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富山国際学院第25回卒業式・学院長式辞

北陸の長い冬も終わり、本日はいささか肌寒いですが春らしいお日和です。本日この日、富山国際学院の卒業式を行えますことは、まことに喜ばしいことであります。富山国際学院は北陸地区初めての日本語学校として1993年4月に開校しました。本日の卒業式は富山国際学院の25回目の記念すべき卒業式でもあります。卒業式にあたり、富山国際学院教員15名を代表して一言式辞を述べさせていただきます。

ただ今卒業証書をお渡ししました26名の皆さま、ご卒業、おめでとうございます。修了証書の1名の方、ご修了、おめでとうございます。
2年前あるいは1年半前、皆さんは富山での留学生活をスタートされました。
皆さんは語学留学生ですから、何よりもまず日本語の勉強が大切でした。
漢字の勉強が始まりました。「山」(ジェスチャー)「川」(ジェスチャー)。「先生、漢字、おもしろ~い」。「上」(ジェスチャー)「下」(ジェスチャー)。「先生、漢字、ちょーすっご~い」。「一」(ジェスチャー)「二」(ジェスチャー)「三」(ジェスチャー)。「先生、わかりました。よん、ご、ろく・・・ですね。」(横線、四本、五本、六本・・・)。
難しかった助詞。レストランに食べます?レストランで食べます、レストランであります?レストランにあります、レストランで住んでいます??レストランに住んでいます???
初級後半の授業。奥村「おはようございます。きょーはー、どーしのー、じどーしとたどーしを、べんきょーしま~~す。」。S1「奥村先生、もっと早く話してください。」「はい、自動詞と他動詞があります。ドアがあく、は自動詞です。ドアをあける、は他動詞です。他動詞の「あける」。あけています、あけてみます、あけておきます、あけてあります。いいですね。でも、自動詞の「あく」。あいています、は、ありますが、あいてみます、あいておきます、あいてあります、は、ありません。わかりましたね」S2「先生、どうしてありませんか。わかりませ~ん」「私もわかりませーん。柳川先生に聞いてください」。ひどい先生ですね。
バイトも大変でした。
「初めまして。ブノカタ・ラムクオです。ユートピアから参りました。19歳です。どうぞよろしくお願いします」「初めまして。店長の安倍です。ラムクオ君、これ、メニュー。読んでみて」「だいトロ、なかトロ、びんちょうほぐら、のどぐら、えんがれ、ひろめ、はほち・・・」「う~ん、ちょっと違うな~。大トロ、中トロ、びんちょうまぐろ、のどぐろ、えんがわ、ひらめ、はまち・・・。早く覚えてね。メニュー、持って帰っていいから、明日までに覚えて来てね。時給1,000円ね。昇給もあるから」。スシネタ80以上、一晩で覚えるなんて。
工場でのバイト。日本人のおじさんから仕事中に話しかけられた。「あんにゃちゃ、外人なんけ」「どっから来たがあ」「ちゃっちゃと仕事しられま」。教科書日本語とはずいぶん違ってた。
アパート生活も大変だった。
国にいた時には経験しなかったことだらけ。買い物で塩と砂糖を間違えたり、料理作ってガス台の周りを油まみれにしたり、8月の午後7時ころみんなでパーテーィーをしていたら近所から「うるさい」と苦情が来たり。冬の夜寒くて寝られずエアコンつけっぱなしにしてたら12月の電気代が21,634円だったり。

私は皆さまのような留学生活は経験していません。外国生活も1番長くてフランスのパリでやっと8日間だけでした。ですから皆さまの富山でのご苦労は想像するだけです。でも、こうして1年半ないしは2年の富山での留学生活を終えられ、有終の美を迎えられている。皆さまのご努力を素晴らしいと思います。またそういう皆さまが富山国際学院を留学先に選んでいただいたことに「ありがとうございます」と感謝を申し上げたい。
皆さま、本当におめでとうございます。

さて、昨年大ヒットした映画に『ボヘミアン・ラプソディー』があります。皆さんの中で見た方もあるでしょうね。『ボヘミアン・ラプソディー』は、QUEENのボーカリスト、フレディ・マーキュリーのいわば伝記映画です。彼はタンザニアで生まれインドからイギリスへ。いろんな差別や失敗の中でイギリスで育ちました。やがて3人のロックバンドと出会い、そこに参加。QUEENの誕生です。当たり前ですが、それで成功の道が開いたわけではありません。自分たちのやりたい音楽をスポンサーが「それはダメだ」と否定。スポンサーのいるビルの窓ガラスに石を投げたこともありました。オペラやったりバレエやったり、そのつどひどいブーイングも。でもフレディの作り出す音楽、QUEENの奏でる楽曲は多くの人々に愛されました。フレディはやがてAIDSを告白し、24時間後に亡くなりました。1991年11月24日。45歳。実は僕はフレディと同じ年に生まれたんです。彼は1946年9月5日、僕は1946年10月6日です。ま、それはどうでもいいことですが。
フレディは自分の生きる道は音楽だと思い、自分の力を信じ、いろんな失敗・挫折・非難を乗り越えて、多くの人に勇気と感動を与える世界を作りました。彼の人生と我々の人生は比べものになりませんが、私は皆さんも、フレディ・マーキュリーのように、自分の力を信じ、自分の一番良いところが生かせる世界を作っていただきたいと思います。そのことの実現に、私たちが皆さんに教えた日本語が役立ってくれれば更にうれしいです。

こうして富山国際学院の学生・教師が一堂に会するのももうあとわずかです。このあと富山を離れる人・富山に残る人・国へ帰る人、大学に進学する人・専門学校に進学する人など、それぞれの道を歩んでいかれます。どの人も、これからの毎日、楽しいこと・おもしろいこと・いいことばかりがあるわけではありません。辛いこと・苦しいこと・嫌なこともたくさんあるでしょう。もし自分ではどうしようもないことが出てきたら、私どもに連絡してください。でも皆さんは、この学校も私たちのこともすっかり忘れて生活を送っていただけたら一番いいのですが。
本日、ネパール連邦民主共和国・ベトナム社会主義共和国・中華人民共和国・グレートブリテン及び北アイルランド連合王国出身の27名の若者が富山国際学院というステージから旅立ちます。皆さまが次のステージでも大いに活躍され、豊かで明るい未来を切り開かれることを願って、学院長式辞とさせていただきます。

2019年3月8日
富山国際学院学院長 奥村隆信
by tiaokumura | 2019-03-08 13:58 | 僕は学院長10年生 | Comments(0)


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