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御霊安らかなれ

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(7月16日朝・記)
7月13日(土)午前6時半、「南三陸サポーターズ・バスツアー」、岩瀬スポーツ公園を出発。今回持参した本は
岩波書店編集部・編『これからどうする 未来のつくり方』(岩波書店)
C・L・ブラウネル 高成玲子・原訳 富山八雲会・編集『日本の心-アメリカ青年が見た明治の日本-』(桂書房)
の2冊。岩波本、この40年間で類書がこれで3冊目でしょうね。ラフカディオ・ハーンやイザベラ・バードのように有名ではありませんが、クラレンス・ルドロウ・ブラウネルは明治期富山に来て英語を教えているいわゆる「お雇い外国人」で日本について書いた本がある。両書、いつか改めてブログ記事にしたい。
今回は、タブレットノートパソコンも持参。タブレットは少し役立ったかなあ。ノートPCは重いだけだった(激爆)。
バスは北陸→磐越→東北の各自動車道を走る。昼食は国見峠SAで。喜多方ラーメンを食べました。全部は食べられなかった。同SAでさくらんぼ「天使の宝石」1パック購入。500円。さくらんぼは「佐藤錦」が有名ですが、こちらは小粒で甘味控えめな桜桃でした。

4時ころ、石巻市に入る。
あの日あの時、各地で悲劇が頻出した。中でも大川小学校のそれは皆さんも記憶に残っているでしょうね。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に伴う津波が地震発生後およそ50分経った15時36分頃、三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川(追波川)河口から約5kmの距離にある当校を襲い、校庭に避難していた児童108名中70名が死亡、4名が行方不明(2012年1月23日現在)、教職員13名中、校内にいた11名のうち9名が死亡、1名が行方不明となった。スクールバスの運転手も死亡している。(Wikipediaより引用)
アップした写真は大川小学校。写真奥に北上川が流れる。手前右に裏山。あの時、一瞬の判断が生死を分けた事例はあまたあった。私が大川小学校教員だったら、おそらく同じ判断をしたでしょうね。「なんでこんなに近い裏山に逃げなんだんだ」ってのは、後付けの非難でしょうね。もちろん娘や息子を亡くされた親の想いは、自分なんかの想いとは違うでしょうが。
大川小学校の悲劇を知った時、戦前の「真白き富士の嶺」を連想しました。

川渕映子さん(東北AID代表)らが、高岡の銅器メーカー「能作」の風鈴を手向けていました。
亡くなられた児童・教職員の方々の御霊安らかなれ
by tiaokumura | 2013-07-13 16:53 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)


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