<   2013年 08月 ( 24 )   > この月の画像一覧

夕食@幸福粥店(阪急百貨店)

f0030155_1818053.jpg
(9月1日午前・記)
8月31日(土)午後6時前、「日本語教材まつり2013」終了。帰りの夜行バスまでまだたっぷりと時間がある。さて、どうしたものか。
阪急百貨店に入る。阪急百貨店と云えば伝統ある名門デパートだろうに、な・なんと、信じがたいことですが本屋(書店)が入っていない。昔東京の東武デパートに旭屋書店が入っていたが、旭屋って関西系じゃなかったかしらん。
阪急百貨店12階の幸福粥店に入る。ここは半年ほど前、関西に住む実弟夫婦と入ったところ(記憶がいいのではなく、ブログに記事があった)。生ビール小、海鮮お粥、ショーロンポー(3個)。末期癌発覚以前には戻っていないのでしょうが、それでも最近はけっこう食べられるようになった。と云っても、食べられるものと食べられないもの、好きと嫌い、量がいけるものといけないものなど、癌とどのくらい関係があるか不明ですが(自分の場合は加齢もあるから)、昔とは食が変わってきているのは間違いない。

食後、12階の椅子席で休憩。ギターの弾き語り、やってました。デパートのサービスなんでしょうか。
紀伊國屋書店で時間をつぶす。新刊の『あまちゃん』関連本を買う(照)。
大阪梅田22時発夜行バス。午前5時過ぎ、砺波(となみ)あたりで目が覚める。富山着。富山は小雨。ポートラムで帰宅。
早いものでもう9月ですね。今年もあと4か月、3分の1かあ。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-31 18:18 | 美味録13 | Comments(0)

日本語教材まつり2013

f0030155_12533619.jpg
(9月1日午前・記)
8月30日(土)、9時前にJR三ノ宮から電車に乗ったのだが、方向音痴の悲しさ、どこかで間違えてしまい、さらに運の悪いことに、信号機か何かの故障で「加島」という駅でしばらく停車のまま。当初の予定では目的イベントに悠々間に合うはずだったのが、鹿島での停車が響き、焦りながらJR大阪駅から阪急梅田へと歩き、歩く途中で何度も通行人に道を尋ね、10時半開始のイベントなのに受付をしたとにきは5分ほど過ぎてしまっていた。今回の大阪行きは、
日本語教材まつり2013
主催:アルク 研究社 スリーエーネットワーク 凡人社
会場:大阪梅田センタービル16階E会議室
参加費:1000円

に参加するため。このイベント、毎年やってるのでしょうか、東京でも開催してるのでしょうか。そのあたりは存じませんが、今回初めての参加。

内容:(敬称・所属は略)
10:40~12:00
西原純子「現場における教材作成の課題」
「日本語を教える」という活動と「教材」の存在 「日本語教育の変遷」と「教材と教師の関わり」(1950年~2013年 京都日本語学校の実践から) 「教材開発」と「教師力」 「教材」に関わる普遍的問題
13:00~14:20
根津誠
教材開発に必要な基礎知識と手順を理解する 教材開発に利用できる素材について知る 最新の教材開発の例について知る
(参加者が100人くらいいて恥ずかしかったのだが^^、プロトタイプについて質問した)
14:30~15:50
松田浩志
(講師のポリシーで、レジュメはなかった。共著者である『テーマ別 中級から学ぶ日本語』について)
16:10~17:30
村上京子「テストを作る」
評価とテスト 指導と評価 穴埋め問題 選択問題 信頼性 妥当性 識別力 テストの波及効果 など

昼食は近くのESTというビルの1Fの京野菜のお店で。ランチタイムだからでしょうね、お目当ての料理はなく、お魚定食(ごはん抜き)を食べた。味噌汁の量が多く(大ぶりの汁椀)、無理かと思ったが全部食べられた。魚は鱈の煮つけだった。

アップした写真のバッグは先日の京都で買ったもの。風神雷神の刺繍入り、今一番のお気に入り。1泊程度の旅行にも持参できる大きさ。確か1000円!だったような気がする。デザイン違いでもう2つくらい買っておけばよかった。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-31 12:53 | 日本語教育 | Comments(2)

朝食@にしむら珈琲店三宮

f0030155_8241434.jpg
(9月1日朝・記)
8月30日(金)午後11時、富山駅南口発大阪行き夜行バス乗車。31日(土)午前5時過ぎ、バスが京都深草のアナウンスがあり、目が覚める。深草は深草少将、それに伊藤若冲ゆかりの寺のある地だったか。大阪梅田・阪急三番街バスターミナル、午前7時前到着。富山―大阪の夜行バスは地鉄バス(「地鉄」は富山地方鉄道の略。中国語で「地鉄」は地下鉄ですから、「地鉄」でローカルジョークが作れます^^)で往復8500円。3列独立シート(東京行きも同じ)ですので、自分には充分です。
JR大阪駅構内で朝日・讀賣購入。Suicaを使って乗車、三ノ宮で下車。JR三ノ宮を出るともう見えるくらいの距離の「にしむら珈琲店」に行く。表を従業員の方々がほうき片手に清掃中。早すぎたのですね、7時開店だと思ってた(汗)。出直し。もう一度JR駅に戻って、姫路方向の電車に10分ほどの駅まで乗り、そこから三ノ宮にUターン。改札出口でSuicaが通らない。こういうの、本当は禁じ手だったんでしょうね。三ノ宮駅を出たところで8時になったので、持参したタブレットのワンセグで『あまちゃん』を見る。チャンネル設定に手間取って、1分ほど遅れて視聴。

にしむら珈琲店三宮店
僕は夜行バスで関西に来たとき、ここを利用している。と云ってもまだ3回目くらいだが。フルーツセットを注文。バケットのオーブントースト(ベーコン&ベジタブル)、カクテルフルーツ、珈琲(紅茶、カフェオレ、ミックスジュースも選択可)。
アップした写真、いつもここ、禁煙席です。「にしむら」は禁煙席のほうがスペース少ないかも。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-31 08:24 | 美味録13 | Comments(0)

野口眞一郎さんからの島田清次郎情報

当ブログ内には「検索キーワードランキング」機能があり、ここ何日間か「島田清次郎」がランキング入りしていた。「なんでだろう」と不思議に思いつつ、ここのもう3年半も前になる島田清次郎の記事を読み返した。
疑問が氷解したのは野口眞一郎さんという方からのコメント。貴重なコメントなので以下に掲出させていただく。ほぼ原文のままです。野口さんのコメントの後に、僕の当該記事の一部を載せておきます。あのころはずいぶん長文の記事が多く、これもかなりな長文なので引用は約半分の量です。全文はこちらで。
僕は東京時代の最後は国分寺北口のアパートに住み、南口の社長宅に通っていた。野口さんは国分寺の方。不思議なご縁を感じる。野口さんのHPはこちらです。

野口眞一郎さんからのコメント・その1(2013年8月29日)>
奥村隆信様
風野春樹氏の大著 『島田清次郎 誰にも愛されなかった男』(本の雑誌社)が出ましたので 久々に 「島田清次郎」を検索していましたらこのブログに出会いました。
以下のこと お知らせしたほうがよいと思い投稿いたします。
浅川マキさんは 美川の郵便局員でしたね。昭和60年春 三百人劇場で 上演された「島清世に敗れたり」初演の折 満員の会場 客席通路にベターっと坐る 黒服づくめ 長い髪の女性が 淺川マキさんでした。NHKのプロデューサーの誘いで と おっしゃっておられました。清次郎のことは よくご承知のご様子でした。
堀田善衛のことは存じませんが 和田芳恵 森山啓 平野謙 宮尾登美子・・・たくさんの方が 回想しておられます。
二・二六事件の将校たちは まちがいなく かつての「地上党」党員だったろう と 私も思いつづけているものです。
清次郎の最後の院内の様子を報じた「悪い仲間」「文藝ビルデング」の畠山清美 畠山清行は あきらかに転向を装ったようですね。
私のHPにも すこし書いておりますので お暇の折 ご笑覧ください。
                           野口眞一郎   
野口眞一郎さんからのコメント・その2(2013年8月29日)>
国分寺 野口です。
つづき
三島由紀夫 の死後 夫人が書庫を整理され刊行された蔵書目録に戦後版の『地上』(扶桑書房=永井荷風「罹災日録」の出版元)がありました。
平岡瑤子(画家 杉山寧の娘)は 1972年(昭和47年)、『定本三島由紀夫書誌』(島崎博と共編、薔薇十字社)を完成するなど、三島の蔵書や遺稿の保存整理に心を砕いた。(ウィキペディア)

<奥村記事「島田清次郎、生誕111年」(2010年2月26日付)>
(略)
島田清次郎と言っても当ブログご訪問者は知らない方がほとんどでしょうね。
島田清次郎は1899(明治32)年の今日、石川県美川町で生まれた。美川町はほんの1年くらいですが明治初期に石川県庁が置かれたそうですから、それ相応な規模の町だったんでしょうね。今は松任市(まっとうし)・鶴来町(つるぎまち。「菊姫」がある)・白峰村などと合併して白山市の一部になっています。酒の名称にもなっている手取川が流れる。
清次郎は幼くして父と死別、母方の実家で育つ。そこが「にし茶屋街」。「茶屋街」ってのは即ち「遊里」「色町」-吉原や飛田、富山だったら東新地のことです。金沢には「ひがし」「にし」「主計(かずえ)町」の三大茶屋街があり、他にも非公認の色町や私娼窟があったんでしょうね。「ひがし」は一度見学にいったことがあります。おいしい和食の店があるって聞いてそのついでです。まちがってるかもしれませんが、格調の高さ(=客層でもある)の順では、「ひがし>主計>にし」なんじゃないでしょうか。およそ文学者というものは、生まれ育ち・時代背景に大きな影響を受ける。清次郎も例外でなく、にし茶屋街での経験が彼の作品造型や女性観形成のファクターになったことでしょうね。成績優秀な清次郎はやがて金沢第二中学に進学する。現在の錦丘高校の前身です。金沢大付・泉丘(旧制金沢一中)・二水などと並んで石川県有数の進学校でしょうね。金沢二中は、堀田善衛(1918-98)の出身校でもある。
清次郎の人生には暁烏敏(あけがらす・はや1877-1954)や生田長江(いくた・ちょうこう1882-1936)なども登場する。暁烏は金沢時代の清次郎に発表活動の場を提供し、生田は清次郎の文壇デビューに大きな力となった。
清次郎の文壇デビュー-それは大正8(1919)年6月初版『地上-第一部・地に潜むもの』(新潮社)。清次郎満20歳。なにしろ売れ方が半端じゃなかった。あの当時の50万部ですから、今の『1Q84』どころじゃないでしょうね。すごいベストセラーです。人間、大成功の後にどのような生き方をするか、それが真価を問われることになるのでしょうが、清次郎は悲劇であった。キムタクってのと同じ略し方なんでしょうが、島田清次郎は「島清」と略称される一大人気作家に。極貧の生活から一気に文壇の寵児となり、彼はそれまでもそう思っていた自分の「天才」ぶりを発揮するようになる。要するに傍若無人・傲慢・ふしだらな女性関係といったところでしょうね。そして決定的なスキャンダルが発生する。海軍少将の娘・芳江を監禁・強姦したというもの。実際のところは清次郎に罪はなかったようですが(「合意」)、それまでの清次郎の振舞が「あいつならそういうことをする奴だ」という世間の評価となり、清次郎は一気に没落。昭和5(1930)年4月29日(当時の「天長節」)に没する。享年31。
(略)
島田清次郎は長い間「忘れられた作家」だったんでしょうね。世間もそうでしょうが僕も杉森久英(すぎもり・ひさひで1912-97。石川県出身)『天才と狂人の間』(1962年第47回直木賞受賞)で石川県出身のすごい小説家がいたということを知りました。タイトル、真の「天才」でもなく真の「狂人」でもなくその間の謂いでしょうね、まさに清次郎を謂い得て妙です。僕は高校時代に同書、読んでるかも。『地上』もどこかの版で読んでいるはず。
(略)
ここからは「たら」「れば」のお話。
「美川町」は浅川マキの出身地でもある。浅川マキは島田清次郎をどう思ってたんでしょうね。彼女の歌に清次郎のことがモチーフになったのってあるんでしょうかねぇ。
堀田善衛は約20歳年上の中学の先輩をどう見てたんでしょうか。堀田と清次郎はまるっきり文学レベルが違いますが、『若き日の詩人たちの肖像』あたりの人物造型化にあたって、あるいはひょっとして先輩のイメージを投影していないのだろうか。
清次郎が彼の誕生日に起こった大事件をどう思ったか、興味あるところですが、清次郎は前述のように「二・二六事件」の約6年前に亡くなっています。清次郎より6歳年下の安藤輝三(1905-36)や磯部浅一(1905-37)らは『地上』が世に出た時は14歳くらいになるのだけど、ひょっとしてその評判あたりを聞いたか、あるいは少将の娘の事件で何らかの感慨を清次郎に覚えたか。三島由紀夫はどうなんだろう、清次郎のこと。
島田清次郎は演出・久世光彦、出演・本木雅弘でNHK土曜ドラマになっていたそうです。今もし映画化・ドラマ化するとしたら、だれが監督・演出でだれの清次郎役がいいんでしょうね。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-30 06:17 | このブログのこと | Comments(13)

ディオニュソス

f0030155_1316113.jpg
(8月29日夜・記)
演劇にはド素人だが、鈴木忠志の『ディオニュソス』はぜひ一度観たいと思っていた。今回、8月25日(日)、念願が叶った。

SCOT
ディオニュソス』@利賀大山房
演出:鈴木忠志
原作:エウリピデス
俳優:新堀清純(テーバイの王・ペンテウス) 内藤千恵子(ペンテウスの母・アガウエ) 嶌森皓祐(ペンテウスの祖父・カドモス) ディオニュソス教の僧侶(竹森陽一 他) ディオニュソス教の信女(齋藤真紀 他)
音楽:『バーントガーデン』『納曽利』『破ノ舞』『廻向』『Vertical Time Study Ⅲ』

原作はエウリピデス『バッコスの信女』(松平千秋・訳)。鈴木は「ディオニュソス神は、神それ自体として存在していたのではなく、むしろ他者をまき込むことを必要とする集団に存在し、人々を精神的に統制しようという集団の意志が、『ディオニュソス』という”物語”を創造したのだ」と解釈する(『鈴木忠志 演出・台本集 Ⅰ』p123)。したがって、「デイオニュソスとペンテウスの葛藤は、神と人間との争いではない。宗教団体と政治的権威との論争であり、同じ地平に存在する二つの集団的価値体系がくり広げる闘争のドラマである」(同書p123)。
初演は1990年3月(ただし『バッコスの信女』としては1978年初演)。演劇が何かの指針になる必要はないが、オウムや9.11や福島原発を思うと、鈴木が現代社会の地平を的確に射程距離に収めていることがうかがえる。

息子殺しをしたアガウエは歎きの内に国を去る。
ディオニュソスさまはわたしら一族に、ほんとにむごい仕打ちをなさったものでございます。今はただ、忌わしいキタイロンの山の姿の見えぬところ、奉納の霊杖が悲しい思い出を誘うことのないところへゆきたいと願うのみ。そのようなものはほかの信女らが、崇めたければ、勝手に崇めるがよい。(同書p175)
だが、ディオニュソス神はそのような呪詛にもなんら傷つきも弱りもしない。
人間の分際を弁えず、神なるわれらに逆らい、供物も捧げず、祈ろうともせぬものらことごとくに、わが神の本体を示してやらねばならぬ。ここを首尾よく仕終えたならば、また他の国に移り、神威を知らせてやるのじゃ。(同書pp175-176)
「遠くを見つめて立ち尽くすカドモス」(同書p177)の諦観にも似たセリフで舞台は終わる。
神意はさまざまの姿をとりて、顕われ、/神々はさまざまの思いもよらぬことを遂げたもう。/思い設けしことは成らずして、/思い設けぬことを神は成らしめたもう、/かくぞ過ぎぬ、今日のことも。(同書p177)

終演後、利賀大山房前から富山駅北口行きのバスがあり、それを利用。なんと、無料だった!

来年のSCOT、また行きたいが、どうかなあ。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-25 13:19 | 富山 | Comments(0)

鈴木忠志が語る、利賀

f0030155_12282390.jpg
(8月29日朝・記)
8月25日(日)午前5時、利賀の民宿「瑞峯(ずいほう)」で目覚める。相部屋で僕以外に3人が宿泊。入浴・洗面・タブレット・読書・数独など、6時半朝食。味噌汁・焼魚・生卵・漬物など、ごはんは少し。7時過ぎチェックアウト。1泊朝食(B&B)で5500円。バスで利賀芸術公園へ。あいにくの雨で、持参した合羽着用。時間が早すぎたんですねぇ、どこも開いていない。百瀬川沿いのレストラン(?)のポーチにイス・テーブルが並んでいて、そこで雨宿りさせてもらう。9時前再び公園へ、人が少しずつ集まってくる。休憩所が開いたのでそこに入る。このころには雨はすっかり上がっていた。休憩所で岐阜県可児市から来られた水野さんに出会う。熱心な方でここには開始以来通っているとか。演劇・映画に詳しい方であれこれ楽しくおしゃべり。この週にマルセ太郎の関連で下北沢に行くとのことで、下北沢のカフェカナンを紹介しておいた。本日分の受付をする。この日も「志」「ご随意に」に迷ったが、某円(秘密^^)にした。名前入りの封筒は昨日の1枚だけだったのでしょうね、この日は空封筒に名前と会員番号を表書きして提出した。

鈴木忠志Q&A
鈴木忠志が語る、利賀』@新利賀山房
新しい利賀での展開について、今後のSCOTについて、どんなことでも聞いてください!

以下、当日のメモから(文責・奥村)。会場からは6つくらい質問が出た。
①36歳の時に利賀に来て38年。私は「在日利賀村民」である。
②65歳以上人口が50%以上を「限界集落」という。利賀は人口600人の限界集落である。だがそんな利賀に劇場が6つ。人口比100人に一つ!である。
③ITが発達しているが、肌で感じあってわかることが大切である。
④今回の「ご随意に」は宗教システムと似ている。日本のシステムが硬直化し、興行システムも資本主義化している中で一石を投じたかった。
⑤利賀を「気持ちの解放区」にしたい。
⑥私は「村おこし」をやっているのではない。「日本おこし」だ。世界からここを見るとここは「国立劇場」である。
⑦私の作劇は「編集」と云えるかもしれない。言語的素材が中心でそれにしぐさや衣装や音楽がついてくる。私の記憶の断片(テキストや生活や本や歌謡曲などなど)が関係づけられて、ある時作品となる。
⑧若いときに招待されたフランス世界演劇祭でジャン・ルイ・バローが古い家を改造して劇場にしていた。それがここ利賀での合掌造りでの演劇活動の発想の元になっている。
⑨磯崎新・大岡信・堤清二・武満徹らが私の活動に協力してくれた。「逃げちゃいけない」と思った。
⑩当時の利賀村長がスズキ・メソッド・トレーニングを見に来て「軍隊より厳しい」と言った。
⑪劇団とはやくざの組みたいなもの。理念があってそこに同志が集まって劇団となる。今、日本に「劇団」と呼べるのははたしていくつあるだろうか。
⑫私は日本をちゃんとしたい。「精神の公共事業」をやっている。
⑬ネット社会で個人化が進み、みなバラバラになっている。今こそ集団を見直さなければならない。

予定をオーヴァーして12:15ころ終了。
鈴木忠志さんのブログはこちら
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-25 12:28 | 富山 | Comments(2)

世界の果てからこんにちは

f0030155_2185126.jpg
(8月28日夜・記)
今年のSCOT Summer Seasonは、8月23日(金)の『新釈・瞼の母』から9月1日(日)の『ディオニュソス』まで6日間・13演目(異なり5演目)・2トーク。
8月24日(土)、7時過ぎに家を出て、ポートラム・高山線で越中八尾(えっちゅうやつお)。そこから利賀(とが)村営バスで利賀入り。民宿「瑞峯(ずいほう)」にチェックイン。バスで利賀芸術公園に。受付をする。受付テントには赤地に白の文字「」の箱。「ご随意に受付」の文。そうなんですね、今年は入場料が「志」「随意」なんですね。自分、いい年したジジイなんで、金額迷いました。結局この日(3公演)は某円にした(秘密^^)。自分の名前入りの封筒に入れるんですね、お金。さすがにちょっと抵抗があった。だって・・・。
昼食は公園から百瀬川に沿って歩くこと約10分の「グルメ館」で。館外のテーブルで「岩魚塩焼き」「キリン缶ビール」。岩魚は小ぶり、骨まですべて食べた。1時から利賀山房で『禿(はげ)の女歌手』。4時から利賀大山房で『羯諦(ぎゃてい)羯諦-行く者よ、去り行く者よ-』。夕食は再びグルメ館で。「岩魚塩焼き」「ざるそば」「アサヒ缶ビール」。
天候が心配されたが幸い雨はなし。前夜はけっこう降ったみたい。この夜、これが毎年一番人気でしょうね、花火仕掛けの『世界の果てからこんにちは』。初演は1991年。

SCOT
世界の果てからこんにちは@野外劇場
構成・演出:鈴木忠志
俳優:新堀清純(日本の男) 中村早香(その子ども) 僧侶(藤原栄作 他) 花嫁衣装の女(ビョン・ユージョン) 紅白幕の女(内藤千恵子 他) 車椅子の男女(竹森陽一 加藤雅治 他)
花火師:前田徹 他
挿入歌:『ピチカート・ポルカ』『夜の訪問者』『海ゆかば』『からたち日記』『船頭小唄』など

僕が『世界の果てからこんにちは』を観るのはこれで3回目か4回目になる。セリフの多くも、人物の登場も、花火のタイミングも、流される歌も・・・すっかりお馴染みになっているのだけど、何回観てもワクワクドキドキウキウキ感は変わらない。利賀のここでなければ見られない劇です。
鈴木によればこの作品は「日本人が陥るバランスを欠いた心性の幾つかを批評的に造形してみた」(講演ちらし「日本という幻想」より)。
劇中もっとも有名なセリフは第七場から第八場の
日本の男 なにを騒いでいた?
子ども 日本が、父ちゃん、お亡くなりに。
日本の男 日本もいつかは死なねばならなかった、/このような知らせを一度は聞くだろうと思っていた。/明日、また明日、また明日と、時は/小きざみな足どりで一日一日を歩み、/ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、/昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す/死への道を照らしてきた。(『鈴木忠志 演出・台本集Ⅲ』pp70-71)
でしょうね。
アップした写真はこの直後のシーンになる。ステージ前方に「車いすの男たち」、スペースを置いてその後ろ中央に「日本の男」。奥は池、林になり、次々と花火が華々しく打ち上げられフィナーレ、フェードアウトとなる。
花火が次々と打ち上げられ、空も水面も、炎の饗宴と化す。/音楽の終わりと共に花火が終わり、舞台は溶暗となる。(前掲書p78)
これも恒例だが終演後、鈴木さんの挨拶、鏡割り、そして観客に日本酒がふるまわれる。
高揚感を残しながら^^迎えのバスで民宿に。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-24 21:08 | 富山 | Comments(0)

羯諦羯諦-行く者よ、去り行く者よ

f0030155_15275490.jpg
(8月28日朝・記)
高田みどりの打楽器と高野山南山進流聲明
羯諦羯諦-行く者よ、去り行く者よ-@利賀大山房
作曲:高田みどり
舞台構成:鈴木忠志
演奏:高田みどり
聲明:SAMGHA/真言聲明の会(井川崇高 小柴光慈 古賀一弘 岡田真実 岩木芳範 加波祐正)
俳優:加藤雅治(車椅子の男) 内藤千恵子(車椅子の女) 他
聲明曲目:
大般若表白(だいはんにゃひょうひゃく) 般若心経(はんにゃしんぎょう)和訳 云何唄(うんがばい) 散華(さんげ) 対揚(たいよう) 般若心経(はんにゃしんぎょう)漢訳 舎利禮(しゃりらい)

20年以上前になるか、酒井某というお名前だったか、富山の女性で音楽や演劇などで地方ではふつうなかなか鑑賞できない作品をプロデュースする方がおられた。何よりもまずご自分が観たい・聴きたいものを選んでたのでしょうが、その審美眼・企画力・行動力はすばらしかった。時代が早すぎたのか、あるいは富山と云う風土のせいか、何回かで彼女のプログラムはなくなった。僕が富山能楽堂で天台だったか真言だったか聲明(しょうみょう。声明)を鑑賞できたのは彼女のおかげだった。今頃、彼女はどうなさっているのだろう。そんなことも思い出させた本公演だった。
会場は利賀大山房。ここは利賀中村体育館でこの日がその改築オープンでもあった。新聞記事によると「鉄骨1200㎡で、黒を基調とした板張りのステージや約400の観覧席」(北日本新聞8月25日付)だそうである。他の劇場と同じく磯崎新の設計になるのでしょうか。
本公演は「昨秋亡くなったSCOT創立メンバーでプロデューサーの斉藤郁子さんへの追悼の思いも込め」(同記事)た公演である。恥ずかしながら、斉藤郁子という名は全然知らなかった。そういう方がおられるだろうことは想像していたが、固有名詞で知ったのは今回の公演申し込みをしたとき。早稲田小劇場以来の、鈴木忠志の同志・戦友・良きパートナーだったんでしょうね。

高田みどりの「公演にあたって」より一部引用。
・・・生きとし生けるものは、何処へ向かうのか、この人間の永遠の問いに、大いなる智慧をもって答える精神の深き伝統こそ、聲明という響きの源であり、彼岸を見据えて生きた多くの人々の身体の記憶なのである。
SAMGHAは「ひとつの目標に集う人達」という意味のインドの古い言葉だそうです。「同志」ってことでしょうか。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-24 15:27 | 富山 | Comments(0)

禿の女歌手

f0030155_14305094.jpg
(8月27日朝・記)
8月24日(土)@利賀

インターナショナルSCOT公演。第1弾
禿の女歌手@利賀山房
演出:マティア・セバスティアン(イタリア)
作:ウージェーヌ・イヨネスコ
俳優:
アグニア・レオノーヴァ(リトアニア。女中メアリィ) キアラ・ナンティ(イタリア。スミス夫人) グ・ジンシェン(中国。スミス氏) カメロン・スティール(アメリカ。幻想の女中) イ・ソンウォン(韓国。マーチン氏) ジョウ・イェンイェン(中国。マーチン夫人) ガイア・ロズベルグ(デンマーク。消防署長)
芸術総監督:鈴木忠志

インターナショナルSCOTとは、公演ちらしによると
スズキ・トレーニング・メソッドを学んだ世界の優れた演出家、俳優により結成された利賀を本拠とする集団・・・・現在のメンバーは、中国、韓国、アメリカ、イタリア、デンマーク、リトアニアから選ばれた8名。・・・日本のSCOTと同じように、国際的な上演活動やスズキ・トレーニング・メソッドの教育活動を行う。
とのことです。

第2次世界大戦後10年過ぎた頃からだろうか、イッヒ・ロマン、ヌーヴォー・ロマン、アンチ・テアトル、ヌーヴェル・ヴァーグなど、文学・演劇・映画・美術などで新しい運動が世界各地(とりわけヨーロッパ)で起こった。戦争や革命をどうとらえるか-従来だったら、それでも人間を信じる「ヒューマニズム」に流れ込んだのでしょうが、あまりに悲惨な戦争体験はそんなレベルで収まりきらない影響を与えたのでしょうね。実存主義・不条理がはやる。アルベール・カミュの「シジュフォスの神話」はその最たるものでしょうね。「反演劇」の旗手がウージェーヌ・イヨネスコ(Eugène Ionesco1909-94)。それまでの演劇の文法や作劇術や予定調和を、完全に否定するものだった。今回の劇では、英語・中国語・朝鮮語・イタリア語・ロシア語(?)などが飛び交う。観客は、字幕はあるが(それとて意図的に、なんでしょうね、日本語訳がつかない部分も多い)、「理解」できない苛立ちと不安にさいなまれる。言語の解体、ブラック・ユーモア、非論理の世界、思考停止。

アップした写真は、利賀山房磯崎新の設計です。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-24 14:30 | 富山 | Comments(0)

SCOT

f0030155_10405179.jpg
(8月27日朝・記)
8月24日(土)・25日(日)と1泊2日で、
SCOT Summer Season 2013
に行く。
今回持参した本は
モハメド・オマル・アブディン『わが盲想』(ポプラ社)
この本、「・・・あのはるかかなたのアフリカ大陸から、言葉もまったくわからない盲人」の「異文化体験手記」。300ページ足らずでおもしろさ満点の本だが、なぜかなかなか読み進めないまま今日に至っている。
8月24日(土)、午前7時過ぎに家を出る。7時半からのNHK-BS『あまちゃん』を見てから出かけたかったのだが、それだと時間が間に合わない。今回の利賀行き、自家用車で行くことも考えたが、結局公共交通機関利用にした。家を出てコンビニで新聞などを買ってポートラムで富山駅北口へ。富山駅2番線ホームでNHK-Gの『あまちゃん』をタブレットのワンセグで観る。ここまでは至極順調に進む。ところが、8:14富山発のJR高山本線の電車がなかなか入線しない。前日の暴風雨の影響らしい。ジリジリして待つ。なぜなら、当初の予定ではこの電車に乗って越中八尾(えっちゅうやつお)に8:38着。八尾から利賀村営バス9時発で利賀入りを考えていたからだ。遅れること実に約40分、八尾(乗車賃は320円)に着いたのは9:20。JR車内でバスはあきらめた。バスの代わりはタクシーしかない。いつだったか、八尾から利賀にタクシーを利用せざるを得ず、べらぼうな金額だった。今回も1万円くらいの出費を覚悟しつつ八尾駅の改札を出た。すると、な・な~んと、村営バス、待っていてくれてたではないか! ビックリ&感謝。バスに乗り込んでまたビックリ!イタリア美術セミナーの村川いづみさんが乗っている! 世の中、あれこれあるもんなんですねぇ。

今回の利賀は今までと大きく変わったことがあり。
・・・世界ならびに日本社会の急激な変化に対応しつつ、この利賀村での社会事業をさらに発展させるための、新しい一歩を踏み出す計画を立てて・・・この計画に、同志として参加してくださり、親しく交流することのできる「SCOT倶楽部」の会友を改めて募集・・・
そして
今年から、利賀の公演には入場料金はありません
ご支援してくださる時と金額はあなたのご自由です
(以上、引用はリ-フレット「新しい第一歩のために 利賀から未来へ」より)
ということになった。公演にいくら払うか、個々人が考えるという前代未聞の試み。「お布施」みたいなことでしょうか。迷います、いくら包むか。

今回は
8月24日(土)
禿の女歌手
羯諦羯諦-行く者よ、去り行く者よ
世界の果てからこんにちは
8月25日(日)
鈴木忠志が語る、利賀
ディオニュソス
と演劇4本(『世界の果てからこんにちは』以外は初見)とトーク1本。
宿泊先は「瑞峯(ずいほう)」、同時開催の「TOGA夏まつり」も楽しみ。
[PR]
by tiaokumura | 2013-08-24 10:40 | 富山 | Comments(0)