人気ブログランキング |

詩「ありばいのためのこらあじゅ」

なにゆえに太陽は問ひ給わずや。
愛する人々(もの)の破滅なき不幸を願ひ
愛さざる人々の栄光なき幸福を願ひ
後悔なき呪ひの神話を胸に抱き続けた少年に、
なにゆえに太陽は問ひ給わずや。
   *
誤りは常に過去にあり、正義は常に未来に
ある世界の中で、めざめた瞬間に、己れの
醜い未来を思い出した人間が生きる事は
全く不可能だ。要するに、そういう世界では
彼は異質なのだ。
   *
詩は死、全てを語るが何も告げない
詩は私、僕しか知らない
《ことば》はわたし わたしは《ことば》
あなたは《もの》 《もの》はあなた
   *
よく眠るための美しい夢
目覚めるための輝く朝日
明日(あす)も生きるためのはにかんだ決意
明後日(あさって)も在るための膨大な偶然性

予感されないままに私は願望を規定した
   *
僕は知らなかった
 昨日(きのう)咲いた花がくちなしだった事
 一人の人間が一篇の小説を書ける事
 秋成には三人の母がいた事
 教育には評価がある事
を僕は知らなかった
だから僕は対抗させた
 情熱には死
 真理には趣味
 全体には部分
 日常には非日常
を僕は対抗させた
だから僕は誰をも愛し誰にも愛されなかった
   *
権現様の石畳
小(ちい)っちゃな少女のおまじない
嘘つき坊やの苦労話
   *
——「先生はいつから煙草を喫いだしたの?」
——「お母さんはどんな人ですか?」
そんな質問には答えられない。それは
私小説に属するから。僕の告白しうる以上の
告白を要求するから。
   *
沈黙は無関心、饒舌は無能
から来ることを彼らは知っていたのだろうか。
   *
決して自分が無駄な努力などしているのでは
ない、という素朴な信仰。崖の上の信仰。
   *
見つけたのは誰? 見つかったのは幸福
見つかったのは何? 見つけたのはあなた
   *
夜明け前にさよならはない
別れるのはいつも真昼

別れる時にバラードはない
僕達に残るのはいつもエピソード

僕達の過ぎた道に僕はいない
光が僕を隠してくれる

光の中に風は舞わない
夜明け前はまだ続く
   *
あなた
 既視感(デジャ・ヴュ)にとらえられて
  全てを見た と主張する あなた
あなた
 発想の瞬間にすれ違ったイメージを
  ちっとも大切にしなかった あなた
あなた
 愛されているという自負心が
  非難の根拠ではなかった あなた

同時代の全ての《あなた》達よ
別れる時には全てを葬れ
別れる場所では出会わないようにせよ
何もしなかったのがあなたの罪で
何も知らなかったのがあなたの愚かさであったとしても
別れる時には全てを葬れ
語り合う事が僕達に保証された既得権で
出会う事が残された唯一の慰めであったとしても
別れる場所では出会わないようにせよ
   *
あなたは合理主義者だから
風と桶屋の楽しいデュエットを非難する
あなたは合理主義者なのに
無風地帯の危険さに気付いていない
あなたはいい人だから
後悔ではない反省の毎日を楽しんでいる
あなたはいい人なのに
無能者という軽蔑に耳を傾けない
あなたは寂しがり屋だから
架空の舞台で踊りに熱中している
あなたは寂しがり屋なのに
つぶやき声の青白い少女の顔を見ない

同時代の全ての《あなた》達よ
寓話から教訓を抹殺せよ
善良になる前に舞台を壊せ
痩せた豚の喜劇を繰り返すな
そして
太ったソクラテスが
あなた達の世界に出現し
木樵(きこり)が死神を呼ばなくてもよい日よ
早く来い
   でも実は そんな日は来ないのです
   ありばいハイツモ消極的(こらあじゅ)ダッタ


自註
①これは僕が21歳の時、東京教育大学・学生文化会のサークル誌に発表した詩(?)です。
②当時読んでいた吉本隆明、J.L.ゴダール、高橋和巳、A.カミュ、寺山修司、P.ニザン、富永太郎、立原道造、埴谷雄高、カール・ヤスパース、オディロン・ルドン(画家だから「見ていた」です)、キェルケゴール、ハイデッガー、唐木順三、折口信夫、ミケランジェロ・アントニオーニなどなどの、それこそ「コラージュ」(もっと言えば「パクリ」^^)な詩でしょうね(記憶がはっきりしないのだが、森有正、辻邦生、メルロ・ポンティ、アルベルト・ジャコメッティ、南方熊楠、マイルス・デイヴィス、ジョルジュ・ムスタキ、S.キューブリックなどなどとは、まだ出会っていなかったかと思う)。でも、あれから42年経った今(僕は今63歳)、こうして読み返してみると、これまでの人生の3分の1の時点でものしたこの作品、今でも当時の志や理想や感受性などが残っているのだから、わが人生の記念碑(「青春の思い出」)にはなるんでしょうね。「ありばい」ってここでは「不在証明」であり、「レーゾン・デートル(存在理由)」とか「自分探し」でもあるのでしょうね。
③詩に一箇所だけ「注」を付けておきます。「痩せた豚」「太ったソクラテス」は大河内一男・東大総長の1964年3月卒業式訓示の「太った豚より痩せたソクラテスになれ」(実際には原稿段階だけだったとか)を踏まえています。あとにつけるべき「注」はまぁ・・・今はほとんど思い出せません(大汗)。
④この「詩」はかつてすっかり忘れていました。このブログを始めて3か月くらい経った頃、「若奈ちゃん・迅ちゃん」のことで僕は「『何もしなかったのがあなたの罪だ』」という記事をここに投稿した(2006年2月18日付)。「何もしなかったのが~」は僕がどこかで読んだ一節だとすっかり思い込んでいたのですが、大学以来の親友哲ちゃんが、それは僕が書いた詩の中の一節だと連絡してきた。ビックリ仰天でした。すっかり忘れてましたもんね。で、物持ちのいい^^哲ちゃん、な・な~んと全文(詩「ありばいのためのこらあじゅ」)をメール添付で送ってきてくれた! それ以来、僕、PCに保存。
⑤④から更に幾星霜^^。「ありばいのためのこらあじゅ」はまた忘却の彼方だった。本年5月15日夜、僕は学生時代のサークル仲間と萬屋天狗本店で飲み会。そのときの様子は3つ前の記事ご参照。「ありばいのための~」、また話題になったんですね(照)、そこで。
⑥そんな事情です(事情説明、長すぎ~^^)。上掲の詩、(   )内は原文ルビ、斜体字は原文傍点付きです。あとは(たぶん)オリジナルのままです。
by tiaokumura | 2010-05-20 19:48 | 言の葉つれづれ | Comments(5)
Commented by 哲ちゃん at 2010-05-20 22:41 x
すこし書誌的な覚書を書いておきます。
掲載されたのは,『学生文化会会報』復刊4号。昭和43年(1988年)7月15日発行,限定100部と,編集後記のページに記されています。
文集(68ページ)と会員名簿(52ページ)で構成され,扉・巻頭言・目次・編集後記8ページを加えて,全体で128ページ。
これがすべて「ガリ版」で書かれているのだけれど,名簿以外のすべてのページを,会報係Joe Arashiyamaことナベちゃんが,3ヵ月かけて,こつこつと鉄筆で文字を刻んでくれたのでした。
名簿は会員各人が1ページずつ,アンケートに応える形の自己紹介になっています。貴兄のページをコピーして送ろうか?
Commented by 哲ちゃん at 2010-05-21 06:32 x
追加です。
判型はB5判。B4に2ページずつ印刷したものを二つ折り・袋とじで製本してあります。
Commented by tiaokumura at 2010-05-23 21:12
哲ちゃん、コメント2件ありがとう。さっすが~プロ、書くことがワシなんかと違う^^。
来年、赤坂会館でみんな集まる時、ぜひ「復刊4号」、持って来てほしい。「紅茶にひたしたマドレエヌ」になるでしょうね、同誌。
僕の自己紹介っての、読みたいような怖いような・・・。何を書いたんだろう、まるっきり覚えていない。コピー送ってもらえたら、読んでみます。
年内また上京の機会がありそうです。また会えたら嬉しい。
Commented by かねごん at 2010-05-23 21:34 x
先生は詩人ですね。
よく眠るための美しい夢
目覚めるための輝く朝日
明日(あす)も生きるためのはにかんだ決意
明後日(あさって)も在るための膨大な偶然性

このフレーズはぐっときますね。
奥村先生の感性が時代を超えて僕の胸に迫ってきます。
また先生の詩をぜひ掲載してください。
Commented by tiaokumura at 2010-05-25 19:38
かねごん先生、先生に「先生は詩人ですね」って断言?されると「そっか~ワシって詩人じゃったんか~」と錯覚しちゃいます(激爆)。
きっと誰もがみんな「詩人」なんでしょうね。その表現出式が詩だったり音楽だったり散文だったり愛だったり仕事だったりけんかだったり・・・・といった違いがあるだけなのかも。
私の詩、これっきりです。どっかに埋もれてるのも(たぶん)ないと思います。ブログの散文でご勘弁を。


<< 久々の白山茶屋 こんな授業・あんな授業(14)... >>