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最後の授業

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(7月4日午後・記)
2015年も半分以上終わりましたね。今年は勤務先の富山国際学院の移転もあったせいか、月日の経つのが早い。上半期は、毎週1回、最初は土曜日午後、後に月曜日夜に派遣担当しました。富山市南部のA社(イニシャルじゃありません)社員寮に行ってベトナム人社員B・C・D・E・Fさん5人に日本語を教える。45分×2。「仕事の日本語」と「日本語能力試験N4レベル」の2本立てでコースデザインを設定しました。6月29日(月)が最終授業。その前の週に「先生、最後の日、晩ご飯いっしょに食べませんか」とお誘いを受け、授業開始前に、御相伴させていただきました。
アップした写真、一人はシャッター係になったので写っていませんが、教え子の皆さんと。中央は炊飯器。中国人の爆買いでも人気みたいですが、日本の炊飯器、スグレモノ、でしょうね。社員寮の5人、お米3kgずつ買ってて半月で消費するそうです。日本のお米はベトナムと品種が違って(インディカ米とジャポニカ米?)ますが、彼ら、異口同音に「おいしい」。円安が進んでいるので、日本で働くのは来日当初より目減りしてるのでしょうが、この後も皆さんが元気に技能実習生として生活されることを願いたい。
この夜のメニューを書いてもらった。「カロフィソカ(魚とトマト)」「チャチン(豚肉)」「ヤチンヌクマム(鶏肉)」「カンラオ(スープ)」だった。ビールも勧められたのですが、あいにく僕は車の運転なんで、これはご遠慮^^。

皆(みな)さん、ごちそうさまでした。体調(たいちょう)がよくなくてたくさん食べられなくて、ごめんなさい。
帰国される前にまたお会いしたいですね。
富山での生活、事故(じこ)や病気に気をつけて、お過(す)ごしください。
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by tiaokumura | 2015-06-29 19:19 | 日本語教育 | Comments(2)

高橋さんご夫妻と@復興住宅

f0030155_9513625.jpg(7月4日午前・記)
アップした写真、僕の右、高橋さんご夫妻です。2015年6月28日(日)、復興住宅の高橋さんのお宅で撮りました。
6月28日(日)午前5時、平成の森の宿舎で目覚める。ここ、6人部屋で2段ベッドが3組。僕は入口左の下で寝てた。ここ、富山では少年自然の家みたいなところなんでしょうね。前回は子どもたちもいたような気がする。この日はW杯女子。起きたらTVがついてました。同宿の男性3人、僕もそうですが、やっぱ女子サッカー見たかった。朝食時間に間に合わないかと心配だったんですが、試合、7時前にケリがついた。朝食。前日もお見えになってた高橋さんご夫妻が宿舎にいらっしゃる。お2人、我々のバスにご同乗され、その後の被災地を案内していただく。補助金のこと、防潮堤のこと、工場・店と住宅のこと、復興住宅入居の条件のこと、などなど、直接聞かなければわからないことだらけ。そして、私のように安全地帯でのうのうと日々を送る者の想像力を超えたレベルでの生活の困難。東京オリンピックに伴い、被災地では、人出不足・建材高騰が起きている。何より、政府の棄民策及び私たちの無関心。

今回のバスツアー参加者で復興住宅各戸を訪問。ただ、これ、どうも難しかった。「富山から来ました。少しお話し聞かせてください」って感じでチャイムを鳴らしインターフォンに向かって問いかけるのだけれど、逆の立場だったら、たぶん戸惑いや拒否反応でしょうね、すぐ顔を出される方は少なかった。困ってる内に高橋さんの奥様にご協力いただき、何戸かの住人にお会いできた。次回はもう少し工夫したく思った、復興住宅訪問。
何年か前に南三陸町歌津で魚竜の化石が発見された。高橋司さんは「魚竜館」の名物館長。そこは、化石の陳列があり、地元のうまいものの物産直売店だった(確かそのはず)。商売も順調、家族も平和に過ごしていた高橋さんを襲った東日本大震災。人生が一変した。僕が高橋さんと初めてお会いしたのは2年前。年齢が近かったこともあるのでしょうね、あるいは高橋さんのお人柄でしょうね、親しくお話しができた。その後、年賀状の交換や高橋さんのやってらっしゃるお店での歳暮・中元をお願いしています。

高橋司さん、体調がよければ来年もお伺いします。その節はよろしくお願いいたします。田束山(たつがねさん)、行ってみたいです。
儲けにならない注文しましたが、よろしくご手配ください。

バス出発。防災センター(防災庁舎)。ここ、遺産として残されることになったみたい。僕は個人的には反対です。南三陸町さんさん商店街。昼食。食欲がなく、焼き魚2つ買って、でも、残してしまった。癌が再発してるのかもしれないが、どうもここんところ、あまり食べられない。夕食。川渕映子さん&お孫さんと同じテーブルで。お孫さんのAちゃん(イニシャルじゃありません)、今回のバスツアー最年少(小学4年生?)。人気者でした、どこでも。ただ彼女(女の子です)、僕のこと「外国人」って認識で^^、めっちゃ日本人な自分、いささか困った。最後の食事場面ではうまく接してもらえましたが。でもこういう子が被災地に入るって、すばらしいことですよね。彼女の将来が楽しみです。「外国人」って偏見差別とも無縁なはず、彼女。
9時過ぎ、岩瀬スポーツ公園。駐車してた車で帰宅だったんですが、夜道でわかんなかったんでしょうね、右前輪パンクしてしもうた(大恥)。
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by tiaokumura | 2015-06-28 09:51 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

11か月ぶりの南三陸町

f0030155_21391525.jpg(2015年7月2日夜・記)
あの日、僕は勤務先の富山国際学院で日本語授業をしていた。地震にはほとんど気づかなかった。富山はそうだったんでしょうね、震度は。ただ、とりあえずはこういった地震に慣れていない学生たちに「心配はない」ってことを告げて(僕や各クラス担当者が分担)、その日を終えた。帰宅して東北地方太平洋沖地震(後に「東日本大震災」と改称)のひどさに驚いた。岩手県一関市の姪にケータイがダメ、神奈川県相模原市の姉にも電話はダメ。翌日、富山国際学院の卒業式が近いので、家の近くのO理髪店へ。そこで見たTVに映し出された光景・・・。30代の女性の「夫も子供もいない。どうして私だけが・・・」という悲痛な叫び。SFX映画を見るような津波の光景。翌々日月曜に学院に出勤し、学院長として学生たちに地震のこと、福島原発のことを話し、義捐金を募った。学院生の知人の仙台の日本語学校生2人がバスなどを乗り継いで富山にやって来て、迎え入れたのもその後まもなくだった。

高才弘さんから、NGOアジア子どもの夢川渕映子さんが東北支援でバスを仕立ててボランティアたちと被災地に通っているという連絡を受け、2011年4月の、第3便あたりになるでしょうか、石巻に行った。そこで少しボランティア活動。炊き出し・支援物資。帰宅してまた行こうと思っているうちに胃癌ステージⅣが見つかって、その後のボランティアはできなかった。幸い癌で死ぬまでに至らず、4年以上が経過している。
この3年間、南三陸町サポーターズをやってて、1年で1万円の会費で南三陸町のおいしいものを送っていただいている。2年前からは「南三陸町サポーターズ バスツアー」にも参加。当ブログに、その記事もあるはず。
2015年6月27日・28日と南三陸町に行ってきました。約11か月ぶり。
午前6時過ぎ、岩瀬スポーツ公園出発。名立谷浜で朝食。僕は月見そばにしたが、ここんところどうも食欲がなくあまり食べられなかった。昼食は安達太良SAだったか。安達太良って智恵子ですよね。僕の昼食はポークカレーだったか、「ご飯少な目」ってカウンターに行って注文。「昼間っから」って顰蹙(ひんしゅく)を買いそうですが持参した缶ビールもいただく^^。12:15出発。
南三陸町伊里前福幸(いさとまえふっこう)商店街東北AID(川渕映子・代表)が看板を寄付したとか。僕はどうすればいいかわからず、何も買わなかった。数軒(美容室・理髪店もあったみたい)、お店があった。
バス車中、富山の落語家・越中家漫欽丹さん(富山大空襲の体験者)の楽しいお話もあった。
南三陸町歌津・平成の森に到着。自治会長の畠山さんからお話を伺う。この日の宿泊先でお風呂・夕食。東北AIDのスタッフの小林さんに誘われて9時過ぎ、平成の森集会所に。アップした写真畠山さんと1時間半ほどお話。小林さんは朝日新聞のオピニオンへの畠山さんの投稿(2011年)で畠山さんのことを知ったそうです。僕が畠山さんとお会いするのはこれで3度目でした。仮設から復興住宅へ移れるのは朗報なんでしょうが、そこにはまた新たな問題も。独居者もおられるそうで、孤立が心配。また、仮設の時は「うるさい」隣人の生活音だったのでしょうが、復興住宅では防音が逆効果で静かすぎる悩みも。そして何より畠山さんが心配されてたのはコミュニケーション。被災復興から次のステージに入れたのはいいのですが、これまで何とか皆でコミュニケートできてたのが、それがなかなか難しい局面に。住宅ローンも非常に大変。中には震災前のローンとの二重ローンも。

畠山さん、またお会いできてうれしかったです。ご当地の焼酎「うだづもっこ」、おいしかったです。
これからも大変な日々でしょうがどうか御身御大切に。
なかなかご当地に行けませんが、またお会いできる日が来るよう、富山にて日々過ごします。
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by tiaokumura | 2015-06-27 21:39 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

名古屋出張のお楽しみ

f0030155_18295125.jpg(6月26日夜・記)
アップした写真、僕の後ろは遠藤さん、その右は田中さん。今から10年ほど前になるか、経済産業省のプロジェクトで「アジア人財」ってのがあった。人材じゃなく「人財」ってのがミソかも。これは日本にいる留学生の就職活動を支援するプロジェクト。ご縁があって富山国際学院が北陸地区の国立大学(現在は国立大学法人)を担当させていただいた。就活日本語・ビジネス日本語などで、僕は北陸先端科学技術大学院大学(←長いので^^JAISTが通称)を担当した。遠藤さん・田中さんは、アジア人財時に出会った。先日、遠藤さんからメール。僕の名古屋出張時に夕食を共にしないかというお誘い。喜んで承知した。同じ「戦友」^^の野田さんも入れて4人のメンバーでしたが、野田さん、あいにく急用で不参加。
食事会は田中さんの選んだ「座座はなれ」。名古屋駅から徒歩10分くらい。当夜は遠藤さん・田中さんのお話を聞きながら、よく食いよく飲んだ。こういう食事会、いいなあ。当夜は主に僕がメニューを選んだ。僕の飲食は
生ビール2杯 新じゃが芋フライ クジラの刺身 三河鶏の焼とり(塩) 北海道産真ほっけの開き 茄子の一本漬け 大あさり浜焼き風 カンパチかま焼き 尾張名古屋の金鯱きしめん
でした。どれもおいしかったですが、「カンパチかま焼き」「三河鶏の焼とり(塩)」「新じゃが芋フライ」がトップ3かなあ。
7時過ぎ、1年後の再会を約して別れる。
名鉄バスセンターで待つ。午後8:40高速バスで富山へ。深夜、富山駅南口着。歩いて富山国際学院に行き、3階保健室のベッドで眠る。6時ころ起きて、いったん帰宅。
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by tiaokumura | 2015-06-24 18:29 | 美味録2015 | Comments(0)

愛知県美術館

f0030155_1604877.jpg(6月26日夜・記)
一昨日6月24日(水)名古屋出張。僕の勤務先の富山国際学院は毎年4月と10月に語学留学生を受け入れている。そして、その留学ビザを得るために、4月生については12月中旬、10月生については6月下旬に、それぞれ名古屋入国管理局に申請に行っている。6月24日(水)が2015年度10月期生の申請日(4日間ある内の3日目を選んでいる)。これ、学院長の重要な仕事の一つです。大きい日本語学校だったら事務職とか学生募集担当が入管申請をやってるんでしょうが、うちみたいなミニ日本語学校、そんな人はおらん^^。募集に関わるあれやこれや、学院長がやってます。あと専任もあれやこれや分担。
本年3月14日に北陸新幹線ができて東京方面は便利になったんでしょうが(料金が高いので北陸新幹線、僕は未利用。いつか乗るべく目下貯蓄中^^)、一方で、京都・大阪や名古屋は不便になった。以前は富山始発だった大阪行き「はくたか」や名古屋行き「しらさぎ」などが金沢始発になってしまった。これって、なんで、なんでしょうね。富山県人にとって不便きわまりない。今回の名古屋出張、そんなわけもあって(もっと大きい理由は富山国際学院の経費節約^^)、往復とも高速バスにした。これ8千円弱で名古屋往復できます、確か。
僕のバス車中での読書(車上!)用に3冊持参。
水村美苗『日本語が亡びるとき』(ちくま文庫) 高見順『死の淵より』(講談社文芸文庫) 造事務所・編著『アジア45ヵ国の国民性』(PHP文庫)
です。
富山マリエ前8:40高速バス名古屋行き、発車。車内ガラガラ。前回の名古屋出張は12月で、高山線の大雪で難儀しましたが(名古屋で1泊しなきゃなんなかった)、今回のバスでの出張、順調。ほぼ中間点でしょうか、ひるがの高原SAで休憩。バス途中、荘川(国鉄職員だった方が植えた桜、有名ですよね)や郡上(郡上盆踊りでしたよね)もあった。SAで「世界一のパリスタ監修」ってホットコーヒー、ゲット、140円。モカっぽい味だった。広口で飲みにくかった。12:10、ミッドランドスクエア下車。名古屋駅。あおなみ線、名古屋競馬場前。名古屋入管、1時前。残念、昼休憩中。1時再開で受付。今回は2:45ころ終了した。

この間、朝日新聞だったと思うが「マグリット展@六本木・国立新美術館」の記事で
愛知県美術館は、7月26日まで常設展にマグリットやエルンスト、ジョアン・ミロらシュールレアリスムの画家を集めたコーナーがある。
というのを読んだ。「こりゃ、いいや」ってんで、今回の名古屋出張に愛知県美術館を組み入れた。名古屋入管のあとI.C.NAGOYAに寄り、その後、地下鉄東山線で栄。
途中ちょっと迷ったが愛知県美術館に着。ここ初めて。ずいぶん大きい。「片岡球子展」やってました(観なかった)。
常設なんで500円だった。展示室5、すごかった(展示室4には古径、大観、春草、御舟、前田青邨や片岡球子や平山郁夫らもあった)。ピカソ「青い肩かけの女」・クリムト「人生は戦いなり」・シーレ「カール・グリュンヴァルトの肖像」・エルンスト「子供、馬そして蛇」・ミロ「絵画」マグリット「無謀な企て」など。すっごいですよね。そしてポール・デルヴォー「こだま(あるいは「街路の神秘」)1943年」でもう感無量になったんに、さらにアルベルト・ジャコメッティ「ディエゴの胸像」1954年)を発見した時は、ただただもう魅入った。まさか愛知県美術館でジャコメッティに出会えるなんて想像だにしてなかった。名古屋って旨いもののないところ・文化不毛の地って思ってました、実は。ごめんなさい、名古屋市民の皆さま。
ジャコメッティもそうですが、豊田市美術館蔵が13点もあった(展示室5・10点、展示室4・3点)。帰宅してネットで調べたら、豊田市美術館は2015年10月9日まで改装工事のため休館中。それで愛知県美術館に貸し出してたんですね。
僕、12月に名古屋出張あります。豊田市美術館、その折にぜひ寄ってみたい。名古屋から近いんでしょうね。
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by tiaokumura | 2015-06-24 16:00 | 美術 | Comments(0)

読書が趣味とまでは言えないのだけれど

f0030155_1626797.jpg三遊亭圓生
浮世に言い忘れたこと
2015年5月25日初版第1刷
小学館 P+D BOOKS
500円+税
*若いころは僕は志ん朝・談志・圓楽だったが、その前は志ん生・圓生・小さんだった。結婚後は枝雀でしょうね。米朝はどうも難しかった。圓生なんで本書購入。圓生の語りはもちろん、佇まいが好きです。東映のやくざ映画にも出てた。P+Dとは「ペーパーバックとデジタルの略称」だそうです。僕なんかのような「紙媒体じゃなきゃ」がいる限り、こういう出版形態、ありなのかも。20年後はどうなんでしょうね。

桂米朝
落語と私
2015年6月5日第10刷(第1刷・1986年3月25日)
文春文庫
550円+税
*桂米朝は落語家・学者・大人・食通・人間国宝など、いくつもすごい顔を持つのでしょうが、僕はどうも苦手だ。僕の場合、彼は、枝雀の師匠が僕の位置づけ。でも本書、帯に「追悼 米朝」。そうなんですね、本年3月19日逝去。TVで追悼番組いくつもあったみたいですが、1本も見ませんでした。米朝では枕が終わったあたりで羽織を脱ぐところが好きです。別世界への誘いでしょうね。

水村美苗

増補 日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で
2015年5月30日第3刷(第1刷・2015年4月10日)
ちくま文庫
880円+税
*最初にこの本のことを知った時はタイトルに衝撃を受けた。でも読まずじまいだった。で、今回文庫本になったってことを知って、購入。日本語教師としても必読本かも(「七章 英語教育と日本語教育」あり)。本文庫、「大幅増補」だそうです。本書には福田恆存も出てくる。高校時代に文庫で読んでた。仮名遣いの勉強になったかも。今はどこかから出てるのかなあ、福田は。

小西甚一
古文研究法
2015年2月10日第1刷
ちくま学芸文庫
1800円+税
*本書、高校生・浪人時代にお世話になった方、多いでしょうね。僕、旺文社ラジオ講座は鈴木一雄だった。小西も鈴木も進学した大学で授業を取った。今にして思えばすごい大学だった。本書、値段が高いが(50年ほど前の高校生時代は300円くらいだったのかなあ)青春の書として再読にいいかも。でも今回読みなおしてみて、こんなに難しかったのかと驚嘆している。小西は高校生相手と云えどもレベルを落とさなかったんでしょうね。

高見順
死の淵より
2014年6月16日第2刷(第1刷・2013年1月10日)
講談社文芸文庫
1200円+税
*僕の末期癌が見つかってから4年になる。よく生き延びてきたものだと思う。この4年間、癌関連の本も何冊か読んできたが、「死」の関連で、この間、そうだ、高見順の『死の淵』って、癌が出てくるのでは、と思った。ネットで検索したら、今は講談社学芸文庫版があった。高見は60前に亡くなってるんですね。彼、食道癌(僕は胃癌・大腸癌・肝臓癌)。「僕に気づかれ/死は/その手をひつこめて逃げた」。

造事務所・編
日本人が意外と知らない アジア45か国の国民性
2015年5月15日第1刷
PHP文庫
760円+税
*昨日・今日と6月24日の名古屋出張の準備で休日出勤。10月期生の申請。本書、ベトナム・ネパール・スリランカ・パキスタン・バングラデシュ・タイ・インドネシア・マレーシア・フィリピンなどをカヴァーしています。勤務先の富山国際学院ではこれまで約30か国・地域出身者に日本語を教えていますが、彼ら・彼女らの国・地域、僕はもっと知るべきでしょうね。日本人は諭吉以来の「脱亜入欧」でアジア蔑視だったんでしょうね。アジア太平洋戦争まで行ってしまった。

中条省平・編
COM傑作選 下 1970~1971
2015年4月10日第1刷
ちくま文庫
1100円+税
*本書、「上」も購入済み。「下」は永島慎二(一番好きな漫画家です)は出て来ませんが、手塚治虫・赤塚不二夫・石森章太郎による競作「トキワ荘物語」、上村一夫「初恋漬」、石森章太郎「想い出のジュン」、松本零士「140万光年の沈黙」、諸星大二郎「ジュン子・恐喝」、やまだ紫「九つの春」など所収。ただ、文庫本なんでしょうがないんですが、老いたる眼^^には絵&活字の小ささがきつい。
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by tiaokumura | 2015-06-21 16:26 | | Comments(2)

JAPAN CLASS「一方、そのころ日本では・・・・・・」(東邦出版)

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ジャパンクラス編集部・編の「JAPAN CLASS」の第2号「一方、そのころ日本では・・・・・・」が出た(アップした写真、右)。創刊号(アップした写真、左)は「それはオンリー イン ジャパン」でした。2014年12月17日初版の創刊号は10万部突破だそうで、すごい売れ行きですよね。ところで、富山のような「地方住み」だと、こういう雑誌は入手しにくい。県内最大手の某書店に行けば置いているかもしれませんが、なんか行くのが億劫で(照)。これって、ジジイ化現象、進んでいるんでしょうね(激爆)。で、こういう時につい頼んでしまうのが「そうがく社の鈴木さん」。僕の勤務先の日本語学校・富山国際学院は、教科書等をしょっちゅう注文しなければならない。学院は「そうがく社」(HPはこちら)を含む3社に輪番で注文しています。「そうがく社」、僕はもうかれこれ10年ほど前になるでしょうか、神保町の同書店を訪問しています。富山住みの僕、地元じゃ入手しにくかったり本の内容の情報をより知りたかったりした時は、そうがく社の鈴木さんに聞いています。「JAPAN CLASS」もそんな本で、創刊号・第2号ともそうがく社経由で入手しました。925円+税。

第2号、大特集①「ニッポンの学校に外国人が熱視線」では、プール・部活動・給食・ランドセル・体育祭・文化祭・修学旅行など。僕の通った高校はプールがなくって(中学はあった)、それって普通と思ってましたが、富山県は「公立高校プール設置率」が0%で堂々の(激爆)worst1なんですね(p10)。ちなみにベスト1は静岡県の99.0%。僕の高校、修学旅行もなかった(中学はあった。東京・日光だったか)。理由は「進学校だから」ってなことでしたが、実相はどうなんでしょう。今でも母校(卒業後約半世紀が経つ^^)は修学旅行なし、なんかなあ。市電ポートラムに乗ってると僕が卒業した高校の現役女子が乗ってることがある。女子高生の制服の襟元のリボンでわかるんですね、僕の高校だってこと。学年別に異なる色。たぶん、入学時の色で3年間過ごすんでしょうね。
大特集②は「世界No.1ブランド国-それは日本!」。特集③が「日本のお笑いはガラパゴスなのか、進化形なのか」、④は「近い将来、日本のカレーが全世界へ拡散する!」、⑤「日本人が知らないニッポン経済の底力」。他には黒田博樹、プロレス、札幌など。

創刊号の特集は「海外で日本語が大人気」「東京は世界一の観光都市」「日本のラーメンが全世界を制覇!」「坂茂」「インドの日本熱がスゴい!」だった。

ここんところ、「爆買い」、すっかり定着しましたが、日本商品の安全安心は確かですが、円安から円高に振れて行っても、外国人観光客、増え続けるでしょうか。今、1人民元≒20JPYです。10年ほど前は14円くらいだったと思う。中国は政府(共産党)がコントロールしてるけど、どこかで人民元安に操作されるんでしょうね。Cool Japanも必ずしも前途、明るくない。コミック・ゲーム・アニメ、韓国や中国は国を挙げて支援してるみたい。経済格差が大きいうちは日本が出稼ぎ先として魅力があるだろうけど、自国がある程度発展したら、しんどい思いをして&難しい日本語を勉強してまで日本を目指そうって人、減るでしょうね。中国はもうそうなってる。その辺がよくわかっていない政府、金さえ出せば&システムさえデザインすれば日本に来てくれると、労働力、期待するのは、きわめて危険でしょうね。このあたり、またいずれ詳述。
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by tiaokumura | 2015-06-20 08:17 | | Comments(0)

Billie Holiday-Strange Fruit(YouTube)


フランク・シナトラ(Francis Albert “Frank” Sinatra1915-98)はともかく、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday1915-59)を40代以下の日本人はどのくらいご存知だろうか。昨日・2015年6月13日の日本経済新聞「文化」欄に「シナトラ、ホリデイ生誕100年」の記事(文化部・岩崎貴行)。フランク・シナトラとビリー・ホリデイは日本風に言えば同学年である。もちろん、白人と黒人が同じ学び舎で学ぶことなどあり得なかった時代ではあるが。2人が生誕100年って知りませんでした。4月生まれのホリデイが8か月ほどお姉さん。
YouTubeに彼女の歌、いくつかアップされています。彼女の代表曲の”Strange Fruit”にしました。「スタンダード」にはならない曲でしょうね、これ。現在のUSAでこの曲はどのように評価されてるのでしょうね。1140万以上のアクセスがあるこの曲をアップした方はこの曲についてRare Live Footage of one of the first anti racism songs everと紹介しています。コメント者の一人のalice seaさんは"Strange Fruit" was a cry for civil rights—some might even say it was the beginning of the Civil Rights Movement. と。
「奇妙な果実」の歌詞は
Southern trees bear strange fruit,
Blood on the leaves and blood at the root,
Black bodies swinging in the southern breeze,
Strange fruit hanging from the poplar trees.
Pastoral scene of the gallant south,
The bulging eyes and the twisted mouth,
Scent of magnolias, sweet and fresh,
Then the sudden smell of burning flesh.
Here is fruit for the crows to pluck,
For the rain to gather, for the wind to suck,
For the sun to rot, for the trees to drop,
Here is a strange and bitter crop.
そうです、奇妙な果実とは白人によってリンチされ樹木に吊るされた黒人のことなのです。

僕、晶文社版の『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』、今でも捨てずに持っています。油井正一大橋巨泉の訳で、僕のは1972年7刷。油井はジャズ評論家の巨星でいわば斯界の吉田秀和。大橋は最近は癌でも話題に。
上述の日経の記事から2か所引用。
ボブ・ディランが今年発売したアルバムで全曲シナトラを取り上げた・・・
オマージュとかリスペクトってことでしょうね。ディランとシナトラって意外。僕には商業主義において対極みたいな印象だったから。
ホリデイの晩年のアルバム「レディ・イン・サテン」の12曲中8曲がシナトラと重複する・・・
これまた意外。
YouTubeにはダイアナ・ロス版の「奇妙な果実」もアップされています。これ、ダイアナ・ロスが演じたビリー・ホリデイの自伝映画からのアップでしょうね、きっと。
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by tiaokumura | 2015-06-14 10:29 | 音楽 | Comments(0)

「花は咲く」@ベトナム語ver.

ハイチュウさんと初めて会ったのは、「アジアの夢コンサート」で今から7年前ほど。当ブログのこちらの記事に書いています。先日、ハイチュウさんのブログを見ていたら、「花は咲く」のベトナム語カヴァーがあった。彼、僕と同じくexciteブログ。ハイチュウさんのブログは、右にリンクしてあります。
ハイチュウさんの「花は咲く」カヴァーはこちらです。「河口容子の『世界』日記」に歌詞のベトナム語がありました。以下にコピペさせてもらいます。河口容子さま、引用、ご勘弁を。
皆さま、ハイチュウさんがなぜこの曲をカヴァーしたか、その想いも前述のブログでお読みください。皆様はご存知ないかもしれませんが、ここ3、4年、日本企業で働いたり日本語学校に語学留学したりするベトナム人が急増しています。「だから皆さんにどうしてほしい」わけじゃないですが・・・。
Trên con đường mùa đông, trắng xóa tôi đi qua
Từng cơn gió mang theo hương hoa xuân về
Tôi bồi hồi tìm lại những dấu yêu năm xưa
Từng con phố thân quen trong tôi bốn mùa
Còn đâu đây quanh tôi bao ước mơ bổng cháy
Cả khao khát đổi thay của chính tôi ngày ấy
Nhưng bây giờ chỉ còn lại những yêu thương
Và tôi nhớ đến ai trong bao kỷ niệm
Tôi nghe trong gió có lời ca,
về ru và an ủi cho ai giấc mơ bình yên một kiếp người
Tôi như đang trông thấy ai cười vui,
dù vẫn còn đây bao nhiêu là nỗi đau hằn sâu chưa lãng quên
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở quanh ta
Đóa hoa chờ đón em tái sinh trong mùa nắng mới
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở bao la
Biết ai còn nhớ đến tôi đã dừng chân quán trọ thế gian
Bên kia bầu trời đêm bóng tối đang trôi xa
Là nắng ấm ban mai lung linh hiền hoà
Tôi bồi hồi tìm lại những dấu yêu năm qua
Từng năm tháng tôi đi qua trong cuộc đời
Ngay đôi ta bên nhau dẫu có bao hờn dỗi
Dù đã khóc tiếc nuối khi bước chân mệt mỏi
Nhưng bây giờ chỉ còn lại những yêu thương
Và tôi nhớ đến ai trong bao kỷ niệm
Tôi nghe trong gió tiếng lòng ai,
về ru và an ủi cho ai giấc mơ bình yên một kiếp người
Tương lai như tươi sáng đang gần bên,
dù vẫn còn đây bao nhiêu là nỗi đau hằn sâu chưa lãng quên
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở quanh ta
Đóa hoa chờ đón em tái sinh trong mùa nắng mới
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở bao la
Biết ai còn nhớ đến tôi đã dừng chân quán trọ thế gian
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở quanh ta
Đóa hoa chờ đón em tái sinh trong mùa nắng mới
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở bao la
Biết ai còn nhớ đến tôi đã dừng chân quán trọ thế gian
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở quanh ta
Đóa hoa chờ đón em tái sinh trong mùa nắng mới
Rồi hoa và hoa, ngàn hoa sẽ nở bao la
Đóa hoa sẽ mãi luôn bên em bình yên đến trọn mối tình.
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by tiaokumura | 2015-06-13 09:28 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(2)

河瀬直美監督『あん』

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あん
徳江「ねえ、店長さん わたしたちはこの世を見るために、聞くために 生まれてきた。 だとすれば、何かになれなくてもわたしたちは わたしたちには 生きる意味があるのよ
2015年 日本・フランス・ドイツ 日本語 カラー 113分
監督・脚本:河瀬直美(かわせ・なおみ1969-)
原作:ドリアン助川『あん』(ポプラ社)
製作:映画「あん」製作委員会
撮影:穐山茂樹
美術:部谷京子
主題歌:秦基博「水彩の月」(作詞・作曲:秦基博)
キャスト:
樹木希林(きき・きりん1943-) 永瀬正敏(ながせ・まさとし1966-) 内田伽羅(うちだ・きゃら1999-) 市原悦子 浅田美代子 他
公式サイト:こちら

かつては小津や溝口や黒澤、そのあとは大島・篠田・吉田らが続き、そして今は北野武や河瀬直美や是枝裕和らでしょうか、国際的に通用する映画監督は。僕は河瀬直美『萌の朱雀』『殯の森』を観ました。昨日の朝日新聞の記事で河瀬直美を取り上げてて(たぶん3回連載。この間は堤未果だった)、彼女の新作『あん』も紹介。ネットで検索したら家の近くのシネコン「大都会」で上映の情報。今日6月7日(日)、観て来ました。上映スクリーン、けっこう混んでた。河瀬ファンなのか、この日特別料金1100円(開館19周年記念で割引だそうです)お目当てか、ま、いずれにしろ、スクリーン上映が混んでるのはいいことです。
永瀬正敏(本作では千太郎役)、この間、同じ「大都会」で『KANO』を観ました。甲子園に臺灣代表で出場した「嘉儀農林」の物語。永瀬は松山商出身の監督役。好演。台湾で受賞も。本作では過去のある(刑務所にいた)中年男で中央線沿線にある「どら焼き」店長。ある日、徳江(樹木)が店に来て「あん(餡)」を作らせてくれないかと言う。桜の季節。彼女の作った餡は千太郎を驚かせる味だった。やがて徳江は千太郎の店に通い、餡を作り続ける。だがそんなある日、オーナー(浅田美代子)がやって来て、徳江がハンセン病であることを千太郎に告げる。せっかく餡が評判で行列ができるほどになっていたどら焼き店も、ハンセン病の風評被害で閑古鳥が鳴く店になってしまう。千太郎は店の常連客の女子中学生・ワカナ(内田伽羅)とハンセン病の療養所に行くが、そこで二人が目にしたものは・・・。
内田伽羅は樹木の孫。そうなんです、内田裕也の孫!で、本木雅弘と内田也哉子の娘。おばあちゃんとは本作が2本目の共演だそうです。伽羅は是枝裕和監督『奇跡』(2011)に出てるそうです。
映画より、もう1か所、徳江の言葉を引用する。
あんを炊いているときのわたしは いつも、小豆の言葉に、耳をすましていました。 それは、小豆が見てきた雨の日や晴れの日を、想像することです。 どんな風に吹かれて小豆がここまでやってきたのか、旅の話を聞いてあげること。 そう、聞くんです

ハンセン病を扱った映画では野村芳太郎監督『砂の器』があった。和賀英良が幼少時、父と共に風雪交じりの海岸伝いを歩くシーン、日本映画の名場面です。
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by tiaokumura | 2015-06-07 12:53 | 映画 | Comments(0)