「富山“観世塾”」(1月)

本日、「富山“観世塾”」受講。

富山“観世塾”」の前に用事があって、11時頃家を出る。富山市中心街に行くのはいつ以来だろう、実に久しぶり。富山別院の駐車場に車を入れる。それからまず、今日の「富山“観世塾”」4曲中2曲の本を持たないので総曲輪通りの清明堂書店に入って探す。昔と同じく裏口あたりに謡本コーナーがあった。ただ残念ながら宝生流ばかり。富山は、高岡も(金沢・福井も)そうですが、観世流より宝生流が盛んなんでしょうね。江戸より京都に近いからでしょうか。清明堂書店の後、ラーメン祭り?をやっている総曲輪フェリオを通りぬけ、西町交差点から南へ少し行ったお店で富山銘菓「月世界」を購入。それからフェリオに取って返し、紀伊國屋書店。謡本、あるにはあったのですが、こちらも宝生流。でもせっかく久しぶりに紀伊國屋書店来たのに何も買わないのも癪なので、店内物色。都留泰作『nacunN』4・5(講談社アフターヌーンKC)と『ポケット数独 上級編5』を買う。都留泰作先生は当ブログでも数回ご登場いただいていますが、富山大学人文学部准教授。僕は還暦の日、都留先生の文化人類学の授業を受けてました(照)。「数独」、「上級編」はまだLevel7が3割、Level8が1割くらいでしょうか、解けるのは。解き方のステップアップが求められている段階。つまり、いささか壁にぶちあたっている、ってとこです。7Fの紀伊國屋の後、6Fの末弘軒でワンタンメン+黒とろろ昆布おにぎり1個の昼食。

12:45頃、富山能楽堂。ロビーの受付で「富山“観世塾”」について聞いている女性がいらっしゃったので、ご一緒する。ところが、いつもの部屋ではなくて右往左往(恥)。「受付」の紙が貼ってある部屋があったのでそこを開ける。いつもより1部屋分広い感じの会場。小西弘通先生に緊張しながら^^新年のご挨拶。川田有紀子先生・松下覚会長にもご挨拶&受付。
一番後ろの席に富崎茂樹先輩のお顔が見えたので、その横に着席。
本日1曲目は『鶴亀』。川田先生に習った、僕が唯一謡える(っても、めっちゃ下手ですが)曲です。1回目、小西先生が何回かに分けて謡われ、その後我々が繰り返す。2回目は最初から通して。『鶴亀』は謡った経験がある曲なんですが、なんか自分だけ違う。シャドーイングみたいにしてたんですが、声質が他の皆さんと違うんですね。何て言うか・・・皆さんのは「謡」の声でボクのは「下手なカラオケ」の声(泣)。呼吸法とか発声法とかリズムの取りかたとかが根本的に違っているんでしょうね。まぁ、そういうのが自覚できただけでも、新年第1曲、よしとせねば。
二曲目『吉野天人』。『鶴亀』『吉野天人』は『大成版 観世流初心謡本 上』の1曲目・3曲目に所収。『鶴亀』とほぼ同じ練習方法。謡、久しぶりだったからでしょうね、この曲の間、足が痛くなってずいぶんお行儀が悪かった(恥)。
三曲目『』。巴は木曽義仲の愛妾・巴御前。彼女は、才色兼備ならぬ武色兼備、アマゾネスです(そんな言い方、顰蹙を買うかも^^)。彼女は義仲と最期をともにしようとしたのですが、義仲の命で生きながらえざるを得なかった。愛する男とその死をともにできなかった執念を、折りしも粟津の原を訪れた木曽の僧に晴らしてほしいと訴える。女がシテの珍しい修羅物。巴が三様に描かれそれに伴って曲調の変化がある。増田正造「お薦め能の名曲」には入っていませんが、名曲だと思う。
四曲目『弱法師(よろぼし)』。僕は昨年2月28日に初めて「富山“観世塾”」を受講したのですが、その時の二曲目が『弱法師』でした。世阿弥の長男・観世元雅が作者。『隅田川』も彼です。『弱法師』は、増田正造「お薦め能の名曲」から引用すると、「家を追われ、盲目となり乞食となりながらも、梅の香のような詩心を失わぬ少年。父との再会。」(『観世流 能のすすめ』p.35)
『巴』『弱法師』、本がなかったので、富崎さんの大成版をお借りした。富崎さん、ありがとうございました。

今日の「富山“観世塾”」、3時半頃北日本新聞(地元紙)の取材があり、小西弘通先生がインタビューを受けていらっしゃった。記事を読むのが楽しみです。取材が入ったこともあって、いつもより20分くらい遅く終了。後片付けのお手伝いを少しして、雪の中(来た時はいいお天気だったのに)を帰宅の途に。
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by tiaokumura | 2010-01-23 20:57 | 謡を習う | Comments(0)


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