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義援金

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(3月18日夜・記)
年度末もあって毎日バタバタ。どこぞの首相と違って、組織トップたる者、イライラせずうろたえず司令塔としてしっかり職務を果たすべきなのですが、小人の悲しさ、ボクはスタッフや学生にいやな思いをさせているかもしれない。.

3月11日、卒業生クラス授業終了。ご担当の先生方、まだまだ仕事は残っていますが、ご苦労様でした&ありがとうございました。

3月12日(土)、床屋・親鸞展・末弘軒(ワンタンメン+α)・紀伊國屋書店(ホワイトデー用8冊・岩波文庫ワイド版『歎異抄』購入)。

3月13日(日)、終日自宅。

3月14日、学習発表会。今年は卒業生のスピーチ。僕はあいにくプライベートレッスンがあって、最後の1人半しか聴けなかったが、なかなか好評のうちに進んだみたい。発表会のあと、全員で黙祷。民族・文化・宗教などによって「黙祷」の形は異なるでしょうから、「黙祷」の日本人なりの意味を学生たちに伝え協力を呼びかける。日頃ワガママで教師の手を焼かせる学生もみごとなまでに「黙祷」を捧げてくれた。黙祷がなおった後、募金を呼びかける。これもビックリなのですが、日頃決して豊かな恵まれた生活を送っているとはいえない学院生たちがさっそく募金に応じてくれた。自分では募金活動は1週間くらいかかるかなぁと思ってたのですが、学生・教師ほぼ全員がその場で募金箱に入れてくれたようです。

3月15日、卒業式。式辞の半分近くを使い今回の地震のことを話す。日本は/日本人は決してあきらめない/負けないと話す。後半ではアントニオ猪木の「元気・根気・勇気」を引用。
卒業式後簡単なパーティ。パーティの最後に学生・教師が全員丸くなってひと言ずつ述べる。富山国際学院の全ての中で僕が最も好きなシーンの一つです。今年も教えられること・感銘することがいっぱいのスピーチだった。僕は既に式辞を述べているので、短いスピーチの後詩吟「送元ニ」。来年は「仕舞 高砂キリ」の予定。
卒業生たち・教師はこの夜、席を改めて卒業打ち上げ。2年前までは僕も参加していたのですが、去年・今年と仕事があって不参加。卒業式の夜、僕は魚津で3時間くらいの授業。授業でも地震のことが話題に。ニューヨークタイムズもルモンドも、海外メディアはこぞって日本人の秩序ある行動を賞賛していましたが(暴動も略奪もなく、互いに助け合っている)、この日教えたインドネシア人学生たちも異口同音に日本人の素晴らしさを訴える。原発事故が拡大するまでは、おそらく外国・外国人は同じように思っていたことでしょうね。原発はそのような正の面のほとんどを吹っ飛ばした。

3月16日・17日、授業・接客・電話・メールなどなど。原発の恐怖が学生たちにあるので、一堂に集め現状について説明。あれこれ噂や怪しげな情報が飛び交っているのですね。「富山で安心安全な留学生活を送る」が学院のミッションなので、こういうときこそ不安を取り除かなければならない。富山が万一の時は、みんなの命を守り全員が無事に母国に帰れるよう全精力・全財産をかけるなど説明。学院生たち、まずまず僕の話がわかってくれたみたいですが、学院生たちがこの後どのような行動をとるか、いろいろ想定し準備しておかなければならない。
東北地方某市の日本語学校から1名、学院生を頼って富山に避難。学院としてできる限りのことをしてあげたい。被災地以外の日本語学校で、このようなケースがたくさん出ていることでしょうね。

3月18日、通常より早目に出勤。あれこれ業務。10時、日本語教師になりたいという方、アポ来訪。ゆっくりお話ししたかったのですが、30分くらいしか時間がとれず。今回お会いしたこのような方にこそ日本語教師として活躍していただきたいのですが、学院は新年度も現有12人のスタッフで足りている(そのことは事前に話済み)ので、何かのときに参加していただきたいということで別れる。このブログや讀賣の記事のこともご存知で、照れくさかった^^。
11時に学院で学生3人と待ち合わせ、北日本新聞社本社ビルへ。こういうことで北日本新聞社を訪れるのは富山国際学院としては四川大地震以来です。新聞社の駐車場が満杯で路上のパーキング利用。集まった義捐金/義援金を1階受付で渡す。私たちが今できる最大のことは「お金」でしょうね。「お金」、どんな形であれ被災地の役に立ってもらえたら嬉しい。アップした写真は北日本新聞社本社ビル1階で撮りました。手前が学生代表3人です。その後4人、10階で昼食。天ぷらそば、おいしかった。同僚の宮田妙子さんからも聞いていたのですが、北日本新聞社10階の食堂(11時半オープンか)、値段・味ともお薦めです。今食欲が全盛期の3~4割に落ち込んでいる僕にはボリュームが多かったですが。被災地の方々を思うと、こうして暖かい部屋で窓外に立山連峰の雄姿を見ながらのんびりとおいしい食事がいただけることは、とてつもないゼータクなんでしょうね。
1時から4時半までE組担当最後の授業。6時過ぎ帰宅。
明日は土曜出勤。川田有紀子先生の観世流華川会のお稽古には参加できそうにない。とほほ。ま、こういう時ですからしょうがないでしょうね。
by tiaokumura | 2011-03-18 11:26 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(2)
Commented by aguraneko at 2011-03-20 21:14 x
初めてコメント致しました。18日は、お忙しい中、お時間作って頂きまして、誠にありがとうございました。日本語教師を職業とできるまでには、まだまだ道が遠そうですが、諦めずに学び続けようと思っています。                                              <追伸> 連日の地震報道に、心が痛みます。私みたいな者が 簡単に思いを口に出すことはできませんが、阪神大震災当時、姉が神戸に住んでいたので、その時の思いがよみがえり、胸が痛みます。一日も早い復旧を望みます。
Commented by tiaokumura at 2011-03-21 10:47
aguranekoさま、ご訪問並びに初コメントありがとうございます。まだまだお若く(日本語教師としての僕のスタートは40代半ばでした)有能なあなたのことです。きっとチャンスは巡ってきます。難しいことの多い職業ですが、ぜひ「諦めずに学び続け」てください。
拙いブログですが、これからもよろしくご贔屓に^^。


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