<   2011年 04月 ( 18 )   > この月の画像一覧

ルイ・マル監督『死刑台のエレベーター』@フォルツァ総曲輪

f0030155_1921656.jpg
(4月30日夜・記)
TVでは『東京物語』『二十四の瞳』などを観てましたが(大枚5万円をはたいて買った地デジ対応とかのテレビ受像機ですもんね、ちょっとずつモト取ってます^^)、劇場で映画を観るのは今年初めて。昨日フォルツァ総曲輪『死刑台のエレベーター』(ASCENSEUR POUR L’ECHAFAUD。1957年)観ました。
休日を家で過ごし午後5時過ぎに入浴・着替え、家を出てポートラムで城川原→富山駅北口。富山駅の地下通路を通って南口へ。市電で富山駅前→西町。全国的には珍しいでしょうね、富山県、富山市に2路線・高岡市に1路線、市電があります。西町で降りて総曲輪(そうがわ)通り真ん中あたりにある、紀伊國屋書店・末弘軒・DONQ。7時前にフォルツァ総曲輪に入る。休日&上映最終日ってことででしょうか、観客30人くらい。僕がフォルツァ総曲輪で観た中では一番多い観客数かもしれない^^。

ヌーヴェルヴァーグ(Nouvelle Vague)の傑作『死刑台のエレベーター』(ASCENSEUR POUR L’ECHAFAUD)。
監督はルイ・マル(Lous Malle1932-1995)。25歳という若さでの監督デビュー作。前年にクストーと共同監督で『沈黙の世界』(LE MONDE SILENCE)を作っている。彼、金持ちの家に生まれた有利もあったのでしょうが、それより何より迸る才能に恵まれていた。本作品がフィルム・ノワールの傑作なら、去年フォルツァ総曲輪で上映されたスラップスティックの名作『地下鉄のザジ』(ZAZIE DANS LA METRO)も彼。
撮影はアンリ・ドカエ(Henri Decaë1915-87)。『恐るべき子供たち』『大人は判ってくれない』『太陽がいっぱい』『シベールの日曜日』なども彼。
カララ社長夫人フロランスにジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau1928-)。ヌーヴェルヴァーグを代表する女優。ゴダールとは『女は女である』(Une femme est une femme)、トリュフォーとは『突然炎のごとく』(Jules et Jim)、ブニュエルとは『小間使の日記』(Le Journal d’une femme de chamber)。ルイ・マル監督『ビバ!マリア』ではブリジット・バルドーと共演。他にミケランジェロ・アントニオーニ監督『夜』(La Notte)なども。
ジュリアン・タベルニエにモーリス・ロネ(Maurice Ronet1927-83)。この映画の3年後のルネ・クレマン監督『太陽がいっぱい』(Plein Soleil)ではアラン・ドロン、マリー・ラフォレと共演。他にロジェ・ヴァディム監督『輪舞』など。
そして忘れてならないのがマイルズ・デイヴィス(Miles Dewey Davis Ⅲ1926-91)の音楽。彼、パリで現地のジャズメンを率いてラッシュに合わせての即興演奏だそうです。セッション・即興・心理描写-映画史に永遠に残るサウンドトラックです。
アンリ・ドカエが40代で、ジャンヌ・モロー、モーリス・ロネ、マイルズ・デイヴィスが30歳前後、そしてルイ・マルが25歳。時代が若き才能を結集させたのでしょうか。

冒頭から観客を引き込む。電話で話し込むフロランスとジュリアン。2人は不倫関係にある。2人の愛の成就のためには社長を殺すしかないと訴えるフロランス。土曜日、ジュリアンはビルの壁伝いに社長室に侵入し、社長を銃殺する。完全密室にして自殺に見せかけるジュリアン。完全犯罪は成功したかに見えたが・・・。
映画でしか表現できないことってありますよね。この映画、ぜひ実際に観てください。映画ってこんなにすごいものかとおわかりいただけます。究めつけの傑作です。

当ブログで調べたら、僕、去年は映画館での映画を8本観てるようで(記憶アホなんでよう覚えとらん)その全てがフォルツァ総曲輪。6月にシネモンド(金沢)にゴダールを観に行きますが、フォルツァ総曲輪、今年もあと何回か利用させていただきそうです。料金、シニアなんで1000円ってのもありがたい。更に!、5回観ると1回無料ってサービスも。でも今みたいな観客数じゃ赤字でしょうね。
富山の皆さまフォルツァ総曲輪をもっと利用してください。映画館のスクリーンで観る映画って絶対すごい。

(注)本記事はWikipedia日本語版・フランス語版・英語版などを参考にさせていただきました。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-29 19:02 | 映画 | Comments(0)

当ブログご訪問者15万に到達しました。

初投稿です。
日本語教師って何だ?って人もあるかもしれませんね(汗)。
毎日更新は無理かもしれませんが、いろんな思いを伝えていこうと思っています。
これから、よろしくお願いします。

2005年12月29日15:06能登貴史さん(前記事にご登場)のPCTOOLでのこの初投稿から始まった「日本語教師・奥村隆信 ひとり語り」、たぶん今日の昼過ぎでしょうね、150000アクセスに達しました。開設以来5年4か月。
1年15万はもちろん1日15万なんてブログもあるでしょうから、5年4か月で15万なんてどうってことない数字でしょうが、素直に嬉しい気持ちです。この記事が1662件目の投稿なので、1件あたり約90人にお読みいただいてる計算になるでしょうか。
当ブログご訪問者皆さまに感謝いたします!

ブログ内を検索したら5万が2008年9月29日、10万が2009年12月23日でした。「相本氏、衆議院議員選挙出馬」記事には賛否両方からコメントが殺到し「祭り」状態になりいささか焦りました。また、某記事に対して勤務先の富山国際学院に抗議のFAXが来た時もちと焦った^^。ネット社会(とりわけ本名でブロガーになってる場合)、いろいろあるんでしょうね。本名で発信するリスクは当然ありますが、まぁそれも自分が選んだ道、これからもこのままで続けて行きます。一般人誹謗中傷と企業秘密には気をつけますが^^。

当ブログは意見・主張はほとんどなく、僕が出会った人・モノ・ことの紹介が主のブログです。「1記事が長すぎる~」「理屈っぽい」「文章、下手―」などの批判も直接によく受けますが(汗)、それも奥村の個性とあきらめて^^引き続き当ブログをご愛読ください。
コメントはどなたでも自由に書けます。エッチ関係や金もうけは削除しちゃいますが(激爆)。ブロガーの楽しみはコメントを読むこと。コメントを読まない限りどんな方が訪問されてるか全くわからない。お気が向いた時にはぜひコメントをよろしくお願いします。本名を書く必要はありません。

飽きっぽい自分がよう5年4か月も続けられたもんだと我ながら感心します。性に合っとったんでしょうね。ブログねた見つからんで更新できない日も多いですが、それでも月平均15件くらいは更新してるでしょうか。
ワシ、けっこうジジイ化進んどるんで(大汗)いつ止めるかわからん「日本語教師・奥村隆信 ひとり語り」ではありますが、
これからもよろしくお願い申し上げます!
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-28 17:27 | このブログのこと | Comments(10)

飲み会@一粋

f0030155_19405782.jpg
(4月27日夜・記)
アップした写真、右から宮田さん・粕谷さん・能登さん・米屋さん・僕。昨日26日(火)、富山市桜木町(新宿歌舞伎町みたいなところ)にある「一粋」での飲み会風景。

能登貴史さん(PCTool)とは柳原正年大人(大楽セミナー)の紹介で2005年12月に知り合った。当時、富山国際学院のホームページをリニューアルしようってことになって、「誰か教えてくれる人いないでしょうか」と柳原さんに問い合わせたら「能登さんがよかろう」ってことだった。年末の5日間、能登さんのPC工房(婦中町)に同僚2人と通った。最終日に能登さんのお薦めで始めたのがこのブログです。能登さんは当ブログの生みの親です。
米屋保雄さんは、これまた柳原さん絡み。人と人との出会い・つながりっておもしろいもんですね。去年の11月ころだったか柳原さんからメールが来て、「日本語教育に興味ある人がいて、まもなく還暦なのだけど、富山大学人文学部の社会人選抜に合格して来年4月から『富山大学1年生』になる」といった内容。僕じゃなくても興味もてますよね。やがて米屋さんと何度かメールのやり取り。昨年12月、同僚の粕谷さんも誘って3人で「真酒亭」で飲み会しました。米屋さんは「社長」職にあったのですがそれを引退して2011年4月から富山大学に4年間通う。すっごい方です。

1か月ほど前、米屋保雄さんからメール。「能登さんも誘って飲み会しませんか」ということだった。米屋さんと能登さんとのつながりって、その時まで知らなかった(10年くらいのお付き合いのようです)。富山国際学院同僚の宮田さん・粕谷さんも参加表明し、5人での「飲み会」決定。メールを通して日時設定し、お店と予算は米屋さんにお任せ。
4月26日午後6時半、一粋。店を見つけるまでにキャバクラの呼び込みに誘惑されそうになった(激爆)。そういう町なんです、桜木町って。
5人集まったところで、米屋さんの大学入学を祝して乾杯。自分、いつもなら生ビールなのですが、ここんとこ調子悪く、どうも生ビールってしんどそうで、アルコールメニューに「水割りウイスキー」があったのでお店の人に「ウイスキーお湯割り」を作ってもらった。この夜、4杯くらい飲んだかなあ。
能登さんとの飲み会は初めてです。ただし、能登さんは呉西の某市に家があって車で帰るのでノンアルコール。能登さんってチョー忙しい方なので、こういう機会はめったにない、IT関係についてあれこれ教えてもらった。YouTubeのこと・ブログのこと・iPadとiPhoneのこと・クラウドのエバーノートのことなど。僕はどちらもやってないのですが、「ツイッターは掲示板の発展形、FaceBookはメールの発展形」って能登さんの話、なるほどと思った。今のところツイッターもFaceBookもやるつもりはない。ブログが精一杯だなあ、僕は。IT、どんどん進化・深化してるわけだけど、結局自分が「何をしたいか」が大事なんでしょうね。What to(何がしたいか)がしっかりしてないとHow to(ツール)は出てこない。
米屋さんは若い連中に混じって大学1年生生活を満喫してる感じ。授業は3週目に入ったそうです。粕谷さんや僕の富山大学言語学コースでの教官、K先生・Y先生・A先生とも面識ができたとのこと。富山大には米屋さんの高校の同級生で人文学部2年生のTさんて方がおられるそうで、次回の飲み会はTさんも一緒にってことになった。米屋さんもTさんもポスト団塊世代ということになろうか。実に元気ですね。
飲み会@一粋、ここんところ飲み食いに支障が出とるのに、この夜は、メンバーが良かったんでしょうね、よく飲みよく食べました。〆には温かい氷見うどん。

お店を出てからが大変だった。完全ヨッパ状態(久しぶりかも^^)で、粕谷さんにタクシーをつかまえてもらって富山駅北口へ。700円。北口でポートラム乗車、城川原下車。そこから自宅まで普通なら10分なんに、30分以上もかかった(恥)。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-26 19:40 | 美味録11年 | Comments(3)

楽しみな「若冲ミラクルワールド」(NHKBSプレミアム)

今夜から4回にわたって、NHK・BSプレミアムで「若冲ミラクルワールド」放送。
25日「色と光の魔術師 奇跡の黄金の秘密
26日「命のクリエイター 超細密画の謎
27日「千年先を見つめた絵師 ボーダーレスJAKUCHU
28日「黒の革命 水墨画の挑戦者
(午後9:00~10:29。28日のみ午後8:00~9:29)
ナビゲーターは松本潤大野智。皆さんは「」ってわかりますか? ワシ、ほとんどわからん(恥)。僕が、「嵐」のメンバー中で唯一名前と顔が一致するのは、10年ほど前に「金田一少年の事件簿」(古すぎ^^)で覚えた松本潤。Wikipediaによると松潤(って略すそうです)は最年少メンバーだそうで(それでももう27歳)、身長・体重は僕とほぼ同じ(←松潤ファン、怒らんといてね^^)。
自分、20年以上人気No.1の××××だってメンバー中2人の区別が長い間ようつかんで^^、「全裸酔っ払い@公園」でやっと区別がつくようになった(激爆)。「そんなんでよう日本語教師やれるもんじゃね」って言われそうですが、そこはよくしたもので、わからんときは学生に教えてもらう。学生の日本語発話の練習にもなって一石二鳥なんです。宇多田ヒカルだって、そのデビュー時に、台湾人女子学生に教えてもらいました。藤圭子の娘だと知ってビックリ。

伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう1716?-1800)を『大日本人名辭書(一)』(講談社学術文庫版。昭和55年8月)より引いておく。原文縦書き、漢字・句読点など奥村の恣意による。
京師の画家。初めの名は春教、後汝釣、字は景和、若冲は其の号、又斗米庵と号す。青物問屋の主なり。幼より画を好み、初め狩野家に学び、後元明の古蹟を模修し、又光琳の筆意を混じて一流の画風を出せり。人物、山水、草花、鳥獣等を能くす。殊に鶏画に巧みなり。家に鶏数頭を養ひ、数日其の形状を黙視して後揮毫す。故に筆意其の真に入る。恰も静動鳴啄を為すが如し。然れども、形似を事とせず、専ら写意を主とせり。世人大に感賞して、其の名一時に伝播す。後京師の深草石峯寺の側に閑居して、黄檗派の和尚伝玽に附属す。偶々鶏の画を請求する人は、必ず米一斗を以て謝礼とす。故に斗米庵の号あり。寛政十二年九月十日歿す。年八十五(p264下段-p265上段)

去年だったか、僕、石峯寺に行って来ました。
富山、4月も下旬だというのに気温上がらない。自分、まだこたつしています。今夜はこたつに入ってのTV鑑賞です。

(4月26日朝・訂正)
昨夜から始まった「若冲ミラクルワールド」のナビゲーターは松本潤ではなく大野智です。お詫びして訂正いたします。「おおの・さとし」って読むのでしょうか。蜷川作品でデビューした藤原を丸っこくしたような感じのタレントです。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-25 19:43 | 美術 | Comments(0)

2011年4月の読書

f0030155_1910432.jpg
藤岡靖洋(ふじおか・やすひろ1953-。ジョン・コルトレーン研究家、呉服店経営)
コルトレーン ジャズの殉教者
2011年3月18日 第1刷
岩波書店(岩波新書) 800円+税
自分、ジャズはド素人ですが、「ジャズ史上ビッグ3をあげよ」と言われれば、「チャーリー・パーカー、マイルズ・デイヴィス、ジョン・コルトレーン」にするでしょうね。3人の選択、人によってルイ・アームストロングだったりカウント・ベーシーだったりセロニアス・モンクだったりビリー・ホリディだったり・・・でしょうが、10人中7人はジョン・コルトレーン(John Coltrane1926-67)をビッグ3の一人にあげるような気がする。
本書、「ジャズの可能性を極限まで追求した男の全生涯を描く」。藤岡靖洋は僕は初めて知った名前ですが、すっごい人みたい。コルトレーン関係の英文著書もあります(英米で受賞歴もあり)。肩書がカッコいい。「ジョン・コルトレーン研究家、呉服店経営」ですもんね。
本書、ザ・タイガース(沢田研二ら)から筆を起こしコルトレーンの1966年来日につなげる。コルトレーン・クインテット(ジョン以外のメンバーは、ファラオ・サンダーズ、アリス・マクロード、ジミー・ギャリソン、ラシード・アリ)はこのとき、東京・大阪はもとより広島・長崎でもコンサートを行っている。ただこのツアー、きつかったんでしょうね(16日間で8都市15回の公演)、翌年7月17日、40歳という若さで亡くなる。
マイルズ・デイヴィズは「第2章 三人の友」(あとの2人はセロニアス・モンクとソニー・ロリンズ)、『至上の愛』は「第5章 決意」で詳しく取り上げられています。ラヴィ・シャンカルは「終章 昇天」などで。
本書、まさにコルトレーンの「決定版評伝」でしょうね。瑕疵ですが、人名索引・曲名索引があったら、ボクのようなド素人には大助かりだったでしょうね。

井上ひさし(いのうえ・ひさし1934-2010)
日本語教室
2011年4月10日 2刷
新潮社(新潮選書) 680円+税
昨年4月9日に亡くなった井上の言葉で最も人口に膾炙しているのは
むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはあくまでもゆかいに
でしょうね。
僕は理由が3つ(非公開^^)あって井上はほとんど読んでいません。へそまがりなんでしょうね、自分。「ひょっこりひょうたん島」は高三・大一の時に放映。
中学3年の国語教科書(光村図書)に井上『握手』が採択。すっかり教科書定番になっている作品でしょうね。「わたし」が戦中のルロイ修道士への扱いを悲憤慷慨すると、ルロイ修道士は言う、「総理大臣のようなことを言ってはいけませんよ。だいたい、日本人を代表してものを言ったりするのは傲慢です。それに、日本人とかカナダ人とかアメリカ人といったようなものがあると信じてはなりません。一人一人の人間がいる、それだけのことですから。」。また、「わたし」が「本当に天国がありますか。」と聞くと、ルロイ修道士は「あると信じるほうが楽しいでしょうが。死ねば、何もないただむやみに寂しいところへ行くと思うよりも、にぎゃかな天国へ行くと思うほうがよほど楽しい。そのために、この何十年間、神様を信じてきたのです。」と答える。
本書は、「母校・上智大学で行われた伝説の連続講義を完全再現」だそうです。2001年10月から毎月1回で、「日本語はいまどうなっているか」「日本語はどうつくられたのか」「日本語はどのように話されるのか」「日本語はどのように表現されるのか」の4講義。

横溝邦彦・加藤礼次朗・根本哲也・山下京子
コミック 帝国ホテル物語 120年の最高
2011年2月28日 第1刷
発行所・ホーム社 発売元・集英社 1200円+税
村上信夫(1921-2005)は私が尊敬する日本人百人の一人(っても百人リストアップしたわけじゃありませんが^^)。村上信夫『帝国ホテル厨房物語 私の履歴書』(2002年4月。日本経済新聞社)は僕の愛読書の1冊。鍋屋時代・シベリア抑留時代・犬丸徹三帝国ホテル社長からフランス行きを打診されたときのこと・東京オリンピック・バイキングなどなど、もう内容はわかっていても何回読んでもスリリング。
本書、村上信夫は「第三章 伝説の料理人 村上信夫 田中健一郎」(原作・横溝邦彦 漫画・根本哲也)に。フランク・ロイド・ライトは「第二章」、小池幸子は「第四章」です。
帝国ホテルにはたぶん1回も入ったことがありません。上京の折、チャンスがあったら寄ってみようかしらん。追い出されたりせんじゃろね^^。

馬場雄二(ばば・ゆうじ1938-。東北芸術工科大学名誉教授)
この字 なんの字 不思議な漢字
2011年4月1日 初版第1刷
大修館書店 1200円+税
馬場を知ったのは30年ほど前になるでしょうか、富山にUターンして勤め始めた会社で数学担当のYさん(彼女は富山市の老舗菓子店のお嬢さんだった)に教えてもらった漢字ゲーム「漢字博士」で。その後馬場の著書などは奥村学習塾や日本語教育などで参考にさせていただいています。非漢字圏の漢字指導に生かせる教材・ヒントがいくつもあります。
馬場は著書多数。最近では『漢字のサーカス』シリーズ(岩波ジュニア新書。全3冊)も。

編者・講談社
バカ田大学 入学試験問題 馬科
2011年1月11日 第1刷
講談社 952円+税
新聞紹介で知って注文。「買わなきゃよかった」本です(ごめんなさい、出版にあたられた皆さま)。要は、アナグラムや昔の駄洒落やパズルや寒いギャグなどを集めただけのこと。浅野忠信・松尾スズキ・みうらじゅん・坂本龍一ら「卒業生からのメッセージ」もつまらない。赤塚不二夫(1935-2008)が関わらないとこういう本になっちゃうんでしょうね。
でも、こういう本が好きって方もおありでしょうから、ここで紹介するのだ。これでいいのか!? これでいいのだ!!
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-24 19:10 | | Comments(0)

オクムラくん、前立腺肥大症と診断されるの巻

ここんところ悩まされている夜間頻尿^^、1回医者に行こうと思った。ひどい時は夜中に5回くらいおしっこに行き、しかも尿意だけかと思いきや、けっこうな量がその時々に出るんですね。放尿の快感はまあありますが(照)、どうやら睡眠不足気味に。勤務先の富山国際学院での今年度は、担当授業が全部午前なんで、さすがに授業中に眠くなるってぇことはありませんが(たまにあくびが出る)、午後になると執務中に眠気に襲われ、ふと気づくと夢路を辿っとったり(←企業秘密^^)。
このままじゃあかんと思った。幸い今年度は、仕事するばかりが能じゃないと専任が週1日休みを取ろうって理想を掲げ(嘘爆)、まあまだ新年度始まったばかりなんですぐには平日1日休みは無理で、とりあえずボクの場合は第2・4金曜日に半休にした。だけど「4月第2金曜午後」はまだ決定前じゃったので休み損ねたけんど(泣)。で、今日(第4金曜日)、引継ぎや国際電話を済ませて1時半過ぎに富山国際学院を出て帰宅。家人、ちとビックリ。事前に言っとらんだ。
Googleで「泌尿器科 富山」で検索したらよさそうな医院が3件見つかり、2時頃そのうちのX医院に向かう。X医院は2時半が午後の診察開始で、その前に受付を済ませる。自分、病院ってあんまし来んので受付にちととまどう。藤岡靖洋『コルトレーン ジャズの殉教者』(岩波新書)を持っていっとったんですが、睡魔に勝てず待合室でうとうと。来てから50分ほど待ったでしょうか、受付番号17を呼ばれる。
診察室に。おしっこを取るように言われる。出んのじゃないだろうかと心配しましたが、自分、パブロフの犬なんでしょうね^^、トイレに入ったら尿意を催し無事コップに8分目の適量を放尿。
再び待合室で待ち、再び診察室に。ここで「衝撃の初体験」が! ベッドに仰向けになる。指示に従ってズボンとパンツをずり降ろし、膝を抱える姿勢をとる。医者(40代くらいの男性)が「痛いかもしれませんが、肛門に云々」とのたまう。5秒ほどおいて男性医師の、どの指でしょうか、肛門にめり込んでいく。激痛×∞! ワシ、坐薬は入れたことはあるけんど、64年間アナルヴァージン守ってきたんですもんね。痛いのなんのって、ガマンできない。これがビスチェ&ガードルのうら若きフランス人女性にピンヒール突っ込まれるなら、「カイカ~ン♪」なんでしょうけどね(激爆)。医者も難儀な職業なんですねぇ。ジジイの肛門に己の指押し込まんならんなんて全く因果な商売。医者=金持ちですが、世の中、カンタンに金儲けできん仕組みになっとる。ま、それはともかく、患者としてはいやはや実に痛かった。痛みのせいでウンコが出そうになって焦った(爆)。お医者さんは肛門から何か入れて検査したかったようですが、それはあきらめる。腹部に何か塗ってそれで検査しました。
再び待合室に。しばらくして3度目の診察室。コンピューターで画像を見せてくれる。「前立腺ってわかりますか?」と聞かれるので「よく知りません」と答える。医師から前立腺の説明。画像を見ると膀胱の下にある。その前立腺が僕は31.68(単位は何じゃろう)ある。通常は15~20だそうです。「前立腺肥大症」の診断がくだる。
受付で4660円を支払い、セルニトン錠(1日3回毎食後服用)・ステープラOD錠(1日1回夕食後服用)をもらう。前者は排尿障害を治し、後者は夜中の尿回数をセーブしてくれるそうです。
X医院を出て車で家に向かう途中、突然「大福」が食べたくなった。通勤路にお餅屋さんがあるのでそこに立寄って大福・柏餅各1個買う。4時半過ぎ帰宅。

Wikipediaに「前立腺肥大症」ありました。「前立腺から分泌される前立腺液は精液の構成部分」だそうです。そんなことこの年まで全く知らずに×××も××××もしてきとった(恥)。「年齢とともに生殖能力が必要でなくなるために、前立腺は萎縮するか肥大するかの二者択一の道を選ぶ」んですって。確かに加齢と生殖能力ってそうなんかもしれん。人間の男だってオスですもんね。そういえば自分、ネットで××も××も××に××る××を見てても、全く××せんよーになっとるかなあ。
Wikipediaにおもしろい記述。かつての日本人男性は二者択一の道のうち「萎縮」だったのが、「食生活の向上・欧米化により、現在では80歳までに日本人男性の80%が前立腺肥大症になるといわれている」そうです。僕は和食派のつもりですが、それでも「肥大」のほうなんですね。

今回とは別なんですが、先日勤務先の富山国際学院に健康診断の案内が来てたので、5月14日(土)に家の近くの総合病院で検査してもらいます。こういう健康診断なんて人生初。いろんな病気見つかるんだろうなあ。子宮ガン・乳ガン以外のあらゆるガンが可能性あるかも。

脳動脈瘤+前立腺肥大症、これで自分も晴れて高齢者のお仲間入りができるかも^^。同世代での病気の話題にもこれである程度ついていけるかな。男同士で前立腺の肥大具合を張り合ったりして(嘘爆)。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-22 21:42 | このブログのこと | Comments(8)

「稲むらの火」

今回、津波では「稲むらの火」、Fukushima50では「グスコーブドリ」、復興計画では「後藤新平」を見聞きしますね。「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」(Otto Eduard Leopold von Bismarck-SchönhausenのNur ein Idiot glaubt,aus den eigenen Erfahrungen zu lernen. Ich ziehe es vor,aus den Erfahrungen anderer zu lernen,um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.から生まれた名言-誤訳とも言えるか)とか。21世紀の今にあっても、否今だからこそ、先人の遺賢に学ぶべきことは多いのでしょうね。

今年度はどうやら無理ですが来年度以降の取組みの準備として、先日、小中学校の教科書を買いに行きました。富山市内では北日本新聞社本社の横の道を入ったところに教科書供給会社があります。塾をやっていたころは教科書改訂になるたびに通ったものです。小学校5・6年の算数(上)(「下」は9月にならないと買えない)・国語、中学校5教科の教科書を購入。大震災で一般人の購入は難しいかと思いましたが、被災地の教科書、順調に供給できたんでしょうね、希望教科書全部変えました。
今年度は小学校の改訂の年(中学校は来年改訂。教科書改訂、新聞でも話題にしてましたね)。前回の改訂時は知らないのですが、「国語」(富山市内は「光村図書」版)は上下2分冊じゃなく合冊になったんですね。5年の「大造じいさんとガン」「わらぐつの中の神様」、6年の「やまなし」「海の命」「生きる」は定番でしょうね。新美南吉は「あめ玉」(5年)。5年で本川達雄「生き物は円柱形」、6年で中村桂子「生き物はつながりの中に」。お二人は科学者にして名文家でもあるので、小学生のうちから読めるっていいことでしょうね。「朝読」や「声に出して読みたい日本語」やNHKの子供向け番組の影響もあるんでしょうね、日本古典が重視され、5年で「今は昔、竹取の」「春はあけぼの」「祇園精舎の」「子曰く」「高名の木登り」、6年で「柿山伏」「天地の文(福澤諭吉)」など掲載。せっかくの名作も教科書に載るととたんに色あせてつまんなくなる^^ってことが多いのですが(たぶんそれは先生・授業・宿題・テストのせい?)、子どもたちが教科書の作品中から1編でも1行でも片言隻語からでもイラスト1つからでも何かを掴んでもらえたら嬉しいですね。

「国語五年・銀河」(光村図書)に、河田惠昭「百年後のふるさとを守る」(pp60-71)が載っている。「伝記」単元で、以前だったら田中正造だったところでしょうか。同作品、冒頭20行が引用で続きに
これは、1937年(昭和12年)から約十年間、小学校の教科書にのっていた「稲むらの火」の始まりの部分である。
とある。実は僕は小学校高学年の時に「稲むらの火」を読んでいるんです。河田の記述の年代からいけば、僕の場合は「国語教科書作品」ではなく、副読本か道徳かあるいは当時のご担任の城野義雄先生(故人)が何かから出してこられたのか。記憶アホのボクが、そんな50年以上前の読書体験をなぜ覚えているかというと、僕は「稲むらの火」を読んで感想文を書いていて、そしてその書き出しの
五兵衛はえらいなあ。
をこの年になっても^^覚えているからなのである。僕はこれまでの長い人生(?)で書いたあれこれの中で、たった3回だけですが「これはよくできた!」ってのがある。その栄えある(嘘爆)1回目が小学生時代の「稲むらの火」感想文。小学生の感想文ってぇものはふつう、まずあらすじを書いて(字数を稼ぎ^^)、それから主人公の気持ちになって、最後に小学生なりの教訓や決意を書くってなのが定番でしょうが(イマドキは違うか)、10歳ころのタカノブ少年はいきなり「五兵衛はえらいなあ。」って書いたんですね。いや~。我ながら「アッパレ!」っす(嘘爆)。あの時、神が舞い降りたのかも(嘘爆)。

ネットは便利ですね。ちょっとあれこれ調べてみました。時系列で整理すると
小泉八雲(こいずみ・やくもPatrick Lafcadio Hearn1850-1904)が濱口儀兵衛(1820-86)の史実を基にA LIVING GOD(Ⅰ~Ⅲの構成)を発表。作中ではHamaguchi Gohei。
中井常蔵(1908-1994)が旧制中学(濱口儀兵衛らが創建)時代に八雲の作品を読み感銘を受ける。昭和6年、文部省が小学校の教材を全国公募したとき、八雲のⅢを基に小学生向けの作品を書き応募、入選。
③中井「稲むらの火」が昭和12年から22年まで国定教科書・尋常小学校五年生用「小学国語読本巻十」「初等科国語六」に掲載される。

今回稲むらの火A Living Godもネット上で読めました。「稲むらの火」はこちら、"A Living God"はこちらです。「稲むら(稲叢)」と言っても都会育ちの若い方にはわからないでしょうね。「刈り取った稲を積み重ねたもの」(『大辞林 第三版』p167・3段)です。
A LIVING GODのⅠで八雲は神道について述べる。続くⅡでは神社と村民の関係。Ⅱでいくつかの例を引いて八雲は言う。
A curious fact is that this obligation of mutual help extended to religious matters: everybody was expected to invoke the help of the gods for the sick or the unfortunate, whenever asked to do so.
今回の大震災での日本人の秩序ある行動、その後の支え合い・助け合いは、各国の驚嘆を呼んだようですが、我々日本人のそのような態度は昨日今日に始まったことではなく、長い歴史の中でDNAのようになっている。無縁社会と言われる今日、そのDNAは死滅していなかった。「お互い様」精神は脈々と受け継がれてきたのである。
Ⅲの冒頭で八雲は1896年の三陸大津波に触れています。the evening of June 17, 1896, when a wave nearly two hundred miles long struck the northeastern provinces of Miyagi, Iwate, and Aomori。ついで1654年の紀州藩広村のHamaguchi Gohei。史実と異なる箇所も何箇所かありますが、それは単に八雲の誤解だったのか文学的真実のために事実を改変したのか、僕はわからない。秋祭りの夜、高台にある家から海を見ていたGoheiは
looked at the sea. It had darkened quite suddenly, and it was acting strangely. It seemed to be moving against the wind. It was running away from the land.
引き潮。この後に何が平地の村を襲うのか。
Hamaguchi Gohei himself had never seen such a thing before; but he remembered things told him in his childfood by his father’s father, and he knew all the traditions of the coast.
Goheiには津波の襲来を村人たちに告げるには時間がない。そこで孫のTadaにpine-torches(松明)を持ってこさせ
the old man hurried with it to the fields, where hundreds of rice-stacks, representing most of his invested capital, stood awaiting transportation.
貴重な稲むらに火を放つ五兵衛。火事を知らせる山寺の鐘。「すわ一大事!」と村人たちは次々と五兵衛の家に集まる。五兵衛の所業に「発狂したのか」といぶかる村人たち。なんとか全員が集まったところで
“Kita!” shouted the old man at the top of his voice, pointing to the open. “say now if I be mud!”
Through the twilight eastward all looked, and saw at the edge of the dusky horizon a long, lean, dim line like the shadowing of a coast where no coast ever was, - a line that thickened as they gazed, that broadened as a coast-line broadens to the eyes of one approaching it, yet incomparably more quickly. For that long darkness was the returning sea, towering like a cliff, and coursing more swiftly than the kite flied.
今回の津波を知らなければ八雲のこういう文章も「へぇ、そうなんだ」くらいで読み過ごしていたことでしょうね。
He, their Choja, now stood among them almost as poor as the poorest; for his wealth was gone-but he had saved four hundred lives by the sacrifice.

今回、自衛隊員・自治体職員・警察・消防・東電及び下請け孫請け会社社員たちに私たちが抱く賞賛尊敬は彼ら彼女らのsacrificeによる。一方で東電上層部・菅内閣構成員・評論家専門家・ジャーナリストらに感じる不信感は、sacrificeは問わぬにしても、その社会的地位に見合った貢献ができていない点(白洲次郎の言うnobilityに通じるか)であろう。
私は無名である。濱口のような行為もできないし濱口の精神の高みにも達し得ないで生を終える。私は無名である、だが無力ではない。微力ではあるが、限りある余命の中で岩手・宮城・福島の被災地を支援し続け、かの地から元気・勇気をもらいたい。私が逝くまでに被災地全ての再生・新生は不可能かもしれない。だが私(たち)は末永くかの地の人たちを想い、かの地の人々を支えていきたい。「これこそ日本・日本人なのだ」と言うと、偏狭なナショナリストと笑われるだろうか。

「百年後のふるさとを守る」はその後の五兵衛について半分以上を割いている。「しかし、浜口儀兵衛の本当の物語は、実は、この後始まる。」(p64)。
河田惠昭「百年後のふるさとを守る」は小学5年の夏休み前後に習うんでしょうか。岩手・宮城・福島の小学5年生たち、異境の地の被災小学5年生たちが、この作品を読んでより一層の東北魂を発揮してくれたら嬉しい。

気になる方もおられるでしょうから^^付記しますが、僕の人生TOP3作品は年代順に「小学生時代の『五兵衛はえらいなあ』の感想文」「40年ほど前、大学生時代の詩『ありばいのためのこらあじゅ』」「富山国際学院が2005年にNPOになるにあたって書いたカタカナ語抜きの『NPO設立趣旨書』」です。
このブログ、これで1657件目の記事投稿なんですが、これら3つに及ぶ「作品」はまだありません。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-21 21:55 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

再会

f0030155_1201391.jpg
(4月17日午後・記)
4月15日(金)、前夜就寝前にセットした脳内目覚まし時計通りに5時半起床。コーヒーを飲みながらPCに向かい「富山国際学院2011年度4月生入学式・学院長式辞」を作る。まっさらで作る余裕がなく(汗)昨年度10月生入学式の式辞をアレンジ(恥)。出勤して今回通訳してくれる中国・ネパール・ロシアの学生に原稿を渡す。午前、C組授業。最近の僕は、卒業式は紋付羽織袴、入学式は礼服にしとるんですが、礼服で授業なんて初体験です^^。12時半授業終了、大急ぎで昼食を食べて、1時からの入学式に備える。
入学式&ガイダンス。僕は学院長式辞とガイダンスを担当。ま、うちみたいな日本一小さい日本語学校は、こういうのもみ~んなスタッフの手作りで、ある意味お気楽なもんです。ガイダンスの前に原発・地震・津波のことを話しておきました。新入生の不安解消になっていればいいのですが。「日本人なんかの言うことより母国のニュースのほうが信頼できる」ってあるでしょうね。折に触れ根気よく説明していかなければならないでしょうね。ガイダンスでは留学生活で気をつけることあれこれ話す。
4時半過ぎ、翌日の「日本留学試験・全国チャレンジ模試」の準備を高木けい子さんと。自分、「9時5時男^^」なんで、準備が終わってそろそろ帰ろうかなあと思ってたらケータイが鳴った。仙台にある日本語学校からうちの学生の劉君を頼って3月16日に富山に避難して来ていた李君からだった。李君は富山に2週間ほど滞在し、3月30日に富山空港から大連便で一時帰国してたのですが、仙台の日本語学校の4月18日再開に間に合うべく、大連→富山に。16日の富山発夜行バスで仙台に戻るとのこと。16日に昼食を一緒に、と約す。

4月16日(土)午前、チャレンジ模試・試験監督。午前の日本語試験(午後は理系・文系科目)が終わって教室を出ると、李君・劉君がいた。李君とは約2週間ぶりの再会なのだが、なんだかずいぶん時間が経ったような気がする。彼、ヘアスタイルが中国風^^になっていた。午後の試験監督担当の高木さんに引き継いで土曜出勤お役御免。李君に「ラーメン、好き?」って聞いたら「好き」とのことだったので富山ブラックをご馳走することに。
富山国際学院から車で約5分、「大喜」がある。本店は富山大和デパート(現在は移転)横にある。そこでは子どもの頃からときどき食べてる。本店はうなぎの寝床みたいな店で壁には錦絵など。先々代になるのでしょうか、戦後まもなく開業。濃いしょうゆ味でヴォリュームたっぷり、ごはんのおかずにもなり富山で1・2を争うラーメン店に。ここ数年でしょうか、大喜系のラーメン店が富山県内あちこちにでき「富山ブラック」と称せられるようになる。東京でのご当地ラーメン大会では「富山ブラック」が1位になったとか。大喜、かつては大和横だけだったんですが、今は市内に4店舗のようです。
「富山ブラック」、李君と劉君は大、僕は並。アップした写真(中央が李君)、ラーメンが運ばれてきたところ。大喜のラーメン、年のせいでしょうね、そんなにうまいと思わなかった。やったら味が濃いだけに堕したような気も。でも人気あるんでしょうね。
李君によると、大連―富山便、搭乗客は60%くらいだそうです。中国に限らず多くの外国人が日本を脱出してる。李君には「戻って来てくれてありがとう」と言った。彼のご家族は引き止めたようだが、「大丈夫」と説得しての来日-まことにありがたいことである。僕も彼の再来日に少しは役立てたかな。
お別れに魯迅『藤野先生』をプレゼント。仙台は魯迅が留学し医学から文芸に転向(転回)した土地。『吶喊』の「日本のある田舎の医学専門学校」は現在の東北大学です。
李君はハルビン出身(劉君も)。李君が3月17日に初めて富山国際学院に来た時、たまたま宮明さん(恵雅堂出版)から「哈爾濱学院」の会報誌が学院に届いていて彼に見せた。掲載写真に興味深く見入ってたようです。彼の世代もおそらく母国では「反日教育」を受けていることでしょうね。それでも日本留学を決意し、大震災にも日本を見捨てることなく復学し、僕のような者にもこうして会いにきてくれた。李君の留学生活・未来が輝かしいものでありますようにと願ってやまない。
先週のぶちボラ@石巻で、石巻の人と話してて「僕たち、こういうことでもなかったらお互い会うことなかったんですよね。ほんとは僕たち、会わずに済んでたら幸せだったんだよね」などと言って泣き笑いした。李君ともそうなんでしょうね。一期一会

李君・劉君と別れ、帰宅。
同日午後5時前、アーバンプレイス14Fの「連山 岩くら」に。今月は飲み会が2回あるのですが、その内の1回がこの日の「観世流華川会・葉桜会」。5時開始ってことで10分前にお店に着いたらまだだれも見えてなかった^^。この企画、16日はもう葉桜だろうってことだったんですが、寒さもあったからでしょうか、観世流華川会(川田有紀子先生)のサンフォルテでのお稽古(ボクはサボった^^)の後、皆さんで観桜@環水公園だったみたい。環水公園にはフレンチの鉄人・坂井宏行のお店がオープンしました。
5時開始。ここ数か月、酒も食も細くなった。この夜の僕、酒はキリンラガービールをグラスで2杯がやっと、お料理は先付けからデザートまで残さずいただけた。観世流のお稽古は出とらんで飲み会のみの参加は恥ずかしいものなのですが^^、皆さんそんなことは気にされない。話題豊富な皆さん、そして利害関係ないというかフラットな集まりで、人付き合いが苦手な僕も楽しい春宵を過ごさせていただいた。8時過ぎ終了。皆さんは2次会のカラオケってことですが、お暇してポートラムで帰宅。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-16 12:00 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(2)

ジェーン・バーキンさん、ありがとうございます!

昨日の北日本新聞「けさの人」は「震災復興支援の来日コンサートを開いた ジェーン・バーキンさん」。共同通信・不破浩一郎記者の署名入りですから全国の地方紙に配信されているのかもしれない。皆さん、ご覧になりましたか。同記事に引用されているバーキンさんの言葉から。
「とにかく来て『愛しています』とメッセージを届けたかった。歌えるなら、もっといいと思っていました」
「パリでは状況が分からず、最大の危険が待ち受けているかのように考えられていました」
「現場に行った方が、自分が楽なんです。でないと、家のテレビの前で『何で行かなかったんだろう』という思いにさいなまれてしまう」

また、
・・・国や電力会社には「(外国人の)みんなを日本に呼び戻すためには、とにかく透明性を保ち、率直にメディアに情報を流すべきだ」と厳しく指摘する。
バーキンさんは、
「無造作紳士」など7曲を披露し、「ガンバッテ!」と日本語で呼び掛けた。
そうです。

ジェーン・バーキン(Jane Mallory Birkin1946-)を僕が初めて知ったのは1969年のJe t'aime moi non plus です。バーキンは僕より約2か月年下、日本だったら同級生です。その彼女の23歳ころの曲がJe t'aime moi non plusで、そん中で彼女、絶対、×××での×××声、出しとるし(激爆)。あっ、×の伏字は皆さま、ご想像あれ(激爆)。年間SEX回数世界ランキング上位常連国(ちなみに日本国は下位群国のご常連^^)のフランスといえども、さすが放送禁止になったとか(爆)。映画ではミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)監督『Blow-Up』(1966年。邦題『欲望』)に××(伏字は皆さま、ご想像あれ^^)で出演しています。『欲望』、僕の好きな映画ベスト20に入る作品です。20歳前後、よう映画観てました、自分。バーキンは、リチャード・レスター(Richard Lester)監督『The Knack』(1965年)やWarren Beatty作品にも出演。
20代で知ったジェーン・バーキン、長い間記憶の底だったのですが、TBSドラマ『美しい人』(1999年。野島伸司・脚本、千住明・音楽。千住明は今NHK-E『日曜美術館』に出てますよね)を観てて思い出した。彼女、オープニングテーマでYesterday yes a day(哀しみの影)、主題歌でL’aquoiboniste(無造作紳士)を歌ってる。確かドラマのオープニングはエレベーターの場面で、田村正和(男)・常盤貴子(女)・大沢たかお(女の夫)が乗り合わせる。
バーキンのL’aquoiboniste、ワシ、カラオケで歌えます。数年前富山大学3年生に編入した時、編入同期のけんけん・ミッキー・さやえんどうと4人でカラオケ行った。同級生にカッコつけたかったんでしょうね(汗)、自分、フランス語・英語・韓国語・中国語の歌も(みんなイヤがっとったんにぃ^^)歌っちゃいました~。L’aquoibonisteって繰り返しが多い曲です。途中でちょっとだけメロディラインが変わるだけ。だからワシなんかでも歌えたんじゃろうねぇ。
皆さんがジェーン・バーキンを初めて知ったのは、たぶん僕とは違うルートでしょうね。エルメス(ヘルメスじゃない^^)のバーキン(僕の女友達で持ってる人、いました)、あるいは邦題で書くと『ナイル殺人事件』『地中海殺人事件』『アニエスv.によるジェーン』『美しき諍い女』などの映画、あるいは前述のドラマ『美しい人』、あるいは今回の来日コンサートニュースでしょうか。

ジェーン・バーキンは、僕にとっては世界イイ女TOP10の一人。彼女とナニできたら(照)、自分、もう死んでもいいかも(激爆)。彼女とのナニのためじゃったら、ちょームズいフランス語の数え方も動詞変化も、ワシ、覚えられるようガンバルかも(激爆)。

けさの人」にあるようにジェーン・バーキンさんは来日してコンサートを開いてくださいましたが、最近のフランス大使館情報によると、訪日は「緊急の用事がない限り延期することを勧め」、日本入国に際しては「在京大使館への連絡先登録等」を行うよう勧告しています。フランス(僕が一番好きな外国です)に限らず、だいたいどこの国も似たような「訪日渡航注意勧告」でしょうね。もう何度もこのブログで書いていますが、「原発人災」がもたらしたんですね、こういうのって。この間富山国際学院で会った方がおっしゃってたのですが、彼は富山米をフランスに輸出している。それが今は「放射能汚染されていない証明」出さなんだら輸入してくれんそうです。日本中で対外輸出で同じケース続出中でしょうね。一方で支援しておきながら一方で禁輸-でも、相手国・地域を責めること、日本国にはできんのでしょうね。原発人災さえなかったら・・・。
フランス大使館の訪日渡航注意勧告の中でのジェーン・バーキンさんの行動、ますますバーキンさんが好きになり、「ジェーン・バーキンさん、ありがとうございます!」と言いたい(フランス語で何と言うんじゃったっけ^^。メルシー・ボークー、マダム ジェーン・バーキン、じゃろか)。

YouTubeにはJe t'aime moi non plusL’aquoibonisteもあります(他の曲もあり)。アップしたかったのですが、埋め込みコードがないみたくって、アップできませんでした(泣)。皆さま各自でアクセスなさってください。ただし、Je t'aime moi non plusは18禁ですぞ^^。

(注)
本記事はWikipediaフランス語版・同日本語版などを参考にしました。Wikipediaフランス語版Jane Birkinは9ページあり(さっすが~ですよね)、アラフォーのバーキン・60代のバーキンと2枚の写真も入っています。どっちゃも、めっちゃイイ女、です。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-15 20:22 | 東北地方太平洋沖地震 | Comments(0)

桜満開@松川べり

f0030155_132729.jpg
(4月14日夜・記)
皆さんのところもそうでしょうね、地元紙の北日本新聞に「花だより」が連載中です。富山市では、磯部堤・呉羽山・松川べり・白岩川・ファミリーパーク(このあたりが合併前の旧富山市になるのでしょうか)、平成の大合併とやらで富山市に吸収された(僕は反対でした。それぞれの町村の良さ・風情が減殺される。でも自治体として21世紀を生き抜くにはそうせざるを得なかったんでしょうね。八尾は確か反対運動もあったと聞きます。旧町村の住民の皆さんが今、「合併してよかった」と喜んでおられるといいのですが)大沢野・大山・八尾・婦中で計8箇所。

富山国際学院ではかつては全学院生一緒にお花見をしたこともありましたが(城址公園+松川べり)、最近は、各クラスばらばらか午前クラス・午後クラスそれぞれ合同ってスタイルが多い。去年は僕は午前クラス組のお花見@環水公園に参加したかなぁ。
今年のお花見は、午前3クラスが一昨日@松川べり、午後2クラスが今日@環水公園でした。僕はあれこれ仕事があってどちらにも不参加(泣)。
アップした写真、一昨日の松川べり。松川には観光用の舟もあるのですがそれは映せなかった。お花見不参加の僕がなぜこの写真を撮れたか。実は今年度担当クラスのC組、授業2週目に入り個人懇談実施中。担任の徳橋陽子さんと副担任の僕が一緒にC組学生一人ずつとあれこれ話す「個人懇談」の1回目(個人懇談は、卒業までタイミングを見て何回か実施する)。一昨日火曜日は3人を予定していた。で、徳橋さんと相談して、お花見だからといって延期すると後に差し支えるから、花見の後に個人懇談をやっちゃおうってことになった。12時半、富山市立図書館前で徳橋さんと待ち合わせ。花見客多かったんでしょうね、図書館の駐車場、かろうじて1台分ありました。どこで個人懇談やろうかなぁと場所を物色。図書館はマズいですよね。で、広場で座ってやることにした。こういう個人懇談、人生初めての経験(激爆)。でもこういうのもなかなか乙なもんです。青空の下、草上で語らい合う。学生も割とストレスなしになるんでしょうね、いろんな面を出してくれました。

大原隆明『サクラ ハンドブック』(2009年3月1日初版第1刷。文一総合出版)は重宝している本です。大原は本書刊行時の肩書は「富山県中央植物園主任」。今はどうなんでしょうね。同書の「日本全国桜名所」(pp82-87)地図では富山県は「松川べり(ソメイ470本)」「中央植物園(ソメイなど94種類)」「立山ロープウェイ周辺(タカネ)」の3か所が選ばれています。岩手県は「臼木山(宮古市。100種類800本)」「北上展勝地(北上市。ソメイなど10000本)」、宮城県は「鹽竈神社(塩竈市。シダレ、ソメイ)」「青葉山公園(仙台市。ソメイ)」「船岡城址公園(柴田町。ソメイ、ヤマ)、福島県は「信夫山(福島市。ソメイ2000本)」「三春町(三春町。滝桜のイト)」「開成山公園(郡山市。ソメイなど1300本)」。これら以外にも3県には住民それぞれの思いが籠った桜の名所、たくさんあるでしょうね。被災地の桜、そろそろ満開でしょうか、あるいはまだ蕾でしょうか。「年々歳々花相似たり」の光景、今春もあるのでしょうか。地震・津波・原発で壊滅状態の桜、あるのかもしれませんね。これは桜ではありませんが、被災地では「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける」でしょうか。

明日は午後1時から富山国際学院の入学式&ガイダンス(約45分)。新入生、入学式より授業開始が先なんですね。ちょっと変わっとるかもしれん、うちんとこ(激爆)。ボク、まだ「学院長式辞」、考えとらん(汗)。2年生から中国語・ネパール語・ロシア語の通訳をピックアップしたので、今回は日本語に専念できるので少しラクですが、何を言うかは今夜これから考える。原発・地震・津波のことも式辞かガイダンスかのどこかで話さんならんでしょうね。
いつもはラフな格好ですが、明日は式服を着ます。白ネクタイかな。午前はC組の授業なんで、学生、式服で授業、ビックリするかも^^。
[PR]
by tiaokumura | 2011-04-12 13:27 | 富山 | Comments(0)