観世寿夫 能楽講義02『朝長』後半(「花もよ」第19号)

f0030155_15113420.jpg53歳で早世しなかったら、文化勲章だったでしょうね、観世寿夫(かんぜ・ひさお1925-78)。彼の、今から40年以上前、1973年末の銕仙会舞台での観世寿夫師(48歳頃)と生徒の大谷(おおや)いづみとの貴重な音源が残っていて、それを「花もよ」編集室がCD化。僕はそのことを朝日新聞記事で読み、注文した。その「能楽講義01」は当ブログこちらの記事で紹介しています。今回アップした写真は、それに続く「花もよ」第19号表紙とCDです。
前回のCDは解釈や解説が多かった感じですが、今回は謡が多い感じ。トラック番号1(以下「Tr1」と表記)では、『朝長(ともなが)』後半は「悲劇的な語りから抽象的な広がった世界へ持って行く」と説明。手元に『朝長』謡本がないので残念ですが、CDを聴きながらメモ化しました。本記事、それに拠る。富山国際学院の移転後は通勤時間が往復1時間くらいで、このCDは63分27秒なので、1往復で1回聴けます。Tr2「悲しきかなや」Tr3「かくて夕陽」Tr4「御僧に申し候」Tr5「さても幽霊朝長の」と謡が続く。時々往来の車の音が入っているのは、かえって時空離れの幽玄を演出かも(激爆)。大谷への指導もわかりやすい。世阿弥の「一調・二機・三声」でしょうね。Tr4では「調子を低く、遠くへ呼びかける」ように謡えと。Tr7では懺法。「懺法(せんぼう」ってのは仏事でしょうね、朝長の霊が出てくる。ここでの太鼓・大鼓・小鼓、とりわけ太鼓の効果。出端(では)が難しいそうです、寿夫曰く。Tr7「あらありがたの懺法やな」Tr8大谷「あらありがたの懺法やな」の練習。「切るか続けるか、2通りの謡い方」。Tr9「不思議やな」、大谷「げにげに」。Tr10「あれはとも」。詞章に「あしたに紅顔・・・夕べには白骨となって・・・朽ちぬ」が出てきますが、蓮如「御文章」を連想する。これ、オリジナルはどこなんでしょうね。「白骨と」の「はっこ『つ』と」の促音、能ってマスク劇なんで、促音などの特殊伯、独特の発声なんでしょうね。長音・二重母音もそうかも。Tr11原始強吟、大谷「わらべ歌みたい」。Tr13「さる程に」、ここで悪源太・頼朝・義朝が出てくる。それぞれの登場が各フレーズになっていて、という寿夫の説明もわかりやすい。同様にTr14の「3字分、2字分、詰める」って教え方もわかりやすいでしょうね。Tr16では宝生「9拍」と観世の違いに触れる。Tr18「旗は白雲」。Tr19、強吟。他の個所でもそうですが「おもしろい」「おもしろくない」ってのも寿夫の謡の基準になっている。Tr20大谷、Tr21クセ。最後のTr22は雑談風ですが、興味深い発言多々。『朝長』『実盛』は「修羅物の王様」。『野宮』と『井筒』の比較。このころ寿夫はビクターレコ-ドで『野宮』の独吟を録音してた。体言止めについて、『野宮』と『融』の場合。『野宮』の作者の推理(現在は禅竹説が有力)。『朝長』は世阿弥が禅竹に贈った『三十五番目録』に載っているので世阿弥のレパートリーであったことは間違いないが、作者であったかどうかは不詳。

「花もよ」第19号に八世観世銕之丞と大谷いづみの対談(p22)。銕之丞「寿夫の亡くなった年をはるかに超えましたけれど、全然だめだなって感じはすごくありますね。」。僕は、寿夫は革命児、栄夫(ひでお1927-2007)は反逆児って印象である。銕之丞は静夫(しずお1931-2000)が襲名した。
ネットでは「松岡正剛の千夜千冊」の「1306夜 観世寿夫『世阿弥を読む』」がすごい。こちらです。
「朝長」で検索してヒットした「謡蹟めぐり 朝長 ともなが」、僕のようなド素人にはありがたい。こちらです。
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by tiaokumura | 2015-05-31 15:11 | 謡を習う | Comments(0)


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