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夢二の旅-たまき・翁久允とのゆかりにふれつつ@高志の国文学館

f0030155_9384522.jpg竹久夢二(たけひさ・ゆめじ1884-1934)は、1915(大正4)年・1928(昭和3)年の2回、富山を訪れているそうです。3月27日(日)、暖かな春の休みの朝、勤務先の富山国際学院でちょっとだけ仕事をして^^、学院近くの文学館に企画展を観に行った。この間までやっていた「松本清張展」は、事情があって観に行けなかった。残念。

企画展 夢二の旅-たまき・翁久允のゆかりにふれつつ
高志の国文学館
~5月16日
公式サイト:こちら

展覧会の構成は「Ⅰ旅人の記憶-「異国」より歩み来たる人びと」「Ⅱ旅への思い-故郷(ふるさと)を求めて」「Ⅲ鉄道と船-夢二の交通手段とその時代」「Ⅳ富山への旅、富山ゆかりの人びと-たまきと翁久允」「Ⅴ欧米外遊-スケッチと工芸研究の日々」。僕が当ブログで何回かクレームつけたからじゃぁ全くないのですが^^、今回の企画展は作品リストが提供されていました。構成のⅣ以外は金沢湯涌夢二館(金沢近郊に湯涌温泉あり。僕はまだ行ったことがありませんが、一度ぜひ訪れてみたい。「夢二館」がある)で先日あった展覧会をほぼ踏襲なんでしょうね。
夢二の富山での作品は「有磯の海岸」が展示。
たまき」は岸たまき(きし・たまき1882-1945)。23歳の夢二と結婚(たまきは再婚)、虹之助を儲ける。1915年の夢二来富時に、離婚後の夢二を手伝う。「翁久允」は富山以外じゃ知られていないかも。僕が若いころはご存命、彼が主宰する「高志人」(こしびと)を本屋で見たような気がする。翁久允(おきな・きゅういん1888-1973)。彼は夢二の黒部峡谷やアメリカへの旅に尽力。久允の夢二評-「彼は思想的にコスモポリタンであつたが、情緒的にはティピカルなジャパニーズであつた」。
「宵待草」などの載った「セノオ楽譜」も13点展示。企画展の関連イベントで音楽会の予定もあるみたいです。日程が合えば聴きに行きたい。
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by tiaokumura | 2016-03-27 09:38 | 美術 | Comments(3)

クロード・ルルーシュ監督『愛と哀しみのボレロ』

f0030155_945240.jpg(3月27日午後・記)
僕が好きな映画トップ20の第1位は『気狂いピエロ』で決定なのだが、クロード・ルルーシュ監督『男と女』(1966年。原題Un homme et une femme)もランクインするだろう。フランシス・レイの音楽もスキャット入りの主題歌もいいが、レーサーの夫の死を知る場面や、寄宿舎に子どもを迎えに行って出会う男と女(ジャン・ルイとアンヌ)や、砂浜での再婚者同士になりそうな子連れの場面も、印象深い。そして何よりもアンヌ(アヌーク・エーメ)とジャン・ルイ(ジャン=トランテニャン)のSEX場面で、たぶん亡夫を思い出してだろう、アンヌが営みを中断する場面は、半世紀ほど前に初めて観たのだが、今でも鮮明に覚えている。SEXっていったん始まったら男の射精まで続くものだと思っていた、あの頃。男の身勝手なそれが女性を傷つけることもあるかもしれない、ってことを、あの時初めて知った。

愛と哀しみのボレロ』(原題Les Uns et Les Autres)
1981年 フランス 185分 フランス語・英語・ドイツ語・ロシア語
愛よ、響け、愛よ、踊れ!
フランス映画界が総力をあげて贈る 大河メロドラマの最高傑作。映画史上に残る伝説の”ボレロ”が、今よみがえる!
製作・監督・脚本:クロード・ルルーシュ(Claude Barruck Lelouch1937-。『男と女』『パリのめぐり逢い』『白い恋人たち』など)
撮影:ジャン・ボフェティ
音楽:ミシェル・ルグラン フランシス・レイ
振付:モーリス・ベジャール
出演:
ジョルジュ・ドン ダニエル・オルブリフスキ ロベール・オッセン ジェラルディン・チャップリン 他

モスクワ、バレエのプリマドンナを選ぶ場面で始まる。敗れて傷心の内に帰るタチアナに、選考委員の一人のボリス・イトイッチが近づく。場面転換し、パリ、ベルリン、ニューヨークと。本映画のモデルは、ルドルフ・ヌレエフ(バレエ)、エディット・ピアフ(シャンソン歌手)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮者)、グレン・ミラー(楽団)だそうです。カラヤン、ニューヨークデビューってああだったんでしょうか(ナチスとの関連でコンサートがボイコットされる)。グレン・ミラーはかつて伝記映画観ました。チャップリンの娘がグレンの娘役サラを演じてます。
モスクワ・パリ・ベルリン・ニューヨークの4つの家族はそれぞれに第2次世界大戦を経験し、やがて、ラスト15分のボレロのシーンで、セルゲイ(バレエダンサー。ボリスとタチアナの息子)、ダビット(弁護士。シモンとアンヌの息子。収容所に向かう列車で両親により線路に遺棄される。母と再会するが母には彼の記憶がなかった)、パトリック(歌手。ダビッドの息子)、エディット(TVリポーター。カールとエブリーヌの間の私生児。エブリーヌは「ドイツ兵と寝た女」として戦後糾弾され自殺する)、カール・クレーマー(指揮者)、サラ(歌手。ジャック・グレンとスーザンの娘)らが、一堂に会する(ただし会場に点在する)。普通の映画の1.5倍ほどある長尺な本映画の収斂場面。ルルーシュはこのシーンの為にこの映画、作ったのかも。
セルゲイ(ジョルジュ・ドン)のボレロが有名ですが、僕はこの映画、初めて観ました。デジタル・リマスター版。
映画邦題って、『太陽がいっぱい』『俺たちに明日はない』など名訳が多いですが、この映画もフランス語原題の無機質さ^^とは打って変わって、オシャレ。でもキャッチコピーの「大河メロドラマの最高傑作」ってどうなんだろう。

「AとBのC」って「Aが好きなB」と同じように両様の解釈ができますが、この映画、「(愛と哀しみの)ボレロ」でしょうね。
話は変わりますが、こないだBSで放映された『愛と誠』で、安藤サクラがスケバンの若頭みたいな役、やってました。「A&B」で思い出した^^。
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by tiaokumura | 2016-03-26 09:45 | 映画 | Comments(0)

藤原道夫監督『水と風と生きものと』

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(3月21日午後・記)
水と風と生きものと 中村桂子・生命誌を紡ぐ
2015年 日本 119分 日本語
・・・日々、生命誌を編み続ける研究者たちと、それを訪ねて集う大人や子どもたちの穏やかに満たされた笑顔と、小さな生きものたちの輝きに出会う幸福な2時間である。(高村薫)
監督:藤原道夫(『宮本常一』『自然を弦の響きにのせて~96歳のチェリスト青木土良~』など)
企画:村田英克
プロデューサー:牧弘子
登場人物:
中村桂子 末森千枝子 伊東豊 関野吉晴 新宮晋 赤坂憲雄 他
公式サイト:こちら

中村桂子(なかむら・けいこ1936-)を僕が初めて知ったのは、奥村学習塾主宰の頃。光村図書出版の中学国語教科書に彼女の文章が載っていた。掲載学年は忘れたが、今も載っているかも。「女性科学者が国語教科書に載るなんて珍しいなあ」と思った印象がある。「男医」「男流作家」なんて言葉、ないんだから、「女性科学者」なんて言い方、性差別で糾弾されるかも、今なら^^。彼女の文章、DNAとかゲノムの話で、ゴキブリもミドリムシもイヌもヒトも、その基本構造は同じで生命の歴史を背負ってる、っていうような内容だった(記憶が定かじゃないが、たぶんそんな話)。好奇心強く感受性豊かな若い心にしみこむような内容・語り口だった。
本映画、
中村が旅をします。大阪、東京、そして東北へー。そこで、自然に眼を向けて、大切なことを忘れずに暮らしている人々と語り合います。(映画リーフレットより引用)
対話の相手は、末森千枝子(絵本編集者)・伊東豊(建築家)・関野吉晴(探検家・医師)・新宮晋(造形作家)・赤坂憲雄(民俗学者)。映画終盤で宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の舞台化。舞台は、チェロ演奏・谷口賢記、人形遣い・沢則行、語り・中村桂子などによる「生命誌版」。映画では、賢治ゆかりの地やJT生命誌研究館や東京の中村の自宅なども。

僕は若い頃から映画館での映画が好きで、今でも年間10本くらい映画館で映画を観てる。そしてその大部分がここフォルツァ総曲輪での上映。それが今年まもなく休館(実質「廃館」でしょうね)に。この3月26日に「フォルツァ総曲輪の未来を考える会」が開かれます。僕は参加するのは難しいですが、休館反対の署名活動でも立ち上がれば署名しようと思う。
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by tiaokumura | 2016-03-20 10:28 | 映画 | Comments(0)

原和子さん「日本語指導に関する最新情報」

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(3月21日午前・記)
今の人は10代から世の中に国語教育・国語教師ではなく日本語教育・日本語教師があることを知っているだろうけど、僕がこの世の中に日本語教育・日本語教師なるものがあることを知ったのは40代、そして日本語教師デビューは40半ばと遅咲き(いや、まだ咲いてないけんど^^)。当時既にしてカリスマ日本語教師だったのが原和子先生。先生はその頃は富山医科薬科大学(現在は富山大学に統合)で教えていらっしゃったように記憶する。僕は日本語教師になってから教えを乞おうと原先生に何度か接触しようとしたが、なかなか実現しなかった。おっさんなんで警戒されたんかも(激爆)。まあ、今では会えばあれこれ話し合える仲にはなれましたが。何より先生に感謝してるのは、富山国際学院のスタッフ補充。学院の2016年度は12名のスタッフになるのですが、その内の約半数は原先生が代表を務められる「ゆうゆう」出身。学院に日本語教師が必要になるたびに、原先生にTELしてます(照)。
年に2回、8月と3月だそうですが、「日本語ボランティア登録者研修会」。僕はボランティア登録者じゃありませんが、都合がつく限り、受講させていただいています。3月19日(土)10時半~12時半、平成27年度第2回開催。会場は富山駅南口前CiCの3F。今回のテーマは「日本語指導に関する最新情報」。研修会は、
日本語教師が知るべきこと メタ認知 自律的学習支援のためのタスクとストラテジー(メタ認知ストラテジーなど) 日本語教授法の変遷 言語学習ストラテジー(Rubin、Stemなど) メタ認知ストラテジー
と進む。「メタ認知ストラテジー」が今回の研修のキーワードでしょうね。原先生のレクチャーのあと、実際の指導例を考える。「宿題をしない理由は?」「点数が悪い理由は?」を考えた。直接「実践」に結び付けられるのが、この研修会の最大の特徴でしょうね。
「ポートフォリオ」なんかも自律学習に効果、あるんでしょうね。あと「モチベーション」の作り方・在りようも。今や日本語教育で、「学習者中心」「教師は支援者」って考え、すっかり定着してますね。学習者が習得できない/習得が困難ってケース、教師側に8割以上責任があると思ってたほうがいいと言える。「良い学習者」は確かにロールモデルになるけど、遅進学習者の学習方法・声、もっと発掘発見し理解し、教師がステップアップしていかなければならないのでしょうね。
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by tiaokumura | 2016-03-19 13:19 | 日本語教育 | Comments(0)

転載「保育園落ちた日本死ね!!!」

話題になってるブログ記事、遅まきながら以下に転載します。拡散してもいいんですよね。
うちは三世代同居&専業主婦だったもんで保育園には入れないと思い、私立幼稚園にしました。富山は保育所も幼稚園も恵まれているほうなのかも。僕はダメ父親でしたが、今は男親も女親と平等に子育てしてるってケース、増えてるみたい。
何なんだよ日本。」、言葉の汚さをあげつらう向きもあるみたいですが、僕はすばらしい内容・表現だと思います。安倍首相、国会での初発の答弁、対応、間違った。
日本国政府&自公は、参院選前に高齢者に3万円ずつくれるそうですが、僕はその金、辞退します。あるいは、いただくだけいただいて、どなたか・何かのために使います。日本国政府&自公、もっと有効に使えよ、カネ、です。

何なんだよ日本。

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

昨日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?

何が少子化だよクソ。

子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。

不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。

エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。

有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。

どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

ふざけんな日本。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。

国が子供産ませないでどうすんだよ。

金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。

不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。

まじいい加減にしろ日本。

追記

https://twitter.com/hoikuenochita

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by tiaokumura | 2016-03-13 13:28 | このブログのこと | Comments(0)

2016年2月:ブログ内ランキング

僕はマージャンは少しやるが、碁も将棋もチェスもやらない。今朝の讀賣新聞1面トップ、「人工知能 また壁破る」「囲碁トップ棋士に3連勝」。遂にそういう時代が来たか、という感想です。チェス、将棋に続き、囲碁もコンピューターに負けた。対局したイ・セドル(韓国)は現代世界最強の棋士の一人だそうです。新井紀子さんらによる、東京大学に合格させようというロボットの開発も有名ですが、どうなるんでしょうね、これからの「世界」。僕なんかはもうロボットに完全に負けてることでしょうね。「日本語教師」って職業も10年後にはロボットに取って代わられていたりして。時給50ワットのロボット日本語教師^^。多くの職業がこの後、レッドデータ化しそうですよね。「機械」は人間に代われるのか、人間との棲み分けはいかに、「人間」って何なのか、人類はどこへ進むのか、が問われる時代なんでしょうね。S.スピルバーグ監督『A.I.』(2001年)、ふと思い出した。

2016年2月は12本の投稿記事でした。月15本以上の投稿が目標なんですが、先月は不達成。PC訪問者は1日平均61.07人。2月の「PCアクセス数」は2702でした。「リンク元URL」は、100以上だけ挙げると、1位「www.google.co.jp」が977アクセス(以下同じ)、2位「search.yahoo.co.jp」851、3位「www.exblog.jp」215、4位「userconf.exblog.jp」116でした。

2月の「記事ランキング」は、
第1位<2011年10月23日付>「僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどと・・・」(ポール・ニザン)(110アクセス。以下同じ)
第2位<2016年1月31日付>春画展、あります。京都の細見美術館で!(46)
第3位<2009年6月16日付>富山県思考大会問題作成委員会『思考大会問題集 思考力の開発』小学生用・中学生用(40)
第4位<2007年6月1日付>富山市教委の愚策「中学校選択制」に反対する(36)
第5位<2011年5月12日付>こんな授業・あんな授業(17)久々の、日本留学試験「記述」対策(30)
第6位<2016年2月14日付>エンジン02in富山(27)
第7位<2007年6月9日付>朝日新聞「愛の旅人 愛新覚羅慧生と大久保武道」(6月9日付)(17)
第8位<2009年1月20日付>相本芳彦さんの、衆議院議員選挙富山3区立候補を支持します(16)
第8位<2016年2月13日付>EARTH MOVING2016ネパール@黒部市国際文化センターコラーレ(16)
第10位<2016年2月7日付>橋口亮輔監督『恋人たち』(15)
でした。
第1位、ニザン、先月に続いての第1位。100以上のアクセスはこの1本だけでした。第2位、京都・細見美術館での春画展、僕は4月3日(日)に行きます。当日は早朝京都に着いて、若冲の墓参→おばんざいの朝食→神戸→鉄斎展2つ→神戸で昼食→京都→春画展→夜桜→京都で夕食、ってな予定です。翌日が勤務先の富山国際学院の新年度授業開始。遅れたり寝ぼけ眼だったりしたら、総スカンでしょうね(激爆)。新年度上半期の僕の授業担当は、C組2コマ(木金曜日)+外部(金庸夜)でスタートです。

検索キーワードランキング」のほうは
第1位・富山(34アクセス。以下同じ) 第2位・ブログ(14) 第3位・日本語(13) 第3位・日本語教師(13) 第5位・日本語教育(12) 第6位・ポールニザン(9) 第6位・奥村隆信(9) 第8位・ポール・ニザン(8) 第8位・相本芳彦(8) 第8位・柳川友美(8)
でした。
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by tiaokumura | 2016-03-13 12:27 | このブログのこと | Comments(0)

高平公嗣君、ご逝去

3月9日(水)、富山国際学院での勤務を終え帰宅して、6:10からのNHKニュース富山版を見ていてビックリした。高平公嗣君、ご逝去のニュース。
高平公嗣(たかひら・こうじ)君は立山中学出身で僕と出身中学は異なるが、進学先の高校で出会った。彼とは3年間で1回くらい同級か隣接級だったかも。彼の父君は公友(きみとも)さん。県議から参議院議員になった方。郷土の発展にずいぶん尽くされた。そんな父君を持つ公嗣君であった。
当ブログ、7年前・2009年3月12日付の記事で、高平君(当時「副議長」)のことを書いている。以下引用。

高平君とは高校時代に1度くらい同級になっているかもしれない。父君(故人)は参議院議員。彼は東京の私大に進学、東京で何度か会っているかもしれない。僕の記憶では前川清バリの歌を歌ったように思うがどうだろうか。僕の次姉が高平君の地元に嫁いでいて、姉から彼の話をときどき聞いた。県議会議員に立候補し当選、富山市の老舗割烹の娘さんと結婚など。僕は県議会議員選挙区が異なるので応援したことはない。何度か激戦を制して、今では副議長に就く経歴になったのでしょうね。

69歳。県議6期、県会議長、自民党県連幹事長など歴任。まだまだ活動できる年齢であった。私なんかが「君付け」しては失礼な方でしょうね。世のため・人のために尽くす激務の中でご逝去。植出耕一君もそうだったが、高平君もご家族や周囲の人々が予期せぬ最期であった。

ここに謹んで 高平公嗣さんのご冥福を ご祈念申し上げます
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by tiaokumura | 2016-03-12 13:49 | 追悼 | Comments(0)

富山国際学院 2015年度卒業式

f0030155_1592923.jpg(3月12日午後・記)
3月11日(金)富山国際学院・2015年度卒業式。学院は昨春校舎を移転して狭くなったので、卒業式は学院近くの環日本海交流会館をお借りして実施している。3月11日-あの日、午後3時前、東北地方太平洋沖を大きな地震が襲った。後に東日本大地震と名づけられたその地震、死者・行方不明者・震災関連死およそ2万1千人。統計の無機質な数字の前に想像力は萎えてしまうが、せめて3月11日だけでも、大震災の犠牲者、被災地で日常生活も未だ取り戻せない方々、やむを得ず故郷を離れ異郷で暮らす方々に、思いを馳せたい。
3月11日、富山国際学院卒業式の前に、参列した学院生・教員一同で1分間の黙祷を捧げた。黙祷の前に僕が呼びかけ、卒業生たちにも追悼の意が十二分にわかってもらえたようだった。

アップした写真、2015年度卒業式の特別表彰者3名の表彰状。
Aさんはネパール出身の語学留学生。ネパール人学生たちのリーダーとして在学中、ずいぶん努力してくれた。Aさんはネパール大地震の折、「母国のために、募金活動を行いたい」と僕に申し出る。富山駅前でAさんらと募金活動をした。また、「冬服を集めたい」と相談された時も、それを実行。集まったたくさんの男・女・子供服は、東北エイドの川渕映子さんのところで引き取ってもらえることになった。やがてネパールに届いてほしい。Aさんは努力賞。4月からは首都圏での生活。東京でも活発に活動してほしい。
Bさんは中国出身、オーストラリアでも留学経験がある。10月生で半年遅れなのだが、みごと昨年12月の日本語能力試験N1に高得点で合格。学院生、学院在学中にN1合格はけっこう難しい。言語の表出活動(書く・話す)がない試験で必ずしもいいとは言えない「日本語能力試験」だが、N1合格はすばらしい。さらにBさんは、3月8日合格発表の国立大学にも合格した。Bさんは成績優秀賞。4月からは桜のきれいな隣県の大学に進学します。Bさんは将来は医療従事者になろうと思っています。
今、日本全国の日本語学校にも技能実習生にも看護介護関係にも、ベトナム人が増えている。ご他聞に漏れず、富山国際学院語学留学生にもベトナム出身者は多く、外部授業でもベトナム人が増えている。ベトナム人にとって、富山の移り変わりやすい天候は大変でしょうね。雪、初めは「きれい」でしょうが、やがて「うんざり」。Cさんは、そんな富山で1年半の語学留学、学業をバイトと両立させ、欠席なし。遅刻・欠課があったので「皆勤賞」には該当しませんでしたが「精勤賞」受賞。Cさん、次は首都圏で留学生活。

1年に入学式2回、卒業式1回で「式辞」をせねばならない。いつも大いなる悩みです、スピーチ。今回は以下のような「学院長式辞」にしました(抜粋)。
前略
さて、日本人なら誰も知らない人もいないほど尊敬されている人物に、吉田松陰という人がいます。彼は1830年に生まれ、やがて、当時の政府に反対する行動をとって1859年10月27日に処刑されました。彼は彼自身の夢を実現できないまま30歳になる前に亡くなりましたが、彼の創った学校「松下村塾」の生徒たちは、やがて日本がアジア初の近代国家になるために大きな働きをしました。
今日、今、ここは、皆さまにとって一つのゴールであり、新しいスタートでもあります。皆さまの新しい門出に際して、吉田松陰のことばを送りたい。古い日本語ですが
一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。
これを、皆さまにわかりやすい現代日本語に訳すると
一日漢字を1字覚えると、一年で365字覚えられる。一日1時間遊んでしまうと、100歳まで生きたとして3,6500時間を無駄にしてしまう。
まあ、そういった意味になります。
「努力はうそをつかない」と申します。「一日1字」、毎日毎日のプラスの積み重ねが大切です。逆に、「ちょっとくらい遊んでもいいや」と思って怠けると、「一夜1時」、そちらも積み重ねが大きいマイナスになります。
一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う。
後略
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by tiaokumura | 2016-03-11 15:09 | 僕は学院長7年生 | Comments(2)

三島由紀夫 展Ⅸ@隠し文学館 花ざかりの森(富山市向新庄町)

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早春の楽しみの一つが富山市向新庄にある「隠し文学館 花ざかりの森」である「館長講話」。今年も開催されました、三島展の関連イベントで。最高気温が20℃を超す3月6日(日)、同館に赴く。

新資料でよみがえる
三島由紀夫 展Ⅸ
「三島、決断の時-『盗賊』から『仮面の告白』へ-」
三島由紀夫は作家活動に専念するため、わずか9か月間ほどで大蔵省を辞めている。20代前半で、大きな転換期を乗り越えた「三島の決断」に、本人の著述、両親、編集者らの証言で迫る。
隠し文学館 花ざかりの森
~3月21日
公式サイト:こちら

10時過ぎ、文学館着。お庭に杉田欣次館長のお姿。駐車。僕のことを覚えていてくださった(照)。館内に入り、受付に奥様。こちらも「奥村さん」と呼びかけられ、覚えていてくださったことにちとビックリ。
展示を見る。右側面、今回の関連資料。他のコーナーは過去の資料類の展示。
2階で館長・記念講話「館長、三島の決断を語る」。
講話前半はこれまでの展覧会のあらまし。後半は「『盗賊』まで」「決断の前後」「『仮面の告白』へ」の3部構成。坂本一亀は昭和23年8月頃に三島と接触してたみたい。坂本は龍一の父、高橋和己も関わってた。三島の父・梓は、正直最初は息子がせっかく得た大蔵省官吏を蹴って小説家になろうなんぞ、とても許せないことだったでしょうね。彼は木村徳三に「一本立ちの作家になれるか」「花形作家になれるかどうか」、問い合わせたそうです。木村はこの件について三島には言っていない。三島はやがて「アウタサイダーばかりの部落」の住人となる。『仮面の告白』では「死刑囚にして死刑執行人」(ボードレール)のスタンス。「裏がえしの自殺」「回復術」がこの作品。

質問ができて、挙手して「・・・僕にとっての三島は、憂国だったりボディビルダーだったり市ヶ谷だったり唐獅子牡丹だったり(略)します。ある人にとっては『命売ります』だったりある人には『金閣寺』、またある人には川端康成やラフカディオ・ハーンだったり(略)。イマドキの言葉で言えば三島の多様性・ダイバーシティ。あるいは三島の豊穣性。杉田さんにお聞きしたいのですが、杉田さんは、三島のどこ・何がこの後も理解され受容されてほしいと思われますか?」と質問しました(照)。
展覧会、これで9回目。来年は10周年になります。
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by tiaokumura | 2016-03-06 13:36 | 富山 | Comments(0)

ネパール

f0030155_1382469.jpg(3月6日午後・記)
アップした写真、写りが悪いですが(汗)、右から、ニマさん(富山国際学院2年生)・アスビルさん(富山国際学院卒業生)・川渕映子さん(「アジア子どもの夢」「東北エイド」)・僕。3月5日(土)、コラーレにて。
この日、
コラーレ・ワールド・フェスティバル
ネパールの息づかいを、カラダとココロで感じる2日間
EARTH MOVING 2016 ネパール

公式サイト:こちら

黒部市は富山県東部。新幹線の駅は「黒部宇奈月温泉」がある。YKKの企業城下町?かも。コラーレは、たぶん「来ら~れ」も含んでるんでしょうね、黒部市にあり、年に1回、世界各国から1国を取り上げフェスティバルを開催。今回はネパール。初日(2日間開催)の午前10時過ぎ、コラーレ到着。受付。「ネパール料理」が一番魅力だったんですが、予約制でもう締切。とほほ、エプロンまで用意していったんにぃ。2つに参加。
ネパール手指(ハンズ)ヨーガ教室
岡本有子先生(ネパール密教行舞日本初伝授者)。いろんなヨガ、覚えきれないので(恥)、岡本先生に「YouTubeとかにないんですか」って聞きましたが、まだないそうです。本も未完。先生は首都圏で活動中のようです。
昼食
トゥクバ(五目あんかけ麺):チキン ネギ 卵 人参 玉葱 ニンニク 生姜 塩 胡椒 マサラ 中華麺 など
はじめてのネパール語講座
先生はスシル・ラマさんと、ダルマさんの奥様の松田美雪さんだった。
ネパール語、デヴァナガリ文字がめっちゃ難しいですが、語順は日本語と似ている。
メロ私の/ナーム名前/(   )/ホです
カハどこ/バタから/アウヌ来る/バヨました?
おやつ
ラッシー(ヨーグルトベース) ヨマリ(餅菓子)
コラーレではネパール大地震の募金活動もしていました。富山国際学院ではニマさんの呼びかけで街頭募金活動や冬服集めもした。集まった冬服(男・女・子供)、どうやって被災地に送るか困ってたんですが、川渕映子さんに相談したら、川渕さんところで引き取ってもらえることになりました。良かったあ。
こないだBSでネパールの精霊流し、ドキュメンタリーでやってましたね。
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by tiaokumura | 2016-03-05 13:08 | 富山 | Comments(2)