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手術は無事終わりました

午前10時半から午後6時まででしたが、本人は全身麻酔でなんも覚えとりません(激爆)。昨日は集中治療室で今夜からは個室です。術後の経過も今のところはまずまずのようです。
皆様からのお励ましにただただ感謝です。

とほほわれ 六十四の梅雨 おむつかよ   胃無斎

初めてのケータイからの記事投稿、うまくいきますように

(7月6日・追記)
記事中の五七五、ちょっと変えました。
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by tiaokumura | 2011-06-28 20:24 | 癌日記 | Comments(17)

手術の説明を受く

6月24日(金)午後5時半から約1時間、Tドクより手術の説明。身内5人、Kナース同席。
病状は、「胃がん(食道に浸潤)」「リンパ節転移」「肝転移」「大腸の病変」。
処置は、胃を全摘(脾臓・膵臓も)、肝30~40%切除、大腸は今のところ緊急ではないこともあり手術せず。
手術は6月27日(月)午前10時半より。まず肝臓からでそれが約2時間。そのあと食道→胃。全部終わるまでに6時間ぐらいかかる。全身麻酔・硬膜外麻酔、輸血は日赤の輸血製剤。
手術後ICU(集中治療室)、そこで1泊。そのあと個室へ。
余命についてTドクに尋ねる。5年生存率が15~20%とのこと。いろんなことが脳裏を駆け巡った。

病室に戻ってからTドクから興味があれば読むようにと渡された『胃がん治療 ガイドラインの解説』を見る。p.38に「胃がん手術後の5年生存率」の表。なぜ5年かというと、「5年以上経って再発してくるのはとても少な」く、「がんの治療をして5年経てばひと安心」だからだそうです。ステージⅠA~Ⅳで、僕の場合はステージⅣで+E(食道浸潤)になるのかなあ、16.1%です。英検2級・日本語教育能力検定試験の合格率が確かこのあたりで^^、ずいぶん昔だが2つとも合格してるのでひょっとしたら生き延びるかもと思った(激爆)。それから、これまでのワシの人生って、どっちかというと「少数派」じゃったんで、今回も16.1%のマイノリティにもぐりこめそう^^とも思ったけど、でも「あんた、それは図々しいゼ」って感じもした。
いずれであれ、確率とか平均って、数学的には正しいのだろうけど、人生的にはどうなんかなあ。生か死の2つに1つしかないんだし。これまでどっちかというとチャランポランにテキトーにその場しのぎで生きてきたのだから、これを機会に1日1刻を大切に生きていければ、癌になったことも残りの人生をいい方向に導いてくれる。←殊勝すぎた?^^。
Tドクによると「日本人の5人に3人が癌で、3人に1人が癌で死ぬ」そうな。確かに新聞の訃報も「癌」が多いですよね。

インフォームド・コンセントだからでしょうね、ずいぶんたくさんの書類に署名せんならん。「麻酔の確認書・承諾書」「手術承諾書」「輸血および特定生物由来製品の承諾書」「輸血後感染症検査の説明書・承諾書」「行動制限の承諾書」。モンスター・ペアレントならぬモンスター・ペイシェントってぇのもずいぶんおるんかもしれん(激爆)。

以前からの予定では24日(金)は名古屋出張で、夜はNさん・Eさんを誘っての飲み会、その夜はチサンインに泊まって、翌25日(土)は名古屋市立美術館でレンブラント展だった。世の中、ままならぬものなり^^。

 おくのほそ道
六月二十七日 蕉翁いしのまき立ち われは手術室  隆信
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by tiaokumura | 2011-06-25 17:23 | 癌日記 | Comments(7)

病院生活3日目

6時半起床。今日も一日、中心静脈点滴、主にネオバレン1号輸液。手術は体力勝負でもあるわけで、これで栄養補給とか。
洗面、下着着替え。ナース、検温・血糖値・点滴取替え。ナースセンターにて朝日新聞受。21日(火)から自宅ではなくこちらに配達してもらっている。7時半、朝食。8時ころから20分間、1Fロビーでインターネット。ここ1台だけのPCですが、いつ来ても誰も利用していない^^。10分100円。ブログ、メールチェック。
9時前から床屋。この病院は水曜日に床屋さん開業。ご夫婦みたく奥さんがご担当。ひげが手術の妨げになるとのTドクの話で、剃り落とすことに。15年ほど前になるか、松本で有機農業をやっている希のところに1週間くらい家族で世話になったとき、何気なく伸ばし始めたひげ、それ以来のサッパリ。床屋さんは3月12日(土)以来。あの日のTV画像の衝撃は今も残る。あの時も菅直人、今も菅。「トップにはなろうと思えば誰でもなれるが、リーダーには誰でもなれるわけではない」という最適例でしょうね、菅って。自分もトップではあるけどリーダーとは言えない身なので、エラソーなことは言えないけど^^。散髪代2800円也。
部屋に戻ったらTドクの回診中だった。危うくセーフ。9:55、血液検査。左腕ひじあたりの動脈から採血。ときどきトリフロー。トリフローってのは、手術に備えての呼吸訓練。吸う・吐くをおもちゃのような器具を使ってやる。妊婦さんになった気分^^も若干。水曜日はそういう日になるんでしょうか、入院以来初の病衣交換。入院する前は、寝てる時以外はTシャツでもと思っていたが、今のところ1日中病衣。検査が多いのでそのほうが便利なのかも。気分転換に散歩。外に出たらムッとするような熱気。30度くらいはあったのかも。
部屋に戻ろうとしたら、病院のエレベーター前にY君。昨日見舞いに来てくれたばかりなのでビックリ。新聞4紙差し入れてくれる。部屋で少しおしゃべり。昨日彼が見舞いに現れたときはビックリした。ここだと見当をつけて来たみたい。昼前、腹部および体表エコー検査。昼食は検査食ということで、クロワッサン・牛乳・チーズ。チーズ、おいしかった。
2時前、脳外科Hドク。8月12日に再診予定だったのが、今回入院したので、手術前に1度診てもらうがよいとのTドクの判断。5時からMRI。
午後3時過ぎ、勤務先にTEL。部屋に戻ってしばらくして、A君、見舞い。Y君がここを教えたみたい。Y君もA君も中学ミニ同期会仲間。病気のこと・昔話など。
6時夕食、中華スープがおいしかった。

入院中の読書、持参した本のあれこれを拾い読み。子規の2冊と『おい癌め~』を読む時間が多いか。こうして「病人」になって読んでいると、そうじゃなかったときにはわからなかったor読みすごしたところも多い感じ。『おい癌め~』に中国のことわざで「大病不死后有大福」(p194)が紹介されていた。

いつもの自宅PCではwordで打ってブログにアップしていますが、今回のこの記事、病院の不慣れなPCでの直接打ち込み。辺りはすっかり暗く^^誤字脱字も多からん。読者諸兄姉氏、ご寛恕を。
これを打ってたら蚊?がやってきて右耳にチクリ。
大患の身はさりながら蚊のかゆみ 隆信
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by tiaokumura | 2011-06-22 19:40 | 癌日記 | Comments(10)

入院前日

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入院のご案内」を見ながら準備している。
入院準備って海外出張準備と似てるとこあるんでしょうね。と言うか、僕の場合入院経験ってこれが人生やっと2回目なので、準備のヒントが何回か経験してる海外出張にあるってことでしょうか。違うのは海外出張ではビジネスシーンがあるのでスーツなのに対して、入院は普段着ってとこ。スーツ姿の入院患者ってちと不気味っすよね^^。それから海外ではホテル泊なのに対して病室なのでアメニティに差があること。
「必要なもの」のところには
下着、タオル、洗面用具、湯のみ、箸(スプーン)、すべらない履物(シューズまたは滑り止め付きスリッパ)、ティッシュペーパー、身の回り品をご持参ください。
とある。私服については何も指示がないが、病衣で一日過ごすのもなんだか気が滅入るのでシャツ・ズボン、入れておこう。僕は1年ほど前から部屋を真っ暗にして寝ているので、アイマスクも入れておこう。同室者のイビキ・歯軋りもあるかもしれないので^^耳栓も。でも光も音も(臭いもそうですが)遮断って難しいんですよね。
入院生活って刑務所生活と合い通じる点も多いんでしょうね。ホリエモンが収監記念パーティみたいのをやってメイドさんに取り囲まれてたけど、僕は入院記念パーティなんて無縁(そりゃそうですよね^^)。入院先の病院は、朝食午前7時30分、昼食正午、夕食午後6時、消灯午後9時のようです。消灯以外はだいたい今の生活と同じ。入院中は検査・手術なども入ってくるのでしょうが、僕の基本は午前6時起床・午後10時就寝になるかなあ。
気になる入院費^^は、月末計算で翌月11日支払いみたい。ってけっこう金喰い病なんでしょうね。無意味な延命にはムダなお金使いたくないけど。

自分の時間、たっぷりあるんでしょうね。昨日須賀敦子の番組あって(BS朝日?)、ああいう番組があったらTVを観たいけど、入院中、TVは暇つぶしにはあまり役立たないでしょうね。専ら読書かなあ。今回とりあえず持参の本は、書名だけ挙げると
『仰臥漫録』『病牀六尺』『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』『徒然草』『おくの細道』『耳嚢(上)』『図説 宮澤賢治』『風の歌を聴け』
で、全部文庫本。病室で自分の使用できるスペースがどのくらいあるかわからないので、まずはかさばらない文庫にしました。癌患者にはどんな本が適するんでしょうね。午前・午後・夜で本を替えて読むのがいいのか、それとも、1日通して同じ本がよいのか。

インターネットは1Fで利用できるようです。可能ならこちらのブログ、更新します。

では皆々様、
苦痛にわめいたり、死の恐怖で眠れなんだり、ちっちゃな喜びに大きな幸せを見出したり、一人っきりになりたいと切望したり、ささいなことで落ち込んだり、ナースに恋したり(嘘爆)、まぁ自分でも未体験の日々に入っていきますが、
明日6月20日入院いたします。お見舞い等は全くご無用です。またこちらでお会いできるのを楽しみにしております。
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by tiaokumura | 2011-06-19 16:33 | 癌日記 | Comments(8)

入院前最後?の外食@BIO MARIAGE

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(6月17日夜・記)
先週・先々週と病院通いで富山国際学院にはだいぶ欠勤・早退・遅刻があったが(恥)、入院日が決まった今週は病院通いは不要になって、通常の授業&仕事をこなしている。
学院長職としては毎年6月・12月は名古屋入管に新入生の申請に行く大事な月。入院、なんとかずれてくれりゃよかったんですが、人生ままならぬもんですね、入院がもろ6月の名古屋入管行きにぶつかってしまった。なんとか今日金曜日までに申請準備すませて入院へと思っていたのですが、そうはうまくいかないのがやっぱ世の中なんでしょうね、明日土曜日も出勤。しかもスタッフの高木けい子さんにも出勤をお願いしてなので恐縮至極。
幸い僕の勤務先の富山国際学院のスタッフはどの方も今回の入院には理解ある方々ばかりで、こういうところ、自分は恵まれた職場にいたんじゃなぁと嬉しい&ありがたい。
今年度はC組担当で今日が入院前最後の授業。ちょっと迷ったんですが、学生にも「癌cancerで入院することになった」と告げました。

さて今週は、入院前最後の週とあって昼食は学院近くのお店をあちこち日替わり利用。入院前のぷちゼータク^^です。今日は同僚の粕谷さんを誘って、大・大奮発してBio Mariageでランチ。このお店、僕は2回目で1回目は昨年12月22日、富山国際学院の忘年会で利用。当ブログこちらにその時の様子あり。学院からは車で約5分。
今日はランチ三種類のうち、和食で言えば「竹」になるコース^^をいただきました。メインは僕は肉、粕谷さんは魚。本日6月17日のメニュー(ランチB)は
スモークサーモンのグージェール→鯵のマリネ ラタトゥユ パテ・ド・カンパーニュ→甲殻類のキッシュ ツブ貝ブルギニョン→グリエにした奥羽牛のタリアータ・ソースバルサミコ
と続く。医者から「生野菜と海藻はダメ」と言われているので肉の付け合せの生野菜は、粕谷さんの「真鯛のポワレ・ケッカソース・バーニャカウダの野菜」の温野菜と交換しました。奥羽牛と真鯛もちょびっとずつ交換^^。こういうのってマナー違反なんでしょうけど(汗)、お店の方にひと言断って許してもらった。
癌のせいでしょうか、最近味覚がどうもおかしい(強い味に感じる料理が多い)のですが、Bio Mariage、ほとんど残さずいただけました。
デザートはテーブル横にワゴンが運ばれてきて、そこから選ぶ。僕はケーキ2種と苺シャーベットにする。コーヒーはもう2週間以上飲んでおらず、ここでも紅茶にした。

お店の方に撮っていただいた写真、左側のボク、なんか陽炎(かげろう)みたい(激爆)。ぼけたほうが美男子に見えるんかも(嘘爆)。梅雨入りした富山、この日の僕はカトマンズで買ったシャツを着てみた。写真、そこのところよくわかりませんが。
入院するといろんな食事制限ってあるんでしょうね。今のうちに食べたいものを食べておいて平気なのかなあ。
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by tiaokumura | 2011-06-17 13:45 | 美味録11年 | Comments(4)

丈草句抄(下)

当ブログ、中断しているシリーズがいくつかあるのですが(汗)、「丈草句抄」は入院前に完結しておきたいので本日投稿してひとまず終わっておきます。あれこれ書く元気がないので^^、「(下)」では僕の選んだ「丈草句十選」のご紹介でお茶をにごしておきます(恥)。「丈草句抄(上)」はこちら、「丈草句抄(中)」はこちらです。

丈草句十選。句の順序・句形は堀切実編注『蕉門名家句選(下)』(岩波文庫、1989年9月18日第1刷)に従う。(   )内は奥村の仮の訓みを現代仮名遣いで示す。
大はらや蝶のでゝ舞ふ朧月(おおはらやちょうのでてまうおぼろづき)
ほとゝぎず鳴や榎も梅さくら(ほととぎすなくやえのきもうめさくら)
うづくまる薬の下の寒さ哉(うずくまるくすりのもとのさむさかな)
聖霊も出てかりのよの旅ね哉(しょうりょうもでてかりのよのたびねかな)
郭公鳴や湖水のさゝにごり(ほととぎすなくやこすいのささにごり)
木枕のあかや伊吹にのこる雪(きまくらのあかやいぶきにのこるゆき)
とりつかぬ力で浮むかはづかな(とりつかぬちからでうかむかわずかな)
淋しさの底ぬけてふるみぞれかな(さびしさのそこぬけてふるみぞれかな)
水底の岩に落つく木の葉哉(みなそこのいわにおちつくこのはかな)
雪曇り身の上を啼鴉哉(ゆきぐもりみのうえをなくからすかな)

師をともにし師亡き後も深い交流のあった向井去来の「丈草誄」(丈艸誄)は名俳文であり内藤丈草の1級資料でもある。
丈草の死の報に接した去来はその誄を「今歳二月末の四日、月は草庵に殘る物から、禪師身まかり給ひけりと、湖南の正秀が許よりしらされけるにぞ、胸ふさがり涙とゞめかねつ。」で始める。
「丈草誄」の最後の部分を以下に引用しておきたい。胸襟を開いた友の死を心より悼む名文である。
凡十年のわらひは、三年のうらみに化し、其恨は百年のかなしみを生ず。をしみても猶名殘をしく、此一句を手向て、來しかた行末を語り侍るのみ。
  なき名きく春や三とせの生別れ


(注)
向井去来「丈草誄」はhttp://www.geocities.jp/sybrama/280kyorai.jousougarui.html
に拠った。同サイトは麻生磯次校注『風俗文選』『(日本古典文学大系92『近世俳句文集』所収。昭和39年7月、岩波書店)に拠っている。
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by tiaokumura | 2011-06-16 19:40 | 言の葉つれづれ | Comments(0)

お上のお考えなさることは、ようわからん、と民草の一人は思った

某県の某公益財団法人から同県内の某日本語学校に「平成23年度日本語教師育成支援事業のご案内」が届いたので当該某日本語学校の学院長の某氏が閲覧した。趣旨は
多文化共生時代に向け、在住外国人への日本語学習支援などを行う人材育成を目標とした「日本語教師育成支援事業」を実施いたします。この事業は外国人住民の方への日本語学習支援のため、日本語教師を目指して勉強される方に、その受講料の一部を助成するものです。
とのこと。
富山県内在住者が対象で、要件が2つ-①平成23年4月1日から24年3月31日の間に日本語教師養成講座を受講し修了すること、②平成23年10月23日(日)に実施される日本語教育能力検定試験を受験すること。
おそらくどっかのトップの思い付きから生まれた「事業」なのだろうが、アホなことを思いつくものである。そんなことにお金(税金であろう)を使うくらいなら、もっと使い道があるというものである。勉強お助け隊(米田哲雄代表)や高岡アレッセ(青木由香代表)の活動に支援するとか、県内の日本語教師のネットワーク化を推進するとか、県内各地の関係団体から意見を聞いて使える予算の配分を考えるとか、外国人が日本語を勉強するときの受講料・教材費を補助するとか、富山・高岡・射水などを横断する事例集を作るとか、外国籍の子どもの高校進学ガイダンスを開くとか、ロールモデルになる外国人の講演会を開くとかetc.。僕も年にわずかだが日本語教育関係のボランティアをするが、県内多くのボランティア団体が資金に悩んでいる。スタッフの手弁当・持ち出しは当たり前の世界。会場一つ借りるのにも四苦八苦。これでは活動の継続も広がりも継承も難しい。日本語教育に限らず行政がボランティアの「善意」に甘えている構図は全国各地似通った状況でしょうね。
お上の発想はおそらくこうでしょうね。県内在住の外国人にいつまでも富山に住んでもらいたい→そのためには外国語である日本語教育がネックになる→県内で日本語教育がスムースに行くように、優秀な日本語教師を育成しよう→「日本語教師」の資格っていうと、よく養成講座と能力検定が話題になるみたいだ。そこに支援すればいい→・・・
要件①は富山県内に該当する養成講座はないので、アルクなど通信制を想定しているのでしょうね。就職支援ならともかく、個人が勉強する民間の講座の受講料を支援するのにいかほどの意味があるのだろう。僕もそうだったが「独学」だっているのである(僕の場合は通信講座を受けるお金がなくってそれで「独学」しかなかった^^)。①が「修了」を要求しているのに対して②が「受験」(合格ではない)というのもよくわからない。もっと怪しげなのはこれが「先着順」ってこと。すぐには周知徹底されそうにない案件なのだから、本来なら期日を設けて可能な限りこの事業の宣伝に努めておいて、それから締切までに集まった応募者の中から抽選なり面接なりで支給者を決定する、のが普通じゃないだろうか。「先着順」はないでしょう。まるでせっかくついた予算を早く使いたいって魂胆みたい^^。
何人くらい応募があるんでしょうね。この「事業」の予想受益者(①も②も満たす)、僕の計算では県内に5人もいるかどうか。応募して支援決定し、その後、某公益財団法人はどんな「出口」を応募者に用意するのでしょうか。
数年前、当該某公益財団名の入った日本語学校が某県内にできたが、学生が集まらず何億の赤字を出してあえなく廃校になった。赤字は県民の税でしょうね。うちみたいに100円単位でつましくやっている民間日本語学校にはあきれかえる「殿様商売」。赤字の責任、だれか取ったんでしょうかねぇ。そんな過去のある某公益財団法人におかれましては、今回のこんな変な支援事業を思いつくのではなく、もっと現実・現場に密着した「事業」をしていただきたいものである。
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by tiaokumura | 2011-06-15 20:01 | 日本語教育 | Comments(4)

坂東眞理子・上野千鶴子『女は後半からがおもしろい』(潮出版社)

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坂東眞理子(ばんどう・まりこ1946-。昭和女子大学学長)
上野千鶴子(うえの・ちづこ1948-。社会学者)
『女は後半からがおもしろい』
2011年5月20日初版、6月1日3刷
潮出版社
1100円+税

本書、「はじめに」が坂東眞理子で「あとがき」が上野千鶴子で、「ちがいすぎる私たち」「女が道を切り拓く」「現代社会と女のあれこれ」「新しい老いのかたち」の4章構成。
ご存知でしょうか、坂東(旧姓菅原)も上野も富山生まれなんですね。「富山は・・・女の働きがなければ夜も日も明けないのに、女には意思決定権がないところ」(上野p18)で「だから女性たちは外へ出て活躍する」(坂東p19)という土地柄。
坂東が富山県人だなあと思うのは例えば「たいしたことのない私が、たまたま公務員という仕事を選んだことで今までやってくることができたんだと思うんです。だからその分、お返しする責務を負っているような気がしています。」(p51)-こういう謙虚さ(たいしたことのない/たまたま)・さりげない提言の大胆さ(だから/お返しする責務を負っている)、富山県人ならではです。身贔屓すぎるなら、北陸人に言い換えても構わない。
一方上野は「わたしは下ネタでひんしゅくを買った学者」(上野「あとがき」p145)。僕なんかも『スカートの下の劇場』、近所の図書館で借りて読みました(照)。本人の言う「下ネタでひんしゅく」って、上野のどの発言・行動を指すのか不明ですが(たくさんありすぎ?^^)、僕が今でも覚えていて、でも「いや、あれはひょっとして自分だけの幻だったんかも」ってのが、上野の朝日新聞「おまんこ」記事。何年前になるか朝日の元旦号だったと思う、上野が寄稿しその中で「おまんこ」とハッキリ書いていた。それがどのくらい話題になったのか/ならなかったのか知らない。上野が偉いのか、朝日新聞が偉いのか、どっちなんでしょうね。自由そうな日本のジャーナリズムだって天皇・右翼・山口組・総連・部落・原発・SEXなどけっこうタブーってありますよね。上野はどの程度風穴を開けたんでしょうね。

互いに相手を尊敬し認め合う坂東と上野が、こうした対談でこれまでの人生の達成感を語り合うのを読むのは、「女心のわからない貴男」(帯より)である僕にも楽しい。2人は無論茨の道を突き進んできたのだろうが、
少なくともこの30年の間に、政府の内側と外側という立場は異なっても、私たちのやってきたことが女性を取り巻く環境を変える力に少しはつながったのかな、という思いは確かにあります。(坂東「はじめに」p.2)
富山生まれのふたりの女の共通点は、ふりかえって前例のない経験をいくつも切りひらいてきて、あー、たのしかった、この時代に生きてきてよかった、と言える、その前向きの楽天性にある(上野「あとがき」p149)
2人の成功の要因は、一つには現場第1主義でしょうね。現場からの発想・現場に密着した構想。もう一つはそれと関連してのリアリスト。お茶汲みだってコピーだって別に厭わなかった、そんなところでケンカして無駄なエネルギー消耗しないようにしたんでしょうね。そして、上野には山口昌男(p56)、坂東には千石保(p57)といった強い味方もできる。余談ですが、内ゲバ・教条主義の民主党、坂東や上野のフットワーク、見習うといいのでは。

団塊世代の男がともすれば「老後は旅行や趣味に勤しんで」(坂東p142)となるのに対して、坂東も上野もまだまだ元気。
団塊の世代は・・・少なくともあと20年は健康ならばお金にならなくても、世の中のためになる活動をするというふうに生き方が変えられないものだろうか、と考えますね。これからの日本には、それが一番重要じゃないかと思うんです。(坂東p141)
「3.11」の歴史的な大震災のあとに、この本を世に送り出すことにかくべつの感慨がある。壊滅的な空襲のあとも、原爆のあとも、あてにならないおクニを頼らず、復興のために歯をくいしばってはたらいたのは女たちだった。女は弱者だ。弱者だからこそ、助け合い、分かち合うことの意味をよーく知っている。(上野「あとがき」p149)
本書タイトル「女は後半からがおもしろい」って確かにこのお2人この後の人生もすごそうですね。
二人とも、「さぁ、もうひと仕事しなくちゃ!」の気構えです。(坂東「はじめに」p5)
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by tiaokumura | 2011-06-14 20:18 | | Comments(6)

菊池雄星「ビックリするくらいのピッチャー」

当ブログ、これが1683件目の投稿になるが、これまでの記事でベスト10に入るのが「泣くな菊池雄星君、夏があるぞ!」(2009年4月2日付)だろう。←って自分で勝手に思ってるだけじゃけんど^^。ご興味がある方はこちらでお読み下さい。以下に、どのくらいケッサクかわかってもらうために(嘘爆)一部引用。
(前略)
菊池雄星君、この時間もう君は泣き止んでるかな。東北魂に満ちた不敵な面構えは戻っているかな。準優勝に終わったけど、君たちの偉業は長く後世に伝えられる。近い将来「白河の関」を初めて優勝旗が越えることも予感させる君たちの躍動だった。
君以外に君を責める者はいない。佐々木監督も川村主将も千葉捕手も、猿倉君・柏葉君・猿川君・山田君・佐藤(涼)君・佐藤(隆)君・佐々木君も、野球部みんな、野球部員のご家族、花巻東高校生・教職員、花巻市民、岩手県民・・・みんな君の熱投に「ありがとう」と言っているだろう。僕も久しぶりに高校野球に熱くならせていただいて、君と君の仲間たちに感謝申し上げたい。今どきの高校野球では珍しい「全員が県内出身」だそうだね、チームワークもすばらしい。
決勝戦後の佐々木監督・川村主将の弁もすばらしい。準優勝で満足なんかしていない。その意気軒高たるや、よし。
恥ずかしながら僕は花巻と言えば宮沢賢治しか知らなかった。賢治の「春と修羅」の一節を引用したい。
・・・雲はちぎれてそらをとぶ/ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ・・・(ちくま文庫版『宮沢賢治全集Ⅰ』p30)
今の君が「修羅」かどうかはわからないが、ネットで君が泣いたことを読んで「春と修羅」を連想した。今回の君たちの活躍を僕は「イーハトーヴ旋風」と名付けたい。君たちは「風の又三郎」たちだったかも。
君はもう明日から練習開始だろうね。授業も始まることだろうね。やがて始まる岩手県予選を勝ち抜いて、君や君の仲間たちが夏の甲子園に登場することを、ここ北陸の地で願っています。
泣くな菊池雄星君、夏があるぞ!
-以上、引用

そんな菊池君の「プロ野球初登板初先発」ということで、昨日6月12日の午後2時からTV(BS朝日?)にかじりついた^^。
注目の初球は145キロの直球。1回1失点するもまぁまあ無難な1・2回だった。2回裏に西武が逆転。その時、ベンチ前でスローイングをしている菊池をTVカメラが映し出した。味方の逆転に笑顔がこぼれる菊池-その時、「あ、これはこの後打たれるな」と僕は思った。19歳の若者に酷だが、この程度のことで笑顔を見せているようではプロとは言えない。案の定、3回表、菊池は阪神打線につかまりあえなくKO。菊池のプロデビューは、2回1/3・53球6被安打4失点。チームは再逆転したので負けはつかず。こういうところは(皮肉ではなく)強運の持ち主なのかもしれない。
今日は新聞休刊日だが、ネットに試合後の会見記事あり。この程度のデビューで試合後に会見もいかがなものかと思うが、ニュースヴァリューがあるとジャーナリズム(あるいは西武球団)は判断したんでしょうね。webの日刊スポーツによるとその会見で菊池は号泣したそうな。
・・・何度も目頭を拭き、はなをすする。「去年のことはすべて自分に必要な経験だったのかな。誰にも話せない悩みとかがあって、いろんなことを言われたり書かれたりして。(ファンの)声援を聞いて報われました」。絞り出した声が震えていた。
昨春の入団以来、苦しい日々だっただろう。高校時代とは比べ物にならない厳しいプロの世界。己の能力に絶望し、周囲の期待に押しつぶされる。ただそうは言っても試合後のインタビューでこのように告白するのはプロとしていかがなものだろうか。ダルビッシュ有だって未成年喫煙の時は袋叩きだったが、たくましくも地獄の底から這い上がってきた。田中将大も何度もボロクソに言われながらそれなりの結果を出してきた。菊池君には悪いが、なんだか女々しい気がしてガッカリ。
超高校級という鳴り物入りでプロ入りしても、大成しなかった選手のほうが圧倒的に多いだろう。読書家で頭がよくて純朴な菊池君らしい昨日の「プロデビュー物語」(ご両親も観戦)なのだろうが、僕は正直ガッカリであった。ダルビッシュ、田中、涌井らプロとしてのお手本はまわりにたくさんいる。彼らに一歩でも近づけるように、今の自分には何が足りないのか、気迫なのか球種なのかスピードなのかコントロールなのか投球術なのかスタミナなのか、冷静に自分を見つめるべきだろう。菊池君には、自分がプロとして生き残れる道(個性)を一日も早く見つけてほしい。「雄星伝説」を紡いでいってほしい。今のままでは2軍落ち→引退である。
会見の最後の彼の以下の弁に菊池君らしさを感じた。
こんなところで終わるような人間であってはいけない。ある意味ここがスタートライン。今日のピッチングでもっとうまくなりたいと思った。ビックリするくらいのピッチャーになって、もう1回かならず西武ドームで投げたい。
ビックリするくらいのピッチャー」、ホロ苦いデビューではあったが、やっぱり僕はこれからの菊池雄星君に期待したい。
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by tiaokumura | 2011-06-13 20:20 | このブログのこと | Comments(0)

わたしと3.11 「アジア子どもの夢」代表 川渕映子さん(朝日新聞富山版2011年6月12日付)

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朝日新聞富山版に連載中の「わたしと3.11」の今朝は川渕映子さんだった。記事中のリード部分を以下引用。
富山市のNGO「アジア子どもの夢」の代表、川渕映子さん(61)は、ほぼ毎週の日曜日、宮城県石巻市に出向く。仲間と一緒に、炊き出しをしたり生活物資を配ったり。東日本大震災の発生から3か月。車に積み込む支援物資は、被災者の表情とともに、少しずつ変わってきた。(朝日新聞2011年6月12日付 久永隆一記者)

アジア子どもの夢」のボランティアバス第1便が現地に入ったのは3月20日で、僕がそのことを知ったのは高才弘さんからだったかなあ。川渕さんも高さんもそうですが、ここ数年、いろんな人とのネットワーク、自分にはできてきてるんですね。ありがたいことです。
ボランティアバス、僕は4月9日・夢ハウス発の第4便にちょこっと混ぜていただいた。0泊3日^^とか聞いてて、体力持つかなあと心配だったのですがなんとか夜行バス往復できました。現地では主に「ヤキソバ」係りを担当。その時の体験は当ブログ記事「いざ石巻へ」「ぷちボラ@石巻」ご参照。もう一度現地に行きたいと思っているうちに癌が見つかってもうて(汗)当分行けそうにない。秋口にでも体力が回復したら再訪できるかなあ。

朝日記事との関連で2つのことを書いておく。
義捐金」、国内・海外からずいぶん集まったはずだが、未だ被災者の方々に届いていない。いろんな事情があるにせよ、遅すぎですよね。「お金」のありがたさ・必要度・安心感って我々の日常生活でさえ当たり前。ましてや被災者の非日常生活にどれほど「お金」は効果を発揮することか。政府・国が頼りにならない今日だからこそ、せめて義捐金が一日も早く被災者の方々の許に届いて役に立ってほしい。これからも何年も何十年も続く長丁場、募金活動の継続も大切でしょうね。ただ前述のように義捐金が必ずしも有効に生かされていない現状を思うと、同じお金を出すのなら義捐金募金以外もアリなんじゃないだろうか。被災地の自治体に直接送るってのも一つだし、僕がここで特に提言したいのは「アジア子どもの夢」のような信頼できる団体に寄付すること。志ある諸団体が資金不足で充分な活動ができないでいる現状、なんとかしたいですね。
もう一つ。「アジア子どもの夢」ボランティアバスは5月22日が第9便で、次回第10便は6月26日になります。第10便についてブログ「NGOアジア子どもの夢 東北地震支援プロジェクト」より以下転載。
日 程:
 6月25日(土)夜8~9時ごろ出発
 6月26日(日)石巻市 湊地区、渡波地区
 6月27日(月)夜中の1時目標で富山に帰ってきます。
集 合:夢ひろば
 午後5時ごろから、積み込みなど始めます。
 お手伝いに来ていただける方、よろしくお願いします!
参加者持ち物;
・カッパ(上下)
・運動靴
・長靴
・軍手(ゴム手もあった方がいいです)
・ゴーグル(風の強い時に欲しいです)
・マスク
・食事代(帰りはサービスエリアで夕食をとれます)
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by tiaokumura | 2011-06-12 13:36 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(2)