上何と言っても「実績」が大事だと思う。うちの塾は「富山市内で費用が一番かからない塾」を目指していたので、法外な月謝は取っていないつもりだが、それでも「安い」とは決して言えない額。その額さえ出せず塾に通わせられないご家庭もあるだろう。塾は「タダ」で教えているのでないから、対費用効果が求められる。簡単に言えば「高校進学実績」である。ただし、一流高校に何人合格したか、ではなく、下のほうの学力の子どもたちをどこまで底上げでき志望の高校に合格させられたか、である。
塾での指導結果がはっきり出る県立高校合格発表の日は、朝からピリピリしている。そんな自分を家族に見せたくないが、しかたがない、塾主宰者の宿命である。塾生全員の受験校を回っている時間はないので、県庁の教育指導課に12:20頃行く。12時半になると県内全県立高校の合格名簿が閲覧できるのだ。何年か前までは名前、今は受験番号。合格者には県庁内からTELして「おめでとう」を言う。そして、そこからが塾主宰者として1年で最もつらい時間。落ちた塾生の家を訪問するのである。全員合格の年はそれで家に帰ってビールを飲めば済む(照)。でもそんな年は四半世紀で10回くらいしかなかった。あとの約15回は1人か2人、不合格。彼または彼女の家から少し離れた場所で車を停める。家の前に立ち深呼吸数回。玄関を開ける。おばあちゃんが出てらっしゃるときもあるし(富山県は兼業主婦が日本一とかで、お母さんがその時間にご在宅はめったにない)、本人が出てくるときもある。会った瞬間に照れ笑いする塾生もいるし、怒った表情の塾生もいるが、ほとんどの生徒が泣く。顔を見合わせたとたんに泣く子もいるし、少し話している内に涙声になる子、帰り際に泣き出す子、玄関先まで僕を見送った後閉めた玄関からすすり泣きの声が伝わる子・・・。そんな時、「もう塾はやめよう」とか「いっそのこと『俺が落ちたのはお前のせいだ』と殴りかかってきてくれたほうがいいのに」「返せるものなら、月謝を返してあげたい」とか思う。そんな気持ちになりながらも、四半世紀も塾を続けて来られたのは何故だろう。家族の生活がかかってる、ってのがもちろん一番だが、自分のような者でも子どもたちに役立ってるという自負、かなぁ。落ちた子には、私立の入学式を調べ、お祝いの手紙とささやかな入学祝いを贈る。塾からそういうのもらって、逆に県立に落ちたことをまた思い出させるのではとも思うけど、つらい現実は現実として認め新しい出発をしてほしい気持ちからである。

塾は、「必要悪」とまでは言わないがあくまでも「学校教育の補完」だと思う。公教育がきちんと成立していれば、塾なんかいらないのである。だが、これまでもこれからも「進学塾」も「補習塾」も続くだろう。
塾がなくなる日は永遠に来ないのかもしれないが、奥村学習塾は昨日で終了した。日本語学校と学習塾の両立はもう無理になったのである。昨夜はウィスキーの水割りを飲みながら一人ぼんやりとこれまでのことを振り返っていた。

今後、これまでに学習塾で培ったノウハウは外国人児童・生徒の学習指導・進路指導に役立てていこうと思う。
by tiaokumura | 2008-03-11 19:34 | このブログのこと | Comments(4)
Commented by miyata at 2008-03-11 23:37 x
長年の塾でのご指導、本当にお疲れ様でした!…昨夜の水割りの味は、失恋したときに似た切ない味がしたのでは…。
うちの子も奥村学習塾に行かせたかったのに残念だなぁ。
Commented by めぐりん at 2008-03-12 16:01 x
大学の同級生の自称めぐりんです。
長い間お疲れ様でした。
ってことは奥村さん、夜は身体が空いているんですか?
飲み会しやすくなりますね。。富山組で!
Commented by tiaokumura at 2008-03-16 19:32
miyataさま、コメントありがとうございます。「失恋」って、ボク、し過ぎで(照)、水割りの味が果たしてそうだったのかどうか定かじゃありません。
新年度、またよろしくお願いします。いろいろまた大変な1年、僕の場合は今まで以上にハードでシビアな1年になりそうですが、ご指導ご鞭撻のほどを!
Commented by tiaokumura at 2008-03-16 19:35
めぐりん様、初コメントありがとうございました。これからも時々コメントいただけたら、光栄&喜びっす(*^^)v
富山組の飲み会、いいっすねぇ。参加できるかどうかわかりませんが、企画があったら声をかけてください。


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