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月刊「言語」(大修館書店)、休刊

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2009年は「雑誌の休廃刊が相次いだ年」としても記憶されるかもしれませんね。多くのジャンルの雑誌(ゲームやアニメやファッション関係はどうだったんでしょう)でのその現象は、日本出版界がデフレスパイラルに巻き込まれた象徴のよう。こないだの朝日新聞朝刊1面トップに出版業界の不振が載ってましたよね。こういう記事が1面トップに来る国であることがまだ救いですが(大岡信が朝日新聞に連載していたのも今は懐かしい思い出です)、今日のお昼のNHKラジオのニュースで僕にはショックなニュースがあった。日本の大手製紙会社2社が海外に生産拠点をシフトしたとかいうニュース。こっからはボクの素人考え(幻想)ですが、やがて紙の海外依存までもが当たり前の時代になったある日、突然某国中心のカルテが発効して紙の禁輸がなされ日本への輸出がストップ。「オイルショック」ならぬ「ペーパーショック」。戦後の出版の話などを読むと、紙配給制?時代の出版人の苦闘がうかがえますが、21世紀の半ばにそんな時代が再現しないといいですよね。それとも紙媒体は早晩滅びゆく運命にあるのだろうか。

さて、アップした写真の「言語」も12月号で休刊です。僕は90年代の後半だったか、「日本語学」「日本語」「日本語ジャーナル」、それに「言語」を定期購読してた時期がある。今にして思えば「豚に真珠」「馬の耳に念仏」なバブリーな時代(恥)。
月刊「言語」の休刊記事を新聞で読んで、そうがく社の鈴木社長にTELして2冊確保していただいた。1冊は親友粕谷さんへのプレゼント用。鈴木社長には「学燈」最終号も今年取り置きしていただきました。
最終2009年12月号は特集が「言語学的探求」。以下敬称略で紹介させていただきますが、野田尚史「『日本語学』発展への展望」、加藤重広「語用論の来し方とそのゆくえ」があり、巻頭エッセイは鶴見俊輔「言語をつつむ言語-亡き多田道太郎に」。他にも金水敏・窪薗晴夫・真田信治・井上和子・今井邦彦・上野善道・影山太郎・北原保雄・小泉保・仁田義雄・水谷修・南不二男といった、ボクのような素人にもわかる豪華キャスト。それなのに「つぶれる」のは一つの時代の流れの宿命なんでしょうか。
北原「日本語研究五〇年-飛び石的研究の理論と実践」には、僕も大学時代に学んだ太田朗や中田祝夫も出てきて懐かしかった。そう、こういう「休刊」には「懐かしさ」と「これからへの切ないメッセージ」が並存するんでしょうね。言語学に限らず細分化され共通言語も巨人も失ったアカデミックな世界に、「救世主」は現れるのでしょうか。言語学の場合で言えば、「生きた言語」にどの程度迫れるパワーが残っているのだろうか。「格差社会」はアカデミックな世界にも広がり、研究分野・専門による「弱肉強食」が始まっているのだろうか。

人間にとって言語は最後の拠り所だろう。今号のそうそうたるラインナップを眺めていて、「言語」は謎が多いからこそここまで人類の遺産として残ってきたんかなぁという感想を持ちました。
われらのホモサピエンスが出アフリカを果たし、抽象的な原初思考が可能になりシンボル記号を操れるようになり音声器官が突然変異し音楽に目覚めた頃-それと前後して「言語」が生まれたんでしょうかねぇ。宇宙も言語も僕には謎だらけです。

(12月24日・追記)
上掲記事中の小泉保先生(元日本言語学会会長・元大阪外国語大学教授)が12月18日に亡くなられました。享年83歳。
ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
by tiaokumura | 2009-12-20 19:56 | | Comments(0)


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