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マイルス・デイビス、没後20年

1991年の今日9月28日、「ジャズの帝王」マイルス・デイビス(Miles Davis1926-91)が永眠。今日が没後20年ということになります。Wikipedia英語版"Miles Davis"から引用。
Widely considered one of the most influential musicians of the 20th century, Miles Davis was, with his musical groups, at the forefront of several major developments in jazz music, including bebop, cool jazz, hard bop, modal jazz, and jazz fusion.
Milesが選び組んだジャズメンもすごい。同じくWikipediaから抜き出すと、サキソフォンではJohn Coltrane、Cannonball Adderley、George Coleman、Wayne Shorter、Dave Liebmanら。ピアノでは、Bill Evans、Harbie Hancock、Chick Corea、Keith Jarretら。ベースではPaul Chambers、Ron Carter、Marcus Millerら。ドラムスではElvin Johnesら。

当ブログ記事では2007年1月28日付「ジャズる心(1)」で、僕のお気に入りとして、ビリー・ホリディ、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、ブリジット・フォンテーヌ、チック・コリア、キース・ジャレットと共にマイルスのことに触れてます。以下、その記事から一部再掲。
マイルス・デイヴィス[トランペット] 50年代以降のほとんどのジャズシーンに登場。ボブ・ディランが商業主義に堕したと非難されたことがあったように、マイルスも何度かの「変貌」がファン離れを呼んだこともあるが、結局彼は何をやっても「天才」だったんでしょうね、どの時期にも熱狂的なファンを獲得。彼がパーカーとの出会いでデビューしたと同様に、多くの才能を発掘・育成の功績も大。彼のバンドに参加した主なメンバーだけでも、コルトレーン、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレットなど。残念ながら日本人はなかったみたいだけど。映画『死刑台のエレベーター』(1957年。ルイ・マル監督。ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ他)は彼の曲。
この記事中の「残念ながら日本人はなかったみたい」は僕の間違いです。ピアノのKei Akagi(ケイ赤城1953-)がいました。同じくWikipediaによると、彼は1989年のMiles in Paris、1996年のLive Around the Worldにメンバーの一員として参加。

9月25日(日)に、NHKアーカイブスでマイルス・デイビス番組やってました。1:50からだったのですが出遅れて^^2時から観ました。番組は2007年6月24日放送のETV特集『疾走する帝王~マイルス・デイビス 菊池成孔のジャズ講座』、NHKに残っていたテープの『マイルス・デイビス・イン・トーキョー1973』の一部、それにスタジオで菊池成孔・小川隆夫をゲストにキャスターが桜井洋子アナで、という構成。桜井アナ、昔「地球大紀行」だったか脳だったか忘れたが特番で名ナレーターだった。今はもうベテランになるんでしょうね、久しぶりに拝見しました。菊池は僕には初めてですが、『疾走する帝王~』中でのマイルスのコードからモードへの移り変わりなど説明が僕のようなズブの素人にもわかりやすかった。他に前述のDave Liebman、Marcus Miller、Kei Akagiも出演してた。Milesって「マイルス」なのか「マイルズ」なのか悩んでる(?)ってのを当ブログのどこかで書きましたが、ケイ赤城の発音はどうも「マイルズ」に聞えたのだけどどうなんだろう。

天才で破壊と創造を繰り返した、ってのは美術のパブロ・ピカソと音楽のマイルス・デイビスが双璧でしょうね。
で、ここからがビッグニュースなんですが、NHKに残っていたマイルスの1973年の東京公演、放送されます!
NHK総合 特別番組「マイルス・デイビス・イン・トーキョー1973」 9月30日(金)25:40~26:40
時間帯が自分にはキツいですが、なんとかして観てみたい。1973年ってメンバーは、前述のWikipediaを参考にすると、Michael Henderson、Carlos Garnett、Mtume、Reggie Lucas、Al Foster、Pete Cosey、Dave Liebmanあたりになるのだろうか。Milesは1975年で音楽活動を休止し、カムバックは1981年ということになります。

YouTube、以前はよく当ブログに貼り付けてたのですが、今は貼り付け方がわかんなくなって(泣)、当記事にマイルスの映像はなしです。2010年2月14日付「バレンタインデー」にMy Funny Valentineが貼ってあります。今回チェックしたYouTubeでは、貴重な映像になるのでしょうね、タモリによるマイルスへのインタビューもあります。
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by tiaokumura | 2011-09-28 19:09 | 音楽 | Comments(0)

名古屋出張

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(9月28日午後・記)
昨日9月27日(火)、3月・5月に次いで今年3回目、手術後は初になる名古屋出張
久しぶりの県外なのでキンチョーしとったんでしょうか^^、あるいは通常の体調の伴わない出張なので不安があったんでしょうか、6時前に目が覚めました。仏壇・朝食・朝日新聞・着替えなど。朝日新聞、①「がんを知る」。腫瘍マーカーが話題。僕も血液検査でCEAなどの腫瘍マーカーをチェックしている。この記事、大岩ゆり記者。がん関連の記事、よくこの方書いてらっしゃいます。②「悟りの道へ茶を一杯」。栄西『喫茶養生記』。筆者は末木文美士(すえき・ふみひこ1949-)。富山大学生時代に中世仏教関連を受講してて(先生の名前、忘れた^^。40代?の女性)この人の著書も参考文献にあった。朝日新聞では「仏典に学ぶ 日本1000年の知恵」シリーズ、この方です。③「石巻 映画で支援」。富山大学3年生の馬場航さんらの「石巻とつながる会」が映画『エクレール・お菓子放浪記』を10月14~16日に富山大学黒田講堂で上映。この映画、去年の秋に石巻がロケ地で撮影、林隆三。いしだあゆみらが出演だそうです。
7時過ぎ、車で家を出る。富山国際学院の駐車場に入れ、富山駅北口まで歩く。やっぱ歩くのきつい。かつては12分くらいで済んでたのが途中休憩しながらで20分近くもかかった。

富山8時発・高山線「ワイドビューひだ6号」。指定席・自由席・グリーン車の三両仕立て。今回の名古屋往復は行きはひだ・帰りはしらさぎなので、切符は乗車券が「富山―富山」「岐阜―名古屋」「名古屋―岐阜」、特急券が「富山―名古屋」「名古屋―富山」で計5枚。「富山―富山」の乗車券、いつぞや名古屋駅の自動改札で吸収されてしまって往生したことがある^^。要注意。高山線、今から半世紀近い昔、大学の合格発表を見に上京した折、帰りに利用した記憶がある。周遊券だったのかなあ、富山→上野、東京→名古屋→富山、だったのかなあ。
車中、例によって讀賣・日経。
讀賣新聞。①医療ルネサンス「がん薬物療法専門医」。「いわゆる『余命』は、同条件の患者の半数が亡くなるまでの期間を示した『生存期間中央値』で表されることが多い。」。初耳です、そんなことも知らなんだ末期癌患者、えらいテキトー患者かも(激爆)。「抗がん剤は、2~3割の人にがんの縮小効果があるだけというのも珍しくなく、過信すれば裏切られる場合がある。」。近藤誠は正しいのでしょうね。②「ポン酢 はやりは ジュレ」。皆さんの中にもジュレファン、増えてるでしょうね。ジュレって「ゼリー」が原義でしょうから、僕なんかは「ジュレ」って聞くと「煮こごり」を連想します。子供の頃、あつあつ御飯に魚の煮こごり載っけて食べた。富山以外でもそんな体験ある方、多いのでは。③「富山のそば 福島で焼酎に」。八尾(やつお)のソバが福島県郡山市の「笹の川酒造」で「男舞」(おわら風の盆にちなんだ命名)という焼酎に。10月から富山市内で1本1480円で発売。
日本経済新聞。①「復興 現地発」は「高額消費 東北で顕著」。海外ブランド品や1台400万円~600万円のベンツがよく売れているそうです。②「経済教室」は恩蔵直人(早稲田大学教授)「閉塞打破 企業経営の条件・上」。「職能横断的な開発チームの組織変数」として「社会的凝集性(結束力)」「組織的志向性(突進力)」「集団的自立性(自治力)」の「3つの組織変数」をあげて考察。③「40代 惑いの10年」は「『がむしゃら』が当然だった」。均等法世代の五十嵐恵美子さん(第一勧業銀行)・野沢真理さん(安田火災海上保険)・藤森恵里さん(日本火災海上保険)・河野真矢子さん(キリンビール)の例。

ワイドビューひだ6号。富山―速星(はやほし)―越中八尾(えっちゅうやつお)―猪谷(いのたに)―飛騨古川(ひだふるかわ)―高山。高山で自由席1両、指定席2両を連結。
今回の旅のお供は2冊の「友情」本。いただきものの本です(照)。もらった順では1冊目は亀井哲治郎君、2冊目は宮崎健二君。二人は今から45年ほど昔^^入学した大学で出会い現在に続く畏友に。亀井君は理学部・数学、宮崎君は文学部・国語国文(同級生)で、サークル「学生文化会」で一緒。僕の人生に大きな影響を与えている2人でもある。
亀井君からもらったのは福岡伸一『フェルメール 光の王国』(2011年8月第1刷。木楽舎)。福岡伸一(ふくおか・しんいち1959-)とフェルメールって僕には意外な感じがしましたが、「科学と芸術のあいだを遊泳する著者の新境地! 生物学者・福岡伸一がおくる極上の美術ミステリー紀行。」(帯より)。元はANNの機内誌「翼の王国」掲載だそうです(p254)。ここが福岡らしいんでしょうね、彼はアントニ・ファン・レーウェンフックに注目する。レーウェンフックは「1632年10月24日、オランダのデルフトで生れた。ヨハネス・フェルメールも同じ年に生れた。2人の名は教会の洗礼名簿の同じページに記載されている。」(p13)。レーウェンフックとは何者か。有能な商人でありデルフト市の公務員にも。「かたわら彼は一生涯、アマチュアとして何台も顕微鏡を自作し、改良し、レンズを磨き、微細な視野に広がる驚くべき豊かな世界を記述しつづけたのである。」(pp13-15)。レーウェンフックはフェルメールに「絵を依頼したという推測だけでなく、フェルメールの死後、レーウェンフックはフェルメール家の遺産管財人に指名されその執行を行った公式記録が残っている。」(p18)。福岡はフェルメールの『地理学者』(1669年)はレーウェンフックではないかと推測する。福岡によれば、フェルメールとレーウェンフックとベネディクトゥス・デ・スピノザ(同年に同じオランダに生れている)は「方法は異なるものの、彼らは同じものを求めた。それは、フェルメール作品の細部に秩序ある調和として現れている『光のつぶだち』であった。」(p10)。「つぶだち」って聞きなれない言葉ですね、「粒立つ」って動詞はありますが。福岡の造語でしょうか。今まで読んだところ(第一章と第三章の一部)では特別な定義付けは見当たりません。本書、エッシャーやガロアが出てくるところも福岡らしいんでしょうね。フェルメールでは朽木ゆり子『フェルメール全点踏破の旅』(集英社文庫)がよかったですが、本書も根強いファンがありそうですね。あとちょー羨ましい^^のは、福岡だからなんでしょうね、各地の美術館での優遇ぶり。本書は写真も豊富。写真家・小林廉宜(こばやし・やすのぶ1963-)による。
宮崎君からもらったのは江國滋『神の御意 滋酔郎句集』(昭和61年6月印刷発行。永田書房)。宮崎君は当ブログに1回もコメントをくれないが(激爆)、当ブログ、読んでくれてるみたい。先般来江國滋(えくに・しげる1934-97)が登場しているのを読み、彼の蔵書から本書を僕にプレゼントしようと思い立った。江國の「東京やなぎ句会」の発足が昭和44年1月。本書企画時点での彼の作句歴は17年で二千句を超える。「おずおずと自選した四百二十二句を季節別に収めた。」(あとがきp233)。「『神の御意』という標題は、稲妻も穂高も神の御意のまま、という収載句から」(p234)。「」の部(pp109-162)を読む。以下、前書があるものは前書を省略し、何句か抄出する。
鰯腹や人の情と秋の風 稲妻も穂高も神の御意のまゝ 草も木もはつきりと見え秋彼岸 糸瓜忌や薄き岩波文庫買ふ 盃に夜が溶けゆく志ん生忌 ひぐらしやきりきりきりと五十肩 虫すだく田舎芸者は昼農婦 出棺を待てば音たて破れ芭蕉 万年青の実つくづく庭の狭きかな 鬼灯のわがきんたまの皺に似て
もし更に「この1句」に絞れと言われれば、ご婦人方には顰蹙を買うかもしれませんが^^「鬼灯のわがきんたまの皺に似て」になるでしょうね。「鬼灯」は「ほおずき」です、念のため。専門でないのでよくわからないが、江國の俳句って人事が歌枕になっている、そんな感じの句が多いんでしょうね。僕はこの間の癌・1回目入院のとき、「五七五」を何句か作った。高1の時だったかなあ、中学時代の同級の女の子あての年賀状に「清き香や若水を汲む日本髪」ってぇのを入れた記憶がある。さりげなく彼女の苗字が織り込んであるのですが(照)、今にして思うと季重なりかも(激爆)。10年ほど前になるか、上杉重章先生の芭蕉だったかの市民向け講座を受講していた時、連歌や俳句も体験した。上杉先生は高校時代の恩師でもあり、僕が受験大学を選ぶときに先生のアドバイスもいただいたご縁。上杉先生は加藤楸邨(かとう・しゅうそん1905-93)に師事された。上杉先生の講座では「缶ビール分け飲む君は二児の母」「夏嵐有象無象が吹かれをり」の2句を作った記憶がある。

高山線、高山―下呂(げろ)―美濃太田(みのおおた)―岐阜。日本は森林被覆率が確か7割近いーそれが実感できる沿線風景。僕は大都会も嫌いじゃないですが、やはりこういう「いなか」が心洗われ安らいだ気持ちになれる。いわば日本の原風景。車窓が開けばもっといいのですが、今時の電車って開かないんですよね。残念ながら外気を肌で感じることは叶わない。沿線の稲刈り、9割くらいは済んでいる感じです。まだの田んぼには黄金の稲穂。ときどき、ご夫婦なんでしょうね、男性がコンバインに乗り女性が補助作業する光景を見受けた。この季節、川は緑色。

岐阜から東海道線に入り、進行方向が変わる。予定より何分か遅れて12:10頃、名古屋駅3番線に入線。
アップした写真、ひだの入線ホームにある「どえりゃぁ亭」。山菜きしめん300円+おでん2種(たまご・こんにゃく)各100円。哀しいというか残念というか、やはり抗癌剤の影響で僕の味覚が変わってしまったんでしょうね。あんなにおいしいと思っていたどえりゃあ亭のきしめんがおいしく感じられない。それに、胃がないせいで食べてもうまく入っていかない。結局残してしまいました、きしめんもおでんも。帰り際に(お金は注文が届いたときに支払い済み)「胃の調子が悪くて残してしまい、申し訳ありません」と謝った。事実は「胃がない」なのだが、そこまではなんとなく言いづらかった。
ダンピング症候群なんでしょうね、名古屋駅で気分が悪くなり、外に出たところでしばし休息。
今回の出張目的の会議のある大名古屋ビルヂングに入る。12Fで降りたら丸山茂樹校長(I.C.NAGOYA)とバッタリ。丸山先生は僕の病気のことを既にご存知でTELもいただいた。「顔色、いいじゃない」と言われ、「今、ちょっと気持ち悪くて・・・」と答えトイレを教えてもらう。洋式トイレで少し吐いた。山菜もこんにゃくも今の僕には消化に悪いものだったんでしょうね。
1時から「東海北陸地区維持会員 定例研修会」。東海北陸地区にある日本語学校から各1名ずつ出席。5時少し前に終了。

JRTakashimayaのデパ地下でこの日の夕食を物色。柿安ダイニングで、松坂牛すき焼きサラダ96g384円、黒毛和牛ビーフコロッケ1個180円。ジュノエスクで、Aセット(生ハムモッツァレラチーズサンド+野菜きのこスープ)572円、プレーンクリームチーズ130円。尾張さんわ屋で、もも銀杏串1本150円、なんこつ串1本180円(どちらも塩焼きです。僕はやきとりはタレではなく、素材の味がそのままわかる塩のほうが好きです)。
驛釜きしめん」できしめんを買おうと思ったのですが、確かここにあったはずという場所にお店がない! 生来の方向音痴なんで自分が悪いと思ってたらそうじゃなかった。今工事中で閉店してたんですね。いつもここのきしめんをお土産に買ってたので残念。「ういろう」の秋ヴァージョンをお土産に買った。

帰りのしらさぎ13号、北陸地区にある4校の日本語学校各1名集まってのしらさぎ宴会^^。ま、残念ながら僕はアルコールだめですが。僕、4か月くらいアルコール抜きです。タバコも同様なのですが、不思議なことに禁断症状、ほとんどない。癌の恐怖が欲望に勝ってるんでしょうね。
4人は、福井の佐藤さん、金沢の沓水(くつみず)さん、射水(いみず)の蒋さん(富山国際学院の2期生でもある)、それに富山の僕。このメンバーで帰路のしらさぎを共にするのは3回目か4回目になる。話し下手な僕は専ら聞き役になりますが、この4人での語らい、実に楽しい。

9時半過ぎ、富山駅到着。北口から富山国際学院までタクシー。歩くのがしんどくて、ついゼータクした(恥)。基本料金の690円。学院から車を運転し、10時頃自宅に帰る。
ちょっと不安もあった名古屋出張だが、なんとかお役目は果たせた。次回の名古屋出張は12月16日の予定。入院・手術と重ならないようにしたいが・・・。

この日、NHK連続テレビ小説「おひさま」と澤村登板が見られなくって残念。
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by tiaokumura | 2011-09-27 12:30 | 僕は学院長3年生 | Comments(2)

深町英夫編訳『孫文革命文集』(岩波文庫)

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深町英夫(ふかまち・ひでお1966-。中央大学経済学部教授)編訳
『孫文革命文集』
2011年9月16日第1刷
岩波書店(岩波文庫)
1140円+税

孫文(号は中山、逸仙。孫中山・孙中山・Sūn Zhōngshān、Sun Yat-sen1866-1925)についての僕の知識は中学歴史教科書程度でしょうね(恥)。民族・民権・民生の三民主義、1911年辛亥革命-この二つで高校受験は間に合うでしょうね(激爆)。孫文でもう一つ-僕は中国出張、これまで数回経験しているのですが、だいたいどこの都市にも中山広場があります。瀋陽では遼寧賓館(旧奉天大和ホテル)が中山広場に面していた。
そんな程度の僕だが昨年夏の神戸旅行で孫文記念館(移情閣)を訪れることができた。その時のブログ記事から一部補訂して以下に転載。オリジナル記事はこちら

8月21日、三ノ宮から舞子へ。舞子公園で舞子海上プロムナードに寄ったあと、孫文記念館(移情閣)に入る。孫文って、今現在も大陸本土・台湾の両方で尊敬されている偉人。20世紀を代表する人物の一人でしょうね。孫文の頃の日本人も偉かった。今朝(2010年8月25日)の朝日新聞に「孫文支えた日本人秘話」という見出しで、上海で開催中の「孫文と梅屋庄吉展」が紹介されてましたね。舞子の孫文記念館でももちろん梅屋庄吉(うめや・しょうきち1869-1934)が出ています。1920年代30年代、いつから日本は日本人は変節していったんでしょうね。軍部・財閥・右翼が天皇・政治家・知識人・文化人を誘導したってことになるのでしょうが、抵抗しきれなかった天皇・政治家・知識人・文化人の側の罪も重い。おそらく「支那」が蔑称となっていく過程と軌を一にするのでしょうね、「変節」は。移情閣は孫文支援者の神戸華僑・呉錦堂(1855-1926)の「松海別荘」が前身。

本書は1893年の「広州興中会宗旨」(韃虜を駆除し、華夏を回復する)から1925年3月11日の孫文永眠前日の談話「国民会議を実施して三民主義と五権憲法を実現せよ」まで、「孫文の主要著作や革命党の章程のような基本文献だけでなく、あまり通常の著作集には収められることのない、書簡・演説・談話・命令等」(深町英夫「解説」p457)を、「第一部 民族共和国への道程(1893-1912年)」「第二部 中央政権への挑戦(1913-1921年)」「第三部 革命運動の再構築(1923-1925年)」に分けて収める。他に文献目録・解説・索引。
1924年11月28日の兵庫県立神戸高等女学校での名演説が「大アジア主義-神戸高等女学校での演説」(pp428-447)。ここで孫文はヨーロッパの「武力で他者を圧迫する覇道の文化」に対峙する形でアジアの「仁義・道徳を用いる王道の文化」を唱える(p437)。
覇道の文化と王道の文化を比べれば、結局のところどちらが正義と人道に有益で、どちらが民族と国家に有利なのか、諸君は自ら証明することができます。(p438)
この後孫文は、僕は全く知らなかったのですが、当時のネパールと中国・イギリスの関係について触れています(pp440-441)。演説の最後に孫文は日本・日本人に訴える。
あなたがた日本民族は、欧米の覇道文化を取り入れた上に、アジアの王道文化の本質をも持っていますが、今後は世界文化の前途に対して、結局のところ西方覇道の手先となるのか、それとも東方王道の防壁となるのか、それはあなたがた日本国民の、詳細な検討と慎重な選択に懸かっているのです。(p446)
ただし、深町の注によると、この部分は「講演の際に語られたものではなく、神戸から天津へ向かう船が門司へ到着した頃に、船上で加筆された可能性が高い」(p447)とのことです。孫文の訴えも虚しく、「欧米の覇道文化を取り入れた上に、アジアの王道文化の本質をも持って」いる日本は「西方覇道の手先」になってしまった。

アップした写真で本書の下になっているのは朝日新聞2011年9月24日付「beランキング 会ってみたい『革命家』」。朝日新聞の会員サービス利用者が対象のアンケートで「20世紀に活躍した主な革命家約60人の中から回答者1人につき3人まで選んでもらった」そうです。トップ5は、順にガンジー・ゲバラ・孫文・マンデラ・毛沢東です。幸徳秋水(10位)・樺美智子(12位)・北一輝(14位)・大杉栄(15位)・トロツキー(17位)・ローザ・ルクセンブルク(18位)や、21位以下で重信房子・永田洋子・山本義隆といった名も。
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by tiaokumura | 2011-09-25 12:24 | | Comments(0)

『花森安治戯文集Ⅰ』(LLPブックエンド)

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花森安治(はなもり・やすじ1911-78)
花森安治戯文集Ⅰ
2011年6月30日初版第1刷
LLPブックエンド
2500円+税

本書、半分強を『逆立ちの世の中』(元本は昭和29年・河出書房刊)が占め、後半部には「ほか コラム・エッセイ」「対談+インタビュー」が収められる。「あとがき」は花森の一人娘の土井藍生、「解説」は津野海太郎。本書の「装画・さし絵」は見ただけでそれとわかる花森作品。
本書『逆立ちの世の中』の「高価なものと美しいものと」(pp81-103)から。戦争初期のこと、親類縁者の集まりで「子供は子供同士、一部屋に追いやられ」て「どの子からともなく、お互いに持っているハンドバッグの品定めがはじまった」(p81)。そして、高価なブランドバッグではなく、何とかちゃんの母親の手製の紅いバッグが一番いいということになった。この例を通じて花森は言う、「お金を上手に使うことの第一歩は、正札と、そのもののほんとうの値打との違いを、はっきり知ることではないだろうか。」(p84)。このエッセイ(戯文)ではさらに「板目と柾目」「木綿と人絹」「ととやの茶碗」「おかず」「ズックの靴」などを例に次のように説く。
お金を上手に使うというのは、たのしく暮すための技術である。上手に使ったつもりなのに、かえってたのしくないとしたら、それはほんとうに上手な使い方ではあるまい、きちんと整理された家計簿であればあるほど、その費目の一つに「むだづかい」という項目を入れるべきだと思う。いくらいそがしいからといって、まさか、十日も一月も眠らないですませようというひとはないだろう。働くためには、ムダにみえる「寝る」ということが実は必要なのである。老子だかの言葉に、「無用の用」というのがあるが、つまりはそれである。目の先の合理的にとらわれて、「無用の用」をわすれると、結局は大きい意味で、非常な不合理をしていることになってしまう。(p100)

暮しの手帖」関係でアップした写真、本書の上の3冊は
おそうざいふう外国料理 暮しの手帖版(昭和49年10月第5刷)
暮しの手帖96 特集 戦争中の暮しの記録(昭和43年8月発行)
暮しの手帖300号記念特別号 美しい暮しの手帖(平成14年12月発行)
です。
①の中の洋風おかずは村上信夫(帝国ホテル)が協力している。本書の作り方にも「暮しの手帖」ならではが見受けられる。料理本番の撮影をし、レシピを書く-ここまでは当たり前の作り方でしょうね。
次の仕事は、出来上がった写真に、作り方の原稿をそえて、それを入社したばかりの、お料理の作りなれない人に、試作をしてもらいます。/原稿と写真だけを渡し、一切注意もなにもいたしません。その人は、材料を買うことからはじめて、写真を見たり、原稿をよんだりして、その通りに作ってゆきます。(暮しの手帖編集部「あとがき」p280)
その結果を踏まえて、文章や写真を再考し「やっと、一つの料理記事が完成いたします。」(p280)。
②では富山大空襲も出てきます。高岡市の柿谷実子「無理に疎開させた子が疎開先で爆死」(pp140-141)。柿谷は当時21歳で「昭和20年、国民学校6年生の女子組を担任していた」。昭和20年7月31日、クラスの金戸恵子が「先生、富山のお里へ行きます」と知らせに来る。そして8月1日の夜、「富山は爆撃を受けたのである。/金戸恵子は死んだ。母の実家の両親と母と弟と本人との5人が、防空壕の中で死んだのである。その夜、山越しに爆発音が地ひびきを立て、富山の空を真赤に焦しているのを、20キロあまりはなれた高岡の町で私は見ていた。」。当時の「東海軍管区司令部発表(昭和20年8月2日14時)」(p212)には「本空襲ニヨリ富山市各所ニ火災ヲ生ジタルモ払暁迄ニ概ネ鎮火セリ」とある。
②について『花森安治戯文集Ⅰ』所収のインタビュー「二十二年目の”戦争体験”」(pp310-313)で花森は語る。
これほどたくさんの無名の人が一つの体験について書いたものを、一冊にまとめたのは、万葉集の巻十九の防人の部以後ないのです。万葉から、千数百年たってやっとみのったのがこの本です。しかしそのテーマが、前と同じように戦争体験であることに、かなしいものを感じますが・・・(新潟日報1966年8月12日)
③は花森没後の刊。「三章 時代を象徴するあの記事、このテーマ」の「その1 温故知新、エッセイから伝わる暮らしの真髄」には、川端康成・坂口安吾・石井好子・浅沼稲次郎・東久邇成子・吉川英治・三島由紀夫・緒方竹虎・田中角栄・坂本九ら。「二章 アンケート特集『暮しの手帖』は日本人の生き方をこう変えた」では増田明美・安野光雅・石井好子・むのたけじ・有吉玉青・山田洋次・大宅映子・安部譲二・土井たか子・久田惠・池内紀・サトウサンペイ・下重暁子・常盤新平・松本幸四郎・桐島洋子ら。

これは あなたの手帖です/いろいろのことが ここには書きつけてある/この中の どれか 一つ二つは/すぐ今日 あなたの暮しに役立ち/せめて どれか もう一つ二つは/すぐには役に立たないように見えても/やがて こころの底ふかく沈んで/いつか あなたの暮し方を変えてしまう/そんなふうな/これは あなたの手帖です
花森安治

「天才的な編集者であると同時に、戦後日本を代表する思想家のひとり」(津野海太郎「解説」p332)。本書はその花森安治の「生誕100年記念出版」で(花森は辛亥革命の年に神戸に生れたんですね)、全3冊で刊行(2は8月、3は10月)とのことです。
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by tiaokumura | 2011-09-24 15:30 | | Comments(0)

3か月ぶりの外食

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今朝起きたら気持ちよい天気だった。台風一過、でしょうか。台風で被害に遭われた方々には申し訳ないのですが、「そうだ、町へ出かけよう」と思った。街中も人ごみも久しぶりになる。来週火曜日は名古屋出張の予定で、その体力があるかどうかのチェックも兼ねてのお出かけ。

10時過ぎ家を出てポートラムの城川原駅まで歩く。以前は8分くらいだったんですが、手術後の今は途中で何回か休み12分くらいかかる。城川原から富山駅北口。富山駅北口から南口へ地下通路を通る。富山駅前で、去年だったか開通したセントラムに乗車。ポートラムの「ポート」は港、セントラムの「セント」は中心の意味なんでしょうね。セントラムは富山市内中心部を循環する環状線です。「グランドプラザ前」で下車。

よくわからないのですが、グランドプラザ内に「富山大和デパート」と専門商店街の「フェリオ」がある(グランドプラザと大和デパートとフェリオの関係、違っとるかも)。
フェリオ7Fの紀伊國屋書店。3冊購入。
NHKラジオ『入門ビジネス英語』10月号(NHK出版 380円)。当ブログにコメントをいただいてお知り合いになった(ってもブログ同士のお付き合いですが^^)jackiemaiさんがこのテキストで勉強してらっしゃる記事を読んで、興味を持った。10月から新シリーズで「ビジネスemailの基本をマスター!英文メールの書き方と表現を学ぶ講座」。僕も仕事柄数年前から英文メールを書いたりもらったりしている。この講座でいい勉強、できそうです。ラジオ番組は聞けないかもしれませんが、テキストだけでも購入しておきたい。余談ですが、英文メールでけっこう困るのが相手の性別。国籍・民族によっては、名前だけじゃ性別わからないことありますよね。Are you male or female?なんて訊くわけにもいきませんもんね(激爆)。皆さん、どうしてらっしゃるのだろう。
『Hanako 1004号 特集・銀座でしたい20のこと』(マガジンハウス 500円)。Hanakoのメルマガで紹介されてて読みたいと思った。関口一郎さん(CAFÉ DE L’AMBRE)って今でも現役なんですね。「97歳になった今でも現役で焙煎機を回す関口さん」(p45)。すっごい。「周辺エリア編」として新橋・新富町・有楽町。
山川Mook第4号『安野光雅』(山川出版社 2011年8月 第1版第1刷 2200円+税)。安野と山川出版社って僕には意外な組み合わせですが、こういう本、出てたんですね。皆さんもきっと何冊かお持ちでしょうね、安野本。僕も20冊以上は持っていそう。pp130-133に「果てしなく続く終わりなき対談」というタイトルで当ブログご常連の「哲ちゃん」が書いてます。ここでの「対談」は安野と森毅のそれ。哲ちゃんが文章中で取り上げている「はじめてであう すうがくの本」シリーズ(福音館書店)、僕も3冊とも持っています。他に阿川佐和子・池内紀・澤地久枝・谷川俊太郎・野崎昭弘・半藤一利・藤原正彦・森まゆみらが寄稿。

紀伊國屋書店を出て、大和デパートの6Fへ。「全国うまいものお取り寄せ」とかのイベント。試食いくつかでお腹がいっぱいになってしまった^^。
紀伊國屋書店に隣接しているBINGATAYAの喫茶部でココア(500円)。チョコウエハース2枚付き。富山市はほぼどこからでも立山連峰が望めるが、ここBINGATAYAからも立山連峰が見える。あいにく曇りで稜線がくっきりしてなかった。晴れてれば絶景でしょうね。立山は初冠雪したのかな。

今回のお出かけ、「外食」が悩みだった。フェリオ6Fのレストラン街には和洋中9店舗ある。どこにしようかしばし思案の末、「ラーメン」が食べられれば、日本全国どこに行っても外食に困らないだろう(ラーメン屋さんってそこいらじゅうにありますもんね)と思い、末弘軒に入る。ここ、「創業昭和6年、柳の下の屋台から/富山のラーメンの原点/毎日手作り、守りつづける味」(メニューより)。アップした写真、末弘軒の「ワンタンメン小」(620円)。手術前はこのくらいの量、軽く平らげられたのですが、今はやはりきつい。7割くらいしか食べられず、レジで支払う時「手術をした後なので食べきれず、残してすみません」と謝っておきました。残念ながら外食の自信がつかない結果に終わりましたが、外食は入院前に粕谷謙治さんとBIO MARIAGEで食べて以来約3か月ぶりでした。

グランドプラザ前でセントラムに乗り富山駅で下車。地下通路を通って北口へ。窓口で27日(火)の名古屋出張の切符を買う。3月・5月に次いで今年3回目になるかな、名古屋出張。行きは高山線の「ワイドビューひだ」、帰りは北陸線の「しらさぎ」にしました。しらさぎ往復より少し高くなる(1,3920円)のでしょうが、初秋の高山線沿線が見たかった。

ポートラムで帰宅。城川原駅から自宅まで途中5回くらい小休止。名古屋出張、大丈夫なんじゃろか(汗)。
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by tiaokumura | 2011-09-23 16:31 | 美味録11年 | Comments(6)

『釣って、食べて、生きた! 作家 開高健の世界』(BSプレミアム)

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僕はあまりと云うかほとんど開高健(かいこう・たけし1930-89)は読んだことがない。人気のある作家だったでしょうね、開高。40年以上前の僕の大学生時代、東京教育大学桐花寮にいた大阪出身の英文学生で大ファンがいたし、僕の100倍以上読書家の国語国文同期の宮崎健二君もちゃんと読んでた。あの頃の言い方でいけば、小田実(おだ・まこと1932-2007)と並んで行動派作家などと呼ばれてたか。あるいは「和製ヘミングウェイ」なんて別称もあったかなあ。僕の文学観って偏狭なところがあって、開高健はどうも敬遠するタイプの作家だった(恥)。開高の行動力を継承する作家としては池澤夏樹(いけざわ・なつき1945-)や中上健次(なかがみ・けんじ1946-92)や立松和平(たてまつ・わへい1947-2010)が挙げられるのかなあ。今時の作家には似たタイプ、いないでしょうね、たぶん。

今夜と明日、BSプレミアム
釣って、食べて、生きた! 作家 開高健の世界
が放映されます。時間は午後7:30~9:00で、第1夜が「究極の食、巨大オヒョウ」,第2夜が「最後の冒険 カナダで吠える」。

上にアップした写真『扁舟にて オーパ、オーパ!! カリフォルニア・カナダ篇』(集英社 1985年10月第1刷)より。開高の琵琶湖でのバス釣りの立ちこみ写真(p183)。1985年8月1日と思われる。本書はPLAYBOY日本版連載が元。扁舟は「こぶね」と読み、「オーパ」は「何事であれブラジルでは驚いたり感嘆したりするとき『オーパ!』という」(カヴァーより)です。この本(今は文庫で入手可か。でもハードカヴァーで読むべきでしょうね)、今回のTV番組にも大いに関連するでしょうね。
「食べて、生きて」は誰でもそうですが、開高の場合は「釣って」が入る。美食家(我々普通人から見ると当然「悪食家」でもある^^)で大食漢の開高。本書では調理人として大阪辻調理師学校の谷口博之教授(TV番組第1夜に登場するみたい)・松本英夫・永作達宗が同行し、バス料理(谷口教授。p59)、ウォーライ・バイク料理(永作マエストロ・谷口教授・松本師傳。pp126-129)、チョウザメ料理(マエストロ永作・谷口教授。pp154-155)が写真付き(本書の写真は高橋曻)で紹介されています。

病人の楽しみの一つはテレビなんでしょうね(照)。自室のTV、10チャンネルくらい見られるのかなあ。でも見たい番組、ほとんど見つからない。今は『おひさま』と澤村登板くらいかなあ。10チャンネルもあっても、お笑い芸人やショッピングや韓国ドラマや再放送が多すぎるような気がする。日中からTV番組チェックしてる(恥)からかもしれませんが、コンテンツ貧弱なんでしょうね。まあ、それなら無理に観なきゃいいだけの話ですが、テレビは。でも今夜と明日の『釣って、食べて、生きた! 作家 開高健の世界』、楽しんで観ます。番組情報はこちらで。
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by tiaokumura | 2011-09-22 13:26 | このブログのこと | Comments(0)

東北AID、ボランティアバス第14便

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昨日9月19日の「東北AID」、残念ながら僕は体調が芳しくなく参加できなかったのですが、ずいぶん盛況だったようです。川渕映子さん(NGOアジア子どもの夢代表)を始めとする皆さんの想いが多くの方々の共感・支援を呼んだんでしょうね。自分、結局不参加なんでエラそーなことは言えない立場ですが、素直に嬉しい気持ちでいます。今日午後、10月新入生のことなどもあって富山国際学院に出勤したんですが、スタッフの話によると学院生も何人か観客で参加したようです。
昨日の夕方の地元のTV局、いくつかの局でニュースで取り上げてました。川渕映子さんのインタビュー、海岸組の和太鼓、エンディングの「上を向いて歩こう」など。
イワズモガナとして出演した阪井由佳子さん(にぎやか)のブログ「にぎやかだ!私」に当日の様子の記事、アップしてありました。

右上にアップした写真、今朝の讀賣新聞から。同記事から2箇所引用。
県内のダンスチームや合唱団、福島県郡山市から避難している作曲家など15組約200人が、よさこい踊りやピアノ演奏などを披露し、800人以上の来場者でにぎわった。(記事より引用)
実行委の川渕映子委員長(NGOアジア子どもの夢代表)は「みんながイベントを楽しんで、エイドの活動を理解してくれることでさらに支援の輪が広まる」とイベントを企画した狙いを説明。イベントのチケットや協賛金などの収益は約300万円に上る見込みで、実行委は今後、これを資金に東北で物資配布などを行う計画だ。(記事より引用)
記事中の写真はテーマソング『愛のバトン』(作詞・下野孔明 作曲・野崎弘通)を歌う高才弘さん(実行委事務局長)です。高さんって才能豊かな方だとは思ってましたが、歌もやるんですね、知らなかった。
今朝の朝日新聞は「東北AID」の記事なし。地元紙の北日本新聞は、エンディングのステージ写真付きで紹介。1箇所引用。
アジア子どもの夢は、少なくとも今後2年間は被災地支援を続ける方針で、川渕代表は「東北の人々の暮らしが元に戻るよう、富山からできる限りの応援をしたい」と話した。(記事より引用)

「アジア子どもの夢」のボランティアアバスの次回第14便は以下の予定です。ブログ「NGOアジア子どもの夢 東日本大震災プロジェクト」から転載しておきます。誰でもいろんな形で参加できるプロジェクトです。ぜひ、皆さまのご参加を。
日時:
 9月24日(土)20:00発
 9月25日(日)朝5:00~6:00現地着
  事前に仕分け・積込みがありますので早めに来て下さい。
支援場所:
 南三陸町・石巻市
募集物資:
 ・暖房器具(電気ストーブよりファンヒーターみたいな物が喜ばれます)
 ・秋冬物衣料
 ・家電(電子レンジ・冷蔵庫・薄型テレビ等など)
 ・日用雑貨
 ・辞書(国語辞典、英和・和英辞典など)
 ・スクーター
  (南三陸町はリアス式海岸の為アップダウンが多い地です。自転車だときついので
  スクーターや電気自転車があると助かります)
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by tiaokumura | 2011-09-20 18:45 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

9月19日(月・祭) 東北エイド@オーバードホール

明日の東北AIDのプログラムをブログ「NGOアジア子どもの夢 東日本大震災プロジェクト」から転載します。
出演者中で、「海岸組」は富山ダルクの和太鼓グループ、「イワズモガナ」は阪井由佳子さん(にぎやか)がヴォーカルのトリオ、「ウェイノWayno」はベースの谷中秀治さんたちの多国籍6人グループで今回のトリ格です。
チケットは一般2000円、中学生以上1000円、小学生500円です。

開場…12:00

オープニング/海岸組(常願太鼓)…12:20
川渕映子(東北エイド代表あいさつ)…12:30
OKAストリートファンク(ダンス)…12:35
OKAジュニアファンク(ダンス)…12:40
YOSAKOI 風神(ヨサコイ)…12:45
ダンススタジオ EMOTIONS(ベリーダンス)…12:50
OKAストリートファンク(ダンス)…13:00
OKAジュニアファンク(ダンス)…13:05
YOSAKOI 風神(ヨサコイ)…13:10
越中家漫欽丹(?)…13:15
大空へ飛べ(歌)…13:25

休憩(ロビータイム)…13:40

まえはた まさのぶ(ピアノ演奏)…14:10
トゥモロ(手話コーラス)…14:20
イワズモガナ(歌)…14:30
Miyo & Bamboo(歌)…14:45
愛のバトン(歌)…15:00
AKARU(ピアノ・ヴァイオリン・ソプラノ)…15:05
富山アカデミー女声合唱団(合唱)…15:15
越中家漫欽丹(?)…15:30
ウェイノ(アンデス民謡)…15:40
エンディング/合唱(全員で)…16:15

終演…16:20
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by tiaokumura | 2011-09-18 10:14 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

9月16日(金)午後、猛暑の中を退院しました

昨日9月16日(金)の富山、8月17日以来の猛暑日で全国最高気温(35.9℃)だったそうです。当ブログご訪問者の中には全国ニュースで富山が出てくると、私のことを思い出す方々もおられるかも^^(嘘爆)。
そんな昨日の午後、退院しました。今回の入院は7泊8日21食で、入院日の9月9日(金)に抗癌剤のシスプラチンを点滴注射、その後の日数はそれに伴う体力不足低下を防ぐための点滴が中心でした。
退院時に渡された主治医のTドクの「退院時リハビリテーション指導」に今後のことも書いてあるのですが
いろいろなものを食べて下さい。
ゆっくり、良く噛んで食べて下さい。腹8分目を心がけて下さい。
今後の予定は10月に大腸内視鏡検査、11月腹部CTCE。何か問題があればPET-CTなどを考える。

ってなことです。次回は9月30日(金)9時に外来診察。それまでにどのくらい体力が回復してるでしょうね。体力次第では年内に大腸癌の手術です。体重は今回退院時50.9kgでした。まだまだひどいですね。立ちくらみ・めまいも若干。でもいつまでも入院ってのも気が滅入るし、後は自宅で少しずつ食事改善して体力をつけていくのが目標です。
今回の入院診療費は、「保険」が32,4310円、「保険(食事・生活)」が1,5436円、「保険外負担」が400円。もちろんこの額を払うのではなく、僕の負担額は順に保険が8,0673円、保険(食事・生活)が5460円、保険外負担が400円、合計8,6533円でした。今回の入院明細を見ると「DPC包括」が2,9161点で大きい。抗癌剤・その他の点滴・投薬がこれに含まれるのでしょうね。

一昨日の午後、ひどい目に遭った。
退院を翌日に控え、昼食後は身の回りの整理をと思ってた。3日ほどお通じがなかったので、この日に出なかったら夜就寝前に下剤を用意してもらおうと思ってたのですが、昼食後便意(大のほう^^)を催す。トイレに入りしばしキバる(照)。入院経験がない方にはわかりにくいかもしれませんが、僕の病室は4人部屋でトイレが入口左手にある。シャワー・チャーム付き便器。入院中お通じが滞った場合、シャワーで肛門を刺激して排出という裏技?を使ってうまくいってたので^^、今回もそれを駆使。けっこうな量の宿便が排出。ただこれでスッキリとするかと思いきや、おなかがなんだか痛い。前かがみで恐る恐るベッドに戻る。その後、腹部に激痛が走る。今までの人生で一番の痛みだったかも。脂汗がにじむくらい。以前このブログのコメントで富山国際学院で同僚の増山さんが「入院中痛かったら遠慮しないでナースを呼んだらいい」と書いてらしたのを思い出した。ナースコール。前回・今回で初めてです、ナースコールで痛みを訴えたのは。ナースが現れるまでの時間の長かったこと。ボク、ワガママをかなり言ったでしょうね、彼女らに(病棟では男性ナースが一人いたようだが、僕の担当にはならなかった)。
しばししてドクターの許可が得られて左肩に痛み止め。その後30分くらい経ってでしょうか、ようやく痛みが治まりました。あれこれ姿勢を変えてみても収まらない激しい痛み、痛み止めをうってもらうまでの長い時間、ときおり襲う吐き気-結局なんだったんでしょううね、腹痛の原因は。夕方レントゲンを撮ったのですが異常なしでした。食べ合わせが悪かったのかな、あるいは急いで食べたせいか。自宅で似たような症状が出た場合、ちょっと対応が大変そうで鬱陶しい気持ちになる。
痛みでベッドでのたうちまわっていたときに、友人のY君がお見舞いに。でも応対ができず、早々に引き揚げてもらった。申し訳ないことをしたが、Y君ならわかってくれるだろう。

話は変わりますがNHKの連続TVドラマ『おひさま』、いよいよ最終局面に入ったようですね。多治見に行った和成は陶芸修業中なんでしょうね。でもそんなことはわからない陽子は、多治見行きを姑の徳子に訴える。←観てない方には「なんのこっちゃ」でしょうが^^、このあとが楽しみです。安曇野-多治見って大糸線・中央本線・東海道線でしょうか、そんなに遠くない気がしますが、昭和20年代にはかなり遠い距離感だったんでしょうね。それから「未亡人」(和成の戦友の妻)なんて言葉もあの当時はあったんですね、今は差別語?扱いでしょうか。あのドラマの中では僕は日向子(ひなこ)世代になるんでしょうね。
入院しなきゃ出逢わなかったこと、いくつもありますが、TVドラマ『おひさま』もその一つでしょうね。ドラマをこんなに熱心に観るのは韓流ドラマ『アイリス』以来ですが、(たぶん)「家族の絆」がテーマの素晴らしいドラマです。
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by tiaokumura | 2011-09-17 16:13 | 癌日記 | Comments(6)

胃切術後食米飯

漢字七字でなんだか歌舞伎を思わせるような本日の記事タイトル。さしずめ「いをとりし のちのこめめし」とでもなろうか(激爆)。
食欲不振が厳しい。当病院での僕の胃全摘出後の食事は「胃切術後食米飯」です。前回の入院時の最後は全粥だったが、今回の入院では「やわらかいごはん(軟飯)」で、量は前回と同じで毎食150g。それにおかずがつき、ときどき味噌汁・牛乳・デザート。ごはんのほうは「ごはんですよ!」とか「塩辛」をトッピング^^して6割くらい食べてますが、おかずがどうも・・・。全体では3割程度の食事量です。
「今、これなら食べられそう」ってぇのはごくごく少ない。病院食にはほとんどなく(ごめんなさい、栄養士の皆さん)、ふかしじゃがいも・ドンクの胚芽食パン(バゲットもよし)・お刺身(ただし白身系。赤身系はダメ)・いかの赤つくり・焼き魚(ハチメ・アジ・サンマ・太刀魚など)あたりかなあ。前回は好きだった「干物」も今はあんまし・・・。自分じゃゼータクいってるつもりはないのですが(いや、ゼータクかも)、実にピンスポットな・わずかの食べられるものしかない。果物でもお菓子でもデザートでも飲み物でも、今の自分、とにかく今は食べられるものなら何でも探しているのですが、なかなかヒットしない。グレープフルーツやハムやチーズなど一時期よく食べたのですが、飽きた。←ゼータクっすよね(汗)。

そう思って見るせいか、今朝9月14日(水)の朝日新聞に「食」についての記事2つ。
一つは、沢木耕太郎の連載映画評「銀の街から」。今回は『極道めし』(監督・前田哲、原作マンガ・土山しげる。出演は麿赤兒・勝村政信・永岡佑ら)。刑務所が舞台で麿が牢名主みたいな役でしょうね。で、新入りが入って来て「この房の年来の恒例の行事」を始める。それが、な・なんとリンチとかじゃなくって^^
かつて自分が口にした食べ物の中で、最高においしいと思ったものの話をして聞かせる。それによって聞き手の誰かの喉を「ゴクリ」と鳴らすことができたら、一点加算される。そして、その数の多いものが勝ちとなる。(同記事より引用)
勝ちとなるとどうなるか? それは沢木の記事か映画でご確認ください。28日公開映画で、富山では上映ないみたいですが、ちょっと観てみたい映画ですね。
皆さんはどうでしょうか? 「かつて自分が口にした食べ物の中で、最高においしいと思ったもの」は、何でしょう。
もう一つは「Hanako」千号目・8月11日号「すべての女子に贈る 各店220&各品90」。余談ですが、「女子」って言葉もすっかり定着しましたね。
巻頭ページのイラストが印象的だ。健康的な雰囲気の女性たちが食卓に集い、「量より質」「カラダにいものしか食べたくない」などとつぶやきながら、楽しげに食事をしている。(同記事より引用)
Hanako族の走りは今はアラフォー世代でしょうか。
こうやって食に不不自由を感じるカラダになると、余計に食い物関係の記事やTV番組(食や料理、多いですね)、目に入るのかも。

山田風太郎(やまだ・ふうたろう1922-2001)の晩年の朝日新聞連載エッセイに「あと何回の食事」(タイトル、ウロ覚え)がある。今は単行本か文庫本になっているかも。同エッセイでもたぶん出てくると思うが「あなたは人生の最期に何を食べたいですか」という問いは、「無人島に行くとしたら何の本を持って行きますか」と並んで興味深い設問でしょうね。回答者の経歴や人生観や価値観が如実に現れる問いでしょうね。
「人生最期の食事」-僕は何だろう。美食家じゃないので珍味とかコースとかメニューとかでは思いつかない。子供のころ親戚のいとこと縁側で食べたそうめん、常願寺河岸のぐみ、かつて家の庭にあったなつめ、冷たく冷やした青りんご、八方鯉屋食堂の冷たいとろそそば、松本三河屋の馬刺し、浅草の麦とろ、ブリカマ塩焼きなども食べたいが、結局は郷土料理のあいまぜおこもじあたりに落ち着くのかもしれない。
さっき昼のNHK-Gのニュースでやってましたが、富山県も新米のセシウム検査やってます。まもなく新米のコシヒカリが食せるのも楽しみ。被災地(に限らぬが)の米作農家の方々の不安を思うと、喜んでばかりはいられませんが。

食も性もヒトの一大快楽なんでしょうネ。それに比べると、本なんてぇものはヒトを頭でっかちな臆病者にするだけのものかもしれない。
食欲の秋・味覚の秋。退院したら何かおいしいものを食べに行こうかなあ。癌ステージⅣの自分、「美味求真」、見つかるかしらん。量が食べられないので、外食は一人じゃ無理なのもちと難儀。

今朝、主治医のTドクと相談し、できたら今週金曜午前に退院しようと思います。退院後、体力がある程度ついたら、その後検査していない「大腸癌」の進行状態を検査し、それで年内に大腸癌の手術の予定です。

全国各地、残暑、厳しいようですね。
皆様、ご自愛を

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by tiaokumura | 2011-09-14 14:51 | 癌日記 | Comments(8)