<   2010年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧

初めての世界大会

f0030155_929537.jpg
(8月5日夜・記)
7月31日(土)・8月1日(日)、日本語教育学会世界大会に参加。この世界大会、かつては隔年(ビエンナーレ)だったんですが、このところ、ニューヨーク・ソウル・シドニーと毎年開催され、2010年は台北。アップした写真にあるように、
世界日語教育大會 2010ICJLE
という名称です。世界大会への参加は僕は初めてです。遅すぎた、かも。
中華民國は繁体字のお国なので、會・國など。ICJLEはInternational Conference on Japanese Language Educationの略。

7月30日(金)午後、中部国際空港経由で台北入り。第一大飯店に泊まる。
7月31日(土)、年取ったせいでしょうね(汗)、午前5時頃に目が覚めてしまいました。で、なんとなく部屋のTVをつける。さすが台北ですね、チャンネルが100番台まであり(実際に放送してるのは100もなく、でも80チャンネル以上はあるんかもしれん。そんなチャンネル数、TVとは縁遠くなった今の自分にはオドロキです)、リモコンであれこれサーフィン。番組、韓国語・日本語も少しあり。中国語による放送は、早朝のせいでしょうか、仏教・投資関係が何チャンネルも。南無阿弥陀仏、「ダブツ」の部分が日本語発音とちょっと違っているか。宗教とお金-いかにも台湾って感じ。←別にそれを批判してるんじゃありません、念のため。あと台湾のTV、ほとんどすべてにテロップが出る。ニュースでもそうで、ほとんど同時か先!ですから、テロップ作成技術、ずいぶん進んでいるのでしょうね。
宿泊先の第一大飯店・地下1Fで午前7時朝食。中華粥はNGでしたが、あとはまぁまぁでした。
8時過ぎ、副島先生・粕谷さんと僕の3人でホテルの前からタクシー。行く先は
國立政治大學・外國語文學院
世界大会の開催校です。

タクシーで40分くらい(310TWD)で國立政治大學に到着。
門を入った庭のところで受付。立て看板に名簿が出てるんですが、台湾式の排列なんでしょうね、「奥村」が見つからんで焦った(激爆)。僕の番号は1006(誕生日が10月06日だからってんじゃありません^^、偶然っす)。主催者発表で今回の世界大会は約1200人が参加とか。ざっと見た感じ、7割弱が日本人で、3割弱が台湾人・大陸人、韓国人・欧米系はほんのチラホラ、でしょうか。
受付を済ませバスに乗る。受付があるところは「山の下」で、午前の会場は「山の上」なんですね。で、上下つなぐシャトルバス?が何便も出ている。
午前中、開会式→柴谷方良先生講演→各国代表テーマ別シンポジウム。
午前の部が終わって、山の上から降りるバスが込み合っているので、坂道を歩いて戻る。この道はきっと大学生のデートコースにいいんでしょうね。道の左下には神田川みたいな感じの川。
蒋介石の写真(絵?)が飾ってある大ホールで昼食。配られたお弁当、今の僕にはヴォリュームが多すぎて果物(6種類くらいの詰め合わせ)以外は残してしまった。
午後、3つくらい発表を聞く。
夜、懇親会。僕のテーブルは日本人7人・台湾人1人。ビックリしたことに、水谷信子先生と同じテーブルだった! 水谷先生は日本語教育の大先達・大先輩。こんなときでなければお近付き不可能な方です。お話しできて光栄だった。水谷信子先生は現在は明海大学外国語学部日本語学科にご勤務。
お料理、同席の傅琪貽教授(國立政治大學日本語文學系)によると、台湾料理の粋を凝らしたものばかりとか。最近は少量多品種ポリシー^^な自分、ちょっとずつ味わいました。
8時半頃までいてその後ホテルに帰る。
粕谷さんの部屋でもう一度8月1日のポスター発表の打ち合わせ。
ケータイ、充電に。11時過ぎ、夢路に入る。夜中、ときどき目が覚める(照)。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-31 09:29 | 日本語教育 | Comments(0)

初めての台北

f0030155_1930140.jpg
(8月4日夜・記)
7月30日(金)、中部国際空港13時発BR2128。初めての利用になるEVA AIR(長榮航空・エバー航空)。全日空との提携便のようです。いつもの海外出張便よりちょっと小さな飛行機のような気がするが、どうなんだろう。機内放送は中国語・英語・日本語の順。日本語以外はチンプンカンプンな身としては(恥)、日本語放送があるだけでちょー喜び^^。今回は座席、通路側(9H)にした。加齢が進んでるジジイなんでトイレが近く(汗)、通路側のほうがいいかと思った。相席の女性に「よろしくお願いします」とご挨拶。
機内食と台湾ビール。機内食、おいしくなくってかなり残した。最近歯が痛くって(治療中)、どうもおいしく食べられない。歯以外にもどこぞ悪いんかもしれん(もともとそんなにうまいものじゃありませんが)。ま、そんなわけで、機内食残して「ごめんなさい」です。台湾ビールは初体験、ちょっと水っぽい感じがしますが、おいしくいただく。青島ビールには負けるでしょうね、台湾ビール。
機中、小西甚一『日本文学史』(講談社学術文庫)。新刊じゃないのですが、買ったままだったので今回の旅のお伴にさせていただいた。原書は小西30代後半の著述。僕は東京教育大学で小西先生の講義を受けているのですが、それより10年ほど前の著書になります。小西は日本古典文学はもとより中国文学や英文学や現代日本文学にも通じていた。能や俳句も玄人はだしだった。先生の授業では能も出てきたでしょうが、思い出に残っているところでは、比較文学や当時の最先端の文学批評などが取り上げられていた。小西も中田祝夫も尾形仂も小松英雄も、あの当時の教育大学国語学国文学はすごい教官揃いだった。そのことを生かせぬままに生きてきた自分、悪い学生でしょうね(恥)。今、大学人に小西(他の諸先生方もそうだが)に拮抗しうる教官、いないでしょうね。政治も学術も「知識人」もずいぶん退化してるんでしょうね。いや、そうじゃないことを祈りますが。同書、p.50まで読む。

現地時間(日本とは-1時間)15時台北着のはずだったんですが、14時半ころもう着陸態勢に。所要時間2時間半!、偏西風とかの関係もあるんでしょうかねぇ、それにしても近い。窓の外を見たら海そして陸地、台湾島なんでしょうね。隣りの女性に話しかけて、「日本語教育学会世界大会で台北に来た」と話すと、なんという偶然、その方も学会参加だった。その女性、中部地方にある大学の准教授の方でした。
台湾桃園空港富山国際学院にTEL。空港内で100TWD紙幣を両替し(両替機あり)、「日本大好評 水瓶座」を買う。AQUARIUSのことです^^。25TWD、80円くらいでしょうか。

台北での宿泊先は第一大飯店(First Hotel)。☆☆☆でしょうか。部屋は10F(最上階)の116。カギの開け方、わからんだ(汗)。ドアの取っ手のところにカードをかざすんですね、初めてです、ボク、こういうカギの開け方は。部屋はWベッド(同宿者、おらんけど^^)で、広さもアメニティもまずまず。一方のベッドに荷物を広げ整理。ここで3泊。
ホテルがある通りは南京東路二段。空港からホテルまでの車中、「重慶」「吉林」「長春」などの通り名などあり。これらって蒋介石の大陸進攻願望からできた名付けなんでしょうかねぇ。台湾人には聞きにくい質問ですが、滞台北中にある台湾人に伺ったら、どうやら僕の考え、正しいみたいです。こういうのを中華民國で聞くなんて、マナー違反だったかも。どうも自分、好奇心と想像力をよすがに世渡りしとるもんで、図々しい男です。

一段落してフロントへ。どこぞ夕食の店を聞く。ホテルの横の路地を入って道沿いのお店「好記」を紹介していただく。
みゆき通りみたいな感じでしょうか、「吉林路」に入って5分くらいでお店。ずいぶん賑わっている。欧米系もちらほら。店の前で記念撮影する人々も。姉妹店3軒が続いているようですが僕は一番手前の「好記担仔麺」(http://www.hawji.tw)に入る。店内中央に「台灣加油」掲示。
アップした写真、「好記担仔麺」での食事風景。メニューの品目多すぎてよう選べん(汗)。干貝130TWD・トーフ120・豚肉100、台湾ビール120×2。ホテルのフロントでは「これが『台湾料理』ってお店です」って触れ込みでしたが、まぁ僕のような味覚音痴にはイマイチだったかな。あるいは、メニューの選び方、失敗だったかも。合計590TWD、日本円で1800円くらいでしょうか。中華ってどこでも一人では食べきれない量がくる。このお店「小皿」が売りのようですが、僕に三皿は食べきれなかった。何人かで来るといいお店でしょうね。実際僕以外は家族連れ・カップル・仲間たちでした。
帰り、コンビニ「7-ELEVEN」でビールなど購入。金牌ビール35TWD、台湾ビール黒37、青島ビール32でした。日本のコンビニはどうなんでしょう、レジ袋が1TWDでした。因みに海外では、日本じゃありませんが、ケータイ着信料(たとえば台北で145円/分か)も発生する。今回もケータイ持っていってたのですが、日本と同じ感覚で使っているとあとで高額請求ってことありますから、ご利用の皆様ご用心を。
ケータイの充電、海外用の変圧器?持っていったのですが、これは不要でした。日本と同じ器具そのままで充電可。

10時頃、ホテル1Fの「ドトール」(羅多倫珈琲南京店)で副島先生・粕谷さんと「ポスター発表」の最終打ち合わせ。お二人は関空経由で台北入り。コーヒー55TWD。
部屋に戻り、粕谷さんと12時頃まで飲む&おしゃべり。台北の1日目、終了。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-30 19:30 | 美味録10年 | Comments(2)

初めてのセントレア

f0030155_1032949.jpg
(8月3日夜・記)
話せば長いことながら^^ひょんなことがきっかけで台北に行くことになりました。勤務先の富山国際学院とは関係ない台北行きなので、ぜ~んぶ自腹(泣)。いつも海外出張でお世話になっているW社のAさんにプランを立てていただく。Aさんはシニア(照)の海外旅行ってことで、安全安心な旅行になるようにしてくださるのですが、どうもボクにはけっこうなお金になり(恥)、2回見積作っていただいた上で、それでもまぁ今の安月給の身としてはほぼ月給の半分が飛行機・ホテル・現地の費用になってしまうことに。まぁしょうがないでしょうね、旅慣れた人ならネットとかで安上がりな方法いくらでもあるのでしょうけどね。

7月30日(金)午前4時起床。夏とはいえ、まだ夜明け前。準備の最終チェック。
今回行く台北、日本人が行くには最も気楽な海外のような気がする。僕はこれまでにパリ・瀋陽・ハノイ・カトマンズ・バンコクなどといった海外都市に行ってますが、台北って他の諸都市と比べて、思い込みかもしれませんがなんとなく親日派が多そうだし何といっても漢字圏(ただし繁体字)だし食べ物も僕の口に合いそうだし怪しいところ^^に行かなきゃ一人歩きもできそうだし・・・。安心しすぎて失敗や危険があるとマズいですが、でもまぁ割と気楽に台北旅行を捉えました。そんなわけで、いつもは海外に出るときは現地関係の『地球の歩き方』を事前に購入し少し下調べするのですが、今回はW社からもらった台湾関係のパンフ類だけの利用で、『地球の歩き方』もガイドブックも一切買わなかった。ネットでも台湾桃園空港以外は何も調べなかった。
今回の目的は日本語教育学会世界大会@台北に参加。けんかしに行くわけじゃないので^^準備もまぁこれまでの海外行きに比べると楽でした。2000年に作ったパスポート、10年の期限が切れるので先日更新。新しいパスポート、ID関係のチップが入っているとかでちょっと厚くなった。新しいパスポートを使う最初が台北旅行になりました。

台北旅行、できれば2泊3日が理想だったんですが、飛行機便の関係でそれは無理で富山-名古屋-台北の往復3泊4日の日程に。
中部空港(愛称「セントレア」。国際線・国内線の両方入っている)、初めて利用しました。富山5:02発しらさぎ2号→名古屋8:51着→名鉄に乗り換え→セントレア。
セントレア、空港内のお店や飲食店など評判がよくって、ずいぶん人気のある空港らしい。飛行機利用者以外のお客さんも多いそうです。空港内の「かめりあ」できしめん(750円)+α(600円)の朝食。
アップした写真、搭乗手続きまで時間があったので、デッキに出て、名古屋の熱気の中で撮りました。名古屋って年に何回か来てますが、いつ来てもく×暑い。←名古屋の皆様、ごめんなさい。

空港内の三菱東京UFJ銀行で両替。2万円(正確には19964円)→6200TWD。この日のレートは1TWD=3.22円。11時過ぎ、搭乗手続き。今回は、これまた初めてですが、台湾のエバー航空っての利用。向田邦子さんのことも思い浮かべて台湾ってちらっと心配なのですが(彼女はどこの航空会社だったんだろう)、まぁいつもそうですが、飛行機事故は運命に任せるっきゃないと思っています。
名古屋発13時BR2128→台北着15時(予定)。台湾(中華民國)は日本とは-1時間の時差。富山-名古屋がJRで約4時間ですから、名古屋-台北3時間のほうが近いではないか!
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-30 10:03 | 海外出張10余録 | Comments(0)

こんな授業・あんな授業(16)夏休みの宿題

ここ数年の日本語教育を自分なりに総括すると以下のようになろうか。背景には「日本語学習者の多様化」「学習者の地位向上」があります。「学習者」ってのはlearner(s)の日本語訳で僕は好きではないのですが、今は慣用に従う。
(1)学習者中心からの発展として、自律学習・ピアラーニングの重視。
(2)教師が権威者・権力者として到達目標を独占するのでなく、CDSや日本語スタンダードやポートフォリオなど学習者に学習言語の目標を明示する/意識化させる動き。
(3)野田先生や庵先生に代表される「日本語教育」文法の追求。日本語学の記述文法から発想したシラバスではなく、多様化する学習者個々のニーズに合ったシラバスのための文法の整理・追求。
(4)(1)の自律学習とも深く関わるwebサイト・web教材・webリソースの充実。
(5)上述すべてに関わって、対学習者における日本語教師像の組み換え。

夏休みの宿題」も上述の大きな流れに位置づけなければならないでしょうね。皆さんの中には、およそ宿題なんて教師の勝手な振舞いだとか宿題はペナルティ的な印象が強いとか宿題にいい思い出はほとんどないとか読書感想文や自由研究がいやだった、って方もおありでしょうね。日本語教師としては宿題もよくよく考えて出さなければならない。出さないって選択肢も無論あります(奥村学習塾をやってた頃は、宿題は原則なしだった)。僕は、いろんな日本語教師の方々の話を聞いてみると、相対的にふだんから宿題を多く出すタイプの教師みたい。なぜ宿題を多く出すかは今は省略しますが、間もなくやってくる夏休み、その夏休みのF組の宿題、決定しました。

僕が尊敬する「国語教育の神様」大村はま(1906-2005)に以下の名言がある。岩波書店編集部編『これからどうなる 日本・世界・21世紀』(1983年5月)に所収の「これからの国語教育」(pp116-117)より引用(原文縦書き)。
(三)「この問題ができると、国語のどういう力があることになるのですか」という問いに答えられないようなテスト問題が出なくなるであろう。漠然と、国語ができるできないという言い方は認められず、国語のどういう力がどういう状態になっているか、精しく、確かに、師弟ともに知って、それぞれに何かの指針を得ることになり、テストが一種の楽しみにされるであろう。
「テスト問題」を「宿題」に、「国語」を「日本語」に置き換えれば、僕に限らず日本語教師のほぼすべての道しるべになる名言じゃないでしょうか。27年前の発言でも全然古びていない(ってことは国語教師の怠慢?)。「宿題が一種の楽しみ」って、実現したい理想ですね。

富山国際学院の夏休みは8月7日(土)~22日(日)、休業日でいけば10日間。1か月くらい夏休みがある日本語学校もあるでしょうから、うちはずいぶん少ないほうでしょうね。
今年度担当しているF組、担任の佐野久美子さんとも相談して、夏休みの宿題の奥村担当分は以下のようにしました。8月4日に学生に宿題を発表します。なお、佐野さんはF組の夏休みの宿題は「読解」担当です。
漢字プリント7枚(8月23日提出)
今回F組で使っている『Write Now!』に準拠した自作教材。その「第13課(1)」~「第12~14課」。
漢字フィールドワーク2枚(8月23日提出)
F組の漢字は今200字くらいまで来ているのですが、「まだ習っていない漢字」を町やネットで見つける。プリントには「見つけた漢字」「いつ?どこで?」「文脈は?」「どう思った?調べてわかったことは?etc」などの項目が入れてある。
日本語絵日記5日分(8月23日提出)
残暑見舞はがき1枚(8月20日富山国際学院必着)

8月4日、「先生、宿題多すぎる~難しすぎる~」って言われるかどうか。ちゃんと説明して学生が納得した上で宿題を出したいと思っています。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-28 19:56 | 日本語教育 | Comments(0)

ブログ「にぎやかだ!私」のご紹介

阪井由佳子なる名前を知ったのは今から約10年前。その頃僕は「サンフォルテ・フェスティバル」ってぇののボランティア実行委員をやっていた。実行委員で何か企画を、ということでパネルディスカッションのような企画を立てた。タイトルは忘れたけど^^「富山の男女共同参画社会-過去・現在・未来」ってなテーマだったか。パネリストとして僕が真っ先に思い浮かべたのが惣万佳代子さん(このゆびとーまれ)だった。富山型デイサービスの先駆者で、一度ぜひゆっくりお話しを聞きたいと思っていた。その時に他の実行委員から「惣万さんもいいけど、今若手で阪井由佳子さん(にぎやか)もすごいよ」って声があがった。それが阪井さんの名を知った最初。結局惣万さんになり、他には竹嶋さん(韓国雑貨チング)・相本さん(当時・KNBアナ)がパネリストで、コーディネーターが浅生さん(現在・富山市議)。
サンフォルテってぇのは、当時全国各地にあった女性センターの富山県版。その後女性センターは、使命を果たしたわけでもないのに、ゼロ年代前半に全国各地で廃止・改称の嵐。富山県の女性センターも例外ではなく「富山県民共生センター」とやらに改称です。
美術館・博物館・動物園・植物園も維持が困難な時代で、女性センターもその名を名乗っているのは今全国でいくつもないんでしょうね。

生の^^阪井由佳子さん(にぎやか)に会ったのは数年前。富山国際学院の学院生のぷちボラで富山型デイサービス施設も体験させたくて、にぎやかにメールかTELした。阪井さんの快諾を得て、オランダ・タイ・中国などの学生を引率して1回目のぷちボラ。にぎやかではこれまでに3回くらいぷちボラさせていただいてるかなあ。「このゆびとーまれ」でも1回ぷちボラさせていただいてます。阪井さんとは高才弘さんのデザイン事務所や何かのイベントでも会っている。いつ会っても濃い人(激爆)です。

「にぎやか」からは会報誌「ブラボー にぎやか」が送られてきます。その7月号の1面「ついにBLOG始めました!」。一部引用。
・・・ついに、やっとこの「ブログ」という近代的な通信方法でパソコン画面に参上することができました。・・・鏡に映った自分に話しかけるような感じで、このブログというステージに正直な気持ちをさらけ出したいと思います。・・・
高才弘さんのお薦めでしょうね、阪井さんのブログはエキサイトで高さん(高さんのブログは「ちゅう・ぶら・りん」。右にリンクしてあります)・僕と同じです。エキサイト仲間なんでリンクは簡単ににできました(右にリンク済み)。僕はリンクするときは相手の許可を得るようにしてるのですが、まぁ阪井さんならきっと許してくださるだろうと事後許可(いつか会ったときに「リンクした」と言う)にしました。

ブログ「にぎやかだ!私」にアクセスしてビックリ! 彼女のブログ、7月6日にスタートして、今日までに既に40本以上!の記事がある。にぎやかでエネルギッシュに活動しなおかつ全国各地を飛び回ってるちょーお忙しの阪井さん、ブログにハマってるんでしょうね、きっと。ボクなんて、今月7月、どんなにガンバってもブログ更新15回がやっとです。
全部読む時間がないので「ダルクでライブ」「鳥取が暑い。」「死という別れ」「末弘軒」などを読む。「鳥取が暑い。」では谷川俊太郎とのツーショット写真あり。
カテゴリーには「にぎやか」「子育て」「講演」「料理研究家」「イワズモガナ」「2010鳥取~旅」など。「イワズモガナ」は阪井さんのバンド名です。

ボクなんかが宣伝せんでも阪井さんのブログ「にぎやかだ!私」は千客万来でしょうが、尊敬する女性のお一人・阪井由佳子さんがブログを始められたってことで、今日の記事にしました。
笑いあり涙あり怒りあり驚きあり人情あり喜びあり切なさありツッパリあり悔しさあり追悼あり・・・そんな阪井由佳子さんのブログ、皆様もぜひご訪問を。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-27 20:06 | 富山 | Comments(0)

3か月ぶりに小西弘通先生「富山”観世塾”」を受講

5月は「アジアの夢・チャリティコンサート」のぷちボラ、6月は「日本語教育学会@金沢」で受講できなかった小西弘通先生「富山”観世塾”」、昨日3か月ぶりに受講しました。
途中国道41号線沿いの「一龍」で昼食。ここ、行くたびに閉まってたんですが、昨日は営業中だった。でもいつもの若い男性ではなく、僕くらいの女の人がカウンターの中だった。母子なのかな。
富山空港近くの富山能楽堂に12時45分ころ入る。いつも正面ガラスドアに「富山”観世塾”」のポスターが貼ってあるのだが、昨日はなかった。「ひょっとしてお休み?」と思ったが、いつもの和室で開講していた。小西弘通先生・松下覚会長・川田有紀子先生にご挨拶。初受講以来隣に座らせていただいてる富崎茂樹先輩、ご都合でお休み。昨日は心細かった(照)。

「富山”観世塾”」の5月は『小袖曽我』『邯鄲』『隅田川』、6月は『田村』『雲雀山』『景清』でした。名曲揃いですが、とりわけ『隅田川』『景清』は聴きたかった。
7月は『土蜘蛛』『班女』『盛久』の3曲。
まず、『土蜘蛛』(五番目)。小西先生が1ページ半くらいを謡い、そのあと受講生が繰り返し、先生がコメント。そんな流れで1曲目が進む。今年の「富山”観世塾”」は、1曲目はそんなやり方で、2・3曲目は従来通りワキ・地謡など希望者が担当する-そんな進め方に変わった。富崎さんがいないので「心細きこと限りなし」だったんですが^^、「そうだ、シャドーイングでやってみたらいいんじゃないか」と思いついた。記憶アホで譜が読めないちょー初心者な自分、小西先生の範を記憶にとどめ繰り返すなんて芸当、とうてい無理(恥)。そこで松田さん(空席の富崎さんの隣りに座す)が謡うのを聴き、それをシャドーイング。これ、いい方法です。
『土蜘蛛』では土蜘蛛の精(後シテ)が舞台に巣を投げる。それは「鉛を芯に雁皮紙を固くまき、細かく刻んで作る。」(増田正造『能百十番』p75)そうですが、小西先生によるとこの巣、1本2000円とのこと。それを1回約20本使うそうで、1本投げるごとに「にせんえ~ん」「よんせんえ~ん」となる。小西先生が身振り手振りよろしくそう説明され、しばし暑気払いの爆笑。最近の「富山”観世塾”」は毎回時間が押していて、小西先生の名解説(小西節^^)がなくなっているのですが、こんなふうな「脱線」、僕には大歓迎です。
『班女』(狂女物)は、三島由紀夫『近代能楽集』にも。玉三郎が出演。
『盛久』(四・五番目)は全く知らない曲だった。

8月の「富山”観世塾”」は『経政』『三井寺』『俊寛』。1曲選ぶとしたら『俊寛』でしょうね。平家物語「足摺」です。爾来、世阿弥が近松(『平家女護島』)が芥川が、時代を超えて競作する。現代作家で誰か俊寛に題材をとった作品ってないんでしょうか。この間見たイタリア映画『カラヴァッジョ』でカラヴァッジョが許されてローマに帰ることになる場面があり、俊寛を連想した。カラヴァッジョの場合は俊寛とはまた別の悲劇が待っていて、生きてローマの地を踏むことはなかったのだけど。

机の上の「能コーナー」の大成版、30冊くらいになっている。『観世流初心謡本・上中下』(各冊5曲所収)も合わせると50曲くらい集めたことになる。死ぬまでに何曲マスターできるんでしょうね。まだ『鶴亀』がやっと。とほほ。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-25 15:45 | 謡を習う | Comments(2)

「外国人の高校進学支援」(北日本新聞2010年7月22日付)

f0030155_18555973.jpg
(7月24日夜・記)
タイトル記事(左にアップした写真)のリード部分から冒頭の1文を引用。
 高岡市内の元学校教諭や元塾経営者ら5人が、外国人の中学生を対象とした高校進学教室を開設し、日本語で国語や数学などを週2回教えている。
同じく同記事中写真のキャプションから引用。
外国人の中学生に日本語で授業する青木さん(左)

僕が青木由香さんと初めて会ったのは3年ほど前になろうか。米田哲雄先生(勉強お助け隊)の勉強会で出会った。頭の回転が速く見識のあるお嬢さんだなあという印象だった。2年前の冬になるか、ある研修会の流れで米田先生・中山美幸さん(YMCA)・青木さんら10人くらいで喫茶店でお茶をした。青木さんとたまたま席が近くになり、その時大胆にも^^彼女を富山国際学院にスカウトした。彼女に学院のことを話し、ご興味があったら履歴書をお送りくださいと言って別れた。何日か経って青木さんから履歴書が送られてきて、その後岸井みつよさん(当時学院長)の面接、そして2009年4月から学院スタッフに。2009年度、学院クラス2コマ、外部授業1教室を担当していただいた。
僕になくて青木さんにあるものは、もちろん「若さ」がそうであるが、「ヴァイタリティ」「日本語教育に対する情熱」「信念の強さ」「理論と実践の合一度」などがあり、そして何よりも一番は「華」。僕はこれまで何百人と「日本語教師」を見てきたのだが、青木さんほど華のある日本語教師は稀。彼女の授業を観せてもらったことはないが、彼女が教室に入るや教室空間には彼女の華が満ちるのではないだろうか。
今年2月だったか、彼女から「教育委員会に常勤で採用されたので、次年度の富山国際学院での勤務は無理」という旨のお申し出があった。残念ながら、彼女の将来を思うと新しい道を歩んでもらうしかない。その時に彼女から「高岡で日系ブラジル人の子どもたちの高校進学の支援活動を立ち上げたい」とも話された。僕も「外国人の高校進学」に少し関わっているので、後で手持ちの資料など差し上げた。

記事に戻る。
「ブラジル人の進学率は高くない。生徒を支え、進学を簡単にあきらめないようにしたい」という青木さんの思いに賛同し、元学校教諭ら4人が講師として活動する。(記事より引用)
なお、記事中にはないが、青木さんたちの活動はとやま国際センターの助成金を得ることができた。大きな金額ではないのだろうが、そういう公的支援があることは喜ばしい。

高岡市は富山県第2の都市で、日系ブラジル人の集住地区でもある。
貧乏暇なしな自分(恥)だが、青木さんのご活動に少しでもボランティア参加したいと思う。
日系ブラジル人に限らず、日本在住の外国人子どもたちには「高校進学」「ダブルリミテッド」といった難問がある。青木さんにも多くの困難があるだろうが、どうかその思い(志)を実現していただきたい。
青木さんのような若き日本語教師を思うとき、決まって思い出されるのが西本恵美さん(鳥取の女性蔵人)の次の言葉である。「日本語教育」はまだ「何百年」もないのだが、青木さんたちへの励ましの言葉になるのではないだろうか。もちろん僕自身への励ましの言葉でもある。
自分の仕事は何百年も先人たちが続けてきたことのつなぎに過ぎない。悪い時代もあれば良い時代もある。そして良い時代が自分の時代でなくてもいい。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-23 18:55 | 日本語教育 | Comments(3)

大橋鎭子『「暮しの手帖」とわたし』(暮しの手帖社)

f0030155_19345251.jpg
(7月23日夜・記)
大橋鎭子
『「暮しの手帖」とわたし』
平成22年7月17日第3刷発行
暮しの手帖社
1714円+税

博文堂さんに注文した本は、どれも届くのが楽しみな本ばかりで、とりわけこの本はこの間の黒岩比佐子『古書の森 逍遙』(工作舎)と並んで待ち遠しかった本。この本が出るのを知ったときに注文しておけばよかったのですが、手違いで頼み忘れ。7月で「第3刷」ですから、よく売れているのでしょうね。

石井好子が序文を寄せている。「先輩のこと」(pp6-11)。石井さん、7月17日に亡くなられました。ご冥福をお祈りしたい。
石井と大橋は東京府立第六高等女学校(現在の都立三田高校)の先輩・後輩。石井の名著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』の「暮しの手帖」連載は、花森安治の「あなたは食いしん坊だからきっとおいしそうな文章が書けるよ」(p7)に始まる。同書が日本エッセイストクラブ賞をもらった時、
お祝いに花森先生が帝国ホテルの一室で小さな夕食会をしてくださいました。父と母と姉弟、家族と友だちを一人二人呼んでいただいて、「本当においしいものを食べさせてあげるよ」と。村上料理長も挨拶に来てくださいました。(p8)
ここでもちろん、「父」は石井光次郎、「村上料理長」は村上信夫です。

結婚後「クロワッサン」は割と買ってたが(定期購読の時期もあり)、「暮しの手帖」は結婚前も後もほとんど買ったことがない。ただ、東京時代に暮しの手帖社の料理の本を買ったり、結婚前に節子に『すてきなあなたに』をプレゼントしたりはしている。
「暮しの手帖」は(「思想の科学」もそうですが)、暮し・生活に根差した雑誌。アホなボクには、そういった暮し・生活が欠落している。これは今でも僕の欠陥の一つです。
アップした写真、上が本書で、下は『暮しの手帖 特集 戦争中の暮しの記録』(昭和43年8月)『暮しの手帖300号記念特別号』(平成14年12月)です。

本書「一 花森安治と出会う」で、花森との出会い(昭和20年10月なかば、花森34歳・大橋25歳)、「スタイルブック」のこと。「二」「三」「四」と大橋の子ども時代・高女時代・戦中、「五」で暮しの手帖の創刊。創刊号は昭和23年9月20日発売で、今も続く
これは あなたの手帖です/いろいろのことが ここには書きつけてある/・・・/そんなふうな/これは あなたの暮しの手帖です
が載る。なお、黒岩『古書の森~』に創刊号のことが出てきます。同書pp345-347。因みに創刊号は110円。公務員の初任給が2300円(週刊朝日編『戦後値段史年表』p77)の時代ですから、インフレもあったでしょうが、今の貨幣価値でいけば1万円前後の感覚でしょうか。

本書のハードカヴァー装丁に花森の大橋宛の絵と手紙が使われている。昭和33年、大橋はアメリカ視察旅行中。一部引用。
体の方はどんな具合ですか。/緊張しないで、気持ちをやわらかくして、残りのアメリカ滞在をできるだけのんびりして下さい。/もうこれ以上なにか仕事をしようとおもわないことです。/十分行っただけのことをしたとおもいます。ごくろうさまでした/あとは ゆっくりした気持でニューヨークなりどこなりをこだわらない目で見てきて下さい。
上司としてこんなにすばらしい上司はなかなかいないだろう。部下もよくこの上司に応えられる能力があった。むろん、大急ぎで付け加えると、暮しの手帖社は実にフラットな組織である。
白黒時代のカラー写真(p134)、子どもたちが描いた「テレビを見る母親」像の話(p136)、雑誌代の意味(p136)、『すてきなあなたに』を夫からプレゼントされた妻の気持ち(p210)、花森の葬儀後に田宮虎彦から大橋がもらった手紙(p216)、花森安治の「遺言」(p217)などなど、深い意味での「感動」に満ち満ちた内容の本です。

余計なことですが、暮しの手帖社って、西暦じゃなく元号使ってるんですね。僕には意外です。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-22 19:34 | | Comments(0)

海辺の可不可(@_@)

f0030155_1165073.jpg
僕は毎夏1回は海水浴をしているのだが、昨夏は天候不順と仕事のせいで海水浴ができなかった。昨夜、翌日の天気予報をチェックしたら、最高気温35℃・降水確率20%とかで、「よし、海水浴に行こう」ってことにして準備して寝た。
今朝9時半頃出かけようとしたら、川田有紀子先生(観世流華川会)から着信。この間の飲み会でも話題になっていた「おわら風の盆」のことだった。僕、9月3日(金)夜、風の盆に行けます。華川会のお仲間の中に八尾に縁の深い方がおられて、その方のセッティングで、風の盆終了後の町流し(町衆が観光客を意識せず、自分たちのためだけに八尾の町を流す)が見られることになった。僕は当日は名古屋出張が入りそうで、名古屋から富山に午後9時過ぎ帰り、川田先生のカルチャー教室の方々と合流し八尾に向かう。
9月3日午後12時(=9月4日午前零時)前後、今では観光客もずいぶん残っているそうだから幽玄美がどの程度感じられるかわからないが、9月3日・4日が楽しみです。えんなかのせせらぎ、胡弓の響き、男女の手のあしらい、高音のおわら節、路地にいて五感で感じるおわら風の盆、坂道を流れる風のそよぎ・・・どれもこれも今からワクワクです。

10時前、家から車で20分くらいの岩瀬浜へ。子どもの頃から海水浴と言えばここでした。でも、日焼けは皮膚がんの元とかで、今は昔とは比べ物にならない海水浴客数。

写真、「海辺のジジイ」かも(激爆)。ナカタさん役ぴったりかもしれませんね、自分(照)。でも、妙にセクシー^^な鎖骨、帽子の影がタトゥーになったみたいな顔・体、やめられない咥えタバコ、視点が定まらぬ目-ハルキさんが最も嫌いなタイプの男でしょうね。

泳いでは休み休んでは泳ぎ。合間に持参した安彦良和『虹色のトロツキー③』を読む。中公文庫コミック版で全8冊。日蒙2世のウムボルトが主人公で、建国大学も主要な舞台の一つ。

海の家でラーメンを食べて(定番ですよね^^)、3時過ぎ帰宅。
明日からお盆休みに入るまであれやこれや忙しそう。今日の海水浴で英気が養えたかしらん。
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-19 11:06 | 富山 | Comments(5)

『日本人の知らない日本語』がTVドラマ化

韓流ドラマ『アイリス』にハマっています(照)。毎週水曜日9時からで昨夜が第11回。1回だけ見忘れ、1回?ワールドカップで放映なし、だったでしょうか。ほぼ毎回見ていて「そんなのありえねェーッつうの」が満載のTVドラマですが^^、そこが韓流ドラマの韓流ドラマたる所以でしょうね(爆)。勤務先の富山国際学院スタッフ12人中、高木けい子さんと僕が目下ハマり中でしょうか。富山国際学院での「視聴率」、2÷12≒17%。朝日新聞に毎週視聴率ランキングが載るんですが、『アイリス』はランキング入りしたことない。視聴率、おそらく13%くらいなんでしょうね。あと5回くらいの放送なんでしょううかねぇ。毎回突っ込みいれながら最終回(SPかも^^)までお付き合いしそうです。

富山国際学院の学生のことでお世話になった婦長さん(今は「師長」になるのでしょうか)から、11日にメールが入った。
・・・もう知っているかもしれないけれど、「日本人の知らない日本語」が、ドラマ化されます。7月15日(木)午後11時58分からKNBで放送されます・・・
ってな内容。僕、彼女にお礼に『日本人の知らない日本語』『日本人の知らない日本語2』をプレゼントしてたんでしょうね。それで彼女、番組のことを教えて寄越した。『日本人の知らない日本語』がTVドラマ化されるのは知っていましたが、具体的な放送開始については知りませんでした。
『日本人の知らない日本語』については当ブログこちら『日本人の知らない日本語2』については同じくこちらでご紹介しています。
海野凪子」さんの「質問されたらできるだけごまかさずに答えたいけれど、その人のレベルに合った説明をするのはむずかしいのです」って、僕もそうだしおそらく全日本語教師の悩みでしょうね。海野のアイディアをコミック化した「蛇蔵」さんもすばらしいコミック作家だと思う。
同書が日本語教師など一部だけでの話題に留まらずベストセラーになったのはとても嬉しい。

朝日新聞は何年か前からTV番組表欄には1番組しか紹介しなくなった。今朝取り上げられていた番組が『日本人の知らない日本語』。一部引用。
・・・ドラマの舞台は日本語学校。ファションショップのカリスマ店員だった嘉納ハルコ(仲里依紗)は、恩師に教師のアルバイトを頼まれるが、生徒は、どこかで変な言葉を覚えてきた外国人たちだった。・・・

TVドラマ『日本人の知らない日本語』は、ぜひ見たい番組なのですが、問題が2つ。1つは自室のTV、1995年製とかの年代モノで(激爆)、『アイリス』のチャンネルはなんとか映るんですが、KNBはかなり朦朧とした映像ってこと。もう一つは放送時間が遅すぎておネムになっちゃうってこと(照)。なんで9時とか10時にできんだんでしょうね。ジジイのことも考慮してほしかった^^。KNBだから日本テレビなんでしょうね。日テレ様、視聴率そこそこ取れたら、もっとゴールデンタイムに近い時間帯に移動してください。

日本語学校が舞台のドラマなんて僕の知る限りで『ドク』以来です。日本語教師の一人として期待大なドラマ。ドラマではたぶん都内の日本語学校でのロケも入ってるでしょうね。どこの日本語学校が使われたかも興味深い。それから、海野さんの「正体」もひょっとしてわかるかも。以前このブログのコメントで「海野」さんは「○○○○先生」って書いてありました。

(7月18日朝・追記)
TVドラマ『日本人の知らない日本語』の公式サイトはこちら
[PR]
by tiaokumura | 2010-07-15 20:07 | 日本語教育 | Comments(0)