どえりゃぁ大変でもありゃぁしませんでしたが^^、今月も名古屋出張がありました。

昨日22日(水)、名古屋出張。手帳で調べたら、1月11日・2月19日・3月4日に続いて今年に入って4か月連続の名古屋出張です。ここ2年半を振り返ってみると20回くらいは名古屋出張してる勘定になります。「名古屋出張」っても行く先はたったの2つです。自分、別に名古屋妻おるわけでもありませんし、出張帰りに栄や今池や錦で遊んでこようってスケベ心もありません(激爆)。行く先はただ2つ、大名古屋ビルヂング名古屋入国管理局
この2年半から更に遡ってわが人生における「名古屋の思い出」はと言えば、高校時代のクラスメートのO君が名古屋の福祉関係の大学に進学していて彼を訪ねていったこと、東京教育大生時代に出会い今でも親友である宮崎健二君の岡崎(安城だったか?)の実家を訪問する際に立寄ったこと、パチンコ業界で生業を得ていたときに業界視察で訪れたこと(今はどうか知りませんが、名古屋はパチンコの先進地。メーカーもかつてたくさんありました。今はどうなんだろう、遥か40年ほど前の思い出です)のたった3つ。

車で自宅を出発しようとしたらエンジントラブル。まぁ、リスク管理、最近は少し上達してきているので、JR富山出発時刻9:10には間に合いました。想定される危機には一応A案・B案・C案を用意するようにしているんですね、最近の僕は。今のところC案までに立ち至ったケースは幸運にもありませんが、もしC案でうまくいかない場合は・・・そんときは、放棄しちゃうか、泣いて誤魔化すかも(激爆)。

旅の衣は墨染めの♪、いやちゃった(爆)、今回の出張はスーツ着用。昨年は年間30回以上スーツ着用と自己新記録^^でしたが、今年に入ってスーツ着用は今回でせいぜい3回でしょうネ。スーツ似合わん男なんですね、自分。できれば己が人生でスーツなんて着なくて済むようにしたいと願ってたのですが、ここ数年、そんなワガママは言えない身になってしまいました。こうなったら、早く「スーツが様になっている男」路線を目指すしかないんかもしれません(嘘爆)。

旅のお供の本、今回は青柳いづみこ『六本指のゴルトベルク』(岩波書店)村上龍『無趣味のすすめ』(幻冬舎)の2冊。
前者、岩波『図書』連載中から注目していました。単行本になったので購入。僕はクラシックなんて全く門外漢なんですが、ときどき自分とはほとんど無縁な本が無性に読みたくなるんですネ。「六本指」はハンニバル・レクター博士が左指6本なんですね。で、彼とグレン・グールド『ゴルトベルク変奏曲』の2ヴァージョンとの関わりなんて、青柳に教示していただかない限り、僕のようなド素人には永遠にわからず仕舞いだったでしょうね。青柳は書いています。
たぶん、レクター博士が聴いたのは81年版(リリースは翌82年)だろう、と私は推理する。(同書p.4。原文縦書き)
彼女の推理の根拠は同書でお読み下さい。同書では他に「モーツァルティアン」が出てくる「数字マニア」、カストラートの話、太宰の情死を枕にした「音楽家は悪人?」、ローレライも出てくる「つれなき悪女」、『海辺のカフカ』の「長い長い物語」、「天安門事件とフランス大革命」など、読みながら「へぇ~」とか「なるほど」ってエッセイが満載。ほとんどが『図書』でちらっとは読んでいるのですが、こうして単行本で読めるのは僕のような者には大変ありがたいことです。
村上龍は最近では「カンブリア宮殿」(TVは見ていません)の本を読んだ。ここんところビジネス関係についての本を読む必要に迫られているんですね(自分にその方面の知識がないからしょうがないんですが)。『無趣味のすすめ』には、龍の考えに賛同するかどうかはともかく、僕のような者には「卓見」だと思われる箇所が何十箇所とあります。そのほんの1例だけ引用。
グローバリズムに適応するためには(中略)どうすればいいのか。もちろん解答などないし、どうすればいいのかという問いが、そもそも間違っている。個人としてグローバリズムに適応するのか、それとも社会的に地方の自立のために具体的・科学的に努力するのか、方法は2つしかない。(同書pp148-149。原文縦書き)
本書、233ページありますが、活字が大きく余白もタップリなんで、往復の車中で読み終わりました。

例によって讀賣・日経を車中読む。
讀賣「編集手帳」、全くそのとおりだと思う。以前このブログにも書きましたが、私は「裁判員制度」、絶対反対です。裁判官の怠慢以外の何物でもない制度だと思う。我々の何倍・何十倍もの年収を得ている裁判官のために、なんで我々庶民が貴重な仕事時間をやりくりして1日1万円(裁判官の日給はこの何倍になるんだろう?)の日当で、「死刑や無期」の判決も下さなければならない裁判に立ち会わなければならないのだろうか。僕は「検察審査員」の経験があるのですが、その何百倍もの精神的苦痛を甘受しなければならないのが裁判員なのではないだろうか。幸い今回は僕は選ばれていないのですが、もし選ばれたら以下のように申し立てして裁判員を忌避しようと思う。
理由その1:裁判員になって何か月(何年)も拘束されたら、収入が減り家族が養えない。
理由その2:私がもし「毒カレー事件」を裁くことになったら、私は林さんに無罪を言い渡します。「限りなく黒に近い」林さんでしょうが、私は状況証拠だけで「死刑」は選択できません。構造的な「冤罪の仕組み」を排除するには、確たる証拠及び動機解明が必要なのではないでしょうか。
日経23面「幸福の経済学」連載開始。某国立大教授の担当。経済学が「幸福」を数量化することによって可視化したところで、それが何になるのだろう、というのがド素人の素朴な疑問。そんなことより「金融工学」とやらいう鬼っ子のために世界中で多くの「不幸」を生み出したことを反省していただきたい。そして、今回のような経済危機(恐慌)は今後も一定のスパンで起こりうるということ、すなわち人類が今のところ最高段階として取り入れている「資本主義」内部に「恐慌」が必然的にしかけられている「時限爆弾」であることを、もっと声を大にして我々庶民にわかりやすく説明していただきたい。
「経済学」がそんなに有効であるなら、経済学徒はみ~んな「お金持ち」になってるんじゃないかしらん(激爆)。「経済学」に限らず文系の学問は「後出しジャンケン」なんかもしれませんね。マクロな現象について「結果」の説明やそこから導き出される「法則」は示せても、ミクロなステージでの複雑な展開は予測できないのかも。もちろん学者が「予想屋」でなければならない必然性はないのだろうけど、一般人ってそんな「無理難題」、学者先生に期待しちゃいますよね^^。

1時から大名古屋ビルヂング12Fで会議。東海・北陸地区の30の日本語学校から27校出席。うちのような地方の小さい日本語学校にとっては、この会議は貴重な経験の場。僕はこれで3回目の出席。前半は09年度4月生についての情報交換。後半は名古屋入国管理局首席によるレクチャー&質疑応答。
会議のあと、大名古屋ビルヂング3FにあるI.C.NAGOYAに寄って丸山茂樹校長と1時間ほどあれやこれや。丸山先生とは2年半ほど前に初めてお目にかかり、爾来さまざまな情報やアドバイスをいただいています。年齢は僕が5歳上ですが、丸山先生は不慣れな僕をまるで「弟分」のように扱ってくださっています。誠にありがたいことです。

9時半頃富山帰着。ポートラムに乗って帰る。
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by tiaokumura | 2009-04-23 21:12 | 僕は学院長1年生 | Comments(0)


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