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私は菅直人が選ばれてほしい

どうやら民主党代表選、菅vs小沢に決定のようです。それにしても、この間の鳩山の「宇宙人」ぶりはいただけない。菅支持を表明していたかと思うと大義とやらで小沢に行き、更に菅・小沢の取り持ち役を買って出て・・・。彼って(永田町的にはどうか知らないが)、小沢と道連れ心中をして(小沢主導という説もある)政界から引退するはずじゃなかったんでしょうか。祖父・鳩山一郎の悲願を達成するために日露外交に取り組むのはご本人の勝手ですが、ここ数日の彼の動きは僕のような者には解せない。今回の一連の動きで一番株を落としたのは鳩山由紀夫でしょうね。そういう点、菅直人小沢一郎も筋を通しているのは評価できる。
で、民主党代表選、今日現在で、菅は国民の支持多数、小沢は民主党国会議員支持多数でしょうね。国民が直接選べるわけじゃないから、小沢一郎が代表に就任する可能性のほうが高い。代表選の仕組み、ボクはようわかってないのですが、菅の芽があるのは、一般党員の6割5分以上の支持を獲得し、鳩山派から半数以上が菅支持に流れ、小沢チルドレンから脱小沢が50人以上出て・・・となった場合でしょうね。
当ブログ、政治ネタ(政局ネタ)は苦手分野ですが、まぁ、今日のニュースを見聞きし、以上のような考えを持った。

株安・円高が進む今、政局なんか本当は国民願っていない。日銀・政府が円高に介入しても、効果は薄い。ブラフが効くほど日本の国際的地位はないし、何よりもアメリカの景気回復がないことには円の対外国為替全面高は、中国人民元でも変わらない限り、依然として続く。そしてもっと悪いことに、外国は日本が「第二のギリシャ」になっても助けてくれない、むしろ今は円高容認・模様眺めだということである。あれほど人気があったオバマも今や落日の感。

私は菅直人が民主党代表選で選ばれてほしい。わずかな期間で鳩山→菅→小沢はひどすぎる。小沢総理になって(今は「民主党代表=内閣総理大臣」の時代))世論や国会を納得させられるのだろうか。かつて自民党の三角大福中時代、確かにこの5人は宰相になれた(それだけの能力があった)。だが、今の民主党にそれほどの人材はいないのだから(鳩菅小岡蓮でしょうか?)、菅を引き摺り下ろしてはいけない。菅が絶対的にいいわけではないが、小沢になることの不利益を考えると、ここは菅のままであと2年は菅内閣を維持すべきである。国民が今の菅内閣を支持する一番の理由は「他にいい人物がいない」なのかもしれないが、それでいいではないか。小沢になったら、どういうふうに小沢内閣を組閣しようが(「ベスト」は、菅副総理・岡田外相・蓮官房長官でしょうか)、内閣支持率はスタート時よくて30%台前半じゃないでしょうか。菅が消費税で迷走したのが参院選の敗因として語られていますが、僕は消費税15%論者です。誰が/どの党が内閣を作っても、早晩消費税はアップせざるを得ない。日本経済が劇的に回復したり、雇用創出が降って湧いたり、日本発のイノベーションが世界を席捲したりなんてことは夢物語なのだ。日本の一流企業も中小企業も生産拠点を海外にシフトしてしまったことの代償はあまりにも大きい。むろん消費税アップにあたっては年収300万円以下に段階的な軽減策も同時実施すべきである。

小沢一郎はたぶん一流の「政治屋」なんでしょうね。選挙上手で壊し屋で政局の節目節目にキーマンとして登場する。でも今の彼は総理の器ではない。あくまでNo2(か引退するか)に留まるべき男だと思う。
僕が小沢のことで今も鮮明に覚えていることが2つ。彼が自民党幹事長だった時の宮沢・渡辺・三塚の「面接」、小沢が中心になっての新進党設立のTV放送。彼はこれまでに何度か総理になるチャンスがあっただろうに、病気その他を理由にチャンスをものしなかった。彼が総理になるべき潮目はもう去った。今彼は人生最大のチャンス・日本国への最後のご奉公と思って高揚しているのだろうが(そして何よりも「出れば勝てる」と踏んだ)、「信なくば立たず」(「信」は国会議員ではなく国民支持)で、立ってしまったが、せめて彼が選ばれないことを僕は願う。

私は民主党支持者でも菅支持者でもないのですが(外野です)、今回の代表選、選挙権がある方々には、小沢一郎ではなく菅直人に投票していただきたく、拙文をものしました。
選挙権がある方々には、「小沢を選ばない勇気」を持っていただきたい。民主党を選んだ人は、イコール小沢一人を選んだ人ではないのである。小沢より菅のほうがましだという世論のほうが圧倒的に大きいのではないだろうか。国民は賢い。菅内閣の短命より菅にもう1年はやらせてみたいってほうが多いのではないだろうか。その辺り、明日以降のマスメディアの世論調査に現れてくるでしょうね。

暑い中の妄言、ご寛恕を。
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by tiaokumura | 2010-08-31 19:56 | このブログのこと | Comments(4)

緑魔子『やさしいにっぽん人』(YouTube)



もうちょっと、ほんのちょっぴり努力すべきでした。前記事で取り上げた緑魔子の歌、今日帰宅してダメもとで「疲れたら眠りなさい あたしが歌を歌ってあげる」で検索したら、なんとヒットしました! YouTubeにもあったんですね。知りませんでした、うかつでした。
ヒットした記事はブログ「Hatena::Diary」の「今日から『湯布院映画祭』!」こちらです。同ブログによると、今年の湯布院映画祭は「石橋蓮司さん&緑魔子さま特集!」(引用まま)だったんですね、知りませんでした。さっすが湯布院映画祭ですよね。で、同ブログに『酔いどれ船』(作詞:寺山修司 作曲:田辺真一)と並んで『やさしいにっぽん人』も。僕がakiraにプレゼントしようと思った歌、これです。映画『やさしいにっぽん人』(監督・東陽一。1971年)の主題歌で、作詞:東陽一、作曲:海老沼裕・田山雅光。田山雅光って『春うらら』の田山雅光でしょうか。
同ブログには『やさしいにっぽん人』の歌詞も載っている。で、僕のウロ覚えとはかなり違っていました。作詞の東陽一さん(1934-)に深くお詫び申し上げます。でも、開き直るつもりはないのですが、覚え間違いも自分の受容史の中では「意味ある覚え間違い」かと思うので(向田邦子さんに「夜中の薔薇」「眠る盃」ってありますよね^^)、前記事、そのままにしておきます。

著作権が心配なのですが、ブログ「Hatena::Diary」より、『やさしいにっぽん人』の1番を以下引用させていただきます。「Hatena::Diary」さま、引用、ご容赦を。
疲れたら 眠りなさい 私が歌を うたってあげる
貴方が森と思っているものは 死んだ人たちの爪の痕
貴方が風と思っているものは まだ生まれない息子たちの声

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by tiaokumura | 2010-08-30 18:54 | 音楽 | Comments(0)

わが友akira

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最近このブログに入って来られた方にはにわかに信じがたいことでしょうが、僕、2005年秋だったか、富山大学言語学コースってぇのの編入学試験を受けました。英語・小論文・面接だったかなぁ。富山大学は勤務先の富山国際学院から車で25分くらいのところにあるので、合格発表、見に行きました。ミゴト(嘘爆)合格。でもその時、母娘連れも合格発表を見に来ていて、ダメだったんでしょうね、暗い表情だった。若者の定位置を奪ったような罪悪感にとらわれました。でもまぁ、自分も別に卑怯な方法使ったり年齢にハンディつけてもらったりしたわけじゃないので、2006年4月~08年3月と富山大学に通いました。あの時の母娘、その後どうなったんでしょうね。吉野弘「夕焼け」を思い出すたびになぜか2人のことを思います。
富山大学生時代、1回目の(照)大学が8年で除籍じゃったんで、今回こそ卒業せんならんと思った。2006年10月6日=還暦の日(照)、都留泰作(つる・だいさく。SFコミック『ナチュン』の作者でもある)先生の文化人類学の授業を受けてました。編入学こそすれ、授業についていけるか・クラスメートとうまくやっていけるか不安でした。幸いにも師友に恵まれ、「オール優」の夢は実現しませんでしたが(良が5つだったか)、2008年3月下旬、卒業。和倉温泉卒業旅行にもまぜてもらえました。

言語学コースでの同級生は11人だったか。一人を除き、一緒に卒業しました。同期のakiraに会いたくて、今日・8月29日、新潟へ。
7:50富山駅前発高速バス新潟行きに乗車。車中、讀賣・日経。
讀賣。長井好弘「『禁演落語』楽しむ夏」、「ポップな日本 露で紹介/大使館が雑誌創刊」、「『学生講師』貸します/貧富の差を学力の差にしない」、『芥川龍之介俳句集』(岩波文庫)。
今日の日経は読みでがあった。菅野幹雄「臆病な政治、痛み先送り/封印された消費税」、小林省太「柔らかな発想で指導を/『読む打つ』時代の常用漢字」、「ズービン・メーター 熟達の指揮/おおらかさに個性輝く」、美の美「為政者の浄土㊤-藤原頼通と平等院」。そして読書面にいくつも好記事。書評の俎上には西木正明『さすらいの舞姫』(表紙は崔承喜)、増田幸弘『プラハのシュタイナー学校』で、「あとがきのあと」は本浜秀彦『手塚治虫のオキナワ』(本浜は沖縄生まれ)、「文壇往来」は「戦後文学、再考の動き」(1回目の大学生時代に読み耽った梅崎春生が出てきたのでビックリした。「群像」9月号の合評ってので取り上げられているそうです、梅崎の『桜島』『幻化』)。広告では「新潮社の最新刊」として芳地隆之『満州の情報基地 ハルビン学院』。この本、恵雅堂出版の宮明さんの当ブログへのコメントで「良書」とおっしゃっていたので、購入することにしました。届くのが楽しみです。

新潟行き高速バス、黒部で、高橋さん乗車。高橋さんは富山大での同級生です。
長岡北下車。長岡って、若松孝二監督『キャタピラー』のロケ地。バスを降りてすぐ、akiraがPRIUSでお出迎え^^。akiraの車で寺泊(てらどまり)へ。漁港・海水浴場なんでしょうか、寺泊って。ずいぶん賑わってました。ブラブラ歩き、昼食へ。アップした写真、akiraに撮ってもらった。左が高橋さん。僕は(悪名高い?)越乃寒梅(1合?)とカニラーメン。1Fで買ったサザエ・アワビが持ち込み可ってことでそれも食す。寺泊、新鮮な魚介類が堪能できる町なんでしょうね。
akira、ちと凹み中。『20世紀少年』じゃないけんど^^、akiraと僕たちは「ともだち」。ワシは、akiraのためにな~んもできんのだけど、ま、今回は顔を見にってことで長岡まで来た。行きのバスん中で、昔、緑魔子が歌ってた(はず)歌を思い出そうとしてた。40年ほど前なんで全くのウロ覚え。akiraと会ったらそれを歌おうと思ってたのじゃけんど、チャンスがなかった。以下、その歌をakiraのためにここに記す。正確な歌詞は忘れたんで、ところどころ補作です。原作者の方、ご容赦を。

疲れたら 眠りなさい あたしが 歌を 歌ってあげる
あなたが歌と思っているものは
あれは 小鳥たちの声
目を閉じて 眠りなさい あたしが 歌を 歌ってあげる
あなたが歌と思っているものは
あれは 繰り返す波
今ここで 眠りなさい あたしが 歌を 歌ってあげる
あなたが歌と思っているものは
あれは 脈打つ鼓動
目覚めまで 眠りなさい あたしが 歌を 歌ってあげる
あなたが歌と思っているものは
あれは あなたの命

akiraには以前このブログで森田童子『ぼくたちの失敗』をプレゼントしたことがある。
akiraよ、また会おうゼッ!
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by tiaokumura | 2010-08-29 11:40 | このブログのこと | Comments(2)

ラテンフェスティバル@環水公園(9月18日)

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(8月27日夜・記)
僕が谷中仁美さんと初めて会ったのは3、4年ほど前、WAYNO(ウエイノ)のコンサートだっただろうか。ご主人はWAYNOのベーシストで、仁美さんはキーボーダーなんですが、初めて会った時は仁美さんの演奏は聴かなかったと思う。2回目は村門@富山市上本町でのWAYNOのライヴ。その後、コンサートのステージ係のボランティアを僕がやって(バミリ)仁美さんから厳しくかつ優しくご指導を受けたり(照)。仁美さんは小柄な方(初対面で「珍島物語」の歌手を連想しました^^)ですが、実にパワフルというかエネルギッシュな方。障碍者の音楽活動にも貢献されてるすばらしい方でもある。正直ボクにはまだおっかない存在であんましバカは言えない女性です。
今週月曜日は臨時に授業日だったんですが、休憩で3F教室から4F教員室に上がってきたら、谷中仁美さんがいらっしゃってビックリ。彼女がコーディネートするフェスティバルの宣伝活動でのご来校。ポスター数枚いただき、スタッフの高木けい子さんの許可を得て、学内に掲示することにしました。アップした写真は、その内の1枚。

ラテン フェスティバル 歌って、踊って、食べて笑顔になる。
9月18日(土)11時~20時 雨天決行
富山県富岩運河環水公園
入場無料
ライヴ(3組・各2ステージだそうです)
 WAYNO(フォルクローレ)
 隼人加織(ボサノバ)
 デュエ マルシェ(タンゴ)
ダンス
 サンバ カポエイラ(ブラジルのダンス格闘技)
主催:ラテンフェスティバル実行委員会
後援:北日本新聞社、チューリップテレビ、FMとやま

当日は食べ物・飲み物もあり。こちらは有料です。
掲載メニューからご紹介。
Papa rellena(ペルーのコロッケ)、empanada(パラグアイの揚げ餃子)、Pao de queijo(ブラジルのもちもちチーズパン)、frita de papa criolla(アンデスポテトの素揚げ)、bife con chimichurri(アルゼンチンの野菜ソースのせ牛串)
Helado(ラテンアイス)、jugo(トロピカルジュース)
(当日の売上げの一部は、チリ地震救援金になる)

このフェスティバル、僕が今年度担当しているF組でさっそく宣伝したら、なかなか反応がよく、学生の中にはサンバ カポエイラ(samba capoeira)を知っている学生もいました。
このフェスティバル、僕はボランティア参加を予定しています。会場ステージは以前確か野外オペラ『アイーダ』をやったところです。
富山国際学院の学生も何人かお客さん・ボランティアで参加してくれるはず。ポスター下の下手糞な字(大恥)、僕の呼びかけです。
谷中仁美さんの希望としては、1回きりではなく「来年度以降も引き続き開催してい」きたいとのこと。第1回、どのくらいの人が集まるかわかりませんが、たくさんの人がライヴを堪能し、食べ物・飲み物を買ってくださると嬉しいですね。
当ブログご訪問者の皆様、ご都合がついたら富山県富岩運河環水公園(「環水公園」は大岡信の命名。富山駅北口・徒歩10分)にお出でください。私を見かけたらお気軽にお声をかけてください(照)。ぷちボラ中はヨッパにならないようにしてますが、もし酔っ払っていたらご寛恕を(激爆)。
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by tiaokumura | 2010-08-26 09:01 | 富山 | Comments(0)

若松孝二監督『キャタピラー』

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(8月27日夜・記)
若松孝二(1936-)監督『キャタピラー』の制作を聞いた時、江戸川乱歩(1894-1965)「芋虫」と鶴彬(1909-38。石川県河北郡出身)「手と足をもいだ丸太にしてかへし」を連想した。同映画、8月24日(火)夜にフォルツァ総曲輪で観た。
フォルツァ総曲輪は、元大手の映画館だったところをそこが撤退して何年か後から、ボランティア有志スタッフにより運営されている。僕にとっては岩波ホール(東京)・シネモンド(金沢)みたいな貴重な上映館。年に1~3回は利用させていただいています。シニアなんで(照)、1回1000円ってぇのもありがたい。お礼にいつかボランティアしてみようと思っています。23日に肺炎で亡くなられた川本喜八郎さん(1925-2010)の『死者の書』(2005年。原作・折口信夫)はフォルツァ総曲輪で観たか。いや、当時まだあった中央通りの松竹だったかもしれない(ノルシュテインは確か松竹で観た)。

僕の20代の頃から現在に到るまでご活躍中といえば、吉本隆明・鶴見俊輔・横尾忠則・三宅一生らが挙げられるが若松孝二もそのお一人。Wikipediaの若松のフィルモグラフィーを眺めても「これを観た!」ってのがないのですが、高名は当時から鳴り響いていた。
僕は20代(もう遥かな昔^^)、けっこう映画にハマってました。大学進学で上京したボクにとって映画は「都会」であり「逃避」だったんでしょうね。それまでの映画体験といえば、小中学生時代は東映時代劇や伝記映画(川上哲治や稲尾や若乃花ら、力道山も?。本人が出演することが多かった。ドキュメンタリー映画みたいな要素もあったんでしょうね)や校庭での上映会を見て育ち、高校では吉永小百合を見たり、本木英子先生のお薦めだったんでしょうね、『尼僧ヨアンナ』を見たりした。上京した当時から10年ほどのボク的映画受容史(爆)を語れば、ヒチコックやフォードやウエルズや小津や溝口はそろそろ「過去の人」で、ゴダールやフェリーニやベルイマンやアントニオーニが次々と作品を発表し(ベルイマンは寡作だったけど)、アメリカンニューシネマが登場し、日本映画では、ATGがあって、ヤクザ映画全盛で後に『仁義なき戦い』へとつながり、五社協定が有名無実化してかつてない俳優の組み合わせの映画が製作され、黒沢天皇が君臨し、寅さんシリーズがヒットし(ただし僕はほとんど見ていない)、角川などの大作映画が活況を呈し・・・といった状況だったろうか。時系列では前後ズレもあるだろうが、ボク的^^にはそんな感じでした。
若松は当時も今もブレていない稀有な映画監督。
シゲ子(寺島しのぶ。この映画で「ベルリン国際映画祭・最優秀女優賞(銀熊賞)」を受賞)の夫・久蔵(大西信満)は戦地満州から両手両足を失った「軍神」として帰還する。食欲・性欲以外には何もないかのような存在の久蔵。映画はシゲ子と久蔵の関係性を軸に展開する。まだ観てない方もおありでしょうから精しくは書きませんが、最後のシーンは「敗戦」、BC級戦犯の処刑。主題歌は元ちとせ「死んだ女の子」(作詞 ナジム・ヒクメット、作曲 外山雄三、編曲 坂本龍一)。
この映画、シゲ子が久蔵の口にもらった生たまごを無理矢理押し込むシーン、満州で己が為した罪悪(レイプなど)が久蔵に蘇り慄くシーン、シゲ子が騎乗位で求めるが久蔵がEDのままなシーン、天皇の終戦の詔勅の平易な日本語訳が画面上部にテロップで流れるところ、久蔵が必死の形相で池まで這っていくシーンなどが印象に残っています。

若松は8月1日だったか、来富。僕も聞きに行きたかったのだけど、台北旅行で行けなかった。来富時のインタビューが8月20日付北日本新聞、8月27日付朝日新聞に載っています。
「戦争が起これば、何の罪もない人を傷付け、また自分も傷付けられる。日々の生活だってめちゃくちゃになる。正義の戦争など存在しないことを、スクリーンから感じ取ってほしい」(北日本新聞)
「特攻隊や戦艦大和をかっこうよく撮った作品もあるが、戦争とは、そんなものではない。夫婦の姿を通して、『戦争は悲劇でしかない』ということを描きたかった」(朝日新聞)
映画のパンフレット(952円+税)、ずいぶん資料価値があるスグレモノです。若松孝二インタビュー・蜷川幸雄や田原総一郎らの寄稿・完成台本・制作日誌などが入っており、更には、このパンフのために作ったのか半藤一利の著書から引用してるのかわかりませんが、1926年~1952年の年表・用語解説はすばらしい。

フォルツァ総曲輪での上映は9月3日まで。まだご覧になっていない方(ただしR-15指定)はぜひご覧ください。
『キャタピラー』の公式サイトはこちらフォルツァ総曲輪の公式サイトはこちら
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by tiaokumura | 2010-08-24 18:52 | 映画 | Comments(6)

上田秋成展

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(8月26日夜・記)
8月21日(土)、JRの何線になるのでしょうか、舞子から京都へ。大阪までは割りと近く感じたのですが、大阪―京都がずいぶん長かった(と感じた)。京都市外を走るのでしょうか、高山線の市街地みたいな所を通り抜けてJR京都駅到着。
京都駅地下街ポルタ。僕は京都にはそんなに来ないのですが、京都に来るとたいがいポルタに寄ってます。ここは、食事ができてお土産も買えて座るところもあって便利。京都人に言わせると「あんなとこ行くもんやおまへん(←京都弁のつもり^^)」かもしれぬが、僕のような田舎者にはありがたい。ポルタ内の「田ごと」(「ご」は「古」の変体仮名に濁点)で、にしんそば+アルファ。僕、京都はにしんそばと湯豆腐です。鱧もおいしいのでしょうが、ボクのような田舎者には、どんな調理法をもってしても鱧は口に合いません(ごめんなさい)。きっと食材自体が「上品すぎる」んでしょうね。死ぬまでに1回くらい「そっか、これがあの鱧なんだな」と感動したい。祗園辺りの「一見さん、お断わり」じゃったらそんな味にお目にかかれるのかしらん。

京都駅前からバスに乗って京都国立博物館
上田秋成展
を観る。上田秋成(1738-1809。去年が没後200年だった)、中学はともかく高校では読んだでしょうね。僕は1回目^^の大学の専攻が「国文学」だったんで、秋成はそこそこ読みました。大学2年のときだったか学園祭(「桐葉祭」とか言った)で専攻で出し物をすることになった。ちょうどその頃は、唐木順三『無用者の系譜』(筑摩書房からだったと思う。書名、違ったかも)とかコリン・ウイルソン『アウトサイダー』とかがはやり?で、まぁ簡単に言うと「異端」「周辺」を切り口に文学を分析してみるって発表を、当時の教育大・国語国文学専攻で企画した。各自(クラスは30人くらい)分担して、僕は記憶が定かではないが上田秋成もその時にかじったような気がする。『雨月物語』も『春雨物語』もすばらしいが、秋成の人生(文学との関わり)を知るには『癇癖談』『膽大小心録』が欠かせない(と思う)。
田口卯吉(鼎軒。1855-1905。『日本開化小史』など)の『大日本人名辭書』は、大槻文彦『大言海』・吉田東伍『大日本地名辭書』と並ぶ「辞書」の白眉でしょうね。僕は講談社学術文庫版(例えば「(一)」は昭和55年8月10日・第1刷)で持っていて、重宝してます。文庫版なので活字が小さいのと、版型の関係なんでしょうね、購入後30年を経て字が薄くなってきているのが難点。でも買い換えるってぇも今じゃ揃いでン万円でしょうから、今持っている文庫本を使い続けます。同辞書の「ウヘダ アキナリ」、過不足なくまとまった名文。P383、3段組の3段にわたって記述。一部引用すると、
名大に聞ゆ然れども性狷介にして交遊少なく事毎に拗戻なること多し
確かに秋成にはそういう面があるのでしょうが、しかし今回の秋成展でもわかるように、秋成は当時の京阪の言ってみれば「サロン」で多くの人々と交わっている。関わり方はさまざまなれど、秋成を巡る人物の名を挙げれば、木村兼葭堂・加藤宇万伎(賀茂真淵の弟子)・呉春(画家)・池大雅・円山応挙・伊藤若冲・田能村竹田ら。
『大日本人名辭書』「ウヘダ アキナリ」には太田南畝の漢詩も載っています(p383中段)。秋成が無腸名で詠んだ「津の國のなにはにつけてにくまるるあしまの蟹のよこばしる身は」も掲載。参考文献に『膽大小心録』が挙げられていないのは田口の罪ではありません。
秋成と本居宣長との論争は、秋成の完敗なのでしょうが、ちょっと卑怯な見方をすれば、宣長がやがて軍国主義に悪用されたのに対して秋成は三島や春樹にも愛されて今日まで生き残っているのだから、歴史の目で見れば「引き分け」とも言えるのかもしれない。
今回の展覧会、土曜日というのに客は少なかった。残念。新発見資料を含め、めったに観ることができない出品の数々。会期は8月29日(日)までと残りわずかなので、ぜひ多くの人々にご訪問いただきたい。
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by tiaokumura | 2010-08-21 15:55 | 美術 | Comments(0)

「世界一の朝食」

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(8月25日夜・記)
2泊3日の神戸旅行、プライベートだから何時まで寝とってもいいようなもんですが、そこがビンボー性というかジジイ化しとるというか(恥)、2泊目の神戸北野ホテル8月21日(土)午前7時前には目覚めました。シャワーなど。窓を開けるともう神戸は熱気気味。
ホテルライフの楽しみは何と言ってもプールとバーと朝食。残念ながら北野ホテルはプールはなし。バーはあったんじゃろか。ディナー@ホテルなんて自分にはちょーゼータクなんで、朝食@ホテル、ここで堪能したい。しかも今回の北野ホテルは「世界一の朝食」ってぇんですから、ワクワクです。なぜ「世界一の朝食」か。2つ前の記事で書きましたが、北野ホテルの総支配人・総料理長の山口浩ベルナール・ロワゾールの下で修業した。ロワゾール「ラ・コート・ドール」の朝食が、「スモール・ラグジュアリー・ホテル」って協会から「世界一の朝食」の称号を得た。そして、
フランス全土でも限られたお店にしか与えられていない/三ツ星を持つレストラン「ラ・コート・ドール」/(現「ルレ・ベルナール・ロワゾー」)。/神戸北野ホテルでお楽しみいただける朝食は、/「ラ・コート・ドール」のオーナーシェフであった/ベルナール・ロワゾー氏からの贈り物なのです。
という次第(北野ホテルのパンフより引用)。ロビーに「ラ・コート・ドール」修業時代の山口のロワゾー他との集合写真が飾ってあります。シェフが50人くらい写っているでしょうか。山口以外にも日本人がいるみたい。また、山口のコレクションでミシュランのバックナンバー(かなり揃ってるみたい)もロビーに飾ってある。閉架式なので手にとって見ることはできませんでしたが。
さて、8時過ぎホテル1F「イグレック」で朝食。以下上記パンフからメニューを引用しつつ(フランス語も併記してありますが、日本語で)ご紹介。番号はまま。
①フィナンシェ、クロワッサンなど+バター数種(パンは余ったら持ち帰れる)、②ヨーグルト+ハチミツ、③季節のフルーツ盛合せ、④ハム、⑤半熟たまご(専用のエッグカッターが付いてくる。ダルマ落としみたいな要領で割る。これがなかなか楽しい^^)、⑥タピオカ・オーレ、⑦プルーン、⑧コーヒー(または紅茶)、⑨コンフィチュール(ジャム)4種、⑩ジュース(この日は、青リンゴ・洋ナシ、ミックスベリー・バナナ、アプリコット・人参、マンゴーなど、オレンジの5種類だった)。
ヴォリュームが今の僕にはしんどく、結局食べ残し・飲み残しもしてしまいました(恥)。確かに言われてみれば「世界一」なんでしょうが、例えば「たまご料理」、スクランブルや固ゆでなどが好みの人もいるだろうから、チョイスできるほうがいいんじゃないか、とか、「フランスでは朝食にサラダ(生野菜)を食べる習慣がありません」ってことでメニューに入れてませんが、せっかくここは日本なんだから「生野菜」もあっていいんじゃないか(この季節、生のきゅうり・トマトの丸かじりってめっちゃうまい)とか思った。でも北野ホテルの朝食ってやはり人気があるんでしょうね、女の子が2人朝食を食べに来てました。ようわからんのですが、2000円くらいはするんじゃないでしょうか(もっと高い?)。

9時過ぎ、チェックアウト。今回の旅行で唯一なんですが、ホテルからJR三ノ宮までタクシー。700円くらい。歩いて20分くらいですが、この暑さの中歩く元気がなかった。ぷちゼータク、ブログご訪問者の皆様、許されたし^^。
三ノ宮から舞子。舞子公園で舞子海上プロムナード(高所恐怖症克服できるかと思ったけんど、無理じゃった^^)に寄ったあと、
孫文記念館(移情閣)
に入る。孫文(号は中山、逸仙。孫中山・孙中山・Sūn Zhōngshān、Sun Yat-se1866-1925。)って、今現在も大陸本土・台湾の両方で尊敬されている偉人。20世紀を代表する人物の一人でしょうね。孫文の頃の日本人も偉かった。今朝(8月25日)の朝日新聞に「孫文支えた日本人秘話」という見出しで、上海で開催中の「孫文と梅屋庄吉展」が紹介されてましたね。舞子の孫文記念館でももちろん梅屋庄吉が出ています。1920年代、30年代、いつから日本は日本人は変節していったんでしょうね。軍部・財閥・右翼が天皇・政治家・知識人・文化人を誘導したってことになるのでしょうが、抵抗しきれなかった天皇・政治家・知識人・文化人の側の罪も重い。おそらく「支那」が蔑称となっていく過程と軌を一にするのでしょうね、「変節」は。
移情閣は孫文支援者の神戸華僑・呉錦堂(1855-1926)の「松海別荘」が前身。
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by tiaokumura | 2010-08-21 09:06 | 美味録10年 | Comments(8)

チーズフォンデュ

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(8月23日夜・記)
8月20日(金)午後3時過ぎ、北野ホテルでバスタイム+うたた寝+数独^^+α。午後6時半過ぎ、長袖シャツ(カトマンズで買った同型3枚の内の緑)・短パンに着替えて外出。

夕食は北野町異人館通沿いにある
スイス シャレー(SWISS CHALET)
チーズフォンデュ(Cheese Fondu)
スイスワイン、グラスで白・赤各1杯。チーズフォンデュは、スイス・ヌシャテル風(白ワインのチーズフォンデュ)、牛乳のチーズフォンデュの2種。アラカルトで温野菜、シーフード、ソーセージの各盛合せ。
チーズフォンデュって、なんとなく冬物(鍋物^^)のイメージがあるんですが、真夏のチーズフォンデュもなかなか乙なものかもしれない。よく冷えた白ワイン・室温の赤ワイン-スイスワインって初めてなんですが、料理とワイン、しっかりした組み合わせでした。
食後、山手幹線沿いのにしむら。やっぱ神戸来てにしむら行かんのはシャクですもんね(爆)。店内、けっこうな込み具合。パキスタン人が日本人ジャーナリスト?に取材を受けてました。カプチーノをいただく。
ホテルに戻って、しばし休養。前夜に続きこの夜もTVタイム。『20世紀少年 第2章』(タイトル、こうでしたっけ?)を観る。『20世紀少年』のことは以前このブログでちょっと書いている。8月27日(金)、TVで最終章放映。「ともだち」の正体って誰なんでしょうね(←ってわかってるだろうけんど^^)。
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by tiaokumura | 2010-08-20 19:19 | 美味録10年 | Comments(0)

今夜はここで

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(8月23日夜・記)
8月20日(金)午後2時過ぎ、ガレット@デリスリィククゥーの昼食を済ます。
ホテルのチェックイン(午後3時)までにまだ時間があるので、TOR(カタカナでは、トア、トアー、トーアなどの表記あり)ROAD沿いの北野工房のまちに入る。ここは元小学校を改装。栄枯盛衰なんでしょうか、前に来たときにあったはずのオーダーメイド靴店なし。神戸って靴店多いんですよね。でも、多くの日本人が「少々高くてもいい靴」より「シーズンさえ持てばいい、安い靴を履きまわす」って方向に行っているのかもしれない。確かにボクのような薄給の身にデフレはありがたいけど、でもこのまま進む日本を思うと絶望的になる。今こそ政治家の出番なんだろうけど、菅vs小沢の仁義なき戦い勃発前夜みたいな状態。ユニクロのCEOが朝日新聞で書いてたけど(彼は政治家とは距離を置いている)、日本の政治家どこかの国と総入れ替えしたらいいんかもしれん。あるいは、高給取りの国会議員を大幅に減らすか年収大幅カット(800万円台が妥当?)とか。こないだの参議院議員選挙当選者、日割ではなくまるまる月給もらったそうです。彼・彼女の月給、苦しんでる庶民の年収に相当するケースも多々あり。日本の今の政治家にはそんな想像力ってないんでしょうか。
北野工房内(旧・小学校校内)をぶらぶら歩く。Goncharoffでチョコレート購入。まだC.I.に時間があるので、ホテル向かいのイグレック(東天閣の隣り)に入って商品を眺める。
アップした写真、イグレック側から撮りました。写真中のいささかくたびれ気味のご老人、ボクです(恥)。

午後3時少し前、神戸北野ホテルに入る。チェックインしてお部屋に入る。朝預けておいたキャリーケースがご主人様のお着きをお出迎え^^。
神戸北野ホテルは一度は泊まりたいと願っていたホテル。従業員のホスピタリティ、アメニティ、室内のしつらえなど期待通り。あえていくつか難点を言えば、廊下がちょっと狭い、エレベーターも狭い、イマドキ珍しくネット環境がない。僕は旅先の神戸でも仕事から逃れられない運命にあるんでしょうね、この時点でケータイ2件・ケータイメール受信3件あった。でホテルでPCのメールチェックをしたかったのだが、ホテルには利用できるPCはなかった。でもそれ(PC環境が貧弱)って逆にイマドキ風じゃなくっていいのかもしれない。

神戸北野ホテル川崎正蔵(1836-1912。川崎造船、神戸新聞、長春閣など)の旧邸。総支配人・総料理長は山口浩。山口はフランスでベルナール・ロワゾー(Bernard Loiseau1951-2003自死。邦訳はあるんでしょうか、Rudolph Chelminski による『The Perfectionist: Life and Death in Haute Cuisine 』(2006)があります)の下で修業。北野ホテルの売りの「世界一の朝食」はロワゾーによる。

僕はここ数年、それまでとは打って変わってホテルに泊まる機会が増えている。東京・横浜・名古屋・神戸・倉敷・金沢・京都などの国内、西安・福州・バンコク・ハノイ・カトマンズ・台北などの国外、異なりで30くらいのホテルに泊まっているでしょうか。そんなに多くないホテル経験ですが、ランキングでは①メリケンパークオリエンタルホテル(神戸)、②山の上ホテル(東京)がまず来るでしょうか。今回の神戸北野ホテルは、3~5位には入りますね。
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by tiaokumura | 2010-08-20 14:46 | このブログのこと | Comments(0)

ガレット

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(8月22日夜・記)
有馬温泉ねぎや陵楓閣を出て、バス(EXPRESS)で三宮バスターミナルへ。神戸は暑い。汗がタラタラ。
この日の宿泊先のチェックインにはまだまだ時間があるので、三宮から東急ハンズ横を通りトアロードに出て、山本通りから北野坂・天神坂と進み石畳を踏みながら異人館ゾーンへ。お目当ての山手八番館、ここに入るのも、そもそも異人館に入るのも僕はたぶん初めて。坂道をえっちらこっちら上る、上る、上る。こないだ富山国際学院の夏遠足で行った黒部峡谷を思い出しました。あの時、川遊びしすぎて(汗)、帰り、トロッコ電車の駅まで急峻な上り坂、ひどかった。今回は途中でソフトクリーム(ジジイには全然似合わんけど^^)の助けも借り、ようやくたどり着けた。
山手八番館、たいして期待せず入ったのですが、驚きのコレクションです。坂道、途中あきらめて引返そうとも思ったのですが、来てよかった。ステンドグラス・マコンデ族の木彫・ロダン・デューラー・ガンダーラ・タイ仏頭などなど。サンセンという方のお邸だったそうですが、彼(あるいは夫人?)、よっぽど目利きだったんでしょうね。一室目に「サタンの椅子」。左右のコーナーに配置。右が女性用で老いも若きも^^ずいぶんな行列。左が男性用。英語の説明によると、この椅子に座って願い事すると叶う、ってぇな表示。自分、神仏に願うことはしないほうなんですが、試みに座ってみました。で、国家安泰・世界平和なんてのもオーヴァーだし^^、「良い日本語教師に」ってのも無理っぽいんで^^、「生ビールとおいしいソーセージを」ってなささやかな^^願いにしてみました。

上りが急だった分、下りは快調快調。北野坂の「デリスリィククゥー」へ。
アップした写真、ナイフ&フォークのぎこちない手つきで食べているのが「ガレット」。新丸ビル内にもガレットのお店があるそうで、ちょっとしたブームなんかも。いや、ボクが「ガレット」って知らんだだけかも。
おいしい生ビールを注文。オードブルは4品。ジャガイモの冷たいスープ、ベーコン玉葱、鳥を低温で蒸して?スープ、エビ・ブロッコリー・トマト・クルミのサラダ。席からガレットを作るのが見えた。なんだかボクでもつくれそうな感じだったけど、プロの道は厳しいんでしょうね、きっと。ガレットってぇのはブルターニュの料理のようです。同地のそば粉(そばってのは概ねやせた土地で取れると思う。ブルターニュもきっと小麦が取れない土地柄だったんでしょうね)を使ってクレープみたいに焼く。ってかブルターニュ版お好み焼きかも。お好み焼きと違って中に具を包み込む。今回は、イカ・香草・チーズなどが入ったガレットを食べました。食後、ショコラ・クラシックとコーヒー。
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by tiaokumura | 2010-08-20 13:27 | 美味録10年 | Comments(0)