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癌日記:千百余日 生かされて聴く 蝉の声

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(8月3日午前・記)
7月31日(木)の診療予約日。ここのところ、7週間に1回のペースで、これで今年4回目になるかなあ。これまでは早めに病院に行ってたが、結局待ち時間が長いだけなので、今回は10時過ぎに病院に入る。受付を済ませ、外科受付へ。中央処置室へ行くようにとの指示。中央処置室で採血・検尿。待ち時間に持参した本を読む。でも壇蜜本は病院には不向きな本じゃったかも(激爆)。TバックやSMが出てくるんで、ちょっと気が引けた^^。
この間のBSフジで、癌への対処法が正反対の2人の医師が激論。近藤誠宇山一朗。「放置」も「治療」も結局平行線をたどるしかないのでしょうね。「患者」はいったい何を信じたらいいのか。個別・具体的にしか対処法ってないんでしょうね。患者の自己決定権なんて言われても困るだけだし・・・。僕の場合は「がんもどき」だったのかどうかはともかく、Tドクのおかげで3年生存をクリアした。この間に、何人か、知人が癌で亡くなっている。
血圧・体重測定。
11時半頃、主治医のTドクの診療。腫瘍マーカーのCEA(基準値0.0~5.0ng/ml.以下同じ)は2.2、CA19-92(0~37U/ml)は8で、良い状態。血糖(70~109mg/dl)も104で良くなっている。気にかかるのは肝機能。GOT(AST)(12~31U/L)が63H。今後の経過を見たいとのこと。もう一つ、僕はTドクに指摘されるまで気付かなかったのですが、1年前は体重は57kgあった。それがこの日は54kg台。1年で3kg減って、いいことじゃないですよね。
今回は、あまり不安のない診療予約のはずだったが、終わってみて、極端に落ち込む必要もないのだが、当初の楽観とは落差があったので、ちと気が沈鬱になった。
会計。2910円。
病院の食堂でそうめん。食べ始めているうちに軽いダンピング症候群になり、3割くらい食べてやめた。
薬局。「ツムラ大建中湯」など6種、4640円。
2時過ぎ、富山国際学院に戻る。

次回の診療予約は9月25日(木)10時半~。採血あり。

せんひやくよにち いかされてきく セミのこゑ
「ないてみをやくセミよりも なかぬホタルがみをこがす」って言いますが、3年生存を超えた身(癌の1回目の手術―胃全摘などーは2011年6月27日だった)にはセミの声、しみじみ。恋と病は共通するのかも。

アップした写真、病院前で。ここでの写真、初めて。
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by tiaokumura | 2014-07-31 12:38 | 癌日記 | Comments(6)

日本橋だし場

f0030155_13434355.jpg(8月2日午後・記)
7月29日午後、銀座。遥か昔になるが^^三越前の古河ビル内の「パルム」というお店でコックをしていた。昔を偲ばんとして(照)銀座→三越前とメトロに乗り(Suica利用)、現地へ。先年もここに来ている(三越前のライオン像の前で休息した)が、その時は日本橋三越本店で止まり。今回、かつての勤務地と思しきあたりに歩を進める。すっかり変わってるんでしょうね、当時とは。このあたりも40年の歳月は風景を変えた。「古河ビル」は、今は「COREDO」になるのかなあ。
この間、BSだったかで知った「だし」が飲める店がCOREDO内にあった。「にんべん」がやっている「日本橋だし場」。「場」はbarもひっかけた命名かも。冷たいだしが飲みたかったのですが、この時間帯、売り切れでなし。「かつお節・昆布合わせだし」100円也。100円で和食の神髄を味わえるのですから、安いもんです。親子連れなど。子どもにこの味ってわかるのだろうか。自分の子供時代を思うと疑問ですが、でも幼少時にこういうお店を体験できるって、後の人生に何らかのいい影響を残すことでしょうね。アップした写真、「日本橋だし場」のスタンドで。
COREDO向かいの「貝新」(「文明堂」も近い)で佃煮購入。長野県八方時代、東京からの客のお土産(差し入れ)の楽しみが「貝新」佃煮と「とらや」羊羹だった。一度は「夜の梅」ももらってビックリした^^(今でもめちゃ高いでしょうね)。勤務先の富山国際学院を2日間休ませてもらったので、専任のYさん・Kさんにも佃煮「味くらべ」のお土産購入。
三越前から丸ノ内線に乗り、茗荷谷。ここも先年訪れているが、かつて通った大学の跡が公園になって残っている。ここにあった大学、僕は8年在籍して結局は除籍なんじゃから(照)、「母校」という資格はないが、まあ青春時代をここで過ごしたことは間違いないのだから、卒業しとらんでもご勘弁を。
茗荷谷から地下鉄で東京駅に戻る。GRANSTA内で「ビタミンCスペシャル プラム入り」500円。おいしかったが完飲できなかった。
東京17:16とき327、行きと違って今度は2階建てじゃなかった。越後湯沢、はくたか22号。富山着20:46。北口からタクシーで学院。学院に停めておいた車で帰宅。
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by tiaokumura | 2014-07-29 13:43 | 美味録2014 | Comments(0)

ライオンビヤホール@銀座

f0030155_12261738.jpg(8月2日午後・記)
7月29日(火)、江ノ島の岩本楼をチェックアウト。駅までのタクシーを待つ間に、ロビーの蜀山人の記事を発見。彼、寛政・文政の頃に岩本院富士見之間に投宿。近江八景(江の島でなんで「近江」なんか、ようわからんのですが^^)を詠む。「粟津晴風 瀬田夕照 三井晩鐘 唐崎夜雨 矢橋帰帆 石山秋月 堅田落雁 比良暮雪」に合わせ、例えば「粟津晴風」では「正面に江の島台の富士の山嶺をさげ出たる岩本の院」。他の7景についても和歌を配す。岩本楼は外国人観光客も多いんでしょうね。韓国語・中国語(簡体字・繁体字)・ドイツ語・スペイン語・英語のパンフレット。岩本楼に限らず、東南アジア観光客をどこまで受け入れられるかが一つのポイントでしょうね。タイやイスラム圏(ハラール)。
江ノ電で江の島→藤沢。これで江ノ電の「鎌倉→藤沢」を貫徹。っても大した時間じゃないけど^^。藤沢から横須賀線で東京。藤沢ホームでグリーン券発行を知り、人生初めてのグリーン車乗車に。これ、清水寺舞台飛び降り並みの冒険かも(激爆)。グリーン車、8割ほどの混みよう。横須賀線・東京。GRANSTAのロッカーに荷物。「GRAND」はフランス語のgreatからで、「STA」は駅でしょうか、田舎者にはようわからん命名です(汗)。
地下鉄で銀座。疲れてたので、カフェをと思う。だが、「とらや」も「資生堂」も11時から。殿様商売できるんでしょうね、ああいうお店って。ふと「パウリスタ」を思い出した。銀座って「ランブル」も有名ですが「パウリスタ」も有名ですよね。タブレットでHPを見る。新橋より(「銀座9丁目は水の中~」って、昔の歌謡曲にあった^^)にあり。交番で尋ねると「オノ・ヨーコが通った店ですよね」とお巡りさん。さすが銀座の警察官ですよね。ジョン・レノンが来日の折りに、小野洋子とお忍び?で通ったというエピソードあり。でも、やっとたどり着いたら、ビルが工事中でclosed。とほほ。それならそれと、HPでアナウンスしといてほしかった。
鳩居堂→木村屋→伊東屋。銀座なんて全く似合わん男ですが(恥)、ついつい買い過ぎてしまう。「鳩居堂」、ちりめん根付金魚、しおり人形、立体カードなど。「木村家」(KIMURAYA ESTABLISHED1869)、けしアンパン、小倉アンパン、クリームパン、カルピス。「伊東屋」(仮店舗?中)、キャラクターステッカー、和風柄はがき、ファンシーバッグ、和紙小物など。
アップした写真ライオン銀座7丁目店。ここ、自分、東京時代にOTさんに何度か連れて来てもらって知った。OTさん、今何処・・・。ドイツ風ビヤプレート、カニサラダ、北海道産・牛フィレのサイコロステーキ。サッポロ生ビール小グラス+1杯。
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by tiaokumura | 2014-07-29 12:26 | 美味録2014 | Comments(0)

江ノ島の夕日

f0030155_18333383.jpg(8月2日午前・記)
江の島で夕日が見たかったのは能の俊徳丸(観世元雅『弱法師』)の影響でしょうか。九州佐世保で悲惨な事件が起きましたが、彼女の闇はどこに起因し、どこに向かえば救いがあったのでしょうか。俊徳丸の「日想観(にっそうかん)」には過去が担保されていたが、彼女にはそのような目に浮かぶべき過去があったのだろうか。
7月28日(月)午後、岩本楼に荷物を置き、江ノ島探訪。平日なんで観光客まだ少ないほうなんでしょうね、「弁財天仲見世通り」、土日はすっごい混みようでしょうね。参道などに並ぶお店の従業員の方々、心なしか連休疲れのご様子。2日間、めっちゃ忙しかったんでしょうね。夏休みはまだまだ続く。
岩本楼の方のお話では大変そうだった「岩屋」に向かう。アップダウンなどしんどい。途中であきらめようかと思ったことも何度かあったが、引っ返しても大変なだけだと開き直って^^前進する。「ふたつ山」などを越え、ようやく「岩屋」にたどり着く。途中、「龍恋の鐘」(映画『陽だまりの彼女』で松本潤が上野樹里にプロポーズする)もあったかも。途中であきらめなくってよかったぁ。前日の「銭洗弁財天」同様、「最後まであきらめないことの大切さを知った」←って高校球児の感想パクリみたいですが(汗)。「江の島岩屋」、広重「六十余州名所図会」に『相模江之嶋岩屋ノ口』あり。男根^^を思わせるような岩が描かれ、画面左に富士半分弱。第一岩屋(奥行152m)と第二岩屋(奥行56m)。欽明天皇13年(552年)に江の島神社鎮座。第一岩屋に与謝野晶子の歌碑。「沖つ風 またゝく 蝋の灯に 志づく散るなり 江の島の洞」。第二岩屋近くに「亀石」あるも、波間に覆われ見つけることできず。芭蕉句碑「疑ふな潮の花も浦の花」。
江島神社は「中津宮」「辺津宮」「奥津宮」の3社。奥津宮の亀は酒井抱一によるそうです(模写がかかっていた)。
エスカーに乗る。途中で男性が言っていた、「エスカレーターじゃなくって『エスカー』なのは、下りがなく上りだけだから『エスカー』。『レーター』がない」←うまいこと言うもんですね。座布団3枚、かも^^。
江の島シーキャンドル。59.8mの展望灯台。あいにくの曇り空で視界はあまりよくなかった。下ったらニンニクのいい匂い。カフェで休憩。その後、ニンニクの匂いのお店に入る。
イル・キャンティ・カフェ江の島」。「しらすピッツァ」など。生ビール→グラスワイン(白)。
アップした写真、この店で。僕の右肩に夕日。そのもっと左には(写っていませんが)富士山、あり。
9時過ぎ、岩本楼に帰り(帰り道は意外と楽だった)、ローマ風呂に入る。
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by tiaokumura | 2014-07-28 18:33 | このブログのこと | Comments(0)

円覚寺

f0030155_12575568.jpg(7月31日夜・記)
7月28日(月)午前、鎌倉。
JR北鎌倉下車。円覚寺。鎌倉五山第2位。文永・弘安の役の死者を日本軍も蒙古軍も区別なく弔うため、北条時宗が建立。今の時代にも生かしたい精神ですよね、時宗。子どもの頃、『日蓮と蒙古大襲来』って映画、観ました。長谷川一夫が日蓮、市川雷蔵が時宗だったか。円覚寺は夏目漱石ゆかりの禅寺ですよね。
円覚寺から踏切を渡る。この日の昼食を予約していた「鉢の木・北鎌倉新館」。精進料理「桂」と生ビール。「鉢の木」は能にもある例の「鉢の木」(いざ鎌倉)から来てるのでしょうね。本館は、ミシュランの☆だそうです。
疲れていたので、東慶寺・明月院はパスし、JRで北鎌倉→鎌倉。

江ノ電で鎌倉→江ノ島。江ノ島駅前からタクシー、この日の投宿・岩本楼に。
ガイドブックの「岩本楼」の説明によれば
鎌倉時代から、将軍や大名の宿泊所として栄えた「岩本院」を、明治時代に旅館として改名
だそうです。
歌舞伎の「弁天小僧」って岩本院の稚児だった。今風に言えばホテルのボーイでしょうか。それが手癖が悪く、ご存知の人生を送ることに。子どもの頃、三浦洸一の唄で「知らざぁ言って聞かせやしょう おっとおいらは 弁天小僧菊之助」ってのがあった(記憶危うし)。当代の菊五郎が江の島歌舞伎をやったそうです。
岩本楼には「ローマ風呂」(国の登録有形文化財に指定)と「弁天洞窟風呂」があり、男女交互に時間制で入れる。弁天洞窟風呂には歌舞伎の弁天小僧の名セリフも紹介されていました。岩本楼でローマ風呂に入りしばし休息の後、江ノ島探訪に出る。
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by tiaokumura | 2014-07-28 12:57 | このブログのこと | Comments(0)

銭洗弁財天

f0030155_1221913.jpg(7月31日夜・記)
7月28日(月)午前4時半、鎌倉長谷の對僊閣で目が覚める。ジジイになったんでしょうね^^、最近はほぼ4時半起きです。目覚ましなくっても自然に目覚める。ただこの日は旅先で朝食の7時半までには間があるので、タブレットで当ブログをチェックしてまた眠りに。7時過ぎ起床。窓を開けるといささか熱い空気。7時半朝食。8時半チェックアウト、現金払い。昨日出迎えのご主人は不在のようで、奥様に感謝&別れ。一期一会、でしょうね。
江ノ電長谷駅まで歩く。途中「御霊神社」あり。昨日に続き、江ノ島電鉄・1日乗車券のりおりくん(600円)を購入して長谷駅→鎌倉駅。
鶴岡八幡宮横を通り歩くことかなり。鎌倉駅から15分くらい歩けば着くと思っていたが、そうではなかった。それにしばしば上り坂も。「鎌倉」(かま・くら)の地名の由来って確かそんな切り通しからかも。ふうふう言いながらようやく建長寺にたどり着く。
建長寺。鎌倉五山第1位(京都五山第1位は南禅寺)、臨済宗建長寺派大本山。建長5年(1253)に北条時頼が建立。総門、三門(山門)、仏殿、法堂。半僧坊から登ったところの眺望が抜群とのことだったが、途中であきらめて引き返す。
さすがに疲れが見えたので、建長寺前のカフェで休憩。備屋珈琲店。備屋は「びんや」と読む、屋号でしょうか。備屋流苦味ブレンド850円也。休憩後、銭洗弁財天に行こうと予定変更(当初の予定では、建長寺→明月院→東慶寺→円覚寺)。店主曰く、「横の道を入って30分くらい。かなり大変な道ですよ」-高齢者をいたわってくださったのでしょうね^^。「無理ですよ」ってほのめかされたのかも。でも、行ってみることにした。
銭洗弁財天までの道、めっちゃ大変。迷子にはならなかったみたいだが、急な切り通しもあり、人も少ない。かと言って、途中であきらめて引き返すのもしゃくだし。そうこうする内に最後の難所でしょうね、岩場。そこを抜けると、鎌倉駅方向からの観光客でしょうね、多数と遭遇。ようやくお目当ての弁財天の鳥居に到達。アップした写真、鳥居前。この奥が洞窟になっていて、そこを通り抜けると神社境内。観光客、多数。外国人も多い。若い女性が多いのもイマドキなのかも。ここはその名の通り、銭(ぜに)=お金を洗うとご利益があるとか。自分、いまさら大金持ちになってもしょうがないので、100円玉1個だけ洗った。5万円くらい洗っとけばよかったかも^^。昔懐かしいラムネを飲む。
銭洗弁財天から鎌倉駅まで歩く。こちらの道は先ほどと違って平たんで徒歩距離も少なく済んだ。鎌倉駅からJRで北鎌倉。
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by tiaokumura | 2014-07-28 12:21 | このブログのこと | Comments(0)

鎌倉大仏

f0030155_1644244.jpg(7月30日夜・記)
7月27日(日)午後、江ノ電で鎌倉→長谷。この日の宿泊先「對僊閣」にチェックイン。長谷寺すぐ近くで昭和レトロな建築物。高浜虚子がホトトギス句会を開いたり与謝野晶子や川端康成が投宿したとか。旅館のおかみさん(80代?)が話好きな方で、あれこれうかがった。虚子の娘の星野立子のこともうかがう。今は虚子の孫の代になるんでしょうか。ここは、B&Bで予約で朝食のタタミイワシ・井上蒲鉾店の小判揚げがおいしかった。
長谷寺。736年創建。アジサイは季節外れだがそれでも観光客が多く、よくわからないが花もあちこち咲いていた。庭園は思ったほどは広くなかった。高さ三丈三寸(9.18m)の木造十一面観音菩薩立像(木像では日本最大級とか)は素晴らしい。写真撮影禁止。弘法太子ゆかりの弁天窟。
鎌倉大仏。長谷寺からすぐ近く。高徳院の本尊・阿弥陀如来坐像。与謝野晶子が詠んだ歌も有名ですが、先日、高岡大仏を見学した折に地元の人に聞いた話では、晶子は高岡大仏のほうが美男子だと言ったとか。真実はどうなんでしょうね^^。鎌倉大仏、200円払って中に入れましたが、あんまりおもしろくなかった^^。
夕日が見たく、江ノ電長谷から稲村ヶ崎。公園で待つも夕日の時間に至らず。稲村ヶ崎から鎌倉高校前。ここが夕日絶景スポットだとBSで見たが、どこがそこやら、ようわからず^^。
夕食は、七里ヶ浜の「会席 京七里」。近くの洋食系に行列ができていた。ディナー会席。しらすは、前菜の中に小鉢で供されていた。生ビール、グラスワイン(白)。
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by tiaokumura | 2014-07-27 16:04 | このブログのこと | Comments(0)

鶴岡八幡宮

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(7月30日夜・記)
7月27日(日)~29日(火)鎌倉・江の島2泊3日。鎌倉は40年ほど前のSTさんとのデート(照)以来、江の島はたぶん初めて。
旅のお供本は
山口仲美『大学教授がガンになってわかったこと』(幻冬舎新書)
壇蜜『蜜の味』(小学館文庫)
末木文美士『日本仏教入門』(角川選書)
長谷川渓石・画『江戸東京実見画録』(岩波文庫)
の4冊と数独。末木は富山大学生時代の思想史関係の授業(お名前は忘れたが、女性准教授がご担当だった)で知った名前。末木は朝日新聞にときどき執筆している。長谷川渓石は時雨の父です。
7月27日(日)、富山国際学院に車を置く。7:48富山発・はくたか3号→越後湯沢・とき316(2階席だった)→11:20東京着→横須賀線・鎌倉。
若宮大路から左に入ったところの「鎌倉あめ源」。おかみさんが親切な方で荷物を預かってくださった。昼食は創作和料理「近藤」。近藤元人料理長(調理場が見えたがその人かどうか不明)。人気があるお店のはずだが、どういうわけか、客少なし。「鎌倉御膳」彩り和惣菜・お味噌汁・香の物、ご飯はかまど炊きだったがパス。おかず・デザート・ドリンクから1品選べるということで「生ビール」をいただく。
腹ごなしができたところで、鶴岡八幡宮へ。日曜とあってかなり混んでいる。外国人客も多く、英語・中国語(普通語・広東語など)・スペイン語・インドネシア語など。韓国語は聞こえなかった。アップした写真、本殿前。頼朝、政子、実朝、公暁らに思いを馳す。
鎌倉野菜工房にも行きたかったが、場所不明、あきらめる。
JR鎌倉駅を通り抜け、地下道を通り、江ノ電鎌倉駅。「1日乗車券のりおりくん」600円、3回も乗れば元を取れるでしょうね、もちろん^^購入。
江ノ電長谷に向かう。
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by tiaokumura | 2014-07-27 14:09 | このブログのこと | Comments(2)

いま子どもたちは「国境を越える」(朝日新聞連載)

朝日新聞の教育面の連載「いま子どもたちは」の今回のテーマは「国境を越える」。類似テーマは何年か前にもあって、当ブログで紹介してるはず。今回は「外国にルーツがある子どもとその周囲の子たちの成長を、大阪の府立高校で追います」(第1回)。2014年7月16日~7月26日、全8回。連載の署名記者は玉置太郎。
以下、各回の「見出し」「外国にルーツがある子ども(年齢・敬称は略)」「その外国」「在籍または出身高校」を紹介。
①副主将は南米生まれ キムラ・ラファエル ブラジル 大阪府立長吉高校
②自分のルーツ ちゃんと名乗ろう 高頌恩 韓国 大阪府立門真なみはや高校
③ハングリー精神で職人魂を吸収 ダビッド・マーク・ジョセフ フィリピン 大阪府立布施北高校
④生徒会通じ、みんなを一つに 王華穎 中国 大阪府立布施北高校
⑤離れていても、がんばる原動力 黄喬羽 台湾 大阪府立門真なみはや高校
⑥きっかけは日本の野球アニメ 梅田敏昭 フィリピン 大阪府立八尾北高校
⑦めざすは「世界の保育士」 ルビオ・パトリシア フィリピン 大阪府立布施北高校
⑧中国出身、部活で誇り持てた 篠﨑誠 中国 大阪府立成美高校

僕は勤務先の富山国際学院で昨年度は4人の「外国にルーツがある子どもたち」の高校進学に関わった。運が良かったんでしょうね、中国・女子1人は10月入学、フイリピン・男子1人・女子1人は4月編入学、中国・女子1人は4月新入学と、それぞれ結果を出してくれた。
高校進学支援授業は初めてではありませんが、富山県立Y高校の3種類の入学試験に対処しなきゃなんないのですから、自分なりに綿密な「作戦」を立てた。どこで得点ができて、どこは「捨てる」べきか。英語・数学・作文・面接などの補習では、自分の指導への責任を持つ意味で、1回につき500円を徴収。保護者にはもし合格できなかったらお金は返すと「宣言」^^してしまった。ムボーですよね(大汗)。でも「結果が全て」「有言実行」だと開き直った。
今年度は今のところ「自信」が全くわかない。年のせいもあるんでしょうね。高校進学のニーズはあるのでしょうが、今のところ「見て見ぬふり」。教育者失格ですね、自分。

今回の朝日の連載1回目に、「外国籍・中国帰国生徒の高校入試特別枠」も紹介されている。全国で19都府県が特別枠を設置。例えば、大阪府は定員枠が5校各5%で入試科目は数英作、受験資格は小4以上編入。富山県教育委員会は「28道県」です。富山県公立高校入試では、受験生の希望があれば「ふりがな」をつけてくれるだけです。上述のY高校の入試も、日本人と同条件での受験です。
多言語や多文化に通じた子どもは国の財産だ」(鍛冶至・大阪成蹊大学准教授)は確かだが、現状では、「日本」にも「外国」にも通じなく、「日本語」も「外国語」も中途半端で、アイデンティティが不成立で、進学も(ひいては就職や結婚も)立ち行かない子どもたちが、社会に放り出されるばかりなのではないだろうか。教育は大切なインフラでありセーフティネット。←そんなことを発言する自分は「善意ある第三者」で安全地帯で能書きを垂れてるだけ。そんな「アリバイ作り」をする人間が、一番始末が悪い、か。

高校進学できたからそれで済むわけではない。中退者も多い。「外国にルーツがある子どもたち」の人生について、進学も含めたユニバーサルデザインのようなものが必要なんでしょうね。
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by tiaokumura | 2014-07-26 11:54 | 日本語教育 | Comments(0)

フリーマーケット@南三陸町・平成の森仮設住宅

f0030155_9302449.jpg(7月24日夜・記)
7月19日(土)・20日(日)東北AIDの「南三陸町サポーターズ バスツアー」に参加。
7月19日午後、南三陸町平成の森仮設住宅集会場で自治会長の畠山さんのお話を伺う。質問もできて、仮設住宅の耐久性・東京オリンピックの齎す弊害・義捐金の行方など。「衣食住」って言いますが、被災地の方々にとって「衣食」はともかく「住」は依然として深刻な問題。高齢者の中には認知症の方もおられる。
高橋司さん(やまと物産)ご夫妻がお見えになり(僕のことを覚えていてくださって、ビックリ&嬉しかった)、中部観光バスに同乗、海岸へ。明日が海開きということで、バス車中(雨だった)で、海水浴場開設に取り組んでいるボランティア団体の勝又三成さん(一般社団法人つながり)のお話を伺う。津波体験から海を恐れる子どもたちがいる。そりゃあそうですよね、中には津波が親を奪った子どもたちも。勝又さんはそんな子どもたちも巻き込んで、海開き準備のボランティア活動。彼の職業はダイバー。宮城県には未だ1272名の行方不明者。勝又さんは「宮城県行方不明者捜索チーム」を組織。他にダイビングで漁場の整備、海水浴場作りも。冬にはフィンランドからサンタクロースを呼んで、震災孤児たちにクリスマスプレゼントも。
7月19日の泊りは民宿・清観荘。夕食時には高橋さんご夫妻、自治会副会長の方々もご一緒。お刺身は富山と同じくらいおいしかった。途中で漁師ご夫妻も加わる。遅くまで話が弾む。僕は最近は9時には寝てるのですが、この夜は10時過ぎてもバッチリ^^。僕がラモス瑠偉に似てる、いやモアイだ、なんてことも話題に^^。漁師の方はあの日、船で沖に脱出、3日後戻られた。港に近づくにつれ緊張と恐怖はいかばかりだったでしょうね。幸いご家族は無事だったが、多くの方々が犠牲になり故郷には悲惨な津波の爪痕・・・。

7月20日(日)、7時朝食。僕はフリーマーケットを希望したので(別組はトマト農家・菊農家見学)、朝食後バスで平成の森仮設住宅へ。集会場にフリーマーケット用荷物を降ろして準備。8時前、フリマ開始。アップした写真、フリマの様子。今回は、食器・衣類・グッズの3部門。川渕映子さん(東北AID代表)がレジ係、永野さん・小林少年・僕が会場整理など。1時間半ほどで来客は40人くらいだったか。後で川渕さんの報告では1万6千円余の売り上げ。「被災地なんだからタダであげればいいじゃないか」って声も聞こえそうですが、そうじゃないんですね。これ、川渕さんの受け売りですが、フリマなので「買い物ごっこ」ができる(こういうのが楽しみなんですね、皆さんには)。自分のお金を使うことが大切なんですね。「久しぶりに買い物できた」って声もあった。
ボランティア団体がやっている「azumaare」でコーヒータイム。「集まれ」の東北訛りによる命名でしょうか。

バスに乗り、「南三陸町さんさん商店街」で昼食。「うに丼」が人気みたいですが(NHK『あまちゃん』もそうだった)、僕はウニはあまり好きじゃないし高いのでパス。デリカテッセンみたいな店で「ほたて焼き」「かつお焼き」「かきフライ」「かまぼこコロッケ」を買って計448円の昼食(安上がり~♪)。商店街のモアイ像の前で記念撮影。
防災センター跡に寄る。僕は昨年に続き2回目。遠藤未希さんのことはいつまでも語り継がれていくことでしょうね。ここ、どうやら残す方向で検討中みたいです。

帰りのバス車中、一人ずつ感想。「迷ってたけど、行ってよかった」というのが僕の素直な感想。川渕さんから、大和田新さん(「ラジオ福島」の名物アナウンサー)の「忘れないことが最大の支援」という言葉の紹介もあった。
夕食は国見ICで天ぷらそば。
予定より1時間以上早く、9時に岩瀬スポーツ公園。

僕は5年生存率が確か8%だったかなあ。これで3年生存をクリアしたが、来年、4年をクリアしていれば、「南三陸町サポーターズ バスツアー」にまた参加したい。
2011年という年は、3.11があり、僕は同年6月27日に手術した。メメント・モリ。大川小学校や遠藤さんのことを思うと神も仏もないものだと改めて思うが、それでもこうして自分が生きている(生かされている)ことをありがたいと思わなければならないでしょうね。
被災地は盛土が各所で見られた点が1年前と異なる風景だったが、まだまだ復興とは言えない。川渕さんがおっしゃってたが「シェアハウス」も選択肢として考えるべきでしょうね。東京オリンピックが復興の妨げになっていると思うと暗然とする。
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by tiaokumura | 2014-07-20 09:30 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)