<   2013年 11月 ( 18 )   > この月の画像一覧

「世界のムナカタ」を育んだ文学と民藝 棟方志功の感応力

f0030155_1720564.jpg

僕が棟方志功(むなかた・しこう1903-75)の名を知ったのは谷崎潤一郎の単行本の装画を通じてでしょうね。『鍵』が昭和31(1956)年で僕は10歳だからさすがにその時はまだでしょうね。昭和37(1962)年の『瘋癲老人日記』の時は僕はもう高校生だから本屋で垣間見たのかもしれない。後に知ったことですが、『瘋癲老人日記』は1965年に須賀敦子がイタリア語に翻訳しています。「瘋癲老人」まで今の僕はまだ10年ほどある。そんな年まで生きることはなさそうだが、同作品は、有吉佐和子『恍惚の人』などと並んで「老いの文学」の傑作でしょうね。
棟方が富山と縁が深いということを知ったのはいつごろになるか。太宰治が好きでその縁で長部日出雄を読み、その縁で「わだばゴッホになる」の『鬼が来た』を読んだのかもしれない。棟方が富山県福光(ふくみつ)に疎開居住したのは昭和20(1965)年から同26(1951)年までの約6年。棟方42歳~48歳。当時の彼のアトリエが本人命名の「鯉雨画斎」で、居宅が谷崎命名の「愛染韻」である。「板画」の棟方は昭和45(1970)年に文化勲章を受章。その5年後、死去。享年72。
11月30日(土)午前、高志(こし)の国文学館で棟方展を鑑賞。今年は高志の国文学館にこれで8回くらい来てるかも。コンサート、朗読会など、企画が充実している文学館である。

「世界のムナカタ」を育んだ文学と民藝 棟方志功の感応力
板画家として著名な棟方志功は、保田與重郎らの日本浪漫派や児童文学の文人たちと交流し、多くの作家の装画も手がけるようになりました。
また、柳宗悦を中心とする民藝運動の指導者たちから宗教的な影響を受けるとともに、戦時中に疎開していた富山県福光町(現南砺市)では、富山の自然や風土、宗教に感化したことで、棟方の創作意欲は極度に高まり、強烈かつ個性的な板画作品を次々と生み出していきました。
本展では、棟方が描いた膨大な装画を収めた「山本コレクション」(個人)と板画の代表作を展示し、棟方の板業が「文学」や「民藝」的思想にどのように感応して成立していったのかを紹介します。
高志の国文学館
~平成26(2014)年2月17日(月)

公式サイト:こちら

展示は1室のみ。「棟方志功の装画本からみる文学とのかかわり」(山本正敏コレクション)と「棟方志功と民藝運動」のコーナーに大別。
展覧会パンフレットの特別寄稿で奥野達夫が棟方版画へのドイツ表現派の影響に触れている。貴重な論考であろう。
会場でビデオ上映も。棟方と富山の関わりを描く。棟方一家が東京に戻るとき、福光駅は見送りの町民たちでいっぱいだったそうである。疎開直後は地元民には棟方は「奇人変人」に見えたでしょうが、滞在期間中に深く強い交流が育まれていたんでしょうね。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-30 15:36 | 美術 | Comments(0)

言の葉つれづれ

カレンダーや手帳の発売、年々早まっている感じがしますよね。僕も、既に来年の手帳を購入済みです。僕は高橋書店の「ニューダイアリーアルファ7」ってシリーズを常用。来週から手帳を切り替えますが、今年の手帳に書き留めている「言の葉つれづれ」を、こちらに転載しておこうと思う。自分にとってブログは、「備忘録」「アーカイヴ」になってる。読者の方々にはご迷惑かもしれんけど^^。
ついでですが、ポール・ニザンの
僕は20歳だった。それが人の一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているのか知ることは辛いことだ。
を引用したブログ記事(こちら)もけっこうご訪問者があるみたいです。

以下、「言の葉つれづれ」、出典不明・不正確な引用もあります。
山頭火:
生死の中の 雪ふりしきる
濁れる水の 流れつつ澄む
山口素堂:
宿の春何もなきこそ何もあれ
ある幇間:
芸人に上手も下手もなかりけり 行く先々の水に合わねば
谷崎重幸・東福岡高校監督:
やる気の原点は目標にあり、楽しみの原点はプロセスにあり、喜びの原点は結果にあり。
瀬島龍三:
戦術の失敗は戦略で補えるが、戦略の失敗は戦術では補えない。
吉田松陰:
夢なき者に理想なし。理想なき者に計画なし。計画なき者に実行なし。実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。
出典不明:
未来はミステリー 過去はヒストリー 今日はギフト
佐々木則夫・なでしこジャパン監督:
成功の反対は失敗ではない。何もやらないことだ。
中村うさぎ:
女子は捨てた選択肢に常に復讐される。
神田裕行:
誰もが作れる料理を、誰もが作れないレベルで出されたとき、人は本気で感動する。
サン・テグジュペリ:
愛、それはただ互いに見つめ合うことではなく、ふたりが同じ方向を見つめることである。
計画のない目標は、ただの願い事にすぎない。
心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。かんじんなことは、目に見えないんだ。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-27 07:33 | 言の葉つれづれ | Comments(0)

富山大学言語学コース同期会

f0030155_12395755.jpg11月2日、米子で大学以来の親友たちと夕食会。15日、中学ミニ同期会。17・18日、一泊二日いとこ会。そして、今日24日、富山大学言語学コース同期会。2年半前に末期癌を発病したのも一因だろうけど、それよりもっと加齢が要因なんでしょうね、こういう類の集まりに積極的に参加している自分がいる。30代・40代の頃はこういうの、ほとんど見向きもしなかったでしょうから、不思議なものです。
アップした写真の右から3番目の女性、今は静岡県住まい。彼女が久しぶりに富山に来るということで、しかも彼女、結婚もしたってぇことで、同級生が集おうということになった。幹事は「けんけん」で、会場は総曲輪(そうがわ)にある「新とんかつ」。僕は「ヒレとんかつ+エビフライ定食」(ご飯は半分)+ヱビス瓶ビール。キャベツ以外はほぼ完食。

5年前の3月、アップした写真の一人を除く他のメンバーは、富山大学言語学コースを卒業した。同期はあと2人(現在は秋田と首都圏にいる)。僕はみんなよりほぼ40歳年上だけど、なんとか一緒に卒業できた。こうやって集まりに呼んでもらえるボクって、幸せ者です(照)。
自分が若い時と比べると、イマドキの若者たちは生きづらい気がする。自分みたいな者がこうして生きながらえられているのは、かつては若者が人生で転んでもセーフティネットが存在してたからでしょうね。写真の彼女ら・彼ら、幸せそうですが、40年後も幸せであれかしと願う。

2次会、僕のお薦めの紀伊國屋書店のBINGATAYAで。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-24 12:39 | このブログのこと | Comments(0)

第21回 波多野千壽 作陶展

f0030155_13525089.jpg波多野千寿さんと初めて会ったのはもうかれこれ40年ほど前になるか、お互い20代後半だった。僕はその当時、冬は長野県八方にあった「ハイランド・ロッヂ」で働き、それ以外は東京日本橋三越前にあった「スナック・パルム」で働いていた。どちらも今はない。勤務先の会社は「ハイランド観光」といい、始めはアルバイトで後に正社員になった。富山にUターンするまでそこで働いていた。ハイランド観光の社長は林玄さん。コクテール堂の社長でもあった(今は故人)。林社長は、今思い返してもすごい方だったと思う。戦前の慶應ボーイで多趣味、多芸多才。陶芸も嗜む方で、波多野千寿さんには国分寺在住の時期があり、波多野さんは林社長(自宅兼コーヒー生豆エージング&焙煎工場が国分寺)とはそんな二つ(陶芸・国分寺)のご縁での出会いだったのだと思う。あるいは「コーヒー」の縁もあったか。僕の場合は何となく波多野さんと出会い(出会いの記憶はもう定かではない)、同世代だったこともあったのでしょうね、何となくウマが合った。村上春樹を教えてもらったのは波多野さんからだと思う。
僕がイメージで語れる方は数多くないのだけれど、波多野千寿さんは
ミケランジェロ・アントニオーニ監督作品のモニカ・ヴィッティ  ゲンスブールのジェーン・バーキン  『やさしいニッポン人』の緑魔子  『心が痛い』のリリィ  『俺たちに明日はない』のボニー・バーカー  辻邦生『夏の砦』の支倉冬子  高橋和己『邪宗門』の阿礼  村上春樹『ノルウェイの森』のレイコさん
のイメージである。
波多野さんとは今も年賀状のやり取りが続き、彼女の個展案内もほぼ毎回いただいている。波多野さんはかつて大きな賞も獲得されたプロ陶芸家である。
アップした写真、ポストカードは個展案内。カードが入れてあるのは波多野千寿作品。

第21回 波多野千壽 作陶展
2013年11月24日-30日 11am―7pm
花、木、音楽をテーマに作陶しました
世界観ギャラリー
アクセス JR・御茶ノ水駅 東京メトロ千代田線・新御茶ノ水駅 など
世界観ギャラリー公式サイト:こちら

写真の作品は、ジャン・コクトーの「私の耳は・・・」を思わせる耳状のカットで、内側には「風の歌を聴け」の文字、底は渦巻き状。器の裏には「ちず」。波多野作品を僕は合計3点持っている。

「千寿」が「千壽」なのは、カードの波多野さんの添え書きによると「壽はハガキを作ってくれる次男の趣味です。私はかんたんな寿がいいのですが。」とのことです。ステキな親子ですね。「壽」はむかし「サムライの笛一スン」とかで覚えた漢字です、僕は。

第21回 波多野千壽 作陶展」、残念ながら僕は伺うことができない。首都圏在住の方々に波多野千寿さんの個展をご鑑賞いただけたら嬉しい。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-23 13:52 | 美術 | Comments(0)

2013年フィリピン台風救援金

f0030155_1351912.jpg去る11月12日、学院長名で呼びかけた。
台風30号がフィリピンに甚大な被害をもたらしました。募金活動を行います。学生・教員のお志をよろしくお願いします。
11月19日までに集まったお金は
1000円札×3+500円玉×9+100円玉×41+50円玉×5+10円玉×35+5円玉×10+1円玉×22
だった。今日11月20日、学生代表3名とともに募金を日本赤十字社富山県支部に持って行った。
日赤の「2013年フィリピン台風救援金」呼び掛け文から一部引用。
本年11月8日、フィリピン中部を台風30号(Typhoon Haiyan、中心気圧が一時895ヘクトパスカルにのぼる、今年発生したもっとも強い勢力の台風)が直撃、レイテ島を中心にヴィサヤ地方のサマール州、セブ州、イロイロ州、パラワン州のほか、・・・ホマール州など、多くの地域が猛烈な暴風雨にさらされ、各地で洪水や土砂崩れなどによる甚大な被害が発生しています。
同行した学生は、中国出身女子(D組)・フィリピン出身女子(E組)・フィリピン出身男子(F組)の3人。
僕は学院長5年目。5年間で4度目の募金になるかなあ。

レイテは私のような年配の者には先の戦争戦場であり、大岡昇平『レイテ戦記』である。台風被害では僕が子供のころの伊勢湾台風が甚大であった。そして今回のスーパー台風による被害は東日本大震災を思わせる。
今朝の朝日新聞で、レイテ島タクロパンに入った都留悦史記者の「洗面器1杯で洗髪・歯磨き」という記事中に、現地のリンダ・カーンさん(73)の言葉が引用されている。
フィリピン人は戦争も紛争も災害も乗り越えてきた。だから信じているんです。今回もきっと乗り越えられるって
被災地の一日も早い復旧復興を願いたい。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-20 13:05 | 僕は学院長5年生 | Comments(0)

イルマル・ラーグ監督『クロワッサンで朝食を』

f0030155_1020845.jpg
「昔はよかった」ってのはもう何千年も前から言われているでしょうね^^。「今」だってやがては「昔」になるのだから、めったやたらの「昔」礼賛はおかしいのでしょうが、人間ってのは自分の過去を美化しやすい性格があるのでしょうね。閑話休題^^、「昔の女優はすごかった」。イングリット・バーグマン、オードリー・ヘップバーン、エリザベス・テーラー、ブリジット・バルドー、ソフィア・ローレン、カトリーヌ・ドヌーヴ、山本富士子などなど。女優がフツーっぽくなったのは、ハリウッドではナタリー・ウッド、ヨーロッパではアンナ・カリーナ、日本では吉永小百合あたりからじゃないかしらん。
ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau1928-)もいわばカリスマ女優。『死刑台のエレベーター』の、夜のパリの街で恋人を探し求める人妻-バックに流れるマイルス・ディビスのクールなジャズと相俟って映画史に残る名シーン。『死刑台のエレベーター』でルイ・マル、『突然炎のごとく』でトリュフォー、『審判』でオーソン・ウェルズ、『小間使の日記』でルイス・ブニュエルと、『ラスト・タイクーン』でエリア・カザンと。ゴダール作品には出ていない(と思う)が、いずれ劣らぬ錚々たる監督たちの作品に出演。80代の彼女が主演した映画がこの『クロワッサンで朝食を』。僕にとっては40年ぶりくらいのスクリーンでの再会になるんじゃないかなあ。
原題は「パリのエストニア人1女性」。アンヌは2年間介護した母を看取った後、パリでの家政婦の仕事を紹介される。紹介先のフリーダは同じエストニア人だが、ワガママで孤独で毒のある老婦人。初めての朝食に「紅茶とクロワッサンが本当の朝食。こんなの朝食じゃない」と拒否され、次にアンヌがスーパーで買ったクロワッサンを出すと「こんなのはプラスティック。クロワッサンはパン屋で買わなきゃ」と侮蔑する。そんな2人だったが徐々にフリーダはアンヌを信頼し始める。だが、そんな時、アンヌのよかれと思ってしたちょっとした嘘がフリーダを激怒させ、追い出される羽目に。パリの夜の街をさまようアンヌ。このあたり『死刑台の~』を連想させる、シチュエーションは異なるけど。そして翌日、・・・。
実話に基づいた映画だそうです。パリの小話的小品映画でしょうか。ステファン役の俳優、ジャン・レノに似てる。好演。
この間観た『愛、アムール』は老老介護。本作ではジャンヌ・モローが介護される老人。そんな時代なんでしょうね。ジャンヌはインタビューで「老い」について次のように語っています。
年のことを気にしたことはありません。40歳になったとき、鏡のなかの自分に一瞥をくれ、確かに、そのときはいろいろ思うことがありました。けれど、いまの私は年齢に傷つくようなこともありません。人は必ず年を重ねてゆくものなのです。それはどうしようもないものであり、偽ることはできないものです。(映画パンフレットより引用)

クロワッサンで朝食を』(原題Une Estonienne a Paris 英語タイトルA LADY IN PARIS)
はじめてパリにやって来た家政婦アンヌと、裕福だが孤独な老婦人フリーダ。住む世界の違う2人が出逢い、再び人生が微笑み始める-。心の奥に温かな灯をそっと点す感動の実話。
2012年 フランス・エストニア・ベルギー フランス語・エストニア語 95分
監督・脚本:イルマル・ラーグ(Ilmar Raag)
共同脚本:アニエス・フォーヴル リーズ・マシュプフ
キャスト:
ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau1928-。フリーダ) ライネ・マギ(Laine Magi1959-。アンヌ) パトリック・ピノー(Patrick Pineau1961-。ステファン)他
日本語字幕:吉田由紀子
公式サイト:こちら

映画ネタをもう一つ。
この間ネットで「新文芸坐」のサイトに入ったら、「2013年上半期<新文芸坐ベストテン>」ってのが発表されてた。僕が観た中では邦画で
1位『舟を編む』 7位『千年の愉楽』
洋画で
4位『愛、アムール』 10位『リンカーン』 19位『ヒッチコック』
がランクインしてた。ちなみに邦画は
『舟を編む』『横道世之介』『東京家族』
洋画は
『ジャンゴ 繋がれざる者』『きっと、うまくいく』『ゼロ・ダーク・サーティ』
が、TOP3です。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-17 10:20 | 映画 | Comments(3)

J.M.スターン監督『スティーブ・ジョブズ』

f0030155_14531634.jpg
高岡(たかおか)は富山県第2の都市。かつては前田家の関係で富山の上だったかもしれない。その高岡で、富山では上映されない映画をこれまでに『花と蛇』『ムトゥ 踊るマハラジャ』と2回観ており、今回が3回目。『スティーブ・ジョブズ』、富山市内ではどこも上映せず、高岡のシネコン「TOHOシネマズ」まで観に行った。
自宅から映画館まで往復約50km、めちゃ方向音痴な自分でナビなんてシャレたものを装備してないオンボロ車にはきつい通い路だった。

映画、はたして「天才ジョブズ」をどれだけ描けたか疑問だが、僕には充分わくわく&どきどき、飽きさせない映画だった。ジョブズと僕の共通点を一つ、めっけた^^。猫背なところ。もっともジョブズの場合は創造力が迸り未来を追っかけるために急ぎ足になっての「猫背」であるのに対して、ボクの場合は自信がなく反省と後悔の坩堝に陥っての「猫背」なんだろうけど(激爆)。彼が創業者であるアップルを解任され、アップルの原点である車庫で昔のツールを手に取り、その後、父親にもたれかかってむせび泣くシーンがある。この映画の功罪はともかく、こういうところは、青春映画の傑作シーンとして安心して見ていられる。映画挿入曲は「朝日の当たる家」やボブ・ディランの曲など。
映画は冒頭、2001年のiPodのプレゼンから。次に1974年になり1976年のApple誕生へと続く。2年前に亡くなったばかりの彼(Steve Jobs1955-2011)を映画にするなんて、アメリカはずいぶんすごい国です。彼が21世紀の最大の偉人の一人であることは間違いないにしてもまだ彼の評価って定まっていないでしょうし、映画でも彼の「汚い部分」も描いている。ジョブズって、われわれ凡人にとっては、同僚・部下はもちろん、上司にも友達にもしたくない男でしょうね^^。

僕にとってのスティーブ・ジョブズはなんといってもスタンフォード大学でのスピーチです。当ブログのこちらこちらで取り上げています。今回の映画パンフレットにも
Stay hungry. Stay foolish.
が出ている。僕は知らなかったが、
・・・the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.
も彼の名言でしょうね。

スティーブ・ジョブズ』(原題Jobs)
2013年 アメリカ 英語
監督・制作:ジョシュア・マイケル・スターン(Joshua Michael Stern1961-)
脚本:マット・ホワイトリー(Matt Whiteley)
キャスト:
アシュトン・カッチャー(Ashton Kutcher1978-。ジョブズ) ダーモット・マローニー(Dermot Mulroney1963-。マークラ) ジュシュ・ギャッド(Josh Gad1981-。ウォズニアック)他
字幕翻訳:風間綾平
公式サイト:こちら
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-16 14:53 | 映画 | Comments(0)

緊急学習会「みんなで考えよう!特定秘密保護法案」(11月17日@サンフォルテ)

f0030155_6213178.jpg
昨日11月14日(木)、勤務先の富山国際学院で、当日A組担当の宮田妙子さんから井波純子さんの訃報を聞いた。
井波純子さんとは1994年4月、富山国際学院で出会った。彼女も僕も非常勤講師で、井波さんが1年先輩。井波さんは学院ができた1993年から同職に。1995年3月の富山国際学院第1回卒業式で井波さんと僕は座席が隣り合わせになった。式が進行するにつれ、彼女は涙ぐみ、やがて嗚咽も。世の中には卒業式で泣けるすごい教師がいるものだなあと感心した。自分なんかには卒業式で泣くなんて無理だと思った。翌年だったか、井波さん・Sさん・僕が新年度の中級クラスの担当になり、春休みに3人で打ち合わせをした。井波さんと組めるのが怖いような嬉しいような気持だったなあ。だが、その年「上海事件」の影響で中国からの語学留学生が激減、学院は閉校の危機にさらされ(当時のスタッフの岸井みつよさんの尽力で、経営母体を改めて学院は継続できたが)、3人でのクラス担当は沙汰やみ、井波さんも退職された。
去年だったか、井波さんたちがNPO関係の本を出すということで学院に来校され協力を依頼された。約20年ぶりの再会だった。その後、NPO関連の集まりで2、3度お会いした。直近はフォルツァ総曲輪での上映会だったかなあ。62歳。まだまだこれからいろんな貴重な活動ができる方であった。
ここに謹んで井波純子さんのご冥福を祈りたい

昨日帰宅したら、向井嘉之さんから案内状が来ていた。向井さんとは、前掲の井波さんと同じNPOの集まりだったと思うが、そこで初対面。
向井さんの案内文より引用。
(前略)何かと懸念の多い「特定秘密保護法案」が今国会に上程され、審議が続いています。国民の知る権利、あるいは取材・報道の自由の観点から問題点もあると私は考えていますが、別紙の要領で皆様に呼びかけ、緊急の学習会を開くことにしました。(後略)
別紙(アップした写真のリーフレット)より「緊急学習会」について抜粋。
緊急学習会「みんなで考えよう!特定秘密保護法案」
日時:11月17日(日)午後2時より
場所:サンフォルテ304号室
参加費:500円
内容:
トーク1 法律家から見た「特定保護法案の問題点」 青島明生(弁護士)
トーク2 「泊・横浜事件」端緒の地から特定秘密保護法案を考える 向井嘉之(ジャーナリスト)
パネルディスカッション 特定秘密保護法案がもたらす社会とは?

この学習会の「呼びかけ人」には、僕が存じ上げている伊藤厚志・永井真知子・能登貴史・堀江節子・本田恭子・宮崎さゆり・山下清子といった方々(50音順)も名を連ねておられる。井波純子さんも、お元気だったら、ひょっとして呼びかけ人になられたかもしれない。

僕は11月17日は親類の集まりがあり参加不能。関心・時間のある市民の方はぜひご出席を。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-15 06:21 | 富山 | Comments(0)

コンサート「NT CONNECTION 越中越後 仏独ノ盟」

f0030155_1450782.jpg
11月10日(日)、CiCを後にして富山駅南口から北口への地下通路を歩いていたら、この間の「ポートラムと運河クルーズ」で同行だった、奥様がミャンマー人の日本人男性に会った。これから国際フェスティバルに行くとのこと。立ち話もなんですが^^、当ブログのご夫婦の間の3人きょうだいの記事をお見せする。
北口に出る。激しい雨風、そして寒い。コ-トを着て雨の中をボルファートまで歩く。この間、フォルツァ総曲輪で映画を見た時、そこに置いてあったコンサート案内のリーフレット。この日、そのコンサート。本記事タイトル、「コンサート」と書かれていないと何のことやらってタイトルですが^^、本日いただいたプログラムから引用すると、
世界は亜細亜、日本は北陸、かの越中越後にあっては隣り合うこと仏蘭西と独逸の如し。史上戦乱有りし因縁の間柄なれど、楽士の往来阻むもの無し。両国の奏者ここに盟を結びて、高らかに古楽を奏づ。(以下略)
ってのがコンサート開催の経緯です。クラシック演奏家にしてはずいぶん凝ったというか大袈裟な宣言ですが^^、こういうのをおもしろがってやる精神はアッパレです。
NT CONNECTION 越中越後 仏独ノ盟
11月10日(日)15:00開演
ボルファートとやま2Fチャペル

前夜は上越市のカトリック高田教会御聖堂でコンサート。上越は上越教育大学で教えていた時に通ってました。

この日のプログラムは
第Ⅰ部「仏蘭西の巻」
シャルパンティエ:歌劇「メデ」より 序曲
オトテール:組曲 作品5の1より
クープラン:クラヴサン曲集より 2台のクラヴサンによるアルマンドとミュゼット
ルクレール:「音楽の愉しみ」作品8より
第Ⅱ部「独逸の巻」
テレマン:「音楽の練習帳」より トリオソナタ4番 TWV42:A6
ヘンデル:ヴァイオリンソナタ ト短調 作品1の10 HWV368
テレマン:4声による協奏曲 イ短調 TWV43:a3
そしてアンコールはルクレールの小品でした。「フランス・バロック」と「ドイツ・バロック」の違いなんて全くわからないド素人ですが、こうやって聴き比べてみると、ドイツの方がアンサンブルの妙が感じられのかなぁと思う。もっともそれは、ドイツがヘンデル、テレマンだから当たり前でしょうけどね^^。
NTコネクション」のメンバーは(NTのNは新潟、Tは富山だそうです)
丸杉俊彦(フラウトトラヴェルソ/リコーダー) 藤原満(バロックオーボエ) 夏目美絵(バロックヴァイオリン) 安岡厚子(チェンバロ) 笠原恒則(チェンバロ)
メンバー中、富山在住は丸杉・夏目・安岡。アップした写真、演奏前の風景。チェンバロを調律中の方が笠原さん。この日の演奏会は笠原さんの司会でした。チェンバロって1時間くらいしか持たないんですってね(笠原さんの弁)。休憩が15分でその間に笠原さんは再調律なさってました。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-10 14:50 | 音楽 | Comments(10)

2013国際交流フェスティバルinTOYAMA

f0030155_1233563.jpg
11月10日(日)の昼食は富山駅前CiC5階の春々堂で。ここは富山の老舗薬メーカー・廣貫堂の経営するレストラン。これまではここでは「豆乳中華粥」を食べていたが、今回は気分を変えて^^薬膳カレーにする。「辛いですか」って聞いたら「中辛です」ってことだった。自分、あんまり辛いのは苦手なんですね。「やくぜんカレージャスミン茶付」700円。「ごはんは紅花と雑穀米入り。季節の野菜をトッピングカレー」。ごはん、食べきれない気がしたので、予め半分にしてもらう。辛さは自分にはちときつかったがおいしくいただけた。
食後、CiCの同じフロアにある「多目的ホール」に。この日は
2013国際フェスティバルinTOYAMA
の日。いつもは外国人カラオケ大会から来ているが、今年は知り合いがだれも出ないのでスキップ。中村さん(TIC)の話ではスペイン人が優勝したそうです。珍しいですね、スペイン人の優勝なんて。聞いてみたかった。ホールはずいぶんと賑わっている。各国のブースや模擬飲食店。知り合いの外国人・日本人も何人もいてことばを交わす。ブラブラ歩いていたら、突然美女に呼び止められた。一瞬誰だったかわかんなかったが、二瞬目^^でニコレさん(コンゴ)だとわかった。彼女、今年3月、日本語を習いたいということでご主人(富山大学大学院で研究職)と富山国際学院にご来校。4月スタートの入門クラスで日本語学習開始。だが、夏休み前だったか帰国したいということで退学された。その時以来です、彼女と会うのは。火曜日に再来日されたみたい。アップした写真、真ん中がご主人。彼女のような学生がいてくれると、学院は活発で楽しいのだけど、復学はどうなんだろう。でも、ごく短期間のおつきあいで、しかも直接彼女に日本語を教えたわけでもないのに、こうして声をかけてもらえるなんて、日本語教師冥利に尽きます。去年はここでこれまた元・学院生のジョリボーさん(カメルーン)と再会できた。彼、今年はいなかった。残念。元気にしてるかなあ、彼。

今年のフェスティバル、外は悪天候でしたが、例年以上に盛り上がっていた印象。僕はあちこち覗き、「日本語教師会ゆうゆう」のカフェでベトナムコーヒー&日本語読み聞かせ体験。ゆうゆうの原和子先生とも久しぶりにお会いした。原先生たちのフラダンスは今年はなし。残念だった。
このイベント、体力が戻ったら来年はぷちボラ復活といきたいが・・・。
[PR]
by tiaokumura | 2013-11-10 12:33 | 富山 | Comments(4)