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東北AID,富山テレビACTクラブ賞を受賞

昨日5月30日、帰宅してニュースを見ていたら足立原貫さんが映っていた。ACT賞というのをもらうというニュースで、草刈り十字軍の話をなさっていた。そのあと「明日は東北AID」というテロップが出ていささかビックリ。同ニュースは「富山テレビ」のもので、富山国際学院にも何度か取材に見えたアナウンサーがMC。
今朝ネットで「ACT賞」で検索したら公式サイトがヒットしました。それによると、この賞は地元の富山テレビが設けている賞で、今年は「個人・優秀賞3名、団体・優秀賞3組、震災関連特別優秀賞・1組」が受賞。足立原さんは草刈り十字軍で「団体賞」、東北AIDは「震災関連特別優秀賞」を受賞。今年の個人の受賞者には藤原優子さん(ロンドン五輪男子マラソン代表藤原新選手の奥様)、越中家漫欽丹(えっちゅうや・まんきんたん)さん(富山弁で落語を披露するアマチュア落語家)も。

富山テレビACTクラブ賞のサイトから以下引用(助詞の間違いなどがあるが、そのまま引用する)。
草刈り十字軍  代表 足立原 貫(あだちはら とおる)
山林への除草剤空中散布の反対運動をきっかけに始まった、毎年夏にボランティアで山林の下草を刈る、この運動。37年間にわたる活動に参加したのは、およそ4,000人、1,800ヘクタールの下草を刈った。環境への配慮、いまでは当たり前のことを、40年ほど前から実践。
いまのその活動は続いている。実践と伴った環境保全活動は、日常を離れて草を延々と刈り続ける作業は修行僧にも通じる難行。
富山だけでなく、日本そして世界へ、環境保全の大切さを実践しながら訴え続けている。
東北AID 代表 川渕 映子(かわぶち えいこ)
東日本大震災後、これまでの海外支援のノウハウを生かしいち早く行動を起し、県内でチャリティコンサートなどを開催して独自に資金調達を行い、宮城県石巻市・南三陸町に今年3月までに18回の支援バスを出し支援物資を毎月被災地に届けている。
今後2年間は被災地訪問を続ける事を表明し、息の長い支援活動は、復興に向けた街づくりのためのカフェの開店、花壇づくりなどの構想を発表している。
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by tiaokumura | 2012-05-31 08:45 | 富山 | Comments(0)

川上弘美『七夜物語』(朝日新聞出版)

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川上弘美(かわかみ・ひろみ1958-。『蛇を踏む』『溺レる』『センセイの鞄』『真鶴』など)
カバー画・装画・本文画 酒井駒子(さかい・こまこ1966-。須賀敦子『こうちゃん』など)
七夜物語(ななよものがたり) 上・下
2012年5月30日 第1刷
朝日新聞出版
上 1800円+税
下 1900円+税

2010年9月10日から2011年5月5日まで朝日新聞に連載された『七夜物語』が単行本化された。もっと早くに単行本になってもよかったのだろうけど、そこには「3.11」の影響があるのでしょうね。J.P.サルトルの「飢えた子どもの前で文学は何ができるか」という問いかけと同じような自問自答を川上はしたのでしょうね、きっと。「新聞連載小説『七夜物語』を終えて」(2011年5月10日)で川上は震災時の心境を次のように述べる、「・・・書こうという気持ちに、一切なれなかったのです。こんな物語を、誰が望んでいるというのだろう。何もできずに、無事にのうのうとここにいて、そんなふうにしか感じられませんでした」。そんな川上の許に津波で父が行方不明になった愛読者から葉書が届く。そこには「・・・今はただ、ずっと読んできた連載小説だけを読んでいます。日常というものがまだこの世界にはちゃんとあるのだと思えるからです。」と綴られていた。その葉書で「書いていいのだと、許された気持ち」になり連載を続けられた川上は言う、「泣きながら小説を書いたのは、生まれてはじめてのことです。・・・震災の後にはじめてキーボードを打った自分の指が少しずつまた新しい言葉を画面に打ち出せていることが、何の変哲もないことだと思っていたそのことが、奇跡のようなことだと、初めて感じたからなのでした。」。

ブログ記事「川上弘美『七夜物語』、朝日新聞連載完結」(2011年5月5日付)から以下引用する。
1977年、欅野小学校4年生のさよは学校の図書館で『七夜物語』という不思議な本と出逢う。やがてさよは同じく『七夜物語』を読むクラスメートの仄田くんと、「世界のねじれ」を元に戻すために七つの夜を体験する。←とまぁこうまとめてしまったんじゃ、川上の「最近、長編をようやく書けるようになって、いよいよ書いてみようと思った」(連載開始前の朝日新聞2010年9月5日付)に対する冒涜になっちゃうでしょうね(大汗)。588回って400字詰め原稿用紙でどのくらいの分量になるのだろう。司馬遼太郎『坂の上の雲』は1300回くらいだったそうですから、その半分近い。
『七夜物語』では、現実世界のさよの離婚した母と父、仄田くんのおばあさん、定時制高校生カップル、野村君ら、七つの夜の世界のグリクエル、ウバ、チビエンピツ、トバら、多くの魅力あるキャラクターがさよと仄田くんの冒険を彩る。良い小説というものはたいがいそうだが、愛読者によっていろんな思い入れ・好き嫌い・深読みが出てくるところでしょうね。
「本の世界に入り込む」「世界の修復に本来は弱者が旅立つ」「冒険と友情を通じてこどもが成長する」「細かい描写でファンタジー世界を現出する」「昼と夜、モノと生命、光と影、夢と現実、潜在意識と行動-表層上では相反する2つの世界を最深部で一体化する」-世界文学では、C.S.ルイス(Clive Staples Lewis1898-1963)『ナルニア国ものがたりThe Chronicles of Narnia1950-56』やJ.R.R.トールキン(John Ronald Reuel Tolkien1892-1974)『指輪物語The Lord of the Rings』やミヒャエル・エンデ(Michael Ende1929-95)『はてしない物語Die unendliche Geschichte1979』に連なるか。「こどもの日」に完結したのは偶然なのかもしれないが、多くのこどもたちに夢中になって読んでほしい作品である。

本書、「単行本化にあたって大幅に加筆修正」だそうです。まだ買ったばかりで読んでいませんが、読むのが楽しみです。上述のブログ記事で、単行本化にあたって①酒井駒子の挿絵も入れてほしい。②小学生にも読めるように難しい漢字には読みがなをつけてほしい。の2点を希望してたのですが、どちらもほぼ実現されてるみたいです。
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by tiaokumura | 2012-05-27 13:58 | | Comments(0)

松田哲夫編『死をみつめて』(あすなろ書房)

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松田哲夫・編 案内人・南伸坊
中学生までに読んでおきたい哲学
6 死をみつめて

2012年5月10日 初版
あすなろ書房
1800円+税

松田哲夫(まつだ・てつお1947-)は、丸谷才一・松岡正剛・池澤夏樹・内田樹らと並んで当代一流の読書人・本の目利きでしょうね。松田はこれまでに「ちくま文庫」「ちくま文学の森」「ちくまプリマー新書」などに関わってきている。あすなろ書房では既刊シリーズ「中学生までに読んでおきたい日本文学」の編者。本シリーズ「中学生までに読んでおきたい哲学」は「その姉妹編にあたり、日常の暮らしの中に潜んでいる哲学的な問いかけを探り当て、自分の頭で考えるきっかけになるような文章を集めたアンソロジー」(p251)。
本シリーズは南伸坊(みなみ・しんぼう1947-)が「案内人」ということだが、案内人の役割、よくわからない。
本書には松田道雄・池田晶子・神谷美恵子・河合隼雄・吉田満らの18編が収められている。柳家小さん版の「粗忽長屋」が収められているのは松田ならではの視点なんでしょうね。
こういうアンソロジーはどこから読んでもよいのだろうが、とりあえずは向田邦子「ねずみ花火」・伊丹十三「死教育」・阿佐田哲也「自殺について」・高見順「不思議なサーカス」・岸本英夫「わが生死観―生命飢餓状態に身をおいて」・埴谷雄高「死について」・石原吉郎「確認されない死のなかでー強制収容所における一人の死」を読んでみた。癌患者であったのは高見順(たかみ・じゅん1907-65)と岸本英夫(きしもと・ひでお1903-64)。

自分なりの死生観は以下のようなことかなあ。昨年 末期癌が見つかっても自分の死生観にはあまり変化はなかったような気がする。60代という年齢的なこともあるのかなあ。これが30代・40代だったら違ってたでしょうね。
①私は死んだら無になる。肉体は火葬され骨となり、骨は墓に納められやがて土へと還る。
②自分以外はみんな死ぬ。私は他人の死を経験することができるが、私には私自身の死を経験することはできない。私が死んだ時、世界は終る。
③神仏は存在しない。神や仏が存在するのなら、世界はもっとマシなはず。
④死後の世界はない。霊魂・魂も存在しない。輪廻もない。
⑤私は死ぬのがとても怖い。これは皆さんもそうでしょうね、きっと。

本シリーズ、既刊は本書と「8 はじける知恵」の2冊で、この後6月以降に「おろか者たち」「悪のしくみ」「人間をみがく」「愛のうらおもて」「うその楽しみ」「自然のちから」と続き年内に完結。
本シリーズは「小学5年生以上の漢字にルビ」「見やすい図版入り脚注つき」。今の中学生のお小遣いは月2000円くらいでしょうか。本書、定価が1200円だったらお小遣いを貯めて購入できそうですが、1800円はちょっとキツいかも。収められている諸編から定価1800円は妥当なんでしょうけど。あと執筆者の丁寧な略歴が付されているのはいいのだが、西暦で表記したほうが便利なのではないかと思った。
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by tiaokumura | 2012-05-26 09:24 | | Comments(0)

東北AID これからの活動のご紹介

東北エイド」から「東北AID支援バスメンバーのみなさんへ」と郵便物が送られてきました。
僕が東北エイドの支援バス第4便で石巻に行ったのは昨年の4月10日。その時の記事は「いざ石巻へ」「ぷちボラ@石巻」です。その後も石巻へ行こうと思っていたのですが、末期癌が見つかり不可能になりました。僕は不甲斐ない「3.11その後」ですが、東北AIDのほうは地道に確実に活動を持続し支援の輪も大きく広がっています。
上述の郵便からこれからの東北AIDの活動を以下ご紹介します。正確な情報は東北AIDのブログ「東北エイド NGOアジア子どもの夢 東日本大震災支援プロジェクト」をご参照ください。
お金のほうで役に立ちたい方は、郵便振替
[記号]00790-1 [番号]50557 [名義]アジア子どもの夢
をご利用ください。
ボランティア参加ご希望の方は、上述のブログからお申し込みください。

映画上映会「大津波のあとに」・「槌音」
場所:高岡ふれあい福祉センター
日時:6月24日(日)10:30と14:00の2回の上映
各回上映後に森元修一監督の舞台挨拶あり。
前売り:1000円(小中500円) 当日:1500円

「東北エイド2」チャリティフェスティバル
場所:小杉・ラポール
日時:7月29日(日)開演13:00終演16:30(予定)

「ブックエイド2」定価の1割で古本販売
場所:富山市民プラザ
日時:8月18日(土)・19日(日)

支援バス
第20便:5月26日(土)出発
第21便:6月30日(土)出発
第22便:8月4日(土)出発
第23便:8月25日(土)出発
第24便:9月29日(土)出発

5月21日の朝、富山は晴れです。日食観察日和かも。
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by tiaokumura | 2012-05-21 07:27 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

金沢朱美「『ヘルンさん言葉』-小泉八雲の日本語―」

5月11日(金)、久々に母校・富山大学(僕は2006年4月人文学部言語学コース3年次編入、08年3月同卒業)を訪れた。目的は富山大学人文学部第2回言語学公開講演会の
時崎久夫教授(札幌大学)「簡単な言語・複雑な言語 世界の言語の難しさは同じ」
の受講。生協裏に車を停めて生協2Fで買い物をしていたら、恩師の呉人惠教授(人文学部)とバッタリ。生協では本・CD・インクリボンなどを買ったのですが、先生のおかげで5%引きになった^^。買った本は伊丹十三『女たちよ!』(新潮文庫)。僕、1970年前後、伊丹の本にハマってました。今それら(『ヨーロッパ退屈日記』『再び女たちよ!』『日本世間噺体系』)が新潮文庫に入ってたんですね。伊丹は青山二郎・白洲次郎・植草甚一・石津謙介らと共に日本人ダンディ・トップ10に入るでしょうね。

富山大学には「ヘルン文庫」がある。1924年6月に馬場はるによって寄贈された。ヘルンは小泉八雲(こいずみ・やくもラフカディオ・ハーンLafcadio Hearn1850-1904)。馬場は北前船廻船問屋の妻で、富山大学の前身の富山高等学校設立にあたっても多額の寄付をなした。ポートラム蓮町駅すぐの馬場記念公園には馬場はるの像・富山高校の歌碑がある。最近のニュースで知ったのですが、富山大学生協食堂に「ヘルンランチ」なるメニューができる(もうできた?)とか。僕たちの若い頃のアイドル、マリ・クリスティーヌが現在 富山大学客員特別研究員で彼女の提案によるものらしい。ハーンの料理本『クレオール料理』に収録の「ガンボ」を再現。ハーンのレシピを参考にし、「オクラ、鶏肉、エビなどを煮込んだスープ料理。チリパウダーやバジル、オレガノなど7、8種類の香辛料を使い、生トマトを添えた。カレーのようにご飯にかけて食べる。(讀賣新聞2012年5月10日付)」だそうです。

スリーエーネットワークの「季刊ジャネット」におもしろい記事が載っていたので紹介したい。スリーエーネットワークは日本語初級定番教科書『みんなの日本語』(今夏第2版が出る)など日本語教育本発行大手。紹介するのは金沢朱美(かなざわ・あけみ1947-)前目白大学教授の「『ヘルンさん言葉』―小泉八雲の日本語―」(「季刊ジャネット」April2012巻頭寄稿)です。
ハーンって日本語が堪能だったんだろうと勝手に思っていましたがそうじゃないんですね。
・・・ハーンは非常に日本語が堪能だったと思っている日本人もたくさんいます。しかし、日常言語活動における日本語が自ら「ヘルンさん言葉」と呼ぶ、標準日本語から文法が逸脱した、ハーン独特の、日本語の変種となっていた(p1)
・・・ハーンの日本語は耳から習得した知識のみで、英語における思考の形式をそのまま転移したものであり、体系的な日本語学習はほとんどしなかった・・・(p2)
金沢論考には手紙が引用されている。
1904年8月18日付、小泉セツ(こいずみ・せつ1891-1904)から焼津のハーン宛。
・・・パパサマ、アナタ、シンセツ、ママニ、マイニチ、カワイノ、テガミ、ヤリマス。ナンボ、ヨロコブ、イフ、ムズカヒイ、デス。アナタ、カクノエ、ヒキフ子ノエ、オモシロイ、デス子―。ワタシラ、ハヤク、やいづエ、マイリマスト、パパノカオ、ミルト、オモシロイノ、コトバ、キク、大イー、スキ。・・・
「ヘンな日本語!」と思われるだろうが、セツがおかしいのではない。士族の娘でもあったセツは教養のある慎ましい女性であったろう。その彼女が考えに考え抜いて作ったハーンのための日本語がこれなのである。日本語教育でいう「フォリナー・トーク」。文意は「パパ様、あなたは親切にもママに毎日かわいい手紙をくださいます。それがどんなに嬉しいか言葉で言うのは難しいです。パパの描く絵、曳船の絵はおもしろいですね。私たちは早く焼津へ参ります。そしてパパの顔を見るのもパパのおもしろい言葉を聴くのも大好きです。・・・」とでもなるのでしょうか。「オモシロイ」はinterestingのつもりでしょうか。
1904年8月19日付、ハーンの返書。
・・・小・ママ・サマ・アナタ・ノ・タクサン・カワイ・テガミ・アリマス・ダイク・ワ・ト・カベヤ・ワ・アリマス・ト・キク・カラ・タクサン・ヨロコブ・コンニチ・アサ・ウミ・ガ・ソノ・ヨナ・アライ・オヨグ・スカシ・ムツカシイ・デスカラ・ワダ・ニ・マイル・オトキチ・サン・デ・トオモウ・・・
文意は「ママへ。たくさんのかわいいお手紙ありがとう。大工と壁屋が入って(家を造っている)ということを聞いてとても嬉しいです。今朝は海が荒れているので泳ぐのは難しいです。わだに行っておときちさんに会おうと思います。」とでもなろうか。「小ママ」はDear Momの意図かも。
再び金沢の論考から。
・・・「ヘルンさん言葉」は、ハーンのブロークン・ランゲージとセツのフォリナー・トークとの相互作用によって徐々に安定性のある体系的なピジン性の強い一変種になっていった(p2)

初めて知ったハーンの日本語。日本語教師としても彼の日本語、興味深いものがあります。
なお、金沢には『ヘルンさん言葉の世界―小泉八雲の日本語と明治期の日本語教育を巡って』(2011年。近代文藝社)の著書があるそうです。
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by tiaokumura | 2012-05-20 13:53 | 日本語教育 | Comments(2)

鎌仲ひとみ監督『ミツバチの羽音と地球の回転』

ネットか新聞で知って観たいと思っていた映画がフォルツァ総曲輪で上映されます。

ミツバチの羽音と地球の回転
監督・鎌仲ひとみ(かまなか・ひとみ1958-) 2010年・日本・日本語
未来のエネルギーをどうするのか?普通の人々の感性と思いが国を越え新しいビジョンを描き出す
上映館:フォルツァ総曲輪
上映日時:5月26日(土)~6月1日(金) 10:00~12:00
5月26日(土)特別イベント:
 13:00~14:30鎌仲ひとみ監督トークライブ
 14:40~16:00自主上映会『内部被ばくを生き抜く』
 16:30~18:50『ミツバチの羽音と地球の回転』上映

同映画の公式サイトから、鎌仲ひとみ監督の同映画への想いを一部引用させていただく。
(前略)「持続可能」という言葉は実に多様な意味を含んでいます。
その中でも私が最も大切だと考えるのは自然の法則に逆らわないということです。
今回の作品で表現し、伝えたいと思っているのは普段私たちが見過ごしている自然循環の大きな力です。それを敵にするのではなく、共に生きるという感覚です。
実は、私たちの先人たちがそうやって生きて、1000年も2000年も文化や地域を持続させてきたのです。その生き方を再発見し、現代のテクノロジーと共に生かしてゆくという課題があります。それが、私たちの持続可能で安心できる未来のイメージとなるのではないか、という予感がしています。
一方で絶望的とも思える現実を直視しながら、もう一方で今、存在する可能性と希望を、それがたとえどんなに小さくともあきらめない、そんな眼差しを持ってこの映画を制作したいと望んでいます。
この映画は旅するカメラの記録です。
まったくかけ離れた場所で生きる人間の営みを一本の映画にすることで私たちがこれからどうしたらいいのか、見えてくるのではないかと期待しています。社会をシフトする人間のエネルギーやネットワークが生れるためのメディアになりたいと思っています。


文章中の「まったくかけ離れた場所」とは、スウェーデンと山口県祝島を指します。
Wikipediaに拠ると、鎌仲監督は富山県のお生まれだそうです。『ミツバチ~』以外の映画作品には、『今、日本の女たち』(1987)、『災害は都市を襲う 阪神大震災救急医療の記録』(1995)、『ヒバクシャ 世界の終わりに』(2003)、『六ヶ所村ラプソディー』(2006)など。1999年のNHKTV番組『エンデの遺言-根源からお金を問う』も彼女の作品です。
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by tiaokumura | 2012-05-19 09:10 | 映画 | Comments(0)

50年前の十五の心(後編)

前記事で紹介した冊子には「我がホームを語る」というページがある。3年の各クラス(僕たちの時は7クラスだった)の紹介と担任のコメントがつく。僕は3年5組で担任は前田英雄先生でした。前田先生とは今でも年賀状のやり取りが続いています。本記事では僕が書いた「我がホームを語る 三年五組」を引用します。原文縦書きなのを横書きにした以外はほぼ原文のママです(文章中のイニシャルも原文のまま)。
すっかり忘れていた50年前の文章ですが今回読んでみて、僕はユーモアに乏しい男であるが、中学生の頃はけっこうおもしろいことを書いてたんだなあ、と思った。
恩師前田先生の文章中の「孔子」は、「子の曰わく、吾れ嘗て終日食らわず、終夜寝ねず、以て思う。益なし。学ぶに如かざるなり。」(『論語』巻第八。書き下し文は岩波文庫版の金谷治p318に拠る)です。

我がホームを語る 三年五組
 第二反抗期を向かえた、四十八人を抱えた我がクラスを紹介します。我がクラスはまことに爆弾のようなものである。五〇メガトンではないが、四八メガトンが、休けい時間に一度に爆発した時の騒がしいこと。現代ハヤリの奇声を発して歌を歌うもの、昨日のテレビのおもしろかったところを実演つきで教えるもの等々。修学旅行に行った上野動物園以上である。ところが、近頃は就職、進学試験を迎えて、心配になったのか、ここかしこで勉強するものがちらほらと見えてきた。
 このやっかいな四十八人の担任となって、日夜苦労していらっしゃるのが前田先生。先生は人も知る学問好きで、現在「大山町の歴史」を研究なさっている。また、大の読書好きで、ひまをみては、我々に、いろいろと教えてくださる。ところが、トルストイの考えよりも、長嶋選手のことの方に興味をもつ秀才諸君は、先生の心を知ってか知らいでか、なかなか進歩しない。まことに楽なものである。
 ところで、我々も生徒である以上授業を受ける。この授業中が、またひどい。数学のI先生の授業。先日も、数学の問題を十五名位指名して、前に出させて解答させたまではよかった。ところが、全員席についてI先生が解答しようと思って、チョークをとろうとしたら、あるはずのチョークが一本もない。頭の回転の早いI先生、とっさに「チョークをもっていったもん、もってこんかい。」と、おっしゃると、S君やT君がニヤニヤと笑いながらチョークを出したのには教室中大爆笑。ところが全員苦手とする国語の時間。下を向いてジーッとしている。夏に、セミが木につながって鳴いているときを想像してください。たまりかねたY先生が冗談をおっしゃると、たちまち「ワッハッハッ。」と大爆笑。これが過ぎると、また、机に頭をくっつけんばかりにして、ジーッとしている。我々のクラスに近視の多い原因であろう。
 これほどオッチョコチョイで、二重人格的な我々のクラスにも、自慢することが多々ある。まず、校内陸上競技大会での優勝。新聞コンクールでの入賞。県民体育大会での活躍。そして、奉仕部の重要ポストである美化、風紀、放送、購買の各部の部長をやっているということである。ただ、欠点は一つしかない。頭が弱いということ。いつも平均点は、学年の尻尾のほうにぶら下がっている。特に英語。日頃、大きい顔をしているものが、あのスマートな、英語のS先生におこごとを頂だいしている姿を想像してください。
 我々は中学生活最後の三ヶ月間を以上述べたように、楽しく、元気に、騒がしく過ごし、私達の悲願である全員が希望通りになること、前田先生の研究が一日も早く完成することの二つを達成したいと思っています。

力行不惑  前田英雄
 孔子が次のような言葉を述べている。
 “私はかつて、一日じゅう飯も食わず、一晩じゅう床にもつかず、考え続けたが、なんの得るところもなかった。そんなことをするより、勉強したほうがずっとましである。”
 君らもこの意味がわかるであろう。人生ではいくたびか、ためらいまどった時にこの言葉を思い出したまえ。
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by tiaokumura | 2012-05-16 07:58 | このブログのこと | Comments(0)

50年前の十五の心(前編)

昨日5月14日に限らず、中学ミニ同期会の幹事は中西彰君がいつもやってくれている。彼とは小学校は異なるが中学1年の時に同じクラスになった。彼のお兄さんが僕の小学校5・6年の担任だったこともあって、彼とはすぐ友達になった。彼のお兄さん(24歳違いになるそうだ)は城野義雄先生といって、少年期の僕が大きな影響を受けた方で、今こうして教師の真似事みたいなことをしているのも、城野先生に出会っていればこそだろうと思う。
中西君は頭脳明晰なのはもちろん記憶力も抜群で(昨日も僕たちの修学旅行の日程をスラスラと諳んじて説明してくれた)カラオケはプロ並。永年にわたって高校教育に携わっていたので人脈もすばらしいものがある(と思う)。昨日そんな彼について驚いたのは、物持ちがいいこと。なんと彼は昨日、中学・高校の卒業アルバムや何点かの往時の資料を持ってきた。彼の持参物の中に、「生徒会誌」になるのでしょうか、僕たちの中学3年次の冊子が入っていた。パラパラとめくっていてビックリ。僕の文章が2編も載っている! 書いた記憶、全然ない。半世紀前のことですもんね。よくこんなのが残っていたと中西君に感謝。
今回と次回の2回、当ブログに50年前に僕が書いた文章を掲載します。記事タイトルの「十五の心」は、もちろん石川啄木(いしかわ・たくぼく1886-1912)の名歌、「不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心」から来ています。
文章中の「不具者」は2012年では差別用語になるのだろうが、これを書いた時点では僕にはそんな意識はなかったし当時は世間一般で通用していたので、このままにしておく。他にも不適切な表現や舌足らずもあろうがそのままにしておく。不愉快に感じられたらご勘弁を。意外だがあの当時は「神」を信じてたのかなあ、僕は。なお、原文は縦書き2段組。

人間のあやまちについて
 一ヶ月程前のことだった。その日は試験があって早く学校がひけた。試験が終ったという安心感と充実感で、なにか悪いことでもしたくなって帰宅を急いだ。その時のできごとである。いろいろと考えながら歩いていた。ふと前方を見ると、某君が歩いていた。彼は足が不自由だ。雪道は、僕達でさえ歩きにくい。彼にとってはなおさらである。僕がみていてはがゆくなって追い越そうと思って、差をつめた。が、その時異様な気がした。どう表現すべきかわからないが、彼を追い越す気になれなかった。それで、距離をあけたまま歩いていた。ゆっくり・・・。不意に彼が後をふりむいた。僕は瞬間ギグッとした。悪いことをしていた現場を見られたような気がした。バツが悪かったので急ぎ足で彼を追い越した。
 このできごとは僕を考えさせずにはいられなかった。僕達はなぜ生きるのであろうか。彼らは生まれると同時に、肉体的な失敗を犯し、それがために十五年間苦しんだ。しかし、その苦しみを現在の彼のどこに見出せるだろうか。僕達は、参考書が少ないとか、先生に叱られたとかいってくよくよしている。しかし、果たしてそんなことが彼の最大のあやまちと比較できようか。彼は一生不具者として終ろう。それでも彼は雄々しく生きぬいている。僕達はゲーテを尊敬する前に、彼らの生き方をこそ学びとるべきではないだろうか。僕たちの貧弱でこせこせした人生をよくするために・・・。
 僕はこれから多くのあやまちを犯すだろう。今度のできごとは、人間の生き方を忠実に発見してくれた。僕はこれからの人生におけるあやまちをおそれてはならないのだ。
 人間が生命をもち、人間である限り、あやまちは無限に起きよう。しかし、あやまちが不滅であるとともに、理性も不滅である。あやまちを反省する心のみが、僕の人生を神に近づけるのだ。
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by tiaokumura | 2012-05-15 19:06 | このブログのこと | Comments(0)

中学ミニ同期会@連山岩くら

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(5月15日朝・記)
左の写真、女性はタニグチ、男は左からハナサキ・ヤンマー・ダッシ(ュ)・ナカニシ・タカちゃん。僕の人生カレンダーに彩りを添える「中学ミニ同期会」の一齣です。
小学生の高学年の頃、なぜか学校で三段跳びがはやってて、けっこう跳べた僕についたあだ名が、当時の世界チャンピオンのダ・シルバ(ブラジル)からダッシあるいはダッシュ。中学卒業から半世紀経ってますが、今でも僕の呼び名はダッシ(ュ)です(照)。

僕にとって40年以上行方不明状態だった中学時代の親友・ヤンマーこと山澤修一君がこのブログにコメントを寄せてきたのがきっかけで、彼と再会できた。集まりの2回目からはメンバー6人による中学ミニ同期会に発展し、これで6回くらいやったかなぁ、年に2回、5月と11月に集まっています。ナカニシ君が自然と会場選び役になっていて、今回5月14日は富山駅北口すぐのビルの14Fにある「連山岩くら」。僕はここは一昨年だったか観世流華川会で利用しています。帰り際に女将さんから聞いたところによると、華川会もつい最近ここを利用したそうです。

今回のミニ同期会では、ヤンマー発案で母校を見に行こうということになった。ハナサキ・タニグチ以外の4人で午後5時前に母校到着。長らく富山県教育界で活動したナカニシ君のご威光^^なんでしょうね、玄関に彼の名前入りの歓迎のメッセージボードがあってビックリした。校長室に案内され、校長・教頭・教務主任のお三方としばし歓談。校歌がよう思い出せない僕(たち)のために、教頭先生はアカペラで校歌を歌ってくださいました! 作詞・木俣修、作曲・福井直秋。格調高い歌詞、ずいぶんモダンな感じのメロディ。その後、教頭・主任の案内で校舎見学。僕たちはここを1962年3月に卒業している。僕にとってはまさに半世紀ぶり!の母校訪問である。50年経て、校舎も中学生気質もすっかり変わっているんでしょうね。グラウンドに出る。僕はハンドボールと陸上競技(走り高跳び)で県民体育大会(県体)に出場している。あの当時の練習と言えば、練習が終わるまで水は禁止とか兎跳びとか、今の練習方法とは真逆だった。科学的なトレーニングより精神論がはびこっていたでしょうね。2012年のグラウンドでの野球部やソフトテニス部の練習風景を見ていて、50年前の己の幻影がちらっとよぎった。残念ながらハンドボール部は廃部になっていた。人気がないんでしょうね。
校長先生・教頭先生・教務主任さま、5月14日はありがとうございました!

午後6時前、「連山岩くら」。僕以外の5人はコース料理+アルコール。僕は単品からシロエビから揚げ・ゲンゲ干物・氷見牛ステーキ・冷やし豆腐・温かい氷見うどんなどを選び、対面のヤンマーのお刺身・茶碗蒸しなどをもらって食べる。8割方は食べられたが完食とはいかなかった。飲み物は温かい烏龍茶。我ながら不思議なんですが、アルコールもタバコもコーヒーも(あんなに飲んでたのに!)、一年近く「なし」状態です。体が要求しなくなっている。癌の力でしょうか。
8時頃、連山岩くらを引き揚げる。ハナサキは富山駅で別れ、残り5人はナカニシ君のなじみのスナックで2次会。おしゃべり、そして恒例?のカラオケ。自分、今回は、順に
すきま風(人を愛して人はこころひらき 傷ついてすきま風知るだろう)作詞・いではく 作曲・遠藤実 唄・杉良太郎
22才の別れ(あなたに「さようなら」って言えるのは今日だけ 明日になってまたあなたの)作詞・作曲・伊勢正三 唄・かぐや姫/風
君こそわが命(あなたをほんとはさがしてた 汚れ汚れて傷ついて)作詞・川内康範 作曲・猪俣公章 唄・水原弘/佳川ヨコ
を歌いました。

損得利害抜きに互いに歯に衣着せず語り合える仲―それが中学時代の友達でしょうね。40代・50代のころはそんなことは思ってもみなかったが、こうして60代になると中学時代が懐かしく思える(それだけ人生の終わりが近づいているから?)ようになっている。
次回の「中学ミニ同期会」は11月12日(月)。それまでのほうがどうなっているかわからないが、少々の体調不良があってもこの会には出たいなあと思う。
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by tiaokumura | 2012-05-14 20:30 | このブログのこと | Comments(0)

KAWAII★JAPAN(「an・an」2012年5月16日号)

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NHK-BS1の『cool japan』は好きな番組の一つ。今回(5月13日再放送分)は「マンガ」で、マンガ大好き日本人・中野のマンガ専門店街・少女マンガ・高校のマンガ部の4つの切り口でマンガのクールさに迫っていた。日本の出版物の4割がマンガなんですってね。coolがカッコいいの意味で使われだしたのはいつごろからなんでしょうね。僕が持っているLONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH(1978年版)では6番目の意味になってて例文はYou look real(ly) cool in that new dress.。同番組の次回は「秋葉原」です。
NHK-Eテレの『トラッドジャパン』もよく観る番組です。こちらはテキストもあり、今年度定期購読中(昨年度の再放送みたいですが)。5月号は「舞妓」「端午の節句」「弓道」「天ぷら」「日本の文様」。

アップした写真は雑誌「an・an」2012年5月16日号です。マガジンハウス刊、特別定価400円。
"カワイイカルチャーが世界を席巻”と聞くけれど、どんなことが起きてるの??」では青木美沙子やPerfume、高橋理子の着物などを取り上げ、
ということは、”カワイイ”つて・・・ポップ 盛り! カラフル 原宿 ガーリー 悪ふざけ・・・なもの(p19)
とまとめる。「キッチュ」も入れたらいいと思いますが、「悪ふざけ」に入れてるのかも。
きゃりーぱみゅぱみゅ」っても当ブログご訪問者の9割以上が「?」でしょうね(激爆)。正式な名前は「きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ」で19歳。本誌pp20-31は彼女の特集。
・・・その人気は海を越えて海外へ飛び火し、原宿から遥か彼方のフィンランドとベルギーのエレクトロチャートで1位を獲得。(p26)
だそうです。彼女がデザインした「ぱみゅりん」は原宿『スピンズ』で即日完売。
ミーシャ・ジャネット(1983-)が「”ジャパニーズ・カワイイ”の10大ポイント。」を解説(pp84-87)。順にKawaii means glitter.→Adoring for the ballet.→Fab layered looks.など。彼女の分析の「日本の女性たちは・・・きっと、いつまでも少女のままでいたい気持ちがある・・・欧米女性が成熟やセクシーを追求しようとするのとは真逆の発想・・・」(p84)は、「なるほどなぁ」と思った。
ももいろクローバーZ」も当ブログご訪問者の9割以上は「?」でしょうが^^、pp36-44で特集。戦隊ヒロインやら土木ヒロインやら救急ヒロインやらの写真も掲載。p37にはごくフツーの少女たちの写真。フツーと変身のギャップがイマドキ女子の魅力なんでしょうね。
本誌でおもしろいのは「Kawaii旋風の陰で増殖する”カワイタ女”。カワイイ、イタいの境界線を判定!」(pp49-56)。「カワイタ」って「乾いた」じゃありませんよ、念のため^^。女子200名の読者アンケートで「女子らしい様々な言動をカワイイ、イタいで選別し、イタいが50%超えたところを世間の境界線と判定」(p53)という試み。例えば「妖精や小人が見えるなどと言う」は73%、「小首をかしげる」は20%など。最も「イタい」のは「アイドルのようなツインテールの髪型」で78.5%、最も「カワイイ」のは「キャラクター系の携帯ストラップを付けている」の8%。境界線(BORDER LINE)には「低血圧など、カラダの弱さをアピールする」50.5%、「両手で頬ツエをつく」の40.5%。これって要するにイマドキ女子の価値観・美意識の表れなんでしょうけど、「イタい」のほうは上述の「アイドルのような~」の次は「語尾を伸ばす話し方」で以下「舌足らずの甘い声」「自分を名前で呼ぶ」と続く。逆に「カワイイ」のほうは上述の「キャラクター系の~」のあと「鼻歌を歌う」「男の服の袖を軽くひっぱる」「驚くとき、口に手を当てる」「お願い上手」などと続く。
このあいだオープンした「渋谷ヒカエリ」のLE PAIN de Joel Robuchonでは「パン オ フォアグラ」315円を売っているそうです(p7)。機会があったら食べてみたい。
RUNがちょっとしたブームなんでしょうね、NHKの4月新番組でもありますよね。本誌ではpp57-72で特集。
「Who’s hot?(この人に注目)」(pp73-75)は吉木りさ(よしき・りさ1987-)。
綴じ込み付録は「きゃりーぱみゅぱみゅオリジナル手描きシール」。
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by tiaokumura | 2012-05-13 14:17 | | Comments(0)