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神島達郎先生「宮崎健三先生を探るー詩人としての井上靖とのかかわりー」他

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これまでにも当ブログに何回か書いていますが、自分、ずいぶんと師友に恵まれた人生です。小学~大学までの「師」もそうですし、同じくその期間に出会った「友」、そして学校以外で出会った師・友の数々。
約半世紀前^^の高校生時代は、国語は上杉先生・神島先生・大間知先生、漢文は中川先生だった。受験大学を選ぶときに僕は上杉先生・神島先生のご出身大学を選んだ。大間知先生は確か奈良女子大。自分、将来は富山にもどって高校教師になるのがその頃の夢だったんでしょうね。

1週間ほど前、高校時代の恩師・神島達郎先生からお手紙をいただいた。先生は僕たちが高校在学中にご結婚され、悪童どもは「いづれの御時にかあまた女性ある中で、ただ一人の女性ぞ選び給ひける」などと言ったものである(激爆)。在学中か卒業してからか忘れたが、富山市郊外の先生のお宅を訪問したこともある。奥様にお目にかかったかどうかは定かではない。
奥村君、お元気でしょうか。ご無沙汰いたしております。
で始まるお手紙には、先生が宮崎健三に関する論文を『富山教育』に掲載されたこと、宮崎先生との関わりが綴られていた。戦後国語教育史には芦田惠之助(あしだ・けいのすけ1873-1951)・大村はま(おおむら・はま1906-2005) ・滑川道夫(なめかわ・みちお1906-92)・国分一太郎(こくぶん・いちたろう1911-85)・無着成恭(むちゃく・せいきょう1927-)といった巨星が燦然と輝いているが、宮崎健三(みやざき・けんぞう1911-87)もその一人。私信を引用するのは憚られるが、先生と宮崎健三との関係、今回の寄稿の経緯は
宮崎先生は、国語教育での恩師であります。若いころ井上靖と一緒に詩作活動に励んだことを、先生から直接にお聞きし、また詩集をお出しになるたびにいただきました。近ごろ、このことが思い出されてならず、濫觴を顧みることの大切さを考えるようになり、この拙文を書くに至りました。
とのことです。

神島先生から今回お送りいただいたのは、以下の通り。
宮崎健三先生を探るー詩人としての井上靖とのかかわりー(「富山教育」第913号)
詩集”古典”読んで 詩魂豊かな詩人宮崎健三(北日本新聞1979年2月13日付)
熟成した詩心に酔う 詩集「類語」をよむ(北日本新聞1982年8月10日付)
詩想豊か錬磨の詩語 宮崎健三著「天狼」を読んで(北日本新聞1985年4月20日付)
宮崎健三氏を悼む 戦後国語教育で活躍 井上文学の渕源にかかわる(北日本新聞1987年12月19日付)

神島先生は高校の先輩でもある。先生は66回、僕は77回の卒業。したがって先生は僕の11歳年上ということになる。喜寿を越えられたでしょうか。そのご年齢でも探究心を失われない先生を、浅学非才・くたびれシニア後輩は、少しでも見倣いたいものである。

神島達郎先生、このたびは貴重な論考をお送りいただきありがとうございました。
いつまでもご健勝であられますように。

by tiaokumura | 2013-06-24 06:41 | このブログのこと | Comments(0)


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