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菅野昭正先生:「文学は国境を超えて」佐伯彰一氏の文学的生涯

自分、古稀になっちゃいましたが^^、あったりまえですが、こんな自分にも若い頃ってあった。そんな昔(半世紀ほど前^^)、学友の宮崎健二君や亀井哲治郎君らの影響でしょうね、森有正(もり・ありまさ1911-76)・辻邦生(つじ・くにお1925-99)を読み、そんな流れから菅野昭正(かんの・あきまさ1930-)の名を知った。でも、名を知ったぐらいで、ほんのちょっとしか読んでないが、菅野の文章は。
10月8日(土)、「高志の国文学館文学講座」ってぇのを受講。会場の「高志(こし)の国文学館」は勤務先の富山国際学院から近い。この日、学院で仕事をちょっとして、雨の中、文学館まで歩きました。
高志の国文学館。部屋の入りは8割ほどでしょうか。係員に促されて前のほうの席へ。最前列で相席・隣は教養がありそうな女性。そして、なんと、隣のテーブルには高志の国文学館館長・中西進さん(万葉学の泰斗)がご着席。

世田谷文学館館長 菅野昭正先生
「文学は国境を超えて
佐伯彰一氏の文学的生涯

菅野にとって佐伯彰一(さえき・しょういち1922-2016)は「先生と友人の間」(菅野)の関係。2016年1月1日の佐伯の訃報に接した菅野は「佐伯さんは立派な見事な文学的生涯を送られた」と述懐する。「願はくば」や「門松は」じゃないですが、元日の死ってどうなんでしょうね。菅野、その点についてちらっと感想も。
富山県芦峅寺生まれの佐伯彰一は、1945年に東京大学英文科入学。時代は鬼畜米英で、同年は敗戦の年なのだから、英文科進学は「大胆な決心」(菅野)。佐伯は菅野との初対面時、「文学における想像力」について語ったそうです。話を聞きながら菅野は佐伯を「(いい意味で)切換えが早い」人だと思った。
菅野は佐伯の文学的生涯を3期に分ける。
第1段階、「批評」。伝記的批評が大ッ嫌いな佐伯はニュークリティシズムに魅かれる。彼は、想像力、作品の構造の分析を手掛かりに、作品の「原質」を極めること、「底質」を解明することに力を注ぐ。この時期の著作に『伝記と分析の間』(1967年)など。
第2段階、「自伝」。この時期、佐伯は「小説帝国主義」を打破したかった。彼が対象としたのは「自伝」。自伝は嘘や記憶間違いもあるのだから、なかなか研究が難しいジャンルだが、佐伯は「20世紀は自伝の世紀」と喝破。自伝における想像力(「私語りの想像力」)を読み解く。「ニュークリティズムよ、さようなら」でしょうね。本講座では『青木周蔵自伝』が取り上げられる。佐伯は青木の自伝の「強い自己正当化に突き動かされている」ところを評価している。青木と関連の森鷗外「大発見」、おもしろかった(「鼻糞」)。鷗外は青木にドイツで叱責されているのですね。佐伯はこの時期、『内なるアメリカ・外なるアメリカ』も。
第3段階のキーワードは「世俗化」。宗教の持つ影響力が次第に減少しつつある時代(佐伯:超越神の消え去った「空無」)。「私も昔は宗教無関心派だった」佐伯のこの時期の著書に『大世俗化の時代と文学』。小林秀雄の『本居宣長』について佐伯は、「宣長は神ながらの道に『信』を置いた」「小林は宣長の態度に『信』を置いた」。菅野の説明では、エリオット(『聖堂の殺人』)やヘミングウェー(『老人と海』)なども引用された。佐伯に著書『神道のこころ-見えざる神を索めて』(1989年)、あり。佐伯は芦峅寺(あしくらじ)における信仰を、どのように生涯、抱いていたんでしょうね(佐伯:宗教的古層を思わせる呼吸、感触)。

追記:
本記事は講座当日の奥村メモに基づく。曲解や誤記もあるかもしれない。文責・奥村。

by tiaokumura | 2016-10-10 08:31 | 富山 | Comments(2)
Commented by kaguragawa at 2016-10-10 22:36
奥村先生は一番前におられたので、部屋の雰囲気はおわかりにならなかったかも知れませんが、
講演の質の高さはいうまでもなく、多少難解なところもあった菅野氏の講演を、眠りにつく人もなく、吸い込むように清聴していた聴衆の質の高さに、私などはただただ感激しながら、刺激に満ちた知の時空を満喫していました。
おおげさですが、富山も捨てたもんじゃないと。
Commented by tiaokumura at 2016-10-30 16:04
kaguragawaさま、いつもコメントありがとうございます。
そうでしたか、聴衆。僕は「人は人、自分は自分」って勝手我儘な男なんで^^、そういうのよくわからないままに受講してました。
またどこぞでお会いできるかも。
拙いブログですが、これからもご贔屓に^^。


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