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大晦日に今年一年を振り返る

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2010年も余すところ数時間。今年のあれこれを振り返ってみる。
新しい出逢い・交流の深まり
1月の日本語教師研修@金沢で沓水さんたちと協働、そして年末には米屋さんとの出逢い。この1年、仕事・研修・ボランティアなどを通じて、清水さん・神吉さん・岡田さん・ダルクなどなどいくつもの「新しい出逢い」「交流の深まり」がありました。
県外あちこち
仕事・研修・プライベートなどで今年もあちこち県外に出かけました。
海外は台北(8月)・カトマンズ(11月)の2回。セントレア発着、初めて体験。今年は「10年パスポート」を新たに更新しました。新しいパスポート、あと何回使うんでしょうね。
国内は一番行ったのが名古屋。来年も6回以上は名古屋出張がありそうです。他には金沢・東京・神戸・京都・長岡など。
旧友との語らい
そういう年齢になったからもあるのでしょうね、旧友との再会が多い年でした。東京教育大学時代(1965年入学、卒業に至らず後に除籍^^)のサークル「学生文化会」のメンバーと5月15日に神田で再会。中には40年以上ぶりって人も。みなパーフェクトジジイ^^になってたけど、まぁ「それでいいのだ!」でしょうね。昨年の山澤修一君との再会がきっかけで始まった中学ミニ同期会、今年は2回(7月・11月)。高校の77期同期会、今年初めて参加しました(7月)。そうそう、富山大学時代(2006年3年次編入学・2008年卒業)の言語学コースの仲間と秘境・大牧温泉に行ったのも今年(3月)でした。
利害関係がなく馬鹿が言い合える旧友って、いいもんなんでしょうね。加齢に伴ってますます実感。
展覧会
「冷泉家 王朝の和歌守展」「長谷川等伯」「琳派・若冲と雅の世界」「上田秋成展」「名画パレード展 岐阜県美術館コレクション」など。若冲の石峯寺も行きました。今年行った展覧会は全部京都・富山で珍しくも東京はなし。来年は東京でいい展覧会ありそうかな。
映画
『赤と黒』『地下鉄のザジ』『抵抗 死刑囚の手記より』『パキスタンストリート』『カラヴァッジョ』『キャタピラー』『丹下左膳餘話 百萬兩の壷』『河内山宗俊』を観ました。
来年2月(3月?)シネモンド@金沢に『ゴダール・ソシアリスム』を観に行きます。

あまり本を読まない1年だった。「本を捨てる」モードに入ったので本の神様の怒りに触れたのかも。
音楽
今年はフレデリック・ショパン(1810-49)の生誕200年(1809年生まれという異説もあるらしい)。「ラ・フォル・ジュルネ金沢」「NHKハイビジョン『生誕200年・みんなのショパン』」。去年もそうでしたが2010年音楽シーン、ボクはチンプンカンプンです。「紅白歌合戦」のプログラムを見ても3割がやっとかも。
趣味など
無芸大食なんで「何か趣味を」と思って始めた観世流謡。2年目に入りましたが未だ道は遠し、インプットばっかり(恥)。12月から、川田有紀子先生のご指導下、富山国際学院の卒業式用に仕舞「高砂キリ」を習い始めました。2011年は無理でも2012年には間に合わせたい。今年は、謡仲間とおわら風の盆鑑賞(9月3日)・飲み会もできました。
「数独」はレベル7なら8割以上・レベル8は6割くらい・レベル9が2割くらいできるようになりました。
ネット麻雀、infoseekがなくなって雀賢荘をたまに。
TVは韓流ドラマ「アイリス」をほぼ毎回見ました。他には「箱根駅伝」「生誕200年・みんなのショパン」「坂の上の雲」かな。BSの「コロンボ」「ヒチコック」も何本か見た。今年TV受像機を大枚5万円もはたいて買いました。「地デジ化なんて誰の陰謀なんかや」ってのが一庶民としての感想ですが、まぁこれでボク、一生TV受像機は買わんでもいいでしょうね。
ぷちボラ
「日本語教師研修@金沢」「アジアの夢コンサート2010@北日本新聞社ホール」「ラテンフェスティバル@環水公園」「国際交流フェスティバル2010@CiC」「勉強お助け隊@CiC」でぷちボラ。来年は10回以上ぷちボラしたいと思っていますが。
ボランティアしてていつも思うこと2つ。①若い人が少ない(自分の若いときを思うとエラそーに言えないのだけれど)、②シニアがもっともっと参画できるはず。ボランティアって「人のために役立つ」ももちろんあるでしょうが、何よりも「自分のためになる」です。
肉体
これまでは腰痛持ちくらいだったのが、今年は脳・首・消化器系にガタが来始めた。目も耳も(ついでにきっと生殖器官も^^)、エイジングまっしぐらなんでしょうね。これからはいかにだましだまし肉体を使うかが大切なんでしょうね。
仕事
今年は年間を通じて全部学院内の授業だけでした。3クラス担当。学院生に大きな事故・事件・トラブルがなかったのはよかったけど、自分の1年の仕事としては100点満点で40点でしょうか。課題が多く残った1年でした。
ブログ
今年末で6年目に入った「日本語教師・奥村隆信 ひとり語り」、本記事が今年225本目になります。
本年のブログ上で、浅川マキさん、立松和平さん、吉岡治さん、ダサン・マルトハルさん、花田勝治さん、星野哲郎さん、黒岩比佐子さんを追悼させていただきました。改めて 合掌

日本語教師・奥村隆信 ひとり語り」、一年間のご愛読ありがとうございました。
2011年も引き続きよろしくお願い申し上げます。

アップした写真はわが家の裏庭の山茶花です。

皆さま、どうぞよいお年を!
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by tiaokumura | 2010-12-31 14:32 | このブログのこと | Comments(2)

12月29日は当ブログ開設記念日

勤務先の富山国際学院、昨日が御用納め。出勤スタッフの高木さん・柳川さんにチェックしてもらい、ようやく富山国際学院の年賀状完成(作成&印刷)しました。宛名書きは自宅で年内にやります。富山国際学院の仕事始めは1月4日。休み期間中、学院生に何もなければいいのですが、ボク、「お屠蘇気分で出動」なんてのもあるかもしれませんね。ケータイ着信ドキッな日々かも(嘘爆)。

2005年12月29日にこのブログが誕生しました。2005年9月に富山国際学院特定非営利活動法人に認定。NPOになったのを機に既にあったホームページを作り直そうということになった。柳原正年さん(現在は富山社会人大楽塾)にご紹介していただいて、能登貴史さん(PCTOOL)の許に、大岩さん・柳川さん(ともに専任)と3人、確か数え日^^の5日間通った。ちょうど同じ頃、僕は学院生のWさんの交通事故処理で現場検証やら日赤やらでバタバタしててせっかくの講習もあまり参加できなかった。いやそんなことより生来のメカ音痴だからでしょうね、結局ホームページのリニューアルは大岩さん・柳川さんにまかせっきりだった(恥)。講習最終日に能登さんのお薦めで3人が各自ブログを作ろうということになった。今はどうなんでしょう、当時はブログブームで日本語ブログは600万以上はあったでしょうね。自分のブログのタイトルを何にするかちょっと迷った。大航海の船出みたいな気分じゃったかも^^。で、本名を名乗ることにした。当時は知らなかったが、今にして思えば、本名を名乗るブログが極めて少ないのだから、「日本語教師・奥村隆信 ひとり語り」ってずいぶんヤバい選択じゃったんかもしれん(激爆)。最初の記事(「はじめまして!」)はこうでした。
初投稿です。
日本語教師って何だ?って人もあるかもしれませんね(汗)。
毎日更新は無理かもしれませんが、いろんな思いを伝えていこうと思っています。
これから、よろしくお願いします。

この記事、能登さん・大岩さん・柳川さんそして自分の計4人が訪問者だったでしょうね。隔絶の感しきり(激爆)。
あれから5年。壁紙は変えていない(変え方、わからんだけかも^^)。ご訪問者が増えコメントが増え、カテゴリが増えリンクが増え、ここまで来ました。この記事が1594件目です。月に20記事以上と思っていますが、実現できない月のほうが多い。

5年前の自分と今の自分を比べてみる。身長は縮んだかも(爆)。体重は5kgほど減で、読書量も大幅減。好奇心・想像力も加齢に伴い低下の一途でしょうね。あの頃は塾と日本語教師のWワーカーだったのが今は「日本語教師」一本なので、収入は3~4割減。タバコは1日40本じゃったんが1日20本弱に。
5年の間には、富山大学生を2年やり奥村学習塾を縮小し廃業し、富山国際学院では非常勤講師→08年専任→09年学院長に。多くの方々との出会いがあり、自分なりのネットワークも築けつつある。還暦前後の5年間、一人の人間としては恵まれた年月だったと断言できます。

当ブログ、自らの意見を発信するってことはあまりありません。自分が出会った人・モノ・ことの中で「これは」ってぇのを紹介する記事が多い。SNSもtwitterもFaceBookもやらんボクには、このブログ、性に合ってるんでしょうね。飽きやすい自分がよう5年も続けられました。エライぞ、自分(照)。
ブロガーとしてはいくつか気をつけています。
①権威権力は批判非難しても一般民衆は貶めない。
②企業秘密・事実確認・引用に気をつける。
③アップする前に読み返す。
④アップした記事に訂正があればアップ後1日以内に処理する。
⑤訪問者数に一喜一憂しない(激爆)
といったところなどでしょうか。
文才がないので記事を書くのに平均40分以上はかかっています(TVをあんまし見んので、その時間は充分あります)。語彙・表現の選択も難しいし、「ひとり語り」なんで普通体と丁寧体のバランスも微妙だし、読点の打ち方・カタカナ語取捨も難しいし、できたら文章にリズム感も持たせたいし、ネタの新鮮さも必要だろうし、記事を一気に書き上げる気力・勢いもほしいし。
何年か前からwordで書いて(打って)います。「PC文体」にならないように気をつけていますが、さぁどうなんでしょう。PC画面に向かい、あれこれ推敲しながら(wordはそういうのが便利)打つ。一応できあがったら記事を読み返す。誤変換や助詞などを直す。心の中で音読し、流れ・リズムを整える。事実関係に誤認なきよう、googleやWikipediaや関連サイトや時にはこのブログ^^で確認することもあります。
自分の思い通りに書けた記事はこれまでに5本あるかないかでしょうね。「理屈っぽい」「1本の記事が長すぎる」「文脈に飛躍がある」って批判甘受します。「記事の垂れ流しはもうやめろっ」「他人のフンドシでばっか相撲取るな」って批判もあるかも(汗)。

話は全く変わりますが、岩波書店PR誌「図書」2011年1月号の「こぼればなし」で黒岩比佐子さんを追悼しています。こぼればなし氏曰く、黒岩さんは「出版史を本当の歴史として描きえた最初の歴史家」。
2010年黒岩比佐子さんが亡くなられた年としても長く記憶されるのでしょうね。僕の場合、黒岩さんは須賀敦子さん(1929年1月19日~1998年3月20日)と重なります。僕が知ったのは偶然でしかもそれが衝撃的だったこと・僕が知って何冊も読むようになってから間もなく天に召されたことが共通点だし、お2人の世代も書く対象も異なれ、「文体」に磨き上げられた個性があること・かつて誰も書きえなかった世界を私たちに知らしめたことも共通です。
「図書」2011年1月号は、大きな本屋さんに行くと無料で入手できます。
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by tiaokumura | 2010-12-29 20:11 | このブログのこと | Comments(2)

2010年・今年の人(The Person of the Year2010)

当ブログ3回目になる「今年の人」の発表です。
日本
表彰状
はやぶさ君(2003年5月9日13時29分25秒~2010年6月13日22時51分)
君は、漂流し孤立し低迷し劣化する2010年の日本国において、多くの人々に元気と感動と勇気を与えました。神奈川県の小学1年生(当時)のあすかちゃんの手紙を引用したい(的川泰宣『小惑星探査機 はやぶさ物語』p.151)。
はやぶさくんへ、わたしはあすかといいます。あすかは、はやぶさくんがだいすきです。あすかのゆめは、うちゅうひこうしになってはやぶさくんとあそびたいというゆめでした
だけど、はやぶさくんは、らいねんいなくなってしまうから、あすかはとてもかなしいです。だけど、あすかははやぶさくんをわすれません
あすかちゃんと違って私は君を知ること少なかった無知を恥じたい。君を信じ、数多くのトラブルを乗り越えた川口淳一郎プロジェクトマネージャーたちの英知もようやく最近知ったばかり。
経済も政治もモノづくりも社会も従って発信力も国際影響力も三流以下になった日本国が、科学のみ一流であることは難しいことでしょう。借金漬けの日本国で君の弟・妹が生まれることも難しそうです。でもあすかちゃんが書くように、多くの日本国民が君を忘れないことでしょう。立ちすくみ後ずさりしがちな私も、君を少しでも見習って1ミリでも前進していきたい。そして「あすかちゃんたち」に夢と希望と未来を託したい。
ありがとう、はやぶさ君!
ここにあなたを「2010年・今年の人」として表彰いたします。

World
(Actually some were nominated. So sorry but) No Pertinent Person

2008年はこうでした。
日本
上野由岐子さま(1982年生まれ)
あなたは、北京オリンピックソフトボール競技において、8月20日対アメリカ合衆国戦(準決勝・延長9回)、同日対オーストラリア戦(3位決定戦・延長12回)、21日対アメリカ合衆国戦(決勝・7回)に登板、2日間3試合28イニング計413球を投げ抜きました。金メダル獲得もすばらしいことですが、それ以上にそこに至るあなたの戦いが私に大きな勇気と感動を与えてくださいました。
ありがとう、上野由岐子さま!
ここにあなたを「2008年・今年の人」として表彰いたします。
World
Mr. Usain Bolt(b.1986)
You got three gold medals at the 2008 Beijin Summer Olympics; 100 meters, 200 meters, 4×100 meters relay(3rd runner). What’s more marvelous, you set three world records for 100m at 9.69s, 200m at 19.30s, 4×100m relay at 37.10s.
You showed me the power of human being who gets over the limits.
Next time, please run to the last without gazing around-:)
Anyway thank you so much, Mr. Usain ‘Lightning’ Bolt!
Here I, OKUMURA, commend you as ‘the Person of the Year 2008.’

2009年はこうでした。
日本
菊池雄星君
(1991年生まれ)
君は岩手県立花巻東高等学校のエースとして、春の第81回選抜高校野球大会においては準優勝、夏の第91回高校野球選手権大会においてはベスト4の立役者になられました。君には「おじいさん」くらいにあたる小生をとりわけ感動させたのは、夏の「イーハトーブ旋風」であり清峰高校に敗れたときの君の号泣でした。メジャーではなく日本を選んだときの涙もすばらしかった。
君には楽天か日ハムに進んで、不敵な面構えで「中央何するものぞ」の東北魂を発揮してもらいたかったのですが、これも野球の神様の配剤なんでしょうね、西武球団入団。稲尾・東尾・工藤・郭・松坂・涌井などを輩出した球団で先発完投型剛球左腕投手として真価を思う存分発揮してください。
ありがとう、菊池雄星君!
ここにあなたを「2009年・今年の人」として表彰いたします。
World
Ms. Susan Magdalane Boyle
(b.1961)
When one not-good-looking middle-aged woman appeared on the stage, who imagined she ‘got talent.’ But the moment you began to sing ‘I dreamed a dream in time gone by/when hope was high and life worth living …’, a miracle happened. Whenever I watch your song on YouTube, you fill me with happiness. You tell us how important it is to keep own dream.
Now you realized your dream. Your Cinderella story means never having to say that you want to be a singer like Elaine Paige. Your debut album ‘I Dreamed a Dream’ was million-seller both in UK and in US. I read you would be in Koohaku-Uta-Gassen on New Year’s Eve. I’m looking forward to seeing you singing.
Thank you so much, Ms. Susan Boyle.
Here I, Japanese old-aged man OKUMURA, commend you as ‘the Person of the Year 2009.'
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by tiaokumura | 2010-12-26 12:39 | このブログのこと | Comments(0)

新しい出逢い

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(12月25日夜・記)
僕が柳原正年さんと初めてお逢いしたのはかれこれ6年ほど前になるだろうか。まぁすごい方です、柳原大人は。今の肩書は富山社会人大楽塾塾頭あたりなるのでしょうか。柳原さんがこれまでにしかけたプロジェクトは数知れず。僕なりにそれらの共通点を探れば「シニアの生き甲斐創出」ということになるでしょうか。柳原大人の創造力・弁舌・行動力・けしかけ力・リーダーシップ・コーディネート力・情熱・ビジネス感覚・ボランティア精神-それらのどれを取っても百万馬力。富山弁で言うところの「みゃあらくもん」の代表格でしょうね。柳原さんは、富山の男女中高年の元気のでっかい一助になっているでしょうね。

そんな柳原正年さんから12月10日にメールが来た。富山社会人大楽塾のメンバーで「外国人に日本語を教えたい」という方がおられるとのこと。当該の米屋さんとメールをやりとりし、12月23日(木)午後3時半にCiC3Fで会うことにする。
当日CiC3F先着で銭老師や岡田さんと話してたら、米屋保雄さんご登場。僕が5歳年上のようです。3Fの学習室に案内し、米田哲雄先生も交えしばらく懇談。米田哲雄先生「勉強お助け隊」@CiC3Fは木・日が活動日。自分、年に1・2回くらいだけですが日曜教室でぷちボラしてます。今回、木曜日が休日だったので初めて木曜ぷちボラを体験。4時~5時半、高校入試数学・英語の「お助け」を担当しました。

6時頃、米屋さん・富山国際学院同僚の粕谷謙治さんと3人で「真酒亭」(まさけてい)へ。真酒亭は僕が富山にUターンしてその評判を聞き、以来ぜひ1回行きたいと思っていたお店です。今年の風の盆・9月3日に「真酒亭」の八尾出店で飲食できました。本店は今回初めて。ご亭主の村田千晴さん(この方も正真正銘の「みゃあらくもん」でしょうね)のお薦めのお酒・お料理をいただく。酒は富美菊・勝駒・満寿泉など。××は村田さんにけちょんけちょんでした(激爆)。××××の名前を出そうもんなら即退店処分に遭うでしょうね(激爆)。八尾でもいただいたおとうふ、今回は湯どうふと冷奴でいただきました。お造り・ふくらぎのあら汁・氷見うどん・黒米おにぎりなども。真酒亭のHPはこちらです。

米屋保雄さんにあれこれ自分なりの体験・考え・意見・分析・想いを述べる。同僚の粕谷さんも口下手のボクをしばしばフォローしてくれる。粕谷さんの体験、米屋さんにとって非常に有意義だったと思う。

世の中にはすっごい人がいらっしゃるもので、米屋保雄さん(ビジネスキャリアのすばらしい方です)は今年富山大学人文学部・社会人入試を受験されみごと合格。来春から「富山大学人文学部1年生」です。夢を持ち志ある還暦間近の方が富山大学に入学され、きっと若い方の刺激になるでしょうね。僕と違って米屋さんが大学教官に失望されることのないように祈りたい。

ここ6年間ほど、僕には「新しい出逢い」がたくさんある。ふつうは50代後半からはそれまでの人生の集大成に入りお付き合いの幅も狭まるのでしょうから、僕はちょっと変わってるのかもしれない。いつまでも不惑に無縁で他方で人に恵まれた晩年^^なんでしょうね、自分って。

米屋保雄さん、木曜日はありがとうございました!
これからもよろしくお願い申し上げます。

僕の富山大学生時代は右のカテゴリー「僕は大学3年生」「僕は大学4年生」「卒業論文」に出てきます。ご参考にしていただければ幸甚です。
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by tiaokumura | 2010-12-23 20:07 | 日本語教育 | Comments(2)

富山国際学院・忘年会@Bio Mariage

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(12月23日午前・記)
勤務先の富山国際学院は12月23日~1月5日が冬休み。今週は各クラス、餃子パーティやら鍋パーティやら校外活動やらでもう学生(も教師も?)の気分はお休みモード^^。僕もサンタさんに扮していくつかのクラスに冬休みの宿題のプレゼント^^を配りました。ぷちボラかも(激爆)。
そんな中21日(月)に日本留学試験第2回(11月)の結果が届く。日本留学試験は学院生にとって大切な試験、日本人のセンター試験みたいなもんです。日本語(聴解・聴読解、読解、記述)、文系(総合科目・数学)、理系(物理・化学・生物から2科目、数学)。ご担当の先生方のご努力の賜物でしょうね、企業秘密^^なんで多くはかけませんが、どの部門も学内平均が全国平均を上回り、読解(200点満点)では194点が2人も。第1回(6月)で悔しい結果だった学生もほとんどが大幅に点をアップしてて少しホッ。日本語(聴解・聴読解+読解=400点満点)で6月→11月、98点アップなんて離れ業(嘘爆)を演じた学生もいた。
富山国際学院は12月22日(水)が年内最終授業日。「学院長」としては今年は忘年会どうしようかなと迷ってたのですが、幸いスタッフの粕谷謙治さんが発起人になってくれて、22日夜に行うことになった。現在学院内に12人・学院外に2人・育児休業中1人、計15人のスタッフがいるのですが、その内12人(とスタッフの赤ちゃん1人)が参加。圧倒的に女性が多い職場(男は粕谷さんと僕だけ)、おしゃれなお店でってことで宮田妙子さんご推奨の「Bio Mariage(ビオ・マリアージュ)」。学院から徒歩5分くらいの隠れ家レストラン。こういうお店があること、僕は全く知らなかった。

アミューズ 蛸のマリネ
前菜 鶏手羽先のコンフィ サーモンの炙り プチトマトとクリームチーズのサンタ風
スープ 七種の野菜のスープ(かぶ・カリフラワー・じゃがいも・玉ねぎ・ねぎ・白菜・しいたけ)
魚料理 三陸産真鯛のムニエル(タルタルソースとラタトゥイユのソース)
肉料理 牛ロースステーキ(バルサミコソース)
食事 梅ちりめんの和風スパゲッティ
デザート にんじんのケーキ 苺のアイスクリーム ミックスベリー
ワインはグラスで、ドイツ(白)→アルゼンチン(赤)→アルゼンチン(白)→ドイツ(白)と飲みました。

Bio Mariageの公式サイトはこちら。お店の名刺によれば
Bioはフランス語でオーガニックを意味します。Mariageはフランス語で結婚や祝福を意味しますが、その他人と人の出会いやワインと料理との相性などでも使われます。
地球や自然、人に優しい生き方をコンセプトに地元の生産者から直接仕入れ、手間をかけ心をこめてお料理を創っています。

とのことです。
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by tiaokumura | 2010-12-22 19:30 | 美味録10年 | Comments(8)

平成23(2011)年・小西弘通先生「富山”観世塾”」

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”観世塾”の特徴
当塾では毎回(月ごと)、テーマ曲を定めて、曲の内容、情景、テンポなどを解説したのち、講師がシテ(能の主役)と地頭(斉唱のリーダー)を勤め、皆様に希望の役(ワキ、ツレ、子方など)をお選びいただき、地謡は自由参加という形で謡います。なお、三曲のうち一曲につきましては講師は地頭のみを勤め、シテを含めた全ての役及び地謡について皆様に参加していただく形式で謡います。曲趣、役につきましてはあらかじめ前月開講のときに相談の上、取り決めることにいたします。
講師:観世流シテ方 富山松友会顧問 小西弘通(能楽協会 大阪支部会員)
開講:(原則として)毎月末の土曜日・午後1時~4時
受講料:1回2000円
会場:富山能楽堂
お問合せ:富山能楽堂(076-429-5595)など
番組:
1月23日:老松・雲林院・求塚 2月26日:海士・箙・葵上 3月26日:蘆刈・千手・鞍馬天狗 4月23日:養老・源氏供養・善知鳥 5月28日:頼政・草子洗小町・鵜飼 6月18日:邯鄲・楊貴妃・阿漕 7月30日:敦盛・江口・天鼓 8月27日:小督・通小町・松虫 9月24日:放下僧・半蔀・砧 10月29日:清経・三輪・殺生石 11月26日:龍田・玉鬘・実盛 12月24日:二人静・籠太鼓・船弁慶


12月18日(土)午後1時から富山能楽堂(富山空港近く)で、今年最後の小西弘通先生「富山”観世塾”」を受講。葛城・鉢木・猩々の三曲。『猩々』は全員でってことで、私も地謡に参加。ってぇもボクの場合、シャドー・ボクシングならぬ「シャドーイング謡」ですが(照)。
後片付けを終え小西先生に、1年(ってもボク、出席率、めっちゃ悪かった)の御礼・「どうぞ良いお年を。来年もよろしくお願いいたします」のご挨拶。皆さんにご挨拶して能楽堂を後にする。
アップした写真並びに上掲の記事は「平成23年富山”観世塾”のご案内」からです。「数え日」に入りましたから来年のことを書いても鬼は笑いませんよね(爆)。
富山”観世塾”」にご興味のある方はぜひお問合せあるいは直接富山能楽堂へ。

なお謡本はネットで、新本なら檜書店、古本なら竹岡書店で購入できます。
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by tiaokumura | 2010-12-20 19:16 | 謡を習う | Comments(0)

2010年12月19日、キキ逝く。

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1990年の6月だったか7月だったか、東京在住の義妹が、東京で拾った猫を、北陸本線に乗せて我が家に連れて来た。生まれて間もないのでしょうね、モルモットよりちょっと大きいくらいの猫だった。宮崎アニメからキキと命名。

猫って頭がいい動物なんでしょうね(まぁ動物はたいがい人間より賢いと言えますが)、ボクを「冷たい男」と見抜いたのでしょう、前の猫「ネネ」ほどは僕になつかなかった。それでも、僕の2部屋の一部屋の窓に両足をかけて外を眺めたり、僕がいてもいなくても僕の部屋の縁側で気持ちよく寝たり、僕が入浴で風呂場に行くとなぜかキキも脱衣場に入ってきたり。あるいは塾(今は廃業。道路を隔てて自宅向かいにあった)から仕事を終えて10時頃戻ると、僕が玄関の戸を開けるのを狙ってたんでしょうね、僕の足元からスルっと外に抜け出して家族総出で懐中電灯も使って捜索したこともあった。富山国際学院で専任になってからは、僕が6時前に帰るとちゃんとマットの上で寝そべっていて、「今日もちゃんと帰ってきたか」といった表情の後、トイレ脇の彼女の水飲みバケツで水を飲む。6時の夕食時になるとちゃんと食堂にやってきて家族と夕食を共にする。
前の猫のネネと違って布団にもぐりこんでくることはなかったが、季節になってこたつを設けると、毎晩のように10時頃ドアの外で「入れてくれ」と鳴く。右足でドアを開け、僕がコタツ布団をまくりあげてやるとゆったりと中に入り、僕の足の邪魔にならないポジショニングで寝そべる。アップした写真、右隅にキキがいます。2週間ほど前に撮りました。生前最後の写真になってしまった。あなたには見えないかもしれませんが、僕にはこたつの隅で右横を向いたキキがしっかり見えます。
10日ほど前、首が痛いとき、例によってドアの外で鳴いたのだけど、起き上がれず冷たい態度をとってしまった。悔いが残る。

キキ、1週間ほど前から飲まず食わず。ゴツゴツした体になった。僕が撫でると抵抗することもあったのに、晩年(悲しいがそういうことになる)は撫でるがままになった。
生きているキキを最後に抱いたのは今日午前8時頃。
人間の齢(よわい)で云えば90歳超なんでしょうね。2010年12月19日午前9時半、富山弁で言えば老衰で「しもうていった」。

今年のわが家、ツツジもハナミズキもクチナシもラヴェンダーもキンモクセイもカキも不作だった。ミョウガとユズが辛うじて例年並だった。
そんな年にキキが逝った。午後3時半、奥村家の墓地に穴を掘り、家族みんなで埋葬。首輪も一緒に埋葬した。

ボクは冷たい男なのでペット・ロスには陥らないだろう。今夜の月は満月なんでしょうか、今はかきくもっている。キキ用トイレできばっていたキキは今はもういない。
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by tiaokumura | 2010-12-19 20:03 | 追悼 | Comments(4)

名古屋出張

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(12月19日夜・記)
おととい12月17日(金)、富山国際学院に車を置いて、富山発9:09しらさぎで名古屋出張。今年6回目くらいになるかなぁ名古屋出張。今回の目的は、名古屋入管・東海北陸地区日本語学校経営者会議。
車中、例によって讀賣新聞・日本経済新聞。
讀賣。「火の玉投手」ボブ・フェラー氏死去、92歳。僕たちの子どもの頃のメジャーリーガー。36年インディアンスでメジャーデビュー、56年引退。日本では荒巻淳(1926-71。別府星野組→毎日(→大毎)→阪急。1985年野球殿堂入り)が和製火の玉投手でしたね。16面、宮崎大輔復帰の大崎電気。僕、中学・高校とハンドボールやってました。18面、「わが心の歌舞伎座展」、12月17日~25日@日本橋高島屋。5代目歌舞伎座(4代目は1951-2010)は2013年春にオープンだそうです。う~ん、その頃東京行けるかなあ。
日経。本の広告は、副島隆彦『日米 地獄へ道連れ経済』(祥伝社)、村上龍・孫正義『カンブリア宮殿 特別版』(日経プレミアシリーズ)など。31面、田中素香(中央大学教授)「欧州統合の精神問われる」、横山和輝(名古屋市立大学准教授)「金融契約の歴史に学ぶ」、国際協力銀行「目立つ閣僚のトップセールス」。「女子会、『年6回以上』3割超」-「25~45歳の独身女性1032人」の中で年6回以上「女子会」をするのは34%以上。調査詳細は「日経消費ウオッチャー」12月号に載るそうです。同面、「著名人お薦め 書籍入り福袋」-丸善版福袋100組(4000円~3万円)。福原義春もあるそうで、中身が見てみたい気も^^。地方版、「来月にインドセミナー」-北陸銀行が来年1月24日にテクノホールでセミナー開催。

今回はしらさぎ片道だったからでしょうか、金沢過ぎての車内検札で米原で新幹線乗り換えはNOと車掌さんに言われ、とほほ。新聞2紙を読み終え、小松あたりから窓外に眼をやると、田畑や土手や屋根に少し冠雪。加賀温泉あたりから曇り空、駅舎の奥にでっかい観音像。地元ゆかりの実業家が建立したんでしょうね。敦賀を過ぎてまばゆい太陽。
今回は数独的川泰宣『小惑星探査機 はやぶさ物語』(NHK出版・生活人新書)・矢野耕平『iPadで教育が変わる』(毎日コミュニケーションズ・マイコミ新書)を持参。僕、「はやぶさ what?」だったんですが、「はやぶさ」は学院スタッフにも「感動して涙が出た」「東京にカプセル展示見に行く」って方々がいて、ちょっと興味を抱いた。はやぶさ、子どもの頃好きだった宮沢賢治『夜だかの星』を連想した。的川書では神奈川県相模原の小学2年生のあすかちゃんの手紙がジンと来る。同書pp.151-153。1日80本のヘヴィースモーカーだった的川が40歳になってタバコをやめる話、ケッサク。その時の的川と川口淳一郎の若き日の写真も載ってます(p.173)。「理想の上司」って毎年のように発表になっていますが、今年あたりは岡田武史と川口淳一郎がランキング上位になっているでしょうね。『iPad~』は月刊「日本語」だったかの紹介を見て読みたいと思った。帯に「202×年、ある中学校の/日常生活はこうなる!」。同書より2箇所引用。
「教育」とは、受け手が送り手に「あなたから何かを学び取りたいのだ」というシグナルを送信することで初めて機能する。(p.9)
私は「教育」の意味は自動詞で解すべきと考える。子どもが「教わり、育つ」ように導いていくこと、それこそが「教育」である。(p.11)

いつもは米原で新幹線乗り換え(喫煙可車両がある^^)のところ、今回はそのまま北陸線。米原で進行方向が変わるので座席方向転換。で、ガラガラなんで4人分座席を独り占め(照)。米原を過ぎて山間を縫い(遠い山並には稜線に沿って雪)やがて平野部に出る。米原からの停車駅は、大垣・岐阜・尾張一宮。僕はここ数年名古屋出張が多いのですが、米原からのこの路線、久しぶりになる。裏日本って蔑称ありましたが、確かに東海地方は、僕たち北陸とはとりわけ冬空が異なる。洋の東西・過去現在を問わず、風土が人間を規定するってあると思うのですが、富山平野に育った僕と濃尾平野育ちの方とは大違いでしょうね。この年になって^^別にコンプレックスは感じませんが。

名古屋駅12:47着。名古屋出張ではたいがい一食はここでする駅構内の「驛釜きしめん」で昼食。ざるきしめんもいいかなと思ったのですが、もう50円大奮発して醤油きしめん(650円也)。
あおなみ線で名古屋競馬場。改札を出たところで声をかけられる。福井にある日本語学校のSさんだった。Sさんとは前回の名古屋出張の帰り、Kさん(金沢)・SGさん(富山)と4人、「しらさぎ宴会」をした仲(激爆)。お会いするのはこれで2回目です。Sさんの出張も僕と同じ目的。Sさんはなんでもよくご存知な方で今回もあれこれ教わる。
2時過ぎに名古屋入国管理局での用事を終える。それからSさんと2人、大名古屋ビルヂング3FのI.C.NAGOYAを表敬訪問し、丸山茂樹社長としばし懇談。その後、名古屋駅反対側のビックカメラに一緒に行き、僕はヴィレッジヴァンガード(僕、好きです)で1時間くらい店内ウロウロ。4:40、ビックカメラ前でSさんと落ち合い、再び大名古屋ビル。
5時からI.C.NAGOYA1F教室で東海北陸地区経営者会議。この会議、最初、参加表明校が5校くらいで心配してたのですが、結局東海北陸地区約40校のうちほぼ半分が参加(北陸4校は3校参加)。僕は出資しとるわけじゃないから厳密な意味では「経営者」ではありませんが、ま、立場上「経営者」相当でしょうね。頼りにならん経営者だこと(激爆)。おエライさんの会議って、ボクなんかはビビるだけですが、それでも意見表明や質問などもできて有意義であった。中国人経営者(3人参加)の意見・現状分析が聞けたことが何よりの収穫であった。
7時過ぎから同じ会場で懇親会。I.C.NAGOYAの丸山社長・前述のSさんと3人で同じ階のコンビニに買出し。会費2000円で、ビール・乾き物・おでんなど購入。なんか学生気分になったよう^^。9時半頃まで懇親会。最後は日本人3人・中国人2人で教室片付け。
JR名古屋駅の高速バス待合室でゴドーならぬバスを待ちながら^^読書&数独と思ってたのですが、I.C.NAGOYAの丸山社長・田中さんが付き合ってくださるということで、名古屋駅に。アップした写真(名古屋駅のイルミネーション)、田中さんに撮っていただきました。僕は環境保護や省エネの観点からこういうライトアップには反対なのですが、でも人心の癒しにはなっているのでしょうね。神戸のルミナリエ、いつか見てみたい。
3人で名古屋駅構内のお蕎麦屋さん。何十年ぶりかでジンジャーエール飲みました。昔ピザを食べる時よくカナダ・ジンジャーエール飲んでた。11時、お店閉店でお2人と別れる。

23:15JR名古屋駅新幹線口発。夜行バス(こないだのカトマンズ出張では富山→名古屋を利用した)は東海北陸道を走ったのでしょうね、5:15富山着。アイマスクをかけ、車中けっこう眠れました。
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by tiaokumura | 2010-12-17 22:31 | 僕は学院長2年生 | Comments(0)

ブログ「札幌日誌」のご紹介

札幌ご在住のfusakotaさんがネット検索「あいまぜ」をなさったところ小生のブログがヒットし、ご訪問並びに初コメントをいただきました。
初コメントでは、僕がこの間行った「CASA DEL GUAPO」の意味も書いてありました。fusakotoさんはスペイン語がおできになるんですね。2回目のコメントで知ったのですが、「文芸翻訳」のご本も出されているそうです。
僕、fusakotaさんのブログを訪問しました。まだいくつかの記事を読ませていただいただけですが、セントレア・剥製・福神漬・誕生ケーキ・『北海道の旬をまるごと食べよう』・干し柿作りなどが話題でした。僕の長い間の疑問のままだった「あれ」、「Paul Janetの法則」だってこと、fusakotaさんの記事でわかりました。

札幌、僕、あまり知りません。子どもの頃に知ったクラーク博士・「都ぞ弥生の♪」・裕次郎の歌・波多野千寿さん(陶芸家。一時期札幌ご在住)など。でも札幌の一番の思い出は、1979年秋だったかの新婚旅行。その年の10月6日(僕の誕生日^^)に挙式しその夜の列車で上京し羽田→千歳。千歳空港・時計台・ホテル・薄野・北大・ポプラ並木・ラーメン・・・。30年以上前の貴重な思い出である。

fusakotaさんのご許可が得られましたので、ブログ「札幌日誌 SAPPORO NISSHIを右にリンクさせていただきました(「エキサイトブログ」)。
皆様もどうぞご訪問を!

明日は名古屋出張。名古屋、けっこう寒そうです。富山、昨日が確か初雪-例年よりかなり遅かったのかも。タイヤ交換は済ませてあったので良かったぁ。明日の出張、富山はもちろん(札幌は雪でしょうか)名古屋も寒そうなので今冬初のロングコートにしようかと思っています。最近はしょんぼりと^^背中を丸めて歩くことが多い自分ですが(恥)、せめて明日は背筋を伸ばし眉をきりりっと上げ眼はしっかり前を向いて(お腹は凹めて^^)大股で歩こう。名古屋着いたらきしめん食べて、2時に名古屋入管に行き、5時からはI.C.NAGOYAで会議、その後懇親会(8時頃終了予定)。帰りは夜行バス!なんで、8時過ぎから名古屋のTさんに1時間くらい遊んでもらおうと思っています(照)。でも、夜行バス出発まで時間をつぶすのに苦労しそーだぁ。土曜日は早朝富山着。午後は小西弘通先生「富山観世塾」、ぜひ受講したい。『猩々』『葛城』『鉢木』です。
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by tiaokumura | 2010-12-16 19:57 | このブログのこと | Comments(2)

ゴダール新作、ゴダール映画祭

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ゴダール新作
ゴダール・ソシアリスム(JLG FILM SOCIALISME)
12月18日(土)、TOHOシネマズシャンテにてロードショー

ゴダール映画祭
11月27日(土)~12月17日(金)
「ゴダール・ソシアリスム」公開記念 ゴダール映画祭
『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』『ウイークエンド』『はなればなれに』『映画史特別編 選ばれた瞬間』など上映

上記の情報を知ると、「東京っていいなぁ」って思う。富山のような地方在住者には夢物語ですもんね。夜行バスに乗って東京行きたい気分だけど、時間もお金もない(泣)。
ジャン=リュック・ゴダールについて、Wikipediaフランス語版より以下引用。
Jean-Luc Godard est un cinéaste franco-suisse, né le 3 décembre 1930 à Paris. Il est tout à la fois scénariste, dialoguiste, acteur, monteur, producteur que écrivain, critique et théoricien du cinéma.
Chef de file de la Nouvelle Vague, cinéaste engagé après 1968, expérimentateur vidéo dans la seconde partie des années 1970, son œuvre évolue à partir des années 1980-1990 vers le collage poétique, faits de références, de citations et d'hommages aux maîtres de l'histoire de la peinture, de la littérature, de la poésie et de la musique. Par son approche radicale, entière et provocatrice Jean-Luc Godard est un des cinéastes les plus influents1. Selon le scénariste Phil Alden Robinson, Godard aurait détruit toutes les régles cinématographiques2.
ジャン=リュック・ゴダール、1930年12月3日パリ生まれ、フランス+スイス二重国籍者。映画監督・シナリオ作家・俳優・プロデューサー・映画評論家etc.。
ヌーヴェル・バーグ(「新しい波」)を代表する旗手。1968年以前から商業映画に対抗する活動を開始し、・・・フィル・アルデン・ロビンスンによれば、ゴダールはそれまでの予定調和的な映画の破壊者。(奥村テキトー訳^^)

ゴダール、who ?」って方のために『大辞林』より引用(引用にあたって表記など一部改変)。『大辞林』って『広辞苑』と違って物故者主義じゃないんでしょうね(違ったかも)。欧米系に限るんでしょうか、現存者も載ってます。
ゴダール:1930-。フランスの映画監督。ヌーベル-バーグの旗手。作「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」「軽蔑」「パッション」「ゴダールのマリナ」など。(『大辞林』p.917最下段)

僕の映画No.1は『気狂いピエロPIERROT LE FOU』です。5回は観たでしょうね。今はDVDで出てるのかも。上にアップした写真『ゴダール全集2 ゴダール全シナリオ集Ⅱ』(1971年11月10日第1刷。竹内書店。1200円)です。今この本を入手するとしたら、1万円以上はするでしょうね(違ったか^^)。いつかフォルツァ総曲輪に寄付しようと思っている本です。『女と男のいる舗道VIVRE SA VIE』『軽蔑LE MEPRIS』『恋人のいる時間UNE FEMME MARIER』『気狂いピエロPIERRO LE FOU』他2本のシナリオが収録されています(ただし日本語訳)。『気狂いピエロ』より引用
マリアンヌ(アンナ・カリーナ):私が悲しいのは、人生とロマンとが別のものだということだわ。私はそれが同じであってほしい。明快で、論理的で、有機的であってほしい。(p.243下段)
フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド):たぶん私たちは立ったまま夢を見ているのかもしれない。(中略)私たちは二重人間の時代に到達したのだ。(中略)私たちは夢からできており、/夢は私たちからできている。/いとしきものよ、/夢と言葉と死の世界では、/全ては快晴だ。(後略)(p.280下段~p.281上段)
『気狂いピエロ』のラストシーンではアルチュール・ランボーの詩(「見つかった/何が ?/永遠が/太陽に溶け込む/海が」)が引用されています。

ゴダールほどゴダールにとっては過去になる映画作品(エイゼンシュテインだったりイタリアン・ネオレアリスモだったり溝口や小津や黒澤だったりハリウッド作品だったり、かなぁ)を研究しつくし吸収した映像作家はいないでしょうね。ゴッホやピカソが数限りない「デッサン」で己が画風を築き上げたのと似ているでしょうね。ゴダールもフランソワ・トリュフォーも他のヌーヴェル・バーグ監督も、大ざっぱに言えば『カイエ・デュ・シネマ』の映画批評から出発した「素人」で、それまでの映画史ではそんな素人が映画制作に乗り出すなんて「とんでもない」ことだったんでしょうが、時代がゴダールらを招き寄せたのでしょうね。

『ゴダール・ソシアリスム』の日本語版公式サイトはこちら。同フランス語はこちら。フランス語版のほうでは御年80歳!のゴダールのインタビュー映像(2時間になんなんとするインタビューだったようです)が見られます! 同インタビュー、ゴダール語録、満載です(フランス語なんてチンプンカンプンなんで、「たぶん」ですが^^)。
『ゴダール映画祭』は明後日で終わってしまいますが、同公式サイトはこちらです。

『ゴダール・ソシアリスム』、シネモンド(金沢。ゴダールを割と取り上げる)かフォルツァ総曲輪(スタッフはゴダールについてどんな評価なんだろう)で観られる日があるのかなあ。
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by tiaokumura | 2010-12-15 19:08 | 映画 | Comments(10)