人気ブログランキング |

平成最後の日を

f0030155_19534314.jpg(5月3日午前・記)
当ブログ、ご訪問者はもうご存知でしょうが、自分、59才だったかに富山大学人文学部3年次に編入。編入、何がきっかけかと言うと、自分、勤務先の富山国際学院学院長にならなきゃならなくなって、で自分、その頃学歴が「高卒」だったんで、学院長たる者、高卒じゃまずいだろうと思った。動機、不純じゃったかも(激爆)。さて、「学士号」、どうやってゲットするか。通信教育や富山の私立大学も候補だったんですが、時間、金銭面などなかなか難しそう。で、地元の富山大学編入って方法、見つけた。自分のような高年齢(当時はまだ高年齢じゃなかったんけんど)、果たして合格できるか。今はそうではないのでしょうが、あの当時、50代で大学の正規生ってまだ珍しかった。編入試験科目は英語・論文・面接。英語、大学受験用の本を買って勉強しました。論文、面接も、それなりに準備したかなあ。試験当日、論文は「格助詞」だったか。面接は、たぶん呉人先生と安藤先生。あん時、アホなことも言ったような。で、合格。合格発表を富山大学人文学部前に見に行ったら、試験結果見に来てたんでしょうね、母娘が泣いてた。彼女も僕と一緒に受験してたんでしょうね、でも、番号がなかった。何か、自分みたいなジジイが受かって、彼女のような前途有為な若者が落ちたんが、すまなく思った。あの時の彼女、今はどうしてるんだろう。今は30代前半なんかなあ。
富山大学、呉人先生のおかげもあって、東京教育大学(除籍でしたが^^)の単位も制限いっぱい認めて頂けた。大学では「先生」と間違われたりも^^。富山国際学院・奥村学習塾やりながらの富山大学生時代。なんとか卒業、学士号ゲット^^。平成20年3月だったか。当時の学長、「平成20年」を「昭和20年」と言い間違えてた、卒業式で。
富山大学人文学部言語学コース時のクラスメートのさやえんどう(今は首都圏在?)が、ご主人と一緒に富山に来るってことで、食事会。石原さんが幹事。言語学コースの富山組、集まった。粕谷さんは神奈川に帰ってて不参加。アップした写真、当夜のメンバー。石原、田村、坂木、遠藤、三上、高橋、僕がクラスメート。あと、遠藤さんのご主人、会社の同僚の滝田さん、中村さん。言語学、後は、粕谷さん、佐々木さん、新保さん、です。みんなはコースだったんですが、自分は胃がない身^^、単品にしました。お通し、湯どうふ鍋、茶碗蒸し、旬の天麩羅、里芋田楽焼き、氷見うどん(冷)。←けっこう食ってた^^。生タンブラーも3杯。「うお清」って、CiCの裏手にあるお店です。
この日が「平成」最後の日だった。だから、どうってこともないのですが(笑)。ここの後、さやえんどうがバイトやってたスナックに。「日野」って名前だったか。さやえんどうがここでバイトって全く知らなんだ。スナックはすてきなママ、あと富山大学経済学部4年の学生がバイト。自分、カラオケもやってもうた^^。「じょんから女節」「唐獅子牡丹」。どういう選曲だったんじゃろう。ついつい。次は藤圭子か「I LOVE YOU」だったかも^^。
翌日、令和に改元。
by tiaokumura | 2019-04-30 19:53 | 美味録2019 | Comments(0)


<< 令和(れいわ)元年5月1日@富... 史上初?の10連休 >>