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文藝春秋90周年記念『鮮やかに生きた昭和の100人』(文藝春秋)

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文藝春秋90周年記念
May2013 5月臨時増刊号
鮮やかに生きた昭和の100人
平成25年5月1日発行(3月21日発売)
1143円+税

これまでにあったようななかったような、なかったようなあったような・・・そんな本。たまたま本屋に行って雑誌コーナーにあって買いました。売れ行きよさそうな本。こういうスタイルの本はムックと云ったかしら。
僕は昭和21年(1946年)生まれで生粋^^の昭和っ子。本書の人物、全員わかります。物故者(刊行時点での)のみなので長嶋や大鵬はいませんが、これはって人はほとんど網羅。野球界では水原茂・正力松太郎、大相撲では柏戸が出てきます。抜けてる人って云えば、北大路魯山人(湯木貞一はある)・溝口健二(小津、黒澤はある)・田岡一雄・加藤楸邨・11代目市川團十郎(6代目中村歌右衛門がある)・本田宗一郎・盛田昭夫あたりかなぁ。
写真と文で構成。文の執筆は、正力は川上哲治、白洲次郎は娘の牧山佳子、齋藤秀雄は小澤征爾、杉村春子を新藤兼人、三船敏郎を山崎努、花森安治は大森鎭子、長谷川町子をサトウサンペイ、市川雷蔵を中村玉緒など。
著者名が表記されている文章は、『文藝春秋』2006年2月号掲載の「鮮やかな『昭和人』50人」を再録したもの(「目次」)
だそうです。残り50人は編集部による文章ということでしょうか。
吉行淳之介では山口百恵との対談が引用されている。また、「恋というのは情熱がそれを支えていて愛は認識とか忍耐がそれを支えている」も引用(p160)。
吉本隆明が伊豆で溺れた時近くに浮き輪の少年がいた。助けを求めてもよかったはずなのに、吉本は「浮き輪で楽しく遊んでいる人のところへ、死ぬか生きるかみたいな顔をしたのがいきなり掴まったら、向こうはビックリしちゃうし悪い」(p171)。知識人より大衆を大切にし思想を構築した吉本らしい話である。
武満徹は亡くなる2日前、ラジオで「マタイ受難曲」全曲を聞いたそうです(p189)。
本書、序文は関川夏央、跋文は内田樹
「散る桜 昭和も遠くなりにけり」、かな^^。本書でノスタルジーに浸るのも許されるかな。
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by tiaokumura | 2013-03-31 15:53 | | Comments(0)

NPO事業報告書等提出@富山県庁

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(3月31日午前・記)
奥村学習塾を主宰していた頃、年に1回、富山県庁に通ってた。毎年3月18日頃、富山県内全県立高校の高校入試(正式にはは「学力検査」だったか)の結果が県庁で一覧できる。塾主宰者ととしては一年で1番嫌な日だった。塾生全員が合格していればよいのだが、残念ながらそうでない年の方が多かった。自分、不合格者の家をその日のうちに訪問してた。私塾主宰は20余年で終わったが、今でも落ちた塾生の泣くのを我慢している顔やこらえきれず涙があふれた様子が思い浮かぶ。塾をやめた今、一年で1番嫌な日は2日ある。富山国際学院の語学留学生の申請を年に2回名古屋入国管理局で行っているのだが、その結果が郵送されてくるのが、カレンダーによってずれることもあるが、3月1日(4月生対象)と9月1日(10月生対象)である。この両日、朝から憂鬱な気分です(照)。

閑話休題^^。富山国際学院NPOになったのは2005年秋で、僕は2006年から毎年3月下旬に県庁に行っています。NPOは年に1回、特定非営利活動促進法第29条第1項及び第2項並びに同法第44条第2項の規定で、事業報告書などを富山県に提出する義務があるんですね。提出書類は、「前事業年度の事業報告書[2部]・前事業年度の財産目録[2部]・前事業年度の貸借対照表[2部]・前事業年度の収支計算書[2部]・前事業年度の役員名簿[2部]・前事業年度の社員のうち10人以上の者の氏名(法人にあっては、その名称及び代表者の氏名)及び住所又は居所を記載した書面[2部]」です。郵送でもいいのですが、せっかくなので情報収集も兼ねて毎年持参しています。提出書類は県庁のHPで公開されています。来年からは「前事業年度の収支計算書」の名称が変わるみたい(実態は変わらない)。法律ってメンドーっちいとこあるんでしょうね。
アップした写真、県庁正面。威厳ある建物、「権力の象徴」ったら身も蓋もないですが^^、自分、割と好きな建物です。ただ建て増しを繰り返したんでしょうね、いつも思うのですが自分のような方向音痴には伏魔殿。今回も県庁内で4回、ルートを尋ねました(恥)。あと、県庁駐車券に行った先の課の印をもらうのを忘れるミスも。ジジイ化、進行中なんでしょうね(爆)。

県庁の帰り、富山の桜の名所松川べりを見たら、桜のつぼみチラホラ。今年の桜開花、富山も早そうです。
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by tiaokumura | 2013-03-28 11:11 | NPO | Comments(0)

名古屋出張

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(3月30日午後・記)
3月27日(水)は昨年12月20日(木)以来の名古屋出張富山国際学院に駐車し午前8時半過ぎ富山駅北口に。駅の売店で讀賣・日経など購入。9:09富山始発しらさぎ6号。今回の随伴本は3冊。
丸谷才一『無地のネクタイ』(岩波書店) 小沢昭一『芸人の肖像』(ちくま新書) 上田正昭『私の日本古代史(上)」(新潮選書)
丸谷本は「図書」連載だから一度は読んでいるはず。歌舞伎座が開場しましたが丸谷の「松竹の歌舞伎」に曰く、
・・・海老蔵の団十郎襲名といふのはどうだ。験直しに持つて来いではないか。今の団十郎は、柄の大きさといふ古風な歌舞伎の味を発揮する点では今どき珍しい人だが、彼のためには、代々の俳名、白猿があるから心配はいらない。そして新団十郎には、一つ派手に景気よくr戦略で行つてもらはう。(p125)
丸谷も「今の団十郎」も今は故人である。小沢昭一も故人。小沢本「第6章 さらす芸」では小沢流のオープン考察^^。「ハダカ屋さん」を2つのタイプに分けている。同章の写真は一条さゆり・浅草待子・ローズ秋山夫妻ら。上田本は「私みずからの古代史にかんする研究史の集成」(「まえがき」p5)。第Ⅱ部「第二章 邪馬台国と女王卑弥呼」(pp104-136)から読み始める。松下見林って初めて知りました。

米原で新幹線に乗り換え。JR名古屋駅構内の「MERMAID CAFÉ」で昼食。クロックムッシュ・エッグタルト、飲み物はミルクコーヒー(練乳入り)。
アップした写真、今回の出張の目的の会議室。名古屋駅桜通口から徒歩5分、「ウインクあいち」ってビル内13Fです。これまでは「大名古屋ビルヂング」が会場だったんですが、大名古屋ビルは再開発で取り壊しに。今回見たら上部5F以上はなくなったみたいな感じでした。(覆いがかかってて詳細不明)

東海北陸維持会員定例研修会
会議は意見交換・情報交換から。いつもは各校が順に話すのですが今回はこれはなかった。休憩の後、名古屋入管の統括がレクチャー。4月生審査のこと・入管行政のことなど。地方にいるとなかなかこういう機会がないので、年に2回のこの会議は貴重。
5時前終了。

名古屋駅構内Takashimayaデパ地下で惣菜を購入。「柿安ダイニング」で新ローストビーフ切り落とし・具沢山マカロニサラダ・やみつき唐揚げ、「神戸コロッケ」でシンプルなじゃがいもコロッケ・紅ずわい蟹のクリームコロッケ。駅構内でお土産に伊勢赤福。
帰りは17:48名古屋始発しらさぎ13号。北陸地区には日本語学校が4校あるのですが、しらさぎ車中、佐藤さん(福井)・道上さん(金沢)・蔣さん(射水)と僕の4人でワンボックス。恒例?の「しらさぎ宴会」^^だが、ここのところ癌患者の僕はノンアルコール。
今回ひどい目に遭った。敦賀駅に着いた時のこと。その先の南今庄とかで人身事故発生。2時間以上敦賀駅で立ち往生でした。富山駅に着いたのは、通常なら21:32のところ23:50頃。初体験ですが、JRって120分以上遅れると特急の払い戻しってあるんですね。3230円、払い戻しされました。家に着いた時は日付が変わってた。世の中、いろんなことってあるもんなんですねぇ。
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by tiaokumura | 2013-03-27 12:59 | 僕は学院長4年生 | Comments(0)

開田君・山澤君と@車屋

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(3月30日午後・記)
3月25日(月)午前10時から富山国際学院教員会議。学院の2012年度は13人の教員スタッフだったが、全員が一堂に会するのはこの日ぐらい。午前はまず2012年度総括として、専任3人、各クラス担当者が報告。僕は学院長としての報告及び後期E組担任としての報告。次いで事例報告3本。昼休憩の前に僕から2013年度について説明。2013年度はスタッフ13人で、午前3クラス・午後2クラス。昼食は、ビンボー学校としては大奮発(激爆)の富山の名店「五万石」の仕出し弁当「半月」。午後は新年度各クラス担当者打ち合わせ。僕は久しぶりにA組担当。2002年度以来になるかなあ、A組担当は。なんか・・・浦島太郎みたいな気分^^。僕の新年度はA組金曜日1コマ担当で、他に数学補習、プライベートレッスンを担当。

午後6時、富山駅北口徒歩5分の「車屋」に。開田君・山澤君、先着。開田君とは幼馴染、山澤君とは中学同期。開田君と山澤君の共通点は中部高校出身で大学は別だが京都在。山澤君とは年に2回のペースで中学ミニ同期会をやっているが、開田君とこうして過ごすのは50年ぶりくらいになろうか。彼が同志社大時代に京都で会ってるはずだし、あと今回思い出したが、僕は大学生時代に1年弱、富山に戻ってパチンコ店員(今はCiCになっているあたりに「コロンビア」というパチンコ屋があった)をしてたのだが、その時に会ってるようだ。それより何より、先日のブログ記事にも書いたが、僕が癌で通院している病院で彼とバッタリ会った。彼、お母さんの急病で同病院に搬送で付き添い。受付で僕の名前が呼ばれて、彼が僕に気づき声をかけてくれた。あの時はビックリしました。
彼の家と僕の家は向かい同士だった。同じころ生まれて互いに行き来してた。彼のうちで麻雀牌を初めて見たし彼のお母さんの歌う姿もよく覚えている。「琴ヶ浜」という力士がいて、それを「ことけべえ」と呼んでたのも開田君と遊んでた頃の思い出。僕は実母が病弱だったこともあって、開田君のお母さんにはずいぶんかわいがってもらったでしょうね。今回開田君と話していて、彼のお母さんの記憶力に驚いた。僕の名前の由来・学芸会・暗算大会など、僕にまつわる^^あれこれ、ずいぶん記憶してらっしゃるみたいなんですね。
開田君は小学4年生になる前に引っ越していった。その後、高校時代に会ってるか。あとは前述のとおり。今回2時間ぐらいで話が尽きるかと思っていたが、話が弾んで終わったのは10時過ぎ。4時間以上も車屋にいたんですね。開田君は農業団体、山澤君は證券会社でそれぞれ有能なビジネスパーソンだった。二人は僕なんかと違って、企業戦士として高度成長時代・バブル時代を生き抜き、時には修羅場も経験してきたでしょうね。そんな彼らの話を聞くのも楽しい。今はすっかりリタイアした二人だが、その能力はまだまだ生かせる場があるはず。二人の健康を祈るとともに今後の活躍を期待したい。
1年後の2014年3月24日(月)にこの3人のメンバーで車屋で再会を約して解散した。末期癌患者(照)の身、その日が迎えられますように。

アップした写真は「車屋」で。右から開田君、僕、山澤君
車屋は富山大学の副島教授・同僚の粕谷さんの3人で行ったのが最初。それ以来3年ぶり?で2回目。鯖の棒寿しは絶品です。
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by tiaokumura | 2013-03-25 20:58 | このブログのこと | Comments(0)

映画『100万回生きたねこ』『二郎は鮨の夢を見る』

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(3月25日朝・記)
3月24日(日)、フォルツァ総曲輪でドキュメンタリー映画を2本観た。1日に映画2本なんて何十年ぶりだろう。

『100万回生きたねこ』
絵本とそれぞれの秘密を重ね合わせる女性たち。一冊の絵本でつながった作者と読者を見つめたドキュメンタリー。世界に横たわる愛と孤独を描き出す冒険のはじまり。(パンフレットp03)
監督:小谷忠典(こたに・ただすけ1977-)
プロデューサー・構成:大澤一生
編集:辻井潔
音楽:CORNELIUS
出演:佐野洋子(さの・ようこ1938-2010) 渡辺真起子 他
使用書籍:『100万回生きたねこ』(講談社) 『死ぬ気まんまん』(光文社) 『私の猫たち許してほしい』(ちくま文庫) 他
佐野洋子 作・絵『100万回生きたねこ』冒頭部(パンフレットより):
百万年も死なない猫がいました。百万回も死んで百万回も生きたのです。立派なとらねこでした。百万人の人がそのねこをかわいがり、百万人の人が、その猫が死んだ時泣きました。ねこは一回も泣きませんでした。

『二郎は鮨の夢を見る』(原題JIRO DREAMS OF SUSHI)
監督・制作・撮影:デヴィッド・ゲルプ(David Gelb1983-)
編集:ブランドン・ドリスコル=ルットリンガー
制作総指揮:マシュー・ウィーヴァー
製作:ケヴィン・イワシナ
出演:小野二郎(おの・じろう1925-) 小野禎一 小野隆士 山本益博 他
監督インタビュー(パンフレットより抄録):
なぜ「すきやばし次郎」の映画を撮ろうと思ったのですか?
小野二郎さんに出会う前は、5~6人の鮨職人を取り上げた映画にしたかったんです。今回の映画『二郎は鮨の夢を見る』は山本益博さんがサポートしてくれたことが大きく影響しています。父の知り合いである山本さんの紹介で初めて「すきやばし次郎」で食べた時に、お鮨の味のバランスの素晴らしさ、二郎さんの人間性に感銘を受け、彼だけの映画を撮りたい、小野二郎という人間を取りたいと思ったのです。
映画のタイトルを『二郎は鮨の夢を見る(JIRO DREAMS OF SUSHI)』にしたのはなぜですか?
撮影中に二郎さんから言われた「夢にまで鮨が出てくる」という言葉にインスピレーションを受けて思い立ったタイトルです。次郎さんの夢を形にするために努力を惜しまない姿。これこそ、映画のテーマになると思いました。

『愛、アムール』、富山じゃ観られないと思っていたのですが、5月にフォルツァ総曲輪で上映だそうです。よかった。
映画の後、ドンクでパンを買って喫茶コーナーで遅い昼食。そのあと、こないだのサイエンスカフェで当たったきき酒会@富山国際会議場に。地酒ファンならたまらないでしょうね、桝田、銀盤、三笑楽、若駒、立山、若鶴、成政など17酒造店が参加。満寿泉からくち(桝田酒造店)、貴醸酒熟成(若鶴酒造)を、ほんの3口ずつぐらいだが、いただく。微量だったが酔っぱらってしんどかった。癌のせいでしょうね。
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by tiaokumura | 2013-03-24 10:22 | 映画 | Comments(11)

金時江ひとり芝居:オンマの白いチョゴリ

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(3月24日朝・記)
伊藤厚志さんからのメールによる案内で知った「金時江ひとり芝居」を3月23日(土)午後、サンフォルテで観てきた。

パンフレットより以下引用。
<芝居について>
原作=絵本『オンマの白いチョゴリ』(文・権正生 画・金鳳哲 訳・高正子)
脚色=金時江
演出・音響・照明=劇団ドラマシアターども(北海道・江別)
<語られる家族とその行跡>
アッパ(お父さん) 植民地支配からの独立のために戦い、3.1運動の犠牲になる。
長男 お父さんの意志をつぎ、独立運動に身を投じる。
次男 東京に勉強に行き、関東大震災で虐殺される。
三男 日本軍に徴兵され、戦場で命を落とす。
長女 朝鮮戦争の混乱で、北につれて行かれて音信不通。
次女 弟の医療費のために、米兵相手の娼婦になる。
四男 朝鮮戦争で避難の途中、爆弾を受け片足を失う。
五男 ベトナム戦争で命を落とす。
<金時江(キム シガン)さんのプロフィール>
1949年、北海道生まれの「在日」2世。ギャラリー茶門主宰。
1989年、道内の「在日」や日本人と「ウリ文化研究会」を設立、朝鮮の伝統楽器や舞踊を地域の祭りやイベントで広める活動に打ち込む。10年余り前から朗読やひとり語りで『オンマの白いチョゴリ』を紹介してきたが、「より作品の心を伝えたい」と新たにひとり芝居を始めた。
金時江さんからのメッセージ
(前略)「オンマの白いチョゴリ」は、7,8年前から語りや朗読でやっていたのですが、<どもさん>が「芝居にすればいいしょ!」と背中をおしてくれたのをきっかけに、60歳の誕生日を迎えるとき、初めて芝居に取り組みました。
その責任上か、行きがかり上かわかりませんが、<どもさん>が演出を、そして「ども」の<舞まいさん>が音響、<ひもとくん>が照明をずっと担当してくれています。もちろん、今回も。(後略)
「オンマの白いチョゴリ」公演にあたって 堀江節子(コリア・プロジェクト@富山)
貧しいながらも平凡に暮らし、ごく当たり前の一生を過ごすことができたかもしれないひとりの母親(オンマ)が、時代の流れの中で次々と家族を失う不条理、在日2世の金時江さんが演ずるこのオンマこそ、どんな歴史書より雄弁に、植民地化や戦争の負の歴史を語りかけるでしょう。自分の国や知己の歴史に批判的に向き合うのは厳しいことですが、ともに観るこの「オンマの白いチョゴリ」が未来への懸け橋となることを期待します。(後略)

ひとり芝居」というと、渡辺美佐子や白石加代子、島田正吾、マルセ太郎らが思い浮かぶが、金も彼女らに劣らぬ名演技。歴史(事実)の重さ・金の演技力は、想像力をさほど要さなくても芝居の世界に引き込ませる。
公演のあと金さんらの話があり、4時ころ終演。
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by tiaokumura | 2013-03-23 15:10 | 富山 | Comments(0)

サイエンスカフェ:富山オリジナルの色ガラスをつくる

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(3月22日朝・記)
3月20日(水)春分の日、午後2時過ぎ車で家を出る。東別院駐車場に車を停める。フェリオ(大和デパートも入っている)B1Fのドンクでパン。7Fの紀伊國屋書店で本。新年度も「日本留学試験対策 数学コース1補習」を担当するので『チャート式数学1+A(白)』を買う。小学・中学と進んで高校も新指導要領になるんですね。数学、新課程用で少し内容が変わってた。文庫コーナーにめっちゃたくんさんあった竹島慎二編著『富山県謎解き散歩』(新人物文庫)を迷わず^^購入。こういう本(シリーズ)、出てたんですね。知らなかった。
フェリオを出て、この日のお目当ての「富山まちなか研究室MAG.net」を探す。ちょっと迷って総曲輪通り(そうがわどおり)に発見。
今年1月にサイエンスカフェ初体験をしましたが(記事はこちら)、この日2回目の体験。実は「ダークマター」のサイエンスカフェにも申し込んでいたのですが、抽選で外れた(泣)。

富山オリジナルの色ガラスをつくる
富山市は、「ガラスの街 富山」を目指して、ガラス作家の養成や市民にガラスを楽しんでもらうための企画を進めています。最近、日本の各地にガラス工房が設置されていますが、その多くは観光資源としてのガラス工房です。その中で、芸術性・工芸性を前面に掲げて独自の道を歩んでいるのが「富山のガラス」です。「富山のガラス」を他の地域からさらに際立たせるためには、富山独自のものをもつ必要があります。このカフェでは、富山大学理学部と富山ガラス工房が共同して開発してきた富山オリジナルの色ガラスを紹介すると共に、ガラスの着色法とその原理について分かりやすく解説します。
ゲスト 金森寛(富山大学理学部) 野田雄一(富山ガラス工房・富山ガラス造形研究所)

野田雄一さんの話から始まる。野田さんは富山が28年目になるとのこと。ガラスの歴史、ガラスの性質、吹きガラスの道具、ガラスの街・富山についてのお話など。旧大和デパートの跡地に図書館・美術館ができるそうです。吹きガラスで使う新聞紙は、朝日新聞が紙質がいいそうな。
次いで金森寛さんのお話。①野田さんと組んでの富山オリジナル色ガラスをつくる共同研究。②ガラスの着色にはイオン着色とコロイド着色がある。③「富山曼荼羅彩」が富山オリジナル色ガラス第1弾。④第2弾として富山湾の深海をイメージした色ガラス作りに。⑤遷移金属イオンの働きによって「越碧(コシノアオ)」が完成した。⑥「越碧」は2価コバルト+2価銅+3価クロム。
以上、メモによるので間違いもあるかも。文責・奥村ってことで。
今回のキーワードは「遷移金属」でしょうね。初耳です。あと、化学の話が主でしたが、色の見え方は物理に属するんでしょうね。NHK-Eの「MIT白熱教室」で虹、取り上げてました。化学も物理も正直言ってチンプンカンプンな僕ですが、質問もいくつかできてスリリングでエキサイティングなサイエンスカフェ体験2回目でした。フェルメールのラピスラズリ(Lapis Lazuri)や奈良の枕詞「あおによし」なども話の中に出てきました。
途中クイズあり。正解者先着3名に「きき酒会」招待ハガキプレゼント。自分、あたりました!
クイズ:次の動物の中で色覚のないものはどれでしょう。
イヌ ネコ ウマ ウシ アライグマ ニワトリ カメレオン ハエ アリ ゴキブリ
(答えは3つです)

アップした写真は、光源によって色が変わるネオジムガラス。蛍光灯の時と自然光の時とで色が変わるんですね。
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by tiaokumura | 2013-03-20 16:36 | 富山 | Comments(2)

日本語ボランティア登録者研修会:原和子先生「多読について」

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僕がこの世に「日本語教育」「日本語教師」なるものがあることを知ったのは1989年ごろだったか。既にして僕は40代前半であった。日本語教育能力検定試験に合格したのはそれから2、3年後の45歳前後になるだろうか。日本語教師としてはきわめて遅いスタートだったかもしれない。今朝(3月17日)の朝日新聞1面「教員力『回り道』が磨く」ってことで、教師になるのが大卒すぐじゃなくって企業勤務などの後に教職に就いた人について取り上げている。そこでは20代・30代で中学高校教師になった人なので、それ比べても僕はきわめて「遅いスタート」になろう。だがそういう「回り道」は日本語教師に限らず「教師」には必要な人生だと思う。優秀な成績で大学に入学し優秀な成績で卒業し難関の教員採用試験を突破して教職に就くーそれは「効率のいい人生」ではあっても、はたして「教師としての人生」としては喜ぶべきことなのだろうか。教師力・授業力は「効率のいい人生」ではなかなか培われないのではないでしょうか。ガッコウの先生より塾の先生に共感を覚える子どもが多いのはその一例かも。

さて^^日本語教師になりたての頃のこと。当時某国立大学で日本語を教えていらっしゃる原和子先生が僕にとってのカリスマ日本語教師だった。いや、過去形ではなく今でもそうなので現在進行形だけど^^。だが先生と面識を得たのは僕が50代になってようやっとのことだったか。富山国際学院の教師に原和子先生が代表の「日本語教師会ゆうゆう」の出身者が何人もいて「ゆうゆう」を意識するようになった。2013年度の富山国際学院は13名の教員体制になるがその内で、僕の記憶に間違いがなければ、5、6名が「ゆうゆう」と関わりのある方である。「ゆうゆう」は富山国際学院の貴重な教師供給源でもあるんですね。
僕は「ゆうゆう」の「日本語ボランティア登録者研修会」にはほぼ欠かさず参加させていただいている。教師は死ぬまで勉強、などというと「カッコつけすぎ」にとられるかもしれないが、「井の中のかわず」「一国一城の主」になりがちな教師は、自己研鑽という課題をいつも背負ってなければならないでしょうね。そういう意味でも地元で簡単に受講できる「ゆうゆう」の年2回(?)の研修会はありがたい。
今回(3月16日)の研修会はわがマドンナ^^原和子先生の「多読について」。日本語教育にもレベル別多読教材があることはあるが、Oxford(奥村学習塾をやってた時、塾生用に揃えていた)などと比べると圧倒的に少ない。今後充実してほしい日本語教育出版分野でしょうね。
今回の研修でしばしば引用されていた酒井邦秀『快読100万語ペーパーバックへの道』(ちくま学芸文庫)、読んでみたい。
多読授業3原則」は「教えない」「押し付けない」「テストしない」で、「読んだ後で,単語テストや内容理解テストを行わないことが大切」とのことである。なるほど、ですよね。

最近「読む」「読める」「読んでわかる」ということで考えさせられているのが黒田夏子『abさんご』の読書体験。単行本でわずか80ページ余の作品を読むのに3週間以上かかった。自分じゃぁ普通人並みの読書力はあると思っているのだが。例えば、
おぼつかない円や三角を書きはじめた幼児の寝間のばめんはいくつかあっても、うたはなかった。そんな早い夜に、さきに死んだはずの親がとなりのふとんの中だったことからも、あてがわれたなんまいかの白い正方形がそろって粉ぐすりをつつんでいた折り目をもつことからも、早逝者はすでに病みはじめていて、それでそういうあそびかたあそばれかたをしていたのだろう。(黒田夏子『abさんご』p071。ただし黒田の「、」は「,」、「。」は「.」である。当PCの関係で「、。」表記になっている。ご容赦を)
を「読んで」、どうでしょう。「読む」「読める」「読んでわかる」ってどういうことなんでしょうね。
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by tiaokumura | 2013-03-17 09:33 | 日本語教育 | Comments(0)

学院長式辞@2012年度卒業式

北陸の長い冬も終わりを迎えあちこちに春の訪れを感じさせる今日この頃、本日ここにきわめて佳き日を迎えることとなりました。富山国際学院2012年度卒業式にあたり、富山国際学院教員13名を代表して式辞を述べさせていただきます。
ただ今私が卒業証書・修了証書を授与させていただいた皆さま、
ご卒業ご修了、まことにおめでとうございます。

私は富山国際学院を紹介するときよく「富山国際学院は日本で一番小さい日本語学校だ」と言います。これは小さいことを卑下しているのではなく、小さい学校だからこその、あるいは、小さい学校ならではの特色があるということを強調しているのです。この学校の良さは、富山国際学院で学ばれた皆さまが一番よくご存じだと思います。勉強が分からない時分かるまで教えてくださったA先生、アルバイトがうまくいかなかった時母のように励ましてくださったB先生、人間関係に悩んだ時兄のように愚痴を聞いてくださったC先生、悪い誘惑にひきこまれそうになった時厳しく叱ってくださったD先生、受験に失敗した時ともに涙を流し慰めてくださったE先生などなど。日本に日本語学校は400以上ありますが、富山国際学院ほど学生に寄り添っている日本語学校はないと私は自負しております。

さて、本日の卒業式を終えて皆さまはこのあとそれぞれの道を歩んでいかれます。その道のりには、いいこと・楽しいこと・うれしいことばかりがあるのではありません。たくさんのいやなこと・つらいこと・苦しいことも皆さまを待ち受けています。富山での2年ないしは1年半の語学留学生活には、もちろん大変なこともあったでしょうが、やがていつか、ここでの留学生活が天国か温室だったと振りかえられるかもしれません。残念ながら日本社会にはまだまだ皆さまのような外国人に対する誤解や偏見や無知や差別や無関心が満ち満ちています。そんなこれからの厳しい留学生活にあっても、皆さま方におかれましては「あきらめない」という気持ちを失わないでいただきたい。
「冬来たりなば春遠からじ」「朝の来ない夜はない」「やまない雨はない」と言います。ここで冬や夜や雨は悪いこと・いやなことの比喩(例え)になっており、春や朝は希望・夢の実現の比喩になっています。夢や希望や志は人さまざまです。私のような老人でも死ぬまでに実現したい夢がまだ3つあります。ましてやお若い皆さまは、昨日の学習発表会で熱く語られたような夢をお一人おひとりがお持ちです。私は昨日、皆さま方の発表を聞いたり見たりして、「若いってことはすばらしいなあ」と嫉妬にも近い感情を抱きました。
これからの人生で「もういいや、あきらめよう」「自分には無理、無理。やめよう」と思った時、思い出してください。富山国際学院で出会った先生すなわち人生の先輩が遠くから皆さんのことを思っている、富山国際学院で出会った友が皆さんのことを信じている、と。これからの長い人生、ぜひ皆さま方におかれましては、夢や希望をあっさりあきらめることのないように生きていってください。

最後になりますが、皆さま方の前途に輝かしい未来があることをご祈念しつつ式辞とさせていただきます。
皆さま、本当におめでとうございました!

2013年3月15日
富山国際学院
学院長 奥村隆信
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by tiaokumura | 2013-03-15 10:51 | 僕は学院長4年生 | Comments(2)

学習発表会

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(3月16日午後・記)
富山国際学院の卒業式は3月第2金曜日の時代もあったが、今は3月15日に固定している。来年の3月15日は土曜日なので、来年の卒業式は3月14日になるかな。
卒業式の前日は恒例の学習発表会。これも以前は全学生参加の時代もあったが、ここのところ2年生が発表し1年生が聞くスタイルになっている。昨年の僕は長期入院中とあって学習発表会には出られず卒業式だけなんとか出席できた。
さて今年の学習発表会。「私の夢」というタイトルでプレゼンテーション。2つのことに感動した。
①教師主導でなく学生主体。飾り付けも運営も学生がやった。
②一人ひとりの「夢」が実にはっきりしている。どれもが実現可能に思われた。
最後に学院長コメントがあり、感動したことを伝えた。今までの学習発表会の中でもベスト5に入るんじゃないかなあ。もちろんここまでに成果を上げた担当教師陣の力も尊敬に値する。あれこれしんどかった学年だっただろうが、こうして有終の美を飾れ(卒業式は翌日だが)、担当した教師たちも「あっかり」(富山弁^^)したことでしょうね。
学生・教師の投票で、最優秀賞は漫画家になりたいと夢を語ったネパール出身男子学生だった。入学したときやっとかっと(これも富山弁?)日本語を話していた彼がここまで成長していたのだから、これまた感無量。教師ってどうしても学生の力量を低く見がちなものだが、学生って教師の思っている以上の潜在能力があるもんなんでしょうね。
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by tiaokumura | 2013-03-14 09:57 | 日本語教育 | Comments(2)