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2000年夏・パリ日記(8)

Mercredi, 16 Aout
(同日、続き)
ホテルに戻る。明日の飛行機の長旅(約半日)が控えているので妻は休むことに。一人でホテル近くを散歩。ふとピカソ美術館が近いのを思い出す。空港で買ったMICHELINの「PARIS Atlas」は便利。1万分の1。48.60FFr。パリは東京と違って地下鉄も通りもわかりやすい街だが、方向音痴^^なのでそれでもよく迷う。迷ったときは通行人などに聞く。僕も何度か聞かれた。パリのそんなところも好きだ。「ピカソ美術館」への途路でも何回か道を聞き、聞かれた。フランス語しか通じない女性警官2人組、黒人の親切な男性など。
ピカソ美術館(MUSEE PICASSO)。パリに来る前は訪ねる予定はなかったのだが、行ってみてよかった。特にピカソがいわゆるピカソになる以前のがいい。「青の自画像」はやはりいい。ピカソの最高傑作だ。日本人もちらほら、各国人の若者。子どもも多い。良いことだ。館内のショップでポスト・カードなど購入。マッチ2Fなり。宮崎氏、こういうの喜びそう、購入。
ホテル。夕食。仮眠。荷造り。
フロント(レセプシォン)にホテルのバーについて問い合わせる。ところが最初に出た女の子が英語が通じず、電話口の向こうで男の子に「あたし英語わかんないの、あんた英語わかるでしょ。ちょっと代わってよ」とか言って、その男の子が「俺、無理だよ」とかの数回のフランス語によるやりとりが聞こえてきて、おかしかった。もちろん僕にそんな微妙なフランス語がわかったのではない、その雰囲気を「翻訳」すると、こうなるのだ。パリに滞在する間に、なんとなくフランス語のムードのようなものがつかめたか。最終的に男の子が電話口に。午前2時までやってるとのことだったが、あまり魅力なさそうなので行くのはやめる。パリ最後の夜、バーテンダーとヘミングウェーみたいにしんみりと話をしようと思ってみたのだが・・・。パリの経験をパリっ子と話すチャンスは結局持てなかった。残念。
で、ホテル近くのカフェ・バーに。イタリア系?店主。スコッチウィスキー水割り(日本風に言えば)、45F。ワインのほうがよっぽど安いのだが、2人でボトルをあけるのは無理だと思った。グラスワインって手もあったのだろうが。パリの最後の夜のアルコールがウィスキーってのも、何かダサいと言うかサミしい(爆)。お通し(日本風に言えば)の豆。スタンド近くのテーブル。他に、酔っ払って相客にからんでいる女性、犬を連れた老人、バイクに彼女を乗っけて乗りつけたヘルメットの兄(あん)ちゃんなど。小1時間在。100F支払う。10Fのチップはどうだったのか。チップにはいつも悩まされていた。ホテルでは毎朝、洗面所の石鹸置きにチップと妻の折鶴を用意しておいた。一度コインを間違えて(最低額のコイン。コインは金額わかりにくい^^)、さすがにそれは取っていってなく、大変失礼なことをしてしまったと反省。翌日2倍にしておいた。
(続く)
by tiaokumura | 2006-03-25 10:29 | 追悼 | Comments(0)


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