人気ブログランキング |

たかさごや この うらぶねに ほを あげて

f0030155_14164618.jpg
(7月1日夜・記)
僕は日本人なので、中学や高校の歴史でについて知り、あるいは高校生時代に小林秀雄『無常といふ事』を読み(白洲正子はまだ読んでいなかった)、能のほんの初歩的な知識は持っている(つもり)。大学に進学し、小西甚一先生の授業を受け、あるいはクラスメートが銕仙会に入っていて、「謡が趣味だったらずいぶん豊かな人生が送れるだろうなあ」と思ったが、とは無縁で人生を送ってきた。
あれは2008年の12月だったか、地元の北日本新聞で小西弘通先生(観世流シテ方)「富山"観世塾"」の案内を読んだ。富山は加賀(前田家)や高岡(前田家の分家)の影響で宝生なんだろうなぁと漠然と思っていたので(今でも清明堂にも紀伊國屋にも謡本は宝生流しか置いていない)、観世流があるなんて知らなかった(恥)。記事中の連絡先に電話し、「全くの素人なのですが受講できますか」と恐る恐る^^申し出たら、「どうぞどうぞ」とのことだった。その時の電話の主、松友会会長・松下覚さん。「富山"観世塾"」には翌年2月初参加だったか。その後「華川会」を教えられそちらにも参加。ただ、どちらもなかなか参加できないでいる。末席を汚す弟子としてはせめて出席率だけでもと思うのですが、いかんせん仕事がある身、行けたり行けなかったり。60代後半になってもっと時間ができたら、もっとちゃんと謡を習いたい。

数ヶ月前、「富山"観世塾"」(富山能楽堂)の日、松下覚・松友会会長にビクトリアクラブ(ウラジオストク)の子どもたちが富山国際学院に来るので、子どもたちに謡体験をさせてやりたいとお話ししたら、松下会長は先生役を快く引き受けてくださった。ボクって、見かけはひ弱ですがケッコー図々しい男なんですね(激爆)、偉い人にもついお願いしてしまいます。「ロシアの子どもに謡体験」なんて本邦初^^の(無謀な^^)試みかもしれませんが、ご快諾していただいた松下会長には感謝するばかりです。今時の言葉で言えば松下会長は「プロボノ」です。ビンボーな日本語学校なんで(恥)一円も報酬をお出しできないことを承知で先生役を引き受けてくださった。あるいは僕にとって松下会長は「メンター」でもあるでしょうね。
世の中の人間には、「前例がないから やらない/やれない」タイプと「前例がないけど/前例がないから やってみよう」タイプがありそうですが、公務員向きは前者^^で、日本語教師は後者の資質がある人向きな職業でしょうね、きっと。

6月27日(日)午前10時、松下会長と富山国際学院で打ち合わせ。
6月28日午後1時過ぎ、ビクトリアクラブ(ウラジオストク)の子どもたち、謡体験。富山国際学院の近くにある地区センターの20畳の和室をほとんどタダみたいな料金で借りることができて、そこが謡教室。
子どもたち、入室第一声が「さむらい~」でした。松下会長、紋付袴だったんですね。
松下会長から、能の歴史・謡のこと・日本文化のことなどレクチャー。通訳はターニャさん。
4人・3人に分かれてお稽古。各グループ約10分。正坐、大変でしたが、けっこうきちんと座っていました。補助プリント1枚使用。表には『高砂』のストーリー。『まんが 能百番』(平凡社)pp224-225のまんが(渡辺睦子)の日本語部分をスタッフの増山満美子さんがロシア語に翻訳。裏は、『高砂』3箇所の横書きの漢字かな版とかな版。僕が作成しました。かな版は例えば
たかさごや この うらぶねに ほを あげて この うらぶねに ほを あげて つき もろともに いでしおの なみの あわじの しまかげや とおく なるおの おき すぎて はや すみのえに つきにけり はや すみのえに つきにけり
といった感じ。現代仮名遣い。ひらがな(カタカナもそうですが)って発音記号にもなるところが、こういう時にとても便利。ひらがなさえ読めれば、音が出せる。

休憩の後、全員一緒に謡。アップした写真がそれです。紙を持って立っていらっしゃるのがターニャさん。紙には僕の下手な文字で(大汗)、「たかさごや・・・」が書いてあります。
最後に松下会長の仕舞。
終わって皆で後片付け。松下会長が着替えるところも、子どもたち興味津々でした。

日本で言えば中1~高1のロシア人子どもたちに謡を体験させて何になるのだ、って批判もあるでしょうが、子どもたちの心のどこかに今回の体験、きっと残ると思う。それがやがて30代あるいは50代になって何かの拍子にふと脳裏に思い浮かぶ。そんなことになってくれれば、「仕掛け人」としてはそれで充分です。

松下覚会長
ロシアの子どもたちに貴重な体験をさせていただいて
どうもありがとうございました!
by tiaokumura | 2010-06-29 14:16 | 日本語教育 | Comments(0)


<< カラヴァッジョ、映画+トーク 昭和46(1971)年 東京女... >>