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ぷちボラ@石巻

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(4月13日夜・記)
4月9日(土)午後7:20、一路石巻に向けて富山を出発。ボランティアバス「アジア子どもの夢川渕映子代表)」号に19人+中部観光運転手さん2人(バスに乗ってた間は全然知らなかったんですが、この運転手さん2人はすっごい能力の持ち主だった!)、富山ダルク6人が乗用車2台に分乗。前に聞いた話では今回の第4便は人数が少ないと思っていましたが、僕の予想外に多い人数でした。おかげでジジイ^^もけっこう働けたかも。この日の僕のいでたちは、上が長袖下着+シャツ+Vネックセーター+薄手のコート、下がパンツ+タイツ+たくさんポケットがある作業用ズボンで、つばつき帽子、厚手の靴下、ゴム長靴、ゴム手袋、マスク、スカーフ(だいぶ前にロシア人女性にいただいた)ってな感じです。現地の状況を自分なりに考えてこのいでたちにしました。皆さんの中で現地に入ろうと思っていらっしゃる方は、その時点での気象状況・現地の様子に合わせて服装を考えてください。
僕は高速夜行バスは年に何回も利用してます。ただ今回のボランティアバス、最近の夜行バスとは違ってた。荷物も満載しているので、19人が補助席も利用して座る。最年少男性は自ら志願半分&みんなの要望半分で最後部のわずかなスペースに潜り込むことになった。正に「潜り込む」なんですね、僕にはとうてい無理。僕は夜間頻尿^^なんで補助席にしてもらった。ただけっこう尻が痛い(汗)。足は充分伸ばせるんですけどね。
東北地方に行くのは今回がやっと4回目。1回目は、長野県八方で働いていた時にシーズンの売上げがよかったってことで林社長に蔵王(スキー&温泉)に行かせてもらった。今から30年ほど前のことです。2回目は姪とかねごん先生の結婚式で身内と一緒に車で一関に。3回目は富山にUターンして勤め始めた会社の社員旅行で会津若松・猪苗代湖。そして4回目が石巻になります。
出発して2時間後くらいでしょうか、名立谷浜SAで遅い夕食。天ぷらそば450円也。バス車中うとうと&目覚め状態だったでしょうね。9時過ぎには皆さん翌日のために少しでも英気を養おうってことで沈黙し入眠に。でも皆さん、僕と似たりよったりだったでしょうね、寝たり起きたり。僕が名立谷浜SAの次にバスを降りたのは磐梯山SA。タバコタイム(照)。今回のメンバーの中では喫煙者、男女5人くらい。けっこう率高いですよね、意外です。
4月10日(日)午前3時頃、石巻市に入る。夜明けまでバスの中で待機。暗闇の向こうにいる方たちを思いいくばくかの勇気とかなりの緊張感。でも待機中のバスの中では1時間以上は眠れたような気がする。
バスが動き出す。やがて左手の山並の中から太陽が昇る。外気温はわからないが天気晴朗。清少納言が描いたように「山の端・山ぎは」、まさに「春は曙」。1万数千年の日本列島、これまでに1万数千回の3月11日・4月10日があった。日の出は人間を励ましてくれているわけだが、人知をあざ笑っているような悪意も一瞬感じた。原発人災を招いた我々、お天道様にはただただ恥ずかしいだけですもんね。

石巻市緑町
「しまや」前に到着。「しまや」は富山にもあります。安い衣料品(粗製品ではない)の店です。そのしまや、建物枠は辛うじて残っていますが、内部はむき出しで泥状態。4週間前はもっとひどかったんでしょうね。時間がまだあったんで、近所を歩く。僕は松並木の幹線道路、港への道を歩く。TVで見た光景が眼前に広がる。ときどき地元の方でしょうね、片付け中。
しまや近くの広場で準備。幹線道路なんでしょうね、十字路、しばらくしてお巡りさんが四辻に立ち交通整理。自衛隊車両、自治体車両、乗用車など。道路標識を何気なく見てたら「女川」の文字あり。「コバルトロード」とか。何だか悪いジョークみたいな気がした。地図を見るとかねごん先生一関は近い。単独行動だったら一関も行けたかもしれない。一関と女川は近いのだから、一関市民の原発恐怖、僕なんかの想像を超えるでしょうね。
広場にビニールシートを敷き、バスから手渡しリレーで物資を運び、種別に置く。炊き出し準備並行。中部観光の運転手さんAさん・Bさん、いつの間に着替えられたのか、制服からボランティア姿に。Aさんはヤキソバご担当、Bさんは豚汁ご担当なんですね、ビックリしました。実にすごいボランティアです!
ボランティアって現場の状況をさっと把握し臨機応変に行動できるっての第1要件でしょうね。能書き垂れる人や上から目線の人や指示命令出したがり屋やてめえのことは棚上げして他人の批判中傷に走る輩にはボランティアは無理でしょうね。学校の先生や公務員や管理職は、意識改革できる人はいいですが、そうじゃない人にはボランティアなんて邪魔になるだけでしょうね。
僕はヤキソバ担当の一人に。Aさんがヤキソバを焼く、Cさん・Dさんが食材・調味料を入れる、Eさんがパックに詰める、そして僕が並んでいる方にほしい人数分を聞き輪ゴムで止め被災者の皆さんに手渡す。打ち合わせしたわけじゃないですが、自然にそんな分担に。1回35人分ずつできあがる。全部で6回くらいあがったでしょうか。緑町では必要数、なんとか足りました。被災者の方とも言葉を交わしたかったのですがなかなかその時間はなかった。ヤキソバを喜んでくださる声で、「来てよかった」と思った。

石巻市渡波町黄金浜
(株)ヤマケンの敷地内。アップした写真、ここでの写真です。左手前には石巻市とは別の市名入りの給水車。今回日本でも「四川方式」が実行されているようで、これはとてもいいことだと思う。給水制限はなかったみたい。僕は民主党嫌い(意外でしょうが自民党支持です)なんですが、それを差し引いても今の政府、いろいろ批判したくなる。でもどこが組閣してもだれが首相になっても今次の国難、対処難しい。原発だって自民党政府時代の「負の遺産」ですもんね。民主党政府を選んだのは僕たちである。写真右が中部観光バス。僕たちはこれで来ました。
緑町のときと同じ担当。ただここでは残りわずかになってしまった。列に5人くらい並んだ時点で一人ずつ希望人数を聞く。残りは35食分。希望数は1+2+7+2+8+5+2、まあこれなら何とかなるかなあ。ところがまだ列は長くなる。急いで「その方の後ろの方には回らないかもしれません」と、申し訳ないけどアナウンス。急遽「1人分を少し少なくさせていただきます」とアナウンス。でも結局最後部5人くらいにはヤキソバを提供できなかった。難しいもんです。もし僕が列に並んでてヤキソバを入手できなかったら、「おめぇら、何やってんだ!並ばせるだけ並ばせておいて!」と悪態をつくところですが、さすが東北人、文句を言うこともなく解散されました。

両地区で何人か地元の方と言葉を交わした。「津波から逃れるためにあそこの山路を上った」「その夜は避難場所でパイプ椅子に座って夜を明かした」「体育館の床の底冷えで眠れなかった」「パン1個を4人で分けた」「下着、21日間着替えなかった」「被災した親類も家に来てて今は8人世帯」「金曜日の余震はすごかった」「電気も水道も止まっている」「赤ちゃんや年寄りが大変だ」「風呂もトイレもない」「ラジオが頼りだ」などなど。もっともっと悲惨で残酷な「話」もたくさんあるのでしょうが、よそ者なんで遠慮されたのか話してもムダだと思われたのか、まだ語るにはあまりにも生々しすぎるのか、東北人の我慢強さ・無口さによるのか。
津波による「衝撃的」な光景はいくつもありました。写真を撮る時間も充分ありました。でもこのような拙いブログに写真をアップするのは失礼だと思い、今回は記事冒頭の写真のみアップさせていただきます。プライバシーには配慮したつもりの写真です。

渡波町黄金浜で、白い長靴の、僕より数歳上になる女性でしょうか、3分ほど話しました。山を指しながら津波から逃れた時のことを話してくださいました。前を行く子どもが「後見てー、すごい津波―」って言ったけど、その方はふり返らなかったそうです。今回は一瞬の判断が生死を分けた。旧約聖書のロトの妻を、なぜか連想した。僕は無神論者なんですが、今回の天災(原発は人災)だけでも神も仏もいないと思う。もちろん神仏を信じる人はそれでよろしいのですよ。ボクは愚か者なだけです。
この方もそうですが、皆さんは石巻弁(?)。不思議なもので、そういう方と話していると僕は自然に富山弁にコードスイッチする。それで通じ合うのだから不思議なもんです。方言の持つ力なんでしょうね。
この方、出発バスを見送ってくださった。車内から何か言葉をと思ったが思いつかない。「がんばって」は失礼ですもんね。バスが動き出した時、とっさに「がんばろうね」と言った。その瞬間、涙が出た。おばさんも何だか顔を覆ってらしたようだった。「また来ますねー」と叫びたかったが、また来るとは確約できない、残念だけど。

石巻市役所、漁港と回る。対岸に「石ノ森萬画館」。僕たちの頃は石森章太郎でした(今は石ノ森章太郎)。大学生の頃、後輩の渡辺紳一君から『JUN』をもらい今でも持っています。『サイボーグ009』、好きでした。石巻市役所の前庭には仮面ライダーV3がいました。商店街のあちこちにサイボーグ009も。

石巻の夕日に送られて現地を離れる。石巻では、僕のできることとして小中学生の教科指導と日本語教育をちょっと考えていたのですが、そんな時間もないし情報も得られませんでした。列に並んだ中におそらく台湾人女性が1人いらっしゃいました。
国見SAで夕食。天ぷらそば800円。帰りは皆さん疲れてたんでしょうね、僕も同じ。眠っている時間のほうが起きている時間より圧倒的に多かった。
4月11日(月)午前3時前、夢ハウス到着。片付けなど。中山美幸さん(YMCA)が娘さんを迎えに来てらっしゃった。
午前3時20分、帰宅。人生初のボランティアバス→ぷちボラ@石巻、終了。

PS
今回の石巻第4便、次のブログにも載っています。
NGOアジア子どもの夢 東北支援プロジェクト
ちゅう・ぶら・りん高才弘さんのブログです)
にぎやかだ!私阪井由佳子・「にぎやか」代表のブログです)
by tiaokumura | 2011-04-10 12:27 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(11)
Commented by rabbitaz at 2011-04-11 21:40 x
休日に東北の石巻迄出かけられたのですね。
東北地方は意外なほど日本の製造工業の屋台骨を背負っていたのですよね。
未編集から「随想」を期待しています。
Commented by rabbitaz at 2011-04-11 21:42 x
他にも写真があると思いますので掲載してください。メッセージも。
Commented by tiaokumura at 2011-04-13 22:04
rabbitazさま、早速の^^2件のコメントありがとうございます。
記事、ようやく書きました。長くなりましたが自分なりの「随想」です。
写真、PSのブログに何枚かアップしてあります。どうぞご覧ください。
大学生生活いかがですか。K先生・A先生・Y先生にはもう会われましたか。
26日にお会いするのとても楽しみです。あれこれ話題も弾むことでしょう。
Commented by rabbitaz at 2011-04-13 22:54 x
ぷちボラ石巻を読ませていただきました。
頭が下がります。義援金を郵便局から送っただけで後は神仏にお祈りするだけの私にはとても敵いません。「無事に帰れて何よりです。お帰りなさい。お疲れさまでした。」とエールを送る他ありません。
被災者の方々には地震、津波、余震そして原発事故と幾度となく繰り返す試練に耐えて復活してほしいと願うばかりです。
26日に改めてお聞かせください。
妻にもこの記事を読んでもらいました。「大変な人やね〜」←感服しています。

Y先生にはお会いしました。明日はK先生にご挨拶する予定にしています。A先生には近々中に連絡を取りたいと考えています。新入生は兎に角忙しい、というか分けも判らずあっちこっち動き回って一日が終わってしまいます。
Commented by かねごん at 2011-04-14 00:33 x
ボランティアに来られたんですね。敬服いたします。
石巻から僕のところまでは車で1時間ちょっとですね。今回はゆっくり一関の温泉にでもとはいかない状況だったわけですが、今度はぜひ岩手に来て下さい。ボランティアじゃなくていいですので・・・・。
Commented by tiaokumura at 2011-04-14 20:20
rabbitazさま、コメントありがとうございます。
別に「大変な人」じゃありません、自分。川渕さんや高さんは「すっごいなあ」って人ですが。それぞれがそれぞれの立場で支援すればいいのではないでしょうか。現地入った人が偉く、後方に留まっている人がダメなんてこと、全くない。復興・再生・新生、今回は長い長い年月がかかるでしょうから、持続が一番大切なんでしょうね。
K先生いかがでしたか。面倒見のいい先生ですから、いろんなこと相談されるといいと思います。超多忙な先生なんで学生としてはそのチャンスが少ないでしょうけど。
Commented by tiaokumura at 2011-04-14 20:30
かねごん先生、コメントありがとうございます。
「敬服」なんて逆に恥ずかしいです。たまたま知り合いがボランティアバスを用意しててそれに便乗して現地に入っただけです。大したことしてきたわけじゃないし。本当は3日でも1週間でも滞在して被災者の方々に役に立つ活動のあれこれができたらいいのですが。長丁場の復旧・復興・再生・新生になります。「移ろいやすいは人の心」、どれだけの人数がどれだけ持続して支え合えるか。モノばかりじゃなく心の支援も絶対必要ですしね。
今日、ホタルイカとシロエビをお送りしました。今が旬の越中最高美味^^です。量があまりありませんがご家族皆様でお召し上がりください(好き嫌いはあるかも^^)。お返しご無用です。いつか一関で温泉・ジャズ喫茶・喫茶店・先生のお気に入りスポットなど堪能させてください。
Commented by あきこ at 2011-04-15 21:14 x
本日ホタルイカ、シロエビいただきました。ホタルイカは酢醤油で、シロエビはかき揚げにして久しぶりにいただく新鮮な海の幸に感激~!いっぱいでした。どうもありがとうございます!
おかげさまで元気が湧いてきます。
こちらにいらしたのにお会いできなかったのは残念でした。
東北が復興しましたらゆっくり遊びにいらしてくださいね。
お待ちしています。
Commented by tiaokumura at 2011-04-17 19:04
あきこ様、喜んでいただけたようで嬉しいです。きちんと届くかどうか心配だったのですが、物流は復旧したみたいですね。
まだまだしんどい日々が続くと思います。離れているので何の応援もできませんが、今、日本はお互いに支え合おうという気持ちでいっぱいです。今日より明日、明日より明後日と、前を見据えて暮らしていってほしいと思っております。
一関、ぜひ元気^^な内に訪れたい!
Commented by tubomim at 2011-04-19 06:48
ぷちボラを拝見させていただきました、感服!私はまだ現地に行ったことはありませんが、勤め先のボランティアの募集に早々手をあげましたが、まだ連絡を待って、待機中です。
また李君みたいに戻ってくる人もいれば嬉しいですね。広州にいるブロ友も先日1200元義援金を送ってきました、特に日本にまが一度も来たことがないのに、また北京の友達も23日二本へ観光にきます。
Commented by tiaokumura at 2011-04-19 19:04
tubomimさま、コメントありがとうございます。
現地にはたまたま縁あって入れました。「自分は、微力だけど無力ではない」ってのが今の日本人のおおかたの気持ちでしょうね。
tubomimさんが現地にいらっしゃるとのこと、とても嬉しいです。僕は石巻ではお会いできなかったのですが、被災地にはきっと何人もの中国人がいらっしゃると思います。祖国を一にする方の支援が何よりです。ボランティア活動、tubomimさんのブログでぜひご報告下さい。
李君、ほんと嬉しかったです。いつかまたどこかで彼に会いたいと思ってます。


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