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名古屋出張(後編)

9月28日(火)名古屋出張、行きは高山線ひだ6号利用。
猪谷(いのたに)駅を出たあたりから、
芳地隆之『満州の情報基地 ハルビン学院』(2010年8月20日発行。新潮社。1500円+税)
を読む。

ブログをやってるといろいろな「想定外」ってあるんですね。今年2月だったか勤務先の富山国際学院に某全国紙系月刊誌の編集者からTELがあった。想定外のTELだったので「何だろう」とひとまずはお話を伺うことにする。お話を聞いててビックリ。その方、このブログをご覧になってて、「貴殿に書評をお願いしたい」ってな申し出なんですね。そりゃビックリしますよね。そんなん人生初ですもん。でも生来の好奇心もあって、まぁどんな注文なのかもう少し伺った。それがすごいんですね、内村剛介の本の書評をご希望。確か一昨年になるか大学以来の畏友で当ブログご常連の哲ちゃんと待ち合わせたジュンク堂池袋店で内村剛介の本(「著作集」)が1Fに平積みされてて、それを手に取りパラパラめくりながら、内村は20代に吉本隆明の関連でほんのちょっと読んだことがあるので「懐かしいなぁ」と思った。で、富山に帰ってから、そのことを当ブログに認めた。それをお読みになった宮明正紀さん(恵雅堂出版)からご丁寧なコメントをいただき、あるいは内村インタビュー本も読み、あるいはそうこうする内に「著作集」だった内村さんが亡くなられ、あるいは哲ちゃんがお父上の関係で宮明さんとメールを交わすようになり・・・ってな具合にいくつか「奇縁」が続いた。そんなあたり、当ブログに綴っているかも。で、編集氏はそこいらあたりのどこかをお読みになったんでしょうね、2000字書評のご依頼。でも無理ですよね、能力のない僕には。それに書評対象本は僕にはかなり高価な本で、そのあたりも編集氏に率直に申し上げたら、本はあちらさんで購入して贈呈するとのこと。そう言われると迷っちゃいますよね(照)。ただ大部な本なので読み終わるのに(「書評」ともなれば流し読みはできない)かなりの時間がかかる。受話器のこちらで迷い道を行ったり来たり^^。TELでそうこうする内に、僕、もっと適任者がいるとふと思いついて、「僕には無理ですが、書評ができそうな友人がいますから」ってことでいったん保留。その日の内にだったと思うが、友人の某君にTEL。で、結論から言うと、彼も諸般の事情で無理だってことなので、後日編集氏にお断わりしました。「オクムラくん、全国デビューの、人生最初で最後のチャンス」だったでしょうから、今にして思うと「残念」じゃったんかもしれん(嘘爆)。

芳地隆之『満州の情報基地 ハルビン学院』、芳地の関連前著『ハルビン学院と満州国』(新潮社)でたくさんページをさいてるからでしょうか(僕は未読)、内藤操(内村剛介。ハルビン学院21期生。以下「~期生」同じ)は本書後ろのほうp.p.230・231に少し登場します。

本書で芳地は「東京慰霊堂」(関東大震災・東京大空襲の犠牲者を追悼する施設)から筆を起こす。本のタイトルから行くと意外な書き出しでしょうね。読者を「おやっ」と思わせる。なぜ「東京慰霊堂」か、それは島津朝美へ続くための導入なんですね。島津は慰霊堂の近くに住む。そして島津は東京大空襲を経験し、府立7中の卒業式で「海ゆかば」を斉唱して卒業し、東京―博多―釜山を経て昭和20年4月「ハルビン学院」に入学する(入試は金沢であった)。若き島津の胸には「将来は外交官になるぞ。」という希望が秘められていた(p.16)。
以上が「序章 震災と空襲」。次の「第一章 開校前夜」に登場するのが後藤新平。僕は後藤はもっともっと評価されてしかるべき人物だと思っているので、本書で多くのページを後藤にさいているのは嬉しい。というか、「ハルビン学院」は後藤なくしては生まれなかったし、「ハルビン学院」の歴史は後藤の学院発足(ただし最初は「日露協会学校」名。1933年に改称)に込めた思い(「文装的武備論」)が歴史に翻弄された歴史でもある。「第二章 抱え込んだ矛盾」で日露協会学校(ハルビン学院の前身)のスタート。「第三章 想像のロシア 現実のロシア」で再び島津(26期生)。この本に難点をつけるとしたら、時系列で話が展開しない点でしょうか。それは芳地が過去の歴史を再構成し読者にわかりやすくするためにとったテクニックだったのかもしれませんが、僕のように頭が悪くハルビン学院の知識が乏しいものにはいささか読みづらい。まだ最後まで読んでいないので、最後まで読み終われば内容が肺腑にストンと落ちるのかもしれませんが、今のところ、ページを前後したりメモを取ったり付箋を貼ったりしながら読んでます。
これも前著との関係なんでしょうね、どちらかと言うとハルビン学院後期生が中心な(あるいは比重が重い)感じです。たぶん聞き書きや現存資料の関係でそうなったんでしょうね。岸谷隆一郎(1期生)・杉原千畝(1期生)・成田精雄(6期生)や加藤幸四郎(10期生。妻は淑子、娘は登紀子)・杉目昇(15期生)・内藤操(21期生。内村剛介)も出てきますが、全体としては久保久和(25期生)・島津朝美(26期生)・太田古雄(26期生)・黒羽栄司(26期生)・堀内彰(26期生)らが中心。
初代学院長の井田孝平は長谷川辰之助(二葉亭四迷)の教え子。井田も魅力ある人物です。
以前このブログでご紹介している『松花の流れ』は、本書では7番の歌詞(「古琴の友よ いざ往かむ」)が紹介されています(p.p.50-51)。
昭和20年8月21日渋谷三郎学院長が、数日後白井長助学監が自決(p.p.163・164)。
本書の「主な参考文献」には安彦良和『虹色のトロツキー』も。僕、この間全8巻読んだばかりです。
「あとがき」には
本書のために貴重な写真を提供してくださったのは24期生で、恵雅堂出版の社長を務める麻田平蔵氏である。ハルビン学院同窓生たちの窓口的な役割を担っておられる同社の宮明正紀氏にも大変お世話になった。この場を借りて、御礼申し上げたい。
とある。
戦後の私たちは日本海の対岸に目を向けることを避け、もっぱら米国に明るい表情をつくってきた。その結果、いまだロシアや中国といったユーラシア大陸の大国を等身大で見ることができないでいる。(「あとがき」p.248)
芳地隆之は僕より16歳年下。尖閣や中ロ首脳外交やロシア大統領の「北方領土」訪問表明などといった最近の状況も考えると、僕も芳地と全く同じ認識である。日本にはこの後「核武装論」「和製ヒットラー待望」「臥薪嘗胆」「対中戦争も辞さず」「在日華人排斥」「北方領土死守」などの幼児化現象も出てくるだろう。そのような状況にあって、「武器はロシア語とインテリジェンス」(帯より)というハルビン学院の歴史に学ぶところは大きいのではないだろうか。

ひだ6号、富山県内1時間・岐阜県2時間半・愛知県30分といった感じでしょうか。高山・下呂・岐阜などを経てやがて名古屋に到着。高山線入線ホームにある「どぇりゃあ亭」できしめん。ここ、うまいです。
改札を出ようとして悲劇発生! 自動改札口で「富山→富山」の乗車券が出てこないではないか。駅員とあれこれ話すも埒が明かず、会議時間も迫っているので、会議後また改札口に来るってことでいったん収拾。5時過ぎに同改札口に来たら、ありました「富山→富山」の乗車券(駅員さんが一生懸命探してくださったのでしょうね)。乗車券には「自改誤回収」と赤の手書きで書いてあった。

今回の会議は1時~5時。ボクは会議も大勢の前で発言もちょー苦手(恥)なんですが、そうも言っておられないので何回か発言。

帰りはしらさぎ。北陸3県には4つの日本語学校があるのですが、ちょうど各校1人ずつ揃った。車中ボックス席にして4人で宴会情報交換。ビールを飲みながら好き勝手なことを放言日本語教育の将来について熱く語り合った。

9時過ぎ富山駅。ポートラムで帰宅。
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by tiaokumura | 2010-09-30 21:06 | | Comments(6)

名古屋出張(前編)

記憶が苦手なんでよう覚えとらんのですが(汗)、9月28日(火)、東海北陸地区の日本語学校の会議出席のため、たぶん3月上旬以来の名古屋出張
前回は仕事の後、JR名古屋駅の「金の鈴」で野田さん・遠藤さんと待ち合わせて「飲み会」。ところがボク、田舎モンだからでしょうね。「金の鈴」っちゅうのがようわからんで、「銀の鈴」ってほうに行っとったかもしれん(恥)。野田さん・遠藤さんとは「アジア人財」というプロジェクトでご一緒した仲。年齢は野田さんが2つ上で遠藤さんは僕と同い年。そんなことで「馬が合う」というのでしょうね、3人であるいは他のメンバーも交えて何度か「飲みニケーション」しました(照)。3人の現況は、野田さんは名古屋でご活躍、遠藤さんはベトナムで日本語教師、僕は富山国際学院です。ベトナムから届いた遠藤さんのメールに対して「遠藤さんはシニアの星です」ってなメール送っておきました。遠藤さんがベトナムから帰られたらまた3人で飲みたいものです。それまで3人、お互いに生きていかなければ。

今回の出張、富山国際学院の会計ご担当の柳川さんにおねだりお願いして、いつもの「しらさぎ往復」じゃなくって「高山線で名古屋入り」にしていただきました。初秋の高山線、経験したかった。
富山駅北口、午前7時過ぎ。窓口で切符購入。行きは「ひだ」で帰りは「しらさぎ」って申し出たら、「それなら、かくかくしかじかがいい」ってことで窓口の駅員さん、5枚の切符を用意してくださった。それを確かめると、乗車券は「富山→富山」で「経由:高山線・東海道・名古屋・新幹線・米原・北陸」って書いてある。旅慣れない身としては「これでいいんだ」と判断したので、まさかこの乗車券のせいで名古屋駅で悲喜劇^が待っているとは、その時点で夢にも思わなかった(爆)。富山駅北口で切ってもらった領収書を見ると「14170円」。「しらさぎ往復」と比べると数百円高いのかも。「ぷちゼータク」と済ませられる金額かどうかは、僕には判断不能。ま、今回は許してもらえたら嬉しいかな。

ひだ6号・富山駅1番線8時出発。
車中、例によって讀賣・日経
両紙共通に新聞全紙を使っての「リクナビ」の広告。「新卒採用に携わる みなさまへ/わたしたちは、/いま、約束します。」-青空を背景にした広告です。「学生、企業、大学のそれぞれがより満足できる就職・採用活動システムをともに実現するために、リクナビができることは何か。」という意見広告(あるいは民主党の好きな「マニフェスト」かも)です。広告中にある「7つの約束」、ぜひ実現していただきたい。今、学生も企業も大学も「就活」には(たぶん)疲れきっている。システム疲労。3つのどこかが思いきったスタンスに踏み出さない限り、どうしようもない。そして、3つの中で最も弱い立場にあるのは「学生」だと思う。今の「就活」から「いち抜けた~」って勇気をもって(思いきったスタンスに踏み出して)言える学生はごく少数。今の学生諸君(卒業予定者も就活留年組も既卒就職浪人も)に「生まれた時が悪かったんだ」「就職できないのは自己責任なんだ」などと思わせてはいけない。「ニュー・ロスジェネ」、生んじゃダメ。僕はここで「学生を甘やかせ」と言っているのではない。学生諸君も努力し、就職にあたっての自己アピールもしっかりできるようにしておかなければならない。自分の売りは何か、きちんとつかんでおくべきでしょうね。ま、いずれにしてもリクナビさんには、「皆様と変化に向かって」いっていただきたい。
讀賣。「就活オン」。SPI2、新日本製鉄人事・労務部長の「人事の眼」、「理系学生」への就活情報、原田デスクによるOB・OG訪問ストラテジー、世界標準のA4のこと。学生諸君はこの記事、読んでるのかな。
日経。31面、関満博・一橋大学教授「経済教室 『素材』『サービス』に可能性」、谷口和弘・慶應義塾大学教授「やさしい経済学 会社のダイナミズム」など。「私の履歴書」は木田元「編集者たち」。このブログのご常連の「哲ちゃん」はかつて(今も立場は同じだと思う)「名編集長」と言われ(本人自称じゃないっすよ^^)、朝日新聞の「人・脈・記」でも本名でご登場。木田さんの場合、「熊谷健二郎さん・大塚信一さん・三浦雅士さん・坂下裕明君、小尾俊人・吉田欣子・守田省吾のお三方」(敬称ママ)が「編集者たち」として登場する。メルロ=ポンティ、僕は昔ちょっとだけ読んだことがあるので、岩波書店『メルロ=ポンティの思想』の出版経緯も興味深かった。

2紙読み終えて、ふと車窓から外を眺める。神通峡・森林・神社・民家、苅田・休耕田・転作田・棚田、ビニルハウス・作業小屋、橋脚朱塗りの橋、発電所・送電塔など。トンネルをいくつか通過し、草木に緑以外の色が混じり、列車はやがて減速し、猪谷(いのたに)駅8:40着。JRがいくつかに分社してるからでしょうね、20代(?)の女性車掌が猪谷で下車。彼女、線路を渡り駅舎に向かう。たぶんそこで乗務記録を書いて暫し休憩し、次は上り線に乗車勤務するんでしょうね。猪谷発、30代(?)男性車掌に交代。

猪谷駅を出たところで、この間博文堂さんから届いてまだ読み終わっていない
芳地隆之『満州の情報基地 ハルビン学院』(2010年8月20日発行。新潮社。1500円+税)
をカバンから取り出して読み始める。
この本、宮明正紀さん(恵雅堂出版)から「良書」だというコメントを当ブログにいただいており(同書「あとがき」p.249に宮明さんのお名前が出ている)、また哲ちゃんからも読むのを勧められた。同じ著者の『ハルビン学院と満州国』(新潮社)を先に読んだほうがよかったのかもしれないが、芳地さんって方はよく存じ上げない方なので、たまたま先に新聞広告で目についた『満州の情報基地 ハルビン学院』を読むことにしました。
この本のことはこの記事の続きの「名古屋出張(後編)」でまた触れます。
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by tiaokumura | 2010-09-29 21:17 | 僕は学院長2年生 | Comments(0)

マイケル・サンデル教授「白熱教室@東京大学安田講堂」(NHK教育TV)

韓流ドラマ「アイリス」が1か月ほど前に終わって(最終回はSPだった^^)、またほとんどTVを見ない生活に入った。自室にTVはありますよ、95年製造TV受像機ですが^^。先週金曜日、富山国際学院の同僚の高木けい子さんから、日曜日にサンデル教授の東大での講義がTV放映されるって聞きました。高木さん、スタッフ12人中で僕と一緒に「アイリス」ハマった仲間です(照)。
9月26日(日)午後9時少し前、NHK-Eにチャンネルを合わせる。1chは映りが悪いんですが、10chはまずまず見られる。サンデル教授が羽田空港に着くシーンあたりから始まる。
wikipedia英語版にMichael Sandelって項目あります。1953年3月5日、Minneapolisのユダヤ人家庭に生まれる。57歳。political philosopher(政治哲学者)でHarvard大の教授。1975年、Brandeis大卒業、後にOxfordでCharles Taylor(1931-。2008年度京都賞を受賞したあのチャールズ・テイラーさんです)に学ぶ。サンデル教授を有名たらしめたのはHarvard course ‘Justice’(オンラインで見られるそうです)と主著Liberalism and the Limits of Justice(1982)だそうです。

さてTV。東大での講義2回分が収録。各回1時間半以上だったんでしょうが、TV放映は9時~11時半。
やはりアメリカ人なんでしょうね、講義冒頭「つかみ」の日本語&ジョーク。1000人の「学生」、東大日本人学生・同留学生・大学教員・高校教師・公務員・OL・看護師・フリーター・国会議員他といった集合体でした。男女6:4、若者・非若者7:3といった感じでしょうか。
まず「イチローの年俸は高額か」。日本の中学教員は年収400万円だそうで、イチローはその約400倍。オバマも引き合いに出され、オバマは約40倍。議論、あちこちで手が挙がり、サンデル教授はそれらを交通整理し時には挑発しながら、授業を進める。話題は「富の再分配」へと進む。「教師力」って言いますが、まさに「教師力」全開なんでしょうね、彼。そういういわば「問答形式」って別に古代ギリシャ時代からあって目新しくはないのでしょうが、サンデル教授はある目標(教師が持っている「正解」)に向かって誘導/指導するのでないところがすごいんでしょうね。ただまぁ、最後にはブリーフィングやコメントもありましたが。
他の議題に「弟が殺人犯で逃亡中。彼の居所を知っているあなたはそれを警察に通報するか」という設問。それは家族・コミュニティ・国家といった議論に進む入口だった。そして更に戦争責任へと展開する-後続世代は先の世代が犯した戦争責任にどこまで責任があるか。「相手が被害を忘れない限り、後の世代にも責任は残る」という女性の発言に会場から拍手がわいた。「いじめ」と同じ発想なのかも。難しいことですよね。歴史認識で彼我のズレがある時、では孫・曾孫・やしゃ孫・・・も責任を負い続けるのだろうか。パレスチナとイスラエルがそうだと思うけど、どんどん歴史を遡ったら、ではどこから(ゲゼルシャフト・ゲマインシャフトなど)ってことになる。もしオバマ大統領が広島・長崎を訪れたとして、彼、どんなことを言うのでしょうね。原爆投下も「正義の戦争」だったからってことで正当化するのだろうか。
「東京大学に多額の寄付を申し出た保護者がいる。その両親の子どもはまあある程度学力がある。では多額の寄付金をもらいその子どもを東大に合格させていいものか」って設問もおもしろかった。東大の権威・東大生への挑発でもあるのでしょうね。同じ設問の流れで親の収入によって子どもの学力格差・学歴差が出てくることも取り上げられていました。
「バングラデシュ人と日本人のどちらを助けるか」というナショナリズムとヒューマニズム(ってことでしょうか)の設問も。

2時間半、哲学ってボクには数学・物理と並んでちょー苦手(恥)ジャンルですが、久々のTV、大いに堪能しました。こういう番組あると地デジやっといたほうがいいのかなぁなどと思う。
日本の若者の論理の立て方・具体例の援用・反論のしかたもすばらしかった。ボクには無理なことばかり。そして、彼ら/彼女らの英語力にも驚いた。同時通訳もあったみたいですが(日本人の何人かは日本語で発言)、でも多くの日本人は英語で発言してた。


私も教師の端くれ。サンデル教授の進行の仕方、大いに学ぶ点がありました。教授は膨大な準備をなさってきたのでしょうね。そして、これも「教師」の大切な授業方法ですが、1万くらいの背景知識を持っていてその1‰くらいを当該授業に使うってのが「理想的な教師」なんでしょうね。そして学生にどんどん発言できる意欲を持たせ発言環境を整えてやる(学生の名前を聞き、学生をファーストネームで呼ぶなど)ということ。
「結論」や「正解」などない設問ばかり。こうやって議論し対話することが大切なんでしょうね。
再放送があるかどうか不明ですが、見られなかった方は、ぜひ何とかチャンスを見つけて視聴されることを希望します。

マイケル・サンデル教授の発言を朝日新聞2010年8月30日付より以下引用する。
決して意見が一致しないのになぜこんなことを続けるのかと思うかもしれない。しかし、正義について議論することは、私たちの生き方を考えること。それをこの講堂の外でもやらなければ。「哲学」はある意味で不可能。でも、それは不可避なのです。
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by tiaokumura | 2010-09-27 20:31 | このブログのこと | Comments(0)

「船長は英雄、中国外交の圧勝」ってことでしょうけど

タラップをVサインで降り立つ中年男性。国慶節を前に、中国中が沸き立っていることでしょうね。中国の大金持ちは彼に住宅・高級外車・年金などを次々と競い合うように申し出るでしょうね。船長ご一家は来る軍事パレードの来賓にだってなりうるでしょうね。
それにしても中国はすごい。官民あげて矢継早に外交カードを切り、エスカレートは留まることを知らない。4人拘束は偶発だったんでしょうが、レアアースがそういう状況だったということはボクは恥ずかしながら無知だった。巨龍の逆鱗に触れたときの怖さをまざまざと国際社会に見せつけた。同時に、日本は国際社会に誤った(本当の?)メッセージを送ってしまった。「外圧に弱い」「外交無能」「中国抜きに立ち行かない国」という評価。朝鮮民主主義人民共和国以外の中華人民共和国周辺諸国は「次はわが身」と戦々恐々。
領土問題に限らず、この後も、「船長」ケースは頻発する。民主党政権はありとあらゆるケースに備えておかなければならない。情報戦争に勝てるだけの人材、いるんだろうか。
ふと思う-周恩来さん・鄧小平さんが生きていたら、今回の件についてどんなコメントを出してたでしょうね。

こんなことなら最初っから拘留なんてしなきゃよかったのに」というのが私を含めた「小日本人」の意見でしょうね。なんだか三国干渉のロシアを連想した。ロシアはあの後ロシア革命によって崩壊していったが、中国は2012年まで強硬路線を取り続けるでしょうね。菅vs小沢なんて児戯みたいな中国共産党内部での熾烈な権力闘争。共産党内部の保守派も改革派も日本に対してどれだけ大声を出せたか・どれだけ強気に出られたかで、主導権が握れる。国内安定経営のためには「小日本」に隙を見せてはならないということでしょね。「失われた20年」は中国共産党内部にも知日派・親日派を減らしてしまった。「中華人民共和国日本省」が中国共産党の最終目的でありませんように。

聖徳太子も児島惟謙もいない日本。民主党政府はまるで中国政府vs那覇地検みたいな構図にして頬っかむり。海上保安庁職員も尖閣諸島周辺日本人操業者も那覇地検検事も絶望でしょうね。日本は法治国家じゃなかったんですもんね。
日本人は今無力感で一杯。そして大国中国への恐怖・失望・憎悪も。民主党の「弱腰外交」に非難もあるが、確かに前原を国土交通相・外相に選んだのは間違いだったろうが、では自民党だったらどうしたか。秘策なんてなかったでしょうね。でも小泉に倣って「即日釈放」くらいはできたかもしれない。

仕事柄、僕には中国人知人が何人かいる。僕も彼/彼女も国家を代表しているわけではないから、これまで通りのお付き合いを願いたいが、日本国内世論によって在日華人が不安定な境遇に陥らないように希望したい(無論、中国在留邦人も安心安全な生活が送れますように)。僕の日本人友人知人に中国ファンもいる。かまうことはない、彼/彼女は引き続き中国ファンであられますように。日本ファンの中国人も同様に。
中国出張もある自分。こんな記事を書いたら「危険思想の持ち主」ってことで中国国内空港で即拘束になっちゃうんでしょうかねぇ。でも僕、中国大陸にあっても日本人としての矜持は見失わないようにします。

我想:希望是本無所謂有,無所謂無的。這正如地上的路;其実地上本没有路,歩的人多了,也便成了路。
領土問題と「希望」はなじまないだろうが、魯迅が喝破したように日中/中日の人民交流によって互いの希望が実現してほしい。甘ちゃんすぎるか・・・。
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by tiaokumura | 2010-09-26 14:17 | このブログのこと | Comments(0)

オクムラくん、ようやく?遂に?決断

富山国際学院の入っているビルの前は市道になるのでしょうか、2車線でけっこう車の通行量が多い。日赤が近いせいもあるんでしょうね、救急車も週に何回か通る。ごく稀に消防車も通る。学院の入っているビルの横の道は2車線ですがそんなに広くない。で、その横道を挟んで革新系政党になるんでしょうか、それが入っているビルがある。選挙になるとずいぶん出入りがあり、街宣車も出入りしてます。そのビルの1Fに「社員食堂」のようなレストランがあり、僕、11枚綴りで6000円(バラで10枚買っていくより1枚お得^^)のチケットを買って、週に何回か昼食タイムを過ごす。レストランの壁にはF党首の色紙も飾ってあります。
そのビル、今年度にはいってからになるでしょうか、ビル1Fの一画に分煙室(ってんでしょうか)ができた。全館禁煙になり、喫煙者のために(非喫煙者のためにでもあるのでしょうね)「タバコが吸える場所」を設けたのでしょうね。設備投資いくらくらいかかったんでしょうね。それまでは1Fロビー喫煙可でした。
今日の昼食後、その喫煙ルームに入って一服。相客があってしばし歓談。必然的に話題は、禁煙のこと・タバコ値上げのこと。30代になるでしょうか、ある男性が30カートン買ったそうです。タバコに縁のない方にはおわかりにならないでしょうが、1カートンにはタバコが10箱入っています。1箱300円のタバコとして30カートンは9万円! よくもまぁそういう大金が用意できるもんじゃと素直に感心しました。で、10月1日から1箱100円の値上げとして(全部が税金でもないそうです。JTにも何割か入るとか。なおタバコ税は市町村に入るそうです)、その方は(400-300)×10×30=3万円の得なんかなぁと、居合わせたタバコ呑み同士でひとしきり笑ったんですが、でもこの計算、なんか変ですよね。彼、はたして「得をした」って言えるのかな。
9月末までタバコ、ものすごい売れ行きでしょうね。通常の3~5割アップかも。僕はお金の余裕がないので買いだめは無理っす(恥)。

さて、前置きが長くなりましたが(激爆)、富山国際学院が入っているビル、全館禁煙にします。ってぇも他のテナントさんも入っているので、とりあえずは学院関係のフロアですが。学院は2F・3F・4Fを借りていて4Fロビーに喫煙所があるのですが、9月22日に「10月4日から/禁煙(きんえん)/です。タバコはダメです。」って掲示、貼りました。相変わらず下手っぴぃな字ですが(大恥)、下半期の10月4日から禁煙のアナウンスという次第。10月1日(金)終業後、灰皿撤去します。

当ブログ、この間の脳動脈瘤の記事に「くっつん」さん・「哲ちゃん」さんから手厳しいコメントをいただきました。以下、引用。
くっつん」さん
富山国際学院の喫煙所を拝見しましたが、タバコを吸わない人にとっては、と~~~っても厳しい環境だと思いますよ。もし自分が職員だったら、絶対に抗議してますヨ(笑)
哲ちゃん」さん
学校のビルがまだ全館禁煙になっていないとは,驚いた。これは即座に実行すべきです。貴兄が喫煙するかどうかは個人の選択の問題だけれど,学校内とかビル内のことは,率先して配慮すべき年齢に我々はなっているのでは?

学院スタッフ12人中で喫煙者はボクだけ(大恥)。学院生には午前・午後(2部制)合わせて8人くらいいるでしょうか、喫煙者。
まぁ、遅すぎたかもしれませんが、富山国際学院、「禁煙」に踏み切りました。「くっつん」「哲ちゃん」に褒めていただけるかも(嘘爆)。

僕も含めた喫煙者、10月4日(月)からどうするかってことになるのでしょうが、これを機会にタバコをやめる学生が出てきたら、いいのでしょうね(ボクは無理っぽい)。学院生がビル周囲で喫煙せんよーに、しばらく見回りが必要かも。学院スタッフ、受動喫煙なくなるので「ホッ」でしょうね。ボクは相変わらずタバコ臭い(+加齢臭^^)でしょうけんど。お客さんで喫煙希望があったら、丁重にお断わりします。
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by tiaokumura | 2010-09-24 20:34 | 僕は学院長2年生 | Comments(6)

ケーブルテレビ富山「高校生ポップスタジオ」

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おととい火曜日、NPO法人F-siteの花田恵さんから富山国際学院にTELがあった。今年2月、花田さんが高校生を連れて富山国際学院に取材に見えたのですが、それが今度ケーブルテレビ富山で放送されるとのこと。アップした写真がそれです。

高校生ポップスタジオ
10月2日~8日 
午前11時15分~11時30分
「NPO法人富山国際学院の紹介」
番組制作高校 呉羽高校


高校生が制作したドキュメンタリーやドラマをオンエアー 全4回シリーズ」の中の一つが「NPO法人富山国際学院の紹介」ってことのようです。

花田恵さんは、数年前だったか、彼女のご両親が岸井みつよ学院長(当時。僕の前任者にあたる)とお知り合いでそのご縁でNPO法人F-site(エフサイト)の活動を紹介しに学院を訪ねてこられた。その後何度かお会いしている。花田さんのお人柄でしょうね、女性と話すのが苦手な僕も、割と気楽に話せる方です。今年2月の学院の取材は、F-siteが文部科学省の委託を受けたプロジェクト
平成21年度「NPOを核とした生涯学習活性化事業」
~映像制作サロンの活動を通じた世代間コミュニケーションの再構築~

の一環。うち以外にも富山県内のいくつかのNPOを取材されたようです。

F-siteのHPはこちら。学院の隣りのビルの一室を借りて行われた(僕は不参加)「呉羽高校の作品発表交流会 富山国際学院」は、同こちら

うちもそうですが、NPO法人はどこも台所事情が苦しい。きっとF-siteも同じだろう。そんな中でがんばっている花田恵さんのような方がいると、この国の未来も少し明るいかなと思う。
取材に来た高校生たちと接する機会が僕にもあったのですが、あれこれ言われるイマドキの高校生ですが、暗さ・好奇心・ナマイキさ・世間知らずな面も感じられて「昔の自分(たち)と変わらんなぁ」ってな印象を持った。僕、最近思ってるのですが、選挙権18歳以上どころか、国政選挙権15歳以上・国政被選挙権18歳以上にしたらどうだろう。つまり15歳以上が国会議員選挙に参加でき、18歳以上が国会議員に立候補できる。60歳以上の僕たちは、まぁなんとか幸せも感じられながら老い死んでいける。だが、後続世代はどうだろう。経済も政治も外交も社会も早晩立ち行かなくなる日本。挙句に僕たちが享受した幸福のつけ(負の遺産)が後続世代の負担になる。公債(国債・地方債)一つとっても、それは明らか。国の近未来のあり方に「子どもたち」が参加できない(選挙権がない)のは、考えてみればあまりにもひどいことである。ジイさん・バアさんが勝手に退場してその後始末をさせられるだけなんて、後続世代の迷惑以外の何物でもない。「生まれた時が悪い」と子どもたちを我慢させるしかないのではあまりにも愚か。そんな対案の一つが「国政選挙権15歳(あるいは12歳)以上・国政被選挙権18歳(あるいは15歳)以上」。検討に値する案だと思うが、いかが。「大人が犯す過ちは時に致命的だが、子どもが犯す過ちはまだ取り返しがつく可能性が大きい」ってなあたりが僕の論拠。

今回のオンエアー、ケーブルテレビなのでなかなか視聴しにくいかもしれませんが、ケーブルテレビ環境にある方は、ぜひ
高校生ポップスタジオ 10月2日~29日 午前11時15分~11時30分
をご覧下さい。
全6番組で、呉羽高校(「NPO法人富山国際学院の紹介」「KOIそれは・・・」「壁一重」)以外に国際大付属(「大切なもの」「携帯音楽プレーヤーの先には」)・不二越工業(「『オレたちは不二越工科学園茶道部だぁー!』第2話」)も番組制作に参加。番組ナビゲーターも高校生(富山東・呉羽)だそうです。
ケーブルテレビ富山」の10月番組ラインナップはこちら
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by tiaokumura | 2010-09-23 11:31 | NPO | Comments(0)

多文化共生サポーター養成講座2010@ウイング・ウイング高岡

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アップした写真、9月18日(土)のラテンフェスティバル@富岩運河環水公園で配られていて入手したリーフレット。
青木由香さんのことは、当ブログ2010年7月23日付でご紹介していますが、この養成講座、彼女も講師のお一人としてご参加(今回の肩書は「アレッセ高岡-高校進学支援教室-」)。

以下、リーフレットより。
多文化共生サポーター養成講座2010【ボランティア養成講座】
 現在、日本にはおよそ220万人の外国人登録者がいます。県内にもおよそ15,000人の外国人が住んでいます。
 日本に住む外国人の中には、母国と日本の文化・習慣の違いから、生活面で問題を抱えている人もいます。
 この講座では、「多文化共生」についての基礎的な理解を深めるとともに、私たちが外国人住民・子どもたちにできることを考え、日本人にも外国人にも暮らしやすい地域社会を築くことを目的としています。
受講対象者 多文化共生の地域づくりや外国籍の子どもたちへの支援に関心のある方。国籍は問いません
受講料 無料
会場 ウイング・ウイング高岡(JR高岡駅、徒歩3分。TEL0766-20-1800)
時間 13:30~16:30
養成講座ファシリテーター 原由理恵(射水市国際交流協会)
スケジュール(全4回)
10月2日(土)
『多文化共生ってなんだろう』

講師:田村太郎
10月23日(土)
『富山に住む外国人住民の気持ち』

講師:木口実 艾玉霞 新保満夫
11月13日(土)
『県内における多文化共生の地域づくりに向けた取組み』

講師:原由理恵 青木由香 五箇大成
11月27日(土)
『外国人支援のボランティアとは』

講師:時光

僕はできたら第2回・第3回を受講したいのですが、あいにく10月23日は福井、11月13日は東京にいそう。

昨日だか今日の朝日新聞に「在日外国人対象の 特待生枠を設置へ」が載っていました。高知県の明徳義塾中学・高校の試みの紹介。
受験者は面接のほか、母語で書く作文か、日本語による英語、国語、数学(中学は国・算)の学科試験のいずれかを受ける。成績に応じ入学料や授業料、寮費などを免除される。(同記事より引用)
明徳の在日外国人枠は10人ですが、このような試みがもっともっと広まるといいですね。日本語ができない/下手なだけで排除される日本の教育制度は、先進国として恥ずかしいシステムですよね。

今回ご紹介した
多文化共生サポーター養成講座2010@ウイング・ウイング高岡
関心のある方/ご都合がつく方はぜひ受講されますように。
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by tiaokumura | 2010-09-20 13:02 | 富山 | Comments(4)

カルメン・マキ『時には母のない子のように』(YouTube)


昨日の朝日新聞「うたの旅人」
時には母のない子のように(寺山修司・作詞、田中未知・作曲、カルメン・マキ・歌)
でした。もう取り上げている歌だと思ってたのですが、まだだったんですね。

記事(文・斎藤鑑三、写真・麻生健)には寺山修司・寺山の母・九條今日子・田中未知(当時会社員だったんですね、知りませんでした。その後寺山の秘書兼マネジャー)・酒井政利・阿久悠・越路吹雪・白石征(出版社「新書館」で寺山担当)ら。前奏の波、茅ヶ崎海岸だそうです。
「誰もが無邪気な希望の持てなかった69年」(阿久悠)ではあったにせよ、今ふり返ってみると、若者にとって生きやすい時代だったんだと思う。「不機嫌な歌手」カルメン・マキ18歳、「ノーテンキな若者」僕23歳。
カルメン・マキ(天井桟敷でのオーディション当時は17歳)はこの曲(100万枚突破)で第20回紅白歌合戦に出場。その後、天井桟敷を退団しOZを率いてロックシーンに殴り込み^^。僕、アルバム、買いました。タイトルは忘れましたが、「真夜中の街角~」ってな歌詞のロックもあった。

斎藤鑑三記者の文より引用。
この夏、私とカメラマンはマキさんの「追っかけ」を続けた。東京・高円寺のライブハウスで、40年を隔てた「時には~」を聴いた。再録音とも違う、どこか吹っ切れた感じがあった。黒人霊歌「Sometimes I feel like motherless child」で歌い出し、「時には~」をはさみ「サマータイム」で終えた。
マキさんにとって、どの歌も因縁の歌だった。黒人霊歌は「時には~」を作るときに寺山が強く影響された歌で、「サマータイム」は彼女の人生を変えたLP「チープ・スリル」でジャニスが歌った。

記事中には、吉祥寺でのライブ写真も。

今朝の朝日新聞の「惜別」、初代若乃花・花田勝治さん、森毅さん(内村直之記者の名文。内村さん、ここんところずーっと朝日でみかけなかったんで、干されているのかと思ってたんですが^^ご健在でした)でした。
1969年に時計の針を戻してみれば、寺山修司さんは天井桟敷を主宰し、花田さんは後進の指導にあたり、森さんは京大教官だった。「古き良き時代」ってことになるのでしょうか。この年、『新宿の女』『坊や大きくならないで』『フランシーヌの場合』『禁じられた恋』『夜と朝のあいだに』『雪が降る』など(世相風俗観察会編『現代風俗史年表』河出書房新社に拠る)。

-「だれにも母があります。だれにも母がありました」(ウロ覚えです。間違ってたらご勘弁を)というサトウ・ハチロー(1903-73。佐藤紅緑の長男)の詩句を思い出す。
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by tiaokumura | 2010-09-19 19:24 | 音楽 | Comments(2)

ラテンフェスティバル(3)

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(9月19日午後・記)
9月18日(土)、ラテンフェスティバル@富岩運河環水公園ぷちボラ参加。
アップした写真、今回のフェスティバルの「歌って、踊って、食べて笑顔になる」を象徴するようなシーン。

夕方、駐車場が込んできたようなので再び駐車場係。ステージはほとんど見られなかった。出演者たち(7組)、オリジナル曲が多かったのでしょうが、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim1927-94)やアストル・ピアソラ(Astor Piazzola1921-92)のカヴァーも。ラテン系じゃリスペクトを超えて神様のような存在なんでしょうね、2人は。
さて、ラテンフェスティバルの大トリはもちろんWAYNO。僕は演奏3曲目あたりから、駐車場を引き揚げて会場に入って聴いた。いつもの5人のメンバーに今回は谷中ご夫妻の息子さん(小学生?)がパーカッションで参加。WAYNOは、ライブハウスでのライブも含めて僕は6回目になるでしょうか。今回は『山の女の子』『コンドルの革命』『花祭り』など。WAYNO単独演奏が4曲ほどあって、その後は「しきのソル・ナセンテ」(「しきの」は高岡市志貴野からでしょうね。高岡市在住日系ブラジル人のチーム。僕の20年来の友人の中山美幸さんも関わっている。サンバ)や「ドゥマルシェ」(Deux Marches。バンドネオンとバイオリンの女性2人組。タンゴ)も加わってセッション。ステージ前で踊りも始まる。
ノリノリになったところで『コーヒー・ルンバ』。昼の客の入りは2~3割だったんですが、この時間帯にはほぼ9割以上の客の入り。キャパ、どのくらいだったんでしょうね、300人以上はいた感じです。ラストの前に谷中仁美さん(ラテンフェスティバル 統括)のお礼のあいさつ。ボランティアも前に集まるようにって仁美さんの指示で、Tシャツ連中、ステージに並ぶ。僕より年上の男性・女性も何人か。
最後には女性ボサノバ歌手の歌唱指導(?)があって、更に女性1人・女の子2人のサンバチームの踊りも加わって、ミュージシャン・観客・スタッフ・ボランティア一体の大ノリノリ。

午後8時半頃、ラテンフェスティバル終演。
楽器運び、会場のゴミ拾い、テント撤収、タピストリー片付けなど。午後10時頃終了。谷中秀治さん・谷中仁美さんのご挨拶。解散。谷中さんご夫妻他にご挨拶して、環水公園を抜け(土曜日だからでしょうね、スターバックスその他、けっこう人がいた)富山駅北口へ。ポートラムで帰宅。

今年はこの後「国際交流フェスティバル2010inTOYAMA@富山駅前CiC」と村川いづみさん+ジュリアーノさん「イタリア美術セミナー@富山大学」のぷちボラを予定しています。他に、勤務先の富山国際学院の学生を連れてデイケアサ-ビスでのボランティアができたらとも。
僕、ボランティア歴はまだ短いですが、ボランティアって「他人のため」ってより「自分のため」になる。今回も、自己満足かもしれませんんが、いろんな出会いもあって楽しかった。
皆様も年に何度か「ぷちボラ」をなさってみてください。そういう人が増えたら、世の中、もっと良くなるのではないかしらん。

谷中仁美さん、谷中秀治さん、皆様、
9月18日はありがとうございました!
またどこかでお会いしましょう。

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by tiaokumura | 2010-09-18 20:02 | 富山 | Comments(6)

ラテンフェスティバル(2)

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(9月19日午後・記)
昨日9月18日(土)、ラテンフェスティバル@富岩運河環水公園ぷちボラ
12時半頃、ステージで隼人加織さんと思しき方が、ギタリストとリハ。終わって「隼人さんですよね」と図々しくも声をかける^^。そしてこれまた図々しく^^、2つ前のブログ記事のコピーをお渡しする。隼人さん、さぞかし驚かれたでしょうね、見も知らぬオッサン(ジジイ?)から声掛けられ、しかもなにやらわけのわからぬ記事を渡されて。でもさすがプロ、ちゃんと対応していただけました。「2ステージ目が終わったら写真撮らせてください」ってお願いしてOK。ラッキー♪

今回のぷちボラ、会場入りするまで、「バミリ」(ステージ上にマイクや楽器や出演者の位置をテープで貼っておく。「場を見る」から来たんでしょうか)をやるつもりだったんですが、ステージには既にマイクなど設置済みで、バミリは不要だった。「バミリのオクムラ」としては残念(嘘爆)。谷中仁美さん(ラテンフェスティバル・統括)に、「駐車場、お願い」って言われて駐車場整理誘導のボランティアになる。仁美さんによると、駐車場込んでくると縦列駐車する人出てくるので、そういうのないようにして、ってことだった。谷中秀治さん(仁美さんのご主人。WAYNOのベーシスト)からは「最後の撤収までお願い」って言われて了解。
1時前から駐車場。入口と出口には別のボランティアがいて、僕は駐車場内をうろうろ。30℃以上だったでしょうね、暑いので缶ビール2缶(照)。「ボランティアの分際で」ってご批判もあるかもしれませんが^^、まぁいいんです、ここは。駐車場、ほぼ満杯に。人生と似てるんでしょうね、駐車スペースがあるかどうかは運否天賦。「すみませ~ん、一杯です」って誘導した後に、ふと空きが出てきて次の車は運良く駐車できる。そうかと思うと、「ここ空いています」って誘導したのに、もっと先にきっと空いてるところあると思うんでしょうね、僕の指示を無視して通過。でも、その先には停めるスペースはない(僕が確認済み)。まぁ「ヒマ」っちゃヒマだし「切った貼った」もない(1度だけ誤誘導しそうになって焦った)駐車場係なんで、「駐車場は人生の縮図だ」なんて哲学的考察(激爆)もしながら、3時頃まで駐車場にいました。

ステージのトップバッターは隼人加織。予定では1時スタートだったんですが、遅れて1:20頃から。彼女の歌声とギター、駐車場で聴いてました。オリジナルがほとんどなんでしょうね、日本語・英語・ポルトガル語。カヴァー曲では『マシュケナダ(Mas que nada)』、僕たちには「セルジオ・メンデスとブラジル'66」でお馴染みですよね。

駐車場、少しすいてきたので、本部テントに。仁美さんに彼女の生ビールを分けていただく(照)。ステージ会場に行って見渡すと、やっぱ暑さのせいでしょうね、観客は3割弱の入り。う~ん、残念。見知った方々とあいさつなど。
再び駐車場。16時頃、隼人加織の2ステージ目開始。
16:30頃、ステージ会場裏手の階段で待機。ステージを終えた隼人加織さんが上ってこられる。「お疲れ様でーす」と隼人さんに、"Thank you for your fantastic performance"とギタリストの方に。今回楽屋になっている部屋の外でお2人を待つ。出てこられたところでアップした写真を撮る。左がギターのグスターヴォ・アナクレットさん(Gostavo Anacleto。隼人さんのブログでフルネームを知りました)、真ん中が隼人加織さんです。自分、隼人さんに接近しすぎかも(汗)。
お2人はこの後、大門のイタリアンレストラン「ローズ・エ・ロメオ」でライブ。ゆっくりお話しできなくって残念。隼人さんのお母様(ブラジル人)が迎えに来られるってことで、駐車場までご一緒する。グスターヴォさんのキャリーバッグの運び屋も^^。短い時間でしたが、隼人さんとは日本語、グスターヴォさんとは英語で少しおしゃべり。
隼人加織さんのブログは「なかよくけんかしなっ♪」(偶然ですが、ここと同じエキサイトです)。隼人さんとグスターヴォさんとの出会い(隼人さんによれば"Que coincidencia!”)も綴られています(2010年8月5日付)。最近のツアーはグスターヴォさんとご一緒が多いようです。

隼人加織さま、グスターヴォ・アナクレットさま、9月18日はありがとうございました!
これからもご活躍ください。
勝手ですが、隼人さんのブログ、リンクさせていただきました。事後承諾になりますが、よろしくお願いします♪
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by tiaokumura | 2010-09-18 16:46 | 富山 | Comments(0)