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へぇ~、こういう新聞記事、あったんだ!

f0030155_85440100.jpg(7月16日夜・記)
7月7日(土)、LT会@サンシップとやまで、同僚の宮田妙子さんがプレゼン。聞くともなしに聞いてたら、スクリーンに新聞記事が。こういう新聞記事、あったんですね。知らなかった。いや、見てたかもしれないが記憶には残ってなかった。
見出しには
講師3人が"無料奉仕" 閉鎖の危機の日本語学校存続
僕は1994年3月に富山国際学院の採用試験を受けて、その4月から非常勤講師として入職。で、中国人がすごい数いる日本語学校だったんでカルチャーショックも、それまではトヤマ・ヤポニカってとこに属して日本語教師、やってた。
で、富山国際学院は「富山インターナショナル」が経営してたんですが、法務省のビザ発行困難で入学者が激減。学院の閉鎖に。その時に、記事では、岸井みつよさん、門野妙子さんの名前が出てるんですが、給料は出ないが存続ってことに。記事中の「男性非常勤講師の一人」って、きっとワシです(照)。
宮田さんから翌日、この記事コピーもらいました。彼女、ようこういう記事、持っとったもんです。北日本新聞「天地人」の記事も。学院の卒業式に出た学生が「ろうそく」にたとえて先生たちへの感謝を。彼女は「暗い夜の後には必ず美しい朝日が出る」との中国のことわざも。
その後、岸井みつよさんからは別の記事も送られてきた。「富山でふれた 優しさや人情」。そこでは、中国人4人、韓国人1人の卒業生が卒業試験の作文に綴った思いが紹介。カナルさんや、梁さん、葛さんたちが、この時卒業していった。僕もこのころ、富山国際学院で働いてたんだなあ。今、あの頃のような想い・技能、あるんかなあ、自分。

by tiaokumura | 2018-07-09 08:54 | 職業としての日本語教師 | Comments(0)


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