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富山薪能@富山能楽堂

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(8月1日朝・記)
アジア太平洋戦争最末期の1945年8月1日、アメリカ軍による市名入りの空襲予告ビラが富山市に投下された。水戸・八王子・舞鶴・久留米など全国11都市にも同様のビラ。同日午後10時頃米軍機が富山上空に現れるもそのまま東に飛び去ったので、富山市民は「ビラはハッタリだったのだろう」くらいに思い眠りに就く。「富山大空襲を語り継ぐ会」に拠ると、富山大空襲は、
1945年8月2日午前0時36分~2時27分(焼夷弾投下111分間)
174機のB29が来襲し焼夷弾51万7千発余りを投下
死者推定3千人、負傷者約8千人、被災世帯2万4914戸(109592人)
であった。富山大空襲を扱った名作に中山伊佐男『八月二日、天まで焼けた』(高文研)がある。中山は当時15歳、母と妹を失う。中山たちが逃げ回った地区は、現在の私の勤務先の富山国際学院から目と鼻の先である。
富山市で本日8月1日に行われる花火大会は、富山大空襲で亡くなった方々への慰霊であり、戦争の悲惨さ・無意味さをいつまでも語り継ぐイベントである。夏は全国各地で花火大会が盛んである。曜日で実施される花火大会が多いと思われるが、富山市の花火大会は日で決まっている。毎年8月1日に行なわれることに大いなる意味があるのである。
その花火大会の前夜祭にあたるのが富山薪能。私の謡のお師匠さんの川田有紀子先生(観世流華川会主宰)から案内をいただき(とは云え、ここ一年以上華川会のお稽古には行っていない)、昨夜観てきた。20年ほど前になるか、当時は確か富山城址公園で開催されてて家族で観能したことがあり、それ以来の薪能。昨年までは富山県民会館が会場だったのが今年は富山能楽堂での開催。アップした写真、富山能楽堂の入口です。

4時に仕事を終ってどこぞで食事し5:15からの第二部に間に合えば(薪能自体は午後2時開演)ともくろんでいたのだが、3時から来客頻繁で結局勤務先を出たのが4:45。コンビニでおにぎり3つ+お茶を買い、車を運転しながらの夕食^^になってしまった。
5:25頃能楽堂着。仕舞(観世流)「半蔀(はしとみ)」の最中だった。その後、仕舞(宝生流)「小督(こごう)」「三井寺(みいでら)」が続き、次いで本日の僕のお目当ての一つ舞囃子(観世流)「海士(あま) 三段乃舞」。世阿弥作、子のためにわが身を犠牲にする母の物語。後シテ・龍女、小西弘通(富山観世塾講師)。大鼓・飯嶋六乃佐、太鼓・麦谷暁夫、小鼓・住駒幸英、笛・片岡憲太郎。地謡・渡邉優治、山本博通、波多野晋、松下覚。
午後6時、火入れの儀舞囃子(宝生流)「船弁慶(ふなべんけい)」。観世小次郎信光の傑作。宝生流二十世宗家・宝生和英(ほうしょう・かずふさ1986-)が後シテ・平知盛の怨霊。今年の明治神宮薪能(10月8日)が「船弁慶」で宝生和英が演じる。「船弁慶 舞囃子」は先週土曜日に富山県水墨美術館で観ています。わずか4日間で2回も観られるなんて不思議な縁。
狂言「二人大名(ふたりだいみょう)」、和泉流で鍋島憲・清水宗治・野村祐丞。野遊びに出かけた大名2人が途中で会った男を太郎冠者にするが、やがて太郎冠者に脅され、鶏やら犬やらの真似をさせられたり起き上がり小法師をやらされたりし、挙句の果てには太刀も着物も太郎冠者に持ち逃げされる。
今回の薪能でいわばフルバージョン演じられたのが狂言「二人大名」と能「井筒」。「井筒(いづつ)」はご存知の方が多い名曲でしょうね。世阿弥作。在原業平と紀有常の娘とのラブストーリ。プレイボーイ^^の業平は二股(詞章では「二道」)男だったんですね(激爆)。今回は宝生流。前シテ・里女、後シテ・有常の娘(佐野由於)、ワキは旅僧(平木豊男)、間狂言は荒井亮吉で、後見に宝生和英・佐野玄宜。大鼓・飯嶋六乃佐、小鼓・住駒幸英、笛・片岡憲太郎。地謡・大坪喜美雄他。僕が持参した謡本は観世流。宝生と観世じゃ詞章や節が違うんでしょうね。時間も『観世流 能の勧め』では目安が120分とありますが、今回は6:45~8:00の約75分でした。
ー以上、敬称略ー

観能中、川田有紀子先生とお会いできた。病気のことで励ましのお言葉をいただき恐縮。
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by tiaokumura | 2012-07-31 17:56 | 謡を習う | Comments(2)

いなほプノンペン日本語学校

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先週の火曜日、僕はあいにく出張中だったのだが、富山コピーの中村政勝社長富山国際学院にご来校。中村社長は富山県カンボジア王国親善協会の事務局長もなさっていて、「今度カンボジアの青少年が富山に来る、ついては学院の訪問はできないか」ということであった。無論ありがたいお話で、受諾の返事をした。
中村社長が置いていかれた資料を見る。7月28日来富、8月7日離富で、富山滞在中には工場見学・雪渓体験・遊覧船・花火大会見物・ホームスティ・野球観覧・官公庁表敬訪問など興味深い活動がびっしり。

今日7月30日(月)午後4時、ご一行学院に到着。いなほプノンペン日本語学校のオム・チャンカンニャリット先生(プノンペン大学2年生でもある)、学生はチェムさん・ポートさん・ホールさん・フンさんの4人、付き添いの日本人が中村社長ともうお一人。
午後のクラスのD組(担任・石川さん。中国・ネパール・タジキスタンの学生)、C組(担任・佐野さん。中国・ルーマニア・ネパールの学生)を案内する。短時間でしたが、自己紹介・質問などで交流。こうしてさまざまな国からの若者が日本語を共通言語として交流しているのを見るのは、日本語教師冥利に尽きます。
いただいた資料によると、いなほプノンペン日本語学校は2010年創立。茨城県のいなほ協同組合が設立に関わったみたいです。いなほ=稲穂、なんでしょうね。プノンペン、カンダール、タケオ、ポーサットに校舎があり、プノンペン校は約200名の学生が在籍ってぇんですから、うちみたいな定員60名のミニ日本語学校を見て、逆カルチャーショックだったかも(激爆)。プノンペン校の校舎もまるで宮殿のような外観です。教科書は『みんなの日本語』(8月に第2版がでます)だそうです。

アップした写真、C組で。前の5人がいなほプノンペン日本語学校の皆さんです。
カンボジアと云うと、アンコール・ワット、シアヌーク殿下、クメール・ルージュ、ポル・ポトくらいしか思いつかない(恥)。地雷撤去など難しい問題を抱えた国なのでしょうが、こうして短い時間ながらカンボジアの若者たちに接すると、カンボジア王国の明るい未来が感じられる。日本は先進国だなどとエバっててもしょうがない。

いなほプノンペン日本語学校の皆さん
Chumriap suo! Khnyom chhomoh 奥村(おくむら).
今日はようこそ富山国際学院(とやまこくさいがくいん)にいらっしゃいました。
日本の日本語学校はいかがでしたか。
富山・日本での滞在(たいざい)をお楽しみください。
これからも日本語の勉強を続けてください。
またいつかお会いしたいです。
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by tiaokumura | 2012-07-30 16:40 | 日本語教育 | Comments(2)

北川智子『ハーバード白熱日本史教室』(新潮選書)

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北川智子(きたがわ・ともこ1980-)
ハーバード白熱日本史教室
2012年6月10日5刷(2012年5月20日発行)
新潮社(新潮選書)
680円+税

若き日本人女性の斬新な講義にハーバードが熱狂した!」(帯より)。
今年読んだ新刊の中でトップ5に入る好著。ハーバードと云えば超エリート大学で、近年の話題では学長が女性だとか、日本人留学生数が激減し中国・韓国に追い抜かれたとか、そして何よりもマイケル・サンデル(Michael Sandel1953-)教授のNHKテレビ「ハーバード白熱教室」(Justice with Michael Sandel)。この本のタイトル、一見サンデルあやかり本みたいに受け取られるのは残念。サンデルもどきの本じゃなくって、北川智子のサクセスストーリーであり、日本史の見方を一変させる本でもある。ハーバードの学生が教室で「白熱」したのは北川とサンデルの共通点。
北川は福岡の高校出身(理数科)。その後カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に入学(専攻は数学と生命科学)。同大学院で「私は突然、日本史を勉強することになった」(p15)。院生時代にハーバード大学のサマースクールで「『ザ・サムライ』という大げさな名前の日本史のクラス」(p18)を受講。そこで「サムライだけの日本史は絶対に変」(p20)、「とにかくLady Samuraiは絶対にいたと思う」(p21)。大学院の修士論文はLady Samuraiの記録をまとめたもの(p22)。博士課程進学は、ハーバードは不合格でプリンストン大学に。「博士課程の3年目の半分が過ぎた頃・・・就活」、「ハーバード大学の『カレッジ・フェロー』という、大学院を出てすぐの新米が1年から2年教えられるという、その年に新設されたばかりのポジション・・・に出願」(p29)。本書を読みながら読者もドキドキするハーバードのインタビューテストにも合格。「運も実力のうち」でしょうね、いくつかの幸運が重なって晴れてハーバードの教壇に立つことに。
1年目の秋学期、東アジア学部「Lady Samurai」。「学部生用のクラスが10人を超えることはめずらしい」(p34)中で16人が受講。大学院生用のセミナーのほうは6人が受講。春学期の「KYOTO」の受講生は20人。2年目の秋学期の「KYOTO」には38人の受講生、春学期の「Lady Samurai」にはなんと104人(p48)。3年目の秋の「KYOTO」は136人、春学期には251人にまで膨らむ。北川は2009~11年と3年連続で「ティーチング・アワード」を受賞(p100)、他に「モスト・スタイリッシュ・プロフェッサー」受賞(p132)、「フェイバリット・プロフェッサー」選出(p133)。2012年5月の卒業アルバムに北川は学生に向けて「No proof needed; your possibilities are ∞」と書く(p135)。
本書、「第二章 ハーバード大学の日本史講義1 LADY SAMURAI」「第四章 ハーバード大学の日本史講義2 KYOTO」で北川の講義を追体験できます。
北川がなぜこれほどまでに学部生・院生を夢中にさせる講義ができたか(彼女の人気の秘密)は本書をお読み下さい。彼女自身は講義を通じて「日本史は男性のサムライのみを軸にした『半分史』。それを書き足し、語り方を変えることが私の仕事だ」(p53)という思いに到る。

北川は「モネの絵のように、全体のインプレッションにこだわった『印象派の歴史叙述』を目指している」(p179)。そして「日本の次世代イデオロギーの再構築の発端になるような歴史の語り方を考え、地球市民向けの日本史が早く出来上がるよう、皆でこの難題に立ち向かってほしい」(pp182-183)とも。
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by tiaokumura | 2012-07-29 08:56 | | Comments(2)

宝生流舞囃子 船弁慶@富山県水墨美術館

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2012年度の富山国際学院での僕は、クラス授業が担当できる体力・気力がまだ回復せず(恥)、専ら個人授業を担当させていただいている。ただ、学院長としては各クラスの状況も把握しておくべく、去る6月に45分×2の授業を各クラスでやらせていただきました。9月には全クラスで一コマ(45分×4)の授業をやってみたい。お恥ずかしい話なんですが、自分、今年度の学生、名前と顔が一致していない人が何人も・・・。ましてや学生個々の日本語能力や性格なんてほとんど把握し切れていない。困ったトップです(大汗)。病気を理由にいつまでも「クラス担当は無理」なんてワガママは許されないでしょうね。10月からの新しいクラス、2~3コマは担当するつもりでいます。
4月以降担当した個人授業は、ロシア30代男性・入門レベル、中国40代女性・中級、ネパール20代男性初級、中国10代男子・初級の4人。今日7月28日は、担当者が急に都合が悪くなり、タイ30代女性・上級の代講。将来日本語教師になりたいという方で、日本語非母語話者の日本語教師を育てるのが僕の個人的な夢でもあるので、楽しみな授業でもあった。個人授業だからって楽とは必ずしも言えない。ペース配分・メリハリのつけ方・現実との折り合い・ギャップの埋め方など、1対1ならではの難しさもあるし、何と云っても合性の問題が大きい。日本語教師になりたての頃は、合性なんて教育の本筋ではないと思っていたものですが、最近は「合性」って大切だなあと思うようになっている。無論、合性が悪くてもそれを何とかするのがプロの教師なんでしょうけど。
今日の富山は3日連続の猛暑日だったかも。9時50分からのレッスンでしたが、その時刻でもうかなりの暑さ。11時半に終了。学院から5分ほどのところに環水公園がある。昼食は公園内のスターバックスで。シナモンロール、チョコレートケーキドーナツ、バニラクリームフラペチーノ。テラスが神通川に面しててそこで飲食。

1時過ぎ、富山県水墨美術館。先週土曜日もここに来ているから2週連続。今回は、
宝生流・舞囃子 船弁慶
の鑑賞。
『船弁慶』は能を代表する曲の一つですからご存知の方が多いかも。世阿弥の甥・音阿弥の子、観世小次郎信光(かんぜ・こじろう・のぶみつ1450?-1516)の作。信光は演能者としても才能があったようですが、能作者として彼ならではのドラマトゥルギーに基づく傑作をいくつもものし、『船弁慶』はその代表作。前シテが静御前で後シテが平知盛という配役の妙、静の女心の描写(一時は弁慶の申し出を疑うが義経の許を去るのが己の定めと思い、別れの舞を舞う)、海が一転にわかに掻き曇り平氏の亡霊が波間に現れる、義経の武力では亡霊を退治できず弁慶の祈りによって退散させるなど、その「ドラマティックさ」は観阿弥・世阿弥を超えているのでしょうね。
アップした写真、小さいですが、舞台上の前が後シテの知盛(岡田義巳)、後に大鼓(松本一郎)・小鼓(上田美雪)・太鼓(上田博)・笛(瀬賀尚義)、右は地謡(奥和義・山﨑健・森康幸)。宝生流の方々です。
今回は、「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤平の知盛幽霊なり」(観世流謡本『船弁慶』十三丁表五行目)から最後「ゆられ流れて跡白波とぞなりにける」(同十五丁表)まででした。能の本質の一つは鎮魂なんでしょうね、最後のシーンを観ながらそんなことを思いました。
船弁慶』、人気があるんでしょうね、今年の明治神宮薪能、これです。10月8日(月)午後6時開演。宝生和英、辰巳満次郎(宝生流)。
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by tiaokumura | 2012-07-28 13:50 | 謡を習う | Comments(0)

癌日記:7月26日、予約診療日

昨日7月26日(木)の富山は今年2回目の猛暑日
今年2月29日に人生2回目の大手術をした。大腸癌&腸閉塞。その間3週間余入院し3月13日に退院。3月23日~25日と抗癌剤シスプラチンで入院。以後は入院はなく、4月からは月1回のペースで通院診療。僕の主治医のTドクが3月で定年退職され、今は1週間に1回木曜日の出勤で、それに合わせて僕の予約診療も木曜日で、昨日7月26日がその日だった。
前回かなり待ち時間があったので今回は2時間を覚悟して随伴本も3冊。
伊丹十三『女たちよ!』(新潮文庫)
有島武郎『一房の葡萄』(ハルキ文庫)
観世流謡本『船弁慶』(檜書店)
20代後半、伊丹本にハマってた。彼の本、今は新潮文庫に何冊か入ってるみたい。『女たちよ!』は先日富山大学生協で買いました。『一房の葡萄』は半世紀以上ぶりで読む。小学生高学年の時、図書館か敬(たか)ちゃんの家で読んだ。敬ちゃん(小中高と同期)のご両親は先生で、彼の家にはたくさんの本があった。『銀河鉄道の夜』『君たちはどう生きるか』なども彼の家で読ませていただいたんじゃないかなぁ。『船弁慶』は今週土曜日に富山県水墨美術館でその舞囃子(簡単に言うと、面も装束もつけずサワリの部分を演じること。シテ+地謡+囃子)がある(ただし宝生流)ので、事前に読んどこうと思った。
予約時間は11時で、10時前受付。10:20、中央処置室で採血5本。今回も採血に難儀し、最初の左手首がダメで右腕で採血。検尿。それから、外科でひたすら^^待つ、待つ。本3冊交互に読み耽る。12時前、声がかかり血圧&体重。血圧は95-62でまあまあ。脈拍64。体重は56.4kgで前月より1kg増えたか。これもまあまあ。
12:10から15分ほどTドクによる診察。血液検査の結果は、白血球数(基準値3.5~9.0)が4.4で順調、腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)も基準値の正常範囲。今やっている癌の標準的治療(僕の場合は抗癌剤TS-1服用)の効果が出ているのでそれをこのまま継続することに。TS-1の11クール目は7月21日で終わっていて、12クール目を8月5日から(4週間で9月1日まで。その後休薬2週間)。シスプラチンは今クール目もなし。
次回の予約診療は9月6日(木)。8月は通院しなくてもよい月になります。末期癌発覚以来初めてかも、病院なしの月は。

会計で支払い3390円。病院の食堂で昼食。薬局で薬&支払い。薬は、腸閉塞対策のツムラ大建中湯エキス顆粒、消化関係のレプター錠・タフマックE配合顆粒・重質酸化マグネシウム「ケンエー」、前立腺のフリバスOD錠・ベシケアOD錠、貧血のフェロチーム錠、そしてティーエスワン配合カプセルT25の8種類。薬の中では何といってもTS-1が高額で、28日分で2,7300円の支払い。今回薬局殿支払いは合計37,9400円。毎月1回の朝日新聞「がんとつきあう」の7月17日付は「お金の悩みとも闘う」。乳癌の女性(43歳)の場合、分子標的薬ハーセプチンの自己負担が月5万円前後。「多くの患者は以前のように働けなくなって収入が減り、経済的に追い込まれてしまう」。「年間の平均自己負担額は約101万円(月額8万4千円)」で「38万円(同3.2万円)が実質的な負担額だった」。僕の場合、この一年で実質的な負担で100万円くらい使っているかなあ。今後も入院・手術を除き毎月5万円くらいはかかりそう。これでもまだ僕は恵まれているほうでしょうね。満額ではないにしても毎月給料ももらっているし。「金の切れ目が命の切れ目」なんてこと、癌はそうなんでしょうね。

数年前、富山市民国際交流協会のイベントにボランティア参加したときに島津謹市さんと出会った。爾来、年に1~2回程度だがお会いし同イベントのボランティアで汗を流し合った。島津さんは宇津井健か菅原健ニみたいな感じの方で僕の兄貴分。僕の脳腫瘍の時もいち早く励ましのメールをいただき、今回の末期癌でも励ましのコメントをいただいた。その島津さんからいただいた今年の年賀状に
私も六月に肺がんが見つかり、七月放射線治療で1ヶ月入院、一一月まで計六回通院し抗癌剤治療しました。お互い頑張るぞ!
とあった。
先日、島津謹市兄のご逝去の報に接した。私より軽い癌だと思っていたのでショックだった。
人や先、我や先-限られた生だが一日一日を少しでも悔いなく過ごせたらと思う。
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by tiaokumura | 2012-07-27 08:37 | 癌日記 | Comments(0)

木下晋展ー祈りの心@砺波市美術館

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(7月25日朝・記)
1か月ほど前、富山国際学院に新しい仕事の依頼が入った。その後メールや電話でやりとりし、昨日7月24日(火)、クライアントのところで打ち合わせ。現場は富山国際学院から55km、自分は運転が嫌いで苦手&初めての道、1時からの打ち合わせに間に合うべく11時に学院を出る。12時半過ぎ到着、2時半まで打ち合わせ。富山国際学院は現有スタッフ13人、いろんな仕事に対応できるのが心強い。

帰途、砺波市美術館で開催中の
木下晋展 祈りの心
を鑑賞。
木下晋(きのした・すすむ1947-)の絵、ご覧になった方が多いのではないでしょうか。10Hから10Bの22種類の鉛筆を使った鉛筆画。今回の展示は、「合掌図」「小林ハル」「母、娘、妻、猫、義姉」「描いた人たち」「桜井哲夫」の5章に分かれ、他に「注蓮寺」、1963年の自由美術協会展入選作「起つ」。
小林ハル(こばやし・はる1900-2005。「最後の瞽女」)をモデルにした画は「小林ハルの祈り」「102歳の胎内回帰」「103年の闘争Ⅲ」など10点。
今日でおしまいという別れ際に私は問うた。/「生まれ変わったら何になりたいですか?」/ハルさんは答えた。/「そんなことがあるなら、/虫でもいいから目明きで生まれてきたい」(『木下晋画文集 祈りの心』p43)
桜井哲夫(さくらい・てつお1924-2011。詩人、元ハンセン病患者)は「光の眺望」「光の合掌」「光の孤独」など6点。最新作が「光の中へ」で今回初公開。
「自分は癩病の犠牲者と思ったことはない。むしろ癩病という衣装を身に纏うことができたおかげで、今日まで生きてこられた」と桜井さんから聞いたことがある。(『木下晋画文集 祈りの心』p115)
巨大な孤独と戦いながらその人生を生き抜いた人、私が生涯をかけて描いてきたふたりが亡くなった。小林ハルさんと桜井哲夫さんには絵を一点も見てもらったことはない。けれどこのふたりほど自分が描かれているということへの意識をもった人たちはいなかった。ふたりは目に見えなくても光を放つ心の目をもち、私はその視線を全身に浴びながら制作をしていたのだった。(『木下晋画文集 祈りの心』p107)

8月4日にはギャラリートークとして木下と青木新門(あおき・しんもん1937-。『納棺夫日記』など)の対談。お2人とも富山県出身です。本展は8月26日まで、その後足利美術館に巡回。
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by tiaokumura | 2012-07-24 15:47 | 美術 | Comments(0)

「いま子どもたちは 日本を生きる・新宿編」(朝日新聞)

ロンドン五輪で「世界」に目がいく。足元の「日本」は、外国人の子にとって暮らしやすい国なのか。新宿で考える。(朝日新聞2012年7月11日付)
ということで始まった朝日新聞の連載「いま子どもたちは 日本を生きる・新宿編」。7月22日でシリーズ終了。ただし、「『日本を生きる・新宿編』は今回で終わり、次回は25日に始めます。」とのことで、「いま子どもたちは」シリーズは今後も続くのでしょうね。
「新宿区に居住する外国人の数は、外国人登録で把握できるだけで119カ国3万3897人」。1位は中国12690人、2位は韓国または北朝鮮(いわゆる「在日」でしょうか)12642人。1・2位で全体の約75%(4人に3人)を占める。3位ミャンマー1178人、4位ネパール1100人で、15位以内に入る欧米以外の国は他にフィリピン・タイ・ベトナム・インド・バングラデシュ・ブラジル。「学齢期(6~15歳)の子は1650人と推定される。区立小中学校に通う子は約480人で、残りは1170人。そこから国・私立や外国人学校に通う子を差し引いても、かなりの人数が学校に在籍していないとみられる」。

連載各回の見出しと、登場する「外国にルーツを持つ子」の名前・年齢・国を以下ご紹介。
第1回 日本の中学 やっと入れた
パワル・ソバン・シンさん(15歳。インド)
第2回 「ともだちをつくりたいです」
パワル・ソバン・シンさん(15歳。インド)
第3回 夜の学習会、もう一度頑張る
ヘーゼルクイニー・タンさん(15歳。フィリピン)
第4回 「ガイジンだから」は関係ない
アラウジョ・フビアさん(16歳。ブラジル)
第5回 親の通訳して知った大人の世界
アラウジョ・フビアさん(16歳。ブラジル)
第6回 嫌われる母国、傷つく心
エミさん(13歳。中国)ミサキさん(14歳。中国)
第7回 独りぼっちを救った語学支援
サンギタ・バネストさん(16歳。ネパール)
第8回 2ヵ国とも大切、母がお手本
西村圭子さん(16歳。タイ)
第9回 いじめられっ子吹っ切れた
賈鵬さん(19歳。中国)
第10回 一人で残る 応援もらい大学進学
賈鵬さん(19歳。中国)

シリーズに登場する8人はいわばロールモデルになるでしょうね。「貧しい人を教えるような人になりたい」(第3回、ヘーゼルクイニー・タンさん)、「日本語もっと勉強して、日本で働きたい」(第7回、サンギタ・バネストさん)、「東京・新宿という異国の地で、なりふり構わず頑張った結果、未来が開けてきたような気がする」(第10回、賈鵬さん)。
富山県では米田哲雄先生(勉強お助け隊)・青木由香さん(アレッセ高岡)・山﨑恵先生(富山大学)など個人・組織のサポートがある。日本語教師の私も「外国にルーツを持つ子」の支援に少し関わっており、当ブログにいくつか記事がある(例えば、2008年12月14日付「外国籍の子どものための進学相談会@富山国際学院」など)。私の経験の中では、中国男子・台湾男子・フィリピン女子でロールモデルになりそうな例がある。だが新宿区も富山も(日本国内どこも)圧倒的な数の不幸例があるでしょうね。ドストエフスキーかトルストイでしたっけ、「幸福はどれもこれも似たり寄ったりだが、不幸は一つひとつが異なる」。「週刊金曜日」7月13日号が、クールジャパンならぬ「コールドジャパン」の特集。「外国人にとって日本は暮らしやすい国か」(pp18-24)。

朝日新聞では、「外国人介護士 定着への道」が7月13日・14日の2回だけですが連載がありました。
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by tiaokumura | 2012-07-22 11:08 | 日本語教育 | Comments(0)

和楽器コンサート@富山県水墨美術館

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富山県水墨美術館で開催中の「大名文化の華 尾張徳川家の至宝」展の企画
和楽器コンサート
を聴いてきた。7月21日(土)に3回ある中の午後12時30分からの回。
アップした写真でおわかりのように、美術館の芝生広場に設定。小さくてよく見えないでしょうが、演奏者は女性3人で、左が、真ん中が尺八、右が鼓・太鼓。演奏中に楽器説明はあったのですが、名前がはっきりわからなかった。まゆ・ゆきの・まみ、だったか。名前もそうですが以下の演奏曲目も奥村の恣意による聞き取り。間違いがあったらご容赦を。プログラムなんてものはなかった。
ジャズで云えばピアノ、サックス(あるいはクラリネット)、ドラムスみたいな組み合わせになるのでしょうね、今回の和楽器コンサートのトリオ。司会者によるとこのトリオは和ポップとかで上海などでも演奏とか。
今回演奏の曲目・楽器は以下の通り。
千鳥の曲(琴・尺八・鼓)
涙そうそう(琴・尺八・太鼓)
竹の四季・夏(尺八独奏)
鳥のように(琴・鼓・太鼓)
さくら幻想曲(琴・鼓・尺八)
こきりこ(琴・尺八・鼓)

雨が心配だったのですが、約30分の間、幸い雨は落ちませんでした。ちなみに北陸は梅雨明けしました。
「大名文化の華」展、7月28日(土)の企画に同じく芝生広場で
能舞台 宝生流 舞囃子 船弁慶
が予定されています。雨に見舞われないといいですね。尾張徳川家もそうですが、富山も前田家の関係で宝生流が盛んです。
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by tiaokumura | 2012-07-21 12:30 | 富山 | Comments(0)

SCOT Summer Season 2012 鈴木忠志の世界

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富山県が世界に誇れる三大文化は、越中八尾おわら風の盆・利賀演劇祭・富山県立近代美術館である。←ってぇのは僕の「持論」^^で賛同者がいるかどうかは不明です。平成の大合併とやらで八尾は婦負郡から富山市に、利賀村も南砺市にそれぞれ編入され、それって文化の自死行為じゃないかと思うのだけど、地元の方々がそれでいいと思われての合併であれば、よそ者の僕が非難すべきことじゃないんでしょうね。
以下、今年の利賀のご案内。アップした写真のリーフレットは先日富山県水墨美術館で入手しました。

SCOT Summer Season 2012 鈴木忠志の世界
会場:利賀芸術公園
公演日程:
8月24日(金)
19:00開演『トゥーランドットー資本主義の登場、常識の衰退』(利賀山房)
8月25日(土)
14:00開演『シンデレラ』(創造交流館)
16:00開演『リア王』(新利賀山房)
19:30開演『世界の果てからこんにちは』(野外劇場)
8月26日(日)
11:00開演『トゥーランドットー資本主義の登場、常識の衰退』(利賀山房)
14:00開演『シンデレラ』(創造交流館)
8月31日(金)
19:00開演『リア王』(新利賀山房)
21:30開演『シンデレラ』(創造交流館)
9月1日(土)
13:00―15:30シンポジウム<何が>変わらないのか!? -<3.11>以後の「ニッポン」
第1部「オキナワ」と「フクシマ」から考えるー振興・開発至上主義からの「自立と自治」
16:00開演『リア王』(新利賀山房)
19:30開演『世界の果てからこんにちは』(野外劇場)
9月2日(日)
10:00―10:45鈴木忠志Q&A
10:45―12:30シンポジウム<何が>変わらないのか!? -<3.11>以後の「ニッポン」
第2部二つの「敗戦」から考えるー戦後日本の「独立」60周年にあたって
公式サイト:(たぶん)こちら

僕はこれまでに鈴木演劇は『リア王』『シラノ・ド・ベルジュラック』『サド侯爵夫人』を観ています。今回は9月1日に利賀に行きます。富山駅北口から臨時バスが出ていて、往路が10:30富山発で利賀芸術公園には13:00着。シンポジウム第1部が13:30から。講師は松島泰勝・山下祐介・大澤真幸。その後、『リア王』と『世界の果てからこんにちは』。体力勝負でしょうね、当日は。たぶん体、持つとは思うけど、しんどかったら公園で寝ていようかと(激爆)。2作品について公式サイトから引用。
利賀で生まれ、世界に翔ばたいている
『リア王』

合掌造りの闇の中から創り出された鈴木忠志の代表作。「世界は病院である」という鈴木の演出基調となる理念もここから生まれた。世界中で上演された『リア王』が、SCOT総出演で新たな1ページを開く。
日本を問う
『世界の果てからこんにちは』

雄大な自然をすべてとりこんだ、利賀でしか上演できない花火劇。1991年に野外劇場で初演され、夏の利賀の名物にもなっているこの舞台が3.11後を生きる現在の日本人に、鮮烈なメッセージとともに迫る。
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by tiaokumura | 2012-07-18 07:10 | 富山 | Comments(0)

徳川美術館展 大名文化の華 尾張徳川家の至宝@富山県水墨美術館

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海の日の今日、
富山県水墨美術館
徳川美術館展 大名文化の華 尾張徳川家の至宝

を観に行ってきた。
徳川美術館と云えば「源氏物語絵巻」だが、本展は「徳川美術館の収蔵の中から、茶の湯道具・香道具・能道具に焦点を当て、江戸時代の大名の教養やたしなみなど、そこで培われてきた文化を見つめていこうとする企画」(同展図録p5)。右にアップした写真は本展図録です。
富山県民にずいぶん人気のある展覧会なんでしょうね、11時前に美術館に着いたのですが表の駐車場は満員、裏手に駐車。真夏日、でしょうか、暑い。
本展覧会は会期が6月15日~7月29日の約1か月半の長丁場で、7月9日に展示替え。僕は前期は観ていませんので後期のみの鑑賞になる。
調べ物をするのにいつも重宝している『大日本人名辭書』(講談社学術文庫)の「徳川氏」の系譜(第五巻p37)によると、家康には9男4女いる。信康が長男、秀忠が3男で、尾張徳川家初代の義直は10子目で7男にあたる。同じく『大日本人名辭書』の「トクガハヨシナホ」によると、「義直超然聖教を尊崇し儒術を信用し、聖廟を建て、堯、舜、禹、周公、孔子の像を安置し、礼楽諸器を備へ釈尊の儀を行ひ、経籍一千部を置く。文物の盛んなる一時諸侯に比なき所とす」(第三巻p1780中段。句読点・常用漢字化は奥村に拠る)。

会場、混雑していたので展示室2の能道具から先に観る(本来の順路は展示室1の茶・香→展示室2の能)。能面が孫次郎・曲見(しゃくみ)・痩女(やせおんな)など10面、能装束が白地銀桜花文摺箔(しろじぎんおうかもんすりはく)など7点、扇が三段水巻鎮扇(観世流)など10面、楽器が能管など4点、その他。尾張徳川家は「初代義直以来金春流をシテとして重用・・・三代綱誠は宝生流を金春流と同格に扱い、・・・十代斉朝の時代に観世流も重用」(図録p51コラム「尾張徳川家伝来の能面」)だそうです。
展示室1へ。「茶の湯道具」には、「石山切 貫之集下」「御家切 古今和歌集(藤原俊成筆)」「竹茶杓 銘窓竹(小堀遠州作)」など。香道具には、後期の目玉なんでしょうね、「国宝 初音蒔絵沈箱(はつねまきえじんばこ)」。初音の調度とは「寛永十六年(1639)九月二十二日、三代将軍家光の娘千代姫が、尾張徳川家二代光友の婚嫁する際持参した調度」(図録p42)で、「沈箱は香木を入れる箱で、・・・中に小箱六合を納める。小箱には『源氏物語』の「桐壺」「箒木」「若紫」「紅葉賀」「花宴」「葵」の帖にちなむモチーフがそれぞれ表されている。」。(図録p43)。他に香炉・香合・香木など。
大名はパトロンであると同時に表現者でもあった。多くの大名家の貴重な文化遺産が散逸した中で、こうして御三家筆頭尾張徳川家の伝統文化が守り伝えられているのは、冷泉家同様に誇らしいことになるのでしょうね。あまり期待せずに行った展覧会ですが、かなり堪能できました。7月21日(土)に「和楽器コンサート」と「ギャラリートーク」があるので、もう1回出かけようかと思っています。今回は富山信用金庫からもらった招待券でタダでした(照)。
昼食、館内のレストランで。食べられそうなものがなく、抹茶クリームぜんざいをいただく。
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by tiaokumura | 2012-07-16 14:12 | 富山 | Comments(0)